*第91回 〜 第100回

2012年09月01日

連載小説「龍の道」 第95回




第95回 インテリジェンス (4)


「うーん・・・確かに、こうして宗少尉のお話を聞いていると、学校で教わってきた中国の歴史や、小説の三国志とはずいぶんイメージが違っていますね。でも、北京原人以来の長い歴史を持つ国だし、漢字を発明した民族だから、そういったことも歴史書に詳しく書かれているんじゃないんですか」

「いい質問ね。それじゃ、中国の歴史書にはどんなものがあるかしら?」

「えーっと、いわゆる ”春秋” や ”史記” をはじめとして、漢書、後漢書、書経、十八史略、まだまだ各時代ごとに沢山あるでしょうけれど。そうそう、あの三国志も歴史書ですよね。そういったものでしょうか?」

「そう、なかなかよく知ってるわね。じゃ、中国の歴史はいつ始まったか分かる?」

「いま言った北京原人から始まって、世界四大文明として有名な黄河文明や長江文明、さっきの話に出た夏・殷・周の三代と、秦・漢・三国時代ときて、その後は北魏や梁の南北朝、それから隋・唐・宋・元、といったところでしょうか?」

「ふむ、結構スラスラと答えるわね・・・ま、現役の学生だからスラスラ出てきて当たり前か。けれど、北京原人は現生人類の祖先ではないし、絶滅したので中国の歴史とは言い難いわね。それに、”四大文明” なんてのは、キョービ、世界中のどの学校の教科書にも出てこないのよ。そもそも四大文明は中国人自身が言い始めたコトだしね。今どきそんなことをありがたがってテレビの特別番組にするのは世界広しと言えども日本人くらいのものよ・・・
 そして、その後にはご存知、明・清・中華民国・中華人民共和国、と続くワケよね」

「宗少尉は、それらの歴史が ”国” の、つまり中国という国家の歴史では無い、と言われるんですか?」

「そのとおりよ。中共政府が ”五千年” と主張しているのは神話伝説を基準とする年数。
神話の時代から数えたら五千年にもなるぞ、って言いたいワケね。中国の神話は ”三皇五帝” といって、三皇は神様で、五帝は聖人の性格を持つ人たちのことよ」

「へえ・・でも、そんなことを言ったら日本神話も、天照大神の孫であるニニギノミコトがこの国に天孫降臨した時から計算すれば、初代の神武天皇が即位した紀元前660年2月11日の時点でさえ、すでに179万2470年もの歴史があったことになりますよね。
 大倭豊秋津島(オオヤマト・トヨアキツシマ)や、日出処国(ヒイズルトコロノクニ)の天地開闢(てんちかいびゃく)、アメツチノハジメノトキは、たかだか五千年程度の中国よりも遥かに古い、由緒あるクニだということになるわけですが・・・」

「アハハ、それを中国共産党の連中に聞かせてあげたいわね。日本の戦後の神話史観は神話に否定的な津田左右吉(つだそうきち)の考え方に基づいているみたいだけれど、私は日本神話に登場する人物はすべて人間だと思っているのよ。新井白石の言うようにね。
 けれども中国の神話は人間ではなく、三皇も五帝もすべて想像上の神様や聖人たち。それを裏付けるものは何も無いのよ」

「なるほどねぇ、”中国五千年の歴史” なんて言われると、温和しい日本人はつい、自分たちの歴史は神武天皇から数えてもせいぜい二千七百年ってところだから、やっぱり中国というクニはすごいんだなぁ、って思ってしまいますけれど・・・」

「本当はね、それは反対なのよ─────────────────」

「反対って、何が・・・?」

「本当は支那人の方が、中国共産党の方が、日本をスゴイと思っているのよ。日本のすごさを、日本人の底力を、彼らはイヤと言うほど知っているのよ。そして、それが悔しくて憎たらしくて仕方がない。日本という国も日本人も、どう考えても自分たちよりも遥かにずっと堅実で品行方正。国家の歴史も由緒正しくて古いし、文化レベルも民度も遥かに高い。
 加えて戦争をやらせたらアジア最強。”眠れる獅子” と欧州に怖れられた清朝を日清戦争で簡単に打ち負かし、日露戦争では兵力や戦費、そして保有戦艦の多さで日本の倍ほども強力だったロシアを駆逐し、欧米列強からアジアを守るためにアメリカを相手に死を賭して刃向かえる信念と、実際に堂々とそれをやってのける度胸と実力。メンツではなく信念や道義を重んじる高邁な精神─────────────────
 支那には、自分たちには逆立ちしてもかなわない日本人の大きさに対するコンプレックスがものすごくあって、日本を徹底的に見下さないとどうしても安心できないのよ」

「うーん・・・確かに日本はすごい国だと思いますけれど、でも、いくら何でもコンプレックスは無いでしょう?、だって、昔はわざわざ日本の方から中国に学びに行ったんですよ。遣唐使や遣隋使だって、危険な海峡を渡って、生命を賭してまで中国に学びに行く価値があった・・・吾も行く、心の命ずるままに、って映画や歌にまでなってますよ。さらばぁ〜、スバルよぉ〜 ♪ ってね」

「ヒロタカ、その曲のヒットはもうちょっと後、今から数年先の話よネ。この ”龍の道” の時代背景は、まだそれより以前のハナシでしょ!」

「あ、すんません・・・筆者に代わって、ボクがお詫びいたします」

*編集部註:谷村新司の「昴」のヒットは1980年。NHK特集「シルクロード」と重なって中国公演でも大いに人気を博し、2010年の上海万博では本人が開幕式で歌っている。
 谷村は上海音楽学院で教授を務めるなど中国との関わりが強く、皇居の園遊会に招かれた際に、だしぬけに天皇陛下に訪中を勧めたり、日本は中国にひたすら謝罪を続けるべきだという発言をするなど、各方面で物議を醸している。


「ま、歌としては佳い歌だけどね。この際スバルとは歌詞のとおりにおサラバしてと・・」

「あははは、宗少尉もだんだんアホな関西人のノリになってきましたね。でも、本当に中国人はそんなに日本人にコンプレックスを感じているのかなあ・・・」

「支那人の私が言うんだから本当よ。それに、そのことは歴史の教科書を見てもよく分かるコトなのよ」

「中国の、歴史の教科書ですか?」

「そう。現在の中国で教えられている中国の歴史は、1840年以降を現代史、それ以前の歴史は、秦漢帝国以来の封建主義の古代社会である、としているのよ」

「1840年というと ”アヘン戦争” ですね。アヘン戦争を境にして、それ以前を古代、それ以降を現代と呼んでいるんですか?」

「さすが現役学生、よく年代を覚えているわね!」

「うーん、でも何だか不思議ですね。中国四千年とか五千年の歴史を、誇らしげに学生たちに教えているんじゃないんですか?」

「全然そんなこと教えていないわ。学校では五千年どころか、秦の始皇帝以来の二千二百年の歴史でさえ、それを ”中国の歴史” としてきちんと教えていないのよ」

「ええーっ!、信じられないなぁ・・・国際社会に対しては四千年、五千年とあれほど声高にアピールしているのに、自国の学生たちにはそれを教えていないんですか?」

「これは日本人のほとんどが知らない事でしょうけどね。現代中国の歴史が公式に決められたのは、まだ共産党の力がそれほど無かった1940年代のこと。国民党軍の度重なる攻撃から紅軍が逃げ回っていた頃・・ひっそり陝西省延安に隠れて自給自足のゲリラ戦を展開していた頃の話ね。
 中国が日本を見習って近代化を始めた歴史を自分は絶対に許せない、日本は中国の敵なんだから、その忌まわしい過去を葬り去って、新しい歴史に書き換えなくてはいけない・・・そう言って、毛沢東が新しい歴史教科書を作り始めたのよ。正しい歴史と言うよりは、日本を見習って近代化を進めていったという事実を完全に消し去りたいと、強く思ったワケね」

「中国が日本を見習って近代化を始めた・・?」

「そうよ、そんなことも知らないの?」

「はい、まったく知りません、そんなの初耳です!」

「ヤレヤレ、これだから困ったモンだよネ、日本の若者ってのは・・・」

「角さん(田中角栄)の ”日中友好” 以来、中国ブームですからね、日本は。
 NHKのシルクロードを見て、ああ中国って良いところだなぁ、広大で肥沃な大地に、たくさんの民族が交わり合いながら、人々は太極拳や気功をやりながら大らかに平和に暮らしている。巨きなチカラはゆっくりと動くんだなぁ・・って、キタローの心温まる音楽に乗せて誰もがそんなイメージをしているわけです」

「あははは・・お目出たいというか、何というか・・・どうも中国について夢物語のようなイメージを抱いているみたいね、日本人は。この際、きちんと目を覚ましましょう!!
 中国の近代化は、日本が日清戦争に勝利したことが切っ掛けとなったのよ。そしてさらに日本が日露戦争に勝ったのを見て、これはいよいよ日本を見習わなくてはいけない、西洋の猿マネをして明治維新をやっただけだと思っていたら、その西洋を超えるようなチカラが日本にはある、日本式に国家を整備していかないと支那はダメになる・・・つくづくそう思ったというワケね」

「なるほど・・・それで清国は、実際にどうしたんですか?」

「何万人もの留学生を国費で日本に送って、日本の大学で勉強させたのよ。日本留学帰りの人を政府の官僚に採用して、日本の知識人にも清国に来てもらって、どうしたら支那がきちんとした国になるか助言を求めたのよ。そして日本の明治維新後の教科書を全部輸入して、文化を高め教育をどう整備したら良いのかを研究したの。学校の先生が足りないので日本の先生たちにも高給を出して大勢来てもらって、日本の教科書をそのまま使って近代化を始めたのよ。知ってる?、何と今の中国語の七割は、日本人が作った漢字の組み合わせで出来ているのよ!!」

「へーえ、すごい!・・そんなこと、全然知りませんでした!!」

「中華人民共和国という国号の中で、中国人が作った中国語はたったひとつ、中華という語だけ。あとの ”人民” も ”共和” も日本人が考えた新しい単語なのよ」

「うわぁ、それはすごい!、日本を敵対視する中国共産党が作った社会主義国家は、実はその国号でさえ、日本人によって創られた言葉で出来ているということなんですね!」

「そこで毛沢東は考えたの。自分たちはアヘン戦争で負けた、日本ではない、西洋に負けたのだ、欧米は強かった、アヘン戦争から中国の近代化が始まったというコトにしようじゃないか、ってね!」

「うーむ、何となく中国が分かってきたような気がします。でも、実際にそのアヘン戦争によって、何か近代化のような変化があったのですか?」

「ぜーんぜん!!、日本を始め、中国以外の国々ではどこでも東洋史を詳しく研究しているけれど、1840年のアヘン戦争では清朝が何も動じていない事が明らかになっているわ。
 南方から南蛮、つまり文字どおり西洋人という野蛮人がやってきて、貿易開国を求めてちょっと武力で暴れた、だからまあそこに居させてやるか、理藩院という地方の役所を野蛮人が管轄したいと言うだけのことなのだから、好きにやらせておけば良い、こう考えたのよ。だから中華の社会自体にはほとんど何の影響もなかったの」

「・・にも拘わらず、毛沢東はアヘン戦争こそが、中国の近代化の始まりだと言いたい?」

「そのとおり。それほど日本に対してコンプレックスがあるってことよね」

「うーん、それでよく今回の日中平和友好なんかが出来たなぁ・・・インテリジェンスの目で見れば、きっとそれにもウラがあるんでしょうね」

「そうね、その辺りの情報は、もうウチにも入ってきているわよ!」

「じゃ、それはまた次の授業で伺うとして、素朴な疑問ですが、”中国” という名称はいつから使われているんでしょうか。その名前が公に出て来るのは、現在の ”中華人民共和国” からなのですか?」

