第191回〜第200回

2017年04月15日

連載小説「龍の道」 第197回




第197回  P L O T (17)


「もし君の言うように、あの山荘にヘレンが囚われているとしたら、作戦を立てて救出に向かわなくてはならない、だが・・・」

「ボクの見間違えだったら、作戦の意味がありませんから、先ずはあの館をじっくりと探るべきだ、という事ですね?」

「そのとおりだ───────宗少尉、貴女はどう思われますか?」

「こうなったらもう、山荘を探っても仕方がないでしょうね。あれだけの騒ぎを起こして、敵も対策を取っているだろうし、ヘレンが囚われて居たとしても、私なら他所(よそ)に移動させるところね」

「・・なるほど」

「取り敢えずは、ほとぼりが冷めるのを待って再調査し、捜索するしかないですね」

「そういうコトよ」

「ふむ、やはりそれが一番良いだろうな・・では、違う所から調査を始めよう」

「・・では、私たちはこれで帰ることにします。ヒロタカ、行くわよっ!」

「ま、まあ、そんなに慌てなくても。ついさっき激しい襲撃に遭ったばかりだし、色々と今後の打ち合わせなども、じっくりとして行きたいし・・」

「襲撃には慣れているので、大して疲れてもいません、どうぞお気遣いなく。それに、この辺りは敵の土地勘のあるところだから、ヘレンの捜索と救出作戦を立て直すのは、一度戻ってからの方が良いと思います」

「そうか、分かった。だが君たちを襲撃したのは恐らくキャンベル曹長だ。ああ見えて中々執念深そうだから、まだ近くを探し回っているはずだ。いま外へ出るのは危険だよ」

「襲撃は曹長ではなく、ヤンかもしれませんね──────」

「ほう、ヒロタカは何故そう思うのかな?」

「僕たちがあの町に居ると見当を付けられるのは、ヴィルヌーヴ中佐と、土地勘のあるキャンベル曹長くらいでしょうが、曹長にしては少々攻撃が雑に思えます」

「だが、それだけではヤンによるものと特定できないだろう」

「襲撃は計画的でした。おそらく密かに吾々の跡を尾けて、どこに泊まったかを確認し、あのカフェに来るのを予測して、根気よく向かいの森から機を窺っていたのでしょう。ぼくを本気で殺す気が無いキャンベル曹長は、そこまでする必要がないはずです」

「ふむ・・確かにヤンかもしれないな」

「初めに山荘で見つかって一時退散する途中で、セキュリティと思われる男が、首を絞めるための細いワイヤーを手にしたまま、無惨に首を折られて殺されていました。それを発見した直後に、ちょうど近くから車のエンジンが掛かって去って行ったのですが、その時に、それがヤンで、この男も彼奴が殺ったのだと直感したのです」

「キャンベルが君を殺すつもりが無い、と思えるのは?」

「これ迄の経緯を見ても、そこまで深追いするタイプではないでしょう。それに、キャンベル曹長は少々オッチョコチョイのようなところがあるし」

「Scatterbrain(おっちょこちょい)?」

「はい、山荘で、先ほどお話しした ”謎の男” に捕らえられそうになった時に、覆面をしていても声色は使わず、いつもの声のままで、その男の名前を呼んでしまったのです」

「ほう・・」

「だから思わず笑って、それは頭隠して尻隠さず、その男みたいに声色でも使わなきゃ、正体が丸分かりですよ、と言ってやりました」

「・・・・・・」

「曹長はかなり動揺していましたが。その謎の覆面の男のことを何と呼んだか・・・」

「・・・・・・」

「何と呼んだか、中佐は興味がありませんか?」

「もちろん興味はあるさ・・彼は何と呼んだのかな?」

「コンフェラ、と言いました──────」

 宏隆は、じっと中佐の眼を見つめている。
 少しでも変な反応をすれば、謎の男は中佐である確率が高いはずだ。
 宗少尉は黙って聴いているだけに見えるが、もし中佐や部下たちが動く気配を見せたら、あっという間に素早い行動を取るに違いない。

「ほう、何だか変な名前だな、初めて聞くが・・」

 だが、中佐はちょっと首を傾げただけで、動揺しているような気配は全くない。

「暗号名でしょうが、英語の confer は give の類語で、”与える・授ける” といった意味ですから、そんな立場の人間なのかも知れませんし、もとはラテン語のような気もします。
 落ち着いたらじっくり調べてみます、ボクは暗号や謎解きが好きなので、きっと解明してみせますよ」

「そうか・・だが、それよりも今は先ず、これからどうするかを考えなくてはいけないな。日も傾いてきたことだし、取り敢えず、このセーフハウスで良ければ、好きなだけ逗留してもらって構わない」

 腕時計を見ながら、そう言った。季節はまだ冬だが、日照時間が最も短い冬至の頃と比べると日がだんだん伸びてきていて、現在はこの辺りの日没は午後7時くらいだ。アラスカは南に位置するアンカレッジでも、12月の日照時間は一日に5〜6時間しか無い。

「さっきも言いましたが、私たちの事なら大丈夫です。どうぞお構いなく─────」

 宗少尉は鰾膠(にべ)も素っ気もないが、

「わかった。それじゃ歩いて行くわけにもいかないだろうから、せめて送らせてくれ」

 と、親切に言ってくれる。

 だが未だ不安は拭えない。どうしたものかと二人で顔を見合わせるが、すぐに宗少尉が、

「・・あのクルマで、ですか?」

 無数の銃弾の疵痕(きずあと)でボコボコにへこんだ、庭先の黒いバンを見ながらヒョイと肩をすくめた。

「大丈夫、ガレージにもう一台バンがある。防弾性能は少々劣るがね」

「それじゃ、お言葉に甘えてお願いしましょう!・・ね、ヒロタカ」

「え?・・あ、ああ、そうですね・・」

 中佐に送ってもらおうと安易に言うので、果たしてさっき指で合図を送った内容を、宗少尉はちゃんと理解したのだろうかと、宏隆はますます不安になった。
 だが、それを口に出して言うわけには行かず、此処で再び合図を送ることもできない。
成り行きに任せるつもりか、とも思ったが、今は様子を見るしかない。


 部下が出してきたクルマは、色がグレーの、同じような大型のバンだ。
 後部カーゴスペースもほぼ同じ造りで、横向きのベンチシートの片側に並んで乗り込む。宗少尉は座るとすぐに銃の弾倉を外して残りの弾数をチェックし、新しいマガジンに換えた。

 宏隆のベレッタ92は15発、宗少尉のシグ・ザウエルP220は、7.65mmのパラペラム弾なら10発分を装填できる。こういう立場の人間が常に残った弾丸の数を把握しているのは言うまでもないが、いつ何が起こるか分からないので、使った方の弾丸数の少ないマガジンを予備に取って、新しいものと入れ換えたのだ。


「よかったら、そろそろ出発しますが・・?」

 さっきの精悍な顔つきのドライバーが運転席に着いて、後ろに声をかけた。

「OK、ありがとう──────」

 助手席にはヴィルヌーヴ中佐が座っている。

「ところで、どこへお送りするのか、まだ聞いてませんでしたね。燃料はたっぷり入っているけれど、アラスカは広いですから、そう遠くまでは行けません。ははは・・」

「アンカレッジまで、お願いします」

「アンカレッジの、どのあたりですか?」

「5th Avenue Mall(5番街モール)・・」

「ああ、ダウンタウンのショッピングモールですね、今日はウィークデーだから、21時ごろまで開いているけれど、そんな所に行ってどうするつもりですか?」

「規則で、それは言えないわ。送って貰える事にはとても感謝しているけれど」

「はは、水くさいなぁ・・私も同じ玄洋會の一員ですよ」

「いえ、失礼だとは思うけど、ヴィルヌーヴ中佐は玄洋會北米支局の協力員─────つまり Level1または2の要員というワケだから、Level 4、時にはLevel 5 さえ許される私たちとしては、その立場の人に対して、当然それ以上詳しく話せない内容もあるのです」

「そうでした、失礼しました。もう余計なことは訊きません、私たちがアンカレッジまで安全にお届けしましょう」

「ありがとう────────」


 相手は中佐と運転手の二人だけで、こちらも二人、つまり2対2の対等の立場だ。
 そして後部席に居る自分たちから見れば、相手は背中を向けており、万一何かあった時には当然こちらの方が有利なのは分かりきったことで、そのような位置関係を最初から許しているヴィルヌーヴ中佐が、クルマの中で何かを仕掛けてくるとは考えにくいし、本当に敵だとしたら、もっと部下を連れて、後部席に載せていたはずだと思える。

 宏隆は、並んだ宗少尉の左側、つまり進行方向から見て後ろ側に座っているが、隣の宗少尉の腿(あし)に、右手の指でそっと合図を送り始めた。もちろん運転席側からは何をしているか分かるはずもない。
 宗少尉も同じように、指をタップしながら返事を宏隆に返している。


 先ほどもセーフハウスで密かに合図を送ったそのやり方は、勿論モールス信号である。
 英語で Morse Code と呼ばれるモールス信号は、モールス符号という符号化された文字のコードを用いる信号の通信手段で、その名称はアメリカの発明家サミュエル・モールスが現在とは異なる符号で電信の実験を行ったことに因んでいる。

 モールス信号は遠洋航海の船舶間や陸上との通信に常用されていたが、通信衛星の登場によって今日では非常用の通信手段としても基本的に使われなくなり、海上保安庁やNTT、KDDIなどもモールス符号を用いた通信業務を停止している。
 現在でもそれを用いているのは一部の遠洋漁業無線、陸上自衛隊の野戦通信、アマチュア無線などで、陸上自衛隊の教育学校や各地の水産学校では、今もモールス信号の学習訓練が行われている。
 
 日本語での通信はモールス符号の短点を「トン」、長点を「ツー」と表現し、欧文では短点を「dot(dit)」、長点を「dash(dah)」と表現する。その組み合わせで全ての言葉を送信するのである。和文はイロハニホヘトの順に符号が割り振られ、当然ながらアルファベットよりも数が多く、その分だけ覚えるのが大変である。数字は欧文の符号と同じものが使われている。

