*第31回 〜 第40回

2010年03月01日

連載小説「龍の道」 第40回




 第40回 武 漢 (wu-han)(12)



「・・あ、射的ですか、僕だって得意ですよ、よーし、勝負しましょう・・!」

「そんなこと言ってると、後できっと後悔するわよぉ・・!」

「ははは、やっぱり宗さん相手だと、ちょっと自信が失せてくるなぁ・・・
 ・・けど、なぜ銃で撃つ射的を ”神槍手” って言うんですか?」

「うん、いい質問ね・・・拳銃のことを Pistol(ピストル)というでしょ、それはもともとヨーロッパでは ”短剣” という意味だったの。中国では銃が入ってきたときに ”剣” ではなく ”槍” という言葉が充てられた、というワケね。
 だから、拳銃のことは手槍、ライフルは歩槍、短機関銃は衝鋒槍、機関銃は機槍、という具合に、銃器にはすべて”槍”という文字を付けて表されているのよ」

「ははぁ・・・なるほど・・・!」

「だから ”神槍手” というのは、名射撃手、という意味ね」

「僕はてっきり、槍の名手のことかと思いました。
 うーん、同じ漢字の文化とは言え、中国語は難しいなぁ・・」

「実は、中国人である私たちにとっても、それは難しいのよ・・・」

「・・え? 何故ですか」

「そもそも、漢文と話し言葉とは全く無関係だし、漢文には文法など存在していないの。動詞や名詞といった区別もないし、例えば ”歩” という言葉が ”歩く” のか ”踏む” のか、 ”歩く” という動詞なのか、段階や状態、距離などを表す名詞なのか、判別する方法が何もないのよ。現代では ”歩く” ことを ”行” と言うから余計に分かりにくいし、 ”政府の役人” が歩いたことを表現する時には ”歩” という字を好んで使ったりするしね・・・
 その ”行” にも、歩く、通る、行く、行う、有能、などというたくさんの意味があって、中国武術では歩法の練習のことを ”行歩” と言ったりするでしょ・・
 ライフルを "歩槍" と呼ぶのだって、歩兵槍と言えば分かりやすいのに、槍なのか銃なのか、槍をもって歩くんだかチンプンカンプン。歩兵の槍、と解釈するには言語学的にも無理があるわね。

 それに、漢文は同じ動詞でも ”時制” が無いから現在形か過去形かも分からないし、句読点も無いから、どこからどこまでが一文なのかも分からない・・・もっとも、最近はちゃっかり日本語の真似をして、点や丸を使うようになったけれど。
 秦の始皇帝以来、統一してきたのは文字だけ。中国は文字という表面の体裁を整えることだけで二千年以上も過ごしてしまったのよ。
 二十世紀になるまで、漢字は発音記号の無い、ただの表意文字だった・・・
 始皇帝から二千百年も経ってようやく、初めて漢字にルビを振って発音記号を作ったのよ。中華民国は日本のカタカナを真似た ”注音字母” を作り、大陸ではあれほど嫌っていた西洋のローマ字を使ってピンインを作ったの。

 中国四千年とか五千年とか言うけれど、その言い方自体が辛亥革命に始まったナショナリズムの産物で、実際には二千二百年の歴史しかないの。そしてその間、言語学的には何も形が整えられていない、未成熟な体系だと言えるのよ。
 いまだに盛んに簡体字を作って便利さにばかり拘っているけど、台湾や香港、外国在住の華僑はほとんど簡体字が読めないし、逆に大陸の人たちは本来の繁体字が読めなくなってきている。これは、文化としては由々しき問題ね。

 日本語は、昔から表現がとても繊細で、言語文化として世界に誇れるものよ。
 事実、日清戦争以後、清国は毎年八千人から九千人の留学生を日本に送って、日本の文化を吸収しようとしたの。孫文や胡漢民、汪兆銘など、中国の革命派のほとんどは清国から日本への留学生だったし、彼らが夢見たのも日本に倣った ”立憲君主制” だった。
 それらの留学生たちがいちばん驚いたのは、日本には平仮名と片仮名があって、子供でもすぐに漢字を学べて、誰もがすぐに文章を読めるようになる、ということだったの・・・」

「・・うわぁ、宗さん、詳しいんですねー! 言語学を専攻していたんですか?」

「父が歴史家で、言語学者だったの・・それで文化大革命の時に捕えられて・・・・
 残された家族が大陸を抜け出して、この台湾に来たってわけ。
 私は、父が研究している学問には、とても興味があったのだけれど・・・」

「そうでしたか・・・・」

「でも、漢字を発明したのだって、中国人かどうか、分かっていないのよ・・」

「・・え? だって、漢民族に発生したから ”漢字” というのでは・・・?」

「西安の郊外に、碑文が沢山収められた ”碑林” という博物館があって、そこに黄帝の時代に漢字を発明したと言われている ”蒼頡(そうきつ)” という人物が残した碑文があるの。何でも、砂浜を歩いた鳥の足跡を参考にして文字を作ったのだそうよ。
 けれど、中国には未だにその碑文に書かれた文字を誰も読める人が居ない。漢字を発明したのが中国人だったら読めそうなものだけれど、中国ではいまだに謎で、二千年経っても誰も解読できないままでいるの」

「西安は前漢から栄えた古都・長安ですね。そんな碑文があるんですか・・・」

「ところがね、その碑文に書かれている文字は、日本の古代に存在した文字、アイヌ文字や神代文字と、とても似ているのよ!」

「ええっ・・・本当ですか!?」

「父はそんなことも研究していたの。だから共産党に目を付けられたのでしょうけど。
 中国は日本に漢字の文化を与えたような気になっているけれど、古代に遡れば、反対に日本から大陸に文字が渡ってきた可能性もある・・・父はそう言っていたわ。
 日本の学者は、古代日本に漢字以外の文字文化は無かったという前提でものを見ているが、それは間違いだ。日本は余りにも漢字の呪縛を受け過ぎている・・・
 古い歴史は、常に時の権力者の都合によって闇に葬られてきた、司馬遷も ”史記” の執筆中は獄に繋がれていた。学問は真実を究明しなくてはならない・・・
 日本の神話も、大陸と深い繋がりがあるかも知れない・・・・と、言ってね」

「何だかすごい話ですね!、僕も古代史にはとても興味があります。
 もっとも、王老師や張大人には、もっともっと ”近代史” を勉強するように言わたのですけれどね、はははは・・・・」

「ごめんなさい・・・せっかく射的で遊ぼうと言っているのに、こんな話を・・」

「いや、ぜひ今度もっと詳しく、中国の歴史の話を聞かせて下さい!」

「いいわよ、父から聞いた話で良ければ・・・」

「よーし、それじゃぁ、ジャンジャン撃ちまくりましょうか・・!!」


 射的をやろうと誘われたその店をつくづく眺めて見れば、日本の温泉街や縁日に開かれたような射的とは大違いで、コルク弾(だま)を込めてポンと撃つ旧式のライフルではなく、本格的なエアガンが置いてある。

「へぇー、すごいですねー、ベレッタの92やM16ライフル、カラシニコフまで置いてある。
 まるで本格的な射撃場のような趣ですね!!」

「・・とは言っても、狙うのは、壁に並んでいる小さな風船だけどね!」

「あはははは・・・・・」

「・・オホン、どれどれ、神槍手なら、先ず私が見本を示さないとな・・・」

 武漢班のトップである三人の男たちの中から、二番目の実力者と言われる「伏(ふく)」という男が、ちょっと悪戯っぽく微笑みながら、カウンターの、ベレッタというイタリアの拳銃を手にした。宗少尉相手にマウントポジションを取って善戦した、寝技が巧みな、あの男である。

「・・・・ダ、ダ、ダン、ダンッ! ダン、ダン、ダンッッ!!」

 ロクに狙いも定めず、ヒョイと取り上げた拳銃をひと息で六、七発を撃って、あっという間に全弾をそれぞれ違う風船に当てて、見事に割ってのけた・・・

 その店で遊んでいた他の客たちからも、「オォーッ!」と、歓声と拍手が起こる。

「すごい・・・・!!」

「・・ふん、あんなの、普通よ! ベレッタは軍の装備なんだから、中って当たり前。
 銃はこうやって撃つのよ・・・伏曹長!、ちゃんと見てなさい・・!!」

 今度は宗少尉がライフルを取り上げ、ちょっと銃の重さを確認すると、まず一発目を撃ってひとつ目をパーンと割り、一息置いてから、今度は瞬く間に十数個もの風船を立て続けに命中させて、斜めの列や十字の列の方向に割り続ける・・・・
 今度は他の客から歓声も上がらず、呆れたような顔をして宗少尉を見ている。

 夜市の射的は、割れた風船の並び方でポイントが付けられていく。
 たくさんのポイントを獲得すれば、それに応じて景品が渡される。景品の中にはとんでもなく大きなポイントが表示されているものもあるが、それはポイントカードを作ってもらって、何度もその店に通ってポイントを貯めた上で獲得する。


