2022年07月12日

特別強化訓練 感想文寄稿 其の一

   『特別訓練を終えて』

                    by 川山継玄
(日本玄門會)


「体の全関節は動いています。」
訓練の一番最初から、自分の今までの認識がひっくり返されたような衝撃を受けました。
稽古の中で、
「今どうでしたか?」
と自分の状態の振り返りを問われた時、まず
「〇〇が動いていないと思います。…………。」
と話を続けていたので、「えっ?」と一瞬違和感を覚えました。本来動いているはずの関節も自分の中では「動くもの」という認識が無く、
「動かないものを動かさなくちゃ!!」
と躍起になっていたのではないか、と初めて体に対する認識の違いに気付かされました。
冒頭でこの衝撃があったために、今ある認識はほぼほぼ間違いであろうから、まず現状の把握をし、瞬時に書き換えられる精神状態でありたい!と特別訓練モードに入れました。そして、
「もっと自分の身体に耳を傾けなさい」
と常々言われている事の意味を解りたいと思い、気持ちを新たに臨みました。

初日は、事前に基礎訓練や重いものを持っての階段の上り下りなどをご指導いただいていたおかげで、重心がとりやすく、立つ位置がスムーズに修正され、その位置を感じ取りながら稽古できました。
自分では「無理」「この位置はありえない」と諦めていた位置や動きを、自分の身体でもとることができる兆しを見出し、気づきと変化の楽しさや、自身の可能性の広がりを感じることができました。これを、早くに感じ取れたことが、「現状の把握から修正」の速度を速め、この訓練を最大限に有効なものとして導いてくれました。
只、この時点では、意識の使い方が、自分の身体の中に留まり、ある程度限定された範囲内でしか使えておらず、長期的かつ広範囲にわたるような全体性は見いだせていません。
翌日の野外訓練を、期待と不安に胸を膨らませながら、身体をケアして楽しみに待ちました。

二日目は、他にもたくさんの人がいたので「自分の生徒さんや娘達の友達がいるかもしれないな。」とは少し思いましたが、周囲の目を気にすることなく、自分の課題に向かえました。
今回は自然とチームの中に身をおく自分と対面する為、昨日よりも「自分勝手が許されない」という微緊張がありました。しかし、その状態の中でも、普段状況が変わると感じる焦りはほとんどなく、何があっても全ては自分の糧になるという確信があったので、昨日と同じく現状の把握を続け、自身・自然・チームとの関わりに全集中しました。
基礎訓練からテント張り・川での訓練・夜間訓練。普段体験することの無い、奥深い広がりを展開したこの日は、いかに普段限定された(その枠は自分自身で設定しているのですが)環境の中で、自己中心的で傲慢な態度で過ごしていたかに気付かされました。

テント張りでは、「素直な自分であれ!」「ごまかすな!」「こちらから積極的に関わり、解ろう・伝えようとすることから循環は起こる」と痛感。
川での稽古は、高い方から低い方に止まることなく法則に従ってそこに存在する川。
以前師父が、
「川は一瞬たりとも同じ水が流れる事はない。」
とおっしゃったことの意味を解りたく、自分が感じられる水の流れや風、周囲を取り巻くもの全てに意識を向け、その無理のなさや、存在するもの一つ一つの尊さを感じてみました。
法則に逆らうことなくそこにある物との関わりを持ったことで、自分の小ささを感じるとともに、もうすでに私達の身体は宇宙の一つとして存在し、身体には宇宙が存在していると感じました。
一つ一つ・一人一人の存在のユニークであり、とても尊いものだと認識が新たになり、自分自身と他者を大切にしようと誓いました。
愛野公園での訓練は、少し諦めそうな自分もいたのですが、がむしゃらにやってみる挑戦心が養われました。アスレチックを後ろ向き四つん這いでやりきったことは、形ややり方にとらわれることなく、出来る方のアドバイスに従い、「何が何でもやりきってやる!!」根性だけが頼みの綱でした。案外これがその後の自信にもつながりました。
夜間訓練もすごかったです。同じ山道でも、視界がハッキリしている時と夜間月明りのみが頼りの状態での心理状態・五感の研ぎ澄まされ方・自身の行動の違いが大きすぎて、びっくりしました。
夜間の山歩きでは、情報量が限定されていると、とても注意深く、自分の身体を最大限に使おうとすることに気付きました。そこには、限界を作っていては生き残れないという本能が働くかのような、リミッターを感じない状態を体感しました。これは、他の方々の足音や動きからも察することができ、大変興味深かったです。
舗装された道路や道場のマットの上が歩きづらいと感じられたことは、今までの常識を覆される大きな収穫です。