 よく知られる「SOS」の遭難信号は「トントントン、ツーツーツー、トントントン」で、世界共通である。これは無線に限らず、例えば遭難した場所で地面に石などを置いてその表現をしても、飛行機から見て救難信号と認識することができる。
 因みに、かつて船舶の無線通信室に備えられた時計には、毎時 0・15・30・45分の位置から3分間のところに色が塗られていて、その間は通信を停止し聴取体勢を取らなければならないというルールが二十世紀の終わりまで存在していた。世界中の船舶を呼び出せる通信周波数は500KHzだが、遭難信号や非常通信が通常の通信で掻き消されないよう、その時間帯は世界中の無線局が固唾を呑んで静かに聴取していたのである。

 モールス符号には和文・欧文以外にも、ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語、キリル文字、アラビア文字、中国語、朝鮮語などがある。中国語は信号にするのが大変で、漢字のひと文字に対して四桁の数字が割り当てられ、漢字を数字に、或いは数字を漢字にするためのコードブックが存在する。また朝鮮語もいったんアルファベットに転写し、その後欧文として送信するので非常に手間がかかる。

 余談だが、ソフトバンクの携帯電話に電話をかけると、呼び出し音の前に「プププ」という音が流れる。これは Softbankの「S」を意味するモールス符号の「・・・」である。
 また、朝日放送のニュース速報では、「NEWS」を意味する(ー・・・ーー・・・)」のモールス信号を流したあとでテロップを掲出している。何の為にわざわざそんな事をしているのかは、分からないが。

 モールス符号による通信は無線に限らず、発光信号や音響によるものもあり、この場合の宏隆のように、指で叩くことで相手に伝えることも可能な、大変便利なものと言える。
 

 閑話休題───────


 さて、アンカレッジの行く先まで気にして訊ねてくれる言葉に、ヴィルヌーヴ中佐の親切が感じられて、これまでの疑いも自然と解けて来ざるを得ない。何よりも、敵意が全く感じられないのだ。

 そんな想いが、宏隆たちに生じ始めたのだろう。さっきまでの必死の攻防戦の疲れもあってか、さすがに居眠りはしないものの、少しばかり寛いで、二人とも、いつもよりボンヤリしているように見える。

「いくら歴戦の強者(つわもの)たちでも、ちょっと疲れたでしょう。まあ、ゆっくりして居てください。アンカレッジまでは僅か45マイル(約73km)ほどです。こんな凍った路でも1時間半もあれば着きますよ」

 二人の気持ちを見透かすように、前の席からヴィルヌーヴ中佐が声をかける。

「ありがとうございます」

 宏隆が答えたが、宗少尉はすでに目を瞑(つぶ)っている。


 どれほど走っただろうか───────

 凍てついた雪道は、時間も距離も、感覚が鈍って分かりにくくなる。
 それが少し疲労している時なら、尚さらのこと。

 アンカレッジに向かうアラスカ1号線、グレンハイウェイの途中にあるニック・ブリッジを過ぎたのは、朧気(おぼろげ)ながらに憶えている。
 その先のニック・アームと名付けられた、腕のような形をした細長い湾に沿った、針葉樹林帯の中に幾つか点在する小さな湖の近くを走っていると、突然に車が大きくハンドルを切って、ハイウェイを外れた。
 
「・・どうしました?!」

 眠そうな目をこすりながら、宏隆が中佐に声をかけた。

「追っ手だ、攻撃してくるぞ──────!!」

「え・・ど、どこに・・?!」

 車は、なだらかに下る路を、そのままどんどん森の中へと入って行く。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第198回の掲載は、5月1日(月)の予定です


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2017年04月01日

連載小説「龍の道」 第196回




第196回  P L O T (16)



「ドオォォーンッッッ──────────!!」

「うわわぁああっっっ─────!!」

 こんな時にグレネードランチャーで狙われたらアウト、と言ったばかりだが・・
 そのグレネード(擲弾)がすぐ近くで炸裂し、爆風で車の片側がフワリと浮いた。


 グレネード弾には、ここで用いられた40mmの他にも、散弾、催涙弾、発煙弾、照明弾、演習弾などがある。弾丸はいずれも蓋の丸い小型スプレー缶のような形状で、榴弾の場合は爆発によって弾丸の破片が広範囲に飛散するよう設計されている。
 グレネードランチャーは最大有効射程が広域で350m、定点で150m程度。最小安全距離は30〜35mとされている。

 擲弾(グレネード)とは本来、敵に向けて投擲して攻撃する爆弾という意味だが、手で投げるものを手榴弾と呼ぶようになってからは、擲弾は投射器(ランチャー)を用いて遠くまで飛ばす爆弾を指すようになった。

 火薬を陶器や金属の容器に詰めて投げる爆弾は、既に宋の時代に使われていたというが、グレネードという名が用いられたのは17世紀の英国の名誉革命からで、黒色火薬を詰めたクリケットボールくらいの鉄球に導火線を付けて、投げて使っていた。
 また、南北戦争では南軍北軍ともに、着地の衝撃で爆発するタイプの手投げ弾(ハンドグレネード)が用いられている。

 第一次世界大戦に入ると、スペインやフランスの軍隊がライフルの銃口にグレネードを装着して飛距離を得るライフル・グレネードを盛んに用いるようになったが、実はこれは、日露戦争の旅順港閉塞作戦に於いて、世界で初めて用いられた『小銃擲弾』のコピーで、そのオリジナルは海軍の砲術長である秋沢芳馬が研究開発した日本の新兵器であったとも言われている。


「急げっ!──────モタモタしていると殺(や)られてしまうぞ、早く乗れっ!!」

「どうしますか?、ワナじゃないという保障は無いですよ・・」

 小声で宗少尉に問うが、

「ええい、しょうがないっ!・・取りあえず、乗るわよっ!!」

 取り敢えず腹を決めて、黒いバンに乗り込む。

「よしっ、クルマを出せっ、GO, GO, GO, GO・・次の攻撃が来るぞ!」

「ブォオオ─────ロロッッッ」

「ドドォーンッ・・・・!!」

 たった今、そこに停まっていた所に、2発目のグレネードが炸裂した。
 無数の細かい破片がバンのボディに当たり、突き刺さる音がする。

「M79* か、なかなか派手にやってくれるな・・よし、ここで止めろ!」

【註* M79:主にベトナム戦争で使われた中折れの構造を持つ40mm擲弾銃。
 現在でも暴動鎮圧用にゴム弾を装着して使われることがある】

 少し走ったところで中佐がドライバーに怒鳴った。ちょうど街路樹の陰だ。
 停まるか止まらないかのうちに、スライド式の小窓を開けて素早くライフルを撃つ。

「ダンッ、ダンッ、ダンッッッ──────────!!」

 森の中の、敵が撃ってくる木陰の辺りを目がけて、正確に銃弾が飛び続けるが、

「ダン、ダンッ、ダン、ダン、ダンッッ─────!!」

 敵も負けじと、撃ち返してくる。

「ふむ、腕はそんなに悪くないようだな・・」

 一発がタイヤにヒットしてクルマが揺れたが、なぜかパンクしない。
 完全防弾の戦闘用車両なので、タイヤもエアレスなのだろう。勿論これだけの装備を持つクルマを用意するには個人では難しく、かなりの組織力が要る。

 2016年夏に、500台余りのトヨタのランドクルーザー70やハイラックスがアメリカ特殊部隊に導入されて話題になったが、それは直接の戦闘用ではなく、主に特殊作戦に於ける通信器機を搭載する装甲車両というものであった。
 普通に市街地を走っていても目立たない特殊車両を造るには、莫大な費用と時間、そして細部への工夫が必要なのは言うまでもない。防弾と言っても、単にボディの鉄板を厚くするだけではやたらと重量が増えて走行性能が低下してしまう。防弾ガラスなどは、実は普通の常用車でも注文が可能で、その手の職業の人が多く装着しており、町を走っていても一般市民にはあまり見分けがつかない。


「・・よし、今だ、出せっ!!」

「ダンッ、ダンッ、、ダンッ、ダンッッッ・・・!!」

 再び走り出してからも、さらに中佐が撃ち続ける。
 これでは敵も動けないに違いない。案の定、完全に攻撃が止まった。

「追っては来ませんね。武器はご大層ですが、おそらく敵は単独でしょう」

 数百メートルほど走ったところで、中佐の部下らしい同乗者の一人が言った。

「ああ、そうだな」

「いったい、敵は何者なのでしょうか?」

 宏隆がヴィルヌーヴ中佐の顔を見るが、

「まあ、およその見当はついている。それも後で話そう」


 少し走ると、いつもどおりの閑散としたアラスカの風景が目の前に広がる。ついさっきまで銃撃戦をしていたのが嘘のように思える。

 黒い大きなバンのリアカーゴ(荷室)は、運転席の直ぐ後ろ側に武器庫があり、左右両側がベンチシートで、6〜8人ほどが向かい合って座れるようになっている。そこにはヴィルヌーヴ中佐以外にも二人、普通の市民と変わらぬ服装をした、兵士上がりのような体格の良い男たちが黙って座っている。

 宗少尉は、その男たちとは少し離れて、出口に近い所に腰掛けて、いつでも銃を出せるように身構えているが、ヴィルヌーヴ中佐と二人の男は、全くと言って良いほど殺気を感じさせない。どう見ても味方としか思えないエネルギーしか感じられないのである。


「ヴィルヌーヴ中佐────────」

 宏隆が何かを訊こうとしたが、表情でそれを察して、

「積もる話は後にしよう。先ずは追っ手を撒(ま)いて、ポリスも上手く躱(かわ)さないと。早々にクルマも換える必要があるし、な・・」

 そう言って、慣れた手つきでライフルをケースに仕舞い始めた。

 確かに・・と、宏隆は頷いた。如何に長閑(のどか)なアラスカの田舎とは言え、カフェがライフルで銃撃されて、さらに大通りでこれだけの爆破と銃撃戦が起こって、警察が黙っているわけがない。

 銃弾とグレネードの攻撃でボコボコになったバンは、田舎道を数マイル行ったところの交差点を、さらに寂しい方へと曲がり、森の中の小路(こみち)をどんどん入って行き、やがて鬱蒼とした雑木林の中に佇む、古そうな木造の家の前で停まった。周りには人も建物も、何も見当たらない。

