*第181回 〜 第190回
2016年12月15日
連載小説「龍の道」 第190回
第190回 P L O T (10)
「そちらから依頼された仕事はもう十分でしょう。これ以上関わっていると俺たちが危うくなってくる。今ならまだ何とか、様々な状況への言い訳もできそうなので、そろそろ残りのカネを貰って、終わりにしたいと思いますが────────」
暖炉の前に置かれた、背もたれの高い重厚な革張りの椅子に、深く腰を掛けた初老の男に向かって、ひとりの男が直立したまま、緊張気味の顔でそう言った。
「そうか・・・だが、殺さない程度に何度も彼を痛めつけた、その実行犯が三号庁舎* の命令を受けてのことなのだと、ミスター・カトーは思い込んだかな?」
男は、ゆったりと葉巻をくわえると、美味そうに紫煙を燻(くゆ)らせた。
佳い香りが部屋中に漂う──────もし年季の入った葉巻の愛好家が居れば、それが1966年の創立以来、国家元首や外交官など、キューバ政府の国賓しか味わう事ができない、最高の土壌で育った最高級の煙草の葉だけを用い、トルセドールと呼ばれる最高の腕を持つ職人だけが巻くことを許されている、COHIBA(コイーバ)という名のプレミアム・シガーであることがすぐに分かるはずであった。
【註*:三号庁舎】
朝鮮労働党の情報機関・作戦部の通称。2009年まで機能し、現在は朝鮮人民軍偵察総局として再編成された。各国の情報機関は、ラングレー(CIA)、ザ・リバーハウス(MI-6)、芝山莊(TMIB/中華民国情報局)などのように、所在地や建物の名前で隠語として呼ばれることが多い。
「そう思っているはずです、おそらくは─────」
「おそらく、では困るな。カトー君にそう思わせるからこそ、仕事になるのだ」
「大丈夫さ、アイツはきっとそう思い込んでるよ!」
男の隣に立っている若い男が、いかにも疎略(ぞんざい)に口を利いた。
「オレのJUNG(ヤン)という名前が、アジア系では珍しいが、心理学のカール・ユングと同じかと訊くので、そのとおりだ、ドイツ語ではユング、英語読みではヤンになる、と答えると、朝鮮語だとチョン(Cheong=鄭)になるな、と言いやがった──────ヤンは在米コリアンに多い名前だが、朝鮮語の発音ではチョンになる。チョンをヤンと読ませるにはかなり無理がある・・なんぞと、涼しい顔をして言われたんだ。そのとき、カトーは本人であることを隠し、LEE(リー)というチームメイトの振りをしながら、このオレにそう言ったんだ、くそっ、まったくムカつく野郎だぜっ!!」
「ふむ、すっかりコケにされたようだが、我々の調査では、カトーは何に於いてもお前より遥かに優秀のようだ。ムカついたところで、どうなるものでもないな」
「へっ!、敵も味方もオレのことを馬鹿にしやがる。だが射撃の腕なら俺の方が上に決まっている─────オレはもう降りさせてもらうぜ。ただジャップを脅かすだけのこんなハンパな仕事、いつまでもチンタラやってらんねぇ。そもそもカトーはウリドゥンポォ、つまり 朝鮮同胞の仇敵(かたき)でもあるんだ。俺はオレで、個人的にヤツを狙ってやる!」
「・・だが、そうなると残りの報酬は支払われなくなるぞ」
「構うもんか、あの前金だってオレには十分な金額さ。あれだけ有ればこの国じゃ3年や5年は優雅に遊んで暮らせるからな」
「あの金(カネ)は指示どおり、ちゃんと金庫に入れておいたか?」
「ああ、持ち歩くわけには行かないからな。それにしても、ご丁寧にどデカい金庫まで用意してくれて、ありがとうよ」
「そうか、よく分かった──────」
「それじゃ、これでめでたくオサラバしても良い、ってわけだな」
「うむ、やる気のない者に大事な仕事を託すことは出来ないからね。君の役目は今日でお終いにしよう・・・ミスター・ヤン、今日までよく働いてくれたお礼に、心ばかりのボーナスを出そう。その男に案内させるから、別室に行って受け取るといい」
「ボーナスか、そいつはありがたい、流石に大物は気前がいいな」
「おい、ミスター・ヤンをご案内するんだ」
おそらく軍隊上がりであろう、すぐ傍に不動の姿勢のまま立っている、いかにも彼のボディーガードらしい立派な体格の男に静かにそう命じると、消えかかっていたシガーの先に、独特の長いマッチで火を着け直した。
「かしこまりました」
「ヤン、おまえ・・・考え直して、もう少し働く気はないのか?」
「キャンベルさん、いろいろ世話ンなったな。まあ、あんたもカトーには十分気をつけるこったぜ、せいぜい返り討ちになんねぇようにな」
「私よりも・・お前、自分のことを・・・」
「キャンベル君、もう決まったことだ、好きにさせてやるといい」
「イ、イエス・・イエス、サー」
「ミスター・ヤン、それでは此方へどうぞ」
「おう、しかしボーナスってのはいつ貰っても気持ちの良いもんだな、あはは・・」
屈強なボディーガードがヤンを先に廊下へと促し、扉を半分閉めながら、何かを確かめるように暖炉の前の男をちらりと見て、無言で頷き、外へと出て行った。
「カーネル(Colonel=大佐)・・ヤンをどうするおつもりですか?!」
「彼を助手に選んだのは君だが、そもそも人選が間違っていたようだな」
キャンベル曹長が大佐と呼ぶその初老の男は頬に大きな傷があり、髪も短く刈り上げて、まるで歴戦の勇士を彷彿とさせるような眼光の鋭さがある。
「彼は朝鮮から移住したコリアンアメリカンの家で育ち、小さい頃から日本やアメリカに敵意を持っていましたが、自分が強くなるために敢えてROTC(予備役将校訓練課程)を選んだのだそうです。やがて私がカトーの台湾での事件を説明すると、非常に強い反応を示したので、これは使えると思い、助手に選んだのですが・・」
「だが実際には、君たちの正体を見破られてしまうほど、カトー君は手強かったわけだ」
「お恥ずかしい限りですが、そのとおりです」
「ならば、今のヤンだけではなく、君にも責任を取って貰わなくてはいけないな」
「・・イ、イエス・サー・・先ほど申し上げたことは撤回いたします」
「それが良い、共に扶(たす)け合うからこそ、大きな仕事ができるのだ」
「肝に銘じておきます」
「ははは、ヤン君と違って、君は長生きができそうだな、キャンベル曹長──────」
大佐と呼ばれた男は、そう言って、咥(くわ)えていた葉巻を古風なサイドテーブルにある灰皿に載せて、火搔き棒で暖炉の薪を整え直し、炎を大きくした。
「面白いものだな・・・」
「・・・は?」
「火だよ──────火というものは、それを扱う人間次第で、どのようにでも表情を変える。そう思わないかね?」
「そのとおりです」
「世界が燻(くすぶ)っているなら、こうしてチョイと薪(まき)の向きを変えてやれば良いのだ。そして反対に、燃えすぎている時にも、少しばかり薪の向きを変える・・」
「・・・・・・」
「火をコントロールするのではない。強い火を造ったり、弱い火に油を注いだりするのではない。火を造る元となっている焚き木を、動かすのだ」
「それは政治のお話ですか?」
「政治というよりは、Supremacy、Control(覇権、支配)と言った方が正しいかもしれないな、そもそも─────」
「カーネル(大佐)、ちょっとお静かに・・・」
「ん・・どうした?」
「シーッ・・・屋敷の外に、誰かが居るような気配があります」
「本当かね?、私には何も感じられないが・・外には見張りも立たせてあるし」
「見張りの有無よりも、それがどれほど優秀かが問題です。それに私は以前にもこんな気配を感じたことがある。私が正しければ、相当な腕を持つ相手が、それも複数の人間が、すぐ近くまで来ているはず────────至急セキュリティに連絡を取ってください、私も彼らと一緒に確認します」
「よし、わかった」
キャンベル曹長は静かに部屋を出ると、足音も立てずに走ってセキュリティ室に行き、警護の者たちと素早く打ち合わせをしながら、自らも武器庫のライフルを手にした。
「むぅ・・まずいな・・・」
「急に動きが出てきたわね。見つかるはずは無いのに、おかしいな・・」
「あの時も・・ヘレンと一緒にヤンの部屋を監視していた時にも、同じように見破られて、キャンベルがライフルを出してきたんですよ」
「今も、キャンベルが気付いたのかしら」
「おそらく、ね・・」
「さて、どうするかな?」
「せっかく中佐が情報をくれて、ここまで来られたんだから、このまま引き下がっちゃ勿体ないね」
キャンベル曹長が感じた外の気配とは、宏隆と宗少尉の二人であった。
あれから──────アラスカ大学にはキャンベル曹長やヤンの姿が見あたらないので、ヘレンの拉致事件の進捗状況を聞こうと、ヴィルヌーヴ中佐に連絡を取ってみたところ、軍病院に出入りする医療廃棄物の運搬業者から、不審な動きのあったトラックが浮かび上がった。
中佐がその運搬業者を訪ねて責任者に詳しく話を聞くと、運転手を兼ねるひとりの作業員が事件の翌日から出社していない事が分かった。さらにその男の金の流れを調べて行くと、関係している複数の組織のうち、キャンベル曹長とも関わりのある人物が浮かび上がってきて、その山荘が Anchorage(アンカレジ)の北にある Wasilla**(ワシラ)にあることが分かったという。