「中国という名前が正式に使われたのは、1842年にアヘン戦争に負けた清朝がイギリスと結んだ ”南京条約” の中に出て来るのがその一番最初ね。1869年に調印されたネルチンスク条約(ロシアと清国の境界線などを定めた条約)でも、清朝の外交担当大臣が自分の身分を表すときに中国という名称を満州語で用いているわね」

「満州語で?・・中国の外交大臣だったら中国語を使うんじゃないんですか?」

「あはは・・・そう、これから話そうと思っていたんだけれどね。実はソレこそが ”中国” を理解する上で最も重要なポイントになるのよ!!」

「・・と、言いますと?」

「中国という ”国” はなかった!!・・ってコト」

「さっき、ケニアの珈琲を飲みながら言ってたことですね」

「そう、中国には五千年の歴史なんか無いし、中国という国もどこにも無かった!!
 盲目的に中国を礼賛する日本人は、まずそれを正しく認識するべきね────────────
 ああ、急にさっきのケニアが飲みたくなってきた!」

「その話を聞いたら新しいのをたっぷり淹れてきますから、再びコーヒー・ハイになる前に先に授業をして下さいよ」

「うむ・・よし、それじゃ可愛いオトウトブンに説明してやるか」

「お願いします!」

「まずはじめに理解すべきことは、中国大陸では、古代より漢民族をはじめとして、様々な異民族による複数の ”王朝” が出現しては滅亡するという、血で血を洗う何千年もの大戦乱を繰り返してきた、という事実があるワケよ」

「はい、それは先ほどのお話で分かってきました」

「つまり、清代までの中国には、”王朝” というものはあっても ”国家” というものは無く、その概念さえ存在しなかった。中国には ”天下あれど国家なし” という状態が何千年も続いてきたわけよね。これがホントの中国ウン千年の歴史よ。そして清朝以降、だんだん世界と付き合わざるを得ない状況になってきて、初めて国家として整備しなくてはならないと気付いて、日本を手本にして国造りをはじめたのよ」

「そう言えば、清王朝は漢民族ではなく、満州族の愛新覚羅(あいしんかくら)氏が建てた王朝でしたね・・ついさっき気がついたんですけど」

「そうね、愛新覚羅という名前は満州語でアイシンギョロ、こんな名前の漢民族は居ないでしょ。そして愛新覚羅の建てた大清国は満州語でダイチングルン、これはどう見ても中国語でも漢語でもないわね。これを漢語訳するとダーチングォ、漢字で書くと ”大清国” となるワケよ」

「つまり、中国何千年の歴史と言っても、異民族による王朝支配が次々に代わっていっただけで、漢民族がずっと変わらず中国大陸を支配していたわけではないんですね」

「そのとおり。かの秦の始皇帝、中国全土を初めて統一した皇帝でさえ、実は異民族の地、西戎(せいじゅう)の出身者だったという説もあるほどなのよ」

「西戎っていうのは、東夷(とうい)、南蛮(なんばん)、北狄(ほくてき)の残りのひとつ、古代からの中華思想による世界観ですね。でも、そうなると漢民族の威信なんか、何も無くなってしまいますね」

「そう。そして中国の歴史は ”征服王朝” の歴史と言えるわね────────────」

「制服王朝?」

「漢族以外の異民族によって支配された王朝のことよ。遼、金、元、清の代表的な四王朝をはじめ、最近の研究では、隋と唐もそれに加えられるようになってきたわね」

「隋や唐までが、漢族以外の異民族の王朝なんですか?」

「そう、隋と唐には北魏の鮮卑(北方騎馬民族)が前段階として存在したので、正しくはそれらも征服王朝に含まれるべきね。やがて唐の中期となると漢民族の文化を受容する側面が強くなってくるけれど、結局は隋と唐の王朝もその後の征服王朝の前段階として認識されるワケよ」

「うーん、それほど多くの異民族支配を受けていながら、今の中華人民共和国では漢民族が人口の 94% を占めると言っていますけれど、それはどういうことなんでしょう?、異民族の侵略と支配がそれほど繰り返されたのに、漢民族はどうして滅びなかったんですか?」

「漢民族とは何か、という定義が問題ね─────────────────」



                                (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第96回の掲載は、9月15日(土)の予定です

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2012年08月15日

連載小説「龍の道」 第94回




第94回 インテリジェンス (3)


「うーん、これがケニアのコーヒーね!、なんて豊潤な香りなんでしょう!!」

 始めのひと口を飲むや否や、宗少尉が眼を細めて言った。
 もちろん、宏隆が宗少尉のために心を込めて淹れた、極上の珈琲である。

「ケニアはケニアでも、そこらで売っているケニアとはワケが違う。これはAAですよ」

「AAって・・?」

「コーヒー豆の精製方法には水洗式(washed)と無洗式(unwashed)があるんですが、ケニアでは水洗式が生産量の九割を占めます。残った一割の無洗式の豆は水洗より価格が安く、酸味が強いのが特徴です。AAというのは、水洗式で精製された珈琲の格付けグレードが最も高いものを指しています」

「ウォッシュトって、コーヒー豆を水で洗うってことかしら?」

「そうです。珈琲豆が出来るまでの過程は、簡単に言うと、まず珈琲の実を摘み取って水槽に入れ、枝葉やゴミを浮かせて取り除き、果肉除外機にかけて外皮と果肉を取り、パーチメントに分離し、発酵槽に半日から一日入れて残った果肉やヌメリを取ります。その後、再び良く水洗いして、その後数日間天日で乾燥させてから、脱穀機でパーチメントとシルバースキンを除去して、いよいよ豆の選別に入るわけです」

「パーチメントって?・・羊皮紙や卒業証書のコトもそう呼ぶけれど」

「珈琲豆の果肉の内側にある、胚乳を保護している固い殻のことです。このパーチメントの上側には果肉があって、下側にはシルバースキンという薄い種皮があるんですよ」

「ヒロタカは本当に食べ物に詳しいわね〜、スパイにしておくだけじゃ勿体ないワ!」

「はは、スパイじゃないってば、もう・・・まあ、ジェームスボンドも食通ですけどね。
僕はひとつのことに夢中になると、ついつい深入りしてしまう変なクセがありまして」

「それで、AAっていうのは?・・・うーん、このコーヒー、本当に美味しいっ!」

「水洗式で精製された珈琲は、AA、AB、C、E、TT、T、PB、という七つのグレードに別れます。AAはスクリーンサイズが7.2mm以上で、ABだとAの6.8mmと、Bの6.2mmが混じった混合サイズ。CはBよりもっと小さい豆という具合に、豆のサイズによってグレードが決まるんです」

「ふむ。スクリーンサイズってことは、豆を篩(ふるい)にかけるってワケね?」

「そうです、フルイの目の大きさで、ABCのランクが決まってくるんですよ」

「それじゃTっていうのは何?、Eの次がいきなりTっていうのもおかしいワよね?」

「む、流石はインテリジェンス(知性)の宗少尉。まあE(いい)じゃないか、A(ええ)じゃないかと放っておかず、細かいことを見逃しませんね!」

「あはは、カンサイ人は、本当にアホな冗談が上手いわね」

「はは・・・TTっていうのはAAやABの中から風圧で飛ばされた軽量の豆です。Tはさらに小さくて細いような豆。欠点のある豆もこれに含まれます」

ついでにPBっていうのは何なの?、プライベート・ブランドの略じゃないよね」

「PBというのは、ピーベリー(pea-berry)のことです。珈琲の実の中には通常はふたつの珈琲豆が入っているんですが、これはフラットビーンズと呼ばれる普通の豆。平らなところに線が入っている半円球型の豆です。けれどごく希に、それが分かれていずにひとつになっている丸豆があるんです。これがPB=ピーベリーで、収穫量の3〜5%くらい。僕らが見ても外見からは全然分からないんですが、珈琲農園で働く人は実を見ただけでPBを探し当ててしまうそうです」

「収穫量から見ると貴重品ね。そのPBも高価に取引されるの?」

「焙煎の火の通りが一定になるので、産地によってはPBだけを集めて高値で売られることもありますね。確かに香りは強いですが、僕はPBだからって味は格別変わらないと思います。混ざれば奇形と呼ばれ、分ければ珍重されるという、面白い世界ですね」

「なるほど。いやぁ、タメになるわねぇ、お陰で私も少し珈琲通になったような気分よ」

「珈琲はこの後さらに、生豆、焙煎、抽出の三種類のレベルを分析して、10段階の数値で評価します。1が最良、10が最も質の悪いコーヒーということになりますね。
 それから、抽出した後にはカップテストが待っています。カップテストには特上、上等、良質、中等、風味不足、下等、などのレベルがあります。珈琲豆が小売り市場に出るまでには、大変な難関をいくつも通過してくるんですよ」

「近ごろ流行りのシアトル系コーヒーショップなんかで出て来るコーヒーは、ケニアだろうがブラジルだろうが、やたらと焙煎が濃いわよね。いつも疑問だったんだけど、あれは一体どうしてなのかしら?」

「シアトル系はもともと、エスプレッソ珈琲をアメリカ人に美味しく飲ませるために発達してきたんですよ。だからローストも濃いし、濃いと何のブランドを飲んでも味が分かりにくいのは当たり前なので、ミルクやキャラメル、シロップなどを使った様々なバリエーションコーヒーを出している、ってことですね」

「そうだったのか。アメリカ人はもともと珈琲が水やお茶代わり、それも薄く淹れて何杯も飲むからネ。シアトル系は濃くてコクがあるとウケたんでしょうね」

「繊細な日本人が、何もわざわざアメリカ人が好む珈琲をありがたがって飲むこともないと僕は思いますけどね。さっき出したグァテマラやこのケニアなんかは、中程度の焙煎でネルドリップして淹れれば、珈琲が如何に繊細なものかがよく分かります。何でもかんでも濃い焙煎にしてしまうと、こんな繊細な味は分かりにくい・・・というコトはつまり、焙煎を濃くすれば豆の質を落とすことも容易になる、という事でもあるわけです」

「ふむふむ。シアトル系を毎日のように飲む日本人たちに、一度このケニアや、にしむらブレンドを飲ませてあげたいわね。これぞ繊細な日本人ならではのコーヒーよ。それに豆の質から見てすごくリーズナブルだしね」

「そうですね。シアトル系の珈琲店では、マシンの作り置きドリップ珈琲が300円、豆の種類を選べるフレンチプレスで淹れてもらうと390円です。それでも値段はアメリカの倍以上しますけどね。にしむらだとブレンドが500円くらいかな。これはアメリカ人にしてみればすごく高価です。けれど日本の物価と、豆の質の差と、ロケーションやサービスの差で全体の満足度を考えてみると、やっぱり僕は ”にしむら” を選びますね」

「明るくてビビッド(快活、鮮やか)な雰囲気のシアトル系に対して、にしむらはレトロでシックよね。寒い時期はサッと膝掛けを勧めてくれるし、暑い時は頼まなくてもおしぼりを何度も替えてくれる。ちょっと席を立つと、すぐカップにフタをして冷めないようにしてくれるわよね。アレには感動したわ!、世界中どこに行ってもあんな心遣いをしてくれるカフェはちょっと無いわよ」