「うわぁ・・・こりゃ、スゴイや!! レベルが違いますね・・・」

「あははは、こりゃぁ、少尉には敵わないな・・・」

 伏さんも、呆れたようにそう言う。

「感心してないで、ヒロタカもやったら?」

「あ、そうですね・・・それじゃ、ひとつ・・・・」

 宏隆はそこらにあった拳銃を取り上げ、狙いを定めて撃ったが・・・

「・・あれ? 当たらなかった?・・・変だなぁ・・・・」

「やれやれ・・・よくそんな腕で ”大武號” で大活躍できたわねぇ・・・」

「うーん、何だか本物のライフルを撃った後だと、ぜんぜん感覚が違って・・・」

「何言ってるの、私たちはいつも実銃で訓練しているのよ・・!」

「あ、そうか・・それじゃ、やっぱり僕が下手なんですね、あはははは・・・・」

「そういうコトね、ははははは・・・・・・」

「・・・おい!、ネェさん・・!!」

 笑っているところへ、いきなり、ちょっと人相の悪そうな、髪の短いずんぐりとした男が宗少尉に近づいて声を掛けた。

「・・ン? 私のこと・・・?」

「そう、アンタのことだよ!」

「・・何のご用かしら?」

「今日はウチのボスが夜市を楽しんでいらっしゃるんだが、射的をしているアンタを向こうから見ていて、とても気に入ったと仰ってるんだ・・・」

 男が指差す方を見れば、少し向こうにある店先でテーブルを囲んで何かを食べたり飲んだりしている一団がある。見かけは、誰が見てもヤクザであった。

「あーら、それは気に入って頂いてありがとう。でも、私は間に合っているから・・って、そのボスさんに伝えてちょうだい!」

「はは・・・ガキの遣いじゃネェんだ、そんなことを伝えたら俺が殴られてしまう」

「それは気の毒に・・・この次はもっと優しくて紳士的な親分を選ぶことね!」

「・・口の減らない女だな、いいから、おとなしくついて来い!」

 ぐいっ、と・・いきなり宗少尉の手首を掴んで、無理に引っ張ろうとしたが、

「何をする・・・・・」

 行く手を遮るように、その男の前に立って、宗少尉を掴んでいる手をそっと押さえながら、宏隆が言った。

「・・何だァ、お前は・・・・日本人か?」

「なんだ、おじさんは日本語が話せるんですね・・・それなら話が早いや!」

「親戚だか弟だか知らねぇが、痛い目に遭いたくなかったら黙ってろ!」

「・・いや、この女(ひと)に何をするのか、と言っているのです」

「向こうでオレの親分が、この女をご所望なんだ、いいからあっちへ行け!」

「ご所望・・?、あはは、屋台の包子(パオズ)じゃあるまいし・・・・」

「生意気なガキだな・・世の中には恐いものがあることを知らんのか!!」

 男はそう言うと、宗少尉を掴んでいた手を放し、宏隆の胸ぐらを掴んで締め上げようとしたが、

「ウウッ・・・・!!」

 あっという間に、その男は手首が逆に取られて、身体ごと、まるで宙に浮かされるようにつま先立ちにさせられた。

「つ・・痛ぅ・・・な、なにをするっ!!」

「こう見えても、怖いものはたくさん知っています・・・
 それに、先に胸ぐらを掴んだのはあなたですよ。あなたこそ、何をするんですか!」

「ははは・・・おじさん、この日本人を甘く見ないほうが良いわよ。
 何しろ、ついさっき、この私と戦って勝ったんだから・・・・」

「オ・・オンナに勝ったからって、何だっていうんだい!」

「オンナ?・・・やれやれ、人を見る目がないというか、何というか・・
 ヒロタカ、私がやるから、そいつを離してやって!」

「・・そうですか? それじゃ、はい、どうぞ・・・・」

 宗少尉に言われるまま、ヒョイと手を放すと、

「こ・・このガキィ、ふざけやがって!!」

 しかし、手を放した途端、その男はすごい形相で、宏隆の顔を目がけて殴ってきた。

「ブンッ・・・!!」

 呻りを上げて拳(こぶし)を振り回したが・・・
 しかし、もうそんなところに宏隆は居ない。

「・・あ、あれっ、ど、どこへ行きやがった?!」

「ここだよ、おじさん・・・・」

 宏隆は、一瞬のうちにその男の後ろに回り、地べたにしゃがんで居た。
 背中の下の方からポンと尻を叩いたので、その男はビクッとして飛び上がった・・・

「う・・うわっ・・・・!!」

「もう止めましょう・・せっかく夜市を楽しんでるんだから」

「・・て、てめぇ、オトナをからかうにも程があるぞ!」

 そう言うと、上着の内側からキラリとナイフを抜いて、宏隆に向けて構えて見せた。

「ヒロタカ! 危ないから、下がっていて・・・!!」

「宗さんこそ、危ないですから、下がっていてください!」

 その時・・・・・

「ビシッ!、ビシッ、ビシィッッ!!・・・・」

「あっ・・痛ぅぅっ・・・・!!」

 突然、男はそう叫びながら、手にしたナイフを、カラン、と地面に落とした。

「・・おい、そんなものを、滅多にチラつかせるもんじゃないよ。
 さっさとテメエの親分のところに帰りな!」

 射的のカウンターの隅で遊んでいた伏さんが、男の手首を目がけて、ベレッタを撃って命中させたのである。

「・・あら、伏、今のは上手だったわよ!」

「・・てっ、てめぇら、どうなるか、覚えてろよ!!」

 男は慌てて落ちたナイフを拾うと、そう捨てぜりふを残して走っていった。

「ははは・・・・悪いけど、忘れちゃうよ!!」

 伏さんは、男の背中に向かって、笑いながら声を掛ける。

「伏さん、すごい腕前ですね・・!
 あんなに離れたところから、エアガンで撃って手首に命中させるなんて・・・」

 宏隆が、いかにも感心した顔で、そう言う。

「ヒロタカくん、刃物を持った敵には、もっと気をつけないと駄目だよ。
 ほら、日本でも、キチガイに刃物って言うだろ・・?」

「ありがとうございます・・でも、何だかぜんぜん恐くありませんでした」

「その油断がケガの元だよ・・・
 私なんか若い頃から向こう見ずで、身体中、刃物の傷だらけだ」

「傷は男の勲章、なんて聞いたことがありますが・・」

「ハハハ・・それは下手な武術の証しだよ、決して自慢できるような事じゃない。
 ともかく、刃物は気をつけないとね・・・」

「はい、もっときちんと勉強します。
 ・・でも、あの人たち、仕返しに来ないですかね?」

「すぐに来るだろうな・・・奴ら、黒社会の人間だから」

「黒社会・・・?」

「日本でいうヤクザのことだよ、台湾には七百件も黒社会の組織があるんだ。
 夜市のこの辺りを仕切っているのは ”萬国幇(wan-guo-bang)”という 、日本統治時代からの組織で、本省系(台湾籍)の人間がやっている・・・」

「・・・日本が統治していた頃は黒社会にもまだ節操があったけれど、70年代に入ってからは金儲け重視の、経済型の黒社会になってきたのよ。麻薬、賭博、売春、所場代、密航の手引き、殺人、人身売買・・・今の日本と同じね!」

 宗少尉がそう付け加えて話していると、向こうから黒いシャツに黒ズボンを履いた男たちが近づいてきた。

「ご家族でお遊びのところ、ご免なさいよ・・・
 ウチの者が、なんだか皆さんにお世話になったそうで・・・・」

「・・あら、お礼には及ばないわよ。ちょっと公共マナーを教えてあげただけ!」

「やれやれ・・ボスが気に入るのは、いつも向こうっ気の強い女ばかりだ・・・
 まあいい、ちょっとそこまで顔を貸していただこうか・・・」

「いいわよ!、ヒロタカはちょっとここで待っていてね。
 でも、たかが女ひとりに男が五人も居ないと、しょっ引いて行けないのかしら?」

「いや、そのガキも、そこの男も一緒だ・・・世話になった礼をしたい」

「言われなくても、もちろん僕は行きますよ・・・」

「もう・・度胸だけは大人以上なんだから・・・!」

「・・ふん!、まあいい、こっちも話がしたいから、行ってやりましょう。
 それに、ここで何かあると、夜市の客に迷惑が掛かりますし・・・・」

 伏さんがポケットに手を突っ込みながら、ちょっと恐い顔をして言った。


                              (つづく)

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2010年02月15日

連載小説「龍の道」 第39回




 第39回 武 漢 (wu-han)(11)



 リングの周りで戦いの成り行きを固唾を呑んで見ていた兵士たちも、まだ静まり返っている。この戦いで宏隆が初めて拳を出したその一撃で宗少尉がリングに沈んでいったことを、誰もが信じられないような面持ちで、じっと見守っているのだった。
 
 おそらく、それほどのダメージは無い・・・・
 それをもっと効かせるように打てたかもしれないが、利き手で打ったわけではなく、もとより宏隆もダメージを効かせることを目的としてはいなかったに違いない。
 しかし、宗少尉はこのこと自体がまったく信じられないように、ポカンとしてリングに仰向けに寝転んだまま、まだ立ち上がろうとはしない。
 
 
「・・・よし、それまでっ!!」

 陳中尉の鋭い声が、ホールに響く。

 宏隆が宗少尉に駆け寄って行き、その傍に膝を着いて、

「・・・ありがとうございました、とても勉強になりました。
 そんなに強く打たなかったけど、大丈夫ですか・・・?」

 そう声を掛けると、

「今のは・・・何をしたの・・・?」

 寝転んだままで、如何にも不思議そうに尋ねてくる。

「まだ自分でもよく分からないのですが・・・・
 ほんの少しばかり、解けてきたような気がするのです」

「・・・解けてきたって、いったい何が・・・?」

 宗少尉には宏隆が何を言っているのか、よく分からなかったが、

「何か、とても大切なことを、体験したようですね・・・・」

 代わって陳中尉が、微笑みながら声をかけてくる。

「はい・・でも、まだほんの少しなのですが・・・・
 宗さんと手合わせして頂いたお陰で、知りたかった事がやっと見え始めてきました」

「それは素晴らしい! 
 何であれ、そのきっかけを大切にすることです。
 どのような偉大なことも、始まりはすべて、そのようなささやかなものであるに違いありません。それを大切に出来るかどうかで、その後の成就が決まるのです。
 それを大事にして、もっと明確な理解になるよう、追求し続けることですね」