「さあ、着いたぞ─────」

 奥に座っていた二人の男たちが素早くドアを開け、宏隆と宗少尉を外に出るよう促す。


「滅多に使わないので掃除が行き届いていないが・・さあ、宗少尉も、中へどうぞ」

 アラスカでよく見かける、木造平屋建てにペンキを塗った質素な家である。
 庭と言うよりは、単に家の前にクルマが5〜6台駐まれるスペースがあり、母屋の隣には2台は入れそうな大きなガレージが付いている。
 家の裏側はすぐ森で、そのまま北極海まで原野が続いていそうな未開の地だ。


「ここは私たちのセーフハウス(safe house=隠れ家)です。安心して寛いで下さい・・・何か飲み物は?」

 中を見渡している二人に、ヴィルヌーヴ中佐が気を遣うが、

「危ないところをタイミング良く助けてくれた事には感謝するわ。だけど、別に遊びに来たわけじゃないんだから、この際いろいろ説明してもらう必要があるわね」

 宗少尉が立ったままで、やや語気を荒めて、怖い顔を向けた。

「お噂はかねがね伺っていましたが、宗少尉とは初対面ですね。私は玄洋會・北米協力員の Joseph Villeneuve(ジョセフ・ヴィルヌーヴ)です、初めまして・・」

「台湾シェンヤンフイ(Xuanyang Hui=玄洋會)の Zong Lihua(宗麗華)です。先ほどは危ないところを助けて頂き、感謝しています」

 相手が紳士的な態度で接してくるので、宗少尉も言葉を改めてそれに応える。

「ヴィルヌーヴ中佐、伺いたいことが山ほどあります──────」

 宏隆が話の口火を切った。

「オーケー、私からも話したいことがたくさんある」

 宗少尉はそれとなく、この家の間取りや出口の数、ドライバーを含めたヴィルヌーヴ中佐の部下たちがどの位置に居て、今すぐにどう動けるか、武器はどうかを把握しようとしている。

 宏隆にしても、これまでの経緯があるので、中佐を頭からすべて信用しているわけではない。宗少尉と同じように警戒しつつ、取りあえず相手の動向を窺っているが、中佐の三人の部下はかなり訓練を積んだ身体で、動きにも俊敏さが見える。

 バンを運転してきた部下はそのまま外で見張りとして立っているが、あとの二人は中佐と共に家の中に入り、リビングの隅に対角線上に立っている。何か有った時にはこちらが完全に不利なポジションを取られている──────と宏隆は思った。


「まずは座りましょう。立ったままでは、まるで敵同士みたいだから・・ははは」

 中佐が自分から率先して座ったので、宏隆たちも席に就く。

 セーフハウスは、別荘やリゾートマンションと用途が違うのは当り前だが、普段人が住んでいないので如何にも仮住まいらしく感じられる。リビングとは言っても、粗末なソファとテーブルが並んでいるだけで、すぐ向こうには小さなキッチンと、アメリカのどんな家にもあるような、大きな冷蔵庫が見えている。

 お茶でも淹れるつもりか、気を利かせて部下の一人が湯を沸かし始めた。


「実は僕たちは、中佐に教えられた山荘に行ってきたのですが─────」

「おお、やはりそうだったか。私はちょうど君たちを探して合流しようとしている最中に、あのカフェが襲撃されているのを見つけ、すぐにピンときて駆けつけたのだ」

「それじゃ、さっきは全く偶然に通りかかったというわけですか?」

「そのとおりだ。山荘のあるワシラの周辺は小さな町が幾つかあるだけだから、どこに居るか、およその見当はつく。居心地の良さそうなパーマーの町なら私も拠点に選ぶし、あのカフェはなかなか珈琲が美味いからね」

「装甲車のような、あのバンでわざわざやって来たのは?」

「ああ、あれは何も特別な物じゃなく、私たちが常用するクルマだよ。商売柄、何があってもおかしくないのでね」

「ヒロタカ、もっとズバリと訊きなさいよ─────」

「ヴィルヌーヴ中佐、実はどうしても疑問に思えることがあって、まず最初にそれを解決したいのですが」

「いいとも、私で分かることなら何なりと尋ねてくれ」

「中佐は昨夜、あの山荘に・・キャンベル曹長の居る、あの館に居られましたか?」

「・・・・・・・」

「きちんと答えて下さい。お返事の内容によっては、吾々も──────」

 返答に詰まった中佐を見て、宗少尉が今にも動き出しそうに腰を浮かせたが、部屋の隅に控えている二人の部下たちは平静で、別に動揺する気配もない。

「ははは、何を訊きたいのかと思えば・・あまりに突拍子もないことを言うので、つい絶句してしまったよ!」

 ヴィルヌーヴ中佐が、高らかに笑い始めた。

「・・え、それじゃ?」

「奴らの調査をしている立場の私が、その山荘に居るわけがないじゃないか。一体どこで私を見かけたと言うんだ?」

「それは、こういうことです────────」

 宏隆は、あの山荘を探ろうとしてキャンベルに発見され、取りあえず逃げ切ったが、再び単独で様子を探ろうとして潜んで行った際に、部屋の中から漏れてくる声がヴィルヌーヴ中佐によく似ており、それを確かめようとして敵に気付かれてしまい、護衛を倒して思い切って部屋に侵入したが、その声の主が覆面をして声色を使ったので、ますます疑念に駆られ、確かめようとしたが、敵の反撃に遭ってやむなく退却した──────という顛末を分かりやすく、手短かに告げた。

「ほう・・そうだったのか、それは大変だったね。二人だけで、よくやったものだ」

「では、あそこに居たのは、中佐ではない、と─────?」

「私はこの前話した別件を追って、昨夜はアンカレッジに居た。どれほど声が似ていたとしても、双子でもない限り、それは不可能というものだ」

「そうでしたか─────宗少尉、やはり僕の勘違いだったのかも知れません」

「・・・・・・・」

「宗少尉・・?」

「いいから、もう少し話を続けて」

 ソファで腕組みしたまま、目を開けているのか瞑っているのか、何かを考えているのか、分からないが─────ともかく憮然とした表情で、また黙ってしまった。

「紅茶です。よろしければ、どうぞ」

 キッチンで湯を沸かしていた部下が紅茶を淹れてきた。
 宏隆たちと、ヴィルヌーヴ中佐にも同じポットからマグカップに入れて出す。

「アラスカは水だけは安心して飲めるね。どこの川の水でもそのまま飲めるような土地は、まず余所では滅多に聞いたことがないが」

「そうですね、それだけ自然が豊かで、汚染が無いということでしょう」

「喉が渇いたでしょう、さあどうぞ。幸い紅茶は缶入りだから、滅多に使わないセーフハウスに置いてあっても、まだまだ香りが良い」

 ヴィルヌーヴ中佐は、まるで宏隆たちを安心させるように、先にマグカップを手にして、美味そうに紅茶を啜った。宏隆はチラリと宗少尉の顔を見たが、中佐が飲んだのを確かめてからカップを取り上げた。

「あの山荘にキャンベル曹長が居たのは間違いありません。やはり奴らの手先として雇われているのでしょう。僕が捕らえられそうになった時には、謎の男と同じように覆面をしていましたが、声色を使っていないので丸分かりでした」

「そうか、やはりキャンベルが・・」

「それから、その部屋に ”大佐” と呼ばれる老人が居ました。覆面の男が特別な扱い方をしていたので、かなり重要な立場の人間らしいことが分かります」

「大佐か・・何か大物が絡んでいるのかも知れないな。この事件は結構奥が深そうだ」

「ところで、これは美味しい紅茶ですね、英国製ですか?」

「さあ、私は気にもしたことがないが」

「いや待てよ、これは、どこかで味わったような香りだ・・・」

「ははは、どうせ誰かが置いていった安物だ、加藤家の御曹司にじっくり味わってもらえるような代物(しろもの)ではないよ」

「いや・・・・」

 宏隆が一瞬、何かを思いついたような顔をしたが、

「・・やはり、そうですね、勘違いのようです──────」

 すぐに普通の顔に戻って、ちょっと深めの呼吸をし、また紅茶を啜った。

「そうだ、大事なことを言い忘れていました」

「何か思い出したかな?」

「あの山荘の窓に、ヘレンの姿が見えたような気がしたのです」

「何だって・・?!」

 思わず中佐が起ち上がった。

「最後の追っ手を躱して退却している時に、窓のところにチラッと見えたような・・」

「・・そ、それは確かか?」

 そう言って、宏隆の言葉に顔をしかめ、如何にも落ち着かない様子で、腕を組んで部屋の中を歩き始めた。

「山荘の部屋の電灯に照らされていただけで、ハッキリとは分かりませんでしたが、あの雰囲気やシルエットはおそらく、ぼくの見間違いでなければ・・・」

「うーむ・・・」

 そんな話をしながら、宏隆がすぐ左側に座っている宗少尉の腿の側面を、上着の裾に隠れた指先でそっとリズミカルに叩き続けていることを、ヴィルヌーヴ中佐も、二人の部下も気付いてはいない。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第197回の掲載は、4月15日(土)の予定です

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2017年03月15日

連載小説「龍の道」 第195回




第195回  P L O T (15)



「ああ、美味しい──────味オンチのアメリカの、それも最果ての地アラスカの、田舎町のカフェでこんな珈琲が飲めるのは奇跡的な贅沢よねぇ、まるで神戸にいるみたい!」

「ん・・・・」

 宏隆と宗少尉のコンビは敵の追撃を巧みに躱(かわ)し、あの館から無事に逃げ出して、Washilla(ワシラ)からハイウェイで 20kmほど東へ行った、Palmer(パーマー)という小さな田舎町に宿を取り、これまでの状況を振り返りながらひと息ついている。

 パーマーは、デナリの東南にある広大な自然保護区、ネルチナ・パブリックエリアの南を流れるマタヌスカ川の下流に位置する。かつての多くの入植者たちの出身地であったアメリカ中西部の雰囲気が色濃く残る素朴な町で、現在はアンカレッジのベッドタウンとして発展している。
 デナリから南にアンカレッジへと向かって流れるササイトナ川沿いとはまた違った趣きがあり、車で走っていると、まるで北海道の釧路や帯広の辺りかと錯覚するほど、風景がよく似ている。

