今日も稽古で日が暮れる

2017年05月22日

門人随想 「今日も稽古で日が暮れる」 その31

   「 くう ねる いきる」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



何気ない日常生活を送っていると、ふと気がつくと、自分が生きている実感がほとんど伴っていない、ということがあります。
 
武術とは非日常の世界であり、生き残るための技法である…。
 
そういう気持ちで取り組んでいるはずの、高度な武術の稽古の裏側で、実際に多くの時間を過ごしているのはふだんの生活です。
仕事をし、家に帰り、稽古に行き、また帰ってくる。
もう何年も続いている、日常生活の中で、なぜ生きている実感を感じられない瞬間があるのでしょうか。
 
それは単に寝不足で疲れていたり、なにか悩みがあったりとか、そういった些細なことの積み重ねで、ほんの少しずつ歯車がずれてしまっていると感じている、そういうことでしかないのかもしれません。
 
けど、自分に限らず多くの現代人の生活を見てみると、生きることとは一見無関係にも思えるような仕事に取り組み、生活の糧を得ているはずです。
必要なものがあればコンビニやスーパーで買いそろえ、インターネットで注文すればたいていのものが手に入る時代です。
もちろん、それは否定しません。
ですが自分自身のこととして、生きるために何が必要なのか、そこのところがまったくわからなくなってしまっているようでした。
 
 
今年に入り、研究会では特別稽古として、数回の野外訓練を行いました。
研究会の野外訓練! というと一般門人の方の中には、
「相当特別なすごいことをやっているに違いない…!」
と、内容を聞いてこられた方もいますが、実際には、まだふつうのキャンプを行いながら、野外での活動に慣れるといったことと、それにプラスして少しずつ課題が増やされ、野外での体の使い方を学習していくといったものです。
野外での体の使い方とは、師父から教示される軍隊の訓練に準じたものや、太極武藝館独自の学習体系に沿った訓練などです。
 
野外での訓練といっても、そこは太極武藝館の稽古ですから、食事まで徹底的に抜かりなく、素晴らしいものをいただくことになるわけです。
前回の訓練では、師父お手製の特製カレーをふるまっていただき、おいしく味わわせていただきました。
特別に参加していた一般門人のI(アイ)くんは、
「普段の食事より豪華な物を食べている」「こんな御馳走は味わったことがない」
と言い、何回もおかわりをもらっていました。
本当においしかったです。
 
 
しかし、研究会のメンバーはただ食事にありつけるということはなく、ちゃんと課題を与えられていました。
それは、カレーは師父の御好意で用意していただけるので、ご飯は自分で炊く、というものでした。
いくつか条件があり、
 
 1、使って良い火は焚火のみ
 
 2、火口(ほくち)は現地調達出来るものだけ
 
 3、着火具はメタルマッチ(ファイヤースターター)で
 
あとから知ったところでは、ウッドストーブ(註:ガスやアルコールなどの燃料を使わず、小枝などを燃やして使うキャンプ用コンロ)は使用可能だったそうですが、自分は持っていなかったので関係がなかったのでした…。
 
とにかく、そういった条件が出揃い、脳裏をよぎったのは数年前に行われた最初の野外訓練での課題でした。
 
雨が降ったあと、新聞紙とマッチだけで焚火をするというものです。
それはもう、いまだに語り草になるほど散々な結果でした…。
条件がそれほど悪かったわけではありません。ただ、自分のスキルのなさが痛感させられたのです。
 
火をおこし、ご飯が炊けなければ食べるものはない。
昔だったら、ごく当たり前の話だったはずです。ただ、現代ではそれ以外の手段がいくらでもとれるため、たったそれだけのことで食事にありつけないということがないわけです。
 
今回のキャンプ事前の天気予報では、その日は雨が降るかもしれない、ということでした。
これは非常にまずいです。慣れた人からすれば「なんだそんなことくらいで」と思うかもしれません。
そうなのです。自分が「なんだそんなことくらい」と思えるようになる為の訓練なのです。その時の自分にとっては、一大事だったのでした。
 
 
幸いにも(不幸にもというべきでしょうか)、キャンプ当日は雨も降らず、焚火を行うためのコンディションは悪くない状態でした。
やらなければならないことは、テント・タープの設営、メインとなる焚火・かまどの設営、そこで使うための薪集め、それから自分用の焚火と薪の用意でした。
 
もたもたしていては日が暮れてしまいます。
効率よく動くためにはどうしたらいいか、自分だけでなくまわりの人の状況もみながら動く必要があります。
何回かキャンプをしてきたぶんは、どうしたらいいかが分かってきているようにも感じました。
反省点はまだまだあるので、次回以降に生かしていきたいと思います。
 
 
焚火をするうえで一番の課題だったのが、一番最初に火をつける火口がないというところでした。麻紐をほぐしたものを試してみよう!とお気楽に考えていた自分が本当に憎らしいものです。
 
道具は現地で調達出来るものだけ、あと頼れるのは自分のみ、です。
落ちていた木を細かく削ってみるものの、先日までの雨で木は湿っており、簡単には火がついてくれません。
そうしているうちにあたりは暗くなり始め、何かを探しに行く時間もなくなっていきます。
どうにかしないとご飯が食べられません。
ささいなことですが、目の前に差し迫った危機のひとつではあります。
 
幸い、杉の木や枝はそこらじゅうに転がっており、おもな燃料として集めてありました。
なので、事前に勉強してあった方法を試してみることにしました。
 
「備えよ常に!」
 
まさにサバイバルとは知識ですね。
知識だけではダメですが、それを使えるようになっていれば、実に役に立つものです。
 
まず、出来るだけ乾いている杉の枝から皮をナイフではぎ取ります。
皮がある程度集まったら、それを手のひらでひたすら揉みます。
しばらく揉んでいると、杉の皮が繊維状にばらばらになり、ふわふわした綿状になってきたら火口の完成です。
試そうと思っていた麻紐ほどではありませんが、それでも十分に使えそうな状態にはなりました。
 
