2010年02月12日

Gallery Tai-ji「螺旋の構造 その1 栄螺堂(さざえどう)」

                          by ブログ編集室



 栄螺堂(さざえどう)と呼ばれる建築物がある。
 もちろん「堂」というからには、寺院に建てられた仏堂という意味なのであるが、実はこれがただのお堂ではない。何とお堂の内部が、外観からは想像も出来ない「二重螺旋構造」になっているという、世にも希なる仏教建築なのである。

 栄螺堂というのは、江戸時代中期に忽然と姿を現した、二重螺旋の特殊な内部構造を持つ三階建ての観音堂の通称である。
 歴史で確認できる最初の栄螺堂は、江戸の本所(ほんじょ)にあった羅漢寺の境内に建てられた「三匝堂(さんそうどう・ささいどう)」である。羅漢寺の中興の祖、象先(1667~1749)によって構想が始まり、六十数年の歳月を経て安永九年(1780年)に完成した。
 このお堂の様子は、葛飾北斎が富岳三十六景に「五百らかん寺さざゐ堂」として描いており、広重などの浮世絵師もこぞって絵の題材にしている。
 北斎の絵などは、第三層のバルコニーから富士山を眺めている様子が描かれているので、その頃の栄螺堂はちょっとした観光名所のような所でもあったかも知れない。

 現存する栄螺堂と、その建立された時期は、群馬県太田市の曹源寺(1793年)、福島県会津若松の旧正宗寺三匝堂(1796年)、青森県弘前市の長勝寺(1839年)、茨城県取手市の長禅寺(1801年)などで、六堂が残されている。他にも各地に多く存在していたようだが、天災で倒壊したり火事で焼失したりしたまま再建されていない。


 このうち、白虎隊の墓所がある会津若松の飯森山の中腹にある栄螺堂は、「円通三匝堂」と呼ばれていて、参考図のように二重螺旋構造の参拝路を持つ特殊な仏堂として知られている。

 参拝者は入口から堂内に入ると、上りに一回転半、下りは裏の通路から、やはり一回転半をして、初めの入口に戻ってくる。
 つまり、入口から入って三階建ての堂内をグルグルと一回転半上って巡り、下りも一回転半して、最後にはまた同じ所に戻ってくるのだが、同じところを一度も通らずに元の入口に出て来るという、不思議な構造になっているわけである。

 これは仏教の礼法である、右繞三匝(うにょうさんぞう=右回りに三回めぐる)ことで仏陀への礼拝が成立するという考え方に基づいて建造されていて、本来は三匝堂(さんそうどう)と呼ばれるのだが、螺旋の構造や外観がサザエに似ていることから、「栄螺堂」と通称されるようになった。

 堂内には順路に沿って観音札所の各観音が祀られており、ひとつの栄螺堂を参拝するだけで西国三十三番、板東三十三番、秩父三十四番など、多い場合は合計百観音の巡礼に詣でたことになるという、様々な事情で巡礼に行けない人にとっては、実にありがたいお寺であった。


 今日ではヒトのDNAも二重螺旋構造であることが知られている。
 DNA(Deoxyribonucleic Acid=デオキシリボ核酸)とは、ご存知のように、地球上のほぼすべての生物に於いて存在する、遺伝情報を担う物質のことである。
 二人の無名の科学者によってそれが発表されたのはまだつい最近、1956年の出来事で、仏教の「右繞三匝」の礼拝方法が確立された頃の古代インドでは、誰もそんなことを知り得なかったはずであるが、その不思議な一致がたいへん興味深い。

 因みに「螺旋」とは、本来は、立体構造の三次元曲線を意味している。
 螺旋の「螺(ら)」は、田螺(たにし)や栄螺(さざえ)、法螺貝(ほらがい)といったような、巻き貝の貝殻のカタチを指している。

 一般的には、平面的な二次元曲線のことも「螺旋」と言い習わされている事が多いが、本来それは「渦巻き」や「螺 ”線”」と呼ぶべきものであって、数学や物理などの分野に於いては、三次元曲線の螺旋は「弦巻き線」、平面の二次元曲線のものは「渦巻」「渦巻き線」などと区別して呼ばれる。

 英語で立体の螺旋は「Helix(へリックス)」で、平面の渦巻の「Spiral(スパイラル)」とは本来区別されなければならず、化学でいう螺旋や物理学での素粒子のスピン方向などは「Helicity」と呼ばれる。ヘリコプターという名称も、翼が回転しながら上昇する様子から取って、ギリシャ語の「helix(螺旋)」と「pteron(翼)」を合わせて造られたものである。

