2020年08月28日

門人随想「女性天皇と女系天皇について」


                  by 田舎の神主
(拳学研究会所属)


 「女性天皇と女系天皇の違いを知ることは、これからの日本にとって大切な事であり、太極武藝館門人は知っていた方が良い」と師父からお話があり、大変僭越ですが私が知り得た事を書こうと思います。

 昨今の世論調査では、約8割弱の人が女性天皇や女系天皇を支持のようです。
保守政党といわれる自民党の二階俊博幹事長も、4年程前から女性天皇を容認する考えを公の場で示し、波紋を呼んでもその考えは今以って変えていません。

 小泉内閣は平成16、17年に、高い見識を有する人達を集め、「皇室典範に関する有識者会議」を17回開催し、その報告書を提出しました。

 報告書の主な内容は、

  〇女性天皇及び女系天皇(母系天皇)を認める。
  〇皇位継承順位は、男女を問わず第一子を優先する。
  〇女性天皇及び女性皇族の配偶者になる男性も皇族とする(女性宮家の設立を認める)

 等です。・・・すごい時代になったなと感じました。

 1776年5月1日に創立され、現在では殆ど樹立された世界単一政府(一般には陰謀論とされる。知的能力を実証された人々が世界を治めること)の目標の一部である、「愛国心と民族意識の根絶」と「家族制度と結婚制度の撤廃と子供のコミューン教育の実現」、他にも「私有財産と相続財産の撤廃」や「すべての宗教の撤廃」、これらは、コミンテルン・共産主義の基となりました。「天皇制打破」は共産主義者の目標の一つとなっています。「天皇制」という言葉も、元は共産主義用語です。

 戦後の日本では、国民にそれらを徐々に浸透させてきました。
 「愛国心と民族意識の根絶」をするため、すなわちその中心となっている皇室や、国民の各家庭内教育者の女性(日本では特に大和撫子といった)を変革し、彼らの思うようにする必要がありました。特に女性は膨大な経済効果がありますので、男女平等を超え、まるで女尊男卑のようになっている今の世、政界は女性票を獲得するため、国は女性から税金を取るため、経済界は女性を疲れさせ浪費させるため、様々なことが行われています。

 私は、先進諸国と言われる国々の女性(男性も)に関しては、残念ながらほとんど仕上がっていると感じます。日本では、天皇を女性・女系にして最後の仕上げといったところでしょうか。

 日本は1985年に、United Nations (連合国・国際連合)の女子差別撤廃条約を批准し、厚生労働省は男女雇用機会均等法を、行政は男女共同参画社会企画室を作りました。それにより、ジェンダーフリー、フェミニズム、女性解放、女性の社会進出が世間に流行りました。
 善し悪しは別にして実際に世の中がどの様に変化したかは、皆さんの周りを見ればよくお分かりのことと思います。家庭内では、昔大家族だったものが核家族になりました。子供にお金をかけた教育をすればするほど、昔の四書五経の教育の頃とはかけ離れた自由平等博愛の考えが浸透し、なぜか、親子の別離、夫婦の離婚まで進み、一家離散となっている方も多くなってきました。
 古くからの伝統的なものを、そのまま後世に伝えること (伝統文化)に携わっている人達は受難の時代であり、革新的な考えの人達やビジネスチャンスを狙う人達にとっては、素晴らしき新世界秩序の到来と思ったことでしょう。
 また、現代は一般的に男女同権・男女平等の世の中といわれますので、世論調査をすれば女性天皇や女系天皇支持は当たり前のことと思われます。

 戦前、日本は現在のような民主主義ではなく、天皇統治であり、それは、大御宝(おおみたから 国民)を君主である天皇が知ろし食す国家でした。すなわち、天皇は国民を宝のように思い、まるでご飯を食べ消化するかのように国民のことを深く知り、国を各家のように大切に思っていたのでした。私は理想的な国家ではないかと感じます。
 例えば、「大和」という古代の国名では、「和」という字の禾偏は穀物の意味です。旁(つくり)に口があり、穀物を食べることを意味します。ご飯を食べると皆は和らぎ、それが大きく広がり国中でご飯を食べ和らぐことが「大和」につながるという説もあります。
 また、後に述べますが、国民の朝の竈の煙が昇っていないことを心配した天皇もおられました。そういったことは、代々の天皇が御言葉を宣べたもの、「みことのり」「神勅」「詔勅」という永久保存の公文書として知ることができます。
 124代目の昭和天皇の御代の終戦を迎えるまで、天皇は「現人神 あらひとがみ」といわれ、国民が君主の皇位継承について語ることはとんでもないことでした。神主であった私の先祖も、普段から「言挙げせず」を心掛け、君主について語る事はとても恐れ多い事だったでしょう。
 私も18歳の頃、元 現人神であられた昭和天皇行幸啓の神社参拝(熱田神宮)の折、自分と陛下までの距離2メートル、皇后様が一歩下がって歩くその陛下の御姿は、まるで後光がさしているようで、とても恐れ多くて顔を上げることもできませんでした。

 では、現人神とか皇孫 (すめみま)といわれた天皇とは一体何か。戦後、神社や皇室について何の教育も内容も教わることのなかった世代(ほとんどの人)は、皇室のことを一般家庭と同じように思っているのではないかと危惧します。
(私も18歳まで神社や皇室について何の教育も受けていません。)