かまどは事前に、石を積み上げて作っておきました。
ご飯を炊き始めたら、火力が調整出来るように動かせる…というふうに作った(つもりの)ものです。
 
そこに薪、小枝、焚き付け、それからいま作った火口を用意し、火をつけます。
 
一発で点火!となったらよかったのですが、なかなかうまくいきません。
「やばーい! 火がつかない!」
などと散々騒いでいた記憶があります。それも野外の楽しみです(?)。
火口の状態がよくなかったようで、新たに作り直します。
手のひらいっぱいくらいの量で、最初よりももっとこまかくほぐします。
最終的に、それでうまくいってくれました。
 
メタルマッチから飛び出した火花が火口につき、そこから火が燃え上がります。
あわてて消してしまわないように、少しずつ小枝から大きな木へと火を移していきます。
火の状態を見ながら対話していきます。稽古と同じです。
 
ようやく焚火が安定してきたら、本題である炊飯へとうつります。
事前に水に浸してあった米を火にかけ、調理開始です。
 
少しアクシデントはあったものの(ふつうのクッカーでは蓋が吹っ飛びました…)、上手に炊き上げることができました。
家でガスの火で試したときよりも上手においしく炊けたのには驚きでした。
 
自分で焚火で炊いたご飯で、師父の手作りカレーをいただく。
なんという贅沢な時間でしょうか。
 
 
翌日の朝食と昼食も、研究会は自分で焚火を起こして調理をしました。
自分は簡単なコンソメスープと、パスタをつくりました。
 
師父のカレーのことを思うと、次回はもう少し、料理のバリエーションを増やさないといけないな、と思いました。何事も勉強です。
 
 
キャンプでは新調した一人用のテントを使ったのですが、もうテント泊はおしまいです。
「一回しか使ってないのに?」
とツッコまれながらも、次はタープ泊だ、とかたく心に決めたのです。
 
男は、つねにワイルドに生きなければならない生き物なのです。
 
そういうわけで、ゴールデンウィーク中の某日、稽古はお休みだったので個人的に、ゲリラキャンプもしくは野営というと聞こえはいいですが、いうなれば野宿へと強行スケジュールで出かけました。
場所は事前に決めてあったダム湖に隣接された公園です。
用意していったのはグリーンシート(ODカラーのブルーシート)とポンチョ(これは簡易タープにもなる便利なものです)、それからシュラフです。
 
休日が取れなかったので、夕方まで仕事をしてから、夜に出掛けるというスケジュールになってしまいました。なので、本当に寝て帰るだけとなりました。
 
バイクで走ること数十分、目的地に到着です。
 
心配していた雨も降りそうになく、最終的にはタープを張る手間もはぶいてしまい、グリーンシートを簡易シェルター代わりにして眠りました。
さえぎるものが何もなく、天上に広がる星が良く見えて綺麗でした。
 
もはやタープ泊でもなんでもありません。
ただ、緑のシートにくるまった人間が寝てるだけです。
気温は暖かく快適に眠れました。
ただ、明け方になると自分から出た水分でシート内が結露し、シュラフが濡れてきてしまいました。改善の余地ありです。
 
夜が明けると即座に片付けをし、簡単な朝食を食べて撤収しました。
 
季節が季節なので、寒くて命を落とすということはないですが、もっと事前に準備をしないといけない、と痛感しました。
 
 
今年になってから特に、野外で宿泊するという機会が増えました。
時間で言えばわずかなものですが、その一回一回が、大きな学びの機会となっているように思います。
 
今も、次にいつキャンプに行こうか、そこでは何をしようか、そのために何が必要か、と着実に準備を行っています。
言ってみれば、ハマってしまったわけですが、それまでの自分には考えられなかったことだと思います。
野外で活動することの楽しさにはまってしまうと、家の中でゆっくりしているのがだんだんともどかしく感じられ、どこでもいいから出掛けたくなってきます。
 
それはおそらく、キャンプでも焚火でもなんでもいいですが、それらがすべて、代わりの利かない本番だからではないか、と思うようになりました。
そしてそれらは、食べること、眠ることなど、生きていくことの本質に直接的に関わってきます。
ただ一晩眠れない、一食食べられないというだけでは、危機は命にまでは及びませんが、自分が不利になることだけは確かです。
ちょっとした判断ミスのひとつ、失敗のひとつが自身の能力をそこなう可能性を秘めているので、そういった気持ちを持って物事に取り組む必要が必然的に出てきます。
 
まわりの状況を見て、手元にあるものを最大限使い、自分の出来ることをフルに行わなければなりません。
その上で、十分な休息をとり、また次に備えなければなりません。
一回一回がリハーサルのない本番だからこそ、そこで得られたものは、成功であれ、失敗であれ、確実に次につながっていく糧として、自分の中に残っていきます。
 
生きることと自分の間に余計なことがない。
そのことが、楽しいことなのだと思いますし、そこに充実感があります。
 
野外でシートに包まって一回寝るだけで、屋根のあるところは、たとえテントでも贅沢なのだなと思い知ることが出来ました。本当に大したことではありません。ただどこにでもあるシートと寝袋を引っ張り出して外に出ただけで、そういう経験をすることが出来ました。
次はどうしようか考えるだけで、楽しくてしかたありませんね。
一応、良い子は真似しないでね、と言っておきますが。
 
翻って、それまでの普段の生活のことを考えてみると自分はどうだったでしょうか。
衣食住の心配もなく、それらがあることが当たり前であるという上で、他のことにかかずらって思い悩んでいたように感じます。
 
稽古をしていても、はっとさせられました。
果たして自分がどれだけ、一回の稽古を本番として取り組めていただろうか、ということにです。
毎回毎回真剣に行っていたつもりでも、どこかでは「これは練習だ」と思っていたのではないだろうかと。
稽古を本当の危機だと思えていたかというと、全く自信が持てません。
それほどまでに、感覚が鈍ってしまっていたのだと思います。
 
その点、師父に相手をしていただくと、一回の対練が代用の利かない本番であるという実感がはっきりと感じられます。それは、師父がそのように取り組んでいることの証だと思います。
それを自分はその瞬間、味わわせてもらっているのだと感じます。
 