さっそくヴィルヌーヴ中佐がそこへ向かうつもりだったが、同時にもうひとつ有力な情報が出てきて、中佐は先にそれを確認するところだと言うので、それではと、宏隆たちがその山荘の調査にやってきたのである。
屋敷の周りの、雪に覆われた林の中から観察していると、案に違(たが)わず、キャンベル曹長やマイケル・ヤンが現れた。明らかに彼らよりも強い立場で何かを喋っている葉巻の老人も、この事件のカギを握っているのだと思われた。
【註**:WASILLA(ワシラ)】
ワシラはアラスカ州、マタヌスカ・スシトナ郡の最大の町。デナリ国立公園の南と言うよりは、州都アンカレジのすぐ北側、わずか100kmほどの距離に位置する。
町の名は先住民デナイナ族の酋長の名に因み、部族の言葉で「そよぐ風」を意味する。毎年2月には最も過酷と言われる1,049マイル(1,688km)の「IDITAROD TRAIL RACE」(アイディタロッド犬ぞりレース)のヘッドクオーターとして活躍する。
ちなみに1,688kmは、ほぼ青森〜鹿児島間の距離(歩行経路)に等しい。
「だけど、向こうはキャンベルを入れて総勢約6名よ、さすがにグレネード・ランチャーは無いだろうけど、ライフルやサブマシンガンなんかは普通に持ってるでしょうからね」
「ハンド・グレネード(手榴弾)は有るかも」
「まあ、そうね・・」
「となると、見つかってから二人で攻め入るのはキツいだろうね」
「よし、いったん撤退するわよ・・」
「Roger!(了解)」
だが、そう言ったのと同時に──────────
「うっ・・!!」
「ま、まずいっ・・・」
二人が動こうとした途端に、突然強力なライトが点灯し、屋敷の周り中を真昼のように照らし出した。
「大丈夫、慌てずにジッとして。敵はまだ私たちが何処に居るか、あるいは実際に居るのかどうかも確信がないはずだから、まずは静かに様子を見るのよ」
「ラジャ・・・しかし、よくもまあ、こんなに沢山のライトを・・」
「アラスカは電気代が安いからね」
「冗談を言ってる場合じゃないでしょ」
「あら、だってホントの話なのよ」
宏隆と宗少尉は、二人とも真っ白なカムフラージュの防寒コートを着ている。辺り一面の雪に溶け込んで、さらには眩いばかりのライトがその雪を照らすおかげで、乱反射と樹々がつくる影の重なりとで、人間の居場所はなかなか分かりにくい。
「ば、馬鹿なことを・・ええい、余分なライトを消して、すぐにサーマルビジョン*** を持って来るんだ!!」
キャンベル曹長の怒鳴り声が、すぐ其処のように聞こえた。
「イエッサー!!」
ひとりの隊員が、急いで屋敷に走って行く。
【註***:サーマルビジョン】
サーマルビジョンとは熱感応式スコープのこと。光ではなく熱を感知して映像化する。
普通の暗視装置であるナイトビジョンは光を増幅して可視化するが、その元となる僅かな光量がなくてはならず、例えば夜戦で煙幕を張られては全く役に立たないが、サーマルビジョンであればその状況でも人間の動きが感知できる。
現在ではGM、トヨタ、BMWなどの高級乗用車にもこのような遠赤外線タイプのナイトビジョンが搭載され、運転席のディスプレイにその映像を映し出し、夜間走行の安全に寄与するようになった。
「サーマルって言ったわね・・まずいわよ、それは!」
「こんなに身体が冷えていてもダメなの?」
「バカね、気温と体温の差が大きいアラスカの真冬に使われたら、あっという間に感知されてしまうでしょ!、ナイトビジョンと違って真っ昼間だって簡単に察知されるのよ」
「そ、そいつは、ちとマズいな・・・」
( Stay tuned, to the next episode !! )
*次回、連載小説「龍の道」 第191回の掲載は、1月15日(木)の予定です
2016年12月01日
連載小説「龍の道」 第189回
第189回 P L O T (9)
「いきなり曹長の部屋に行くよりも、先に執務室へ寄ったほうが近いですよ」
キャンベル曹長の居室は、いつかヴィルヌーヴ中佐が訪れた時に用意された来客用の部屋がある棟と同じ、学生たちにヴィラ(Villa=郊外や田舎の邸宅・別荘)と呼ばれる、教職員専用の居住棟にある。執務室は職員の棟にあるので、学生棟のヤンの部屋からはほど近いのである。
「それじゃそうしましょう、何処へだって行くわよ・・」
アッサリそう言う宗少尉は、行く先が何処であろうと、この機会に決着をつける気で居るのが有り有りと見て取れる。宗少尉にしてみれば、この遠く離れたアラスカで、弟のように可愛がっている宏隆を危険な目に遭わせている奴らが、どうあっても許せないのだ。
これまで宏隆に降り掛かった数々の災難は、宏隆やヘレンの報告から察するには、すべてはこのキャンベル曹長絡みであるに違いないと、宗少尉には思える。
一番初めは射撃訓練場で、射撃後のターゲットを確認している最中にライフル弾が足許に跳ねた事件であった。無論普通はそんな事は有り得ない。民間射撃場でもターゲット用紙の着け外しをする際にはサイレンを鳴らし、場内全ての人間が銃を置いてブースから離れるというルールがある。その絶対のルールが破られ、ジャミング(弾丸詰まり)を直しながら、あろう事か暴発して宏隆のすぐ足許にその銃弾が飛んで来た。幸い被弾こそしなかったものの、教官を含め居合わせた全員が肝を冷やした。
二度目は雨の山中行軍訓練のときだ。渡河の下見で、滝口(滝に水が落下し始める所)に立って下を覗いていると、何者かが自分を狙っている気配を感じ、それを最も強く感じた瞬間に、自分の居る所も忘れるほど身体が勝手に反応して飛び跳ね、そのまま滝壺へ30フィート(約9m)も落下した。
ライフルで狙撃された事を識った宏隆はそのまま水に潜って下流へ行き、対岸の薮に隠れる怪しい二つの人影を見つけた。そしてしばらくの間自分も捜索に加わる振りをしながら、自分をリーと思わせてヤンに鎌を掛けて話をし、ヤンが犯人の一人である事を確信した。
訓練を終え、宿舎へ帰って早々に、宏隆はヤンを詳しく調査しようとしたが、そこでヘレンと出合い、キャンベル曹長とヤンの会話を盗聴して、彼らの犯行である確信を深めた。
そして三度目の正直となったのは、今回の雪中オリエンテーリング訓練である。
凍て付いた 50mも幅がある河を渡っている最中に、鈍い爆発音がして氷が割れ、宏隆とバディのアルバがマイナス20度の冷水に落水し、アルバを助けるために独り氷の下を流されながらも、玄洋會での訓練を活かした落ち着いた行動で九死に一生を得たのである。
念入りにそれらを仕組んでは宏隆を脅かし続けている敵の真意は未だ分からないが、その度に本人が生命に関わる危機に晒され、放置しておけばますます危険の度合いが高まるはずだ。それに、宏隆に降り掛かっている問題を解決しなければ、ヘレンの誘拐事件の調査も進まないことを、宗少尉は直感していた。
「ここです─────ノックしますよ」
宏隆は以前、キャンベル曹長に呼ばれてここに来たことがある。
”MSG(Master Sergeant=曹長)・CAMPBELL” と刻まれた、よく磨かれた真鍮の名札が掲げられている厚い扉がスーッと開かれた。
「あら、カトーさん、お珍しいですね!」
「ミス・スーザン、お久しぶりです。いつぞやは美味しい紅茶をご馳走さま。キャンベル曹長はまだこちらにいらっしゃいますか?」
「曹長は休暇でご不在です。秘書の私は相変わらず仕事に追われていますが」
「何処に行かれたか、分かるでしょうか?」
「お仲間と狩猟に行くと仰っていましたが、行く先は不明です」
「そうでしたか。それじゃ仕方ないな、また出直します」
「・・おお、やはりソルジャー・カトーだったか!」
宏隆の声を聞きつけて、見覚えのある教官が奥の部屋から出てきた。
「あ、エヴァンス少尉!、お久しぶりです」
落水した河から無事に帰還した時に、焚き火で暖を取る宏隆に向かって、皆の前でその勇気と能力を讃えた、教官の Arthur Evans(アーサー・エヴァンス)少尉である。
「カトー、身体の方はもういいのか?」
「サンキュー・サー、お陰さまでこのとおりです。その節はご心配をおかけしました」
「それは良かったな。失礼だが、こちらの女性は?」
「ご紹介します。台湾海軍の宗麗華少尉です。宗少尉、こちらはかつてベトナム戦争で、 ヘリボーン特殊部隊としてAp-Bac(アプバク)の戦闘に赴いた歴戦の勇者、アーサー・エヴァンス少尉です」
「はじめまして」
「ははは、歴戦の勇者は大袈裟だが、ようこそ、アラスカへ。しかし、わざわざ台湾海軍の少尉がお見えとは─────しかもキャンベル君の部屋を訪ねて?」
「はい、少し確かめたいことがあって」
宗少尉の顔を見ながら、宏隆がそう答えた。
「ふむ、何やら理由(わけ)がありそうだな。実は私もキャンベルの秘書に確認したいことがあって来たのだ。案外同じ目的かも知れない、もし良ければ少し話をしたいが」
「宗少尉、どうしますか?」
「エヴァンス少尉、ぜひお話を伺いたいですわ」
「ここでは話せないので、一階の応接室に行きましょう」