「まあ珈琲でも飲みなさいよ、きっとオツムの回転がよくなるわヨ」

「あ・・・」

「この田舎町には、アラスカ・ステート・フェアという大収穫祭があって、毎年野菜の巨きさを比べて競うコンテストがあるんだって。ここで優勝した野菜は世界最大の野菜としてギネスブックに載るんだそうよ、面白いわね・・わぉっ、去年は何と一個 40kgのキャベツを出品した人が優勝して、2千ドルの償金を手にしたって、このパンフレットに書いてあるわ。
40キロ?!、普通のキャベツって、ひとつ1kg 程度だよね、すっごぉーいっ!!」

「ン・・・・」

「巨大な野菜が採れるのは、日照時間が一日に20時間もある、白夜のおかげでしょうね」

「ム・・・・」

「なーによ、さっきからアーとかウーとか上の空で!・・でも、そんなムツカシイ顔をしてるのは珍しいわね。ま、いいから珈琲でも飲みなさい。ね、美味しいから、ほらっ!」

「・・ん、コーシ?・・んまァ、そこそこ・・飲める」

「だから言ってるでしょ、まるで神戸のカフェみたいだって」

「ははは、台湾人はそう思うのかも知らンが・・味はまあまあだけど、神戸にしむらの豆のクオリティにはほど遠いね。多分ここのオーナーがフランス系の移民か、カナダから来てる人かも知れない」

「ふぅーん、なんでそんなコトが分かるのよ?」

「ま、フランボワーズのドーナツがあるし」

「甘ったるいドーナツなんか、アメリカ中どこにだって有るじゃない」

「カナダ人は甘い物とコーヒーに目がないんだ。フランスの影響なのかもね。フランスじゃプティ・デジュニ(朝食)は絶対に甘い物と決まってるし。カナダだと、そこに気の利いたスープやサンドウィッチが加わればもう最高ってコトになる。だから Tim Houtons(ティム・ホートンズ)が流行るんだろうね」

「あ、聞いたことあるワ、そのお店・・有名なダブル・ダブルってヤツよね!」

「そう、Double Double、砂糖とクリームを2杯ずつ!、カナダ人のお気に入り」

「レギュラー珈琲を注文すると、勝手に砂糖とミルクの入ったのが出てくる・・」

「そうそう、何も入ってないのが欲しかったら、Black Coffee か Black Original Coffee って、ちゃんと頼まなくちゃイケない。僕もつい何度か失敗しちゃった」

「あはは・・・」

「値段がウソみたいに安いのに、珈琲もサンドウィッチも、ティムビッツという小さなドーナツも美味しい。ドリンクにはカナダ産の蜂蜜を入れてもらったり、シュガーとクリームは半杯ずつ細かくオーダーできる。朝食も色々あって、アメリカ人観光客にも大人気」

「そっか、近ごろのアメリカン珈琲は、シアトルの眠れないコーヒーになったモンね」

「それって何よ?」

「コホン、何でもないわ──────それよりヒロタカ、さっきからずっと何を考えてるの?
カナダの話なんかして、拉致されたヘレンが気になって仕方がないんでしょうね」

「いや・・やっぱり変なんだよ・・何かがおかしい・・・」

「おかしいのはアナタでしょ、何がヘンなの?」

「あのとき・・宗少尉との約束どおり、館の外から様子だけ伺って、すぐに引き揚げようと思っていたんだけど」

「ふむ、スナオでよろしい」

「声が聞こえたんだよ、僕がよく知ってる人の声が・・・」

「知ってる人って、誰の声だったの?」

「そ、それが・・・」

「勿体ぶらなくても良いから、言いなさいよ」

「その声を聞いて、自分の耳を疑って、タクティカルミラーで窓の下から室内を覗いて確認しようとしたんだけど」

「どうだったの?」

「うん。部屋の照明に鏡が反射してしまったのか、見る間もなく気付かれて、すぐ護衛が窓を開けて拳銃を向けてきたので、それを叩き落として、そいつを外に放り投げて気絶させ、その勢いで思い切って部屋に飛び込んだんだけど・・」

「やっぱり無茶が始まったのね。それで、その声のヌシは誰だったの?」

「残念ながら、覆面を着けていて、おまけに声色(こわいろ)まで使われて、まったく正体不明のまま・・」

「それは、よっぽどヒロタカに正体を知られたくないってコトね」

「ぼくもそう思う」

「もしそれがヒロタカのよく知る人物だとしたら、作戦を練り直さなくちゃならないわね。声を聞いて、ヒロタカは誰だと思ったの?」

「いや、それを言ってしまって、もし違っていたら、自分たちが誤ったイメージで作戦を立てる事になるから・・」

「その反対もあるわよ。もしその人物を想定しておかなければ、もっとエラいことになるって場合もあるでしょ」

「そうか・・・」

「つまり、その人物だとは決して思えないような相手、ってコトね?」

「まあ、そうだけど・・」

「ふむ。それじゃ、私が当ててあげましょうか、その人の名前を」

「・・え、誰だか分かるの?」

「分かるわよ、その声の主は、おそらく────────」

「お、おそらく・・・」

「恐らくそれは──────────ヴィルヌーヴ中佐よ!!」

「・・ど、どうして・・どうしてそう思うのさ?」

「あの館から待避するときに、窓にヘレンの姿が見えたと言ってたでしょ?」

「そう、確かにヘレンが、あの窓に見えたような気がしたんだ」

「そのコト自体、すごくアヤシイのよ」

「怪しいって、なにが?」

「考えてもご覧なさい、そこに囚われている人間なら、窓から外なんか見せて貰えるワケがないわ・・・捕らえられた人間というのは、地下室や、窓もロクにない奥まった部屋に閉じ込められるのが普通で、明かり取りの窓にさえ鉄格子があって、部屋には監視カメラ、ドアの外には見張りが居て、本人がプロの工作員なら、さらに手足を壁や柱に繋いで拘束されるのが常識でしょ」

「そうだね・・・」

「ヘレンはカミーユ・ダリエというコードネームまで持つ情報員の卵なのよ。父親の助手として、玄洋會の准協力員としても活動をしているわけで、そんな立場の人間が誘拐されて、囚われの身となった所で、窓際から暢気に雪景色を眺めていられるワケがないでしょ!」

「・・た、確かに、そのとおりだ」

「そして父親のヴィルヌーヴ中佐は CIAや王立カナダ公安局の情報員であり、玄洋會の正式な協力員でもある。ヘレンは父親との繋がりで我々の信用を得ている、というわけよね」

「そういうことだね」

「だから、まず見方を変えましょう。つまり、言い換えればヘレンは正式な玄洋會の身内ではないということよ。そもそも准協力員のレベルでは、台湾や神戸の基地に呼ばれても殆どのゾーンに出入りできず、司令室はもちろん、訓練施設にも立ち入ることが許されないという事実を見ても分かるわ」

「でもヘレンは、僕に万一のことが有った場合には、身代わりになってでも護れと命じられている、と言っていた・・」

「それは玄洋會からの命令じゃないわ。たぶん父親からそう言われたんでしょうね」

「なるほど、中佐がヘレンに命じたのか」

「そしてそれは、協力員のヴィルヌーヴ中佐にしたって同じことよ。正式な身内でないということは、彼にしてみれば、命を懸けるほどの忠誠の義務はないと思えるはずだし」

「それじゃ、裏切って反対に我々を利用するような事も有り得ると?」

「そうね。だから、もしあの館に居たのがヴィルヌーヴ中佐だとしたら・・」

「僕らをワナに掛けて、どうにかするつもりだった───────」

「そうなるわね。そもそも、あの館の存在をヒロタカに教えたのはヴィルヌーヴ中佐よ。
 ヘレン拉致の捜査の進捗をヴィルヌーヴ中佐に訊ねたら、軍病院に出入りする廃棄物運搬業者のトラックの運転手を兼ねた一人の作業員が判明し、その男のカネの流れからキャンベル曹長と関わりのある人物が浮かび上がって、その山荘がワシラにあることを掴んだと言った。ヴィルヌーヴ中佐はそこへ向かおうとしていたが、同時に出た有力な情報を先に確認したいと言うので、それではと、私たちが調査に行く事になったのよね」

「それじゃ、中佐が僕らをおびき寄せたということ?」

「これまでの流れから見ると、そうなるわね」

「そうだとすると、ヘレンはあの館に囚われているんじゃなくて・・」

「もしそれがヘレンなら、間違いなく捕囚の身ではなく、父親とそこに滞在しているという事になるわ」

「うーん・・でもやっぱり、僕はそうは考えたくないな」

「ヒロタカ、こんな場合は冷静に、感情抜きでよく物事を見ないと・・」

「もしそうだとして、中佐は僕らを罠に掛けて、どうするつもりだったんだろう?」

「分からないわ。なぜ私たちをおびき寄せようとしたか、本人に訊くしかないわね」

「何だかショックだな。僕は中佐を尊敬していたし、中佐も僕のことを気にかけてくれていたから」

「分かるわよ、その気持ちは・・・」

「パッシィーンッッッ──────!!」

 突然、目の前の大きな窓ガラスが粉々に砕けた。

「危ないぃっっ──────────!!」

 その瞬間、二人はほぼ同時に床に身を投げながら、互いに分かれて左右に転がり、すでにもう部屋の隅で銃を構えている。

 幸い他に客が居ないので混乱はないが、従業員がふたり、オロオロしてカウンターの中で震えている。

「君たち、そこなら大丈夫だ、体を低くして奥のキッチンに行け!・・急ぐんだ!」

 外の様子を伺いながら、宏隆が怒鳴る。

 攻撃に対して、二人が左右の横方向に散らばり、部屋の隅まで転がって逃げたのは、次の攻撃に備えることは無論、跳弾(ちょうだん)を避けるためでもある。

 跳弾とは、発射された弾丸が地面や床などに当たって跳ね返ることを言うが、拳銃弾でもライフル弾でも、着弾面に対して浅い進入角度であるほど跳弾しやすくなる。また、着弾面が硬ければ跳弾しやすいとは限らず、たとえ水面でも進入角度次第で見事に跳弾する。