それは言われて頭で分かるものでなければ、技術や体力をどれだけ向上させても、決して理解できる質のものではないように感じます。
 
 
それが分かっただけでも、自分には大きな収穫です。
 
もちろん、それで全てが一度に変化するわけではないとしても、自分の中に付いた火種は、最初はなかなか燃え上がらなくても、適切に育てていけば、きっと大きな炎になるはずです。
 
それがどうなるかはわかりませんが、自分の中に生まれた感覚を、大切にしていきたいと思います。
 

                                (了)




*次回、「今日も稽古で日が暮れる(その32)」の掲載は、7月22日(土)の予定です


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2017年03月10日

門人随想 「今日も稽古で日が暮れる」 その30

   「 カガクと技術」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



太極武藝館では、徹底して太極拳を「科学」として捉えた稽古が行われている。
そこには曖昧さは一切なく、奥深い原理が、シンプルかつ論理的な説明で教授されている。

もちろんそこには、矮小化された人間単位だけの解釈ではなく、もっと宇宙全体の活動原理を包括するような、懐の深い世界が広がっているのである。

科学的な解明であるとか、発展という言葉を聞くと、どうしても非人間的なイメージがついてくるかもしれない。
いつか人々は自分の力では何もしなくなり、科学技術という檻に囚われた生活を送り、人間として大切なものを永久に失ってしまうのではないか? という見方だ。

だが個人的には、それは限定的で偏った見方ではないか、と思うのだ。


なんとなしに「科学技術」という言葉を使ったが、厳密にいえば科学と技術は、非常に近い関係ではあるが、実際にはそれぞれ異なった概念を示す言葉であると言える。
この関係性は、太極拳においても同じことが言えるはずだ。


ふつうに思われていることとしては、科学の発展が新たな技術を生み出すというイメージがあるかもしれない。
ところが、本来の関係性としては、これはまったく逆であるらしい。

科学の歴史はまだ浅く、技術の発展こそが科学の発展を助けるものである。
人類は何万年も前から火を使っていたが、科学的に火を理解したのは、近代に至ってからである。

これは実際に歴史を紐解いてみれば簡単に説明がつく。

産業革命の時代、ジェームズ・ワットによって作られた蒸気機関が爆発的に普及した。
それによって、熱力学という新たな科学の分野が切り開かれ、経験則でしか知られていなかった知識が、体系的に説明されるようになった。
当然、ワット以前にも人類は火を使っており、また蒸気機関も存在していたし、熱力学の仕組みそのものは使われていたが、広く学問的に追求されるようになるのは、新たな技術=新型の蒸気機関の普及を待つ必要があったのだ。

ガリレオが天体の運動法則を発見できたのも、彼の熱意と取り組みはもちろんだが、天体望遠鏡を作る技術が世界にあったから、ともいえる。
ガラスを加工しレンズを作る技術、金属を加工する技術、それらの集大成として、天体望遠鏡は生まれた。
それによって、それまで神々の世界のワザとされてきた天体の動きを、人が理解し始めた。
科学の萌芽が芽吹きはじめたのだ。
それは、神々の権威を失墜させる、幕開けでもあったのだが・・・。

このように、科学が技術を生み出したのではなく、技術こそが、科学の母であった。

いずれにせよ、それらの出来事は時代の流れであり、必然であったのだと思う。

特に現代では、コンピュータやインターネットの急速な発展から、世界をとりまく環境の変化がどんどん加速していっている。
技術の発展自体は確かに人類が作り出しているものだが、その法則性を見てみると、時代という機が熟したことによってその技術があらわれてくるのは自然の現象であり、止めることのできない進化の力である、ということらしい。

たとえば、アインシュタインは相対性理論を発見したが、同時代に、彼以外にも相対性理論を発見していた科学者がいる。
電話の発明者はグラハム・ベルだが、エジソンもほぼ同時に電話を発明している。ただ特許を取るのがベルのほうが先だったというだけの話だ。

なぜかというと、それらの技術は、無から突然ぽんと生まれたわけではないからだ。
それぞれのものに、その前段階の積み重ねがあり、その先の一歩として、新たなモノが生まれてくるのだ。


太極拳に当てはめてみれば、おそらく、宇宙の原理なる深遠なものから太極拳を考え始めても机上の空論で終わってしまうのは、そういった進化・発展の本来の方向性からは、反対からアプローチしてしまっているからに違いない。

最初に、戦う必要性があり、戦うための技術が生まれた。

そこから、よりその技術を洗練していくために、体系的な解明、説明が行われるようになった。つまり、科学的解明が始まった。
太極拳が発展した時代の中国においては、その原理を説明するために太極思想や気という概念を用いるのが自然なことだったに違いない。
だがそれも、実際に使える技術がある上で、それを説明するために行われたのだということは間違いないだろう。そうでなければ現代にまで、この技術が残っているはずがないのだから。

だから、もし現代で太極拳を稽古するのであれば、この時代にあった言葉で説明することは不可能ではないし、自然なことなのだと思う。
それゆえに、師父の太極拳に対する取り組み方は、ごく自然なことであるし、また、非常に発展的な示唆を秘めたものだというように感じる。
そのことが太極武藝館を、ただ武術として稀有なチカラを持った太極拳を学習出来る場という限定されたものでなく、もっと人間として成長していける場として、人を引きつける魅力のある場所にしているのだと思う。
武術は個々の研鑽だというのは、否定できない事実だ。
だが、多くの仲間が集まることによって、それまでは気付けなかった可能性が開けるのかもしれない。
人は、そうして進歩してきたのだから。


太極拳も、最初は非常に素朴な拳法だったかもしれない。
そこから、時代の要請、自らの身を守るための必要性や、外部との交流によってどんどん新しい技術を取り込み、また自らが研鑽し、いまある太極拳の技術が形作られた。