 <「男系」の男性天皇と女性天皇、「女系」の女性天皇と男性天皇>

 「男系」とは、父親を遡れば初代に辿り着く系譜をいいます。今迄、男系で続いてきた歴代126代の天皇は、父親の血統を遡れば初代の神武天皇に繋がります。母親を辿る場合を「女系」といい、母親を遡っては初代に辿り着きません。
 「女性天皇」は、過去に8人おられました。そのうち2人は、2度即位しています。しかし、いずれも男系の女性天皇であり、次の継承者が即位される迄の「中継ぎ」として、男系を守るために皇位につかれました。すなわち、その在位中は子供を産む状況にはなかったことや、結婚をせず独身を通したかです。
 
 男系守護の「女性天皇」は8人おられましたが、「女系天皇」という「女系」の女性天皇・男性天皇は全く例がありません。一旦「女系」となってしまうと、皇室とは別の血統である「別の男系」にすり替わってしまいます。
 男系皇位継承は、2680年間、126代続いている世界に類のない「万世一系の天皇」と称され貴重な伝統が守られています。その貴重な日本の国柄のことを「国体」といいます。国民体育大会の「国体」とは違います。「国体」の崩壊は、古き良き時代の日本の崩壊を意味します。

 万世一系の天皇の血統は、皇位継承の危機に備えた、天皇の男系子孫を当主とした「宮家」によって守られてきたのです。しかし、昭和22年に、昭和天皇の実弟である3宮家を残し、11の宮家が皇籍離脱させることになりました。その理由は、GHQの指令により皇室財産が国庫に帰属させられることになり、従来の規模の皇室を維持出来なくなったことでした。

 当時の加藤進宮内次長の言葉として『万が一にも皇位を継ぐべき時が来るかもしれないとの御自覚の下で身をお慎みになっていただきたい』とあります。

 女性当主の「宮家」は、過去に例はありません。皇室は、俗に「天皇家」という一般家庭と同じような家の継続ではなく、皇統という男系の血統の継続なのです。
 また、血統というと思い当たるのが、血統書付きの動物、競争馬の血統の良し悪しや、美味しい肉牛の血統ですが、皇室の皇統はそのようなものではなく、血液が代々繋がっているだけの唯の血統ではありません。
 すなわち「万世一系」とは、単に血統上だけのものでなくて、精神的にも一貫不断の継続を意味している事を見失ってはならないのです。その精神的なものとは何か、それは、「日本の神話」や「みことのり」で示されています。



<日本の神話>

 我が国の神話は、戦後、学校では殆ど教えないものとなり、私が教わった極端思想の先生が神話について話した内容は、「日本神話は、皇室を権威付けるための作り話であり、日本民族の歴史伝承では無い。そういった嘘を教え込まれ、洗脳されたから、神風が吹く神国日本は必ず勝つとか、天皇は現人神と言われるようになった」
 また、大東亜戦争についても、「近隣諸国を植民地として支配して、連合国相手に勝てる見込みのない戦争を挑みアジアの国々に極悪非道なことをした。原爆を落としてもらったから戦争を敗戦という形で終了することになった」
 「広島の爆心地の横の平和記念公園では、(安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから)との碑文もあり、敗戦とともに、神話をはじめとする様々な洗脳が解け、日本はアメリカという解放者によって、自由で開放された良い国になった」
などという、日本人であることが恥ずかしくなるような自虐的なものであり、その当時の出来事に対し何の検証も無く、戦勝国側の理屈を押し付けたひどいものでした。  
 私も、当時、大袈裟に嘘を言っているのはその先生の方だと薄々思っていましたが、検証するすべもなく、後にその先生は、学校の帰りに、恨みに思った卒業生によって車に轢かれそうになりました。

 そのような自虐的な史観は、大人になるにつれ、自ら進んで行なった勉強と調査検証により次第に解かれ、日本人に生まれて本当によかったと思われる、すっきりとした史観に変わっていきました。
 様々な方とお話をすると、いい年をしていても自虐史観の解けない、または、自虐史観とも思っていない、私にとっては大変お気の毒と感じる方も多いのですが、しかし、そのような方は、私のようなものを、職業柄、昔の日本にかぶれた可哀そうな人と思っているようです。

 日本の神話では、伊勢神宮の内宮に祀られる天照大御神の子孫が天皇になられていますので、それはどのようないきさつがあったのかを、天孫降臨からの分かり易い神話物語として大筋を紐解いていきます。

 神話(国史)は古事記と日本書紀があり、その解説には様々な説があります。古事記の神々は、命(みこと)・日本書紀の神々は、尊(みこと)と表されます。日本書紀は、各地域の風土記も記載され、今年で編纂1300年を迎えますので、書店に書籍が少しはあると思います。
 また、諸説や神話に出てくる難解用語や神様については安易にインターネットで調べる事ができますので、少しでも興味がわき、もっと詳しく知りたい方は調べてみて下さい。日本神話は、唯の出鱈目ではなく各地の言い伝えや様々な暗示がありますので、初めて神話に触れる方はとても面白く感じると思います。
 皇室に関しては、インターネットの情報は不敬なものが多く見られますので、行間を読み、注意した方が良いと思います。