中の声が漏れない分厚い扉の応接室に場所を移し、エヴァンス少尉が言うには───────なぜ氷結した渡河の訓練中に突然ぶ厚い氷が割れたのかを疑問に思い、翌日からその原因を NWTC(Northern Warfare Training Center:米陸軍北方軍事行動訓練センター)で調査をし始めたところ、氷が割れた場所からすぐ近くの河岸に火薬による爆発の痕跡が見つかった。間もなく宏隆からも事情聴取をするところだったという。
「そうでしたか、やはり火薬が・・・」
「やはり、と言うからには、あれが事故ではなく、自分を狙う意図を以て行われた事だと、君も思っているんだな?──────私もあのとき何かが爆発するような鈍い音を聞いた。確信は無かったが、自然に氷が割れたようには思えなかったのだ」
「あれほどの規模で自然に亀裂が起こるなら、もっと不規則に、それなりに時間も掛かって割れそうなものですが、まるで工事現場のように綺麗に一直線に割れていました。水中から聞こえた爆発音のような鈍い音と言い、あまりに不自然です」
「雨の中で行軍中に起こった滝壺への落下についてはどうだ?、君は単に自分の不注意だったと言っているが」
「本当は、突然足もとに銃弾がはじけて、その拍子に落ちてしまったのです」
「やはり、そうだったか・・・」
「差し支えなければ、曹長の秘書に確認した内容を聞かせて頂けませんか?」
「秘書に尋ねたのはキャンベルの細かい行動スケジュールについてだが、曹長の事はこちらから君に聞きたいくらいだ。君はすでにキャンベルが怪しいと思い、さらにある程度その証拠も掴んでいるからこそ、今日ここへ来たのだろう?、それに、失礼ながらこちらの宗少尉も、どう見てもただの台湾海軍の軍人だとは思えないが」
「恐れ入ります───────」
そう言って、ニコリと宗少尉が微笑んだ。
「エヴァンス少尉は、どうしてキャンベル曹長が怪しいとお思いなのですか?」
「実は、落水したカトーをヘリで病院に運ぶ途中、パイロットがあの河にほど近いところの訓練区域内に、不審な人影を見かけて基地に報告してきたのです」
「河の近くに、不審な人影が?」
「そうだ、君が落水した河の反対側の山陰に、白いカムフラージュを着た二人組が歩いているのを見つけ、報告を受けて基地からすぐに別のヘリが飛んだ。訓練区域は基地に準じるものとして、一般人の立入を規制している所だからな」
「渡河を始めたとき、誰かに見られているような気がしていたのですが、やはり・・」
「近くの雪原を走る二人乗りのスノーモビルをヘリが発見し、強制停止させ、アイディーを確認すると、乗員はキャンベル曹長と、士官候補生のマイケル・ヤンだった」
「それで、二人はどうなりましたか?」
「どうにもならんさ。キャンベルはただ休暇を利用して、ハンティングがてら生徒に射撃を教えていたと言ったそうだ。訓練区域の表示はうっかり見逃したそうで、スノーモビルには獲物のウサギも積まれていた。何の不審さも証拠も見当たらず、そのまま帰したよ」
「ううむ・・・」
「だが、その時からだ、私たちがキャンベル曹長を調査し始めたのは」
「何か他にも不審な点があったのですか?」
「射撃訓練の時に、ターゲットの所で命中を確認していたら、君の足許に銃弾が飛んで来たことがあっただろう?、私たちの調査では、そのときライフルを手にしていたのはそのマイケル・ヤンだ。ジャミング(弾丸詰まり)になったと言って、ガチャガチャやっているうちに暴発したらしい。その場の指導教官はキャンベルと同期の昔からの友人だった」
「キャンベル曹長の執務室へ呼び出されて、そのときの暴発を謝罪されたことがあります。父がこのUAF(アラスカ大学フェアバンクス校)に多額の寄付をしているので、ぼくに怪我でもさせたら自分の首が飛ぶ、申し訳なかった、と言って笑っていました」
「他に何か言っていなかったか?」
「ライフルの暴発事故を起こした学生の名前を訊ねると、すぐには答えず、ぼくの居た所からは本人の顔が見えなかったかとか、教官の顔は見えたかなどと言って、本人の名前を聞き出して文句を言いに行くのではないだろうな、と散々念を押した上でヤンの名前を明かしました」
「ふむ、なるほど・・」
「ついでに、滝に落ちた行軍訓練の際に、曹長を何処かでお見かけした気がすると言って、その時キャンベル曹長がどこに居たかも訊ねてみました」
「ほう、それは何と答えたのだ?」
「ほとんど三班と共に居た、と言われるので、それはマイケル・ヤンがいる第五班のすぐ前ですねと返すと、露骨に嫌な顔をされました」
「ははは、君もなかなか言うじゃないか!」
「さらに曹長の、かつて右に出る者が居なかったライフルの腕前についても話題にすると、現役以降はロクに射撃訓練をしていないと言うので、最近射撃をしたかどうかを訊ねてみると、少し表情を曇らせて、近ごろはずっと撃っていないと言われました」
「なるほどな、だがそれは明らかなウソだ。キャンベルの狩猟好きは一部の間では有名で、毎週の休みには必ずハンティングに出かけているそうだ。腕に覚えのある者は、滅多にそれを錆びつかせたりはしないものだ。まして何か目的のある者なら尚のこと─────」
(註:これら宏隆とキャンベル曹長の遣り取りは、第166回・BOOT CAMP(15)を参照)
「エヴァンス少尉、これは本来申し上げるのが憚られることですが・・」
「何だね?、この際だ、遠慮なく何なりと言いたまえ」
「曹長とヤンに関することですが、自分だけの問題ではないので、何を聞いても不問にするとお約束頂けますか?」
「ふむ、君ほどの男がそう言うのだ、君を信じて、軍人として約束しよう」
「ありがとうございます──────実は今回、基地の病院から拉致されたヘレンと共に、寮の向かいの丘からヤンの部屋を見張り、観察したことがあるのです」
「ほう、スパイ大作戦(Mission Impossible)というワケだな」
「すると、キャンベル曹長が現れて、とんでもない会話が交わされました」
「会話って・・どうして丘の上からその部屋の会話が聴けるんだ?」
「それは、ちょっと申し上げられません」
「何を聞いても不問にすると約束したんだ、他言はしないから、何でも教えてくれ」
「つまり・・ヘレンが、あらかじめヤンの部屋に盗聴器を仕掛けていたのです」
「な、何だって!────────それで、話の内容は?」
「ぼくが滝に落ちたときの話で、”奴はもう、あれが俺たちの仕業だと気付いている” と言っていました」
「それから・・それ以外には何か言っていなかったか?」
「狙撃に関する重要な事はそれだけですが、僕たちの気配に気付いて、こちらに窓からライフルを向けて狙ってきました」
「ライフルだと?、そんな物がヤンの部屋にあるのか・・いや、それより実際に撃ってきたのか、キャンベルの奴は?」
「いえ、その日は闇夜でしたが、どうも暗視スコープつきの物らしかったので危険を感じ、素早く茂みの陰に伏せて、Gillie Veil(ギリー・ヴェール)を被って遣り過ごし、どうにかその場は難を逃れることができました」
「・・ふう、聞いているだけで冷や汗が出るな。だがこれは大問題だぞ、こんな事が未来の将校たちを育成する大学の構内で有って良いわけがない──────」
「エヴァンス少尉、私たちは・・・」
「いや、言わなくても良い。聞けば私も徹底して詮索したくなる。おそらく君たちは、ただの士官候補生や軍人ではないのだろう。拉致されたヘレンや父親のヴィルヌーブ中佐も同じように、人に知られてはならない立場を併せ持つ人たちなのだと思うが、違うかな?」
「そのとおりです、お心遣いを感謝します」
宗少尉が丁寧に頭を下げた。
「いいえ宗少尉、言わばこれは、私自身がその立場以上に巻き込まれないための用心です。私に心遣いをしてくれたのはカトーの方ですよ。彼は話の中でも、私が知らない方が良い事には意図的に触れていないはずです。若いのに、大したものだな、カトーは・・」
「恐れ入ります─────」
「さて、今後はどうして行くかな?」
「エヴァンス少尉のお立場からは、どうされますか」
「私はキャンベル曹長を糾明して、きちんと責任を取らせるつもりだ。UAFの教官として有ってはならない行為だからね。もちろん結託したマイケル・ヤンも処罰を与える」
「しかし、証拠は何ひとつありません。ヘレンが盗聴した会話も録音したわけではありませんから。犯罪として立証するには無理があります」
「河を爆破した爆薬なら、ある程度は入手経路を追えるはずだ。定規で線を引いたように氷を割るには、C4(プラスチック爆弾* )やTC4(テープ型のC4)が必要になる。キャンベルなら入手もそう困難ではないだろう」
「Bangalore Torpedo**(バンガロール・トルピードゥ)かも知れませんね」
宗少尉がそれにつけ加えて言った。
「なるほど、それなら誰でもすぐに造れるし、連結して長くすることもできる・・」
「其処らの竹でも作れますし──────」
「なかなかお詳しいですな、宗少尉は!!」
「そうです、趣味であらゆるウエポン(戦闘器材)に通じていますからね」
「ヒロタカ、よけいなコト言わないの!!」
【註* : プラスチック爆弾】
第二次大戦以降、軍用爆薬として多用される、ニトロトルエンやテトリル等の爆薬にワックスや油脂などの可塑剤を加えて棒状に加工した物。可塑剤の添加により安定しており、ハンマーで叩いても爆発せず、千切ったり潰して塊にするなど自由に変形でき、爆発には起爆衝撃を起こす点火装置の信管(ヒューズ)が必要となる。1960年代から米軍が使用する Composition-4(C4)は通常白色粘土状の棒状箱型に成形され、プラスチック(ポリエチレン)のカバーで覆われている。全長約28cm、縦横約5cm、重量約1,1kg。