その進化発展はいまもまだ続き、師父は「新しい発見があった」と仰り、より洗練された技術がこの世界に現れてくる。

それは太極拳が徹底して「敵にやられないための技術」であるためであり、もしそれがいかに技を魅せるか、採点されるかといった方向にでも向かったものなら、とたんに本質を失ってしまうだろう。
それは太極拳から生まれた、「別の何か」なのだ。

やられないための技術であるからこそ、技術は進歩し、それによって新たな考察を得る。
考察は科学的解明を促し、そして得られた理解は、また技術としての太極拳を進化発展させていく、というサイクルを続ける。
太極拳の本質を伝承していく人々がいる限り、それに終わりはない。


世界に目を向けてみると、近年になって過去に類を見ないほど人々の生活は変化している。
嫌でも技術は進歩し、この世界に起こっている変化は止めようがないが、100ある変化の中で、悪い変化が49だとして、良い変化が51あれば、少しずつであれ、世界は良くなっていくに違いない。

自然の中で、古くからある生活を送っていくことは実に魅力的だが、いまの科学と技術なくして、70億人もの人間が地球で生きていくことはもはや不可能になってしまっている。

古来からの狩猟採集民としての生活を人間がするためには、一人当たり数キロ四方の自然が必要になるという。
そんな余裕はこの地球にはない。もし本当にそれをするとなると、全人類のほとんどは生きていけなくなることになってしまう。
確かに技術の進歩の否定的側面はあるが、それによって世界に生きることが出来る70億人という人々が、いままでには存在しなかったあたらしい何かを生み出せる可能性が生まれているのだ。
それは否定されることではなく、素晴らしいことだと思う。

だがそれは、本来自然環境で生活するための体を持った人間だということを忘れて、現代的な生活のみに浸るということにはならない。
不可避な変化を受け入れながらも、それだけに甘んじることなく、自分で出来ることをやっていく必要があるということだ。
そして、そのための自由もまた、格段に増えているのではないだろうか。

過去の歴史を見てみれば、いまの人々の暮らしは間違いなく豊かになっていると言えるし、生き方を選択する自由も格段に増えている。
それに伴って裏側では、その豊かさの代償として多くの危険が生じてしまっているが、必要なのは、バランスを保って生きていくことなのではないか、と思う。
便利な世の中になったが、何もしなければ能力は衰えていく。
もしそれが嫌なら、自身で何かしらの努力をする必要がある。


情熱は、何もないところから生まれるわけではない。
自分が関わって、行ったことの結果として、熱が生まれ、それが自分の中に情熱として芽生えていくのだと、最近になってようやく知ることが出来た。
情熱があることを追求していくのではなく、自分が追求していくことの中にこそ、情熱が生まれてくるのだ。

そうと知ったからこそ、自分の目の前にいくつもの選択肢があることは、迷いを生み出すもとではなく、むしろ感謝するべきことなのだとわかった。
ただ流されるのではなく、自分で選び、勝ち取っていく。
それが自分の力になっていく。

それが出来ることが、人のもつ素晴らしい力だということを、理解した。
こうした考えが少しでも広まれば、ちょっとずつでも、世界はよくなっていくに違いない。
なによりも、少しずつでも変化していける自分自身を、楽しみ、そうできることの喜びを味わっていきたいと思う。


                                 (了)

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2016年05月10日

門人随想 「今日も稽古で日が暮れる」 その29

   「 危険を『意識』する」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



 
 今年から始まったCQC講習の第一段階が先日、終了した。
 
 CQCという名の通り、身を守るための近接格闘術の話からはじまり、それ以外にも火災や地震など、身の回りにある危険から回避する方法などが多岐に亘って提示されるという、学ぶことの多い内容だった。
 
 あれだけの内容を、忙しい中、講習のために用意してくださる師父には、本当に頭が下がる思いだ。内容のレベルで言えば、「危険回避学」とでも名付けて大学の講義としても十分通用するレベルなではないか、と個人的には思う。
 「プロなんだから、当たり前だ〜」と、師父には笑って言われそうではあるが。
 
 
 さて、特に地震に関しては、東海地震の発生が予想される地方ということもあり、数回にわたり念入りに講習が行われることとなった。
 そして講習の期間中に、ちょうど熊本で地震が発生したこともあり、いつか来る危機ではなく、すでに自分たちの目の前にある危機として、より認識を新たにすることが出来たように感じる。
 
 ここまでの講習を通して感じたことを、日頃の稽古と照らし合わせていくつか書いてみようと思う。
 
 
 事故や災害、危険からの回避も、戦闘も、第一の目的は自分自身が生き残ることにあると思う。また、それらに共通することは、いつ起こるか分からないということだろう。
 
 あと〇〇分後に火災が発生します〜・・などということはこの現実世界ではありえない。
 もちろん、人為的なテロや攻撃だったらそうとは言い切れないが、事前にそれをつかむことが出来なければ、実質的にはいつ起こるか分からない状態と違いはないといえる。
 
 だとしたら、いつ何が起きても大丈夫なように、自身で準備しておくしかない、ということになる。
 
 CQC講習では、地震などの災害時に備えてどれだけの装備を持っておくべきかということが、かなり入念に紹介された。東海地震がいつ起きてもおかしくない、と言われ続けている場所に住んでいながら、実際に自分がどれほどの準備をしていたか?ほとんど何も備えていないに等しかった。
 日本中で大きな地震が起きて、かつこれだけ言われていてもそうなのだから、もし実際に何かが起こったときに、自分がどれだけ対処できるだろうか。学ぶ前と後で変わった意識を実際に生かしていかないといけないと感じる。
 
 これが地震ではなくて、たとえば暴漢に急に襲われるといった事態だとしたら、どうだろうか。自分は散々稽古しているから大丈夫、などとはとても思えない。
 
 どうしようもない状態に陥ったとき、まずは自分がどのように動けるのか。
 そこに意識を向けていかないといけない。
 
 
 世界中には多種多様な格闘技や武術があり、民間のみならず各国の軍隊や警察などで指導している人の動画などが、ネット上には数多く出回っている。
 それぞれの武術にはそれぞれの考え方があり、細かい対処の仕方という点ではいくらでも違いはあると思う。だが、一貫して共通して見えるのは、いかに止まらずに動き続けられる状態を維持できるか、という点だろうか。
 