<天孫降臨(てんそんこうりん)>

 高天原(たかまのはら 天上の世界・中央政権)と葦原中国(あしはらのなかつくに/地上の世界・地方政権・出雲の国)で様々な攻防が治まり、天照大御神と高御産巣日神(たかみむすひのかみ)が、天照大御神の子である天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に葦原中国を統治するように命じました。
 しかし、天忍穂耳命は「出雲に天降ろうと身支度をしている間に末の子が生まれました。名を邇邇芸命(ににぎのみこと)と言い、出雲にはこの子を降ろしてはどうでしょうか」と提案しました。
 古代ではこのように末の子が家督を継ぐという末子相続は、仁徳天皇の頃まで続きます。「天孫降臨」は、官僚が関係組織に下るというあまり良い言葉ではない「天下り」という言葉の語源になってしまいました。

 天照大御神の孫(天孫)邇邇芸命は葦原中国の統治を命ぜられ、天児屋命(あめのこやねのみこと・中臣連(なかとみのむらじ)の祖先 藤原氏の祖神)、布刀玉命(ふとだまのみこと・忌部の首(いんべのおびと)の祖先)、天宇受売命(あめのうずめのみこと)、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)、玉祖命(たまのやのみこと)の、天石屋戸開きで活躍した五神を従えて天より降りました。
 その時に邇邇芸命が天照大御神から授かったものがあります。それは、「三種の神器」(さんしゅのじんぎ)と「三大神勅」(さんだいしんちょく)です。それらが、我が国の天皇統治のいわれの基となっていきます。

 葦原中国に降り立った邇邇芸命は、大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘、木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と結婚します。ほどなく懐妊し、それを夫に不審に思われたため産屋に火をつけます。
天津神の子であれば無事生まれると予言し三人の御子が誕生します。末の御子の火遠理命(ほおりのみこと)が、天皇とつながっていく山幸彦、長子が海幸彦です。これが、弟の山幸彦が海幸彦の釣り針をなくし海神の宮殿に行く物語になります。

 山幸彦は、海神の綿津見神(わたつみのかみ)の娘、豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)と結婚し、生まれた御子の名を鵜茸草茸不合命(うがやふきあえずのみこと)といいます。そして、叔母である玉依毘売命(たまよりびめ・母の妹)をめとり四人の御子を生み、その末子の若御毛沼命(わかみけぬのみこと)が、後に初代・神武天皇となる神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)です。神話は、後に神武東征の物語へと続きます。すなわち、日の御子からの血統が続いているということです。



<三種の神器>

 八咫鏡(やたのかがみ) 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま) 草薙剣(くさなぎのつるぎ)を三種の神器といいます。その神器は、皇居で奉斎(大切に保管され祭祀がおこなわれる)されていましたが、現在、八咫鏡と草薙剣は、伊勢神宮と熱田神宮に祀られていますので、それら二種は、神霊が宿る形代(かたしろ)で皇居(賢所・剣璽の間)にて祀られ、これらを奉斎することで正当な帝(天皇)の証であるとされました。
 また、八咫鏡は知恵を、八尺瓊勾玉は慈悲深さや仁義(優しさ)を、草薙剣は勇気や武力を象徴しているという説もあります。   

 八咫鏡は、伊斯許理度売命が作り、第十一代垂仁天皇の御代に、皇居から、祀られる場所の変遷を経て伊勢神宮の内宮に祀られました。
 八尺瓊勾玉は玉祖命が作り、天の岩屋戸開きの時に、八咫鏡と一緒に榊の木に掛けられたといわれています。
 草薙剣は、須佐之男命(すさのおのみこと)が退治した八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から出て天照大御神に奉納され、皇室が奉斎していましたが、第十代崇神天皇の時代に伊勢神宮に移され、第十二代景行天皇の時代に伊勢神宮の倭姫命(やまとひめのみこと)が、東征に向かう日本武尊(倭建命 やまとたけるのみこと)に草薙剣を託しました。
 東征の途中、尾張国造(おわりのくにのみやつこ)の祖先、宮簀媛(みやずひめ)の家に滞在し、無事東国平定の後、尾張に戻り二人は妹背(いもせ)の契りを交わします。日本武尊の逝去後、尾張に社を立て草薙剣を奉斎したのが熱田神宮の起源といわれています。
 この剣は元々天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれていましたが、東征中に賊によって草原に火を付けられた時、逆に、草を薙ぎ払いそれに火を付け、難を逃れたことから、草薙剣と呼ばれるようになったそうです。今でも、草薙・焼津といった地名が残り、縁の祭神を祀った神社があります。



<三大神勅>

 三大神勅は、天照大御神が天孫邇邇芸命に授けた“みことのり”といわれます。

 「宝祚天壌無窮(ほうそてんじょうむきゅう)の神勅」とは、

豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂國(みずほのくに)は、是吾(これあ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく 爾皇孫就(いましすめみまゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さかえ)えまさむこと、當(まさ)に天壌(あめつち)の與窮(むたきはま)りなかるべきものぞ。
 天照大御神がご自身の子孫こそ天皇として、天地とともに永遠に日本を治めるにふさわしいと示された神勅です。
 