三日目は今までの集大成。では、実際に太極拳とはどうつながるのかをやってみると、意識の使われ方、放鬆の状態、自己修正の速さに大きな変化が表れており、びっくりしました。
この一連の流れは、三日間集中して行われたことでより明確に感じ取ることができ、変化として自分の中に表れたのだと思います。
普段の稽古でも玄花宗師が、綿密なる準備を重ねてご指導下さっているのですが、日常との狭間で自分自身に寛ぐことが困難になっていたのだと感じます。
実際に、外に出で内側を観る事の大切さを思い知らされた特別訓練となりました。
また、毎晩最後に行われた自己メンテナンスは、この訓練を最後まで行うことができた大きなカギになっています。今後も愛おしい自分をきちんとケアして、いつでも戦える状態であれるよう、心掛けます。

今回のこの訓練目標であった、
・自己管理、時間管理
・構造理解
・自己認識を明確にし、自己修正力を上げる
これらは、大きく改善され、収穫が大きかったと思います。
ただ、時間管理は未だしっくり来ておらず、改善の余地が多くあります。
今後、「どのような流れを目標にしているかを書き出し、準備する時間をとり、行動に繋げる」ようにしてみたいと思います。思いのほか、頭で流れを確認するだけになっているので、目視化がカギの一つではないかと思われます。

最後になりますが、この素晴らしい特別訓練を、お忙しい中ご準備下さり、ご指導下さり、本当に有難うございました。
ご準備・食事・現場での見守り・会場の提供と先導に関わってくださった皆様、一緒に訓練し切磋琢磨した研究会の皆様に心より感謝申し上げます。
この訓練を活かし、玄門太極拳の研究・継承に尽力する事こそご恩返しと思い、今後精進して参りたいと思います。
ありがとうございました。

IMG_8688



IMG_8749


IMG_8723


disciples at 21:00コメント(26)門人随想  

コメント一覧

1. Posted by 松久宗玄   2022年07月13日 22:44
改めて感想文を読み直させて頂き、
まるで川の中で石が流されつつ、研磨され、滑らかに丸みを帯びていくかのようにも感じられました。
流れがあって、流れの中で困難にぶつかってこそ磨かれる、
流され、ぶつかる事で、自分の現状が分かる、
師父が太極拳の大河の中で流されるんだ、と仰っていた事が思い起こされました。

あと写真の中の皆の表情が笑うしかない、という風情で良いですね(笑)。
 
2. Posted by ユキ   2022年07月14日 17:03
三日間の訓練はとても充実した内容だった様子で、その時々の興奮がこちらにも伝わってきました。

特に興味深かったのはこの一文です。
>>情報量が限定されていると、とても注意深く、自分の身体を最大限に使おうとすることに気付きました。

これは、もしかしたら私たちの普段の稽古でも同様のことが言えるのでしょうか。つまり、「情報量」が多いことで注意深さに欠けたり体は最大限には使おうとできていなかったり、と。
「情報量」の多少に関係なく、注意深く体を最大限に使える状態とはどのようであるのか、考えさせられます。

また、非日常の環境に身を置くことで頭も体も大いに刺激を受け、活性化するということが読み取れますが、そうなると、いかに普段の生活や稽古に刺激が少ないのかと思わざるをえません。
毎回強化訓練を行うわけにはいかないものの、毎回強化訓練に取り組んでいる心身の状態は不可欠であるなら、やはり日常における自身の在り方を見つめるしかなく、道場に掲げられている、『常在戦場』の意味が、垣間見られる気がします。
 