「あはは、神戸に住んで居ると、それが当たり前になるから怖いですね」

「う〜ん・・私も、神戸に住もう〜っかなぁっ、っと♪・・・」

「ええっ!!」

「なぁ〜によ、その ”ええっ” てのは!、まるで私が近くに居ると困るみたいな!!」

「ととと、とんでもない。ただ、宗少尉は大事なお仕事が台湾にあるってコトです。けど、どうして怖い顔をする時にはすぐに手が腰の後ろに行くんですか?、アブナイなぁ・・」

「ふ・・ま、いっか。それじゃ、ちと珈琲談義が長くなったけど、ここらでインテリジェンスの話でもするかね、あーん?」

「もちろんです、お願いいたしますです!」


「えーっと、何だったかな・・・確か ”中国” の話になったんだっけ?」

「そうです。日本人が知ってそうで知らない、ナゾの深い隣国。古くから交流があるのに、先の戦争を境にいまだに反日感情を向き出しにしている国。そして何と言っても太極拳のふるさと、五千年もの悠久の大地に花開いた文化を持つ国ですからね。太極拳を学ぶ人間が中国のことを知らないなんて、そんな事があって良いはずがありません。まずはお隣の中国をしっかりと正しく理解することこそ、日本人のインテリジェンスの基本であると思います」

「はは、もうその辺りからして全然違うのよね──────────────」

「・・え、何がぜんぜん違うんですか?」

「中国は五千年の歴史なんか無いし、それどころか、”中国” という国なんかどこにもありはしなかったの。かつて中国に ”国家” が存在していたことは一度も無いのよ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。だって中華人民共和国、つまり中国というのはレッキとした国、つまり国家でしょ!、その国家に五千年の歴史がある。中国五千年の歴史って、よく言うじゃないですか?!」

「はは、ホントによく言うわよね・・・けれど五千年ってのは、あれは嘘よ、大ウソ八百のコンコンチキチ〜ッ!!」

「宗少尉、ちょっとコーヒーを飲み過ぎてハイになってるんじゃ?・・・で、何がウソなんですか?」

「五千年の歴史なんかどこにも無いのよ。大体ね、ついこの間まで中国三千年って言ってたのに、いつの間にか四千年になり、最近は五千年になっているじゃない。
 日本では ”大きなチカラは、ゆっくりと動くんだなぁ”、なんてウイスキーのCMまであるわね。けれど、隣の国が歴史が三千年からいきなり四千年、五千年に増えても、日本人は誰も ”そんなアホな!” って思わないのかしらね、人が良いというか、何というか・・・」

「そういえば、いつの間にかプラス二千年に・・・あはは」

「つまり四千年、五千年というのは共産党のスローガンであって、実際の歴史とは全く関係ないのよ。中国人は事実がどうかよりも面子が立てばそれでいい。本当の歴史と言えるのは せいぜい ”秦の始皇帝” 以後の二千二百年だけ。だから実際には半分しか無いのよ。それも単に ”政治の歴史” があっただけで、国家としての歴史はまったく無い・・・」

「うーん・・・・」

「そもそも、国家というのはどういうものだと、ヒロタカは思っているの?」

「国家というのは、まず民族と主要な言語があって、統治された一定の領土があって、国民国土を統治する主権があって、そこに政治のための組織や制度があり、そこに暮らす人々が国というシステムの中でひとつの共同体として生活している場所のことです」

「そのとおりね。だけど、中国はその定義にまったく当てはまらないクニなのよ」

「例えば、その始皇帝が統治した ”秦(しん)” などは、きちんとした ”国家” ではなかったのですか?」

「 ”国家” では無かったわね。そりゃぁ秦の歴史はあるわよ。けれもどそれは秦王朝の政治の歴史であって、国家としての歴史ではないのよ。まず、それをきちんと認識するべきね。
それは、何も秦王朝に限らないわ。中国のどの王朝もみんなそう。支那人である私が言うんだから本当よ」

「シナ人?・・・日本で ”支那” なんて言うと、差別だって言われますよ」

「なに言ってるの、支那という名称こそ、由緒正しい中国の名前じゃないの!!」

「いやいや、確かにちょっと以前までは、シナチク、シナソバ、古いところでは支那事変、支那の夜なんて、歌にまで普通に ”支那” という言葉を使っていたのに、この頃は支那っていうと差別だといって猛烈に攻撃されるんですよ。だからシナチクはメンマ、支那ソバは中華そばって言わないといけない。例の有名なグルメ漫画にも、”支那そば・来来軒” というのを強引に ”ラーメン・来来軒” と改めさせるシーンがあるくらいです」

「バカみたいね、何を言ってるんだろ。シナは蔑称でも何でもなくて、それこそ中国が自ら最初の統一国家と認めている ”秦(シン=Chine)” から来ているのは周知の事実だし、古代インドでは中国のことを ”シーナ・スターナ(シナの地)” と呼んで、インドから仏教が隋に伝来したとき、漢族の僧が ”支那” と漢字に音写したのがその始まりなのよ。現に清王朝では人々が自らを ”支那人” と称していたんだから。そんなことを言ったら東シナ海やインドシナ半島も蔑称だってコトになるわよ」

「なるほど、そうなのですね。どうも中国は日本人に支那と言われると、日本に侵略され差別された記憶が甦るのでイヤだと言っているらしいです」

「日本人へのコンプレックスと蔑視から発している中国人の理不尽な要求に唯々諾々(いいだくだく)と従うことからは、本当の友好関係は決して生まれないでしょ」

「確かに、そう思います」

「日本人はアメリカに原爆を落とされ、占領され、戦後支配をされていても、ジャパンと呼ばれてイヤだと言わないでしょ。中国だって戦後は戦勝国ヅラをしているじゃないの。
 それに、アヘン戦争から百年も香港を支配してきたイギリスには、チャイナと呼ばれても差別を感じないのかしらね。欧米人にはチャイナと呼ぶのを許して、日本人にはシナと呼ぶことを許せないなんて、なんて了見が狭いんでしょう!
 支那というのはローマ字で書くとChina、つまりチャイナそのもののことよ。オランダ語でシナ、スペイン語でチナ、チェコ語でチーナ、ポルトガル語でシナ、ドイツ語でシーナ、ギリシャ語でキナ、トルコ語ではチン・・・ほら、世界中何処でも、ほとんどみんなシナって呼んでるじゃないの!」

「うわぁ、流石・・・やっぱりシナの話は支那人から直接聞いてみるもんですね。
 面白い話があるんですが、例のグルメ漫画では桑名のハマグリのことを扱ったことがあって、本当に美味いのは桑名の蛤だ、広く売られているのは味の落ちる輸入・畜養(輸入貝を養殖して日本産とすること)モノの ”シナハマグリ” だって、堂々と書かれているんですよ。それを見ると、支那そばは差別でシナハマグリは良のかと、素朴な疑問を感じます」

「きっと、作者は戦後の反日教育をたっぷりと受けた世代なんでしょうね」

「漫画の内容をとやかく言っても仕方がないけれど、中国に国家は無かったという、そのトコロがどうも分からないなぁ。皇帝が居れば、当然そこに国家があったと考えるのが常識だと思うんですけど・・・少し中国の歴史を説明してくれませんか?」

「まずは、始皇帝が治めた秦が、中国の歴史の始まりだと考えて良いと思うわ。始皇帝というその名のとおり、中国で初めて統治を始めた皇帝だというコトだからね」

「なるほど。では、それ以前の国はどうだったんですか?」

「国家と言えるほどの規模ではないのよ。中国最古と言われる夏王朝は、実在したかどうかも定かではないほど小さな王権で、地方の小都市国家のようなものだったらしいわ。
 その後の殷と周を合わせて ”三代” と呼び、司馬遷が漢の武帝に書かされた ”史記” には、初代の兎から末代の桀までは ”14世・17代” などと記されているけれど、まあ、夏は殷に滅ぼされ、殷は周に滅ぼされ、周は秦に滅ぼされて、その秦の始皇帝の統治になるワケよ」

「なるほど。その ”三代” の後に、始皇帝の ”秦” が出て来るんですね。でも、それは初めて中国を統一した皇帝がつくった、初めての立派な国家じゃないんですか?」

「それは日本人がイメージする ”国家” よ。それに、そもそも彼ら自身がそれらの王朝を国家だなんて思っていないのよ。だいたい、皇帝が居たと言うけれど、例えば秦王朝が何年続いたと思っているの?」

「よく覚えていませんが、長く続いたでしょうね。何と言っても中国統一を成し遂げて中国初の皇帝を名乗り、その後の二千年に亘る皇帝たちの先駆けになったワケですからね。宇宙から肉眼で見える唯一の建築物という万里の長城をはじめ、兵馬俑で有名な始皇帝陵の建設や、焚書坑儒をした事で知られる秦王朝ですから、少なく見積もっても五十年や百年は君臨して貰わないと・・・」

「確かに始皇帝は49歳で亡くなるまで、中国で初めての皇帝として君臨したけど、秦王朝の中国統一から滅亡までの期間は、紀元前221年から202年まで、わずか二十年ほどしかなかったのよ」

「えっ・・た、たったの二十年間・・・?」

「そう。始皇帝の秦王朝は20年、次の ”漢” は劉邦から8年で・・・・」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」

「ん・・どうかした?」

「今、漢は8年って言われましたけど、あの有名な ”漢” のことですよね。漢は前漢と後漢を合わせて400年だと歴史で習いましたよ。国都を長安に置く、中国で最も長く続いた王朝であり、漢という名は漢字、漢文などのように、それ自体が中国を表す語となったのだと」

「へえ・・もっともらしいコトを教えるのね、さすが友好国・ニッポン!!」

「けど、いくら何でも8年と400年じゃ話が通りませんよ。日本の徳川時代は300年間続いたけれど、それと比べて100年も長いんですから」

「それじゃ、徳川幕府が日本を治めた300年の間に、将軍の代は何回替わったの?」

「えーっと、徳川将軍は初代の家康から、秀忠、家光、家綱、綱吉・・・ちょっと忘れましたけど、途中に有名な八代将軍・吉宗がいて、最後は第15代の徳川慶喜です」

「ふむ。では、その15代の歴史の中で、正室や側室、側近などが将軍を殺して権力を奪って代が替わったことは何回くらいあるの?」

「そんな事件は全くありませんよ。徳川家康が天皇から征夷大将軍を任じられ、江戸幕府を開いてから300年間、明治政府に江戸城を無血開城するまで、同じ徳川将軍家の血統が十五代続いて、変わらず日本を治めてきたのです」

「そのとおりね。けれども、反対に中国ではそのような歴史がまったく無いのよ。
 武力を持つ英雄や策士が現れては政権を確立する。その政権が少し続いて王朝を建てたかと思うと、二代目か三代目になると側近が皇帝を殺害して権力を奪う。そんなことが数十年という間隔で繰り返され、数百年経つとまた新たな英雄や策士が出てきて政権を確立し、少し経つとまた側近が皇帝を殺害して権力を奪う・・・中国の歴史は、ただひたすらその繰り返しだったのよ」

「え・・・・・」

「祖国日本を侵略から守るインテリジェンスに繋げるためにも、中国史をもっとよく勉強することね。漢の時代は前漢と後漢で計四百年間続きましたと教えられて、ああそうなのか、と真に受けて覚えることが勉強ではないのよ。それは学問とは呼べないわね。学校で中国の歴史を学ぶ、漢文を学ぶ、NHKの番組を見て中国のイメージが高まる・・けれども、そんなことでは正しい中国観は養われるわけがないのよ」