 「寶鏡同床共殿(ほうきょうどうしょうきょうでん)の神勅」とは、

吾(あ)が兒(みこ)、此(こ)の寶鏡(たからのかがみ)を視(み)まさむこと、當(まさ)に吾(あれ)を視(み)るがごとくすべし。與(とも)に床(みゆか)を同じくし、殿(みあらか)を供(ひとつ)にし、以(も)て斎鏡(いはいのかがみ)と為(な)すべし。
 天照大御神が三種の神器の鏡を授けられた時、この鏡を私だと思い大切に祀るよう、命じた神勅です。伊勢神宮に祀られた寶鏡は、大切に祀られ、国の重要な行事の前後に、天皇は、報告と祈願をするため必ずお参りに行きます。

 「斎庭穂(ゆにわのいなほ)の神勅」は

吾(あ)が高天原(たかまのはら)に所御(きこしめ)す、斎庭(ゆには)の穂(いなほ)を以(も)て、亦吾(またあ)が兒(みこ)に御(まか)せまつる。
 天照大御神が「人々の食の中心」として高天原で育てた神聖な稲穂を地上に授け
たことを伝えた神勅です。お米を中心とした食文化が、今でも途絶えることなく続いているのは、お米が神様からの賜りものと伝わっているからです。



<「みことのり」「詔勅」>

 今から2680年前、初代天皇の神武天皇が橿原の宮で即位します。そして国を肇(はじ)めます。神武元年1月1日(現2月11日)のことです。
 日本は米国のような建国ではなく、肇国(ちょうこく)なのです。初代神武天皇は、橿原建都の詔(みことのり)を宣べます。その後、歴代天皇はさまざまな重要なみことのりを宣べています。

 男系で各天皇を遡ることができるということは、歴代天皇の、みことのりに現れている精神を継ぐ、あるいは、その御心に立ち返る事ができるのではないかと思います。

 文学博士の井上順理氏は、錦正社『みことのり』刊行にあたって述べています。
 「歴代の天皇の御聖旨は、全く至公無私を旨として、常に専ら皇祖皇宗の御遺訓を継承実現するにありとせられてきた。否、逆にいえば、祖宗の遺訓継承とそれの実現のみに只管専念されるからこそ、個人的には全く無私公平であられる。しかもかく全く至公無私であるという境地は、普通の人間には到底期待しえない正に超人的な境地であるから、古代天皇は人にして人に非ざる“現人神 あらひとがみ”又は“明神 あきつかみ”ともいわれてきたのであって、かかる人にて神の如き至公無私の人の意思こそ、正にあるべき理想的な国家の最高意思即ち主権意志である。」

 簡単にいうと、天皇の祖先の御遺訓(みことのり)を継承し、それを実現しているから天皇無私といわれる。その超人的な境地は一般人には無理であるから天皇は現人神といわれた。それは国家の最高意思であった。

 私が個人的に重要と思っている「みことのり」、そして、私の好みの「みことのり」を幾つか挙げます。



◎ 神武天皇 【橿原建都の令 ― 八紘為宇の詔 (抜粋)】

 夫(そ)れ大人(ひじり)の制(のり)を立つ。義(ことわり)必ず時に随(したが)ふ。苟(いやしく)も民(おおみたから)に利(くぼさ)有らば、何(なん)ぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)わむ。
 訳/そもそも聖人が制(のり)を立て、道理が正しく行われる。国民の利となるならば、どんなことでも聖(ひじり)の行う業(わざ)として間違いはない。
(私の解釈) 
  天皇は国民とともにあるので、国民の質により天皇も変わることになる。


◎仁徳天皇 【百姓の窮乏を察し郡臣に下し給える詔】 
      【三年の間課役を除き給ふの詔】
      【百姓の富めるを喜び給ふの詔】

 即位四年目の春、天皇は高台から国を眺め、各家に炊事のための竈の煙が昇っていないのを目にされました。民の生活が貧しいのを察せられ、三年間の税を止め苦しみを癒すよう仰せられました。ご自身も、御所の垣根が崩れ屋根に穴が開き、夜は星が床を照らす宮殿で過ごされたのです。
 三年後、竈の煙が満ちた国を見られ、ご自身の豊かさを皇后に語られます。朽ち果てた宮殿に住みいぶかしむ皇后に、民の豊かさが君主の豊かさなのだと天皇は仰せられました。 


◎聖徳太子 【七条憲法 三に曰(いわ)く (抜粋)】
 詔(みことのり)を承りては必ず慎め、慎まずむば自(おのずから)に敗れなむ。
 (私の解釈)みことのりを慎んでうけたまわなければ、日本は自ら滅ぶ。


◎明治天皇 【教育に関する勅語 (教育勅語)】
 この勅語は余りにも有名な勅語です。
 「・・・父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹己を持し、・・・」
 日本の道の精華であり、私は、最高の勅語と思います。


◎昭和天皇 【米国及び英国に対する宣戦の詔書】
      【大東亜戦争終結の詔書】

 この二つの詔書は、本当に大切なことが書かれています。
 私はこの詔書で曇った心が救済されました。


◎四千から五千勅あるといわれる、「みことのり」への和歌を記します。

 明治天皇御製 
  伝え来て 国の宝と なりにけり 聖(ひじり)の御代の みことのりふみ

  すめろぎの 勅(みこと)かしこみ 美くしと 思う心は 神ぞ知るらむ (象山) 
  いくそたび 繰り返しつつ わが君の 勅(みこと)しよめば 涙こぼるる(玄瑞)


