2015年08月15日

連載小説「龍の道」 第160回




第160回  BOOT CAMP (9)



 レインウエアを着て歩き続けていると、だんだん雨がひどくなってきた。
 初めのうちは、少し前を歩いていたチームの背中が小さく見えていたが、やがてそれも靄(もや)の向こうに消え、それから随分時間も経っている。

 それもそのはず───────さっき早々に休憩した理由(わけ)は、実はその場所から先はチーム毎に地図とコンパスを持たせて異なるルートを行かせる、という新たな課題をサプライズ(不意打ち)として学生兵士に与えるためであり、その唐突なオリエンテーリングを無事に終えて、出発地点のアラスカ大学にゴールできるかどうか、行軍訓練がてらテストをする、ということなのであった。

 思えば、第一回目の行軍訓練は10マイル(16km)と、比較的距離も短かく、明らかに路と判るルートをただひたすら歩きつめる内容であり、体力さえあればそれほど厳しくはなかったので、今回の行軍が2倍近くの距離であっても、その位ならばと、高を括るようなところが気持ちの何処かにあった。
 しかし、前回よりも重い装備を背負い、しかも自分たちで地図を読みながら、茫漠たるアラスカの原野をコンパスで位置とルートを確認しつつ歩かなくてはならない今となっては、どれほどタフな学生でも、精神的な負担が倍も三倍も増えたような気がする。
 しかもそれに加えて、時おりザァーっと降っては、また小降りになることを繰り返している、この冷たい叢雨(むらさめ)まで用意されてあった。

 休憩の後すぐ、出発したばかりの時は他のチームが遠くに歩く姿も見え、また地図も読みやすい地形だったので心の余裕もあったが、雨に烟(けむ)る森の中をひたすら黙々と歩いていると、やがて誰もが無口になり、いつの間にか脚も重くなってくる。
 そして、こんな時に怖いのは、どこもかしこもが同じ景色に見えてくることだ。疲労が募るに従って、つい先刻(さっき)この場所を通ったような錯覚が起こり始める。人が迷うのは、陽も射さない深い森ばかりではないのである。


「Hey, kato!・・・ ヘイ、リーダー!、カトー!!」

 後ろの方から自分を呼ぶ大きな声がしたので、宏隆は足を止めた。

「・・なんだ、どうかしたのか?」

 すぐに声のところまで引き返して、確認をする。
 リーダーとは言っても、軍人としての階級が皆より上というわけではない。つまり彼らの上官ではないのだから、何か問題があったら自分から出向いて、その解決に当たらなくてはならない。チームでの行動を上手くまとめて、それが任務の遂行と全隊員の安全に繫がるようにして行くこと、それがリーダーの役目であった。

「ここは確か、さっきも通った所だ。リーダーは地図を読み違えてるんじゃないのか?」

 眼鏡を掛けた、インテリのウィルソンが言うと、

「オレもそう思う、この辺りの樹の並び方には特徴がある。さっきも見た気がするな・・」

 背の高い Thomas(トーマス)も、右手の樹を指差してそう主張する。

「─────いや、そんな事はないよ、確かに、よく似ている所はたくさんあるけれど、ここは初めて通るはずだ」

 宏隆がきっぱりと皆に告げた。

「本当かい?、この北側の幹にべったりと苔の生えたカラマツなんかも、ついさっき見たばかりのような気がするけど・・・」

「ははは、トーマスという名前だけあって疑い深いなあ。ほら、よく地図を見てごらんよ。ここが休憩して出発した地点、それから雨が降り出して、この森を通って・・・この地形があそこに見えるから、現在地点はここになる」

 宏隆が彼を ”疑い深い” と言ったことには、わけがある。
 トーマス(Thomas)は新約聖書に登場するキリストの使徒の一人であり、欧米人に多い聖書由来の姓でもある。キリストの復活に際し、その体に触れて復活を確かめようとした行為から、特に西ヨーロッパのあたりでは「疑い深いトマス」と呼ばれているのである。
 キリスト教の家庭で育った学生なら、その意味が分かる筈であった。

