2016年01月15日

連載小説「龍の道」 第169回




第169回  SURVIVAL (1)



 アラスカに長い冬がやって来た。

 アラスカ州内陸部の気候は亜寒帯に分類され、最も低い気温はフェアバンクス周辺で記録されている。つまりその辺りはアメリカで最も寒いところ、ということになる。

 フェアバンクスの夏の気温は30℃代の前半ほどで、冬の平均はマイナス20℃、場所によってはマイナス50℃くらいまで下がる。一般家庭用の冷凍庫がマイナス18℃であることを思えば、冬の間は冷凍食品が溶けない気温の中で日々を過ごすわけだから、それが如何に厳しいことかが分かる。ましてや、わざわざその寒空の下で訓練を行うとなれば、その艱苦のほどは想像に難くない。


「Fall In !!──────── (整列っ!)」

「Attention !! (気をつけっ!!)」

「At Ease !!(休めっ!)」

「予備役士官訓練部隊の士官候補生諸君、NWTC(Northern Warfare Training Center:米陸軍北方軍事行動訓練センター)へようこそ。私は U.S. Army Special Forces(米陸軍特殊部隊)、2LT(Second Lieutenant:少尉)の Harry Lewis(ハリー・ルイス)だ」

 ずらりと ROTC(予備役将校訓練課程)の士官候補生たちが整列して、正面の高い壇に立った、グリーンのベレー帽を被った訓練教官が語る、入所式の講話に耳を傾けている。

 ここは北緯64度49分、アラスカ大学フェアバンクス校から南に90マイル(150km)ほど下ったアラスカ山麓の原野─────その名も Black Rapids(ブラックラピッズ=黒い早瀬)という、湖のように幅の広いデルタ川に沿って造られた、米軍の訓練施設の中にある大きな蒲鉾型の体育館である。

「君たちは、これからこのアラスカの原野で特別な軍事訓練を受ける。訓練内容は幾つかのコースに別れている。氷河やタイガ地域でのオリエンテーリング、山岳地帯での偵察や戦闘訓練、ヘリコプターからのラペリング(懸垂下降)訓練、雪原での野営訓練、極寒の環境の中で分隊や小隊を率いて行ける指導者の養成、そして寒冷地での極限状態におけるサバイバル訓練などだ。

 これらの訓練で君たちに最も学んで欲しいことは、”本物の兵士の質” についてだ。
 例えば、身勝手な考え方と創意工夫とは全く異なるし、真の勇気と暴勇とは異なる。
 軍隊では真っ先に ”規律” を教えられることを、よく思い出してもらいたい。整列、気を付け、敬礼、体格の差を無視して要求される一糸乱れぬ行進、服装、装備、荷物やベッドメイキングに至るまで常に規定通りに整然としていなくてはならない。そこには ”自己” の思い入れが入る余地がカケラも無いことは、アラスカに来て2年目の諸君らは、すでに身に染みて理解していることだろう。

 しかし、規律が大切とされるのは、単純に上官からの命令を聞ける、盲目的に従属する人間を作るためではない。実は、規律によって養われた精神こそが、ひとえに君たち自身の生命を守り、同朋戦友の生命を脅かすことなく、共に無事に戦地敵地から生還できる ”質” に直接繫がっているのだ。それは人間としての崇高な精神性を育成するためのものであり、ふだん気にも留めなかった自我と向かい合うための鑑(かがみ)なのだ。
 それゆえに、規律を学ぶ精神が欠落している者は、より厳しい危機に晒される戦場から、決して無事には還れない。

 実際の戦場を経験してきた者は、誰でもそのことを身に染みて解っているが、君たちのような学生兵士は、まだまだその意識が徹底できず、個性のユニークさを個人的な能力と勘違いし、自我の強さを強靭な精神力と思い込み、それらこそ困難を乗り越えて生還できる源泉であると誤解してしまいがちだ」

「──────────────」

「だが、それは心して戒められなくてはならない。ここの訓練は非常に厳しい。特殊部隊の兵士たちも、わざわざここにやって来て厳しい訓練を受ける。ここでの訓練は、君たちの頭の中にある一般的な常識や貧しい判断力では、何ひとつ乗り越えることができないだろう。敵兵こそ存在しないが、この訓練所は君たちに次々と危機の試練が与えられる、立派な戦場なのだ。