「では、前漢の時代でいうと、それはどういう歴史になるのですか?」

「劉邦は紀元前202年に項羽を破って中国を統一し、高祖(皇帝)と呼ばれたわね。
 しかし劉邦は自らの王朝が無事に継承されるかを考え、反対勢力となり得る可能性のある諸侯王を粛正し、代わって親族を諸侯王に配することで安全な体制を築いていった。劉氏に有らざるは王たるべからず、と宣言した上でね。
 紀元前195年に劉邦が崩御すると皇太子の恵帝が継いだけれど、実権を握ったのは劉邦の后である呂雉(りょち)だった。皇太后となった呂雉は、かつて劉邦が次の代を託そうとしていた劉邦の庶子である劉如意を毒殺し、その母である威夫人も残忍な方法で殺す。
 呂雉の傀儡でしかない恵帝は、母の残忍さに悩み、酒色に溺れ、若くして崩御してしまうが、呂雉は実の子の恭と弘を相次いで帝位につけ、諸侯王となっていた劉邦の子供たちを粛正し、自分の親族たちを要職につけ、呂氏体制を確立させようとした。しかし、紀元前180年に呂雉が死ぬと反対勢力が待ちかねたように呂氏を粛正し、次の文帝が即位する・・・・と、まあ、こういうワケね」

「うわぁ・・そんなこと、全然知りませんでした。
 特に漢の時代は皇帝が代々きちんと皇位を継承して中国をきちんと統治きたものだとばかり思っていました。でも、それじゃまるで血塗られた権勢欲の歴史じゃないですか」

「そのとおりよ。そして、本当の中国の歴史を知らなければ、決して ”中国人” を理解することもできないのよ─────────────────」



                                (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第95回の掲載は、9月1日(土)の予定です

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2012年08月01日

連載小説「龍の道」 第93回




第93回 インテリジェンス (2)


 国連とは何か──────────────────

 国際連合と呼ばれる国連は、1945年に国際連合憲章のもとに設立された国際組織で、その主たる目的は国際平和の維持と、国際経済や国際社会に対する協力貢献である。

 そんなことは中学生でも知っている、と宏隆は思った。

「そうね、確かに建前や理想はそうなっているけど、さて、実際にはどうかしらね。 
 それじゃ質問よ。 ”国際連合” は、英語で何と呼ばれているでしょうか?」

「えーっと、国際連合の略称は ”UN” だから・・ユナイテッド・ネイション、ですね」

「そう、”United Nations” ね。でも、そこには ”国際(International)” という言葉なんか、どこにも入っていないでしょ?」

「あ、本当だ・・・どうしてだろう?」

「 ”United Nations” というのを日本語に訳してみたら、どうなるかしら?」

「えーっと、ユナイテッドは結合とか団結とかいう意味なので、ここでは ”連合” と訳したのかな。ネイションは民族、国、国家という意味だから、ユナイテッド・ネイションズと続けると、 ”結合し団結した国家群” という意味になるでしょうか」

「そのとおり。つまりは ”連合国” という意味でしょ。ここまで来て、何か気がつかない?
 つまり、第二次世界大戦で日本、ドイツ、イタリアなどの枢軸国(Axis)に勝った連合国(United Nations)であるという、直訳そのままの意味なのよ!」

「あ、ああっ・・!!」

「ついでに、国連の本部はどこにあるの?、永世中立国のスイスやオーストリアかしら?」

「アメリカです。ニューヨークのど真ん中に──────────────────」

「そう、その戦勝国アメリカの主導で、国際連合安全保障理事会(安保理)を作ったのよ。
だから日本は、いまだに ”安保理” に参加できないままでしょ!
 国連を ”国際連合” と訳すのは、意図された誤訳としか思えないわね。名前だけ見ると、いかにも世界中みんなで平和にやりましょう、という国際共同体であるかのように単純にイメージしてしまうけれど、それはとても危険なコトよ!!」

「うーん、国連が第二次世界大戦で勝った ”連合国” のことだなんて、ショックだなぁ!」

「何も驚くことじゃないわ。かつての連合国が敗戦国を監視するために国連を設立したことは欧米なら小学生でも知っている常識よ。日本の高校生がそれを知らないということを知ったら、外国の小学生の方がビックリするでしょうね!
 因みに、中国では国連を ”連合国” と、そのものズバリの名前で呼んでいる。国際連合だなんて、オブラートに包んだような呼び方をしているのは日本だけよ」

「それじゃ、国連での中国は、どういう立場なんですか──────────?」

「いい質問ね。中国は一応日本に勝った戦勝国として考えられているから・・・というか、正しくは勝手に ”戦勝国顔” をしているだけのコトなんだけれど。まあ、中国は連合国側と言えるわね。だから安保理にも入れたし、絶対に日本を安保理の常任理事国なんぞに入れてやるものか、と思っているワケよ」

「どうしてそんな意地悪を?、隣の国と仲良くするのが平和友好の基本でしょう?
 現に、今年(1972年)日中共同声明を交わしたばかりじゃないですか。あれには日中国交正常化の実現と、近い将来の日中平和友好条約の締結を目指す、と謳われていますよ」

「やれやれ、日本のオトコは甘いわねぇ。隣の国は決して仲良くしてくれないのが世界の常識よ。ドイツはイタリアに反発されるし、インドはパキスタンに、ブラジルはアルゼンチンに反発される。同じように日本は中国と韓国に反発される・・・ほら、ね。
 大体、中国は一応は戦勝国側だったんだから、日本が安保理の常任理事国になると、敗戦国の日本が戦勝国の中国と肩を並べて対等の立場になってしまうでしょ。もし中国がそれを認めてしまうと、日中戦争で抗日戦線を戦ったという共産党の ”最後の正統性” を否定することになってしまうから、メンツの国がそれを頑なに拒否するのは当たり前のコトよね」

「うわぁ・・世の中は、世界は、思ったより複雑なんですね」

「何を暢気なことを言ってるの、もぉ。世界が複雑なんじゃなくて、日本人が単純になってしまったんでしょ!・・・大体、それを教育で教えなきゃいけないのに、日本は戦争に負けたおかげで軍国主義が終わって、やっと平和になって、国民が一生懸命働いて経済成長を遂げたから、今度は世界に貢献しましょう、という教育をやっている。
 世界に貢献するのは結構だけれど、自分の国もロクに守れないような国家が、何の貢献をするというのかしら?、それに、貢献するのと、経済援助と称して国民の血税からベラボウな大金を強請(ゆす)られ、恐喝(たか)られるコトとは意味が違うでしょ?」

「・・・ユスられ、タカられ?」

「たとえば、コトあるごとに日本は戦争を反省していない、もっと謝罪しろ、もっと賠償しろと声高に叫び、いまだに従軍慰安婦や強制連行の賠償を求めて日本国内でも訴訟を起こしている朝鮮人に対して、どうして日本の政府はあんな弱腰になるのか。あんなデッチ上げのナンクセに対して、日本国民は何も疑問に思わないのかしら?」

「やっぱり、韓国に対しては、戦争責任の負い目があるからでしょうか・・・」

「正しい歴史認識が必要ね。戦争に負けたとはいえ、戦勝国が言いたい放題にでっち上げた歴史観をそのまま受け容れているような国は、世界広しといえど、日本くらいのものよ。
 このままでは、特に中国に対しては半永久的に、政府開発援助(ODA)という名の莫大な金額の朝貢(ちょうこう=外国の使者などが他国の朝廷に貢ぎ物を差し出すこと)を続けることになるでしょうね」

「政府開発援助(ODA)というのは、もちろん先進国の政府機関が開発途上国に対して行う経済援助のことですよね。中国は日本から援助を受けているんですか?」

「日中平和友好条約のお陰で、図に乗ってこれからどんどん日本から搾り取っていくでしょうね。日本に経済援助をさせておいて、余ったお金でどんどん軍事力を増強する。援助の支払いが悪ければナンクセを付けてビビらせ、日本の媚中派(こちゅうは)議員にエサをやって言うことを聞かせる・・・これからの日本は、ひどい時代になるわよ」

「うわぁ、何だか、この国に住んでいると ”腑抜け” にされそうな気がしてきた!!」

「そのとおりよ。さっき話した ”国連” にだって、日本はタカられっぱなし」

「えっ、国連に?─────────────────」

「そうよ。国連加盟国には分担金を負う義務があるけれど、常任理事国でもないのに、日本は全体の20%も負担している。アメリカはわずかに日本より多いけれど、分担金の納付を滞納しているので、実際に国連に最もお金を払っているのは日本なのよ」

「・・え、そんな!、”連合国” にお金払って監視されてるってコトですか?」

「そういう事になるわね。もうひとつ、日本人の知らない国連の話を聞きたい?」

「ぜひ、お願いします」

「国連憲章の第53条には ”旧敵国条約” というのがあって、第二次世界大戦中の旧敵国である日本、ドイツ、イタリア、フィンランド、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリアの各国に侵略の意図があると判断されれば、安保理の承認を得た上で、いつでも攻撃してもよい、とされているのよ」

「ほ、本当ですか?、ぼくが想像していた国連のイメージとは全く違っている!!」

「日本は1970年の第25回・国連総会以来、ありとあらゆる場で国連憲章から ”旧敵国条約” を削除するべきだと主張してきたんだけれど、いまだに無視され続けているのよ」


*編集部註*
 この物語から25年経った1995年12月、第50回総会でようやく「憲章特別委員会」で条文削除へ向けての「憲章改正手続きを最も至近の適当な会期に開始する意図を表明する決議」が採択された。しかしその後さらに17年を経た現在でも、この条文は削除されないまま存在している。このことを知らず、今でも国連に甘い幻想を抱いている日本人は多い。
 これに対し外務省は「決議が採択されたので53条は事実上死文化している」と考えているが、死文化しようが形骸化しようが、憲章に明文化された「旧敵国条項」をいまだ放置する国連とは何であるのか。また、それを黙認している日本という国はどのような理念を以て国際社会に存在しているのかを深く考えさせられる。



「結局は、日本はいまだに敵国扱いという事なんですね。それでも実質世界で一番の莫大な分担金を支払い続けているなんて、本当に馬鹿みたいだ!、ここで中国の分担金がどのくらいなのか、ちょっと興味が出てきましたね」

「中国はわずか3%よ。スペインやメキシコ並みの、日本の7分の1に過ぎないわね。
これから散々日本に経済援助をさせて、そのお金で経済成長するんでしょうけれど、どうせ支払う気なんか全然ないから、将来的にも絶対にその路線を崩さないわね」

「ひどいなぁ─────────────────」

「ついでに中国が核を持った時の裏話をしてあげましょうか。さっき、佐藤栄作首相がライシャワー大使を呼びつけたという話をしたわね。佐藤首相は、中国が核を持つのなら日本も核を持つ、と強くライシャワーに迫ったでしょ。けれどもアメリカは決して日本に核武装をさせたくない。そこで、日米両国は密やかに裏交渉を進めていったの」

「ウラ交渉・・・?」

「そう、これはインテリジェンスのテクニックね。その裏交渉を進めていった結果、アメリカは日本に対して、表向きは ”核を持たず・造らず・持ち込ませず" という、非核三原則のポーズを取らせながら、中国への抑止力を有効にするために、”実際は核を持ち込んでいる” ということを逆にリークするという方法を取ったのよ─────────────
 つまり、日本に核が持ち込まれているという情報を意図的にリークして、新たに核を保有した中国が容易に手出しが出来ないようにしたというワケ。実際に日本に核が持ち込まれていたことを証明するアメリカの文書もあるけどね」