◎昭和23年6月19日
 衆議院本会議において、教育勅語等排除に関する決議によって「みことのり」は全て無効となった。
 内容は、「詔勅の根本理念が主権在君並びに、神話的国体観に基いている事実は、明らかに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。」というものである。
 私にとっては、まるで理不尽な言い掛かりにしか思えませんでした。

 日本は本当に悲しい国になってしまった。・・・
 みことのり排除決議と、所謂天皇の人間宣言をうけて、三島由紀夫氏の著書『英霊の聲(えいれいのこえ)』には、今の日本への予言ともいえる文章が載っています。(抜粋)

 ───────平和は世にみちみち 人ら泰平のゆるき微笑みに顔見交わし 利害は錯綜し、敵味方も相結び、外国の金銭は人らを走らせ もはや戦いを欲せざる者は卑劣をも愛し、邪なる戦のみ陰にはびこり 夫婦朋友も信ずる能わず いつわりの人間主義をたつきの糧となし 偽善の団欒は世をおおい 若人らは咽喉元をしめつけられつつ 怠惰と麻薬と闘争に かつまた望みなき小志の道へ 年老いたる者は卑しき自己肯定と保全をば 道徳の名の下に天下にひろげ 真実はおおいかくされ、真情は病み、ただ金よ金よと思いめぐらせば 人の値打ちは金よりも卑しくなりゆき、・・・・・などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし。


 「万世一系」とは、単に血統上だけのものでなくて、精神的にも一貫不断の継続を意味している事を見失ってはならないと思います。その精神的なものとは何か、それは、「日本の神話」や「みことのり」で示されています。
 男系で各天皇を遡ることができるということは、歴代天皇の、詔勅(みことのり)に現れている精神を継ぐ、あるいは、その大御心に立ち返る事ができるのではないかと思います。
 女系天皇では、別の男系にすり替わってしまい始めの一世となります。そうなると日本国の国体である貴重な国柄の万世一系の天皇ではなくなり、精神的な一貫不断の継続はますます難しくなることでしょう。その精神的なものが継続されなかった時、天皇は、皇道(こうどう)ではなくなり、権威ではなく権力となるでしょう。
 また、今の国民は、残念ながら、英国王室のようなカッコよくセレブな皇室を望んでいると思います。

 そもそも、天皇の問題は、結論が議論の前という有識者達が、戦後の憲法や法律により議論すべきものでなく、各界の代表が歴史や伝統を踏まえ検証して議論すべきと思います。

 前々から私が感じ思うことは、戦前、もしくは昭和の時代まで大切だったもの、「国体=日本国の貴重な国柄」「旧日本的な考え方」「大東亜戦争の調査検証」「本来の男女夫婦の役割」「家族・親族のあり方」「友達・同志とは」「地域の人達との結びつき」「人と自然の関わり方」「寺社の本来のあり方」「心身の健康のあり方」「日本人の死生観の変化」「改憲、国防とは」「英霊の護りたかったもの」「日本人の価値観の変化」「本来の幸せとは」「そもそも日本とは何か」「日本人とは」・・・等を考える事さえ、まるで災害でものを失うかのように、急激に失いつつあると思います。

 以上の文章は、戦後帰還した日本兵が「もう今の日本人には言っても仕方がない」と同じように感じていた、浅学非才な田舎の神主(私)が書いたもので、諸兄には大変僭越、皇室にも大変不敬(一般人が皇位について述べること)なものかと思います。文章中不快なものがありましたら、どうかお許しください。
                                (了)

disciples at 00:05コメント(15)門人随想  

コメント一覧

1. Posted by 太郎冠者   2020年08月29日 01:18
田舎の神主様
非常に興味深く読ませていただきました。
自分の住んでいる国のことながら、こんなこと一言も学校では教わらなかった世代からの感想です。

女系天皇に関してですが、事の是非はともかくとして、その精神性や文化が守られるべきだなどと考えておりました。
ところがそれは前提からして間違っていたようです。
皇室は、万世一系の男系の系統をもってして、の一貫した精神性を持つという件を読み、目から鱗が落ちた気分でした。

自分の不勉強であったのですが、そもそもジェンダー論やフェミニズムなどとは論点が異なっているのだと、改めて痛感させられました。
二千年以上もの膨大な時間、果たして国民が「文化を守って」きたのか。それとも逆に、この国が、「文化に守られて」きたのか…。
本当に考えさせられる内容でした。ありがとうございました。
膨大な内容の全てを消化しきれていないので、また何回も読み返させていただこうと思います。
取り急ぎ、感想とさせていただきます。
 
2. Posted by 松久宗玄   2020年08月29日 08:41
貴重な問題提起を示して頂きありがとうございます。
天皇制の男系/女系の議論に関しては、外形的な知識のみはありましたが、
男系継承の本質的な意味は理解できておりませんでした。
内面に光を当ててご説明を頂いた事で、全体が腑に落ちた次第です。