 しかし、だからと言って身勝手な工夫をしても、ジタバタと自己を主張して強がっても、何の役にも立たない。軍人の、兵士の本当の強さというのは、正しい軍事知識を学び、それに基づいた訓練を、一分の隙も無く正確に積み重ねることによってのみ、各個人に本物の実力として養われるものなのだ。

 平和と安全が空気や水のように当り前だと思える世界で、私たちは日常を生きている。
 好きなように物事をとらえ、勝手な思い込みで世界をとらえ、ニュースで語られるままを鵜呑みにし、いざとなれば周りと同じ事をしていれば良いと思うか、あるいは少々工夫を凝らせば何とかなると思えるような・・・一般人が錯覚しているそんな考え方が何もかも修正されて、本当の危機に際してそれを乗り越えて行ける新しい考え方を学び、どのような困難な状況に置かれても、自己の立場と責任を全うして生還できる能力を身に付けること、それこそが軍隊で要求される真の兵士の ”強さ” というものなのだ。

 そして、兵士は誰よりも強靭な心身を持つ人間でなくてはならない。
 これは、どのような国家にあっても変わらない不変の定義であり、真実でもある。
 だが人は元々、誰もがひどく弱く、信じられぬほど脆(もろ)いものだ。私は長年ここで教育指導をしているが、強靭な心身を持つ人間など、ひとりも見たことがない。
 その反対に、どうしようもなく弱い人間、恐怖に怯え慄(おのの)き、未経験の非日常に際してたちまちパニックに陥るような、呆れるほど弱い人間たちが、地道な訓練によって、素晴らしく強い兵士へと生まれ変わっていく姿を、数え切れないほど見てきた。

 人は強くなければならないのではない。己の脆さ弱さを認め、恐怖と向かい合い、それから逃げずに、正面から立ち向かおうとする魂を養ってゆく必要があるだけなのだ。
 この訓練所にやって来た多くの者たちがそれを理解したように、今度は君たちがそれを学んで理解する番だ。どうか真の兵士を目指すことに誇りを持ち、厳しい訓練に立ち向かい、全員がそれを乗り越えて、堂々と卒業してもらいたい───────清聴を感謝する」

 学生兵士たちが皆、思わず起ち上がって拍手をした。
 やはり極限の訓練を積んできた人は普通の人とは違うものだと、宏隆は感心した。
 ルイス少尉の講話を聴いていると、王老師やK先生の話が思い出される。そして同じ特殊部隊の出身である陳中尉、宗少尉などにも等しく共通する、厳しさの中で挑戦を繰り返して鍛え上げられた人間の、曇りのない澄み切った魂が感じられ、爽やかな感動が胸に残った。



 一夜が明けると、原野を渡る風はだんだん強くなり、薄く積もった新雪が地吹雪となって濃い霧のように舞い、陽の光を弱々しく朧(おぼろ)に曇らせている。

 昨日フェアバンクスから此処に移動してきたばかりなのに、何故かしばらくこのNWTCに居たような落ち着きが自分の中にあるのが不思議だが、ともあれ、今日から2週間、厳寒の中での訓練が始まるのだ。

 最初の訓練は、雪の針葉樹林帯に分け入り、全く道のないところを行軍しながら、地図で地形を読み、コンパスで方角を計り、野営をしながらまた出発し、ある時は凍りついた河を渡り、氷河を越えながらひたすら歩き続ける─────雪中軍事オリエンテーリングとでも言うべきものである。
 以前にUAF(アラスカ大学フェアバンクス校)で実施された行軍と異なるのは、真冬の原野を行くことや、アラスカ山脈沿いの険しい山岳地帯であること以外に、それが敵地に潜入侵攻していくという想定で行われることだ。