「はい、ありがとうございます」

「ヒロタカ・・・何だかよく分からなかったけど、今日は私の完敗よ!!」

 宗少尉がようやく立ち上がり、握手の手を差し伸べて、そう言う。

「あなたは決して ”坊や” なんかじゃない・・・失礼なことを言ってごめんなさい。
 今の突きは、まるで槍で体を突き抜かれたみたいだった・・・・
 あれじゃ、防具やグローブを付けても、まったく意味がないでしょうね!」

「いや、完敗だなんて、そんな・・・・」

 いささか照れながら握手を交わして、

「だいいち、僕はまったく勝ったなどという気がしていません。
 むしろ、宗さんが正確な ”軸” で攻撃して来てくれたお陰で、自分の勉強ができて、これまで暗闇の真っ只中にあった疑問に、少しずつ光が見えてきた感じなのです」

「疑問・・・・?」

「はい、そもそも、なぜ相手が自分に有効な攻撃を加えることができるのか・・・
 そして反対に、なぜ此方からは全く攻撃が通じないようなことが起こるのか。
 以前、王老師と手合わせをして頂いて、コテンパンにされた時に・・」

「コテン・・パン・・?」

「あ、失礼・・えーっと、He beat me completely・・・ん、soundly かな? 」

「ああ、なるほど・・・コテン、パン、ね?」

「そう、その時に、なぜそんな一方的な事が可能なのか、とっても不思議に思えたのです。それ以来、ずっと頭の中にそのことがあって、片時も離れませんでした」

「オォ・・戦いというのは互いに激しく攻防を応酬し合うことだと思っていたけれど、そうではない世界を、王老師は陳氏太極拳で示されたということね?」

「そうです、僕にすれば、ほとんど奇跡か超能力のように思えましたが・・・」

「・・いや、それは奇跡でも何でもなく、本来は武術で最も基本とするべきところの在り方なのです」

 陳中尉が、きっぱりと言う。

「ヒロタカが宗少尉に対した構えは、拳法ではなく、日本の ”居合” ですね?」

「あ、はい、よくお分かりですね・・・!」

「イアイ・・・・・?」

「ああ、宗少尉は知らなかったかな?
 居合は、日本のサムライが修行する、カタナを使った武器術のことだよ」

「カタナ・・・オォ、サムライ・スオード!!」

「そう、日本刀で、抜き打ちの一太刀で斬る、とても高度な身体の使い方だ。
 私は日本の武術も少し研究しているけれど、サムライが居合で養う ”中心” というのは、とても強力なものだね。防具を着けて互いに打ち合う練習ばかりしていると、つい、その ”中心” の訓練がおろそかになってしまうものだが・・・」

「僕はいつも、巧みに躱して隙を見て打つ、ということよりも、どうすれば打たれないのか、どうすれば一方的に打つことが出来るのか、という事ばかり考えてきました」

「それが正しい・・・武術とは、決して相手に打たれないことです。
 そうでなくては、戦場ではいとも簡単に殺(や)られてしまいますからね」

「そして、自分が打てば必ず当たること・・・ですね?」

「そうです、そうでなければ、戦場では武術として成り立ちません」

「そして、当たれば、必ず相手を屠れること・・・・」

 宗少尉がつぶやくように言う。

「そのとおり、何度打っても相手がまた起き上がってくるような攻撃は、戦場では何の役にも立たない。相手といつまでも打ち合っていられるのはスポーツの試合だけです。
 ところが、一撃で相手を屠ることも、相手から一発も当てられないことも、実際にはとても難しい・・・・」

「・・そうです、僕はそこのところを、小手先で巧く打ち合えるテクニックではなく、王老師のような絶対的な戦闘原理として理解し、自分のものにしたいのです」

「うん・・ヒロタカなら、きっと、その原理を見つけることが出来ますよ!」

「私もそう思うわ、何しろ、たった一発で私を倒したのは貴方が初めてだし・・・
 しかも、それが高校生だっていうから、驚きね・・!!」

「いえ、さっきのは、ほとんどマグレのようなものです。
 自分でもよく分かっていないので、もっと研究しないと使えません」

「よし、それじゃ、まずは前途を祝して・・・・」

 そう言うと、宗少尉は宏隆の右手を取って、リングの周りで静かに彼らの話を聞いていた兵士たちに向かって、その手を高々と挙げて見せた。

 大きな拍手がホールに響きわたった。そして、そこに居る誰もが、この日本の少年が見せた戦いぶりに賞賛を惜しまなかった。


「さあ、もう今日の稽古はお終いにしましょう。
 町に出て、ヒロタカが私たちの家族になる前祝いをしなきゃ!!
 ・・・・ね、そうしましょうよ、陳中尉!」

「おお、そうだな、雨も上がったようだし、今夜は武漢班がヒロタカの歓迎会をしよう!!」

「・・うわぁ、ホントですか? 町に出て台湾の料理を食べたかったんです!!」

「ははは・・・円山大飯店の正統ディナーは、お口に合わなかったかな?」

「いえ、とても美味しいのですが、路地裏の店にも行ってみたくて・・・」

「・・ほう、路地裏の店に・・・? 
 生粋のフジワラ・ブラッドを持つ御曹司にしては、意外なことを言いますね」
 
「ぼくは何処へ行っても、下町の、人間の暮らしの匂いのするところが大好きで、必ずそんな所をウロウロと徘徊するクセがあるんです・・・」

「台湾の料理はまずハズレがありませんよ。どこで何を食べても、とても美味しい。
 庶民レベルの食事がこんなに美味しい国は、世界のどこを探しても、ちょっと無いんじゃないかな・・・!」

「・・あら、陳中尉、きっとフランス人もベトナム人も、みんな自分の国のコトをそう思っているんじゃないかしら!!」

「・・あ、そうか・・きっとそうだな! あはははは・・・・・」

「あははははは・・・・・」



 その夜、宏隆は、陳中尉と宗少尉に連れられて、雨上がりの台北の街に繰り出した。
 場所は「士林(シーリン)」という、夜市で有名なところである。
 ついさきほど、リングで宗少尉と戦った武漢班の三人の男たちも一緒だ。

「ヒロタカ、今夜はあなたの歓迎会だから、何でも自分の好きな物を食べてね。
 でも、歓迎会に夜市の屋台料理というのも、どうかと思うけど・・・・」

「・・いえ、いまの僕には、高級中華料理よりも、コレがいちばん似合っているような気がします」

「・・そう? それなら良いけれど」

 迷彩の軍服を脱いで、平服に着替えた宗少尉は、ちょっと見ただけではとてもその人だとは分からない。長いスマートな脚にピタリとフィットした黒のズボンを履いて、光沢のあるTシャツの上にジーンズのジャケットを羽織っただけの姿なのに、賑やかな街の灯りにも似合う、美しい女性に見える・・・何気ない笑顔まで、輝いて見えるのだ。
 そんな宗少尉の美しさに、宏隆はつい、ボーッと見惚(と)れていた。

「・・どうしたの? 何だかボーッとしてるけど・・・」

「あ・・いや・・・ その・・ちょっと見惚れて・・・・」

「見惚れるって・・何に・・・?」

「・・い、いや、何でもありません・・・いやぁ、士林は賑やかなところですねぇ!
 神戸の南京町より賑やかかもしれないなぁ・・・・!!
 ・・えーっと、基本的に僕は食いしん坊ですから、何でも食べます!!」

「・・そう! それじゃ、此処にしかない、美味しい物を食べましょう!!」


 士林夜市(シーリンよいち)は、1910年頃に市場として整えられた、台湾最大のナイト・マーケットである。慈誠宮という寺院や陽明戯院という映画館を中心に、幾つかの賑やかな 通りが交わり、週末は特に大きな賑わいを見せる。
 夜市で売られる各種の「小吃(シャオチー:屋台で食べる一般料理)」は店舗の数にして約五百件。 ”小吃” は直訳すれば、小(軽く)吃(食べる)で、軽食という意味になるが、中華文化の世界では、麺類、餃子、シューマイ、包子(中華饅頭)、粽(ちまき)、炒飯、丼ぶり料理、デザートまで含まれ、何でも揃う庶民的な一品料理の世界が広がる。
 士林夜市は世界中にその名を知られており、台北を訪れる観光客が必ず立ち寄るスポットでもある。


「・・・それじゃ、まず手始めに・・・コレね!」

「えーっと・・・士林名産、大餅包小餅・・・
 つまり、大きな餅で小さな餅を包んだモノ・・・?」

 店先には、揚げた餅がすでに山のように積み上げられている。
 宗少尉は指を三本立てて、店員に早口で何か言いながら三個注文している。
 けれど、冷めている揚げ餅を食べても美味しくないだろうになぁ・・・と思っていると、意外にも、店員はそれを粉々に砕き始めた・・!!
 砕いてどうするのかと不思議に思って見ていると、それを薄い餅の皮の上に載せ、何やらいろいろと振りかけて混ぜ、皮をグルグルっと巻いて、ハイよ、と手渡しをする。

「・・はい、これが揚げ餅よ! 胡麻にココナッツ、紫芋の餡と・・・」

「・・・面白い発想ですね。それじゃ、ココナッツを頂きます。
 あれ? 四つありますけど・・・確か、三つ注文したのでは?」

「三つ注文すると、四つ目はオマケに付くのよ!」

「三つ買うと、四つになる! ・・へぇ、サービスが良いんですね」

「そう、台湾人は、みんな良い人!・・・あはははは・・・・」

 砕いた揚げ餅を薄い餅皮でくるんだものは手のひらより大きく、意外と美味しい。
 しかし、十歩と歩かないうちに、もう、
 
「・・あ、コレ、コレ! これを食べなきゃ、夜市に来たことにならない・・・」

 宗少尉が次の店を見つけて、そう言う。

「えーっ、もう次を食べるんですか? まだ、これをかじり始めたばかりですよ・・」

「いいの、いいの!・・これがまた、美味しいんだから!!」

「えーっと、なになに・・・原上海生煎包・・・
 ゲン・シャンハイ・・ナマセン・ツツミ?・・・何のこっちゃ?」

「ユアン・シャンハイ・シェンジャンパオ・・・ ”肉まん” のことよ!
 私は上海生まれだから、これが大好き!!」

「へぇ、宗さんは、上海の生まれなんですね・・・・
 それじゃ、これは上海風の肉まんなんですか?」

「肉まんは、上海が発祥の地なのよ・・だから ”上海包子” って言うの」

「・・・なるほど、そうなんですか。
 でも、こんなにたくさん人が並んで・・ずいぶん待つんじゃないのかなぁ・・?」

「並んで待つのは私も苦手だけど、アッという間にこの人数が捌(は)けてしまうから、この店は大丈夫よ!
 でも、これは美味しいわよぉー! この美味しさで、一個たったの十元(30円)!!
 僅か十元でこんな美味しい物が食べられるなら、たとえ何時間並んで待っても食べなきゃ損だったと、きっと思えるから・・!!」