3. Posted by マガサス   2022年07月14日 17:40
写真の皆さんのお顔が、とても清々しく生き生きとしていて、良いですね
子供が夢中で遊び回っている時のような、無邪気なお顔をされていらっしゃる様に感じました
実際はとても大変だったんでしょうね(^_^;)・・・

>いかに普段限定された(その枠は自分自身で設定しているのですが)環境の中で、自己中心的で傲慢な態度で過ごしていたかに気付かされました。

これは、とても大きな気付きだと思います。
では、実際、普段はどのような生活をされていらっしゃるのでしょうか?
もしも、自分の考え、習慣、常識や、「間違いなく自分が正しい」と思うことですら完全に否定され、「自分」が全く通用しない状態が続いたら・・・
私はその生活が、24時間365日、ついには約20年間続き、正直、本気で気が狂うかと思いました。
もう本当にどうしようもないと思えたとき、「この状態がこれ以上続いたら、頭がおかしくなります!」と反発し怒りながら訴えたところ、師父は何ておっしゃったと思います?
かんらかんらと笑って「面白い。そんなに言うんなら、狂ってみせてみろ。人間そんなに簡単には狂わんよ。甘えるな。」と・・・
「自分」は全く通用しないんだと、観念した瞬間でした。
自分とは何か、学ぶとは何か、謙虚さとは何か、考えが尽きません。

道場で過ごす時間は、ごく限られた時間。
「普段の生活が大事です」と常々指導されています。
普段をいかに過ごすか、これは自分自身の大きな課題でもあります。
強化訓練を通して大きく変化された研究会の皆さんの姿は、とても大きな励みになりました。今後の変化がとても気になります!
貴重な体験談を投稿して頂き、ありがとうございました。
自分も頑張ります!

4. Posted by 平田玄琢   2022年07月14日 22:18
私も訓練中に平らな硬い所を歩いた時、身体にすごい違和感を感じました。普段は平らな舗装路よりも山道の方が違和感を感じているのに、いつもと逆の感覚となってしまいました。
それは、どうやらいつもと違う意識と身体中の関節の動きにあるように思いました。

私たちは普段の生活では、固定された場所で身体の何処かを固定して生活しています。体の使ってない所や動かない関節が多いほど、何処かにもたれかかっているようです。

今回の訓練は、体の動きの足りない研究会の私たちを見かねた宗師が、綿密な計画を立てられたものだと思いました。普段と違った非日常を体験するうちに、確かにいつもと違う意識が芽生えました。

普段の生活でも稽古でも意識が高まるようにしたいものです。
5. Posted by 阿部 玄明   2022年07月14日 23:28
継玄さん、強化訓練お疲れさまでした。
屋外での訓練は理屈抜きにとにかくやるしかない!の一言でしたね。

動けないと斜面や砂利に足を取られて転んでしまう危険を伴ってました。
どうやったら足が上がるのだろうかとか悠長に考えてる時間のないものでした。
夜間の裏山を歩く訓練などは危機モードで
がむしゃらに取り組んでいると意外と動けるようになってました。
皆さんにとっても身体訓練であるとともに意識訓練になっていたようです。

気付いたのは、自己を挟んであれこれ難しいことを考えても結構無駄だなと。
それで動けるようになるならとっくに達人になってるよね?と
だったら法則が分かるまでガンガン動く!そう決め訓練を終えたら体が動くようになってました。
動かすのではない、勝手に動くんだという感覚が養われるようになりました。

強化訓練は良い思い出ですが思い出としてしまっておくのではなく
得られた意識や感覚を日々使って磨いてゆきます。
6. Posted by ichi   2022年07月15日 14:23
強化訓練の貴重な感想、ありがとうございました。
訓練を通じて、日常生活では使われていなかった感覚が呼び覚まされ、研ぎすまされていく様が文章から感じ取れました。
また冒頭の「体の各関節は動いています」という言葉。
動くか動かないかの二択では無く、動いているのが当たり前で、その上でそれを意識出来ているか。
パーツごとで見ればそれぞれが動いていて、全体では連動して、使われている状態になっているか
、休んでしまっていないかが大事なのかな、と感じました。
7. Posted by 太郎冠者   2022年07月15日 16:18
「無駄な力を使わない」というと、一般的にはテクニカルな方向に走るように思われがちですが、実際にはもっと体を使う必要がある!もっともっと!ということがはっきりと伝わってくるような、素晴らしい感想だと思いました。