「何だかそんな話を聞いていると、日本はまるで、独立国家として全然成り立っていないような気がしてきますけど・・」

「アハハ、日本が独立国家だなんて思っているのは、経済発展に浮かれている国民だけよ。実際にはアメリカの周到な支配が、戦後何十年もず〜っと続いているのよ。特にこの国の外務省は腐っていてダメ。まるで米・中の情報局出張所みたいなものね」

「うーん・・・それじゃ、日本国民はどうすれば良いんですか?」

「自分の国や国際社会に目を背けながら、政治は専門家である政治家に任せておけばいい、信頼できると思われる政治家に票を投じて、あとは任せっぱなしにする・・・この国には、そんな人が多いのではないかしら。先ずは一人一人が国家に、政治に、国際社会に関心を持って、正しい世界情勢を知る必要性を感じることが大切ね」

「国民全員がインテリジェンスとなる、国民皆情報員ということですか?」

「はは、まあ簡単に言えばそういうコトね。国民がもっと日本の政治に興味を持ち、騙されないようにメディアや政治家たちを監視しなければ、必ずそのツケが国民に回ってくる。
税金も、年金も、言論の自由も、何もかもが政治家やひとつの政党、どこかの国の息の掛かったメディアの都合で決められてしまうのよ。そんな国に暮らす人間が自由と言える?
 政治は分かりにくいし、難しいし、考えるのが面倒だから知らなくてもいい、政治は専門家に任せておけばいい、なんて思っているとエラいコトになるわね。料理の専門家、武術の専門家、建築の専門家なら任せておいても良いだろうけれど、政治はそんなワケにはいかない。国民の安全保障に、直接関わってくるコトなんだからね」

「確かに、そうですね────────────」

「日本人に限らず、人類は今、個人自らの力で考え、自らの力で生き残っていく時代になってきているのよ。国家に依存すれば国民も国と共に沈んでしまう。国民一人一人が自立し、自律し、”オトナの国家” にするということが最も大切でしょうね」

「今の日本にとって、これからの日本にとって、最も脅威となるのは何でしょうか?」

「そりゃもう、”中国” に決まってるわよ!!」

「それは、中国が日本への侵略を狙っているからですか?」

「狙っているんじゃなくて、もうすでに、現実的にどんどん侵略が始まっているのよ!!
 暢気なことを言っている場合じゃないのよ。それに対して国民が感じられず、鈍感になっていられるような、ありとあらゆる情報操作がすでに行われているの。
 問題なのは、日本人自身が誰もそれに気付いていないということ。のんびりしていると、気が付いた時にはもう手遅れになっているかも知れないわよ・・・」

「あのね、すごく素朴な疑問なんだけれど、もしそれが本当だとすると、中国はどうしてそんなに日本を侵略したいんでしょうか?」

「やれやれ、日本人は余りにも ”他国からの侵略・脅威オンチ” になっているわね!」

「侵略・脅威オンチ?───────────」

「だってそうでしょ?、世界で初めて原爆を二発も落とされた国なのに、”過ちは繰り返しませんから” って、武器も持たずに他国の脅威に目をつぶるのはおかしいと思わないの?」

「広島の平和公園の碑文ですね。あの文章には、ぼくも以前から引っ掛かっていました」

「碑文論争はこの際措いておいても、自分たちは原爆を落とされたのだから、そんな悲惨な結果を生んだ ”核” は絶対に持たない、というのを他の言葉に置き換えてご覧なさいよ」

「ほかの言葉・・・?」

「見ず知らずの人にナイフで刺されたけれど、ナイフを持つこと自体が悪いことなのだ。
ナイフをこの世界から無くさなければならない。人を傷つけられるナイフを持つのは悪いことだから自分は絶対にナイフを持たない。世界人類の平和を願う人はナイフを持つべきではない。ナイフを持つ人は法律で裁かれるべきだ・・・・」

「なるほど、言葉を置き換えるとよく分かりますね。日本が唯一の被爆国であるからと言って、他の国から再び核爆弾が打ち込まれないという保障はどこにも無い。
 誰もがナイフを持っていないという状況であれば、密かにナイフを手に入れた人間が優位に暴力を振るうことが出来るけれど、反対に誰もがナイフを持てるような状況では、そう安易にナイフで暴力を振るうという考え方が成立しない。それと同じで、きちんと核武装をしている国にはそう簡単に手出しが出来ない・・ということですね」

「そのとおりよ。それが国際社会のバランスなのよ。日本人は核アレルギー。その核アレルギーを作り、煽ってきたのは、戦後の反日左翼勢力よ。彼らはマルクス主義、共産主義を信奉して、日本の体制を崩壊させ、中国や北朝鮮、ロシアが日本を支配できるようにすることが正しいと信じて止まないのよ」

「日本の天皇制が、かつてロシアや中国を支配した専制君主制と同じだと思っているんでしょうか?」

「・・って言うか、同じであるコトにしないと彼らが困るのよ。本当の日本の歴史や天皇制は、外国のそれとは全く異なる、とてもユニークなものなので、そのことが明らかにされると自分たちの革命論が通らない。共産主義は熱病のようなものね」

「中国は──────────虎視眈々と日本の支配を狙う中国は、共産主義ですよね。
共産主義の考え方や中国人の考え方、それ以前に中国の歴史が理解できないと、この辺りのインテリジェンスの学習が難しくなりそうですが・・・」

「よし、こうなったら中国講座から始めるか!・・・
 ところで、ノドが渇いてきたわね。珈琲のお代わりはあるの?」

「もちろん!、次はケニアを淹れましょうか?、これまた絶品。戦いに緊張し続けてきてしまったトゲトゲした心なんかも、ついトロけてしまうような味ですよ」

「何よ、そのトゲのある言い方は・・・?」

「あぅ、これは失言・・いや、その、釧路湿原・・・そうだ、宗少尉は釧路湿原の丹頂鶴みたいな女(ひと)ですよね、清楚なのに華麗で、淑(しと)やかなのに激しくて・・」

「ふぅん・・何だか、上手いこと言うわねぇ・・・」

「その・・つまり、ケニア産の珈琲は欧州では最も好まれ、珍重されている豆なんですよ。
フランスやイギリスでは、各国のVIPをもてなす珈琲には必ずケニアが使われると、父が言っていました」

「ま、いっか・・・ところで、お茶菓子はある?、ちょっとお腹が空いて来ちゃった」

「モチ!、フロインドリーブのジャーマン・クッキーを用意してありますよ。にしむら珈琲店でも、珈琲のお供に出しているお菓子です」

「わぁ!、わたし、そのクッキー大好きよ!」

「それに、何と言ってもドイツはかつての同盟国ですからね!」

「あはは、同盟国のクッキーだから、美味しいわけね、ははは・・・」

「ふぅ・・何とか誤魔化せたか、アブナイ、あぶない・・・」


 けれども────────────────────

 珈琲を淹れながら、「ああ、何と言うことだ・・」と宏隆は嘆いた。

 自分はまるで何も分かっていない。自分が生まれ育った日本という国の状態や、その国家を取り巻く世界の状況を、まったくと言って良いほど、ほとんど何も知らないのだ。


 宏隆は、台湾で張大人に初めて会った時に言われたことを思い出した。

『・・・日本では、戦後二十年も平和が続いているので、現代の日本人である君にこんなことを説明しても、なかなか分かりにくいかも知れないね。
 しかし日本人は、その平和も実はうわべだけの事なのだと、早く気付く必要がある。
 何故なら、彼らは日本の敗戦と同時に、日本に対する侵略を開始しているからだ。彼らの日本への侵略が始まってから、すでに二十年もの時間が経過していることになる・・・』

『侵略というのは、いきなり他国に武力攻撃を仕掛け、国土を占拠することではない。
 それは密かに、まずその国の “世論” を少しずつ変えることから始められるのだ・・・』

『日本にはすでに反日主義の大新聞が存在しているが、それ以外の主要な新聞も、主要な放送局も、そして主要な政党、警察、自衛隊、皇室にまで・・・強力な病原菌で汚染していくように、誰にも気付かれないように、それらをじっくりと手中にすることから、侵略は始められるのだ・・・』

『そして、そのために巨額の資金が投入され、誰が見ても一般人に見える、有能な情報員が何千人、何万人と送り込まれる。もっとも、その資金も、大方は日本から巻き上げたODAから出ているのだから、皮肉なものだ。
 彼らは日本人と結婚して日本国籍を取り、日本人に成り済ます者もたくさん居る。
 日本の大企業に入って働き、或いは自分で会社を造って経営したり、近所のパチンコ屋や酒屋、大小のスーパーマーケットなど、庶民が出入りするところの経営はもちろん、大学教授にも、政治家にも、政治家の有能な秘書にも、公共放送の幹部にも、そしてやがて警察の幹部や、自衛隊の幹部にさえ、成り済ましていくのだ・・・』

『それは、順調に進んでいる・・・
 このまま行けば、あと10年か20年もすれば・・・20世紀が終わる頃までには、彼らの侵略計画は、ほぼその基盤を造り終えているはずだ。
 その頃になれば、ようやく少しばかり、その兆候が一般人にも見え始めるかも知れない。
 例えば、主要な放送局がかなり偏向した報道をするようになったり、人気のニュースキャスターが日本の侵略を狙う国の肩を持つ発言をくり返したり、与党の大物や大臣でありながら日本を否定するような言動を繰り返したり、自衛隊の機密が幾つも漏洩したり、政権を狙えるチカラを持つ野党が、かの国々と深い繋がりを持っていたり・・・
 その野党の幹部や党首の秘書が、他国の反日運動組織の幹部でもあったり、国内の反日組織と深い繋がりを持っていたり、官庁や警察の天下り先の多くが彼らの経営する企業であったり・・・』

『・・・挙げていったらきりがないが、たとえば日本への侵略を進める敵国との強力なコネクションを持つ野党が急激に勢力を増してきて、外国人の参政権を認める公約を掲げたり、外国人の日本への大規模の移住を推進しようとしたりするようになったら、まず、大いにその計画が進んでいると思って間違いない。
 まるで、日本の国土や国家は日本人だけのものでは無い、とでも云わんばかりにね・・』

『そんな馬鹿なことが・・・ それは、本当ですか?』

『本当だとも!! 、これらは単なる私たちの想像でもなければ、ことさら大袈裟に語っているわけでもない。それは、他国を侵略する際の常套手段なのだ。
 失礼ながら、吾々から見た現在の日本人は、表面的な平和と経済繁栄に目を奪われ、戦後の偏向した教育と歪められた情報の氾濫ですっかり考え方を変えられてしまい、民族や国家というものに無関心な人間を多く生み出して、このような “祖国の危機” にすっかり鈍感にさせられてしまっていると思えるのだが・・・』


 そんな張大人の言葉の数々が、いま目の前で語られているように思い出されてくる。


 日本が、自分の生まれた国が、こんなことで良いわけがない────────────

 まるで料理のことを料理人に任せるように、この国のことを政治家に任せておけば良い、という考え方は大きな間違いであるということを、宏隆はようやく実感しはじめた。



                                (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第94回の掲載は、8月15日(水)の予定です

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2012年07月15日

連載小説「龍の道」 第92回




第92回 インテリジェンス (1)