 服装は、今は厳寒の冬季だから、寒冷地用の保温・速乾性の下着を付け、上衣にはダウンに代わる化繊素材のハーフコートを着る。
 背負うバックパックには寝袋は無論、他の野営用具も入るし、通信兵は通信器機も背負わなくてはならない。手には凍傷を防止するための分厚いグローブをはめて、足もとはバニーブーツ(Bunny Boots)と呼ばれるボッテリした白いゴム靴を履く。これはマイナス46度の中でも6時間まで足を守ることが出来るのだそうだが、ウサギの足どころか象の足のような格好で、歩き難いことと言ったらこの上ない。

 雪の深いところではその上にスノーシュー(かんじき)を履いたり、クロスカントリースキーで山岳地帯を行軍したりもする。もちろん重さ30kg近いバックパックと4.5kgのライフル、200発の実弾や予備マガジン、1QT(one quart=約1リットル)の水筒を2本装備してのことだ。


「全隊、止まれ─────!」

 雪原を数マイル(5〜6km)ほど歩いたところで通信兵に訓練教官から無線が入り、リーダーがチームに停止の指示を出した。

 しかし、声に出してそれを言うわけではない。右手を大きく真っ直ぐ上に伸ばし、掌を前に向けて、その命令が全員に行き渡るのを待つ。
 これを Arm-and-Hand Signals(アーム&ハンドシグナル:手信号)という。いま出されたハンドシグナルは、HALT, or STOP(立ち止まる、停止する)を意味している。
 軍隊ではこのような手信号を、様々な場合に備えて80種類ほど覚えさせられる。また、同じ意味の信号でも、夜間に光源を用いて行うものはスタイルが異なるし、敵地に侵入した際に用いるものは、小さな動作で手信号を発せられるように工夫されている。


「これより Contest Area(コンテストエリア:競合地帯)に入る。隊列を FORK(フォーク)に取れ!」

「Roger─────(了解)」

 競合地帯とは敵と競り合っている地域を意味し、敵ばかりではなく、敵と戦っている味方も存在する地域のことである。敵しか存在しない Control Area(制空権下や支配地帯)とは異なり、競合地帯では味方も存在するので、同士撃ちや誤射、誤爆に常に細心の注意を払わなくてはならないと、宏隆は戦術原理の授業で教わっていた。

 ここでのチームは8名1組。このような極寒の地にあっては、さらに安全を期するため、スクーバ・ダイビングのように2人1組のバディシステムで常に互いをケアをし合う。

 宏隆の属するチームは、一列縦隊で歩いていた隊列を即座に戦闘用に組み直した。流石にこの辺りはキャンパスのグラウンドで散々訓練を重ねてきた成果が見られて頼もしい。
 敵地の中では、すべて Radio(無線)や手信号で伝達が行われ、リーダーが他の隊員に大声で命じたりすることなどは有り得ない。

 敵地へと侵入していく訓練では、重い荷物を背負って長い距離をひたすら歩かせる基本の行軍訓練とは目的を異にしている。
 まず、互いの距離を、最低でも10メートルほど間隔を空ける。全員がひとつの固まりになって歩くことは絶対にあってはならない。待ち伏せた敵の格好の標的になり、わずか数分でチームが全滅することになるからである。イスラエル軍の訓練では原野や砂漠地帯では20メートルの間隔を取るように指導される。
 砂漠や平原のような広い場所では、今回のように「FORK(三つ叉のフォーク)」のような隊形を取ることが多い。今日の場合も雪原の真っ只中であるから、同様に隊形を組むことになったのである。

 ここで、隊形の説明をしよう。
 8名のチームの場合、フォークの柄の先が進行方向となり、その先頭に「リードトラッカー(Read Tracker)」を配置する。トラッカーとは猟犬や猟師という意味であり、武器をもって目標を追跡する人のことを指す。

 リードトラッカーは、進行方向に向かって左右45度ずつ、合計90度の前方を警戒する。
 その10メートル後方には「カバー(cover=掩護)」を配置し、前のリードトラッカーを含めた前方90度を警戒する。

 フォークの柄の終点、三つ叉の基点に当たるところには「チームリーダー(指揮官)」が位置し、そのすぐ後方、三つ叉の真ん中の串の中心部には「通信兵」が配置される。チームリーダーと通信兵は主に後方の警戒に当りながら歩く。これは敵地から脱出の際にも同様に適用される。
 なお、いかなる場合も、通信兵は必ずリーダーの傍に置かれる。いつ緊急指令が入るかもしれず、敵地に入れば入るほど、誤射や同士撃ちなどの可能性が出て来るからだ。