「そうですか・・・よしっ、それじゃ、並びましょう!!」

 陳中尉や武漢班のメンバーは、宗少尉と宏隆のやり取りを笑いながら見ている・・・

 品書きは、豚肉入りの「鮮肉包」と、キャベツと椎茸入りの「高麗包」の二つだ。
 直径が50センチもある浅い鉄鍋に、両掌で包むほどの大きさにそれらの具を包んだ包子(パオズ)が綺麗に円形に幾重にも並べられ、四十個ほどが鍋の中に入る。
 それを焼きながら、水を入れ、フタをして蒸らす・・・まるで餃子のような作り方の中華包頭である。
 「生煎包」は普通の包子より少し小振りである。上海発祥の料理なのでその名を付けているが、中国、香港、台湾の何処でも多くの人に食されているのはご存じの通り。
 なお、具を入れたものを包子と言い、具が無いものを饅頭(マントウ)と呼ぶ。
 大陸の江南などの地方によってはその区別をせず、具を入れたものを肉饅頭と称することもある。


「・・・さあ、出来た!! ハイ、お待ちどおさま・・これを食べて!!
 はい、陳中尉! ・・みんなも、食べてちょうだいね!」

「うわぁ、いい香りだ! いただきまぁ〜す!・・・ぅあ、熱っっウ!!」

「あははは・・・・気をつけてね、口の中に火傷をするわよ!」

「はは・・・夢中になって、自分が猫舌なのを忘れてました。
 ・・でも、すごく美味しい!! この味は、神戸の南京町にも無いです」

「美味しさの秘密は、豚肉の上手な冷凍の仕方にあるそうよ。
 そうすると、かぶりついた時に、肉汁がトロ〜リと出てくる・・・・」

「いやぁ、幸せだなぁ・・これ、二十個くらいホテルに買って帰ろうかな!」

「あはははは・・・・・・」

 陳中尉や他のメンバーも、ホクホクした饅頭を両手に抱えて頬張っている。
 地元の人が行列するほどだから、この店の美味しさはよく知られているのだろう。

「・・少し歩きながら、ヒロタカに士林夜市を見物してもらおうか」

 陳中尉がそう言い、皆で上海包子を手に、そぞろ歩きをする。

「ずいぶん広いんですね、神戸の南京町よりも、かなり大きいみたいです・・・」

「まあ、台湾で一番大きなマーケットだからね。台湾の人は共稼ぎが多くて、ほとんど夕食を家で食べないから、屋台料理がすごく発達したんですよ」

「なるほど・・・アジアの逞しい食文化ですね」

「・・・この夜市は賑やかだけど、此処からほんの少し先に、蒋介石総統の秘密の官邸があるんですよ。総統が亡くなった今でも、まだ秘密ですけどね、ははは・・・」

「・・え、こんな処に? 何だか、郊外の方が安全な気がしますが・・・」

「誰もこんな処にあると思えないから、ここに造ったのかも知れません。
 この先の、五分ほど歩いた森の中に、大きな庭園と邸宅が隠されています。子供の頃、近くで遊んでいると突然警備の兵士がやってきて、思い切り叱られたものです」

「陳中尉にもそんな頃があったんですね・・・・
 僕は、もっと歴史の勉強をする、と張大人に申し上げました。
 歴史が分からないと、自分たちが何をすべきなのかが見えてこない・・・・」

「そう、そのとおりですね・・・蒋介石総統の事も、色々と言われています。
 1950年以来、四半世紀が経っても台湾の戒厳令は未だにそのままだし、国際連合に”台湾”の名前で留まるようにアメリカが説得しても "漢賊不両立" と拒否してしまい、国際的に承認されなくなりました。
 台湾は東アジアの反共の砦としてアメリカからの支援をもらっていても、ベトナム戦争の恩恵を経済発展にしか活かせませんでしたし・・・」

「・・・ヒロタカ、そんな難しい話より、神槍手(スンチャンソー)をやらない!?」

「・・え? スン・・チャン・・?」

「BAAAANG!・・・射的のことよ!」

 指で宏隆を狙って撃つ仕草をして、そう言う。

「銃で的を撃つの・・射撃の腕前なら、あなたに負けないわよ!!」

「ははは・・・宗少尉の負けん気には、ヒロタカも私も、到底太刀打ちできないね!」


                              (つづく)




    

                 


   

           

    



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2010年02月01日

連載小説「龍の道」 第38回




 第38回 武 漢 (wu-han)(10)


 ・・・・こんな経験は、宗少尉にとって初めてのことだ。

 いや、およそ中国武術を学んでいる人間にとって、こんな風に相手と向かい合うこと自体、多分、そう有り得ないことに違いない。
 何しろ、相手が構えたままの姿で何も動いていないにも関わらず、そこに安易に入って行けない何かがあって、つい攻撃を仕掛けていくのが躊躇(ためら)われてしまうのである。

 しかも、それが武術的に非常に優れた構え、つまり「構造」であると宗少尉には感じられる。もし性急に、その構えに存在している ”軸” に下手に関わろうものなら、たちどころに宏隆の返礼の一撃が強(したた)かに放たれるはずだと思うと、どうしても容易に手を出すことができない。

 宏隆のその構えは「不動」に見える。「動」を基調として相手を揺さぶり、活路を見出そうとする宗少尉とは、まさに対照的だ。
 そして、確固として見えるその「不動」は、直ちに「動」へと容易に変化するに違いないが、すでに「動」を基本として始まっている宗少尉は、もはや「不動」とは成り得ずに居る。

 しかし・・・もうそんな膠着した状態に倦(う)んだのか、それとも宏隆の強烈な「軸」を怖れて、攻め込むことを躊躇している自分を「潔し」としないのか・・・
 先に宗少尉が動いたのは、兎にも角にも、その対峙したままの現状を何とか打破したかったからに違いなかった。


「チィッ!・・・ ハァーーーッッッ!!」

 その激しい動きに、迷彩柄の軍服から、ザザァーッと衣擦れの音が大きく響く。
 
 それまでの静寂を破って少尉が初めて見せたのは、得意の「謄空後旋腿」・・・・
 中空に舞いながら易々とリンゴを蹴り砕いてしまう、あの飛び後ろ回し蹴りであった。

 しかし、宏隆は、まったくそれに動じない・・・・
 その大技が、彼の頭部からわずかに10センチほど離れた所に放たれたにも拘わらず、眉ひとつ動かさず、虚空に舞う宗少尉にピタリと照準を合わせたまま、まったく微塵(ちり)ほども動じないのだ。

 居合の稽古に伝家の名刀の一振りを用いるような宏隆には、「敵の攻撃に触れれば、即ち斬られるのだ」という感覚が強く養われている。
 実際のところ、優れた刀匠が拵(こしら)えた日本刀は、上に向けた刃の上に半紙を置くだけでも、或いは一本の髪の毛を横にしただけでも、それ自体の重さでハラリと真っ二つになってしまうし、反対に硬い鉄製の兜(かぶと)でも斬ることもできる。
 その日本刀の美しさは、古くは北宋の詩人・欧陽修の『日本刀歌』にも見られるが、それほど優れた美術工芸品としての価値を有しながらも、文字通りに、触れれば立ち所に切れてしまう秀逸な殺傷用具として造られているのであって、そんな武器は古今東西、世界のどこを探しても類を見ない。

 宏隆には、幼い頃からそのような実感があった。
 父が毎朝欠かさず庭で真剣を振る姿を、縁側に正座したまま飽きずに見ていたことを自分でもよく憶えているし、その父が「据え斬り」という、地面に何の支えもなく立てて置いただけの孟宗竹や、巻いて円筒状にした畳表を袈裟懸けに斬り、さらに幾太刀か続けて斬っても、それが倒れずそのまま立っている姿なども度々見るにつけ、武器とはこのようなものだ、戦いとはこのようなものなのだと、幼い心に強烈に焼き付いている。

 三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、物心が付いてからの、明らかに自分が勝つと分かるケンカでも、触れられれば終わりだと思って、常に繊細に相手に対した。
 たとえそれが防御のための接触であっても、相手の側から主導で触れられるということは無く、自分から触れに行くことを常としていたのである。
 また、K先生の道場で稽古する居合では、数センチ、数ミリという単位で相手の攻撃を見切ることを当然の事として要求されていた。
 だから、宗少尉のそれがどれほど鋭く激しい蹴り技であろうと、十数センチも離れた所に放たれたようなものに、彼が動じる必要など全く無かったのである。


 そもそも宏隆は、人が相対して戦うことについて、時代劇などに見るチャンバラや、スポーツであるボクシングや空手の試合のようなイメージをカケラも持っていない。

 『あんなことをしたら ”打ち合い” になってしまう・・・
  あれでは、自分も相手に打たれることが ”前提” となるではないか。

  もし互いに刃物を持っていたら、あの軸では一体どうなるのか・・・
  相手が刃物を持っている場合と、素手で戦う場合とでは戦い方が異なる、とでも
  言うのだろうか・・それ故に刃物を捌く技法が別にあるのだ、と・・?