実際に稽古に参加させていただきましたが、自分自身も使われていなかった感覚が磨かれていくのを感じ、同時に一緒に参加されていた皆さんが明らかに変化している様子が見て取れるのが、何より面白く思いました。

今回の稽古で得られた成果は、その時限りのものではなく、普段の生活を通して稽古に生かしていけるものばかりだったと思います。
「毎回特別訓練しないとダメなのか?」となってしまわないように、そこで得られたエッセンスをよりしっかりと日々の稽古に反映できるよう、改めて見直して取り組んでいきたいと思いました。
8. Posted by ハイネケン   2022年07月15日 23:38
感想文を読ませて頂き、さて自分は感覚器である五感をどの程度使っているだろう?
と失礼ながら軽く考えてみました。
あらまあ、目は遠くを見ることも少なく近くのスマートフォンをぼんやり眺め、周辺視野など意識にすら登らない。
鼻は食事の度にお味噌汁の風味を感じているだろうか?
舌はお茶の繊細さ、ご飯の旨味が毎日異なっていることに気づいているだろうか?
口は勝手に思うまま喋っているだけで思慮のある言葉を発しているだろうか?
皮膚感覚は天気や温度の違い、服の着心地にまで思い至る事があるだろうか?
日常において五感すら働かせずまるでスマートフォンのアプリの様に、漫然と流れに流され時を過ごしています。
継玄様の、ちょっと知り合いに会うと気恥ずかしい様な近くの公園でありながら、そこが稽古の「場」となり、感覚が鋭く研ぎ澄まされ、普段とは異なる感覚で動いたり、鋭い気付きが起こってゆく一連の様子。この感覚が生きた稽古=ライブの感覚なのだなと感じました。

私は本部道場で常々しているはずの事を、支部の稽古では出来なかったりすることがあります。
実は難しい動作の事ではなく稽古に向かう心持ちなのですが、それは自分自身の気持ちの持ち方が問題であったりします。
もちろんその違いこそが宗師との稽古の奥深さであり、本部へ稽古に伺う意義の一つでも有ります。

継玄様の文章から特別訓練の「特別」感が溢れており、良い稽古をされ羨ましい限りです。
ありがとうございました。
9. Posted by ふにゃ   2022年07月16日 15:42
特別強化訓練の感想文掲載ありがとうございます。

読ませていただき、訓練の内容もさることながら、ひとつひとつの訓練に継玄さんがどのような心掛けで取り組み、修正し、どのような変化を感じられたか、さらに今後の課題など、非常に細かく繊細に分析、言語化されていることに驚愕いたしました。

自分はなんと大雑把にボケっと過ごしているのだろう…と、一瞬思いましたが、ボケっとしているのではなく、余計な考えを怒涛のように溢れさせているのだと気づきました。
日常の些細なことだって、真剣に取り組んでいれば、余計な考えなど浮かばせている暇などないはず!今、目の前に集中するのだ!…あぁ…ますます余計な考えが…と、洗濯物を干しながら考えていて、ふと、目を瞑ってみました。
以前から時々目を瞑って活動してみたりはあったのですが、今回は継玄さんの文を読んだ後だったので、感覚に対してより意識的になることができ、物の質感や形、距離感など、目を開けている時とまるで違うということを認識することができました。
そしてその後目を開けて活動してみると、物の触り心地が今までと違って感じられ、自分は何とぶっきらぼうに物を扱っていたのかと、唖然としました。
たった数分間、慣れ親しんだ家の中でさえ目を瞑って移動すれば方向感覚を失い、平らとわかっていても危険を感じて慎重になるのに、それが夜間の山の中!心理状態、五感の研ぎ澄まされ方は想像を絶するものと思います。
訓練の醍醐味、ヘトヘト、ボロボロ具合(?)は、実際体験してみなければわからない事だと思いますが、継玄さんの訓練に向かう姿勢や分析力に、稽古への取り組み方のヒントをいただいたように思います。
ありがとうございました。
10. Posted by 西川敦玄   2022年07月16日 15:50
5月に行われた特別稽古を、ありありと思い出すことが出来ました。参加した皆さんの終了後の稽古をみて、あらためて特別な稽古体験ができたのだと思いました。継玄さんの感想からは、生き生きとした感情が伝わってきて、私もその場に戻された様な感覚を再び持つことが出来ました。