【註**:Bangalore Torpedo】
バンガロール・トルピードゥは、戦場で地雷や鉄条網を爆破撤去するため、主として工兵が装備する 1.5mほどの細長い筒状の爆弾。英語圏の軍隊では Banngalore と呼ばれ、日本の自衛隊ではバンガローと称される。旧日本陸軍では破壊筒と呼ばれていた。上海事変では爆弾三勇士の逸話を生み、ノルマンディー上陸作戦でも重用され、プライベート・ライアンなど映画でも多く用いられた。名称はインドのバンガロールに駐留した英陸軍大尉が考案したことに由来する。
「ヘレンの拉致事件からも、キャンベルたちが浮上してくるかも知れない。何か分かったら私にも報せてもらえると嬉しい。もちろん秘密は守る」
「必ずお知らせしますわ、エヴァンス少尉」
「君たちは、これからどうするかな?」
宏隆と宗少尉は一瞬顔を見合わせたが、
「このままキャンベルとヤンを追います────────」
何の迷いもなく、宗少尉が言った。
「・・何となく、もうその二人が戻って来ないような気がするので」
「そうか、だが彼らも自分たちが疑われていると薄々気付いているだろう、相手は優れた射撃の腕前もある、十分に気をつけてください」
「ありがとうございます」
( Stay tuned, to the next episode !! )
*次回、連載小説「龍の道」 第190回の掲載は、12月15日(木)の予定です
2016年11月15日
連載小説「龍の道」 第188回
第188回 P L O T (8)
「ヤンのやつ、ぼくが来たと知って、ちゃんとドアを開けるかな・・?」
”C棟” と書かれた学生寮のエントランスを入りながら、宏隆が言った。
「さあ、どうかしらね─────ま、成り行きよ!」
「Knock the door instead of me, for he will recognize me.(ボクは面が割れてるから、代わりにノックしてよ)」
「Yeah, I will.(ええ、そのつもりよ)」
「まさか、ノックをしてから、ジョークを云うつもりじゃないでしょね?」
「ジョークって?」
「Knock Knock Joke ってヤツ、知らない?」
「何よ、それ・・?」
「Knock, knock !!(ノック、ノック)・・Who's there ?(どなた?)・・Harry.(ハリーだよ)・・Harry who ?(どこのハリー?)・・Hurry up and open the door !!(いいから早くドアを開けろって!)──────なんていうジョークのこと」
「こっちに来て、そんなアホな英語ばかり勉強してたのね」
「あははは・・」
「Here we are!─────さて、曰く付きの203号室に着いたわよ」
「Knock, knock!(コン、コン、コンッ!)」
「・・・・・・・・・」
「居ないのかな?」
もう一度、今度はもっと強く、数も多めにノックする。
「応答がないね、気付かれて居留守を決め込んだのかな?」
「開けないのなら、こっちから入るまでのこと」
「ちょ、ちょっと!・・何すんの?!」
宗少尉がポケットからピッキング(鍵を使わずに他の道具で解錠すること)の道具を取り出したので、思わず声を挙げそうになったが、扉の前に来てからは、二人とも声は出していない。会話を交わす代わりに、ハンドサインと表情で意志を伝え合うのである。
「見てのとおり──────」
止める間もなく、十秒もかからないうちにドアの鍵を開けた。
誰かが来ないか、廊下を気にしながら片手に銃を持って、ゆっくりとノブを回し、ドアにチェーンが掛かっていないことを確かめると、スッと、静かにそのドアを押した。
だが、まだ部屋の中に入らず、何か反応があるかどうか、しばらく様子を見る。
「行くわよ・・・3、2、1、GO!」
沈黙のまま、そうハンドサインを出して部屋の中に踏み込み、誰かが居そうなポイント毎に正確に銃口を向けてゆく。宏隆も遅れず、素早く中二階のベッドルームへと駆け上がり、同じように確認をする。
「リビング、クリア・・!!」
「ベッドルーム、クリア・・!!」
「バスルーム、クリア・・!!」
この場合はヤンが銃を持って待ち伏せしている可能性があるので、こうするしかない。
仲間に余計な心配をさせぬよう、各々がチェックするポイントに問題が無いかどうか、声を出して伝え合うのである。勿論、何かがあれば即時それに対応し報告をする。
映画にもよくこのようなシーンが出て来るが、宗少尉や宏隆にとっては訓練や実戦によって培われた技能が問われる、リアルな戦闘が想定される状況である。
「つまり、居ないってことか─────」
すべての部屋をチェックし終えて、宏隆がようやく普通の声を出した。
Student Dorm(学生寮)というと、普通はこぢんまりした部屋か相部屋などを想像するが、ここは中二階に広々としたベッドルームがあり、バスルームにはシャワールームとトイレがガラスで別々に区切られていて、ちょっとした別荘かコンドミニアムを想わせるような立派な部屋だ。
「学生寮にしては贅沢ね、部屋代も高そうだし。親は何をしてる人かしら?」
「カタギじゃないかもね、如何にもそんな雰囲気の男だけど。それよりヤンが外出中なら、帰ってこないうちに此処を出ないと・・」
「いや、帰って来たら挨拶をするまでよ。折角だから部屋の中を調べて行きましょう」
「FBI じゃあるまいし、そんなことしたら犯罪になりますよ」
「バカね、すでにピッキングで不法侵入してるじゃないの」
「あ、そーか・・・」
「だいたい、自分をライフルで狙った相手に、犯罪もヘチマもあるもんですか」
「ヘチマ?、はは、日本語が上達しましたね。で、何を調べるの?」
「勿論、ヤツらの正体が分かる証拠よ。私はデスクをチェックするから、ヒロタカはベッドルームを調べて─────痕跡が残らないように、気をつけて触るのよ」
「ガッテン、承知の助!!」
「なに云ってんだか、もう・・」
寝室へ行った宏隆は、いかにもライフルが収納されていそうなクローゼットを真っ先に開けた。だが、そこには衣類以外に何もないように見えたが、その片隅に、衣類に隠されるように重厚な金庫が置かれていた。
「宗少尉、来てください!!」
「・・ん、何か見つけた?」
「これを見て────────」
「へえ、学生寮にはおよそ似つかわしくない、エラそうな金庫ね」
「何が入っているのか・・本体だけでも50kgくらいはあるだろうな。我々のようなコソドロにはとても持ち出せませんね」
「ダイヤル式ね、ちょいとやってみるか・・」
「あれま、金庫破りまでやるの?」
「そこのグラスを取って。そう、その細長いヤツ」
宗少尉はグラスの口を金庫に当て、その底に耳を付けて聴診器代わりにし、慎重にダイヤルを回し始めた。
「ワオ・・まるで *ザ・イタリアン・ジョブを観てるみたい─────」
(註*:The Italian Job は1969年の英国映画・邦題 ”ミニミニ大作戦”。2003年に同じタイトルでマーク・ウォールバーグ主演のリメイク版が公開。最新型金庫の中にある50億ドルの金塊を奪い、奪われ、奪い返す、というストーリー。三台のミニクーパーが活躍する)
「感心してないで、何かめぼしいモノはないか、見てきて」
「その映画、知ってる?」
「知ってるワよ、**偷天換日、美國犯罪片、てヤツでしょ。言っとくけど、洋画の封切りは日本より台湾の方が全然早いのよ」
(註**:「偷天換日」は中国の諺で密かに事の真相をすり替えて人を欺すこと。兵法三十六計の第二十五計にある、戦術の「偷梁換柱(とうりょうかんちゅう)=梁ヲ偷(ヌス)ミ、柱ニ換フ」と同じ意味)
「たしかに、映画が終わってエンディングプロットを見ながら余韻を楽しんでると、突然プツンとフィルムが止まってパッと明かりが点くのが驚くほど早いよね。観客たちは皆急いで出口に殺到するし。台湾はバイクに限らず何でも早いっ!────あはは」
「ムッ・・・いいから、ヤンが帰ってこないうちに早く仕事しなさいっ!!」
「はいはい、ますますコソドロみたいだね。で、映画の封切りが台湾の方が早いって?・・そんなの別に威張るコトじゃないよ、そりゃ日本の方が儲かるから、宣伝やイベントで盛り上げて時間かけてから公開するんだよね、学生の休みに合わせる必要もあるし、宣伝文句に弱い日本人は、アメリカでどう評価されたかで判断するから遅い方が好都合、アメちゃんも本土の人気具合で配給金額を決めるんだから仕方ないじゃんね、ぶつぶつ・・」
「ナ二ぶつぶつ云うてんの?!」
「いえ、何でもありまへん・・」
「もう、うるそうて集中でけへんわ!」
「台湾人の大阪弁か・・やれやれ」
宗少尉と場所を代わって、デスクを物色する。引き出しにはたくさんのナイフが所狭しとゴロゴロしている。
「特に何も見当たらないな、趣味もナイフの蒐集くらいで、それもシュミが悪いのばっかりだね、つまらん生活してるな、ヤンの奴は・・お、このファイルは何かな?・・写真のアルバムか・・何と、金日成(キム・イルソン)の写真が先頭だ・・あとは家族かな・・」