 この場合はカフェの店内であるから、遠くから狙撃された場合、床に当たれば弾丸の進行方向に跳弾しやすく、テーブルや椅子に当たればあらぬ方向にも跳ねることになる。
 部屋の奧に行けば跳弾を喰らうリスクが大きく、最も安全なのはコンクリートの壁に護られた表側の窓に近い、店の左右の隅ということになる。
 宏隆たちのようなプロは、たとえ一杯の珈琲を飲む時にも、周りの状況を全て把握する。近くの壁やテーブルの材質まで、ごく普通に確認する習慣がついているのである。

 因みに、よく映画やドラマで銃撃された時に咄嗟に床に伏せる、というシーンを見かけるが、実際は床に伏せてじっとするのは大変危険な行為で、狙撃する側にすれば伏せている人間ほど撃ちやすいターゲットは無い。原野など見通しが利く場所なら地面すれすれに伏せた方が命中しにくいが、わざわざそのような狙撃し難い場所で狙われることは珍しい。

 ついでながら、自分を狙ってくる銃弾に対処するには、カバー(Cover)と、コンシールメント(Concealment)の区別をよくわきまえておく必要がある。
 これらは軍事訓練における専門用語で、カバーとは「銃弾が貫通しない遮蔽物」を指し、厚さ2cm以上の鉄板、防弾ガラス、鉄骨、鉄筋コンクリート、打ちっ放しのコンクリート、土嚢、大きな樹の幹、自動車のエンジン、大きな岩などがそれに当たる。
 コンシールメントとは「貫通するが敵の視界から姿を隠せる遮蔽物」を指し、住宅の壁、合板、柱、コンクリートブロック、煉瓦、自動車のドア、タイヤ、家庭用冷蔵庫、洗濯機、ソファ、ベッド、テーブル、書棚、ドラム缶、空調のダクト、コルゲート鋼板コンテナなどが挙げられる。

 実際に銃で交戦する際には「カバー」を利用して敵よりも優位な状況に立つ必要があり、「コンシールメント」で交戦する場合は、敵から撃ち返された時に遮蔽物を貫通するため、敵に位置を悟られてしまうと被弾しやすくなるのは言うまでもない。


「何処だ──────どこから撃った?」

 宗少尉は窓の隅からそっと向こうを覗き、宏隆はバッグから小さな双眼鏡を取りだして敵の位置を確認しようとしている。敵が何処から、どのように攻撃しているかが判らなければ対処のしようがない。

「この威力はライフル弾ね、近くには誰も居ない・・角度からして多分むこうの森よ、距離は約150m・・私が飛び出て注意を引くから、ヒロタカは追いかけるクルマの準備っ!」

「ラジャッ──────!」

 広大なアラスカでは、都市部以外には全くと言って良いほど高いビルを見かけない。このパーマーの町も平屋建てがほとんどで、せいぜいが2階建て止まりである。
 都会のように、向かいのビルの屋上から狙撃するというわけには行かないが、その代わりに、どこも近くまで森が迫っているので、都会よりも狙撃には好都合かも知れない。

「ダンッ、ダンッ、ダンッ───────!!」

「うっ・・なかなか正確に撃ってくるじゃないの」

 一歩外に出た宗少尉に向けて、容赦なく銃弾を浴びせてくる。
 慌てて車の陰に隠れたが、フロントガラスが一瞬で砕け散った。
 宗少尉は急いでドアを開け、後部座席の足もとに体を低くした。

 普通の自動車はエンジン部分以外は銃弾が容易に貫通するので、映画のように車内で頭を低くしていれば助かる、というのは全く有り得ない。自動車を遮蔽物に使うにはエンジンを自分と敵との間に置くしかない。宗少尉は敵との角度を考え、それを守っているのだ。
 
「宗少尉っ、早く乗って────────!」

 宏隆が建物の裏から回してきたブレイザーに素早く乗り込んだが、

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ──────────!」

「くぅっ・・・派手に撃ってくれるなぁ!」

 あっという間にフロントガラスが破壊され、ボディが穴だらけになる。

「パシューッ・・・」

「くそっ、パンクさせられた。ブレイザーのタイヤはデカいから狙いやすいか」

「仕方ない、降りて他のクルマを探すわよ!」

「がってん・・」

「ダンッ、ダンッ、ダンッ・・ダンッ、ダンッ、ダンッ・・!!」

「うおおおぉっっ・・アブ、アブ、アブナイっっ──────!!」

 車の外に出て行くことが難しいほど、素早く連射してくる。

「ヒロタカ、次のリロード(マガジン交換)で、走るわよ!」

「ラジャッ・・・途切れた、今だっ!」

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ──────────!!」

「だめだっ、早いっ!・・かなり手慣れたリロードだ、これじゃ動けないぞ」

「少しでも動けば撃ってくる、絶対に仕留めるつもりね。こんな時にグレネード・ランチャーで狙われたら、それでアウトよ」

「そうだ、後ろの荷室に煙幕弾があったぞ」

「体を起こした途端に撃ってくるわよ、よしなさい!」

「ま、ちとやってみるかな・・」

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ──────────!!」

「うわあああっ・・て、手を出しただけなのに・・」

「ほーら、言わンこっちゃない!」

「むぅ、万事休す、か──────────」


 が、そう思えたとき・・

「ブォロロロロオオォーン・・・キィーッッッ!!」

 野太い排気音が聞こえ、大きな黒塗りのバンが敵の攻撃を遮るように止まった。

「カトー、急げっ、これに乗るんだっ!」

 クルマの中から、誰かがそう叫ぶ。

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ・・!!」

 黒いバンはボディに銃弾を受けても貫通せず、窓ガラスも割れない。

「いったい誰が・・タイミング良く、こんなところに?」

「すごいっ、完全防弾装備のクルマ!・・あなたの知り合い?」

「い、いや、まさか・・」

「早く乗れっ! この車もグレネード・ランチャーまでは防げないぞ!」

「ヴィ・・ヴィルヌーヴ中佐・・・?!」

「・・な、なんですって?!」



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )






  *次回、連載小説「龍の道」 第196回の掲載は、4月1日(土)の予定です

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2017年03月01日

連載小説「龍の道」 第194回




第194回  P L O T (14)



 護衛が窓ぎわに飛んできて、ガラリと窓を開き、銃を向けて下を覗いたが、

「うわぁあっっっ・・!!」

 途端に、叫びながら窓の外へ放り出された。

 宏隆によって、まずは強力なフラッシュライトの光で視力を奪われ、タクティカルバトンで強く手首を打たれて拳銃を弾き飛ばされ、さらに痛みで反射的に押さえた手首を取られて外に放り投げられ、とどめの蹴りを喰らって悶絶したのである。
 時間にして十秒も経っていない、迅速な対応であった。

「ちいっ・・護衛のくせに、役立たずめ!!」

 男は、もうそこには居ない護衛を罵ると、ソファの裏へ隠れた大佐に、

「キャンベルが来るまで、どうかそのまま動かず───────」

 そう念を押しながら、素早くポケットから覆面を出して被った。

 覆面は人相を隠すものだが、特殊部隊では暗闇で目立つ顔の白さを隠すのに使われ、加えてスモークの掛かった戦闘用のゴーグルやサングラスを着用すれば、夜間は非常に認識し難くなる。また、眉毛を隠すように深々とニット帽を目深(まぶか)に被るだけでも、人相は容易に認識できなくなる。


 だが、そのとき────────

「動くなっ・・ 両手を上に挙げろ!!」

 窓枠をひらりと飛び越えて、宏隆が室内に躍り込んだ。
 ピタリと、拳銃を男に向けている。

「聞こえないのか、両手を上に挙げるんだ!」

 仕方なさそうに、男は言われるまま手を上に挙げた。だが、その仕草には、間近から銃を向けられているような緊迫感がなく、どこかまだ余裕が見られる。

「そのままこっちを向け・・そう、ゆっくりと、だ・・」

 宏隆は、その余裕を察知して、用心をした。振り返った男は、背の高い堂々とした偉丈夫で、フィルソン製の、ゆったりとした赤いウールのジャケットを羽織っている。

「左手でジャケットのボタンを外せ、右手は挙げたままだ・・」

 男は言うとおりにしている。左手を使わせるのは勿論、銃を抜かせないためだ。

「ゆっくりとジャケットの前を開いて、腋の下を見せろ」

 ふっ、と少し鼻で笑い、苦笑するような仕草をして、言われたとおりにする。

「OK、次はジャケットを片方ずつ持ち上げて、腰の後ろを見せろ」

「・・・・・・」

「銃は持っていないようだな。だが、暖炉の火を囲んでコニャックを楽しむのに覆面姿とは随分ミスマッチなことだ。それを外してもらおうか」

「・・・・・・」

「覆面は顔を隠すためだろうが、何も喋らないのは、声を聞かれたくないからか?」

「・・・・・・」

「お前は何者だ? 覆面を外して顔を見せろ、この銃は脅しじゃないぞ!」

「フ・・オマエニ、ヒトヲ撃ツ度胸ガアルノカ?」

 初めて口を開いた男は、巧みな声色(こわいろ)を使った。

「ヒトを撃てるのかと、以前にも敵からそんな事を聞かれた事がある。無益な殺生はしないが、生死を懸けた闘いなら容赦はしない。大切な人を守るためなら尚のこと、その覚悟は出来ている・・・だが、そんな声色を使うとは、よほど声を聞かれたくないらしいな」

「・・・・・・」

「では、その覆面を外してやろう。その床に俯(うつぶ)せになれ!」

「・・・・・・」

「早くしろっ!」

 男はゆっくりと、暖炉の前の床に俯せになる。

「両手を後ろに回すんだ」

 このスタイルは逮捕や拘束をする際の手段として知られているが、俯せにさせられて両腕を後ろに回されると、人は全く身動きが取れなくなってしまう。

 宏隆は素早く、床に伏せた男の腿の裏を片膝で拘束し、さらに片膝で片方の腕を拘束しながら、ポケットからハンドカフ(ナイロンベルト型の手錠)を取り出し、男の手に掛けようとしたが、そのとき、