興奮を収めて文章を読んでいると、あらためて特別稽古の場所(内容でなく!)が気になりました。
継玄さんが、記録されているように、知り合いがいるような公園であったり、近くの川だったり、神社の裏山だったりしました。そこで、われわれは稽古を非日常として体感出来たのでした。

これは不思議ですね。
日常に内在する? 非日常への思いをはせてみました。

さて、それでは稽古稽古!!
11. Posted by 川島玄峰   2022年07月16日 19:08
日常とは違う環境に立たされた時、今までの思い込み、考え方が浮彫にされていくのかなと思いました。継玄さんの訓練に向かう姿勢が思い浮かぶ内容で、様々な状況に対して冷静に考え行動されていることが感じられます。
私自身、本部道場へ行くことも訓練と思っていましたので、普段から本部で稽古されている継玄さんが葛藤され修正されていく強化訓練は想像以上の内容であると思いました。
先月、こちらで行われた宗師との特別稽古では、私自身の弱さを浮彫にされ、内容に混乱しながらもその弱さに負けてはいけないと思っていたことを心に思い起すことができました。

自己認識の確認、自己修正には、強い精神力がないと難しいと思われます。それは弱い自分と向き合うことで可能にしてくれるのではと考えさせられました。
継玄さんの稽古に向かう姿勢が今後の稽古の指標となりました。貴重な強化訓練の感想文をありがとうございました。

12. Posted by マルコビッチ   2022年07月16日 19:58
あれから2カ月半たっていますが、改めて感想文を読ませていただき、あの日の陽射しと風を思い出しました。

継玄さんが自分との対話を通して感じたこと、気付いたことを素直に書かれていて刺激を受けました。そして、皆さんそれぞれにきっといろいろなこと感じているのだろうなあと思いました。
考えるより身体を動かす、苦手なことにも思い切り飛び込んでいくことによって変われることがあるんだと実感した訓練でした。
この訓練が過去の1ページで終わらないよう取り組んでいきたいと思います。

13. Posted by 清水龍玄   2022年07月16日 20:00
特別訓練を終えたあとの門人の皆さんとあったとき、それ以前の皆さんとは、軸も、雰囲気もとても変わっていて、驚きました。
それは、皆さんが、明確な目標を持ち、その目標に向かう為自身と向き合ってきたからなのかと思いました。
また、つい自分で、自分の限界点を思い込み、また、設定してしまう自分がありますが、その甘さの先に、本当の変化が生じるのではないかと思いました。

貴重な体験をシェアしていただき、ありがとうございます。
 
14. Posted by 川山継玄   2022年07月21日 02:19
宗玄さん
宗玄さんのコメントに、川の流れに身を任せ、逆らうことなく、必要な分だけ流れ、必要な分だけ研磨されてゆく石が、足元を流れていくかのような錯覚を覚えました。
自分の現状を知り、止まることなく精進していきたいと思います。

アスレチックでアドバイスを下さり、ありがとうございました!
 
15. Posted by 川山継玄   2022年07月21日 03:04
ユキさん
実は、特別訓練での変化は大きかったものの、その後急速に、元の状態や感覚に戻っていることに、焦りを覚えておりました。
非日常に身を置き続ける事はなかなか困難であっても、最初から諦めて、日常にどっぷりつかって、非日常に身を置く努力や工夫を怠っていたことに、ユキさんのコメントのお陰ではたと気付きました。
日常と非日常での状態の違いがあるのなら、非日常に飛び込み、経験の幅を広げ、それらを深めるべく、自分を見つめる訓練を続けて、自己を開発していきたいと思いました。

気付きをありがとうございます。
 
16. Posted by 川山継玄   2022年07月21日 03:41
マガサスさん
編集部の皆様が、本当に素敵な写真を載せて下さり、訓練時の感触・温度や匂い、感触を思い出すことができました。

厳しい訓練ではありましたが、無理難題を目の前に突き付けられるのではなく、各自が自己管理し自分を見つめながら行えるようご指導・配慮して下さったので、一人一人が満足感に満ち溢れ、解放され、キラキラした表情だったのだと思います。