  ・・・否(いな)! そんなことは全く有り得ない!!
  武術とは端的に ”ただこう在れば良い” というものでなくてはならず、
  戦いとは、相手に指一本触れさせず、ひたすら一方的に打ちのめせることだ!!』


 それは、お気に入りの棍棒を持って学校に通い、近隣の町のガキ大将たちとひたすら殴り合っていた頃から今日に至るまでの間に築き上げてきた、宏隆の「戦闘哲学」であった。

 実際の戦闘にはルールは無く、禁じ手も無い。しかし、実戦がどんな禁じ手でも使える状況であると定義するのは、試合競技の側から見た視点に過ぎない。
 試合競技とは無縁の、純粋に武術としての立場から観れば、禁じ手を自由に使えることが試合との相違ではなく、試合のような「暗黙の了解」が存在していない状況、そのような「考え方」自体が存在しない事にこそ、その大きな相違点があると言える。

 試合のルールというのは、頭突きや肘打ちはいけない、目を突いてはいけない、金的を蹴ってはいけない、指を取っても、衣類を掴んでもいけない、といった「禁止事項」を安全のために設けている。
 しかし、言い換えればそれは、使う身体の部位や攻撃目標とする部位を限定し、その上で互いに当て合ったり投げ合ったりして勝負をしましょう、という「暗黙の了解」を設けていることでもある。お互いに、それ以外の攻撃は決して行わないという意識を持った上で試合が行われなくてはならないのだ。
 チャンバラでの斬り合い、竹刀剣道での試合、ボクシングのグローブでの打ち合い、空手での足と拳で撃ち合う試合・・これらは皆、お互いがそのような「暗黙の了解」のもとに技量を「試し合う」ことで成り立つ、同じスポーツ競技であると言える。

 真剣の刃を抜いて互いに斬り合う事というのは、決して時代劇に見るチャンバラのようなものではなく、また、昨今の竹刀剣道のように、互いに「同じ間合い」を取り合い、同じ右半身のつま先立ちで、どちらがより早く、より巧妙に相手の面や胴などの限定された部位に当てることが出来るか、などという内容とも全く異なっている。
 
 例えば、竹刀で足を払うことや防具の無い肩や脇を狙って打つのは「禁じ手」である。
 しかし、たとえ禁じ手であっても、それを難なく回避できる構造が無ければ、それは武術とは言い難い。
 それを「暗黙の了解」の下で意に介さずに居られるのは、単なるゲームでしかない。
 そして、ゲームでは、それをやってしまった方が負けになるが、実戦ではそれが可能となるような構造を巧みに用いられる方が生き残れることになる。
 「暗黙の了解」に慣れることは、武術にとって非常に危険なことに違いない。

 武士が帯刀をしていた時代には、そのような「考え方」自体が無かった。
 剣の稽古にあっても、上述の意味における「試合」は存在してはいない。
 もし、稽古の延長としてそのような試合が存在していたとすれば、イザという時に彼らは非常に危険な目に遭わざるを得なかったはずである。

 真剣での斬り合いは、まさに「刹那(せつな)」の一瞬でしかない。
 武術的に高度な「間合い」で正しく相手を捉え、その捉えた瞬間に斬る・・・
 いや、実際には「斬る」という意図さえ、そこには存在していない。
 ただひたすら、そのように動けるようになった「身体」が、そのような「構造」が、そこに存在するのみなのである。


「これしかない・・・・これこそが、あらゆる戦いの原点とすべきことであり、巷間のケンカでも、戦争における白兵戦でも、それは全く同じであるはずだ・・・」

 宏隆は「戦い」というものを、そう確信していた。

 たった今、宗少尉の鋭い攻撃に対して見せた不動の姿勢も、それを避けるとか、捌く、見切る、などといった技巧ではなく、彼が純粋に歳月をかけて養い続けてきた「構え」がもたらす「間合いの妙」に他ならなかった。

 そして、これには、宗少尉の方が少なからず驚かされた・・・

 普通ならば、かなりの訓練を積んだ者でも、頭部からわずか十数センチの所に素早く鋭い蹴りが飛んで来れば、何からの反応をせずには居られないものだ。
 謄空に舞う大技で驚かせ、怖気(おじけ)付かせて、自らの活路を開こうとする宗少尉の目論見(もくろみ)はまったく当てが外れ、その不思議なまでに充足した宏隆の「構え」と、高校生ながらに、それを自分たちのような戦闘を職業にしている軍人に対して堂々と使える度胸を、あらためて認めざるを得ない。

「この子は、決して ”坊や” なんかじゃない・・
 気を引き締めて当たらないと、返り討ちに遭ってしまう・・・!」

 ・・・しかし、つくづくそう思えた、次の瞬間・・・・・

「ううっ・・・・!!」

 少尉は息を呑んで、咄嗟にその場から2メートルも後ろに飛び退かなくてはならなかった・・・ハッと気付いた時にはもう、宏隆がすぐ目の前に居たのだ。

 距離としての間合いは、ちょうど飛び退いた分ほどあっただろうか。
 スゥーーッと・・・・まるでホバークラフトか何かのように宏隆が足音もなく近寄り、さらに宗少尉の軸を取って、何かをしようとするように思えたのだ。

 宏隆が近づく気配さえ、宗少尉には分からなかった。
 初動がまったく見えず、不意に、目の前に宏隆の姿が現れたような、そんな唐突な感覚だけが残っている。

「こんな相手は、初めてだ・・・・」

 ・・・冷や汗が、身体中に吹き出ていた。
 心做(な)しか、顔色まですぐれないように見えるのである。
 
「なるほど、これは、あの王老師が入門を許可するわけだ・・・」

 腕組みをしてリングサイドで観戦している陳中尉が、そう呟(つぶや)く。

「あの宗少尉に、初めから冷や汗をかかせたような人間が、これまでに居ただろうか?
 もしかするとヒロタカは、自分が想像した以上の逸材かもしれない・・・・」


「・・・・ハァッ・・!!」

 再び・・・宗少尉がさっきよりも更に大きく、大袈裟とも思えるほどの距離をとって勢いよく飛び退(すさ)った。

 またしても、宏隆が、音もなく迫ってきたのである。

 しかし、宏隆は、まだ何も攻撃をしていない。
 ただ少尉が居る位置に向かって、わずかに一歩を踏み出ただけなのである。
 しかしそれは、何故か、歩を踏み出したようには見えない・・・・

 外から見ていてもそう見えないのだから、実際にリングで向かい合っている宗少尉には、宏隆が動いて来たようにさえ、思えないかも知れなかった。

 「下手に動けば、その瞬間に、必ず決めに入ってくる。
 そして、あの軸であれば、その際に自分はかなり不利な状況になる・・・・」

 そう思うと、宗少尉は自由に動くことさえ儘(まま)ならない。

 少しばかり、初めのような対峙が続いたが・・・・

 「イッアァーーーッッッ・・・!!」

 やはり、じっと向かい合ったままでいるのは性に合わないのか・・・
 待つことではなく、自らを動かし、それを相手に向けることで活路を開こうとしているのか・・・再び、宗少尉の方から動き始めた。


「ハッ、ハァッ! ハァーーッッ・・・・!!」

 しかし、遠い・・・・・

 初めの謄空の蹴りもそうであったが、攻撃がわずかに遠いのである。
 そのため、それらがすべてただの牽制の動作にしかならず、宏隆は極々わずかに歩を移すだけで、相変わらず何ひとつ動じることがない。
 よく見ればそれは、宏隆が攻撃を見切って巧みに避(よ)けているのではなく、反対に宏隆の「間合い」に宗少尉が律され、従属させられているのであった。

 そして、こうなればもう、少尉が何をどう攻撃しようと、当たるはずもなかった。

 武術とは「絶対的」なものでなくてはならず、宏隆はそのことを王老師から強烈に体験させられて以来、ずっと稽古で自身に問い掛け、それを追い続けてきた。
 そして今、宗少尉という強敵を前に、苦し紛れとも言える「居合」の構えで対してみたのだが、それが功を奏し、これこそが兼ねてからの疑問への大きなヒントになり得ることを強く実感していた。

「・・いける・・・行けるぞ!・・・・・この感覚が、ずっと欲しかったのだ。
 この中に、自分が求めてやまなかったものが、必ずある・・・・!!」

 ・・・もう宏隆には、前にいる宗少尉の存在など、眼中に無かった。
 ただそこに、自分の ”稽古” の相手(パートナー)が存在しているだけであった。

 自分が理解したくてたまらないことが、たった今、目の前にあるのだ・・・
 強敵である相手への怖れや、その勝敗など、もう、どうでもよかった。
 そんな目先のことよりも、ただひたすら、求めて止まなかったことへの、理解のきっかけが掴めるよう、繊細に、細心の注意を払って、ひたすら正しい架式を維持して立ち、正しく動くことばかりを心掛けていた。

 これは、居合の構えのようであって、居合そのものではない・・・・
 宏隆は、居合の構造を借りた太極拳への理解を、今ここで、実地に試みているのだった。


 そして・・・幾度か、宗少尉の素早い少林拳の技が繰り出される中で・・・・


「・・あぁっ!! ・・こ、これだっ・・・!!」

 突然、何かを見出したように、宏隆が目を大きく見開き、そう呟いた瞬間・・・

 それまで右の半身で構えていた宏隆の身体が、まるで逆方向にスライドするかのように、素早く、左の半身(はんみ)に入れ替わったかと思うと・・・・

 同時に、左の拳が少尉の腹に吸い込まれるようにスーッと伸びて行き、宗少尉は声もなく、そのままリングに倒れた・・・・・


                               (つづく)


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2010年01月15日

連載小説「龍の道」 第37回




 第37回 武 漢 (wu-han)(9)