「ヒロタカ、来て!・・開いたわよ」
中二階のベッドルームから、宗少尉が小声で呼ぶ。
「へえ、ホントに映画みたいに、聴診器で金庫が開くんだ!」
「そんなことより、金庫の中身を見てごらん」
「ああっ!!」
「これが学生寮に暮らす学生の Safe(金庫)かしら?」
100ドル紙幣や50ドル紙幣の束が二十個以上も重ねられてある。
「この黒い袋は、何だ?」
それほど大きくないが金庫の底に分厚い黒革の袋がひとつ置いてあり、持ってみるとズシリと重い。床に置いて、そっと紐を解いてみると、
「金貨だ─────!!」
眩(まばゆ)いばかりの光を放つ、金貨の山がそこに現れた。
「これは、Krugerrand(クルーガーランド)ね」
「あの、南アフリカが発行する金貨?」
「そう、表面はトランスヴァール共和国の大統領、ポール・クリューガーの肖像、裏面はアンテロープ(大型のカモシカ)の一種であるスプリングポックが描かれ、五千枚が造られたはずよ」
「流石に詳しいね。ざっと見て百枚はある、3キロくらいの重さかな」
「この金貨は1枚が1ozt(トロイオンス)で約31グラム。今の金相場から考えて、日本円で1枚4万円位だから、百枚で約400万円か・・・」
「何でアイツがこんなモノを、こんなにたくさん?」
「まあ、イザという時のための用意でしょうね」
「イザという時って?」
「誰かを雇うとか、逃走するとか、何をやるにも資金が必要でしょ」
「確かに、地獄の沙汰もカネ次第、金貨とドル札束で全部で千五百万円以上か。そりゃこのくらいの金庫が欲しくもなるだろうな」
(註:当時の1,500万円は、現在の2,700万円ほどに相当する)
「金貨や札束より、もっと興味深いモノがあるかもよ」
宗少尉は金貨や札束に目もくれず、ゴソゴソと金庫の中にある書類を取り出し、次々に目を通していく。
「こ、これは───────」
「どうしたの?、それは何のファイル?」
しかしその時、コンコンコンと、入口の扉をノックする音がした。
「ハロー、ハッロゥー!・・おーい、Anybody home?」
「あいにく留守ですよ、って答えとく?」
「シィーッ、黙ってなさい!」
そう言いながらも、すでに宗少尉は壁際にピタリと身を寄せて立ち、宏隆は床に伏せて、二人とも銃を構えている。声の主が敵かどうか、自分たちを欺そうとしているのかどうか、まだ分からない。
「ヤーン!、お、カギが開いてるのか、入るぞ!・・お〜い、ヤン、居るのかぁ・・?」
「・・・・・・・・・」
「uh・・Is anyone there?(あー、誰かそこに居ますか?)」
友人か誰かが訪ねて来て、何となく中二階に気配を感じるのだろう。その男が下から見上げて声を掛けてくる。宏隆は宗少尉に Leave it to me.(ボクに任せておいて)と手信号を送り、銃を静かに腰の後ろに戻して起ち上がり、階段を降りて行った。
「やあ、こんばんは!」
「あれ?、キミは、たしか・・?」
「え?・・ああ、君はあの時の・・えーっと、そうだ、キミの名はフランク!」
「よく覚えていてくれたね、そう、Frank Marshal(フランク・マーシャル)だよ。キミはヒロタカ・カトーだね」
「フランク、君の方こそよくボクを覚えていたね」
「カトーはこの学校じゃ有名人だからね。射撃の名手で、教官まで投げ飛ばしてしまう格闘技の猛者でもある。ついこのあいだ、バディを救うために自ら凍った河に身を預けた男らしさも、この学校じゃ知らない者はいないさ!」
「はは・・冷たい河に落ちて有名になったか。君と出会ったのは、まだこの学校に入りたてのとき、ブートキャンプでシゴかれていた頃に、行軍訓練でグッタリしていたキミに食堂で会って、足のマッサージを教えようかと声を掛けたんだっけ?(第153回参照)」
「そうそう。けど、あの時に教わったのはマッサージじゃなくて、僕の好きなフレンチフライによく合う秘伝の ”サムライソース” だった。あれは美味いな、あのとき以来ずっとポテトにはサムライソースだよ!」
「あははは・・!!」
「ははははは・・・」
「どうやら敵じゃぁなさそうね───────」
宗少尉が階上(うえ)から降りてくる。鍛え上げて引き締まった身体と長い脚、ちょっと以前に台湾の大女優にこんな女(ひと)が居たかもしれないと思えるような、Joey Wong と Tracy Zhou、それに Bianca Bai を足して3で割ったような、少し古風な雰囲気のある美人である。
「こ、これはまた・・ヘレンといい、カトーは美人と縁があるんだなぁ」
しかし、そのヘレンが拉致されたから此処に来ている、とは言えない。
「ボクの先輩で、Ms. Zong Lihua(ミズ・宗麗華)さんだ」
「どうも、初めまして・・ヤンは留守のようだけど、君たちはここで何をしてたの?」
「べつに何も。訪ねて来たらカギが開いていて、誰も居なかったんだ─────それより、ヤンと君とは友だちなんだね?」
「まあ、友だちっていうか、他の連中と一緒に時々ビールを飲む程度だけど。今日もビールを誘いに来たんだが、留守みたいだね。ヒロタカは遊びに来たのかい?」
「そんなところだ。本人が居ないので、もう帰ろうと思っていたんだよ」
「マーシャルさん、この部屋の主がどこへ行ったか、あなたに見当は付くかしら?」
蕩けるような優しい笑顔で、宗少尉が訊ねた。
「どうぞフランクと呼んでください。ヤンの行き先は・・もしかするとキャンベル曹長のところかもしれないです」
「キャンベル曹長────?!」
「そう、よく部屋に訪ねて行くみたいで、まるで遠い親戚か何かのようですね」
宗少尉の目がキラリと光って、宏隆と顔を見合わせた。
「ありがとう、フランク!」
「・・ど、どういたしまして」
フランクは、宗少尉に見つめられただけで顔を赤くしている。
「それじゃ、僕らはそろそろ行くよ。あ、そうだ、ヤンに会ったら、ちゃんとドアの鍵を掛けた方がいいって・・」
「わかった、言っておくよ・・Ms. Zong(ミズ・宗)、またお会いできたら、とても嬉しいです」
宗少尉はニッコリと微笑みを返したが、
「あ、フランク、言い遅れたけど、この女(ひと)は台湾海軍の少尉だよ」
「しょ、少尉?!─────し、失礼しましたっ!!」
フランクは思わず気を付けの姿勢をして敬礼した。
「Cadet Marshal(マーシャル士官候補生)、訓練を頑張ってね!」
「・・サ、サンキュー、サー!!」
「さあ、行くわよ。モタモタしてられないわ」
「キャンベル曹長のところ?」
「そういうこと」
「さっきの金庫は?」
「大丈夫よ、ちゃんと戻しておいたから。指紋も拭いたし」
「まるで本物のドロボーだね。まさか金貨を1、2枚持って来たんじゃ・・?」
「バカね、銃は撃っても、盗みはせず─────」
「敵からも?・・敵国で窮地に陥ってても?」
「まあ、場合によって、よ・・」
「それじゃ、ヤンが敵だってハッキリしたら、あの金貨を頂きに来ましょうか。アラスカ版ミニミニ大作戦、開始っ!」
「敵地から逃亡するような事態になったら、誰だって盗むわよ。無事に帰るためには、ね」
「そうだね、そんなコトになりたくないものだけど・・・」
( Stay tuned, to the next episode !! )
*次回、連載小説「龍の道」 第189回の掲載は、12月1日(木)の予定です
2016年11月01日
連載小説「龍の道」 第187回
第187回 P L O T (7)
「申しわけありません───────」
点滴のチューブに繋がれた宏隆が、ベッドの上で項垂れて、力なくそう言った。
一夜明けて、ヴィルヌーヴ中佐がノーフォークの海軍基地からヘリで駆けつけ、軍病院の Security Chief(保安責任者)に詳しく事情を聴き、その足で宏隆を病室に見舞ったのである。
「いや、何も謝ることはない、君の所為ではないよ。拉致の手練手管を心得た強かな敵が、君が入院している状況を利用して、娘のヘレンを誘拐するという行為に及んだのだ。
そんなことより、記憶の新しいうちに君からも事情を聴きたい。いまセキュリティから説明を受けて、およその事は理解したが」
「あの看護婦が疑わしいと思ったときに、きちんと手を打たなかったのが自分の大きな間違いでした。検査のときに点滴を拒否して、あの女が本物の看護婦かどうか、ナースセンターに確かめて居さえすれば、こんな事にはならなかったのです。本当に申し訳ありません」
宏隆は詳しい経緯を話し、ヴィルヌーヴ中佐はひとつひとつを確かめるように頷いては、丁寧にメモを取った。
「そうか、しかしもう過ぎたことだ。それに誰にでも油断はあるし、間違いもある。何より君は任務中でも訓練中でもない、検査療養中の身だったのだから無理もない。自分を責めたりしないでくれ。むしろ、せめて君が無事で居てくれてよかったよ」
「サンキュー・サー、恐れ入ります・・」
ヴィルヌーヴ中佐の心優しい言葉に、宏隆は唇を噛んで下を向いた。
「それより具合はどうだ?、体が麻痺する薬物を点滴に注入されたと聞いたが、まだ点滴をする必要があるんだな」