「まあ、ずっと似たような地形ばかりだから、錯覚するのも無理はないけどね」

「うーむ、そうか・・けど、まるでこの森で迷っているような感じがして仕方がないんだ」

「─────よし、ちょうど良い、みんな、この際ちょっと休憩しないか?」

「それはグッドアイディアだ!」

「賛成────────!!」

「I'm pooped!、I can't move another musucle.(もうヘトヘトで動けないよ)」

 口々にそう言って、ライフルとバックパックを降ろす。疲れてくると荷物がひどく重く感じられて、少しでも早く降ろしたくなる。

「おいおい、銃は地面に置いちゃダメだよ───────────」

「おっと、いけねぇ・・Whoops!!」

 実際に銃を持って動き回った経験のない人には分からない事だが、銃というものはあっという間に錆びてくるものである。
 そもそも鉄の塊りなのだから当り前なのだが、経験の浅い教育中の新兵などは、長距離の行軍で5kg 近くもあるその鉄のカタマリを抱えて歩くこと自体が拷問に思えるほど辛く、終いには腕がカチカチに固まって麻痺するようになる。尾根を歩いていれば谿に捨てたくなるし、滝があればそこに投げ込みたくなってしまう。だから、やっと休憩になった時には、文字どおり厄介な無用の長物になど、気も遣いたくないのが人情であった。

 宏隆が注意した学生も例外ではなく、雨で泥になった地面だと分かっているのに、ついそこに放り出してしまったのである。
 しかし、そこにゴロリと置けば泥が詰まる怖れがあり、気にせずそのまま撃てば暴発の危険性もあり、仲間に迷惑が掛かる事態にもなる。不注意はお互いに注意し合わなくてはならないし、リーダーは、そんなことまで細やかに、チーム全体の動きに目を行き届かせられる人間でなくてはならなかった。

「よし、お湯を沸かしてコーヒーを飲もう!!、頭をスッキリさせて、元気を取り戻して、さっさとこの行軍を終わらせるんだ!」

「お、コーヒーか、ありがたい──────────」

「鬼教官も、カトーみたいだったら良いのになぁ・・・」

「そう、ホントにそうだよな!!」

「はははは・・・・・」

「あはははは・・・」

 宏隆の言葉には、説得力だけではない温かさがあった。


 行軍の参加者全員がまとまって歩く場合は、勝手に休憩したり、食事やお茶を気儘に取ることも許されないが、こんな風にチームでルートを探しながら森を往く場合には、そのあたりは少々気が楽である。

 だが、悪天候の中を、地図だけを頼りに、自分たちの判断で未知のルートを制覇して帰り着かなくてはならない。悪天候時には目標となる周りの地形が分かりづらく、まして誰もが初めて経験するアラスカの原野なので、訓練とは言え、決して油断はできない。
 そして、道に迷った気がするのは皆が相当に疲れ、感覚が鈍ってきた証拠である。宏隆ひとりだけならまだ歩けるところだが、こんな時は温かい飲み物で元気を取り戻し、甘い物でも口にして、冗談のひとつでも出てくるように努めて、改めてチームの団結を図った方が良いと、宏隆は判断したのである。

 コーヒーを入れる、と言っても、レクリエーションのキャンプではないので、火を熾してパーコレーターやドリップで優雅に淹れるわけではない。
 軍隊では基本的に、任務の間は火を使えない。火は容易に敵に発見される怖れがあるから当り前だが、それでも温かいお茶やスープ、ほかほかの食べ物は心身の疲れを取り、次の行動に活力を与えてくれるので兵士には欠かせない。冷めた食事は味気なく、何の元気も与えてくれないのは誰もが知るところだ。

 宏隆たちが使っているのは、発熱剤を水で化学反応させて湯を沸かしたり、食べ物を温めたりすることのできる、FRH(Flameless Ration Heater)という便利なものである。
 レトルトなどのパック食品は無論、500cc ほど入るアルミ製のバッグに水を満たして使えば、わずか数分でたっぷりの湯が沸く。これは軍用に開発されてから、民間にも色々なタイプが販売されるようになった。