「・・・いやぁ、参りました、やっぱり少尉は強いですね・・・・
 自分は、あんな技を喰らったのは初めてです。
 まるで八卦掌で打たれたように内臓が波打って、どうなるかと思いましたよ。
 是非また教えて下さい、ありがとうございました・・・」

 たった今、見事に“胡蝶掌”で決められた相手がようやく立ち上がり、宗少尉に頭を下げて、そう云う。

「いいえ、あれこそ、ただのラッキー・パンチ・・・貴方の方がよっぽど強い。
 最後まで“胡蝶掌”を隠していたから、何とか決まってくれたようなものだけれど、それが無かったら今ごろ反対に私がリングに長々と伸ばされていたはずよ。
 半年前までは私が優勢だったけれど、今は貴方の方が確実に強い・・・
 正に “士別三日、即更刮目相待(士別れて三日なれば即ち更に刮目して相待すべし)” という言葉どおりね。今の私は、貴方の八卦掌にはどうあっても敵わない。
 流石は武漢班のナンバー・ワン、と言われるだけはあるわね!!」

 その八卦掌が優れて見事だったことはもちろんだが、武漢班で最も強いとされ、部下からの信頼もあるその男に、花を持たせるように宗少尉が言うと、

「ありがとうございます・・・また目標ができました」

 彼もまた、爽やかに笑って、そう応じる。

 宗少尉がその相手を見送りながら拍手をすると、見物をしていた兵士たちからも彼の健闘を讃えて大きな拍手が起こる。しかし、決め技の胡蝶掌がよほど効いたのか、まだ打たれた脇腹を手で押さえながら、他の隊員に伴われてリングの外に出て行く。

「一見フワリと舞っただけの、軽く打ったように見えるあの華麗な技法は、訓練の延長である練習試合とは云え、これほどのダメージを生むのか・・・」

 陳氏太極拳に限らず、優れた中国拳法は、きっと星の数ほどあるに違いない・・・
 武術という世界の広さや底知れぬ深さに、宏隆は驚嘆せざるを得ない。

 倒した相手をリングの外に見送ると、宗少尉は、今度は宏隆の方を見つめた。
 思えば、ここで宏隆と戦うことが宗少尉の本来の目的であった。

「こうなったら、もう、やるしかないな・・・・・」

 ちょっと諦めるような溜め息をついて、着ていた上衣を脱いで傍らの椅子の背に掛けると、横に四本並んで張られたロープの真ん中をヒョイと潜って、リングに上がった。

 思えば、いつでも、どのような場合でも、「戦い」とは常にそういうものであった。
 小学校に上がる前から数えきれないほどやってきたケンカも、空手道場に入門してすぐ、有段者の先輩の機嫌を損ねて当たらされた組手での激しい死闘も、そして王老師に初めて出会ったときに、身の程知らずにも必死で向かって行ったときも・・・・
 いや、戦いに限らず「やるしかない」と思える事というものは、いつも必然として向こうから訪れて来るものだった。

 それに、 “縁” とでも云おうか・・・この宗麗華という、女だてらに海軍少尉であり、また如何なる経緯(いきさつ)かは知らないが、台湾の秘密結社の要員であり、そして滅法負けん気も腕っぷしも強い、今日、つい数時間前に出会ったばかりのその人が、今では何か、自分と浅からぬ因縁さえ感じられるような気がする。

「・・・そんな相手と、これから、このリングで闘うのだ。
 しかし、どうしていつも、こんな羽目になるのかな・・・・」

 成り行きとは言え、いつの間にか、異国の海軍基地のトレーニング場のリングで見知らぬ人と戦おうとしている自分が、宏隆には少し可笑しくも思えた。

 そして、さっき陳中尉が語った「これは稽古なのだ」という言葉が、宏隆の胸には大切なこととして深く響いている。
 それを思うと、きちんと向かい合わなくてはならない、王老師の門人として、そして張大人が率いる玄洋會・・・義勇を貫くその秘密結社の一員としても、大切に、恥ずかしくないように、この時間を過ごさなくてはならない、と思う。


「・・・ヒロタカ、もう、支度は出来た?」

 今や遅しと、宗少尉が声を掛けてくる。

「いつでも結構です、お願いします・・・・」

 しかし、度胸が決まって、いつものケンカ慣れしたエネルギーが満ち溢れてくるかと思えば、まったく然(さ)に非ず・・・意外にも自分の心がとても穏やかで、何の不安も無く、むしろ楽しくさえあることに気が付いて、宏隆はちょっと不思議な気がした。

「二人とも、これを稽古として、きちんと学び合うように。
 ・・・・準備は良いか?」

 陳中尉がリングのロープに両手を掛けた恰好で、ちょっと心配そうな顔を宏隆に向けながら、そう言う。

「僕は結構ですが・・・宗さんは、三人も連続して戦いを終えたばかりなのに、ブレイクを取らなくても大丈夫ですか?」

「あら・・・ご心配ありがとう。
 でも、坊やをタップさせるのに、多分それほど時間は掛からなくってよ!!」

「・・けれど、そんなに汗が出て、まだ息も荒いみたいですし・・・・」

「あはは・・私を怒らせて自分のペースに持ち込もうとしても、そんな手は古いわよ。
 そんなことより、ひどい目に遭わないように、精々気をつけることね!」

「そうします・・・・・」

「・・・・よし、始めっ!!」

 宗少尉はいかにも彼女らしく、陳中尉の号令と共に軽やかにリングの中央に躍り出て、まずは先制の蹴りの大技を、宏隆に喰らわせようとした。

「ケンカの若大将だろうと、王老師や張大人が認めるような人間であろうと、ヒロタカはまだ高校生の少年だ。海軍や秘密結社で武術教練をしているような自分が、実際の戦闘で劣るわけがないではないか・・・・」

 そんな思いが、きっと宗少尉の頭にあったはずだし、見ている誰もがそう思えたに違いない。だから、宗少尉が初めから堂々と大技の蹴りを出して宏隆を威圧した行為は、誰の目にも自然なこととして映った。

 が、しかし・・・・何故か、宗少尉は突然それをやめて、蹴ろうとして勢いをつけた身体を、スッと元に戻した。

 見れば、宏隆は、ケンカ三昧に明け暮れていた頃のような「構え」をとっていない・・・
 かと言って、いわゆるキックボクシングやフルコン空手のような、よくある実戦スタイルの構えでもなく、ここに居る誰もが見たこともないような奇妙な恰好で、足幅をやや広めに、中腰になり、右肩をズイっと前に出して、右の半身(はんみ)で構えている。

 それは、宗少尉の素早いフットワークになどには、とても対応できそうにない恰好であり、そして、この海軍の訓練場の真っ白なリングにはまるで似つかわしくない、まるで初めからドッカリと居着いてしまっているような、何とも不思議な構え方なのである。

「宗少尉はきっと、日本の少年の奇異な構えに、警戒心を持ったのだろう・・・」

 得意の激しい大技での先制攻撃を途中で止めた理由について、観戦している者は皆、そう推測したが、当の宗少尉の心の内は、まったくそうではなかった。

 宏隆のその「構え」が、あまりにも隙(すき)の無いものだったからである。

「これは・・・・迂闊(うかつ)に入って行けば、やられる・・・!!」

 ・・・直感的に、そう思えたのだ。

「この坊やは・・・すごい!!
 やはり、あの王老師に、後継者として認められるだけのことはある・・・」

 確信を持ってそう思えるだけのものが、目の前に立っている宏隆の存在に、ひしひしと感じられるのである。そして、事実、宗少尉は、ある一定の間合いから一歩も宏隆に近づけないままでいた。

 しかし、決して対する宏隆にゆとりがあるわけではない。
 何より、リングの外で見ているのと、実際に目の前で宗少尉と向かい合うのとでは大違いで、お互いの体格とは反対に、向かい合うと少尉が自分よりも遙かに大きく見えてしまって、

「何という強力な軸なんだ、自分より五、六歳は年上の女性だというのに・・・
 こんな人が居るとは・・・まったく、世の中は広い!!」

 ・・・つくづく、そう思わざるを得ない。


 ここで宏隆が取っている「構え」は、決して奇を衒った窮余の一策として用いたものではない。

 自分がこのリングで宗少尉と戦うと決まってから、少尉が次々に倒していく相手との戦いぶりを悉(つぶさ)に見てきて、これまでの自分の戦い方ではとても通用しない、ということが宏隆にはハッキリと理解できた。

 陳氏太極拳は王老師に学び始めたばかりで、站椿と基本功まではどうにか学べたものの、套路などはようやく二回目の金剛搗碓を教わった程度でしかない。
 また、いつぞやの、兄に因縁を付けてきた不良どもを制圧した技巧などは、站椿と基本功で養われ始めた太極拳の軸に、咄嗟にケンカの経験が加味されたものでしかなかった。
 町のチンピラや不良には勝てても、本物の武術を修行して来た人には通じない・・・
 かつて王老師には、まるで子猫でも扱うように弄ばれてしまったし、その弟子の陳中尉も、おいそれとは近づけない、確固とした不動の軸が見えて、自分など及びもつかない。

 そんな程度の実力しかない自分が、軍隊や秘密結社で格闘技の指導者という立場で居られる女(ひと)と、対等になど、渡り合えるはずがないではないか・・・・

 ・・・素直に、そう思えたのである。

 そして同時に、「ならば、これしかない・・・」と思えるものが宏隆の中に閃いた。
 それこそが、いま宏隆が見せている、この独自の構え・・・・

 それは、「居合(いあい)」の構えであった。


「居合」とは、もちろん日本武道の、あの「居合術」のことである
 居合とは、鞘に収めた日本刀を一気に抜き放って相手を斬る技術を中心に構成された日本独自の武術で、武藝十八般にも「抜刀術」の名で存在している。