「はい、しかし時間が経てば効果が減退するものらしく、だんだん楽になってきています。やはり筋弛緩剤のようなクスリのようで、いま検査室で分析中です。敵は僕の体の自由を奪うことを目的として薬物の量を加減したようです」
「そうか、鍛えた体だから快復も早いだろう。少し安心したよ」
そう言って、中佐は笑顔を見せた。
娘が誘拐されたばかりだというのに、父である中佐は思ったより落ち着いていて、不安気な素振りの欠片も見せない。普通の人間なら取り乱して居ても立っても居られないところだが、軍人も流石に士官ともなれば、ここまで肝が据わっているものなのだろうかと、宏隆は感心をした。
「僕のことなどより、その後ヘレンの捜索はどうなっていますか?」
「残念ながら、未だ何も足取りがつかめていない。警察は無論のこと、基地の名誉にも関わるので、軍の情報部も協力して夜を徹して探してくれているのだが、どこへ消えたか皆目見当が付かない。病院のセキュリティと基地の保安要員の状況分析によると、おそらく掃除婦のクルカという女が、友人である看護婦のジョディ・ミラーが休暇中であることを利用して成り済まし、掃除のカートか、廃棄物用のカートにヘレンを隠して運んだのだろうと言うことだ」
「では、ヘレンは廃棄物のトラックか何かに乗せられて──────」
「──────まんまとこの基地から出て行った、ということだろう。監視カメラには見慣れない運転手の姿は映っていないので、掃除婦の女といい、顔見知りの人間による犯行だと言うことになる。時間的に疑わしいトラックをすべて当たり始めているが、日曜の早朝だから、なかなかスムースに確認は取れないだろうな」
「中佐、ひとつ腑に落ちないことがあるのですが」
「何かな?、手掛かりになりそうな事なら何でも言って欲しい」
「ヘレンを誘拐するのが目的なら、何もわざわざ僕を欺して拘束する必要はなかったと思うのです。僕が邪魔なら、ヘレンが一人になったところを見計らって、上手く拉致すれば良いだけのことです。まして土曜日で、人影も疎(まば)らな病院内なのですから」
「ふむ、なるほど・・」
「僕に掛けた手間を、ヘレンに向ければ済むことなのに、どうしてそんな手の込んだ事をする必要があったのでしょうか?」
「言われてみれば、確かに回りくどい行動だ、ヘレンを掠(さら)っていくのに、何も君を眠らせる必要は無い・・何故そんなことを?」
「犯人のうち白衣を着た男の方は、僕を Kurama と、コードネームで呼びました。そして部屋に入って来たヘレンを注射で眠らせた上で、”取りあえず今日はお前には用がない” と、わざわざ僕に向かって言ったのです。自分は身体が動かず、為す術もありませんでしたが、それは何を意味しているのでしょうか?」
「ますます分からないな。敵は何処のどいつで、何を考えているのか─────」
「そうそう、ヘレンが拉致される直前、キャンベル曹長が病院に来ていたそうです」
「なに、キャンベルが・・?!」
「はい、訓練でバディだったアルバが見舞いに来て、そう言っていました」
「では、奴らが手を回して、この誘拐を企んだということか?」
「タイミングは良すぎますが、必ずしもそうとは限らないでしょう。セキュリティによると確かにキャンベル曹長は昨日この病院を訪れていますが、他の誰かを見舞いに来たようで、わずかな時間だけ居て、すぐフェアバンクスに戻ったようです」
「相変わらず怪しい行動を取るな、あいつは─────」
「それと、掃除婦の女はクルカという名でした。僕の知る限り、クルカはチェコスロバキア周辺に多く、しかもユダヤ系に多い名前です」
「ふむ、ヒロタカは姓名の語源や歴史に詳しいんだったな。それに、ヘレンからも随分と講義を受けたね?」
「はい、入院中の暇つぶしにしては、かなり高度な講義でした」
「君が言いたいことは分かる。チェコスロバキアのプラハはヨーロッパでも最大のユダヤ人街があって、18世紀には彼らが人口の四分の一を占め、ユダヤ秘教であるカバラが本格的に研究され、錬金術をはじめ人造人間をつくる計画さえあって魔都と呼ばれていた。
また、第二次大戦中はユダヤが人類に向ける陰謀を曝くために、ヒトラーがプラハを徹底的に蹂躙し、ユダヤに関する特別調査機関を設けたほどだった──────だが、今回の事件とユダヤが関係しているかどうかは分からない。あまり先入観を持ち過ぎないことだ」
「そうですね・・それから、これも自分の想像でしかありませんが」
「なにかね?」
「今回の事件の、真のターゲットはヴィルヌーヴ中佐ではないかと思うのです」
「この私が、ターゲットだと?」
「そうです。ヘレンを誘拐したからには、今後は先ず、父親であるヴィルヌーヴ中佐に対して何らかの要求が来るのが普通でしょうし」
「ふむ、しかし彼方此方(あちこち)で雇われエージェントを兼ねる貧乏軍人に、高い身代金など払えるはずもない事は、敵さんも先刻承知と思うが・・」
「身代金ではなく、おそらく中佐が持って居られる ”情報” が目的ではないでしょうか」
「情報、というと─────?」
「ヘレンから聴いたユダヤ関連の歴史や経済、さらにケネディ暗殺に到るまでの話は、内容的に中佐のような立場の人でなければ、普通は知るはずもないことです。
中佐は海軍でのご活躍は言うに及ばず、CIAではTRIAD(トライアド=中国黒社会最大の秘密結社)の監視を続けられ、カナダでは王立情報局の勤務、加えて台湾国防部情報局からの依頼で、我が玄洋會の Cooperator(協力員)として活躍されているのですから、その筋の人間に目を付けられても何の不思議もありません」
「確かにそれは尤もな話だ。私が持っている情報は、国家機密レベルに関わるものも多い。そして、日々それを追い求めて狙っている者たちは、国家が訓練して送り出すスパイや、彼ら諜報員に選ばれ、高報酬で雇われた裏社会のプロのエージェントたちだ」
「日頃から実際にそのような相手から狙われ、危ない目に遭っておられるわけですね?」
「まあ、それが仕事だからね、仕方がないさ、ははは・・」
「では、ヘレンが拉致されたことについて、何かお心当たりは無いのですか?」
「そう言われて考えれば、心当たりが無くもないが──────確信はないな」
「すぐ調査をされますか?」
「もちろんだ、早速それに向けて調査を始めよう」
「少しでも進展があったら、すぐに知らせて下さい」
「そうするよ。私が目当てなら、じきに奴らがコンタクトして来るだろうし」
「僕も、すぐに捜索に加わります」
「それは心強いな。早く身体を治して、一緒にやってくれ。ROTC(予備役将校訓練課程)の方は何とでもなるよう、私から働きかける事もできるし」
「ありがたいですが、父に相談すれば何とかなると思います」
「頼もしいな、君のファミリーは・・それじゃ、私は娘を探しに行くよ」
「貴重なお時間を、ありがとうございました」
「また連絡をする。だが、気をつけてくれよ、この事件から病院もフェアバンクス校でも、セキュリティが厳しくなったのはとても良いことだが」
「大丈夫です、間違っても、二度とこんな事はさせません」
「ははは、君が元気なら、大変な目に遭うのは向こうの方だろうな」
そう言って、ヴィルヌーヴ中佐は軍病院を出て、迎えに来ていた車で何処かに向かった。
病室の窓からも、その車がゲートに向かうのが見えたが、もちろん運転している男の顔までは見えない。
次の水曜日に宏隆は退院した。まだ少し目まいが残っているが、ヘレンの消息が分からないまま、時間だけが過ぎて行くことに耐えられず、半ば無理を押しての退院であった。
アラスカ大学の宿舎に戻った宏隆は、急いで仕度をして、入院中に借りておいたフェアバンクスの駅に近いアパートメントに荷物を移した。何かが起こったときに、大学やROTCの関係者に迷惑を掛けないようにとの配慮である。
そして、宏隆がこんな目に遭った上、アラスカでの世話役であるヘレンまで誘拐されたとあっては、秘密結社・玄洋會が、本格的な真相究明に乗り出さないわけは無かった。
「宗少尉──────お久しぶりです!!」
「ヒロタカ、しばらく見ないうちに、ずいぶん逞しくなったわね!」
「いや、カラダだけですよ、アタマも精神も、それほど成長はしてません」
「ハハン、確かにそうみたいね、アタマはカラダ(空だ)ってか?!」
「まったく、久々に会えたというのに、すぐそれなんだから、もう・・」
「あはは、冗談冗談。無事でいてくれて何よりよ、ホント」
宏隆がアラスカに来て、もう2年にもなる。自分に厳しい訓練を与え、講義を語り、台湾では命懸けで自分を救出しに来てくれた、そんな実の姉のようなこの女(ひと)を見ると、胸が熱くなって、ハグをする目に自然と涙があふれてくる。
「宗少尉が来てくれるなんて、思いも寄りませんでした」
「北米支局から連絡を受けて、とても心配していたのよ。陳中尉も、任務さえ無ければ飛んで行きたいところだ、と言っていたわ」
「陳中尉は、どちらへ?」
「ロシアよ。広いソビエト連邦の、どこか──────」
「ロシアに・・?」
「そう、近ごろの世界はちょっと、色々ゴタゴタしていてね。でも、それは陳中尉の仕事、私たちはこの任務をきちんと片付けなきゃ」
「宗少尉が来てくれたら百人力です」
「4X4(four-by-four=四輪駆動車)や必要な用具は支局の協力ですでに揃えてあるわ。もちろん武器も十分にあるし、あとはプラン次第ね」