 道場で、数人がかり(時には10人近く)で壁際に師父を拘束しに行くというものを示していただくことがある。
 我々門人は、もちろん全力で師父が動けないように拘束しに行く。
 そのとき、壁から逃れる事のできないようにするのみならず、師父の足が地面から離れてしまうほどに、我々は本気で拘束しに行っている、はずなのだ。
 押さえている身体の部分と壁によって、そこは確かに動かないはずなのに、なぜだか押さえられている感じがしないのが不思議だ。

 「そんなので拘束出来てるのか〜」
 と師父は冗談のようにおっしゃるが、押さえつけた身体によって、後ろの壁はみしみしと音を立てている。
 こんな状態になったら、実際ふつうだったら動けたものではない。
 ところが、師父はそれをこともなげに、ひょいっと拘束を外していくではないか。
 
 ときには指名した人間を一人ずつ、ときには全員を同時に吹き飛ばし、ないしは床に転がしていく。やらせと思われても仕方のない光景かもしれない…。
 
 災害とは想定されているケースが一見違うようにも思われるが、人間の自由を奪って動けないようにしているはずの状況でも、師父のような武術家は、状況に拘束されることなく、動ける状態を保っているのである。
 
 押さえつけたところから始めてそれなのだから、動いて歩きまわっている師父をとらえにいくなどというと、もう話にもならない。
 何人でかかろうがスルスルと師父は自由に動いてとらえきれず、我々は捉えにいこうとした仲間であるはずの門人同士でぶつかって邪魔し合う(ように崩される)始末である。
 
 
 動き続けられるというのは、それだけで凄い力を秘めているのだと感心せざるを得ない。
 自分でやってみると、一人ならまだしも(それでも怪しいのだが)、二人相手に攻められてこようものなら、どれだけ自分が動けない身体になってしまっているのかが、はっきりと感じられるものだ。
 稽古の中でそれなのだから、実際に外で複数の人間に襲われたらどうなるのか、考えるだけでも恐ろしいものである。
 もちろん、道場の稽古で襲ってくる人間は門人なので、当然ふつうの人よりも鍛えられ動けるようになっている人間なので、一概に同じとは言えないかもしれないが…。
 
 
 
 動き続けられることとあわせて、危険がせまっている時には、ゆっくりと腰を据えて対処しようという時間がない、ということにも驚いた。
 目の前に敵がいて、倒さなければならないとき、格闘技の試合のように2〜5分、という時間を取ることは出来ない。短い時間の中で何とかしなければならない、という事だった。
 
 知り合いの友人から聞いた話だが、米軍の海兵隊で機関銃を持ったガンナーの、兵士としての危険度を現す数字は、「12」だという。
 
 なんの数字かというと、「戦闘が始まってからそれ以上時間が経ったらいつ死んでもおかしくない」数字だという。
 将校ではなく、現場の兵士である銃手の場合は、『12秒』だ。
 
 戦場になど行ったことのない自分たちには、日常的には考えられない話だ。
 漠然と将来の不安とか、せいぜいそういったものしか感覚的には感じられない。
 人間は、いつか死ぬんだろうな〜なんて暢気なことは、まったく言ってられない。
 
 「12秒経ったら、自分は死ぬ」
 
 そのような意識でいることが、普段あるだろうか?
 やはり、自分はまだまだ甘いところで生きているのだなと痛感させられる。
 
 
 もちろん、そのような状況の中であっても、最後まで生き残ることを考えなければならないのだが、死が遠くにある中でただ生きていることと、死を隣り合わせにした中で生き続けることでは、意味がまったく違っている。
 
 日本の中にいては、いきなり銃弾で死ぬ可能性は少ないかもしれないが、それ以外にも危険はいくらでもある。
 道を歩いていれば、車が突っ込んでくるかもしれない。火災や災害や事故、そういった危険は考えてみればいくらでもあるはずなのに、どうして我々の危険意識はここまで鈍くなってしまっているのだろうか。
 常に神経質になっている必要はないだろうが、そういった危険をリストアップしてみることで、少し意識が変わってくるように思う。
 
 小さな範囲で見れば身の回りの危険、大きな範囲で見れば、国家同士、世界規模で起きている情勢。そういったことに、もう少し意識を向けてみないといけないように感じる。
 世界の遠く見えないところで起きたことが、自分の意思決定にどれだけの影響力を与えているか。
 少し前だったらSFのような話だったのかもしれないが、現在では、そのことが現実的なこととして身近に感じられるはずである。
 
 自分がそうするべきだと思って決めたはずのことが、本当は別の人間によって決められた方向性だったとしたら、どう思うだろうか。誰だって気持ちのいいことではないはずだ。
 だが実際には、長年の教育を通して、培われた「空気」や常識によって、また、メディアの手法によって、そういったことがまかり通ってしまっているのがこの世界だ。
 
 まずはそういったことが実際にあると知り、世界と自分がどう関わっているのかを、自分の中に問う必要があるように感じる。
 そうすることで、本来の自分ということが活動をしはじめ、それが生き残ることにつながっていくのではないかと、そういう風に感じるのだ。
 

                                  (了)


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2015年12月23日

門人随想 「今日も稽古で日が暮れる」 その28

   「 ワイルドに生き残ろう!」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



野生の証明…?
 