「・・・あとどの位かかるんだろうか、キャンパスに戻れるまで」

 雨は一向に止む様子がない。インテリのウィルソンが、カップの中に雨が入らないよう、手で蓋をしながら、ちょっと不安そうに言う。彼でなくとも誰もがみな不安なのだが、人は大抵、その不安を口にすることで少し気持ちが楽になるものである。

「まだ少し距離がある─────この雨じゃ、けっこう時間も掛かるだろうな」

 宏隆がそう言って、自前のステンレスのカップで美味そうに珈琲を啜る。
 インスタントコーヒーとは言え、こんな状況で珈琲が飲めるのは非常にありがたい。砂糖を入れれば元気が出るし、粉ミルクを入れればちょっと贅沢な気分になる。
 MRE(Meal Ready to Eat=戦闘食)のセットパックにはインスタントコーヒーと合わせて小さなクッキーやガムが付随しているので重宝する。

 ちなみに、この物語の時代には、インスタントコーヒーはサラサラした粉のタイプしか無かった。より本物の珈琲に近いフリーズドライのタイプが兵士に配られるようになったのはまだほんの最近、湾岸戦争(1991年)以降のことである。


「ざっと見積もって、この天候だと、あと6〜7時間というところかな。たしかスタートの時に、ドリルサージャントが、所要時間はおよそ10〜12時間だと言っていたし・・」

 胸のネームワッペンに Lee(リー)と書かれた小柄な学生が、宏隆の横から地図を指でなぞる。

「リー、きみは山歩きに詳しいのかい?」

「ハイスクールでトレッキングクラブに居たから、少しだけ・・・」

「それは心強いな。ついでに、このコースで大変な所があるかどうか、分かるかい?」

 リーダーが他の学生に地図を見せながら相談しているので、皆も寄ってきた。

「そうだな・・ここと、ここが、ちょっと難儀かな。でも大丈夫だよ、この行軍の目的は難所を越えるテクニックを磨く事じゃなくて、地図を読むこととコンパスが使えること、そしてチームワークが発揮できるかどうかが試される、ということだと思うんだ」

「・・ふむ、そのとおりだね、ぼくもそう思うよ」

 宏隆は既に、リーと同じように地図を読み解いていたが、時にはわざわざ誰かにそれを指摘させたりして、安心感や仲間との一体感を高めていくことも必要である。
 つい先ほど、さっき歩いた所と同じ道ではないのかと何人かに言われたのは、皆が疲れていたせいだが、いったん疑いを持たれたからには、自分の独善でルートを決定しているのではない事を解ってもらい、仲間を得心させ、安心させなくてはならない。

 リーダーだけが地図を見て、あっちだこっちだと命じて皆を連れ歩いても、そんな行軍は息が詰まるばかりで疲れてしまう。リーダーとは他の者に命じる権限を持つ特別な人のことではない、と宏隆は思う。幾許(いくばく)かの能力を誇示しても駄目なのである。リーダーも皆と同じように疲れもするし、弱さもあれば怖がりもする、ただの一兵卒なのである。自分はその上でリーダーという立場を仰せ付かっている、だから皆のために頑張る、という誠意を示せなくては、人は従(つ)いてきてはくれない。
 それがリーダーとしての大切なポイントであることを、宏隆はよく心得ていた。


「────────だから、ルートを変に間違えたりしなければ、暗くなるまでには必ず出発点に戻れるはずだと、ボクにはそう思えるんだ」

 自信を持ってそう言い切る小柄なリーは、少しばかり大きく見えた。

「・・その、難儀そうだと言う、ふたつのポイントって、大体どんなところなの?」

 浅黒い精悍な顔つきをした、ロペスが訊ねた。
 Lopez(ロペス)とはラテン語で Lope(オオカミ)の子供のことであり、よく引き締まった体格はいかにもそんな感じがするが、雨が降りしきるアラスカの原野にあっては、心なしか不安そうにも見える。

「ひとつは、ここからもう少し行ったところで、ちょっと広めの川を渡らなきゃならない。小さな滝もある。でも、この地図じゃ川の深さも分からないし、河原へ登り降りするのも、どれ位の高さなのかは分からないな・・・」