昨今の世情が内面や本質を問う事をせず、
外形やポリコレ的な論ばかりを展開する中で、私自身も影響を受け、
自身も偏っていたのだと再認識できました。

時代は変化の速度を増しており、
テクノロジーは距離や時間や国境を越える力を増し続け、
深さも高さも一様に均して、水平な世界に近づけているように思います。

その自己の内面を見直す機会自体が貴重な時代で、
本物の内家拳である玄門太極拳に出会い、
道を追求する事が出来る幸運に感謝です。
 
3. Posted by 西川敦玄   2020年08月29日 11:51
女性天皇の女系天皇の相違から、日本人の神話から精神的なつながりまでの考察ありがとうございました。

血統的にはY染色体の継続と云うことで良いのでしょうが、日本人の精神的な継続が血統の継続と繋がっていることを丁寧に提示され、改めて感動を覚えました。血統が失われるときに、日本国(人)の精神的な構造が変質してしまうことを、十分に理解せず議論しているような気がします。

文中に出ていましたが、当時広島県にいた小学生の私は原爆の慰霊のたびに「あやまちは繰り返しません」との言葉をすり込まれて過ごしました。その言葉は、共産主義、進歩主義的な考えの人たちがいわれる自虐史観からの言葉だと理解していて、今もそう思っています。
しかし一方で純粋な共産主義の国キューバからきた、ゲバラは原爆資料館を回り、なぜ日本人は怒らないのかといったそうです。
今思うと、当時の日本の進歩的な考えの人達も含めて、天皇陛下の耐え難きを耐え、忍び難きをしのびといったことを基本にして、自らの戦後のアイデンティティーを確立していったのではと思ったりしています。つまり無意識的でも、どのような日本人も天皇陛下の詔を規範としていると思ったりしました。

皇室のあり方の議論においては、日本人の精神的な基盤が崩れる可能性があること、崩れたときに、伝統的な日本人心を奉じる集団と分かれてしまうことについて、よくよく考えておく必要があるかと思いました。
私たちの意識の根を気付かせていただき、ありがとうございました。
 
4. Posted by 佐藤玄空   2020年08月30日 00:26
「女系天皇」「女性天皇」の違いが良く理解できました。ありがとうございます。
先だってのNHKのアンケートで「女性天皇」「女系天皇」の賛否を取った後にその違いを質問したところ過半数の方があまり理解していなかったそうです。
マスコミはこの辺りをもっと説明する義務があると思います。
2000年伝統を守って来たのに、何故いまになって「女系天皇」という禁じ手を持ち出してきたのかとても不自然に感じます。
それなら解体した宮様を復活した方がとてもすっきりした形になるのではないでしょうか?
考えたくはありませんが天皇制を事実上解体しようするグループが暗躍しているということは・・・。考えすぎでありたいです。
そもそも憲法で定められている天皇制度自体を教育の現場できちんと教師が教えていないとは本当に理解できません。
考える切っ掛けを頂き感謝します。
 
5. Posted by 阿部   2020年08月30日 04:09
田舎の神主様
貴重なご意見ありがとうございます。

おっしゃる通り日本は目に見えない攻撃を受けており文化 歴史 価値観などが歪曲寸断されようとしてます。そうなった背景は戦争後の占領軍によって正しい歴史の焚書、歪んだ教育、報道統制がされてきた結果ではあるのです。しかしながらここまで彼らの思惑通りに事が進んだのには日本人自体の在り方が他者から与えられたものを受け取るだけで満足し自ら考え勝ち取るという精神を放棄したからだと思います。WGIPや3S政策といった占領軍の陰謀があったにせよそれを受け入れるか拒絶するかの選択は日本人が自ら選んだのです。資本主義経済 歴史の軽視 個人の権利などを与えられ続けた結果 今だけ お金だけ 自分だけが関心事になってしまい国体の在り方 文化歴史の連続性 家族のありかたまで他人事でありどうでもよくなってしまった様に感じます。
伝統を受け継ぎ守るということはその大きな流れに対して否を唱え敢然と立ち向かうことであると思います。たとえ少数派だろうと周囲から関心を持たれなかろうと静かな闘いであり自らは家畜ではないことの証明でもあります。(人間と家畜動物との差は紙一重だと思います)
支配者は民衆を堕落させ無知な状態にして管理したがるものです。我々日本人は過去の偉大な知恵や価値観を大事にし自らのするべきことを静かに行うのみであります。そのためには周囲に染まらずたとえ孤独でも研鑽を重ね真実を見抜き守るセンスを磨き続けます。
 
6. Posted by 川島玄峰   2020年08月30日 13:46
天皇について全く教育を受けておりませんし、自ら関心すら持つこともありませんでしたが、今回の内容により 自己修正ができるきっかけとなりました。

女系天皇の継承が日本の将来や国民の意識の変化にこれほど深い内容が組み込まれていたとは無知である自分に恥ずかしく思いました。
もし、古からの日本人としての生き方、道徳や精神が幼い時から自然に培われていれば、日本の軸がぶれずに強い日本、国民がいる社会になっていたのではと自分の願望も含めて思いました。

また自分の生活環境を見回しても、記載されてました戦前、昭和の時代の大切だったものが失っていることに気付かされます。
これからもっと失うものが増えるかもしれませんが、その変化に備えていかなければなと思います。

田舎の神主様、大変貴重な内容を教えて頂きありがとうございました。
 
7. Posted by 円山玄花   2020年08月30日 23:15
大変分かり易く、そして丁寧に書いて頂き、ありがとうございます。

今回述べられた内容は、祖国日本の過去、現在、そして未来への懸念も含めての大変重要かつ貴重なことでした。私たち日本人は「知らなかった」ではとても恥ずかしいことなのに、既に「興味が無い」状態にまでさせられているように感じます。
そして、記事に言い表されていた内容をそのまま縮小して見れば、玄門太極武藝館の過去現在、未来のこととも受け取ることができ、考えさせられる思いで拝読しました。