闘争とはすなわち、生き残ることであり、戦いとはまさにサバイバルである。
そうした観点から見てみると、いかに現代の日本人が安全という幻想に包まれ、生存闘争とはかけ離れた生活をしていることか。
 
 
生存において、生き残るために何より必要なのは食糧の確保である。この現代日本においては、少し腹が減れば「ちょっとコンビニへ行こうかな」などとと安易な発想で乗り切ることができる。
こんなことでは、過酷な自然環境では生き残ることが出来ないのではないだろうか。
 
ではここで、人類よりよっぽどワイルドに生きているはずの、チンパンジーの一日の生活を追ってみることにしよう。
 
さぞかし、過酷な環境を自身の野性味によって乗り切っているに違いない。
 
 
 
野生を証明してみせよう
 
チンパンジーの一日の生活はこうだ。
 

ひたすら食べる、仲間と交流する、寝る。以上。

 
ずいぶんと野性的ではないか。まさに本能による行動。仲間と毛づくろいをしたり、
群れを作って行動しているあたりに社会性の片りんが見られる気もする。
 
…冗談はさておき、チンパンジーの生活などこんなもんである。馬鹿にしているわけではなくて、人間と複雑さのレベルにおいて違いが出てくるのはしょうがない。そもそもどれだけ人間がワイルドになって野生にかえっても、チンパンジーとは身体構造上の違いから、どうあがいたって彼らと同じような生活は出来ないのである。
 
悲しくも、それが現実だ。え、悲しくない? あ、そうですか。
 
チンパンジーとヒトではそもそも身体の作りが違うので、その生活様式も異なって当然だ。
チンパンジーとヒトの共通祖先から進化が枝分かれしたのは、もう何百万年も前だが、その構造上決定的な違いとなったのは、我々人類の先祖は直立二足歩行に適した身体になっていったが、チンパンジーはそうはならなかったことだ。
 
チンパンジーはもっぱら熟した果実を食べ、ほとんどを樹上で生活している。
移動は樹から樹へと枝渡り(ブラキエーション)をするか、地面を拳を着いて四足で歩いている(ナックルウォーキング)か、二本足でよたよたと歩くかしている。
 
人間の行う二足歩行というのは四足歩行に比べて、エネルギーの効率がいい。
 
チンパンジーの一日の移動距離がどれくらいかご存じだろうか。
彼らは一日に、2〜3キロメートルしか移動しない。
エネルギー効率が悪すぎて、それくらいしか移動できないのだ。
 
世の中には物好き…好奇心旺盛な人がいて、チンパンジーに酸素マスクを着けて、ルームランナーを歩かせる実験をした科学者がいる。
 
すると、その消費エネルギーは人間が同じ距離を歩いた場合の四倍にも達したという。
 
チンパンジーが2〜4キロ歩くエネルギーで、人間は8〜16キロ歩けるということになる。
 
悲しいかな、チンパンジーの場合、「ちょっとコンビニ行ってくる」でさえ、一日の労力の大半をつぎ込む壮大な仕事になりかねないのである。
 
そもそも彼らの場合、食べ物はそこらじゅうにある。自分がいる樹に果実がなくなればとなりの樹に移り、どうしても無ければ植物の茎や葉や根などを食べ、昆虫がいたら食べ、たまにはみんなで狩りでもしちゃう? といった具合だ。
 
極端な話、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家ではないが、食べられるものの上に住んでいるともいえるので、そもそも移動する必要性がほとんどないのだ。
ただ、野生の食物は繊維が硬く栄養が少なく、ひたすら噛んでいる必要があるし、たくさん食べなければならない。
 
消化に悪いものをひたすら一日中食べ続ける生活。たしかに野性的、か?
 
 
エネルギー効率の良さ
 
さて、武術修行者にとって興味深いのは、二足歩行と四足歩行のエネルギー効率の違いという点ではないだろうか(自分だけか?)。
 
とくに太極拳を修行する人間にとっては、いかに力を使わずに戦うかという点において、非常に示唆的なものが含まれているように感じる。
 
二足歩行に適した身体に進化した人間は、四足歩行のままのチンパンジーに比べて、力や瞬発力という点で明らかに劣っている。
パワーもスピードも、オリンピック級の超人の倍くらいの能力を、特に鍛えていないチンパンジーが出せるのである。
同じことで勝負しようとするのはあまりに馬鹿げているではないか。
 
チンパンジーとヒトの違いは、チンパンジーは直立出来ないという点にある。
まっすぐに立てないために、四つ足と二本足どちらも、歩く時には筋肉で体を支え続けなければならない。
 
おもにつかわれるのが背中や腰と、あとは蹴り足として使われる大腿部の筋肉だ。
 
人間はしっかりまっすぐ立てば、それだけで無駄な筋肉を使わずに立つことが出来るのだ。
 
もうピンと来た人がいるかもしれない。
太極武藝館では、大腿四頭筋で蹴らない、落下しないということを注意される。
それらの動きは、進化したヒトが獲得した動きというよりも、むしろ四足動物の持つ構造に近いものなのだ。
我々が進化する上で手放した構造を、わざわざ再び手に入れようとするのは、進化の方向性に反したことに思われる。
 
格闘技の試合が1ラウンドごとに休憩をはさむのも、そこで使われている動きが、そもそも効率の悪い動きだからだ。
 
太極武藝館の稽古では、休むことなく数十分も動き続ける。
特に研究会の散手では、師父一人相手に、年齢の若い門人が数人がかりで掛っていくのに、我々は汗だくで息も切れているのに、師父はまったく疲れた様子が見えない。
 
エネルギー効率の良い動きの出来る身体構造に向かった進化の方向性が、正しく整えられた人間としての本来の在り方に宿っているという、まさに証明といえるのではないだろうか。
 
ウルトラマラソンという競技では200キロもの距離を人間は走破し、一日百マイル(約160キロメートル)を数日間走り続けることが出来る。
そして、その能力によってヒトは野生動物を仕留める。
軍隊では数十キロの荷物を背負って数十キロの距離を行軍し、さらに敵地に到達してからはそこから戦闘を始める。
 
これだけのことが出来る生き物は、地球上に他に存在しない。
 
その始まりは、はるか昔、人類とチンパンジーの共通祖先が、まったく違った環境に置かれたことから始まった。
 
地球規模で環境が変化する中、チンパンジーの祖先は、森が豊かで、それまでの生活が続けられる環境に取り残され、何百万年も変化することなく居続けられた。
 
かたや、我々の祖先は、生活の場であった森が減少し、広大な荒野という辺縁に取り残されてしまう。
我々の祖先が選んだのは、森に戻ることではなく、目の前に広がる荒野を開拓し、新たなフロンティアを目指すことだった。
そのためには、効率の良い移動手段が必要不可欠であり、新しいことへと向かっていくその精神もまた、それらの原動力となったのだった。
我々人類とは、同じところでとどまってはいられない生物なのだ。だからこそ今、地球を超え、宇宙へとまで進出するにいたったのだ。
 
 
戦いを求めて…?
 