 「Spiral(スパイラル)」は、主として「螺旋のひと巻き」を表しているが、慣用として「螺旋階段」や「バネの形状」、「螺旋綴じのノート」などの名称に用いられ、競馬場でもコーナーの出口に近づくに順って曲がりがきつくなるコースのを「スパイラルカーブ」などと呼んでいる。経済学では賃金や物価の「連鎖的変動」や「悪循環」を表し、「デフレスパイラル」のように用いられる。

 なお、自然界では気体や液体は「螺旋」となるものは少なく、そのほとんどは重力や圧力によって「渦巻き」のカタチを形成することになる。

 すべての太極拳の源流である、陳氏太極拳の「纏絲勁」もまた螺旋の構造であるが、この「ギャラリー・タイジィ」では内容が煩雑に過ぎるので、他で改めて取り上げたい。


                                 (つづく)



   【 参考資料 】

     
      葛飾北斎 富岳三十六景「五百らかん寺さざゐ堂」



     
      栄螺堂 透視図



        
        会津若松の「旧・正宗寺 三匝堂」



                
     
                DNA 模型

tai_ji_office at 19:56コメント(4)Gallery Tai-ji(ギャラリー・タイジィ)  

コメント一覧

1. Posted by tetsu   2010年02月14日 21:38
将に武藝館らしいアプローチといいますか、すごい着眼点です。
「螺旋の構造」というものには以前より大変興味がありました。
その螺旋構造を持つ建築物が日本に現存しているとは大変驚きです。
仏教の思想から、地球上の生物の基本となるDNA、そして太極拳の纏絲勁・・・
科学が発達していなかった時代の人は、何を自然から感じ取っていたのでしょう?
また、その「螺旋」に気付き、それを原理に取り入れた太極拳はどれほど奥深い
ものなのでしょう?
ますます奥深さを感じます。今後の記事が大変興味深いです。
 
2. Posted by マガサス   2010年02月15日 19:59
おっ、いよいよ「螺旋の構造」まで出てきましたね!!
tetsu さんが言われるように、このあたりが武藝館らしいところですね。
私は会津に行ったことがありませんが、栄螺堂を訪ねてみたくなりました。

纏絲勁を説明するのに、単なるイメージや身体の運動で説明する人が多いですが、
ここでは、もっと根本的なことから解き明かされることになるのでしょうか・・?!

このブログで何処まで纏絲勁が解説されるのか、ちょっとドキドキしますが、
あまり秘密をオオヤケにされない程度に・・・ほどほどに期待しております(笑)
 
3. Posted by マルコビッチ   2010年02月16日 02:12
栄螺堂とは不思議な建造物ですね。
螺旋について耳にした事はありましたが、
あまり深く考えた事はありませんでした。
お釈迦様は、悟りを得て宇宙の原理に気がついた
・・としたら・・
そういった仏教思想は太極拳の中にも残されているような気がします。
そして近年発見されたDNAの形!
う〜む・・もしかして螺旋とは超自然な道筋なのかもしれない!
いや〜たいへん考えさせられます。
 
4. Posted by ブログ編集室   2010年02月18日 01:18
☆ みなさま ☆

コメントをありがとうございます。
栄螺堂の不思議さを想像して楽しんで頂けましたでしょうか。

私たちも、師父からこのような仏教建築があると伺ってたいへん驚きました。
本当は会津まで取材に行きたかったのですが、ちょうど編集部も多忙の時期で、
年末の忙しさと相俟って、今回は断念することになりました。

この栄螺堂を訪れた人は、何だか妙に不思議な感覚に陥るそうです。
足が地に着いているような、いないような・・・
自分が上っているのか、下りているのか、分からなくなるような・・・
そんな気分になるのだと、訪問した多くの人が仰っているとか。
それは、師父との散手を経験した人の感想とも共通しているもののようで、
螺旋の構造が持つパワーや効果、その奥の深さには本当に興味が尽きません。

螺旋の構造である纏絲勁は、無論、イメージや単純な運動理論では説明され得るものではなく、
マガサスさんが言われるように、もっと根本的な事からのアプローチがあって然るべきです。
ブログでも、できる限りその実体に近づいて行きたいと思っております。
 

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