「少し考えておきました。点滴のチューブに繋がれている時間が長かったので」
「私が思うには・・まずヘレンが誘拐される前にヒロタカが何度も危ない目に遭ってきた、という事実があるわね。逐次その報告をもらっていたから、ずっと気になっていたのよ。
それは今回の事件と関係が無いとは言えないかもしれない。手掛かりがありそうな気もするわ。そして相手はROTCの教官と朝鮮人の学生──────彼らが何の目的でそれを行ったのか、それを解くことから始めたらどうかしら?」
「そうだ、それが一番手っ取り早い。よし、キャンベル曹長とヤンを締め上げましょう」
「オーケイ、Now is the time to act.(善は急げ)よ。今からすぐ行きましょう!」
「なるほど、そう言うのか・・♬ It's Now or Never 〜(今しかない)てのもイイけど」
「エルヴィスか、オー・ソレ・ミオをもとにした歌よね」
「オー、ソレ、ミタコトカ、にならないよう、気を引き締めて行きましょう」
「バカね、相変わらず──────」
「ははは、任務にもノリが必要ですからね」
「・・さあ、行くわよ!」
「Roger(了解)!!」
拉致されたヘレンの行方を探すのに、先ず日ごろから大いに疑惑のあるキャンベル曹長とヤンを問い詰めようというのは、いかにもこの二人らしいやり方である。
だが一体、どのようにしてそれを行うのか───────
詳細を検討したわけでもないのに、二人は北米支局が用意した白い四輪駆動車で、直ちに学生寮のヤンの部屋へと向かった。かつて、その部屋が見える丘の木陰からヘレンと偵察をした時、キャンベル曹長が現れ、危うくライフルで撃たれそうになったことのある、あのヤンの部屋である。
「宗少尉、ヤンは部屋にライフルを隠し持っています、気をつけてくださいよ」
助手席の宏隆が心配して言う。
「了解。だけど隠している銃を出すには時間がかかるわ。こっちは拳銃がスタンバイよ」
そう言ってポンポンと、ホルスターを下げた腋の膨らみを叩く。
「冬だと上着を着てるので、こういう物を隠すには便利ですね」
「弾丸(たま)は入ってる?」
「もちろんです、予備のマグ(弾倉)は一本ですが、荷台のケースにはもっと・・」
「使わないことを祈るけど、銃もハサミと同じで使い方次第よね」
「確かに───────しかし、いいクルマだなぁ、コイツは・・V8, 5000cc, 3MT, 205hp, スピードメーターは時速100mile(160km)まで?、実際そんなには出ないだろうな。
それでも身は小さくて力持ち。フォード・ブロンコ・レンジャー、Hurrahhh──── !!」
「ヒロタカは4X4(four-by-four=四輪駆動車)も好きなのね」
「装甲車なんかもイイけど、普段使いで乗るわけには行かないし」
「バカね、何を考えてんだか・・」
ヘレンが誘拐されたというのに、二人で暢気なことを言っているようにも思えるが、本物の軍人やプロはよく任務に赴くときに冗談を言って笑い合う。任務でなくとも、辛い訓練で新米が音を上げているときに、先輩や上級者が冗談を向けてからかうのも、同じである。
「到着しましたよ。そこを曲がって入るとパーキングエリアがあるから駐めて」
「Copy that.(了解)」
学生寮は、宏隆のアパートメントからわずか数キロの距離である。
「さて、此処からの手筈は如何に──────?」
「手筈も何もないわ、そいつの部屋を訪ねて、吐かせるだけ」
「やれやれ、物騒だなぁ・・お願いだから大暴れだけはやめてくださいね」
「だいたい、ヒロタカがモタモタしてるのがイケナイのよ。敵が自分を狙ってきたらすぐに報復する。コレ、この世界の常識アルよ!」
「あの、ここは戦場じゃなくて大学の寮ですから、どうかお手柔らかに」
「敵が居るところは何処だって戦場よ、常在戦場(ツネニセンジョウニアリ)って言うでしょ、よーく覚えておきなさい!」
「嗚呼、ダメだ、こりゃ・・・」
( Stay tuned, to the next episode !! )
*次回、連載小説「龍の道」 第188回の掲載は、11月15日(火)の予定です
2016年10月15日
連載小説「龍の道」 第186回
第186回 P L O T (6)
大きな施設には、必ず荷物の搬入搬出をするためのスペースがあるし、当然のことながらゴミを集めて出す場所も、必要として設けられている。
特に病院では、普通のゴミ以外にも、血液の付着した包帯や脱脂綿、紙屑、ガーゼ、使用済の注射針などを始め、凝固・非凝固の血液、アルコール廃液、レントゲン定着液の廃酸、合成樹脂製の器具、ディスポーザブル(使い捨て用の)手袋、アンプルのガラスなど、感染症汚染源の可能性のある試料や廃棄物が出されるので、医療廃棄物あるいは感染性廃棄物としてバイオハザード(生物学的危害)のマークが付けられた特別な保管袋や大小のコンテナが用意され、特定の所で集積保管され、専門の業者がそれを集めに来て処理場に持って行くことになる。
「ヘイ、クルカ──────まだ仕事かい?」
同じ清掃員の制服であるブルーのジャンプスーツ(つなぎ)を着た、ヒゲ面で小太りの男が廃棄物を運搬する通路から出てきて、そこの廊下をモップ掛けしている女に声を掛けた。
「ハイ、ゴードン・・もう終わるわ、これでゴミ出しをしたら、着替えてドーム(Dorm= 社員寮)に帰るだけよ」
「これからトムやジョンとビールを飲むんだ、たまには一緒に一杯飲らないか?」
「あいにくね、今夜は好きな映画の放送があるのよ」
「ああ、カサブランカだろ?、グレンの奴も、それを観たさにパブを断りやがった!」
「いい映画だもの・・ビールなら、部屋でも飲めるし。それに、その樽みたいなお腹の為には、あまりビールは感心しないわよ」
「None of your business!(大きなお世話だぜ)ワハハ・・それじゃまた今度!」
「Sorry, Hope we can get together sometime.(ごめん、また会えるといいわね)」
「おいおい、ずいぶん寂しい言い方をするじゃないか、まるでもう二度と会えないみたいだ・・こんな相手で悪いが、月曜日にはまたイヤでも仕事で顔を突き合わすんだぜ?」
「あはは、冗談よ。Maybe another time!(また誘ってね)──────」
そう言い直して笑って同僚を見送ると、急にそそくさとモップやバケツをクリーニング・カートに戻し、しばらく辺りを注意深く見回していたが、やがて、まるでそこを塞ぐように駐めてあったカートのストッパーを外してクルリと向きを変え、すぐ後ろの資材部屋のドアを押して、素早く中へと入って行った。
その部屋の、パーティションの向こうにある看護婦の仮眠用ベッドの足許には、倒れたまま小さな呻き声を出している男が居るが、それには見向きもせず、黙ってカートを奧の続き部屋に運び、それと引き換えに別の、見た目には全く同じカートをそっと廊下に出し、急いで廃棄物の運搬通路へと向かった。
「こいつ、けっこう重いわね・・・」
ボソリとそう言いながら、通路のドアを開け、カートを押して行く。
灯りを落とした薄暗い通路には、まるで空港のエプロン(駐機場)のように幾つかの出口が設けられ、各々のゲートに運搬のトラックが発着できるようになっている。
土曜日の夕方とあって、もう人の姿はまったく見当たらないし、この通路にも、奧にある大きな集積場にも、誰かが作業しているような気配はない。
ひとつのゲートへ通じるドアを開けると、そこに小さな集積スペースがあり、さらにその先にある寒気避けの二重ドアを押すと、丁度トラックの荷台の高さくらいに拵えたプラットホームに出る。雨や雪を避ける頑丈そうな大きな庇(ひさし)が付いているが、もうここは建物の外であり、ドアを開けた途端に冬の冷気が襲ってくる。
すでに其処には大型のトラックが、後ろのハッチの片側を開いて駐まっている。
クルカはハッチの中へカートを滑り込ませると、素早くブルーの作業服を脱ぎ、カートから真っ赤なゴミ袋をひとつ掴むと、その中にあった鮮やかなオレンジ色のライン入りの運搬業者の制服を取り出して着替え、脱いだ服を丸めてその袋に放り込んだ。
「遅かったな・・誰にも見られなかったか?」
運転席から体格の良い男が降りて、トラックの後ろに回ってきた。
あのとき─────宏隆のうなり声を聞きつけたヘレンが部屋に飛び込んで行った時に、あっという間に後ろから拘束して首に注射を打った、あの男である。
「大丈夫、誰も居なかったわ」
「クラマは・・?」
「床に転がったままよ。当分はロクに呻き声も出せないわ」
「クスリが効きすぎた、ということは無いだろうな」
「たぶんね、よく出来た薬だし、頑丈そうな男だから」
「まあいい──────ほかの作業員は、どうした?」
「主任のゴードンが帰ったから、残ってるのは、いつもどおり仕事の遅いハンナだけ」
「肝心の、コイツはどうだ?」
ポンポンと、トラックのハッチを叩いて、中のカートの方を見る。
「ヘレン譲は、まだ廃棄物の袋の下で、ぐっすりとお寝みの最中よ」
「今夜はマイナス25度くらいまで下がる。凍死しないようにしておけ」
「心配ないわ、防寒着を着てるし、ウールの毛布も突っ込んでおいたから」
「女の方が寒さには強いと言うからな」