単に古くから伝えられている套路を覚えても、相手に触れずに崩し倒せても、そこには何の意味も意義もなく、本当に伝え続けていきたいこと、即ち師父が常々仰るところの「精神性、スピリット」が養われ、鍛えられていかなければ、戦後の日本と同様に、もっともらしい事をいう顔の裏側でその相手の根本的崩壊を狙う悪魔の囁きに、安易に首を縦に振ることになるのだと思います。
 
8. Posted by 円山玄花   2020年08月30日 23:15
(#2)
人の精神性や人間性が養われ、鍛えられるには、正しい自己認識から始まると思いますが、その「正しさ」が何を基準に養われるのかと言えば、本来は家庭の躾に始まり、自分を律していくことの大切さや必要性を親から教わり、また自分でも学び続けて行くことだと言えるでしょう。
師父は、私たちが道場で学び修めていることは、禅寺で行われていることと全く同じだと仰います。
日本の「万世一系」が意味する精神的なものが「日本の神話」や「みことのり」で示されているなら、玄門太極武藝館の精神は、なにで示されているのでしょうか。
今回お話し頂いたように、血統だけなら牛でも持てるわけで、皇統、万世一系に示されているところの意味を、私たちは心から理解しなければならないし、何が伝統武藝なのか、何が受け継がれ、私たちは何を受け継ごうとしているのか、この太極拳の道に向かう心の中心に持たなければならないものです。

・・少々コメントの内容が逸れてしまったかも知れません。
日本の歴史や文化を学ぶことは、そのまま自分が歩む太極の道を学ぶことと等しく、この様にして様々な方向から自分の在り方を見つめる機会となることは、誠に有り難いと思います。
今まで耳にすることはあっても正面から読み解くことのなかった「みことのり」を、この度書き表して頂いたものからじっくりと味わってみたいと思います。
ありがとうございました。
ぜひ次回も、楽しみにしております。
 
9. Posted by 清水龍玄   2020年08月31日 06:17
大変貴重な記事を投稿いただき、ありがとうございました。

子供の頃、男女雇用均等法が制定されて、それ以降、男女の在り方が変わっていったことは、子供ながらに感じました。
それから約35年、自分が子供の頃に見てきた親の世代や家族の在り方と、現在の親の世代や家族の在り方も随分違って見えます。
戦前の日本の事は、直接は知り得ませんが、時間をかけて、世の中が意図的に変わっていくことに、危機感を覚えます。
 
10. Posted by 川山継玄   2020年08月31日 07:45
日本とは、何と美しく豊かな国なのだろう、と大変感動いたしました。
恥ずかしながら、今まで歴史にあまり興味はなく、日本という国について全くの知識を持ちえなかった私ですが、この記事を何度も拝読し、心が潤っていくような気が致しました。
天皇が国民を宝と思い、家族同様に大切にされてきたことが、みことのりから伝わってきます。その姿勢が、国民一人一人に浸透していたが故に、優秀な民族となりえたのですね。
また、女性天皇と女系天皇、これには大きな違いがあることに驚きました。「万世一系の天皇」が2680年間126代続いているということは、皇統だけではなく全く至公無私の精神が受け継がれてきたということ。いま、それが脅かされている状況下であるということを知り、戦後長年かけて骨抜きにされてきた恐ろしさを感じます。

天皇が代々祖先の詔を継承してきた日本国の国民として、その精神を感じ取り、自分を閉ざすことなく、広い視野で探求心を持ち続けることが、今後の人生において、稽古においてとても大切だと思いました。
田舎の神主さんの稽古への姿勢、物事への探究の姿勢などを見習って、私も稽古に励みたいと思います。ありがとうございました。
 
11. Posted by マルコビッチ   2020年09月01日 00:42
本来、日本人なら誰でもが知り得ていなければならない事だと思いますが、何十年も日本人として生きてきて、恥ずかしながら知らない事だらけであります。
分かり易くまとめて書いて下さり、ありがとうございます。

一通り読み終えてとても感動し、ご紹介頂いた「みことのり」は何か内側がザワザワするような感覚で、自分は紛れもなく日本人なのだと認識いたしました。
もっと深く読んでみようと思います。

「万世一系」、血統だけではなく、精神的にも一貫不断の継続を意味する。
まさにこの両方がなくてはならないのだと思います。
血の成せる業と言いますが、精神性の継続は血統があってより強いものになったのだと思います。
それが2000年以上も続いていることは、本当にすごいことだと思います。
ただそこには、私たちには想像も出来ないほどの厳しさがあったのではないでしょうか。
師父がこの深淵なる武藝を継承していくために、玄花后嗣が受け取りまた継承していくために、どれだけご自分と向き合い、律し、努力され、歩き続けていらっしゃるかと考えるからです。
故に、私たちは、師を父と仰ぎ、門を同じくする仲間を兄弟と呼び、血を同じくして、その精神性を受け継ぐべく、全身全霊で努力精進していかなければならないのだと思います。