「ふむ、もう一ヶ所は──────────?」

「えーっと・・・そう、この辺りだよ、ここはけっこう岩場があるみたいだし、しかもかなり上ったり下りたりしなくちゃならない地形だと思う」

「うーん、雨の岩場をよじ登ったり、転げ降りたりか、やれやれ・・・」

「こんな支給品のドタ靴じゃ、滑っちまいそうだけどな」

「それらの困難を超えて、任務を全うするのが、俺たち兵士っ・・!!」

「大変だけど、訓練なんだから、やるしかないよな」

「That's worthy of a man.(それでこそ男だ)」

「よし、いっちょう行軍歌でも唄うか!!」

「あはははは・・・・!!」

「わははははは・・・・!!」


 宏隆の工夫で、チームは少し元気を取り戻してきた。

 宏隆のチームは、チームリーダーの宏隆と、物知りでインテリのウィルソン、浅黒く精悍な Lopez(ロペス)、背の高い ”疑い深い” Thomas(トーマス)、出発前に笑っていたのを咎められ、一緒に腕立て伏せをした、ギョロ目の Morgan(モーガン=ケルト語で ”明るい海” の意味)、そして今、地図を読んでくれた Lee(リー)の、総勢6名である。

 先に宏隆のことを、「リーダーとは言っても軍人としての階級が皆より上というわけではない、つまり彼らの上官ではないのだから・・」と書いたが、実はこの「チーム=Team」というのは歴とした軍の編成単位のひとつであり、アメリカ陸軍、海兵隊、フランス陸軍、ドイツ連邦陸軍、日本の自衛隊などにも存在している。日本の自衛隊ではこれを「班」または「組」と呼んでいる。

 Team Reader の宏隆は日本で言う班長に相当し、本来は 伍長(Corporal)から一等兵(Private)というべき立場なので、まだ階級は与えられていなくとも、それと同等であると指揮官(この場合は分隊長である軍曹=Sergeant)に見込まれ、リーダーに選ばれているということになる。

 そのことは宏隆自身も、他の学生兵士たちも、皆よく知っていることであった。


「・・さあ、まだ先は長そうだ、出発しようか!!」

「Hurrahhh──── !!(フッラァアーッッ!)」

 雨はまだ降り続いているが、宏隆の言葉に、全員が声を挙げてライフルを高く掲げた。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )







  *次回、連載小説「龍の道」 第161回の掲載は、9月1日(火)の予定です


taka_kasuga at 23:55コメント(17)連載小説:龍の道 | *第151回 〜 第160回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2015年08月17日 20:13
゛技術があり、体力があり、精神性が養われていて、気配りが出来、人をまとめることの出来る………そんな宏隆君みたいな人、めったにいないと思うなぁ…現実に探したっているかなぁ……゛なんて考えながら稽古に行きました。(コメント書く時間がなくて、読むだけ読んで出かけました。)
稽古からの帰り道――
゛宏隆君だって初めから出来た訳ではない!!  
『出来る』からリーダーなのではなくて、普段からやろうとしているから、訓練を積み、身体を整え、自己を見つめ、人との関わりに心を配る……
ずっと続けているから、結果、このようにリーダーとしての任務を果たすことが出来るんだ!
現在進行形…ずっと歩いている途中のこと。
きっと宏隆君は、この任務を遂行している時でも、いろいろな発見があるに違いない(物語途中なのにすみません。)………゛
という考えに変わっていました。
武藝館の稽古が同じことなんですよね!
ずっとやろうとすること、その中で自分を見つめることが出来、発見がある。
本当の強さってそういうことなのかも…
だけど、やっぱ宏隆君はすごいなぁ!
 