「そのとおり、海難事故でも女の方が生存率が高いわ」
「よし、それじゃ行くぞ───────」
「私は荷室に隠れていようか?」
「いや、ゲートを通過するまで、後ろのシートとの間に寝てれば分かりゃしないさ」
「オーケー、そろそろ良い時間よ。万事予定どおりね」
男は運転席に戻ってエンジンを掛け、クルカは荷室のハッチを念入りに閉めて、素早くトラックに乗り込んだ。ドアの一番下が頭の高さほどもある、大型のトラックである。
「もういいだろう、そのハンナとかいう、トロい清掃婦に連絡するんだ」
ゲートに向かって走り始めて間もなく、男が腕時計をちらりと見て言った。
「Roger(了解)───────」
腰に付けたトランシーバーを手にして、
「ハンナ、こちらはクルカよ、聞こえる・・?」
「・・・・・・」
「ハンナ・・ハンナ・・聞こえる?!」
「ハイ、クルカ・・ごめんなさい、お待たせして」
「ハンナ、もう仕事は済んだ?」
「ええ、たったいま終わったところよ」
「いつもより早いじゃない、今どこに居るの?」
「えーっと、ここは2階の西廊下のコーナーよ」
「ご苦労さま。悪いんだけど、1階西廊下の奥にナースの休憩室を兼ねた資材部屋があるでしょ、そこにカートをひとつ、突っ込んだままにしてしまって、もう更衣室で着替えちゃったのよ。明日はお休みだから、ついでがあったら今日中に出しておいてくれない?」
「ああ、そんなのお安いご用よ。これから階下(した)に下りてゴミ出しに行くところだから、やっておくわ」
「ありがとう、助かるわ。それじゃお願いね──────」
「オーケー、よい週末を!」
「ハンナも、よい週末をね・・」
クルカは交信を終えると、ポンと無線をダッシュボードに放り、ポケットから煙草を出して火を着け、少しだけ助手席の窓を開けた。
「うまく行ったようだな」
「ええ、これで親切なハンナはあの部屋に行ってくれるわ。大騒ぎになるのは私たちがゲートを抜けてだいぶ経ってから・・あははは!」
辺りはすっかり暗くなっている。これが他の州なら、今の時間は夕暮れが迫るころなのだろうが、アラスカの冬は日照時間が4時間から8時間程度と極端に少なく、運転席の温度計はすでにマイナス15℃を指していて、まるで深夜のように感じられる。
病院の裏の搬出口からゲートまでは2キロほどの距離がある。やがてトラックのヘッドライトが、赤と白でペイントされたゲートの横木を照らし出し、すぐに警備の兵士が出てきて、ライトを振って停止の合図をした。
「ご苦労さん、おおっ、寒くなってきたなぁ・・!」
窓を開けて白い息を吐きながら、いかにも慣れた様子で気軽に警備兵に声をかける。
「やあ、これから帰りかい?」
兵士は背が高そうだが、トラックの窓が高いので、見上げるようにして訊ねた。
「ああ、今日は土曜日でゴミも少なめだが、何だか風邪気味だから早くコイツを会社に持って帰って、ビールでも飲んで寝るさ」
ステアリングをポンと叩いて、気怠そうに言う。
「それがいい。こんな夜は、オーロラが綺麗に出そうだけどな」
兵士が山の方の空を見上げ、目を細めてそう言った。
「あんなもの、もう見飽きたな。シカゴから来た時は美しさに見とれたもんだが、見慣れてしまうと、わざわざ遠くから観に来るヤツの気が知れなくなるから不思議だ」
「ははは、そんなものかも知れないな。オレはカメラが趣味だから、ついついそう考えてしまうが・・それじゃ、気をつけて!」
「ああ、お寝み─────」
警備兵の合図でゲートが開き、薄い雪煙を上げてトラックが出て行く。
この病院は米軍の軍事行動訓練センターに併設されているので、敷地内に出入りする車両は検問ゲートで一旦停められ、そのつど身分証の提示はもとより、時には警備センターに確認を取るまで動けない場合もある。
しかしゲートでの検問が厳しいのは主に外部からの入場の際であり、既にそれが許可された人間や車両が出て行くことについては、余程のことが無い限り、それほど厳しくはないのが普通である。まして此処は辺境の地アラスカであり、なおかつこの時代には、米国内でのテロ事件はめったに存在しなかったので、9・11以降の現在とは警備に対する意識レベルが比べものにならない。
「おい、もういいぞ・・」
「随分たわい無いわね。辺境の基地ってのは、何処もこんなものかしら」
仮眠用の狭い後部座席の足許に、毛布を被って隠れていたクルカが、身軽に大きなシートを跨いで助手席に戻って来る。
「普段から知った顔の運転手を、それも出て行くトラックを、いちいち毎回のように運転席に上ったり、荷室までチェックするような酔狂な警備兵は居ないさ。もっとも、お陰でこっちはそれを狙って、こんな事が出来るってワケなんだが─────」
「よほどのことが無い限り、退出時のチェックは、そんなものね」
「その、”よほどのコト” ってヤツが、そろそろ始まる頃だな」
男は少しスピードを上げて暗い路を急いだ。
この辺りでは、真冬でもそれほど雪は降らない。今日は晴天なので、道路はカチカチに凍っているが、比較的運転はしやすい。雪道で怖いのは、凍った路面に新雪がフワリと積もったときである。それで風まで強ければどうしようもない。
アラスカの道路では、厳しい冬に慣れているはずの、プロの大型ドライバーたちの車両がスリップして路を大きく外れ、何処かに突っ込んでひと晩中立ち往生している光景を、ひと冬に数え切れないほど見かける。
「ああっ・・キ、キャアアアア────────ッッ!!」
その部屋に入った途端、ハンナは大きな悲鳴を上げた。
自分のすぐ足許の、それも足首に触れるほどのところに、うめき声と共に手が伸びてきたからである。
「セ・・セキュリティを・・早く呼べ・・・」
伸びてきた手の主は、さらにハンナにそう告げたが、すっかり気が動転している本人は、しばらくの間、何が起こっているのか分からず、目を丸く見開いて震えながら叫んでいるしかなかった。ようやく落ち着きを取り戻し、床に転がっている宏隆を救わなくてはならないと気付いたのは、少し時間が経ってからであった。
ハンナの無線で、軍病院の警備兵たちが一斉に1階の資材部屋に駆けつけたが、そこには未だ体を動かせないまま、ようやく言葉だけは少し喋り始めた宏隆の姿があった。
「へ、ヘレンが・・看護婦たちに、運び出された・・・」
懸命に、警備兵にそれを告げようとするが、
「何だって?、何を言っているのか分からん・・取りあえずドクターを呼ぶんだ、早く!」
「ば、バカ・・ぼくはいい・・急がないと、ヘレンが・・!!」
「ヘレンだって?、ヘレン・ヴィルヌーヴのことか?」
ようやく一人が、その名前を聞きつけた。
「そ、そうだ・・眠らされて・・・看護婦たちに、誘拐された・・」
「看護婦のミラーは今日は非番で休みだ。やはりミラーに成り済ましたニセ者がこんな事をやったと言うわけか・・看護婦たちと言ったが、相手は複数ということだな?」
「そうだ・・は、早くヘレンを・・探せ・・・」
「大丈夫だ、今この建物とゲートを封鎖して、誰も出られないようにした。これから館内をもう一度確認して回る。外は基地の警備が捜索する」
いや、手遅れだ────────と、宏隆は思った。
自分がこんな具合に襲われた手際を見ても、その相手が未だのんびり病院に居るとはとても思えないし、軍の敷地からも疾(と)っくに外へ出ていることだろう。宏隆が探せと言うのは、早く基地の外へ手を回せという意味なのだ。
問題は、なぜ自分ではなく、ヘレンをターゲットにして連れ去ったかと言うことだが、そんな話を警備兵にしても始まらない。敵が誰で、どんな目的であれ、兎も角、一刻も早くヴィルヌーヴ中佐に連絡を取り、玄洋會にも報告して早急に対処を始めなくてはならない。
「さ・・さきに、ヴィルヌーヴ・・中佐に・・連絡を・・」
「分かった、すぐにノーフォーク(海軍基地)に連絡を取る」
当直のドクターがやって来て、その場で診察をし、すぐに宏隆を寝台に乗せて救命救急室へと運んでゆく。恐らくは筋弛緩剤のようなものを投与されたのだと、宏隆には分かっているし、ドクターもそう見ているのかもしれない。
筋弛緩剤は、神経や細胞膜に作用して筋肉の動きを弱める薬品で、全身麻酔や手術時の筋緊張が術野確保に支障をきたす場合の筋弛緩、痙攣の抑制などに用いられ、アメリカでは死刑執行にも使われている。
フグの毒やボツリヌス菌の毒素も筋弛緩をもたらす天然の薬物であり、医薬品は医師の判断で正しく用いられなければ、筋弛緩だけでなく呼吸不全などの重篤な症状が発生し、死に至る場合も出てくる。
実際に、平成12年に宮城県仙台市のクリニックで発生した「筋弛緩剤点滴事件」のように、筋弛緩剤を用いた患者の殺傷事件も存在している。ただし、無期懲役を言い渡された犯人は現在も冤罪を主張し続けている。確かにそのクリニックは創立時より疑問も多い。
筋弛緩薬には様々なものがあるが、用いられたものが何であるかは、時間が経ってから血液を調べても分からない場合が多い。いずれにせよ、宏隆に対してそれを用いた者は、そんな薬品をよく研究した上で、巧みに用いられる相手であることは確かであった。
( Stay tuned, to the next episode !! )
*次回、連載小説「龍の道」 第187回の掲載は、11月1日(火)の予定です