「人間そんなに簡単には狂わんよ。甘えるな。」という師父のお言葉。身に沁みます。
自分を「弱い」と言うことで楽になる選択肢を選んできた自分がいます。
人間が本来持つ強さが自分の中にも存在している事を認めて、前を見据えて太極拳を追求していきたいと思います。

いつも、貴重な経験談を載せて下さり、ありがとうございます。
 
17. Posted by 川山継玄   2022年07月22日 02:58
玄琢さん
今回は、会場を提供して下さり、また、山道を先導して下さり、本当にありがとうございました。
細やかな配慮と、軽やかな身のこなしに感じ入りました。

山道を歩いてみて、アスファルトのような硬くて動かないものの上の自分の状態と、山道のように一歩ずつが全く違う足場での自分の状態は、明らかに違うものだと体感しました。
ただ、玄花宗師は、どのような状況下でも、動ける状態であり、環境に左右されることがありません。
今後、解るまで取り組むという課題を克服していかなくてはと思います。
 
18. Posted by 川山継玄   2022年07月23日 11:44
玄明さん
強化訓練お疲れさまでした。

>気付いたのは、自己を挟んであれこれ難しいことを考えても結構無駄だなと。

自己を挟んでいるからこそ、思考が空回りしだすのだと改めて感じました。
普段、「無駄はしたくない」と思っていながら、実はそこに焦点が合ってしまっている故に、「無駄なことをする」軌道にはまっていたような気がします。できないことに焦点を合わせるのではなく、全身で感じて、感じたままに動いてみると、自分の枠を取っ払うことができるのかな、と実感できた訓練でしたね。

人間は本来生きていくには危険を伴っていて、それが生活に組み込まれているにもかかわらず、現代では危険が伴わないことを意図的に選択・実践しています。故にそれらに鈍感になり、解決しようと思考するので、対処に時間がかかり、実際的ではないのかと思いました。
訓練で養われたモードを常に持ち続けたいです。

気づきと変化の様子を寄せて下さり、ありがとうございました。
大胆かつ知的に取り組める玄明さんにいつも学ばせて頂いております。
 
19. Posted by 川山継玄   2022年07月23日 13:35
ichiさん
コメントをありがとうございます。

今回の「関節は動く」というシンプルだけど、思わぬ気付きにとどまらず、日頃、自分の誤った認識が動くことを大変にしている事が多々あるなと痛感します。
稽古でご指導いただく事を、自分流の誤った解釈は本当に危険です。
言われたことを言われたまま・見たものを見たままやることがとても大切だと感じます。そうした時に、全体が見える事を体感し、更に深めていけるのかなと思います。

ichiさんのとても鋭く、真っすぐなコメントをいつも楽しみに拝読しておりました。
これからも、一緒に稽古頑張りましょうね。
 
20. Posted by 川山継玄   2022年07月24日 11:36
太郎冠者さん
今回の特別訓練は、何が何でもがむしゃらにやるしかなく、思考に関わる間もなく体を動かさずにはいられないものでしたね。
体も意識も、くたくたでしたが、両者ともに滞りなく思いっきり使った後は、子供の頃、平泳ぎができないからと必死で練習して、その日のうちに何百メートルか泳げるようになった時の、満足感と爽快感に似たものがありました。

先日の稽古で、
「わかるまでやるんです。」
と玄花宗師からお言葉を頂きました。
普段の稽古や日常生活の中で、特別訓練で実践した、「わかりたい」という意欲と、「わかるまでやる」という必死さを持ち続けたいと思います。
太郎冠者さん、お互いに磨き続けましょう!
 