 フォークの三つ叉の左右に当たるところでは、前方にトラッカー、後方にカバーが配置される。「右トラッカー」は進行方向から右の90度を主に警戒し、その後ろの「右カバー」は進行方向から右へ30度から120度程度の、やはり90度ほどを担当して警戒にあたる。
 同様に「左トラッカー」と「左カバー」は進行方向の左側を警戒する。
 最後尾に当たる左右のカバーは、絶えず交互に警戒角度を変化させながら、チーム全体の安全を図る。

 隊形で進行する際には、各々のポジションが正確であること、間隔を守ること、自分のポジションが担当する警戒角度を守ること、そして何よりも常に相互支援が可能になるよう、心掛けなくてはならない。
 もし敵襲が気になるあまり、自分勝手にキョロキョロして、他の隊員がカバーしている角度を凝視している間に、自分の担当角度内に敵が出てきたのを見逃してしまったら初期対応が遅れ、隊全体に大きな損害を被りかねない。
 こんな時にも、学んだ事をきちんと守る、正しく命令を守る、ということが徹底されなくてはならない。整列、気をつけ、右向け右、回れ右、前へ進め、全隊停まれ、など、一見戦闘には何の関係も無いことを徹底して叩き込まれるのは、その為なのである。

 この隊形は宏隆が授業で学んだように、実際に図に描いてみるとよく理解できる。


「ピィーッッ!!」─────と、ホイッスルの音が広い雪原に甲高く響く。

 ただし、普通のホイッスルでは、こうは行かない。
 120dbを超える音圧で鳴る、この軍用の全天候型ストームホイッスルは、ネイビーシールズや沿岸警備隊の標準装備としても用いられ、陸上で800m、水の中でも15m先まで音が届くほどの性能を持つ。
 120dbというのは、飛行機のエンジン付近の騒音と同じ大きさで、緊急時に注意を促したり、自分の居場所を知らせるのに大きな効果がある。
 この訓練でも、全員が Dog Tag(ドッグタグ:兵士の認識票。”犬の鑑札” の意)と共に首から提げることになっている。

「全隊、止まれ!、集合っ─────」

 フォーク型に隊列を組んで進んでいたチーム8名が、中央のリーダーの処に集合する。

「軍曹からの連絡を伝える。今日はあの高い樹の向こうに見える、穏やかそうな森の中でキャンプをすることになった。到着後は歩哨を立て、設営場所を選び、テントを張り、火を熾して暖を取りながら食事の準備をする。以上だ」

「了解─────!」

 盆地のような雪原から、少し小高くなった森の中に歩みを進めて、設営に適した場所を探す。そうしている間も、一人はライフルを手に歩哨に立ち、周囲を警戒する。これも訓練である。

 テントを張る場所が決まり、素早く設営する。
 テントはOD(Olive Drab)色の大型で、モンゴル人の家である「ゲル」のような形をしていて、8名が寝ることができ、テント内に薪ストーブを設置することができる。OD色のままでは目立つので、上に雪の色と同じ、白いカバーをかける。
 ついでながら、日本人は「パオ」と呼ぶことが多いが、それは内モンゴルを実効支配する中国の言語である ”包(pao)”に由来しており、モンゴルの国民がそう呼ぶわけではない。

 
 やがて火も熾きて、皆の緊張した顔も少しばかり弛んでくる。

「Alba(アルバ)、 今のうちに靴下を取り替えておくといいよ─────」

「・・あ、そうね。ありがとう、ヒロタカ!」

 防寒着とヘルメットの間から、スペイン系の浅黒い顔がニコリと笑った。

 今回はチームリーダーではないが、宏隆はサブリーダーを任じられ、男性6名、女性2名で構成するこの小隊では、リーダーと同様に、女性隊員とバディを組むことになった。
 緊張した顔のままの、その相棒のアルバに、宏隆は少しでも気持ちが楽になるようにと、優しく声を掛けたのである。