「バンッ──────────!!」

「うわっ・・・」

 小さな銃弾がすぐ後ろの暖炉に弾け、その機を逃さず、間髪を入れずに、

「ターンッッ!!」

 男が宏隆を跳ね飛ばし、宏隆の手首を蹴って銃を弾き落とした。

「くっ、もう一人隠れて居たのか、不覚・・・」

 急いで部屋の隅に飛ばされた銃を拾いに行こうとしたが、男がさらにジャケットの後ろに手を回そうとしたので、

「ええい・・喰らええっっ・・!!」

 体当たりをするように素早く組み付き、瞬時に崩して投げ、蹴りで決めようとしたが、

「ダァーン・・!!」

 その片足を挙げた途端に、反対に軸足を払われて転がされ、相手が起ち上がった。

「くっ・・・」

「ソコマデダ!・・ソノママ、動クナ────────」

 どこから出したか、男はすでに、小さな銃を手にして宏隆に向けている。

「ううむ・・その身の熟(こな)しは一般兵士のレベルではない。様々なところで、かなりの場数を踏んでいるな?」

「大佐、ココハ危険デス、部屋ノ外へ・・」

「・・よ、よし、分かった。すぐにセキュリティを呼ぶ」

 男は、まだ銃を構えている大佐にそう言った。相変わらず無味乾燥な声色を使っている。

「後ろのポケットに銃を隠していたな。SIG SAUER(シグ・ザウエル)P230、あのワルサーPPKより軽い、わずか500グラムの小型拳銃か・・確かに、フィルソンの分厚いウールジャケットなら、入っているか入っていないか分からない程度の大きさだ」

 仰向けに床に転がった姿のまま、男に向かって言う。

「・・・・・・・」

「そろそろセキュリティが来る頃だな・・だが、僕を捕らえてどうする? ヘレンもここに捕らわれて居るのか?」

「・・・・・・・」

「相変わらず無口だな。それほど顔を見られたくない、声も聞かれたくないのは────────実はボクをよく知っている、ごく身近な人間だからか?!」

「フフ・・ソウトハ限ラナイサ」

「お前たちの目的は何だ? ボクをつけ狙い、ヘレンを誘拐して、いったい何の目的で、何をやろうというのだ?」

 ドカドカと、木の廊下を軍靴(ぐんか)で荒々しく走ってくる足音が聞こえる。

「急げ、まだリビングに居るぞ!」

「キャンベル曹長の声だな。少なくとも、彼は僕の敵だという事がハッキリした」

「・・・・・・・」

「コンフェラ、お待たせしました!」

 キャンベル曹長がセキュリティを数名連れて部屋に入って来た。男と同じように覆面をつけて、夜でも見える軍用のサングラスをしている。

「あはは・・キャンベル曹長、頭隠して尻隠さずだ。その男みたいに声色でも使わなきゃ、正体が丸分かりですよ!」

「う・・くっ・・・」

 宏隆にそんな口を利かれ、キャンベル曹長は動揺した。

「それに、”コンフェラ” ってのは暗号名だな。お前を知る手掛かりになりそうだ、後でじっくり解読してやろう」

「ム・・・・」

 男は、暗号名を解読すると宏隆に言われ、少し焦ったように呻った。

「口ノ減ラナイヤツ・・マアイイ、起キ上ガッテ、後ロヲ向クンダ」

 ちらりと、蹴って飛ばされた自分の銃が部屋の隅に見える。こうして話している間にも、宏隆は頭の中で細かく計算をしていた────────

(ベレッタまでの距離は約4メートル。身を躍らせてそれを手にできたとして、構えて撃つまでに7秒、いや6秒。そして・・)

「オイ・・妙ナ考エヲ起コスナヨ、マダオ前ヲ撃チタクハナイカラナ」

 強かな相手は、その考えを見抜いている。
 宏隆は囚われの身となった際の対処法も、さらには脱出する方法も詳しく学んできているが、やはり捕らわれてしまっては、無事に脱出できるかどうかは分からない。

(よし、イチかバチか・・)

「サア、起チアガッテ、言ウトオリニスルンダ」

(これしかない・・)

 しぶしぶ起ち上がりながら、パタパタと、ズボンの埃を払うと見せかけた、

 その瞬間─────────

 暖炉のそばのティーテーブルに向かって、まるで目眩(めまい)でもしたようにフゥーッと柔らかく倒れ込みつつ・・左手でテーブルの上の銀のシガーケースを掴んで覆面の男の顔に投げつけながら、右手でコニャックの瓶を取り、暖炉の中へ勢いよく投げ込んだ。

「うっ・・」

「バァーン────────!!」

「うわああっっ・・!!」

 絶妙のタイミングである。ズシリと重い銀のシガーケースが男の顔に飛び、ほとんど同時にコニャックの瓶が暖炉で割れて中身が飛び散り、濃度の高いアルコールが火に引火し、まるで即席の爆弾のように、意外なほど大きな炎が部屋の中ほどまで上がり、暖炉の灰が部屋中にたちこめて舞った。

 宏隆はもう既に、部屋の隅で自分の銃を手にしている。
 敵はこの予想もしない出来事にうろたえ、舞う灰で一瞬、宏隆の所在もわからない。

「ふっ・・忍法火炎の術、&忍法灰神楽(はいかぐら)、ってヤツだな!」

「つ、捕まえろ─────いや、銃だ、きっと銃を取ったぞ、気をつけろ!!」

「へん、遅いやいっ・・・バン、バン、バン、バンッッ!!」

「ぐわぁっ・・! 、うぐっっ・・!!」

 ドアから入ったばかりの護衛が二人、その場に蹲(うずくま)った。
 拳銃を取った宏隆が、奧のソファの陰に隠れて、そのまま起き上がらず、床スレスレに相手の脚を撃ったのだ。

「ダン、ダン、ダァーン!!」

「馬鹿者ッ!無暗ニ撃ツナッ、撃ツンジャナイ!、殺シタラ何モナラナイ!!」

 思わず護衛が撃ったのを、男がそう窘(たしな)めて射撃が止んだが、

 そのとき──────────

「ビビイィーッッ!!・・ヒロタカ、伏せてっ!」

 宏隆の胸の小型無線器から、呼び出し音に次いで日本語の声がし、同時に、

「ヒュゥーウ・・・ボムッ!!」

 何かが遠くから発射されるような音が聞こえ、その直後に煙が部屋の中で弾けた。

「うわああっ───────!!」

「さ、催涙ガスだ、部屋を出てドアを閉めろ、大佐を守れ!!」

「お、もっけの幸い・・宗少尉!」

 もともと自分がそこから入って来た、開いたままの窓である。宏隆は素早く身を翻して外へ飛び出し、そのままガレージへと走った。

「ヒロタカ、大丈夫?・・状況は?」

 無線から宗少尉の声がする。

「無事です。ガレージでアシを確保、すぐ脱出の予定!」

「Roger、途中で私を拾って」

「Copy that ・・!」

 ガレージの、表の大きな出入り口を軽々と蹴破って扉を開ける。
 さっきここに侵入した際に、そっと内側のカンヌキを外し、代わりに細い木切れを嵌めておいたので、蹴破るのはわけもない。

 扉から最も近い所に置いてあるランクルのパーキングヒーターを外し、素早く運転席に乗り込んでエンジンを掛ける。さっきガレージに侵入したときから、宏隆はこのような状況を想定してたのだろう、手回し良く、すでにキーまで挿し込んである。

「おお、流石はFJ40、すごいエグゾーストノート(排気音)だ。よっしゃ、行くぞ!!」

「ダンッ、ダンッ、ダァーン──────!!」

「おっとぉ・・・!」

 ガレージから飛び出したランドクルーザーに、すぐ追っ手が迫り、タイヤを撃とうとして狙うが、

「グォーッッッッ!!」

「うわぁっっ・・・」

 宏隆の容赦ない運転に、簡単に蹴散らされてしまう。

「に、逃がすなっ、生け捕りにしろ!」

「はははは、鬼サンこちら、ってか・・・ニッポンが誇るランドクルーザーに付いて来られるかな?」

「手分けして追うぞっ、全員、クルマに乗り込めぇっ!!」

「イエッサー!」

 セキュリティたちが2台のクルマに素早く分乗したが、

「カチッ・・カチ、カチッ・・・」

「あ・・あれっ・・?」

「なんだ、モタモタするな、早く行け!」

「お、おかしいな・・・」

「何をやっている? 逃げられてしまうぞ、エンジンを掛けるんだ!」

「それが、ウンともスンとも・・ちっとも掛かりません」

「ええい、なぜだっ? 原因は分からんのかっ!」

「はっ・・すぐボンネットを開けてみます」

「ええい、バカめっ!・・な、何だ、そっちのクルマも動かんのかっ?」

 降りてきて、もう一台の車の方に行くが、

「動きません、ヘンだな・・・」

「キャンベル曹長、エンジンルームの中も、特に異常ありませんが」

「そんなバカな事があるか、動かないのは何か原因があるからだっ!」

「燃料もあるし、バッテリー容量も充分だが・・」

「そうだな、コードも切られていないし・・」

「く、くそぉ・・まんまと、あの小僧にしてやられたな!」

 悔し紛れに、キャンベル曹長は傍のドラム缶を思い切り蹴っ飛ばした。

「ええい、原因が分かる者はいないのか、大至急メカを呼べ、メカニックだ!!」


 密かにガレージに侵入した宏隆がボンネットを開けて細工をしたのは、ディストリビューター(配電分配器)という装置である。
 ディストリビューター(distributor)は自動車の点火装置で、エンジンの各気筒の点火プラグに電流を分配する役割を持つ。装置のキャップを開けるのは容易で、中にはローターと呼ばれる、イグニッションコイルで発生した電圧パルスを、エンジンの回転と連動して分配する回転子が入っている。

 宏隆はガレージの作業で、ランクル以外の車のディストリビューターのキャップを外し、中のローターを取り払ってしまったので、どうやってもエンジンは掛からない。
 そしてそれを外されても、ただ単にエンジンルームを見渡しても、わざわざディストリビューターのキャップを外して見なければローターの不在には気付かないし、そもそも、そんな細工をされているとは、想像すらつかないのが普通であろう。
 そして言うまでもなく、ランクルFJ40にだけ細工をしなかったのは、それを自分の脱出用に使うつもりであった故である。