21. Posted by 川山継玄   2022年07月24日 11:53
ハイネケンさん
とても正直に、ご自身の生活を振りかえる姿勢、勉強になります。ありがとうございます。
私も、無意識で動いている事の何と多いことかと、愕然とします。ただ、こうやって無意識である自分に気付くと意識的であることが増え、「あれっ?」と思うことが増えました。

遠く離れた地で、稽古を重ねてゆくことは、想像をはるかに超えて厳しいことだと思います。それを、自分たちで進め、更にはコロナ禍で稽古場所や時間も確保する事すら困難だった時を経て、成長し続けていらっしゃる札幌の皆様の、たくましさと、おおらかさと、必死の取り組みを見習いたいと思います。
 
22. Posted by 川山継玄   2022年07月28日 03:57
ふにゃさん
コメントをありがとうございました。

>ボケっとしているのではなく、余計な考えを怒涛のように溢れさせているのだと気づきました。

すごい気付きですね!
私は、日頃から、思考優先で余計なことで頭は渦巻いていて、集中力がありません。

ただ、今回の特訓で、この「集中力」に対する認識が変わりました。
今までは、集中しようとした時、対象となること一つに焦点を当て続けようとし、他を遮断することに一生懸命でした。ですから、余計な考えがあふれ出てくることを受け容れられなくなります。

しかし、訓練で、全体を感じようとした時、自分の内面の変化にスポットが当たり、それが毎瞬変わることを面白いと感じ、受け容れることができました。
その状態は、決して集中力が散漫になるわけではなく、逆にとても豊かな気づきや環境への順応性が生まれました。

私もこれから、集中できないなと感じた時には、ふにゃさんのように目を瞑って、内なる変化に耳を澄ませてみようと思います。
こちらこそ、ふにゃさんの枠にとらわれない知的なアプローチと、細やかで素直な気づきが、とっても勉強になります。
ありがとうございます。
 
23. Posted by 川山継玄   2022年07月30日 01:36
敦玄師兄
ついこの間終えたばかりと思っていた特別訓練から、早3か月程が経過してしまったのですね。

敦玄師兄が「場所」に着目されたこと、面白いです。私たちにとって、とても身近なところで、しかも、一般の方々が行きかうゴールデンウィークに、まずこんなことはしないだろう!!ということを、やったわけで…。
師兄の投げかけのお陰で、稽古が日常になるヒントを、沢山頂けた特訓だったと、改めて振り返ることができました。
これを今後に活かして、日々成長し続けたいと思います。
 
24. Posted by 川山継玄   2022年07月30日 02:22
玄峰さん
今回の特訓で、日常的に繰り返されている「行動の癖」や「考え方の癖」に気付くことができ、それを繰り返していると非常に範囲が狭く、取りこぼしが多い、自己成長の妨げになることがわかりました。

>自己認識の確認、自己修正には、強い精神力がないと難しいと思われます。それは弱い自分と向き合うことで可能にしてくれるのではと考えさせられました。

この文章に、鳥肌が立ちました。遠い北海道の地で、支部を任され、日々鍛錬を重ねる玄峰さんの強さと修正力の源を感じました。
私は癖を繰り返す安心感にすがる弱さを、きちんと受け入れて、それではとることはできないと言い聞かせ、精進したいと思います。
一緒に稽古できる日を、心待ちにしております。
 
25. Posted by 川山継玄   2022年07月30日 02:40
マルコビッチさん
>考えるより身体を動かす、苦手なことにも思い切り飛び込んでいくことによって変われることがあるんだと実感した訓練でした。

本当に、皆が飛び込み、我武者羅にやって、大きく変化をした訓練でしたね。

自分の苦手は、実は本当に苦手なのではなく、自分の思い込みだったり、取り組みが浅かったりが原因だったのではないか。だとしたら、それは改善の余地がある!と嬉しくなりました。
ここで得た火種を、大切に育てていきましょう。
 
26. Posted by 川山継玄   2022年07月30日 03:06
龍玄さん
今回、最初に設定した目標の力は大きかったと思います。
人は、「感じて→考えて→行動する」のだそうです。自分自身の現状を感じ、それに対してどうしたいかという課題を自分で設定し、訓練に臨んだ。非常に自分の責任が問われました。普段、いかに他人任せだったことだろう、と反省しtました。
今後、自覚を持って目標に向けて取り組んで、前進していきたいと思います。
龍玄さん、共に頑張りましょう!
 

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

Categories
  • ライブドアブログ