「うーん、これはもう、理屈抜きに美味しい珈琲ね。台湾にも日本人が遺してくれた珈琲農園があるけれど、まだこのレベルには程遠いと思えるわ」

 宗少尉は手にした珈琲カップをテーブルに置こうともせず、その味わいに浸っている。

「にしむら珈琲の ”グァテマラ・アンティグア・パストレス” ですよ。
 摘み取った珈琲の実を天日乾燥をして、脱穀後は地元女性たちの手で一粒ずつ丁寧に選別され、木造の倉庫で豆が落ち着くまで熟成させます。グァテマラは珈琲農園が国土の25%を占めていて世界第三位の珈琲生産国だそうですが、僕はこのハッキリした苦みや渋みの中に秘められた甘みが絶妙に調和しているような味が好みです」

「うぅーん、至福の一杯っ!!、スゴイわねぇ、ここまで来ると自分も珈琲の味を追求してみたくなるわ。豆の色も凄いわね、まるで鋼のようなツヤ。でも、このクラスの豆ともなると、すごく高価なんでしょう?」

「いいえ、それが全然高くない。そこらの珈琲屋さんの量り売りと何も変わらないですよ。
 それが ”にしむら” のスゴイところです。珈琲鑑定士の何某がブレンドした究極の珈琲!、なんて宣伝をしているバカ高い珈琲と比べても少しも遜色しないというか・・・僕はこっちの方がよほど素直に美味しいと思えますけどね。この至福の一杯は豆で買うと200gで千円くらい。にしむらの珈琲店で飲んでも一杯600円くらい。明らかに一級品と言える豆がその程度の値段で提供されているのは、とても良心的と言えますね」

「へぇ、信じられない!、うーん、それにしても、この極上のアロマ!!」

「オホン・・・あのね、さっきからひたすら珈琲のコトばかり感心しているけど、その美味しい珈琲を淹れたのは、僕なんですけどね」

「あ、とっても上手よ、ホント!、素人とは思えないほど美味しいわ。これなら珈琲店を開けるかもね。私、ジョーレンサンになってあげるわよ」

「まあ、こうみえても僕は、”フジワラノモカマタリ” の末裔ですからね。血統として珈琲を上手に淹れられるのは当たり前というか──────────」

「アハハハ、上手い!、そんな冗談を言えるところが加藤さん家(ち)らしいところね。
 それにしても、この珈琲は美味しいわね、私も台湾へ買って帰ろうかな」

「あらら、もう帰国する話?、にしむらの珈琲は台湾の明珠さんがいつもストックしているから、その前にインテリジェンスの講義をして下さいよ」

「そうだったわね──────────それじゃまず、ヒロタカがインテリジェンスについてどのように考えているのかを聞いておこうかしら」

 そう言いながら、宗少尉は手にした珈琲カップをしげしげと眺め、香りと一緒に飲むように、再びゆっくりと口を近づけた。

「そうですね・・・・まあ、インテリジェンスという言葉自体からも、それが知性や知識、情報に関することを指すのだということは想像できます。政治方針や経済情勢、今後の計画などを他国に知られないように進めたり、反対に他国の動向を探ったりする活動全般のことを指すことではないかと思いますけれど」

「ふむ、まあその程度は常識かナ。で、それに対してどんなイメージを持っているの?」

「やっぱり、CIAとか、MI6とか、KGBなんかの、秘密情報部員が暗躍するスパイの世界、かなぁ・・・昔は日本にも有名な美人スパイが居たとか・・」

「やれやれ、やっぱりヒロタカでもそう思うのね────────────」

「だって、実際に現実もそのとおりなんでしょう?、007の原作者イアン・フレミングも、元は本物のMI6の情報員だったって言うし、東洋のマタハリ・川島芳子も実在の人物じゃないですか」

「川島芳子は日本人ではないわ。本名は愛新覚羅顕子(あいしんかくら・けんし)、清朝の皇族で、粛親王の第十四王女よ」

「へえ、てっきり日本人女性かと思っていました」

「信濃国松本藩士・川島良顕の長男、川島浪速の養女として育てられた人よ。川島浪速は、上海に渡って清朝に雇用された満蒙独立運動の先駆者。粛親王とは義兄弟の契りを交わすほど近しい関係で、清朝で重要な役割を担った人ね」

「さすがは宗少尉は一流のスパイだなぁ、よくそこまでご存知ですね!」

「アホ言わないの。だけど、インテリジェンスというものを理解するには、映画や小説のレベル、スパイの世界に対する興味や憧れなんかで考えていてはダメなのよ」

「と、いうと────────────?」

「本物のスパイたちは、実はジェームス・ボンドよりも、もっとスゴイのよ。スパイ経験のある小説家だって007のイアン・フレミングだけじゃないし。”月と六ペンス” を書いたサマセット・モームや ”第三の男” のグレアム・グリーンも、MI6に所属していたレッキとしたスパイだからね」

「へーえ、そんなこと初めて聞きました!!」

「インテリジェンスというのは Intelligence Agency(情報機関)のことで、国内外の情報を収集分析することで政策の立案に役立てようとする国家機関の総称のことよ。
 その目的は安全保障。英語では National Security といって、国家や国民に様々な脅威が及ばぬように、あらゆる手段で安全な状態を保障する体制や組織ということね。だからNSA(National Security Agency)は、国家安全保障局って呼ばれているでしょ。
 国際関係においては、防衛がその保障の主眼に置かれるのは言うまでもないことよね。
 ついでに言うと Security というのは ”安全を確保すること” という意味だけど、もとはラテン語の Securitas(セクリィータス)から来ていて、”心の平穏” という意味。それを日本語では ”安全保障” と呼んでいるワケ」

「なるほど、”心の平穏” か・・国民が安心して生活できるための、という意味ですね」

「そう。だから、国家や国民の ”心の平穏” が何によってもたらされるのかという事こそが、インテリジェンスの基本だということになるわね」

「うーん、すごく分かりやすいなぁ。インテリジェンスというのは、いきなりジェームスボンドに飛んではイケナイということですね。宗少尉は、軍人や秘密結社なんかより学校の先生の方が向いているんじゃないですか?」

「はは、オダテても何も出ないわよ!・・それじゃカトウ君、そのインテリジェンスで一番大切なことは何でアルか、述べてみなさい」

「いちばん大切なこと?、そりゃあもう、国家予算を充分に取った立派な情報機関の設立と能力のある情報員の育成に決まってるでしょ?」

「いいえ、そうじゃないわ────────────」

「え、そうじゃない?・・だって、それ以外に何があるんですか?」

「インテリジェンス、つまり ”国家安全保障” にとって最も重要な事は、情報機関や情報員、あるいは軍備の充実などよりも、何をさて措いても、その国に属する ”国民の意識” が第一なのよ。自国を脅かす危機や、自分たち国民自身に直接降りかかってくる脅威に対し、国民自身がどれほどの正しい知識や、それに対する意識を持っているかということこそ、真っ先に問われるべきことなの」

「あ・・ああっ・・・・!!」

 そう言われてみれば、本当にそのとおりだと、改めて気づかされる。しかし、果たして自分が一人の国民として、少しでもそのような意識を持ったことがあるだろうか・・・いや、そもそも ”ひとりの国民” であるという意識さえ、自分はこの年齢まで少しも養われてきていなかったことに気付き、宏隆は愕然とした。

「よく考えれば確かにその通りだということが、誰にでも分かるはずだわ。仮に政府にどれほどの国家意識があろうと、国民自身に自分の祖国を守ろうとする意識が無ければ、国家としてお話にならないのは当然でしょ」

「本当に、そのとおりです─────────────────」

「さて、それじゃ今の日本人は、経済危機を始めとして、他国からの脅威や侵略について、どれほどの知識や意識を持っているかしら?」

「うーん・・・大方の日本人は戦争が ”罪悪” だと思っていて、ともかく戦争を避けることが第一で、他の国と仲良くすることが平和で、軍事力を持たず、他国への経済協力や援助を惜しまない姿勢を貫くことこそが平和友好に繋がると考えていると思います」

「アハハハ、失礼だけど、それはとても幼稚な考え方ね。国民の大半がそんな甘い考え方をする国家は、生き馬の目を抜くような国際社会では絶対に生き残れないでしょうね。
 戦後日本が中国や韓国からユスリ、タカリに等しい目に遭いながら、なおかつアメリカに甘い汁を吸われ続けているのは当然のことかも知れないわ」

「でも、今の日本人たちの大半は、ごく普通にそう思っていると思います。それがどうして甘い考えなのか、幼稚なのか、それが国際社会では何を意味するのか・・・説明してもらえますか?」

「いいわよ。それじゃ、例えば ”核武装” について、日本人はどう思っているかしら?」

「日本は世界で唯一の被爆国なので、もちろん大多数の国民が核を持つことに反対しています。国民感情としてそれを許せないようなところがあって、広島・長崎のような惨劇を産み出す兵器を持つこと自体、多くの人が否定しています」

「そうでしょうね。でも世界の先進国はそうじゃないわ。例えばフランスは国民の70%以上が核武装に賛成している。反対する国民はわずか三割程度。これはフランスに限らず、先進国では何処(いずこ)も共通している現象よ」

「え、どうして?、ちょっと驚きだな・・・日本と全く反対じゃないですか。フランス人だって、日本に原爆が二回も投下された事実やその悲惨さを知っているはずなのに。それに、核武装どころか、原子力発電所さえ世界ではどんどん減ってきているって聞きましたけど」

「やれやれ───────────やっぱり日本人が知る情報は操作されたモノね。確かにドイツのように原発を減らしている国はあるわ。けれど、そのドイツは電力をフランスから高いお金を出して買っているのよ。フランスの原発で作られた電気を、はるばる長いケーブルで引いて来てね・・・」

「えっ、そうだったんですか・・?」

「物事を正しく見るためには、その物事すべてに光を当てないと駄目なのよ。そうしないと全体像は見えてこない。だから逆に、それを上手く誤魔化したい、ある特定の偏った情報を相手に与えたいと思えば、その物事の都合の良い一部だけを取り出して、それがあたかも全体であるかのように伝える工夫をすれば良い、ということになるわね」

「それも、インテリジェンス─────────────」

「そうね。たとえば、戦争戦略とは無関係に思えることでも、世界的な猛暑が続けば地球温暖化だと騒がれ、冷夏や酷寒が続けば寒冷化だ、地球の滅亡だと騒ぎたてる・・でも、コトの全体を見れば・・つまり、いつ、誰が、何を、何のために、それを何であると言い始めたかということを詳細に見ていけば、必ずその真実が明らかになっていくのよ」

「うーむ、インテリジェンスの基本は ”5W1H” ってコトですね・・・」

「地球温暖化で北極の氷が溶ける、世界の海の水位が上がって、やがて陸は水没すると言われて、北極の氷が崩れ落ちる映像を見せられて、住むところの無い白熊が映し出されると、ああ大変だ、本当に温暖化が進んでいるんだ、文明が地球を破壊している!・・と思ってしまうのは、あまりにも短絡で単純過ぎると思うのよ。
 その北極の氷が溶けている映像はいつ撮影されたのか、夏なのか、冬なのか・・夏に氷が溶けるのは当たり前だけれど、冬でもどんどん溶けていたら本当に一大事かも知れない。
 けれど、もし故意に夏の影像だけを見せられているのなら、それは何者かによる、紛れもないプロバガンダ(情報戦を勝ち得るために意識や心理、世論を誘導すること)が働いているに違いないでしょ?。そして、それを言いだしたのは一体どこの誰か、どの国で発表されて、どんな人たちが同意し賛成したのか、ということも重要になってくるわね」

「なるほど─────────────────」

「どこかの国が大地震に襲われて原子力発電所が崩壊した、放射能漏れの事故で周辺何十キロは危険で立ち入り禁止、その後わずかな時間でどんどん子供のガンが増えている、それによってその国の北側三分の一が居住不可能になると主張して退避勧告を出す・・・なんて言うのは怪しいわね。誰がそれを強く吹聴しているか、それが外国人の発言なら、先ずはその情報を疑ってかかるべきなのよ」