 宏隆は玄洋會の訓練で、そのような知識を得ていた。至って簡単なその作業は、驚くほど短時間で出来てしまうので、敵地から脱出の際には大変有効であることは、この場合の敵の狼狽ぶりを見てもよく分かる。このテクニックは、異国で予めクルマを盗まれないようにする事にも使えて便利である。


「はははは!・・追ってこないところを見ると、誰もあのマジックが見破れないらしいな。銃だけじゃなく、もっとよくクルマの構造を識らないとダメだよね、ほんと・・」

「ヒロタカ、ここよ!」

「宗少尉────────!!」

 しばらく走った処で、雪の中から白いカムフラージュを着た宗少尉が手を振る。

「ありがとう、おかげで脱出できました」

「お礼はあとよ、無鉄砲さん。何となく胸騒ぎがしたから来たけど、来なかったらどうするつもりヨ、もう!・・・まあ小言は後にして、先ずはクルマに行って乗り替えましょう」

「アシがつかないように?」

「そういうコト」

「勿体ないなぁ、やっと憧れのランクルに乗れたのに」

「ダァーン、ダァーン・・・・!!」

「うぉっとっと、やばい、やばいぞ・・・」

 フロントガラスのすぐ前に被弾し、慌ててステアリングを切ったので、クルマは少し横滑りをした。

 館を出て外の広い通りに出るには、森をグルリと迂回して行く一本道しかない。
 そのためには一度だけ、まるで逆戻りをするように、館にほど近い辺りを通過することになる。敵はそれを見越して、宏隆たちが来るのを待って、撃ってきたのだ。

「こりゃあ、怒り狂ってるな。車に細工されたことへの腹癒せもアルな」

 館の二階の窓からライフルで撃ってくるが、宏隆たちを殺さずに威嚇して捕らえる、という気持ちがあるのか、狙っているのはタイヤの辺りで、なかなか中らない。

「すぐに追っ手が来るわ、急いで!」

「大丈夫、クルマはそう簡単に動かせませんよ」

「ローターを外したのね」

「ご名答。しかしまあ、何度もこの辺りを逃げるコトばかりだね・・」

「バカ言ってないで急ぎなさい、追いかけてくるのは車とは限らないわよ!」

「ダンッ、ダァーン、ダァーン!!」

「うわっ、こんなに離れてるのに!・・良い腕だな、誰だろう?」

 正確に、タイヤを狙って、すぐそばに弾丸がはじける。宏隆は凍て付いた雪の路でステアリングの切り方や速度を一定にしないよう、巧みに運転をしている。

「ダンッ、ダンッ、ダンッ・・!!」

 宗少尉が負けずに右側の窓からライフルで撃ち返し、館の窓ガラスが割れる音がするが、すでに敵の姿はない。

「ああっ・・・?」

 何を思ったか、突然宏隆がスピードを緩めた。

「どうしたの? 止まらずに急ぎなさいっ!」

「ヘレンが・・・」

「ヘレン?」

「ヘレンが、あそこの・・キャンベルの居た隣の窓に、見えたような・・」

「ダンッ、ダンッ、ダァーン──────!!」

「わわっ・・また撃ってきた」

「今度はライフルじゃないわ、4時の方向、スノーモビルの新手(あらて)よ!、ヘレンを確認しているヒマなんかないわよ!」

「よ、よっしゃ・・」

「ダメ、少しスピードを落として!」

「え・・急げって言ったばかりでしょ」

「いいから、あのスノーモビルに追い付かせるのよ」

「OK、このくらいかな・・・お、だんだん追い付けてきた」

「こっちの思うツボよ・・それっ!」

 宗少尉は胸に提げた黒い塊を外し、ピンを抜いて窓から後ろにポイと投げ捨てた。

「ドオォーンッッ────────!!」

「うわあああっっ・・・!!」

 ルームミラーに大きな雪煙が見える。

「はい、片付いたわよ」

 手榴弾は、昔も今も、軍隊に於いては最も基本的な歩兵の武器であり、どのような国の歩兵もライフルと投擲弾の訓練は念入りに学ぶことになる。

「え・・死んだワケじゃないよね?」

「やれやれ、相変わらず敵を心配してあげるのね。大丈夫よ、スタングレネードだから爆音と閃光で運転不能になってひっくり返っただけ」

「だって、僕らを殺そうとしているワケじゃないし」

「今のところはね・・だけど、捕らえられて、何処かへ連れて行かれてからは、どうなるか分かったモンじゃないわ。お優しい心だけだと、いつか敵に酷い目に遭わされるワよ」

「・・・・・・・」

「ストーップ!・・ここよ、すぐクルマを乗り換えて」

「ここって・・クルマなんか何処にもないけど?」

「よく見て。ほら、すぐそこ。ヒロタカの目の前にあるわ」

「あっ・・」

 宗少尉が乗ってきたフォード・ブロンコ・レンジャーには、真っ白なカムフラージュのシートが掛けられ、さらにその辺りの草木を所々に被せて擬装している。
 タイヤの跡は、再び降ってきた雪に消され、そこに駐めた事が容易には分からない。




                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第195回の掲載は、3月15日(水)の予定です

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2017年02月15日

連載小説「龍の道」 第193回




第193回  P L O T (13)



 ガサリ──────と薮を分ける音がして、雪に埋もれた森の中から、白いカムフラージュに身を包んだ男が静かに出てきた。
 たった今、館(やかた)から追って来た二人のセキュリティ・ガードが立ち去ったばかりの場所から、ほんの数メートルのところである。宏隆は彼らのすぐ傍に潜んでいた。

 三頭の番犬に後(おく)れてやって来た男たちは、催涙スプレーを受けて惨めに繋がれている犬たちを発見したが、森の向こうに走って行く車のヘッドライトを目撃し、さらにその方向へ向かう真新しい足跡を見つけて、侵入者は去ったものと思い込んで、行方不明の同僚を探しに出かけた。
 しかし実は、宏隆はその場から離れてはいなかった。立ち去ったと思えた足跡は、訓練で学んだとおりに、彼らの目に付きやすい所に、わざとそう見えるように付けたのだ。


「・・さて、行くか、チャンスは今しかない」

 そう呟(つぶや)いて、宏隆は彼らとは反対の方向に歩き始めた。

 行方が判らなくなった仲間を探すため、警備の男たち二人が館を離れ、番犬も居ない。
しかも彼らは、宏隆たちがこれ以上襲ってくる事はないだろうと考えている。敵の本拠は人数も手薄で、気持ちも弛んでいる。館を探りに行くのに、これほどのチャンスは無い。

「宗少尉との待ち合わせまで、あと2時間か。Walmart(ウォルマート)まで、急いで行けば40分くらいだが、残された時間はわずかだ。急がなきゃ・・」
 
 凍てつく針葉樹の森を歩き、何の問題もなく館の前までやってきたが、何を思ったか、宏隆はふと、本館と少し離れた所にあるガレージに向かった。
 大きな倉庫のようなログキャビンのガレージには、もう警備の人影もない。監視カメラは表側の、車の出入り口にしか無いので、裏口の小さな扉の鍵を開けて、そっと中に忍び込んだ。

 鍵を用いずに錠を開ける行為をピッキングと呼ぶが、専用の道具を使って何度か練習をすれば、プロの泥棒でなくとも、一般的なピンタンブラー錠なら誰でも簡単に解錠できる。
 学生寮で宗少尉がやったようなピッキングは宏隆も訓練してきている。敵地で侵入や脱出をする際に、たった一枚のドアのカギが開かないために身動きが取れないのでは哀しいからである。

 西欧のガレージは元は馬小屋や納屋からの転用で、一般家庭同様、ここも壁際の棚から収納庫、ロフトに至るまで、様々な工具から野球のバット、ロープやシート、バケツに壊れた椅子など、実にいろいろな物が雑然と置かれている。

 車は三台あるが、目に付くのはどの車にもナンバープレートの辺りに短いケーブルが付いていることだ。
 これはエンジンヒーターで、駐めている間にエンジンが凍結しないよう、電気でエンジンを温めておく装置だ。冬季はバナナで釘が打てるという、ー40°Cの極限の寒さが襲うアラスカでは、クルマを戸外に放置すると1時間もしないうちにエンジンが見事に凍りつく。
 アラスカやカナダのスーパーやレストランの駐車場には、どこでも駐車台数分のヒーターのコンセントを付けたポールが設置してあって訪問者を驚かせる。

「へえ・・アラスカで、緑のリンカーン・コンチネンタルか」

 フラッシュライトの光が外に漏れないよう気を遣いながら、一番奥にあった大型の高級セダンを照らし出した。

「まあ、排気量が7.5リットルもあるどデカいアメ車は、広大な大陸を走り回るのには便利なんだろうな・・お、こっちはジープ・チェロキーか。こいつもV8・5.9リッターの大排気量。外見はのどかな大型ワゴンだが、中身はネコ科の動物のような高性能SUVだ。きっとアラスカの原野をどこまでも走って行けるんだろうな・・さて、残った奧のヤツは?」

 裏口から入って来た宏隆から見れば最も奧になるが、ガレージの出入り口に一番近いところに、背の高い箱型のクルマが置いてある。

「うぉお、こりゃランクルじゃないか!、それも3.9リッターのFJ40V、125馬力・29キロのトルクだ!、あまり需要のない日本じゃ85馬力のディーゼルしか無いが、こいつはチェロキーやランドローバーと並ぶ、世界に名高い四駆だ。乗ってみたいなあ!!」

 クルマ好きの宏隆は、赤いフィルターのライトに浮かび上がった憧れのトヨタ・ランドクルーザー40(ヨンマル)に興奮して、思わず敵地に居ることを忘れそうになったが、

「おっと、いけない、いけない・・早いこと片付けなきゃ」

 自分にそう言い聞かせると、先ずリンカーンのドアを開け、大きなボンネットをそっと開けると、エンジンルームの中を覗き込んで、何やらゴソゴソといじり始めた。

 ドアの鍵は掛かっていないので、ボンネットは簡単に開けられる。
 ガレージに置かれた車は、大概はドアが開いているし、キーも付けっ放しか、近くの壁のキーボックスにまとめて置いてあるものだ。もしそこにも無ければ運転席のマットの下か、窓のサンバイザーの裏を覗けば必ずキーが見つかる。家の鍵でさえ、玄関マットの下かすぐ横の植木鉢に置いてあることが多いのである。ウェスタン(西洋人)は皆そうする、と宏隆はアラスカ大学の友人に教わっていた。