改めて「日本とは何か・・」「日本人とは・・」などについて調べ、考えてみたいと思います。
ありがとうございました。
 
12. Posted by ハイネケン   2020年09月02日 21:59
女性天皇と女系天皇が全く異なる事を初めて知りましたし、今回書かれている事の殆どを初めて知りました。
歴史物のドラマなどで皇族が権力闘争の間で描かれていたり、権力者達が近づいたり様々な形で描かれており、皇族を権力と見做す事があります。しかしなぜ長きに渡り日本が独立国として存続してきたかを考えるとどうしても天皇家・皇族の存在に辿り着きます。ところが私は田舎の神主様が仰る通り、天皇家を一般家庭の延長の様な考えで見てしまっていた為、色々な矛盾があり疑問となっていました。
日本が建国ではなく肇国であり、皇族は権力ではなく権威であること、代々の天皇が国民の平和を願い様々な施策や判断などをされ、それを紡いできた事を聞くとそれまでの私の疑問や矛盾がすっきりとしました。
教科書を眺めれば日本の成り立ちはボヤけていて、近代に近づくほど敢えて書かれていないと思われる事実も沢山あります。
戦後75年を迎えてなお、学校教育では勅語も「旧体制による誤った価値観の一つ」の様な扱いでした。教職課程ですら学習指導要領を読む程度で、その成り立ちや運用、評価についても触れられず、とても学術とは呼べないものでした。
その学習指導要領の下にある義務教育での教科書は、2,680年の世界に類を見ない歴史の重みはなく、現代のたった75年間で国民全体の価値観を変えた事実を見ると、戦後日本の占領は他国で行われていた植民地政策とは違う形で行われた事実上の侵略だったのかと感嘆しました。国内外の歴史の荒波の中、天皇が存在し続けて来たことは、日本の地で日本人として暮らせる事と同じなのだと思いました。
 
13. Posted by ハイネケン   2020年09月02日 22:01
本来もっと多くの伝承や事実を歴史を自ら調べた上で語られるべきなのでしょうが、これ程解りやすく説明していただき大変勉強になりました。
子々孫々まで日本の地で、日本人で居られるよう国民として考えて行かねばなりません。
良い機会を頂き本当に有難うございました。
 
14. Posted by 田舎の神主   2020年09月06日 15:38
初めての投稿で要領を得ず、大変長い文章になりました。見慣れない言葉やカッコ書きのふりがなも多く、さぞかし読みにくかったと思います。最後まで読んで下さりありがとうございました。

 皆さんのコメントを読むのは大変楽しみでした。それぞれのコメントに感激し、いろいろと気付かされた点がありました。

 それは、今回のように太極拳とは直接関係していない記事(事項)でも、その本質をとらえていると思われるコメントをしている人は、道場の稽古でもその本質を見極めることができるようになっている。ということです。
 逆をいえば、太極拳の本質の中核に進むことができると思われる人は、他のことでも何が本質なのかを理解しようと心掛けている。そして、それは周りの人にも影響を及ぼしているのではないかと思います。

この分野は得意だからコメントが楽に書けたとか、学生時代の感想文のように、あまり興味がないことだから、さらっと読んで最後に書いてある筆者の伝えたいことだけを強調して書けば良いか。ではなさそうです。コメントを寄せることとは、ものの本質を見極める稽古の一つなのだと気付きました。

師父の「コメントを出すという課題」には、このような意味があったのかと思い、まだ他にも深い意味がありそうだ。とも思いました。

記事を出す側は、相手に真意が伝わらず自己満足で終わることがないように簡潔明瞭を心掛けます。また、理解しにくいと思われる点は事例を用いて分かりやすく示しています。
そして、コメントを寄せる側は、筆者の真意が伝わったとの何らかの意思表示があり、その記事により何らかの影響を受けたことや感想が語られます。
 
15. Posted by 田舎の神主   2020年09月06日 15:39
これらは、本来の禅問答に近いものがあるように感じます。本質を見ようと努力すれば、しだいにその本質に導かれるものではないかと思います。

ブッダの時代も、弟子を悟りに導くための「声掛け」により、悟りの境地に進める弟子もあれば、「似て非なるもの」で修行を完了してしまう弟子もいたことでしょう。

人や物の『似て非なるもの』・・・これは、誰もが無意識に分かってしまうようです。そして、なぜか大衆に喜ばれ人気があります。
大衆が全く興味を示さないものの一つに「国学」という学問があります。水戸の御老公から始めて250年もの年月をかけた水戸学もそれに近いものがあるといいます。
日本語を国語というように、日本学を「国学」といいます。江戸時代の国学の大家である本居宣長が「日本の心」を和歌で詠みました。『 敷島の やまと心を 人とはば 朝日に匂う 山さくら花 』
この和歌は、昭和の時代に一時だけ脚光を浴びました。それは、日本の若者が命懸けで再び武士となった時代です。「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」これは、神風(しんぷう)特別攻撃隊に付けられた名前です。なんと粋な人達でしょう。まるで、私達と同じ日本人とはとても思えません。

“ ちる桜 のこる桜も ちる桜 ” 私達は、望んで努力すればそれを得られる時代に生まれました。師匠はどのような門人も同じように扱い本質に導いて下さっています。ただ、師匠はそれぞれの門人の目標としている処や、それぞれの功夫の程度がわかるため、導き方に相違が現れているのだと思います。今回の皆さんのコメントにより、物事の本質を見ようと努力することを続けることで、導かれるものがあることがよくわかりました。
 

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