「 ”5W1H” を使って、検証していくんですね?」

「そのとおり。ただ外国のエラい人がそう言っているから本当だ、国際機関がそう言うから真実だ、というのでは、知性的(インテリジェンス)な人間とは言えないでしょう?。
 きちんと真実を見抜くためにはどのような意識が必要で、物事はどのように検証していくべきなのか、それが最も大切なコトよ」

「外国や外国人からの情報には、必ずウラがあると思った方が良い、ということですね」

「そう、要は国民一人一人がそのようなことを見抜ける眼を、そのような全体を観る意識を持つことがインテリジェンスの基本なのよ。そうであれば、政府は国民に嘘をつけないし、国民は政府に騙されない、政府と国民が常に ”ひとつ” になって動いていける・・・これこそが、ありとあらゆる脅威や侵略を防げる、優れたオトナの国家だと言えるでしょうね」

「分かりやすいなぁ、正にそのとおりですね。僕は主権が国民にある民主主義国家というのが、ただ選挙で代議士や政党を選ぶ権利があるだけのようなイメージを持っていました。
 国民の一人一人が国を造り、国を守り、国を立てていく一員だという意識を持って存在するからこそ民主主義国家が成り立つのだと、生まれて初めてそう実感しました」

「そう、それはとても良いコトね。それでようやくインテリジェンスの一年生!
 それで、さっきの話だけれど、核武装している国は、イザとなれば敵国に打ち込むために原爆を持っているのではなくて、国際的な発言力や交渉力、抑止力などのためにそれを保有しているのよ。本気で撃つために核ミサイルを持っている国なんかどこにも無いの。
 だから、単に核ミサイルを持つ、と言うだけでヒステリックに騒いでしまう日本人は余りにも国際オンチが過ぎる。国際的な交渉力や抑止力が弱い国は、他国の言いなりになって、結局のところ戦争を避けることが出来ず、やがては侵略されてしまうのが国際社会の常識。どの先進国も、それこそが軍事力を強化する第一の目的だと考えているのよ」

「うーん・・果たして我らが日本政府は、そういうコトを理解しているのでしょうか?」

「インテリジェンスには ”理解力” という意味もあるのよ。日本政府はそれを理解はしていても、誰もそれを推進する勇気がないんでしょうね。私はね、日本の国会で核武装の話をどんどんやることこそが健全な民主主義ってモンだと思うのよ。だけど日本人はそれが民主主義だと思っていない。政治家は大事な問題ほど避けてフタをしたがるのよ。
 すぐ隣の中国が核を持って、危険な北朝鮮にも有る、日本が核武装をしなければこの極東地域(The Far East)は安定するワケがない。核論議を封じ込めて自分の政治生命の安泰を図ろうとする政治家は、結局は己の利権を追求する最低の官僚ね。そんな人に票を投じてしまうのも、国家というものに対する国民の ”意識” の低さゆえのことよ」

「国家意識か・・ちょうど僕らの年代から下になると、国家とか日本人とか、もうそんな事を言う人さえ滅多に居ないですよ。そんな意識自体、ほとんど絶滅に瀕している状態です」

「その意識が無いのではなくて、敢えて ”国家” を意識しなくなるような教育をされた、というコトも大きいのよ。それを推進してきたのが戦勝国アメリカと、獅子身中の虫である左翼反日勢力。そこにコレ幸いと付け込んでくる中国、韓国、ロシア・・・政治、経済、メディアの中に反日体制が確立されることで、日本はメチャメチャになってきたし、これからもっとひどい状態になって行くでしょうね」

「けれど自分たちは、その戦後体制こそは、戦前の軍国主義体制が崩壊して出来上がった、誇るべき民主主義体制なのだと、そう教えられてきました」

「あはは、それこそさっきの地球温暖化の話と同じよ。もっと目を大きく見開いて ”真実” を見なさい!、と言ってあげたいわね。それがこの国の国民たちに出来なければ、やがてはこの国は滅ぼされ、他国に支配されるのは眼に見えているわ。中国、朝鮮、韓国、ロシア・・日本を支配したい、手に入れたい国はそこら中にあるのよ」

「中国は、いつごろ核を持ったのでしたっけ──────────?」

「1960年の10月。中国が核を保有した時には、日本でも大々的な核論議が起こったのよ。
当時の佐藤栄作首相は、所信表明演説で ”中国の核保有はけしからん” と言って、ライシャワー(駐日アメリカ大使)を呼びつけ、"もし中国が核を持つのなら日本も核を持つのは当然だ” と堂々と述べたの。日本が核武装することについて、日本国中で賛否両論の意見が出て、戦略のために核武装をすべきだ、いや、非核三原則を貫いて核を持つべきではない、いや、いっそ日本を非武装地帯にするべきだ・・・などと、まさに百家争鳴の論議を呼び起こしたのよ」

「それで、結果はどうなったんですか?」

「案の定、アメリカのインテリジェンスが介入して、”日本の核武装は阻止すべきだ、日本には平和利用のプルトニウム輸出はするが核兵器は作らせない、日本をNPTの体制に入るように進めていくことにしよう” ・・ということにさせたのよ。日本の意志も何もあったものじゃないわね!」

「あの・・NPTって、何のことですか?・・初めて聞きます」

「やれやれ、今どきの日本人は ”PTA” にしか興味がないのかしらね?」

「スミマセン・・・勉強しますから、教えて下さい」

「NPTとは、”核拡散防止条約(Nuclear Non-Proliferation Treaty)” と言って、核兵器の廃絶を主張する政府や団体によって、核兵器の廃絶を目的として制定された国連の条約のことよ。核兵器の削減と核兵器保有国がそれ以上増えないようにするために、つまり核拡散を抑止することを目的に、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の五カ国以外が核兵器を保有するのを禁止する事を決めた条約で、1963年に国連で採択されて、1970年に発効したものよ」

「ええっ、そ、そんなバカな!!、それじゃまるで、その五カ国だけが軍事的に優位で居られることを保障するようなものじゃないですか!。国連の条約だというのに、そんなの全然平等じゃないでしょう!?」

「全くそのとおりよ。条約が制定される以前に核を保有していた国に関しては、誠実に核軍縮をしていく交渉を続けること、という以外には何の義務も課していないので、実績を問われるわけでもないし、査察が入るわけでもなし、核を保有したまま、こっそりどんどん核ミサイルを増やしていても、実際にはお咎め無しの状態ね」

「それじゃ、その条約自体が、特定の国の ”軍事的優位” を作り出す、インテリジェンスの策略であると?!」

「そのとおりね─────────────────」

「こ、国連って、そんなところだったんですか?」

「ん?・・ヒロタカは、国連がどういう所だと思ってるの?」

「どういう所って・・・国連は ”国際連合” なんだから、国際的平和の安全維持と社会への貢献を目的に、国際協力を実現するための機関でしょ。そのくらい知ってますよ!」



                                 (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第93回の掲載は、8月1日(水)の予定です

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2012年07月01日

連載小説「龍の道」 第91回




第91回 龍 淵(14)


 珠乃に明かせなかった事は、もうひとつある。
 それは、自分が北朝鮮の工作員に拉致された事件のことである。あれこそ、とても珠乃に言えるわけがないと宏隆は思う。だいたい、いま自分で思い出してもそう良い気持ちがしないことをわざわざ他人に話す気にはならない。珠乃に対しては、なおのことであった。

 それに、そんな事が今後も起こり得るということや、場合によってはそんな相手と命懸けで戦わなければならない自分の立場を、珠乃に説明できる自信がなかった。 
 もしそんなことを知ったら珠乃はどれほど心配し、心を痛めることだろうか。
 そんな理由があるとは言え、何もかも洗いざらい珠乃に打ち明けられないことに、宏隆は少なからず心が咎めた。


「どうしたの?─────────────────」

 食後の散歩をするようにメリケン波止場を二人で歩いていると、心地良い日差しの中を、港の水面(みなも)を撫でるように秋風が吹いてくる。
 人懐こい鴎(かもめ)たちがすぐ側まで降りて来て、突堤の縁に留まった。

「え・・?」

「さっきから黙ったままで・・・何を考えているの?」

「ああ、この一年、いろんなことがあったなぁって、思い出していたんだ」

「さっきはレストランで色々と話してくれてありがとう。でも、きっとまだ私に言えないことも沢山あるんでしょうね。あれだけ話してもらっても、私の中ではその話がちっともまとまらないの。ぼんやりと、霧の中に宏隆が居るみたいで・・・・」

 珠乃は自分の心を見抜いている。
 いや、見抜くと言うよりは、きちんと感じてくれているのだと思う。
 
「でも、いいのよ・・・無理に聞こうとは思わないし、それはきっと宏隆が誠実な人で、秘密を守る必要があったり、私を心配させまいとしてのことだと思うから、気にしないでね」

「ありがとう、いずれ話せる時が来たら、きっと話すよ」

「あはは、期待しないで待ってるわ」

「さてと・・・僕はこれから、行かなきゃならない所がある」

「そう、行ってらっしゃい────────────」

「何処へ行くのかとか、何をしに行くのかとか、訊かないのかい?」

「訊かないわ。それが答えられるくらいなら、何処其処へ行って来るよって、初めから言ってくれるでしょ?、だから、それ以上は訊かないの」

「・・・・・・」

「行ってらっしゃい。きっと、今朝のコトで思うところがあるんでしょう?、宏隆のことだから、自分がもっとどうあるべきだったかって、心の中で葛藤していて、それを解決したくて、そこに行くのだと思うわ。そこは宏隆にとって大切な場所なのよね。一緒に居ても、私にはそれを解決してあげられないでしょうから、早く行ってらっしゃい!」

 珠乃のいじらしい女心に、宏隆は少し胸が熱くなった。
 こんなにも自分のことを分かり、理解してくれている人が、この世に居るのだ。
 この女(ひと)は、単なる幼馴染みなんかじゃない。きっと今生だけではなく、自分に深い縁のある人なのかもしれない、と宏隆は思った。

「ありがとう───────────────」

 男らしく、ただ一言そう言ってサッと踵(きびす)を返すと、宏隆はいま来た道を戻り始めた。珠乃はしばらくその背中を見送っていたが、やがて宏隆とは反対に、波止場の先に見えている海に向かって、鴎の鳴く突堤をゆっくりと歩き始めた。



              *    *    *



「どうしたの?、今日はヤケに気合いが入ってるわね────────────」

 いつにない気迫と引きつった形相、そして荒々しい動作に、相手をする宗少尉が真面目な顔をしてそう言った。
 
「気合いも入りますよ。自分はあんな素人連中に押さえつけられて、動けなくなったんだから。それも、クラスメートの女の子を危険に晒したままでね!!」

 ここは南京町にある、いつもの地下基地である。
 メリケン波止場で珠乃と分かれてから、宏隆はすぐ此処に向かった。
 こんな場所に、ぜったいに珠乃を案内できるわけがない。

 訓練場のドアを開けるなり、宗少尉が「やっぱりね、来ると思った!」と言った。
 宏隆は気持ちを見透かされているようで、ちょっと気分が悪かったが、すぐ宗少尉に格闘訓練を申し出て、こうしてすでに三十分近くも二人で向かい合っているのである。