「さて、もう一台、っと・・」

 隣のチェロキーも、同じようにボンネットのフードを開けて覗き込み、何かをいじっていたが、ほどなく、音を立てぬようにそっとフードを閉めて、ガレージを出た。



「─────フレッドは、まだ見つからないのか?」

 いかにも苛立った顔で、その気持ちをぶつけるように、太い葉巻の頭をスパッと、まるでギロチンのようにシガーカッターで力強く切って落としたので、傍らで控えていた従者はビクリとした。シガーカッターの仕組みは、確かにギロチンを想わせる。

「イ、イエッサー・・先ほど、そのように無線の連絡がありました。三頭の番犬たちをあしらった侵入者は、こちらの警備が厳重になると察して、早々に車で引き揚げたようです」

 同じ従者の立場であり、カーネル(大佐)のボディガードでもあるフレッドは、キャンベル曹長のパートナーだったヤンという学生を始末しに外へ出たまま、未だ戻ってこない。
ちょうど侵入者の騒ぎがあったのとほぼ同時だったので、彼は同僚の安否を気遣っていた。

「ふむ、そうか・・・」

 憮然とした表情のまま、暖炉の前で長いマッチを擦り、太いシガーの先端を回しながら、その角を炙るようにゆっくりと火を着ける。

 如何にも屈強そうな従者は、直立したままじっとその作業を見ている。主人がそれを行う仕草は何度見ても美しく、自分には真似が出来ないと、彼は思う。愛著(あいじゃく)を持つ嗜好品への、それは厳粛で神聖な儀式のようなものであるのだと、彼には思えた。

「キャンベル君、逃がした侵入者たちは何者だったか、判ったかね?」

「おそらく・・」

 再びその部屋に戻ったキャンベル曹長が、直立したままで答える。

「ソルジャー・カトーと、台湾玄洋會の Secret Agent(特務工作員)と思われます」

「ふむ、予定どおりに出現した、ということだな」

「そのとおりですよ、大佐───────彼らは次の機会にこの館に忍び込んで、ヘレンが捕らわれて居るかどうかを、確かめようとするはずです」

 暖炉の前で葉巻を燻(くゆ)らせている大佐のすぐ隣のソファで、まるで客人のように、足を組んで寛いで座っている男が口を開いた。

「君の思惑どおりだな。だが、その際に君が居ては何もならないぞ。まだ君の正体を知られるわけには行かないからな。しかし、まさか今夜、再びここに現れるのではなかろうな」

「戸外(そと)はマイナス30℃もあります。訓練を積んだ人間でも、そう何時間も潜んでは居られません。それに、さっきキャンベル君に気付かれて撃ち合いになり、我々に追われる立場となったので、今夜のところは引き返すのが常道というものです」

「つまり、此処でこうして私と共に寛いで居ても、心配は無いと言うのだな」

「もしご心配なら他の部屋に隠れるか、ホテルに引き揚げますが、私が彼らの立場なら今夜は出直すところです─────そう思わないか、キャンベル曹長?」

「イエス、私も同じ意見です。侵入者が二人だけなら、多勢に無勢で、なおさらでしょう。さっきは単なる偵察に来ただけでしょうし」

「分かった─────だがこの館はいま、警備が手薄だ。キャンベル君は引き続き警戒の指揮に当たってくれたまえ」

「イエッサー、外の者と連絡を取りながら、館の警備を万全にします」

「ご苦労だな、交替しながら温かい食事を取るといい」

「サンキュー、サー!」

 そう答えながら、キャンベル曹長はチラと、大佐の隣に座っている男に視線を向けたが、すぐに踵を返して急ぎ足で部屋を出た。

「さて・・まあ飲みながら話そう。君はスコッチが好みか、それともコニャックかね?」

「コニャックを戴きます。この館のコニャックは、さぞかし極上でしょうから」

「それほどでも無いが、Daniel Bouju の Empereur XO、25年物で、こいつはやたらとシガーとの相性が良いので、切らさず置いてある」

「ほう、ダニエル・ブージュのエンペラーですか。近ごろ流行の、名ばかりのコニャックとは一線を画す、砂糖も色着けのカラメルも使わない、まだコニャックがコニャックらしかった頃の味わいを手間暇をかけて造り出した本物─────それを嗜まれる大佐は、まるでかつてのフレンチ・ブルジョワですな」

「酒にも詳しいな。ブルジョワを気取るつもりはないが、ソムリエに言わせると、シャトー・ラトゥールの '61年を供した食事の後に、このコニャックをディジェスティフ(食後酒)として飲むのがお勧めということだ。加えて、極上の葉巻があれば何も言うことがない・・」

「さすがに、銃撃戦の後の硝煙の臭いがまだ残る館で、'61年のシャトー・ラトゥールを飲むのは勿体ないでしょうから、フランス料理はまた次の機会として、今宵はカーネルに相応しい、エンペラーという名のコニャックを戴くことにしましょう」

「ははは、君はお世辞が上手だな・・さ、この中から、好きな葉巻を選ぶといい」

 大佐は起ち上がって、デスクの上からひと抱えもある箱を取り、その男に渡した。

「おお、流石は本物のシガー愛好家、立派なヒュミドール*ですな。蓋に日本の蒔絵のような細工で描かれているのは煙草の葉でしょうか。鍵まで付いているのですね」

「厳しい気候のアラスカでは、ニューヨークに増してこれが必要になってくる」

【註*:ヒュミドール(humidor)とは、葉巻煙草の乾燥を防ぐための保湿保存箱。持ち運び用は革製が多いが、室内用は分厚い木製の箱で機密性が高い。内部には湿度計と加湿装置が付き、優れた製品は半永久的にシガーを最良の状態に保つ。上質な葉巻が好む環境は、温度が18〜20℃、湿度は約70%で、空気がほんの少しだけ流れる場所とされる】


「そうだ、これを君にあげよう────────」

 その立派なヒュミドールが置かれていたデスクの上から、銀色のチューブのような物を取って、その男の前に置く。

「何でしょう・・?」

「一本用の、外出用のシガーケースだ。我々のシンボルが刻印されている」

「拝見します・・おお、ズシリと重い、銀製の見事な特注品ですな。あなた方のエンブレムが丁寧に刻まれていて・・しかし、こんな貴重な物を頂くわけには行きません」

「いいから取っておきなさい。私たちの良き協力者となってくれた記念だよ。今度はぜひ私の上座(じょうざ)の人間にも引き会わせよう。その時にそれを持ってくると良い。相手はそれだけで、きっと君への信頼が増すに違いない」

「ありがとうございます・・では、遠慮なく頂戴します」

「今日の記念に、そのヒュミドールの中から気に入ったシガーを選んで、そこに入れておきなさい」

「では、これを・・・」

「ほう、なかなか目が高いな。どうしてそれを選んだのだ?」

「私はシガーの素人ですから、ただの直感ですよ」

「ならば大した直感だ。君が手にしたのは Cohiba Siglo ll(コイーバ・シグロ・2)、それほど高価ではないが、豊かさと複雑な風味が交わり合い、珈琲や大地のフレーバーが感じられる、知る人ぞ知るトップクラスの葉巻だ」

「素晴らしいですね。しかしこの特別なシガーは、一体いつ吸えば良いのですか?」

「心から寛ぎたい時や、充分に満たされたとき、あるいは──────」

「・・あるいは?」

「明日は命懸けの戦場に出る、という夜に、独り喫するのだ」

「なるほど・・ならば私は、いつ吸っても良いと言うことになりますな」

「ん?、なぜかね」

「私の人生は絶え間なく、常に戦場に在るからです」

「ふむ、好い言葉だ。ますます頼りになる気がしてくるな、君は─────」

「畏れ入ります」

「わはははは・・」

「ははははは・・・」

「さあ、コニャックを開けようか」

「嬉しいですな、これで私も、にわかブルジョワジーです」

「それは良かったな、わはははは・・・」

「あははははは・・・」



「───────うぅむ、寒冷地用の二重の窓だから、中の声が聴き取りにくくて、何を喋ってるのか、まるで分からないな」

 暖炉の火が揺れる光が窓から漏れるのを見て、宏隆はそこに集う人間たちを探るために、そっと近づいてきていた。この場所をチェックする見廻りの間隔は7分以上で、つい今しがた警備要員が寒そうに通り過ぎたばかりである。

「・・オマケに壁はぶっとい丸太ときてる、こりゃぁ集音器が必要だな」

 だが、その窓から漏れる高らかに笑う声を聞いて、宏隆は驚いた────────

「えっ・・いまの声は?・・・ま、まさか?!」

 聞き覚えのある声であった。宏隆は急いで腰からタクティカル・バトンを抜き、そこに丸いミラーを装着した。窓から部屋の中を見るためである。

 タクティカル・バトンとは日本で言う特殊警棒のことであり、宏隆は拳銃やナイフと共に、FBIや警察官が用いているASP製のバトンを装備している。バトンの先端には、隠れたまま敵の状況を確認するための、直径7.6cm、重さ18gのプラスチック製のミラーがワンタッチで装着できる。

 そのバトンの先端のミラーを、そっと窓のところまで持ち上げて、談笑する声の主を確認しようとしたが────────

「むっ・・何だ、いまの光は?!・・だれか窓の外に居るぞ!!」

 大佐と親しげに話をしていた男が、険しい表情で叫んだ。

「・・な、何だと?」

 思わず、大佐も起ち上がろうとしたが、男に制されて、

「大佐っ、椅子の陰に隠れて!・・ガード(護衛)っ、その窓を開けて外を確認しろ!!、無線でキャンベルを呼べっ!!」

「はっ─────!!」

 立って控えていた従者が、腰の銃を抜いて窓際へ走る。

「し、しまった、光が反射したか・・?!」



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第194回の掲載は、3月1日(水)の予定です

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