 居合いを武藝の技術として集大成したのは、室町時代末の林崎甚助という人で、父の仇を討つために幼少の頃から武芸に精進し、生国である出羽国、楯山の林崎(現・山形県村山市楯岡)の「林崎明神」に参籠し、祈念を続けて居合の極意を神託として受けたという。その林崎明神には林崎甚助自身も祀られていて、現在では「林崎居合神社」と呼ばれている。

 居合について書かれた新田宮流の伝書「所存之巻」によると、
 『弥和羅(やわら=柔術)と兵法(剣術)との間、今一段剣術有る可しと工夫して、刀を鞘より抜くと打つとの間髪を入れざることを仕出し、是を居合と号して三尺三寸の刀を以て、敵の九寸五分の小刀にて突く前を切止る修業也・・・』とある。
 つまり、接近した間合いでは不利となる長刀で、すぐ抜ける小刀を持った相手に如何に対することが出来るかという工夫から、居合いという武術が誕生したのだという。

 宏隆は、その「居合術」をK先生に学んで、もう何年にもなる。
 居合術は剣道のように互いに打ち合う練習が無く、ひたすら抜刀の型をくり返し稽古する。それは、「ケンカの若大将」などと綽名される宏隆には似つかわしくない、如何にも地味な訓練のように思えるが、K先生に出会って間もなく、『喧嘩も良いが・・ひとつ、君自身を斬る修行をしてみないか・・』と言われ、道場へ見学に誘われるままに入門し、それ以来、至って真面目に居合の術を学んできた。
 父の光興(みつおき)などは、ケンカ三昧ばかりの宏隆がようやくまともな武藝への入門を果たしたとあって大いに喜び、その祝いに、祖父の形見である土佐山内家伝来の備前長船(びぜんおさふね)の一振りを宏隆に贈ったほどであった。

 無論、宏隆は大喜びで、K先生の道場へはその長船を手に提げて通い、名刀の魂に導かれるように、黙々と稽古に励んだのである。

 それから二年ほど経った或る日、居合の稽古の帰りに、街でチンピラにからまれた時に、宏隆が自然に、スッと、居合の構えを取る恰好をしただけで、相手が怖れて逃げて行ったことがあったが、これには当の宏隆の方が驚いてしまった。

 宏隆は、ふと、その時のことを思い出していた・・・
 今の宏隆にとって、太極拳よりも、空手よりも、遙かに長く学んできたものは「居合」であったのである。

 そして、宗少尉の強さを・・海軍の兵士でもある秘密結社の猛者たちを相手に、彼らを手玉に取る少林拳の技の冴えをさんざん見せつけられた挙げ句に、自分にはこれしかない、と思えたのだ。


 ・・・もう、どれほどの時間が経っただろうか。
 リングの上では、宏隆と宗少尉が、まだ互いに同じ構え、同じ間合いで向かい合ったままピクリとも動かない、静寂の刻(とき)が続いていた。

 見物の兵士たちも、ようやくこれがどのような状況であるのかを理解したのだろうか・・誰もが皆、固唾を呑むようにして、その成り行きを見守っている。


 そして、遂に・・・・
 その静寂(しじま)を破って、宗少尉が動いた。


                               (つづく)





  【 参考資料:土佐山内家伝来・備前長船兼光(無銘)】

    
 
         
 
         
 

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2009年12月18日

連載小説「龍の道」 第36回




 第36回 武 漢 (wu-han)(8)

 
「宗少尉は、相手の黄(こう)くんとは過去に何度も稽古し、数多く手合わせもしている。そして、これまでは圧倒的に少尉の方が上手(うわて)でした。しかし、今日は彼の方が優勢です。これは、彼が宗少尉を超えるために、密かに厳しい練功を積み上げてきた成果だと思わなくてはいけない・・・
 この世界では、自分の方が強いとか、優れていると思った途端に、自分よりも弱いと思えた相手に、それを覆されてしまうのです」

「はい・・・・」


 武藝の修行というのは何と厳しく、そして深いものなのだろうか・・・・
 宏隆は、陳中尉の言葉にあらためて己の精神(こころ)の貧しさを知り、それを恥ずかしく思った。自分がやってきたことなど、素人のケンカの域を少しも抜けてはいない・・・つくづく、そう思えたのだ。

 武術とは、ただひたすら絶対的な “強さ” を求めていくこと、それを必死に追求することなのだと、そんな感覚がこれまでの宏隆にはあった。
 どれほど理想を並べて道場訓を謳い上げ、神ながらの道、一打必倒などと嘯(うそぶ)こうと、現実として凶悪な暴漢の一撃に屠(ほふ)られてしまうような武術など、何の意味もない。先ずは強くあってこその武術、不敗の神技を求め、必死に闘い、勝ち続けてゆく事にこそ、武術が極めるべき真実があるのだと・・・そう信じて疑わなかった。

 しかし、本当の強さとは、厳しく己と向かい続け、吾が身の未熟さを思い知りながら、高度で端厳たる学習体系の正統に身を委ねて、恣意放埒のままに見過ごしてきた己の傲慢を糺(ただ)して行くことによってのみ、正しく養われていくものなのである。
 そしてそれは、武術に限らず、茶道でも、囲碁将棋の世界でも、能や歌舞伎などの伝統芸能でも、それを「道」として捉え、歩んで行くことに於いては、全く同じことであった。

 陳中尉が宏隆に語った言葉は、決してうわべだけの精神主義ではない。
 人間各個人は、それぞれが等しく「一個の存在」として在るのだ。その時々の利己に乗じて、この時はこうして、この場合はこうして居れば良いというような、得手勝手に都合良く立ち回る事など、本来は有り得ぬことに違いない。
 たとえ自分がその都合の良さを巧みに熟(こな)せているように思えても、人は実際には自己という「ひとつの存在」から出た「ひとつの考え方」で全てを対処するしかないのだ。物事に対して、その時々を小賢しく巧みに立ち回れたとしても、それはそっくりそのまま、己が本当に手にしたいこと、真摯に学んで身に付けたいことにまで、己の性質としてそれが直截に反映されてしまうのである。
 ただ単に、その場だけの勝利や優位性ばかりを追求するような、自分本位な姿勢からは、深遠な武藝術理の奥妙などは到底理解されるわけもなく、その根源を修得できるはずもない。

 そして、その「ひとつであること」を大切に養い、誠実に育んでいく姿勢は、陳中尉や宗少尉たち、命を懸けて戦場に赴く立場にある者たちが、使命を果たしつつ、必ず無事に帰還することの出来る方法として選んだ「戦い方」の根本に貫かれている姿勢でもあった。


「あはは・・またしても、先輩ぶって偉そうなことを言ってしまいましたね・・・」

「・・・いいえ、ありがとうございます。
 自分は、実際の戦闘と、戦闘の為になされるべき訓練を、全く同じものだと誤解していたようです。ケンカ三昧の中で運良く勝ち続けて、すっかり良い気になっていたようです。せっかく王老師に教えを受けているのに、恥ずかしいことです」

「いや、私にも覚えがあります・・・最初は誰もそう思いますよ。相手を叩きのめせなければ強くなったことが実感できないと思って、ムキになってしまうのです。
 しかし、実際の戦場で生き残るには、正しい学習体系に合った正しい稽古をするしかない。それは勝つための稽古ではなく、確実に相手を制して生き残れるような、そんな高度な原理を、実際に身に付けるための稽古なのです。
 相互に傷つけ合うことによって確認するのではなく、相手を尊重して労(いたわ)り、互いにその高度な原理をきちんと学び合えるような稽古こそ、真の戦力を養ってくれる唯一のものです。この両者の闘いも然り・・・・どのような場合に於いても、武藝の訓練とはそうあるべきものだと、私は思っています」

「・・・それでいて、実際の戦場で闘えば、その成果が如何なく発揮されるのだから、本物の武術の訓練体系とは、本当に凄いものですね」

「そう、単にひたすら殴り合う稽古をしていても、戦場では何の役にも立ちません。
 まるで逆説のように思えますが、実際に命懸けの戦闘に役立つ稽古というのは、むしろ外見は柔弱に見えるもので、そのような学習方法を知らぬ者から見れば、呆れるほど頼りなく思えてしまうものです」

「こんなヤワな事をしていて、本当に闘えるようになるのだろうか、と・・・?」

「・・そのとおり! もっと激しく打ち合う訓練をしなければ、実戦には使えないと思えてしまう。しかし、それでは “本物” を学んできた人と向かい合ったときには、瞬時にやられてしまいます。貧しい学習体系の中で、闘志や体力ばかりを強くしてもどうにもならない・・本物の武術の訓練は、非常にレベルが高いのです」

「ああ、自分は、もっともっと勉強しなくては・・・・
 宗さんが危うくなっているのを見て、いつの間にか、何とか勝たせたいという判官びいきのような気持ちが強く出てきて、これが学習であり、レッキとした訓練なのだということが何処かへ行ってしまいました」

「ははは・・・・まあ、イヤでも理解していくようになりますよ。
 要は、そのような訓練を持つ学習体系と巡り会えるかどうか、という事に尽きます。そして、幸いにしてそれと出会えたら、もう、半分は自分のものになったようなものです。それと出会えるということ自体が、その人自身の器量だと言えますからね」

「そう言って頂けると、少し救われるような気がしますが・・・・」

「宗少尉も、いま、此処で学んでいるのですよ。
 それが優勢であれ、劣勢であれ、必ずそこから学ぶということ・・・・
 ほら、ご覧なさい! 少尉の動きに、少し変化が出てきましたよ!!」


 ・・・見れば、宗少尉は、相手が躱(かわ)そうとするところに、さらに追撃を仕掛けている。円圏の渦に揉まれ、躱されただけでも身体がどこかへ崩れてしまいそうになるのに、それを何とか押し留めて、相手がクルリと翻った方へ、次の攻撃を繋いでいるのだ。
 つい先ほどまでは不可能と思えたそんな動きが、わずかな時間の間にそれを可能にして、何とか自分の劣勢を挽回しようとしている・・・・