二足歩行を行うようになって前足が解放され、手と進化した人類は、さらに脳の進化が促されることによって、地球上類を見ない征服者となった。
 
面白いのは、人類がこれだけ発展するためにとった戦略が、血のつながらない他者と協力するというところにあった点だ。
太極拳もまた、向かってくる相手を制するために、その相手そのものの協力を必要とする。
自分を害するために向かってくる相手と和合することによって相手を制するとは、いかなる発想がそれを生んだのだろう。
何よりも、それを理念とするのではなく、実際的な技術として昇華させてきたその歴史に、驚きを禁じえない。
 
ヒトがヒトを敵とみなすのは、相手が別のグループに属していると判断した場合に限る。
自分の仲間ではない=自分と敵対する可能性がある、と、実に分かりやすい構図だ。
 
初期のホモ・サピエンスが地球上に広まり始めた当初、人類に人類同士の争いの跡がほとんど見られないのは単純な理由で、周囲に敵対するグループがいなかったからだ。
自分の回りにいるのは仲間ばかり。殴る相手を求めて数百キロも命をかけて歩いていく物好きはそうそういなかったに違いない。
 
イタリア半島くらいの広さの中に自分ひとりしか人間がいない、というくらいの人口密度の中で、せっかく見つけた隣人に問答無用で挑みかかる人間がどれほどいるだろうか。
 
その時代を生きた人間にとって、戦いとは生き残ることであり、生活そのものに深く根付いていたに違いない。
そしてその中には、他者を制するための戦いはほとんど含まれていなかったはずだ。
他者とは、協力すべき相手であり、仲間であった。
 
他人とは自分と似たものであり、他人を知るためには、自分を知る必要があった。自分を通じて、自分と似た他人を知ることが出来たのが、人類が他者と協力できた最大の理由だからだ。
 
助け合いの中で、相手を利することは自分を利することだった。
そして、いざ争いになったとき、相手を制することとは、すなわち自分を制することだったに違いない。
 
この精神は、人間としての正しい在り方、整え方を追求する太極拳の中にもしっかりと存在している。
 
人間が人間になったときから、生きる上で興味の対象に自分が含まれ、そして他者が含まれるようになった。
人間が増え、他者とのかかわりが増え、そこで争いが生じるのはある意味仕方のないことともいえる。
 
人間にとっての野生とは、いかにもな自然の環境に還ることではないと思う。
いままさにこうして生きているこの環境そのものが、実は人間にとって姿を変えた野生なのだ。
 
即座に命を奪うものも回りにはあふれているが、種としての時間の短さから、人間の遺伝的本能はその危険性に気づいていない。
また、慢性的にゆっくりと命を奪っていくような危険も同時にあふれているのだが、そのことにも多くの人は気付いていない。
 
太極武藝館で指導されている内容が、ただ敵と戦うための技術に終始するわけではない理由もそこにあるのではないか。
生き物にとって、生きることが戦いであり、生き残ることが勝つことだとすれば、いま生きている環境を知り、自分自身を知ることが、勝利への絶対条件と言える。
そのためにはただの方法論でなく、精神や志、魂といったものが必要になってくる。
 
君子危うきに近寄らず―
 
だが、真の戦士は、己や仲間を守るためならば、喜んで死地に赴く。
 
それは敵を屠ることに喜びを覚えているわけでもなく、征服したいわけでもない。
そうしたものが、ただ敵にやられない技術のために生じてくるものだろうか?
 
そうは思わない。
 
まずは絶対的なスピリットがあってこそ、そこから、生き残るために必要な技術は生じてくるのだ。
生き残るための戦いは、全体性の中にある。
それになるためには、やはり自らが全体性の中に没入しなければ不可能なように感じる。
 
あらゆる環境の中に「生きる」自分。
 
それこそが、まさに野生としての在り方ではないだろうか。
 
                               
                                  (了)

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2015年01月24日

門人随想 「今日も稽古で日が暮れる」 その27

   「 意識とはナニカ」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



 太極拳では、用意・・意を用いるというけれど、
 そもそも、その用いられるといわれている「意」とはなんなんだろう?

 意識的であること。
 単純なことなのだけど、日常の中ではすぐに見落とされてしまう。
 日常の考えに慣れ切った頭では、
 「意識的になろう。では意識的とはどういうことだろう?」
 そう考え始め、何かの定義を求めはじめたときにはすでに思考となっていて、
 肝心の意からは離れてしまっている。
 
 では、感じるままに・・・
 などとニューエイジにかぶれたような思想のもとで行ってみても、 
 立っていればなんだか脚も痛いし背中も痒い・・・
 相手が来れば相手を受け入れたときにはやられているなんてこともしばしばだ。
 
 そこに至って、ふと立ち止まらざるをえなくなる。
 こいつは、何かがおかしいぞ、と。
 

 僕たちが子供のころから、ラジオ体操はじめ、学校教育によって嫌でも西洋運動理論がいつのまにか身体に染み付いてしまっている。
 
 西洋的な運動、スポーツの始まりをさかのぼれば、一体どこに行きつくのかはわからないけれども、古代ギリシアやローマ時代に行われていたという古代オリンピックにその起源の一端があるかもしれない。
 
 古代オリンピックは神々に捧げる儀式としての意味合いを持っていたらしいが、競技の内容を見れば、円盤投げ、やり投げ、走り幅飛びに短距離走、ボクシングやレスリングなど、明らかに戦闘のための技術を競技にしたものが行われていた。
 中には盾や鎧を装備して行われる武装競争なる競技もあったというから、それらの意図していることは明らかに、兵士を鍛えるために、戦闘に必要な技術を細分化して競い合わせるということだろう。
 