「まあ、それは仕方がないわね──────────」

「な、何が仕方がないんですかっ!?」

 そう言いながら、息も荒く拳を打っていくが、宗少尉には掠(かす)りもしない。

「戦いというのは常に予期せぬコトが起こるものよ。それにどう対処して行けるか、それに対してどれほどの能力が発揮できるか、それも”戦う”という事の中に入っているのよね」

 相変わらず、宗少尉の動きは冴えている。
 台北の海軍基地で向かい合った頃と比べると、さらに洗練されている動きなのだ。
 だが、今の宏隆には冷静にそのような比較をする余裕もない。

「それじゃ、僕にはそういう対処能力がまったく無かった、ってコトになりますね!」

「そうじゃないわ。それはどんな人であろうと、様々な経験を積んで徐々に得られていくものなのよ。ヒロタカは未だ戦闘の経験があまり無いだけのこと・・・」

「経験?・・・小さい頃からケンカ三昧の日々を過ごして、北の秘密工作船とライフルで撃ち合って、特殊部隊に拉致監禁されて、危うく朝鮮に連れて行かれそうになったところを自力で脱出しても、まだ戦闘の経験が浅い、と言うことなんですね!!」

「そんな経験くらいでは、お話にならないわよ────────────」

「ムッ・・じゃぁ、どうすれば経験を積めるって言うんですかあぁっ!」

 そう大声で言い放つと同時に、宗少尉の顔を目がけて一直線に蹴りを放ったが・・・
 ズッデェーンと、見事にその足を掬(すく)われ、訓練場の床に頭から叩き付けられた。

「う、ググぅ────────────」

「戦闘の経験を積むっていうのはね、何も命懸けの危険な目に遭う経験を積んでいくと言うコトではないのよ。戦闘とは何であるのか、戦いとは何であるのか、その意味を見つめながら、地道に訓練と精進を重ねていくこと。それに勝る経験は無いのよ」

 足もとに倒れた宏隆に、なお追撃を加える構えを見せながら、そう言って聞かせる。

「あ痛たたたっ・・・・」

 宏隆は、強かに床に打った頭を押さえて、よろけながら立ち上がってくる。

「ヒロタカは、学習体系というものが如何に整備され、完成されているかということを、まだ本当に実感してはいないと思うわ。私は太極拳を学ぶ事を許されていないけれど、王老師や陳中尉の動きを見ていると、何百年もの歳月をかけて緻密に完成された源流武術の学習体系がその根底に在るという事がものすごく感じられるのよ。私が学んだ少林拳もそうだし、軍隊の訓練も、特殊部隊の訓練も、秘密結社の訓練も、全てそのように洗練され完成された学習体系で出来ているのよ」

「僕が学習体系の何たるかを充分にわかっていない、ということですか?」

「そうね。銃の撃ち方にしても、ナイフの使い方にしても、いかに命中させるか、相手をどう料理できるか、などと言うことでは全くないのよ。そんな考え方をするのは、それこそズブの素人の証拠。どんな物事でも基本とされる考え方が最も大切で、武術の場合はその基本を守っているからこそ高度な戦闘が可能になる、つまりは、自分を確実に守りながら相手を倒すことができる、ということなのよ。その基本があればこそ、戦略を立てることも出来るわけだから」

「基本かぁ・・考えてみれば、ケンカに基本なんか無かったからなぁ。ただ何となく、こうしていれば勝てる、というような直感が働いて、その経験を積んできただけで・・・」

「そう、”ケンカのガキ大将” なんかじゃ、お話にならないわよ」

「若大将ですけどね、いちおう・・・でも、僕は王老師に就いて一年半以上も基本功だけをやらされたんですよ。その期間は套路も対練も、もちろん戦い方なんかも、まるで教えて貰えなかったんです」

「それはとても幸せなことね。今どき、そんな指導をしてもらえるのは奇跡に近いわよ。
 普通はわずかな基本功と同時に套路を始めて、数ヶ月程度か一年以内には套路を全部覚えられる。ついでに推手も教えて貰って・・・まあ、そんなので果たして太極拳の奥義である纏絲勁が満足に習得できるのか、大いに疑問だけれど」

「宗少尉、太極拳に詳しいんですね────────────」

「あはは・・実は私も太極拳を学びたくて仕方がなくて、台北で教えている老師のことを色々と調べたのよ。でも、今は表演のための太極拳ばかりが増えて、まるでダメ。もう本物の武術を追求している所が本当に少なくて、嘆かわしいわね」

「それじゃ、いっそ王老師に入門をお願いしてみたら?」

「王老師は、ヒロタカみたいな真に素質のある、後継ぎとして相応しい人だけを探しているのよ。きっと私なんか審査対象にさえ上らないわ、全然ダメよ、あははは」

「そうかなぁ、僕なんかより宗少尉の方がずっと能力が高いと思うけどなぁ・・・」

「まあ、私のコトは措いといて・・・ヒロタカは、その素質をせっせと磨かないと、モノになるものも、ならずにそのまま終わってしまうわよ」

「それじゃ、どうすれば良いと─────────────────?」

「王老師は、ヒロタカがそうであることを見抜いて、先ず私を神戸に呼び、真っ先にパラシュートを経験させたのだと思うわ。軍事訓練に繋げるためにね。そして、更に今後は・・」

「これからは?」

「それは、まだ言えないわね。取り敢えず、神戸での学習を消化してからよ」

「はい、それじゃもう一度、お願いします!」

「いいえ、もう格闘訓練は止めよ。今日のヒロタカは何だかムキになっているから。そんな荒(すさ)んだ気持ちでやっても、戦闘を学べるワケがないわ」

「それじゃ、今日はもうお終い?」

「いいえ、否応なしに気持ちが引き締まることを遣(や)らせてあげるわ」

「いったい何をやらせようと・・・?」

「火器。ライフルの訓練────────────」

「ライフルは、大武號が朝鮮の工作船に襲撃されたときに撃ったきりです」

「だからやるのよ。船の上から寝そべって撃つのじゃなくて、警戒する、確認する、撃つ、隠れる、警戒する、前進する、というのを繰り返す陸上射撃訓練を行うの」

「わぁ、すごいな、何だか本物の兵士みたいだ・・・」

「何言ってるの、ヒロタカは特殊部隊相手に戦えるんだから、もう立派な兵士よ」

「でも、こんな狭い地下で、どうやってそんな訓練を?」

「此処だけじゃなくて、神戸には数カ所の訓練施設があるのよ。もちろん、一般社会には秘密にされている場所がね!」

「やれやれ、こんな影の組織、裏の社会があるなんてね。ましてや僕がそこに籍を置いているなんて、友だちは誰も信じないだろうなぁ。僕自身だってまだ信じ難いような・・・」

「でも、それでいいのかも知れないわ。例えば首都東京の、六本木の街の真ん中にあるビルの地下に、大規模なアメリカの諜報施設があるなんて誰も知らないでしょう?、一階はごく普通のお店に見せかけてアメリカの国旗が看板になっている。辺りは高級飲食店や流行のファッションビルが建ち並ぶ大都会の繁華街よ。でも、一般人がそれを普通に知るような状況になったらそれこそ大変。映画や小説の世界で起こっている架空のコトだと思えている方が平和というものよ」

「・・え、六本木に、そんなところが?」

「そうよ、防衛庁のほど近くだから、アメリカも良い度胸・・というか、言い換えれば日本を舐めきっているってコトね」

「それって、何のための施設なんですか?」

「日本の政治家や経済人などの活動を情報収集するための施設よ。電話や無線など、ありとあらゆる通信がすべて傍受されているの」

「ひえぇ!・・でも、何のために、そんなことを────────────?」

「アメリカは、有色人種では唯一白人の社会に屈せず、東アジアを欧米支配から開放した日本人を戦争で完膚無きにまで叩きのめして、トドメに原爆をふたつも落として、日本という国を根こそぎにダメにしたでしょ。でも、戦後の驚異的な経済復興で立ち直りつつある日本を見て、今度は経済戦争で利用するつもりなのよ」

「経済戦争?、貿易で有利に立ち回れるように何かの手を使うとか・・?」

「あはは、そんな生易しいものじゃないわ。絶対的にアメリカが利益を得られるような方策を先回りして勝ち取るため、常にアメリカの国益のために日本をダシにするための経済戦略のことよ。そのための情報収集ってワケね」

「うわぁ、何てエゲツナイ。それで同盟国とは聞いて呆れるね!」

「同盟国と言っても、自国の利益を損なってまで友情を貫いたりはしないのは常識ね。国際社会でそんなことをしてくれると思っている方が甘いのよ。日本の戦国時代でも、必ず寝返る武将が出てきたように、日米安全保障条約があっても、もし余所の国と核戦争にでもなったらアメリカは決して助けるはずが無いわよ」

「ど、どうして・・日米安保って、そのためにあるのでは?」

「あはは、日本人は本当に心優しいというか、そこまで行くとお目出度いわね。自分の国に核ミサイルを撃ち込まれる危機があるときに、自国民を核の危機に晒したまま、どうして同盟国の方を助けに行くかしら?」

「あ────────────!!」

「・・ね、ちょっと考えれば、高校生のボンボンにだって分かる理屈でしょ?」

「でも、実際に他国の脅威が目前に迫っていることさえ、普通の日本人は知らないですよ。もしそれをそのまま放置して、国民が何も気にせず、何の行動もしなかったら、何十年か後には、日本は本当に日本じゃなくなっているかも知れないし・・・」

「そう、日本も台湾も、その国を欲しがっている隣国が周りを囲んでいるからねぇ。まあ、勿論そのあたりは日本でも、CIRO(サイロ=内閣情報調査室)や、防衛庁内部の情報調査部が把握してはいるのでしょうけれどね」

「でも、なんだか悠長な感じだな───────────────」

「そう、他の国から見ると、とても悠長に思えるわ。日本には未だに ”スパイ防止法” という法律さえ無いのよ。だからこの国は世界一のスパイ天国と呼ばれているの。先進国家には戦略的なインテリジェンス(秘密情報部)が設けられているのが常識だけれど、日本にはそんなものが全然存在していないのよ」

「宗少尉、詳しいですね。この際、日本のインテリジェンスについて教えて貰えますか?」

「いいわよ。台湾人が日本人に日本の情報機関の話をするのも、何だかチグハグだけど。
 よっしゃ、ライフルは夜にして、先ずは座学といくか・・・あっちの部屋で、珈琲でも飲みながら話しましょうか」

「それじゃ、お礼に僕が珈琲を淹れましょう」

「あら、珍しいわね、ヒロタカが珈琲を淹れてくれるなんて!」

「台北の洗濯屋の秘密基地、 ”白月園” にお世話になっている時に、明珠さんが ”にしむら” の珈琲を用意して下さって以来、僕も自分で淹れるようになったんですが、実はこの地下の基地にも、にしむら の珈琲豆をストックしてあるんです。幸い、僕が淹れた珈琲は王老師もすっかり気に入って頂いて──────────」

「へーえ、そんなこと初めて聞いたわ、それは楽しみね!」

 訓練場の部屋を出て、ソファやテーブルのある別室に移ると、宏隆が小さな台所で珈琲を淹れてきた。

「うーん、この鬱陶しい地下施設でこんな美味しい珈琲が飲めるなんて、夢にも思わなかったわ。ヒロタカなら、もし武術家になれなくてもカフェのマスターでやっていけるわね!」

「また、そういうキツイ冗談を言うんだから────────────」

「ハハハ・・まあ、本題に入りましょうか。ただし、メモをとるのはダメ、聞いたことをその場で全部頭の中に叩き込むのも、私たちの訓練のうちよ」

「はい、お願いします────────────」



                                (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第92回の掲載は、7月15日(日)の予定です

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