「あんな風に、戦いながら学習を高めていくことは大変なことなのですが、宗少尉は、これまでの時間を無駄にせず、必死に相手の動きを学ぶことに使ったのでしょう。
 ・・まあ、黄くんの八卦掌には敵わぬまでも、そうむざむざとヤラれてしまう人でもないですからね・・・」

「では、やっぱり、あの相手には歯が立たないと・・・?」
 
「・・そう、よほどの “気付き” がない限り、この一戦では相手が優勢でしょう」

「気付き・・・・・?」

「・・そう、戦闘では、瞬間瞬間に “気付いていくこと” が、とても重要です」

「・・・・・・・」


 陳中尉が言ったとおり、宗少尉の動きが変わった途端に、相手の動きもそれにつれてさらなる変化を見せた。
 これまでは、その激しい少林拳の攻撃を流水のように身を躱し、旋転して背面を取っていたのだが、そうして宗少尉の攻撃を躱したところへ、さらに体当たりや、予測の付けにくい背面打ちなどで迫ってくるので、相手はその流水の渦を更に小さく、急激なものにして、少尉の反撃をし難くさせている。

 そして・・・・

「スタァーーーーーン!!」

 またしても・・・宗少尉は拳を突いていった途端にその技を無効にされ、それと同時に綺麗に足を払われ、大きく宙を舞ってマットに叩き付けられていた。

「あ、ああ・・・・・・!」

「いやぁ、見事ですね・・・まさに、あれが八卦掌の怖ろしいところです。
 一見柔らかく、サラサラと躱しているだけの円やかな動きに思えるので、つい此方はだんだん強く力みながら、それを追いかけさせられてしまう・・・・
 ところが、それは罠のようなもので、八卦掌と戦う相手は、周到に用意されたそのようなワナに、突然陥ってしまうのです」

 しかし、何という、不思議な歩法だろうか・・・・

 八卦掌には、「走圏(そうけん)」という、円の中心に向きながら、ひたすら円周線上を歩く基本功がある。素人はそれを見て、実戦でも相手の周りをグルグルと回りながら攻防を行うのだと勘違いしてしまうが、そうではなく、実はそれによって八卦掌独自の身体の “在り方” を練っている。歩法が、単なる“歩き方”ではないことが、これを見ているとありありと分かる。
 そして戦闘法とは、どのような武術に於いても、ただひたすらそのような高度な身体の在り方を練ることによってのみ、成り立つものであった。

 それが、これ迄どうあっても敵わぬ相手であったという宗少尉を超えるための修練や工夫であったのかは分からないが・・・・この黄という男は、そのような八卦掌の在り方、つまり繊細な身体構造を、かなりのレベルでマスターしていると思える。
 普通、人は右から左に身体を向け変えるときには、右足に重心を移して左に向き直さなくてはならないが、この相手は、いま右を向いていたかと思うと、もう左に向かっているし、激しい少林拳の攻撃を左に避けたかと思えば、次の瞬間には右の背中側に回っているのだ・・その自在な動きは、宏隆にはほとんど信じられないほどの、普通ではまったく有り得ないような不思議な動きに思えた。

 ・・・・倒されても、直ぐに立ち上がりはするが、もう、すでに、宗少尉の息は上がってきている。そしてその相手・・・八卦掌を遣う、武漢班のナンバーワンと呼ばれる男は、と言えば、その息遣いは間近に耳を欹(そばだ)てても計れず、スサッ、ササッ、と早足で動いているその足音さえ、まったく聞こえてこない。

「こうなったらもう、宗さんの勝ち目など、ほぼ無いに等しいかもしれない・・・」

 宏隆は、自分が次に戦う相手となることも忘れて、いつのまにか勝って欲しいと応援していた宗少尉に、そんなことを思い始めていたが・・・・・

「・・・・ああっ!!」

 宏隆は、思わずリングに張られたロープを握り締めて叫んでいた。
 相手の八卦掌が、ついに攻撃に転じ始めたのである。

 それまでずっと、宗少尉の猛攻に対してひたすら守勢に回り、少尉の間合いや攻撃の速さ、タイミングなどを慎重に計っていた相手は、少尉が自らの攻撃に疲れ、動きにやや衰えが見え始めたところを狙って、ついに反撃を開始したのだ。

 それも、宗少尉が相手を狙って攻めてくる、その同じ瞬間に、少尉が上を攻めれば下を、右を攻めれば左を、というように、交差するように反撃を返し、その返し方がすべて立体的な円圏の動きから出ているので、ほとんど予測がつかない・・・・

 幾たびか・・・少尉の腹や背中、首の辺りにもその反撃が入り、それが効く度に苦悶する表情になる。それは、少しばかり小突かれるような、見ていてそれほど強くは思えない打撃ではあるが、それが度重なるにつれ、少尉の動きが少しずつ鈍くなってきているような気がする・・・・

 そして、円圏を自由に空間に描いたような、その見事な反撃は、やがて足技にまで至りはじめている・・・まるで燕が低く飛ぶような恰好で、スゥーッとマットに座るように下がり、同時に宗少尉の脛(すね)の内側や、大腿骨の上の辺りに、その低い蹴りが、ピシリ、ピシリと、的確に入る・・・・
 軽い蹴りなので倒れはしないが、見た目よりもダメージは大きいようで、それを喰らった宗少尉は蹌踉(よろ)けて攻撃の機会を失うか、しばらくは足を重く引きずるようにせざるを得ない。

 そして・・・・

 ついに、相手はその勢いに乗って決定打となる一撃を打とうとしているのか、その男の表情がより厳しくなり、動きもまた、より速くなったように思えた、その時・・・


「・・・・ハァッ!!」
 
「ズダァーーーーン!!」

「グァッッッ・・・・・・!!」


 その時、そこに居合わせた誰もが、目の前で起こったことに、「ああっ!!」と、大きく目を見張った・・・・・

 ヒラリと、宗少尉が旋転したかと思うと、両手の掌で打った打撃が、そのまま見事に相手のわき腹を捉え、相手は身体が拗(ねじ)れたような恰好で、そのまま大きく宙に舞い、まるでマットの上で魚が跳ねるような恰好で、向こうの端まで転がって行ったのである。
 ズダーン、という大きな音は、少尉が掌打を放つ際に、前足で強(したた)かにマットを震脚したことによるものであった。

「・・・よしっ、見事! そこまでっ・・・・・!!」

 これまでにない大きな拍手と歓声が、見物している兵士たちから起こった。

「・・・い、いま、いったい何をしたんだ・・・・?」

 ・・・何がどうなっているのだか、宏隆にはほとんど分からない。
 何しろ、こんな戦い方も、これらの技法も、生まれて初めて目にするものばかりだ。
 目を大きく見開いたまま、驚きを隠せない宏隆に向かって、まだ肩で息をしている宗少尉が、渡されたタオルで汗を拭いながら、爽やかな微笑みを向ける。

「・・この技が不思議なの? これは南少林拳の “胡蝶掌” という技・・・」

「南少林拳・・? コチョウ・・ショウ・・・・」

「・・そう、福建省に南少林寺が在ったという伝説がありますが、その南少林拳を源流とする武術は南派とか南拳などと呼ばれていて、詠春拳や白鶴拳、洪家拳のように、非常に強力な拳法が多いのです。
 胡蝶掌はその南拳の絶技のひとつで、蝶のように舞って相手を打つので、その名が付けられたのでしょう。宗くんは、南派少林拳も勉強したのですね・・・・」

 ・・・陳中尉が、宗さんに代わって説明をしてくれる。

 確かにあの瞬間、宗少尉は、まるで蝶のようにヒラリと舞っていた・・・
 宗少尉の攻撃に対して相手が渦を巻くように旋転して反撃に出た瞬間、まるでそんな相手のお株を奪うように、足を交差させ、両手を大きく回しながら自分も旋転し、さらに足を違う方向に交差させながら前に出て、相手がまったく防御できず、逃げられないところに入って、両掌で腹と胸を同時に打ったのである。
 相手は、もともと身体を旋転して捻っていたところを強かに打たれて倒されながら、まるで自分でその拗(ねじ)れを戻すように、マットの上を転げ回ることになった。

「見事な極め技でした・・・あの胡蝶掌が決まるまで、宗少尉はわざと少林拳の直線的な技法ばかりを使っていたのでしょう・・・」

 陳中尉が、つくづく感心したような声で、そう言う。

「・・そして、対する黄くんは、それを八卦掌の円圏の動きで制しながら、蛇が獲物に巻き付くように、徐々にジワジワと宗少尉を追い詰めていった・・・
 ところが、追い詰められたと誰もが思えたその状態は、確かに黄くんの優勢だったのですが、宗少尉が最後まで自分の円圏の動きを隠していた故だったのです。
 手も足も出ないようにして追い詰めて、いよいよ止めを刺そうとした途端、突然に宗少尉が、それまでに片鱗も無かった強い円圏の動きをして、まるで黄くんの裏側を取るように入っていった・・・それも、胡蝶掌という、それまで誰にも見せたことのない技法でね・・・これはたまらない、この私でも打たれていたかもしれません・・・・」

 そんなことを、あの苦しそうな劣勢の戦いの中で考えていたとは・・・
 宏隆は、これまでやってきた自分のケンカ三昧など多寡が知れている、と思えた。
 本物の武術をやっている人、本物の戦場に行くための訓練を積んでいる人達は、まずその「戦い」というものに対する考え方からして、まったく違っているのだ。


「・・さあ、ヒロタカ、今度は、あなたの番よ・・・・」

 ニコリと、微笑みながらそう言う、宗少尉の目の奥が妖しく光っている・・・


                                 (つづく)



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