「なかなか良い心掛けだな、Cadet Kato !(カデット・カトー:加藤士官候補生)」

「Sergeant !!(軍曹殿!)」

 突然現れた教官に、宏隆は気を付けをして姿勢を正した。
 チームの設営現場に、教官軍曹がいつの間に現れたのか、設営で忙しい隊員たちはそれどころではなく、誰も気付かなかったのだ。

「他の者も、よく聞いておけ!、今日は雪原の中を何マイルも歩いて、誰の靴の中も汗でびっしょりのはずだ。だが行軍をやめて設営を始めると、だんだん体温が下がってきて、汗で濡れた足を体温で保つことが出来なくなってくる・・・そうなると?」

「────やがて、凍傷になります」

 宏隆が答えた。
 
「Affirmative(そのとおりだ)。だから、こんな条件下では靴下をマメに取り替えなくてはならない。カトーはその大切なことを、まず初めに女性のバディに優しく分かりやすく伝えた。彼こそは雪原の紳士というものじゃないか!?」

 皆が笑って拍手をした。
 と言っても、分厚いグローブをしているので、ふつうの拍手の音にはならない。

 そのことに気づいて、宏隆もアルバも、一緒に笑った。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第170回の掲載は、2月1日(月)の予定です

taka_kasuga at 21:58コメント(20)連載小説:龍の道 | *第161回 〜 第170回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2016年01月19日 00:05
厳寒期のアラスカでの野外訓練とは想像を絶する厳しさだと感じられます。
士官候補生とはいえ、学生の時点でこれだけ厳しい経験を乗り越える機会を得られる事は、
後の人生にとっても極めて有益であると思います。
欧米のビジネスの世界では元軍人はタフで即戦力になるエリートとして、
人気が高まっているとも聞きます。
日本でもROTCのような制度を作り、
閉塞しつつある現状を変えうる人材の育成を進められればと思います。
 
2. Posted by マルコビッチ   2016年01月19日 00:11
「龍の道」で展開されている出来事は、私が今生きている世界とはかけ離れているように思われますが、ルイス少尉が講話で仰っている内容は、武藝館で学んでいる事と等しく、私たちの頭の中にある一般的な常識や勝手な思い込みでは決して取る事は出来ません。
そんな稽古の中で、愚かで弱い自分と対面することになります。
ルイス少尉の、「・・・逃げずに、正面から立ち向かおうとする魂を養ってゆく・・・」という言葉は、私の中にズシンと響きました。
そして、現実にこのような厳しい訓練を行っている兵士が存在する事、命をかけた戦いが繰り広げられている世界が存在するという事実が私の中で少し近いものになった気がします。
 
3. Posted by 円山玄花   2016年01月19日 12:42
稽古で示される課題がこなせない状態は、日常生活で危機に遭遇しても何もできない、
つまり生き残れない状態であるとは、研究會のクラスで常々師父に指導されることです。
武術が生まれた経緯を考えれば、武術の道場で軍事訓練にも劣らない内容の稽古が展開され、
学ぶ側の精神性が厳格に問われることは、ごく当たり前のことであるはずですが、
それがもしも奇異に映るとしたら、それこそ平和ボケの証しなのだと思います。

幸いにも、武藝館に学びに来る人達は、自ら率先して本物の武術を学び、身につけたいと切望する10〜70代の人の集まりですから、まだまだ平和ボケにはほど遠い、と思います。

宏隆くん、新たな訓練が始まりましたね。
酷暑の訓練と同様に、厳寒の中での訓練も最初から自分の力が何割か差し引かれている状態での
スタートなので、非常にキツイと思います。
それでも、それらをやり遂げることで通常訓練よりも、一段も二段もレベルアップできるから不思議です。やはり人の成長には、“負荷”が必要フカ欠なのでしょう。

次回も楽しみにしています。
 
4. Posted by ユーカリ   2016年01月20日 03:45
>人は強くなければならないのではない

この言葉に、ハッとさせられました。
今まで、私は「強くなければならない。強くなりたい。」と思ってきました。その為に、恐れや痛み・不快など、負の要因となるような物事に遭遇しても、それらを感じないようにして、平気なふりをしてきました。
また、それらに遭遇しないために、行動範囲を極力狭め、関わりを浅くして、事なきを得た気になっていました。