 
 もちろんすべてのスポーツの起源が戦争のための訓練だったとは言わない。
 サッカーで戦うなんて、某少林サッカーじゃないんだから、さすがの中国人も考えないだろう。
 
 ただ、発想の根底として、ある全体の枠組みの中で、ここで言えば戦争に関する闘争技術の中の一部を取り出して、鍛練していくことが目的だったというものがあるように感じる。
 とすれば、そもそもにおいて、個々のスポーツ競技ひとつひとつは、断片的な身体操法と言えるのではないか、と感じるのだ。
 
 ここにはギリシャローマから始まる西洋的な思考哲学、分析などの萌芽が一緒に含まれているように思える。細分化し断片化したものひとつひとつを丹念に調べ上げていけば、結果として全体に関する知識も得られるだろう、という発想だ。
 いわばそれは、現代にも通じる科学的な思考方法とも言えるだろう。
 
 
 では、東洋の思想はどうだろうか。
 といってもそれらに関して、僕はまったく無知の素人なのだ。東洋の思想に関してはせいぜい鈴木大拙の本を何冊か読んだことがあるくらいである。
 どうもそれによると、東洋というのはいわば禅の思想に通じるものがあるらしく、それがそのままぽんとあるというか、我も彼もなくただあるといったようなこと、らしい。
 端折ってしまってるのでほとんど何も伝わってないが、時間があったら鈴木大拙の著書を読んでみてください。いろいろと面白いです。
 
 とにかくそういった思想の根底が東洋には流れているようで、当然それは太極拳にも通じる何かがあるのではないだろうか、と感じるのだ。
 
 ではそれはすでに取り上げた西洋的な思想と混じらないかというと、実は混ざり合う。
 ヨーロッパとアジアが中東あたりでじわっと混ざって独特な文化を作り上げるように、それらは境目なく溶け合っている。
 アプローチの方向性が違うだけで、それらは同じ物事の両面を取り扱っているもののようにまるで見えるのだ。
 
 問題になるのは恐らく、どちらかに極端に偏った見方になっているときなのではないだろうか。
 恐らく我々日本人は、西洋的な運動理論のみに偏ってしまっている、そこがそもそもの問題の始まりなのだと思う。
 
 現代の欧米では、盛んに東洋の神秘を科学的に研究するという、一見矛盾するような取り組みがかなり本気で行われている。
 マインドフルネスという、「今、ここに生きる」という、あたかも仏教の瞑想のようなものが心理学として本気で研究され、取り組まれていて、いま何かとブームになっているらしい。
 なんでも流行りのものに飛び着いちゃうのが欧米、おもにアメリカらしいのだが、それでも彼らの、問題に対して本気で取り組む真摯な姿勢、そしてそれを容認する文化は日本人は見習うべきだと思う。
 
 それらの精神文化が流行するのも、物質文明として栄えた西洋の文明が、相対的にバランスを保つために精神のほうへシフトしていくという流れの一つなのだろう。
 
 それに比べると、いまの日本の精神性はいかがなものだろうか。ハロウィンやクリスマスなど、向こうでは宗教的なイベントとして行われているものが、日本には完全にただのイベントとして入ってきてしまっているように感じる。
 日本の宗教は神道で、八百万の神を祭っているのだから問題ない、という見方も出来るのかもしれないが、そこにあったはずの精神性はどこにいったんだろう、と思うと首をかしげざるを得ない。
 
 
 えぇと、宗教や文化の話はともかく、である。
 (クリスマスぅ?・・昼は仕事して、夜は稽古してましたが、何か?)
 
 太極拳の稽古を行っていると、そういった、今の日本では価値観として忘れ去られてしまったような精神性にも目を向けざるを得ない、というのは、実に面白いことだ。
 そして同時に、太極拳は実際に身体を使う、実学としての面もちゃんとあるということを忘れてはならない。
 精神だけでも身体だけでもダメで、それらが調和しないことには、本当の意味での太極拳は習得できないように強く感じる。
 
 
 じゃあ自分は頑強な肉体に、聖人君主のような精神を持っているのか?
 というとぜんぜんそんなことはない。
 はや入門して何年も経つというのに、ダルダルの体とグダグダな心をいつまでも引きずったままである。
 ・・とそれはそれで問題なのだが、ひとつだけ変わったことがあるとすれば、自分は今、どうなのかということに、『嫌でも』目を向けざるを得なくなった、ということだろうか。
 そう、これがすごく嫌なことなのである。自分の本当の姿なんて、だれも知りたくはないものだ。理想とはぜんぜん違う、これが自分!、そんなのはNO!だ。
 
 ところが、一度これを始めてしまうと、自分という人間は、そして回りの出来事まで含めて、いかに面白いんだろう、とだんだんと感じはじめてしまうのである。
 良い部分はあんまりないように感じるが(笑)、ダメなところはダメなところで、意外と愛嬌があってよろしい。完璧なものなどないと知れば、これはこれで、まぁ味があると言えるんじゃないだろうか。
 
 それでも、うん。
 もうちょっと武術的にどうにか腕を上げたいものだから、いくつか注意点を絞って、自分のことを見てみよう。
 
 そうすると、少しずつだけど確かに変化が現れ始める。
 
 そうなっている時の、まさにいまの自分。
 
 
 冒頭に戻るが、ほんの少しだけ意識的になれているような気がした。
 
 意識的とはどういう状態か、と考えていてもダメで、かといって悟りを開いたような微笑で立っていても恐らく意味はないんだろう。
 
 自分が求めることの情熱の中で、わからないなりにも少しずつ、固まっていたものが解けだしていくような感覚だ。
 こうした味をちょっとでも味わえたのは、いまの日本の中にいて、ものすごく稀有なことで、素晴らしいことなんじゃないかと思う。
 そして一度この味を知ってしまうと、もう一口、もう一口と、なかなか止まらなくなってしまうものである。
 
 
 そう思わせてしまう太極拳は、ある意味、禁断の果実かもしれない。
 一度味わってしまえば、もうもとには戻れない。
 先へと進むのみである。 


                                 (了)

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