兵士たちが、自分だけでなく他人をも死なせないためにする極限状態の中での訓練・実際の戦いに思いを凝らすと、今までの自分は何とちっぽけで、浅はかだったのだろうと唖然とします。
殻を破って、素の自分をさらけ出すことを許してやりたい、そこから何が見えてくるかを実感して進みたい、と思います。
 
5. Posted by さすらいの単身赴任者   2016年01月20日 10:47
昔映画でみたキューブリック監督の「フルメタルジャケット」の海兵隊訓練所の様子を思い出しました。映画では「理不尽」ともいえる仕打ちも繰り返されますが、「うーん、自分なら耐えられないのでは」と思い、やはり海兵隊恐るべしなどと思っていました。しかし一方毎日のニュースで紹介される「しっかりしろよ日本人」という話題ばかりみていると、平和ボケ、かって昭和元禄といわれた時代以下になりつつあることに不安を覚えます。今でも骨のある高潔な若者は多くいるのに、それを正しく導くシステムが日本に残っているのだろうかと思ったりします。そんなこんなで今後の展開に期待いたします。そうそう職業柄?使用している私の寝袋は、中綿が化繊なので限界温度はマイナス15℃までです。やはりダウンでないと極寒地では耐えられません。
 
6. Posted by ランフォリンクスの尾   2016年01月20日 19:05
隆宏くんのアラスカ生活ももう2年が過ぎたのですねぇ.早いものです.

十年以上も昔の話ですが,鼻毛が凍るマイナス40℃の冬は私も海外で経験したことがあります.
そういう環境での軍事訓練は本当に死と隣り合わせになり,ますます規律が重要になるのだと思います.

今後の展開に期待しております.
 
7. Posted by とび猿   2016年01月20日 19:35
稽古で行進をしましたが、体格も個性も性別も違う者が、全員で決まった事を、号令に合わせて行うことの難しさを感じました。
そこでは、自身への命令系統と身体構造、周囲を感じて合わせることのできる精神面の整備が必要で、勝手なことをする余裕などありませんでした。

久しぶりに雪が降り、雪掻きをしましたが、体が濡れることは怖いですね。
動いているうちは暖かいのですが、動きを止めて休んでいると、急に寒くなってきます。
また、寒い中、視界も悪く、見えても似たような景色、音も聞こえ難い状況で黙々と作業をしていると、時間の感覚も狂い、体力の消耗具合も把握し難く、気が付くと想像以上に疲労していました。

日本の平地と極寒の地など過酷な所とでは、比較にもならないでしょうが、より注意深くなければならず、そのような場で勝手なことなどしていたら、命取りになると思いました。
 
8. Posted by 太郎冠者   2016年01月20日 22:19
>冬の平均はマイナス20℃
・・・。温暖な静岡県民の自分では、0度を下回ったらもう動きたくない、そんな気分になるというのに。
人間とは、そんな環境で生きていけるものなのですね。

アラスカのような極限状況では、訓練とはいえ一歩間違えれば簡単に命を落としてしまうと思います。
そんな中でも、やはり人は自分で好きにやりたくなってしまうに違いありません。

一人の失敗で自分が命を落とすだけならまだいいですが(あんまり良くありませんが)、
仲間とともに行動していれば仲間にも被害が及び、
そうなっては国を守るどころではないですよね。

自分がアラスカの極寒で軍事訓練をするのは、さすがに機会的に難しいかもしれませんが、
せめて気持ちだけでも、そういったものを持っていたいと思います。
その上で、日々の稽古に取り組んでいきたいです。
 
9. Posted by ichi   2016年01月21日 20:23
−20℃の環境と言うのは、年に一回雪が降るかどうかという土地に住む人間としては、想像を絶するものがあります。
そういった中で規律を守り、弱い自分と向き合っていかなければ本物の兵士にはなれないというのは、普段の稽古の中で自分はそこまでの意識で行えているのかと考えると、まだまだ自分を律するという事が足りないと感じます。
そういった中でも仲間への気遣いを忘れない宏隆君の姿は、見習わなくてはならないなと思います。
 
10. Posted by タイ爺   2016年01月26日 23:59
今年は雪が積もるのが遅く、その分気温が低い札幌。
ここ数週間は真冬日が続いています。
寒さの中でスキーや運動を行う時に汗をかき過ぎないように注意が必要でそのため背中にハンドタオルなどを入れてスキーなどに行ったものです。下着や手袋、靴下が汗で湿ると凍傷にすぐなります。手がかじかんでうまく排泄(小)ができずパンツに漏らしてしまい大変な目にあった、とよく聞く話です。しかし、装備さえしっかりしていれば良いので、高湿度、高気温での訓練のほうが北海道人としては恐怖を感じるところです。
 
11. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:02
☆まっつさん

>元軍人はタフで即戦力になるエリートとして・・

元軍人の人気が高まっている、というのは手放しで喜べません。
それがクローズアップされるのは、一般人の精神性や活動性が低下したからでしょうね。

一般人の質が低下した理由は様々ですが、最も大きな要因は、世界中が「経済」を追求する人間が増えるような「社会のシステム」になってしまった事だと思われます。
食うために仕事をする、負け組にならないために仕事をする、より良い生活と高収入のために仕事をする人が増え、自身の崇高な目的や誇り、理想や大義のために働く人が大きく減少したからではないでしょうか。

さて、ではその社会システムを、いったい誰が作ったのか─────
それは「自然に」そうなったのではありません。
明確な意図を持って、その情念で作られたのです。

もはや「大義」などという言葉も死語となり、その意味さえロクに知らない若年中年が増えてきました。人生の目的が「勝ち組」で「幾ら稼いだ」という事になるような、つまらない人間社会がここにあります。
 
12. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:02
☆マルコビッチさん

ルイス少尉の言葉は、「逃げない、晴れ晴れと立ち向かう」という岡本太郎さんの言葉が思い出されますね。それは師父の座右の銘のひとつで、度々門人に向けて発せられている言葉でもあります。

岡本太郎さんは、
「生きるというのは瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。
 過去にこだわったり、未来で誤魔化すなんて根性では、
 現在を本当に生きることはできない」
と、自著に書いています。

どうしようもない現実として、瞬間瞬間を生きるしかない状況にしかない私たちの人生が、
なぜか常に過去や未来に拘るものになってしまうというのは、とても皮肉ですね。
 
13. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:03
☆玄花さん

>平和ボケ

一時期は、その言葉さえ死語になっていましたっけ。
つまり、平和ボケを考えることさえできなくなった「平和ボケによるオオボケ」が、
当り前の時代だったのです。平和ボケがオオボケをかましていた時代・・(笑)

中国が尖閣をウロチョロするようになってから、日本は少し変わってきました。
ただし、それが「誰が、何の目的で」やっているのかは、普通の人は誰も何も知りません。

これからの激動の時代のサバイバルは、単に「水、火、食料、寝床の確保」ではなく、
そこに「身を守る」と「インテリジェンス」が入っていなくてはなりません。

日本人がいちばんウトいのは、その「インテリジェンス」です。
 
14. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:03
☆ユーカリさん

冒険する心、挑戦するスピリットを忘れたら、
人はもはや生きている価値がない、と私は思っています。

稽古で厳しい課題を出されると、自分をセーブしてスタミナ配分をしようとする人や、
示された形を自分の遣りやすいようにずらして臨むようなことさえ観られますが、
それでは正面から晴れ晴れと向かい合っていることにはならず、
上手くその場だけを逃れて難無きを得ようとする、
都合の良い逃げ方に長けているだけに過ぎません。

「逃げない」と言うことと、「立ち向かう」ことは、ふたつでひとつのセット。
逃げないそぶりをして、立ち向かわずに居ることもできるし、
立ち向かうフリをして、内心では逃げていることもできるわけですが、
「逃げずに」「きちんと立ち向かう」ということは、なかなか出来ません。

人生とは、瞬間瞬間に自分に挑戦していくことの連続なのだと思います。
 
15. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:04
☆さすらいの単身赴任者さん

>フルメタルジャケット
実際の海兵訓練所は、いくらベトナム戦争時でも、あんな具合ではありませんが、
まあ、あの表現はキューブリック監督ならではの狂気・・
あるいは「博士にならなかった人の映像への異常な愛情」なのでしょうか(笑)
結局はご本人も、心臓発作と診断される、よくある不可解な死を遂げてしまいましたが。

「昭和元禄猿芝居」を遙かに下回る、軟弱なオトコの増えた昨今、
日本はどうなるんでしょうね、ホント。

>寝袋はマイナス15℃まで

・・ということは、快適温度はマイナス10℃ですから、
まあ、静岡県は山間部以外なら、真冬の公園でも凍死しませんね。

あ、寝袋は時々干したり、洗ったりした方がいいですよ。(^_^)
 
16. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:04
☆ランフォリンクスの尾さん

>鼻毛が凍るマイナス40℃

それは良い経験でしたね。
普通はそんなとき、おーさぶ・・って言いながら、温ったかいラテを飲んだり、
アイリッシュコーヒーやウオツカをグイッと飲るんですが、
アラスカの訓練ではそうもいきません。

そう、「規律」で縛られた訓練は、自分の命を救ってくれるものなんですよね。

しかし、長ぇハンドルネームがつづくなぁ
スゲー館の異常なハンドルネーム?・・⊂( ̄(エ) ̄;)⊃
 
17. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:05
☆とび猿さん

>勝手なことをする余裕

戦場では、その余裕が大きい人間から、撃たれて死んでいきます。
兵士を育てる人は、ハートマン軍曹(フルメタルジャケットの)じゃなくても、
それを知っているからわざと厳しくして、規律を叩き込んでいくわけです
規律が守れない人間は、本当は「個性的」や「独創的」なのではなく、
「規律を守れる能力」や「規律によって養われるチカラ」を、
あまりにも軽く見てしまっているからだと思います。

>雪かき

雪かきはとても良い経験ですね。
拝師弟子の西川師兄も、その「雪かき」で鍛えられたといいます。
シドニーや神戸のような過ごし易いところに居るとバカになりますが、
札幌や信州では、自然と向かい合うことが多く、鍛えられることでしょう。
 
18. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:06
☆太郎冠者さん

>そんな中でも、やはり人は・・

そうです、そんな過酷な状況では、勝手な人は、より勝手なことをしたがります。
勝手なヤツが一人でも居ると、全員が敵に遣られてしまうので、
軍隊ではハートマン鬼軍曹のような人が規律を叩き込むわけです。

>アラスカで軍事訓練

何なら、一緒に行って訓練しますか? (^_^)
オーロラも見れるニ。
 
19. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:09
☆ ichiさん

想像を絶する過酷な環境では、誰もが自我を強く出してきますね。
このような環境で訓練する目的のひとつは、「自我を出させること」にあります。

そして、まともな教育体系を持つ、まともな武術道場でも同じことが起こります。
師は弟子に対して、時にはわざとひどく怒って見せたり、怯えさせたり、
極端に厳しく振る舞ったり、人前で恥を掻かせるようなことを言ったりします。
弟子の自我を出させることを目的に、そうするのですが、
それが「分かる弟子」は、そのときに「理解と誇り」が生じます。
それが何であるか「分からないレベルの弟子」には「誤解とシコリ」が残ります。

「分かる弟子」は、師が他の弟子に同じことを向けている時に、
それを更なる自分の理解に使うことができますが、
「分からないレベルの弟子」は、それを見て、ああ、アイツもひどく怒られている、
可哀想に、アレを遣られると、心が萎えて歪むんだよな、などと同情し、
結局は師の真意が分からぬまま・・つまり「稽古修行」それ自体も理解できないまま、
自我と自己主張を心の内に温存しながら、また手前勝手な「練習」に励むのです。

「練習」では、自分の好な解釈、好きな動きで、それなりの自己満足を得られますが、
「稽古」とは、自己が全く入りようのない環境で養われることを磨くものです。

私たちは、そのことを正しく認識しておく必要があります。
 
20. Posted by taka_kasga   2016年01月28日 17:11
☆タイ爺さん

>高湿度、高気温の訓練のほうが北海道人としては恐怖を感じる

ぜひ、平均気温32℃、平均降水量400ミリの、
オーストラリア北部の密林で、すげー館の海外訓練をやりましょう!!(^_^) 
 

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