2. Posted by まっつ   2015年08月17日 23:40
確かに人里を離れた山野で行動していると、
暖かい飲食物は大変にありがたかったです。

小生が山登りをしていた時分にも、
一寸した休憩でお気に入りのレモネードや抹茶オレをお湯で溶いたり、
ピークハント後に山の頂上でカップラーメンを啜ったりしてましたが、
非日常の中の日常はとても贅沢に感じられ、
活力を取り戻す良いきっかけとなった事が思い起こされます。

噂に聞く軍隊のレーションも、
機会があるのなら日常の中では無く、
フィールドの中でこそ、その味わいを確かめてみたいものだと思いました。
 
3. Posted by 円山玄花   2015年08月20日 21:31
地図を読むことが出来たら、どれほど役立つことだろうか、と思います。
人生の地図も、読めるようにしたいものです。

雨の降りしきるアラスカの原野・・これは、確かに各自の士気と団結力がものをいいますね。
そんな中でのリーダーの役割は、とてつもなく大変なものだろうと思えます。
一度でもいいので全員がリーダーを経験していると、チームにとって必要な事や、
リーダーがメンバーに求めていることが見えてくるので、全員が協力しようとする結果、
団結力は格段に上がると思いますが、ただついていくことしか経験していないと、
一緒に行動しているつもりが、実際には一歩も二歩も遅れてしまいます。
やはり、ひとりひとりがメンバーを率いていく気持ちがないと、だめですね。

それにしても、インスタントコーヒー良いですね!
行軍最中の、自分の体温で生温くなった缶入りのお茶と冷たいハンバーグは、
ただ身体にカロリーを詰め込んでいるだけのような空しい感覚がありましたっけ。
確かその時も、小雨でした・・。

宏隆くんたちがチームワークを発揮して、無事にゴールできますように。
次回も楽しみにしています!
 
4. Posted by 太郎冠者   2015年08月20日 22:36
今日は自衛隊の某イベントに行き、雨の中をカッパを着て歩いたり、
座って待っていたりしましたが、そんな何でもないことでも結構体力を消耗するものですね。
それが大荷物を持って延々歩くとなったらどれだけ疲れることでしょう。

>リーダーも皆と同じように疲れもするし、弱さもあれば怖がりもする
師父は稽古中に「私が食事もとってなくて睡眠不足で疲れていそうだからといって、
手加減しなくてもいいから全力でかかってきなさい」
とおっしゃって、ここぞとばかりに全力で向かうもののまったく歯が立ちません(笑)

同じ人間であれば誰しも疲れもあるのでしょうが(と思いたい)、その中でも自身の状態を自覚し、最大限の能力を発揮できるのが本物のプロフェッショナルということなのでしょう。

それにしても、こういったチームに限らず、縁あって集まった人々というのは、不思議とそれぞれ個性的で面白いものですね。
 
5. Posted by とび猿   2015年08月20日 23:00
子供の頃、山に一人で適当に入って遊んでいて、気が付いたら随分と時間が経っており、日没までに知っている場所まで出なければと思った途端、それまで楽しく気持ちの良かった林が急に不気味に思え、歩いても歩いても同じ景色に思えて焦り、恐怖したことがありました。

もっとも、子供の遊びと軍事訓練とは全くの別物でしょうが、悪天候の中、知らない土地で行動することは精神的に大変な事だと思います。
そのような中、宏隆君自身も疲れてきているであろう状況で、周りの状態を察し、目的を達成できるよう纏めていくその姿勢からは、宏隆君の強さと、これまでの経験を糧として成長し続ける深い人間性を感じさせられます。

きっと宏隆君は自分自身の事を同様に見続けているのだと思えてきます。
自分も先ず、その様な人間であらなければと思います。
 
6. Posted by ユーカリ   2015年08月20日 23:04
個性豊かな6人のメイトからなる、宏隆君のチーム。
名は体を表すといいますが、名前の由来や意味を知ると、何だか登場人物の外観や人柄だけではなく、体温までも感じられるようで面白さが増します。

重い荷物をいち早く下したい!と体力と精神力の限界を感じるような状況下でも、ライフルは地面に置いてはいけないと、大切なことはきちんと相手に伝え、曖昧にしない誠実さを持ち、皆に元気とやる気が起きるような心配りができる宏隆君。個々の長所が引出され、互いを認め合い団結力を増して、チーム全体がグングン成長してると感じられます。

厳しい自然環境の中でも、火を熾さずに温かいものをとれるような道具があったり、インスタントコーヒーにちょっとした甘いものがついていたりと、工夫があることにも驚きました。
厳しい訓練を共に乗り切る仲間とそれらを共有することも大きな力となるのですね。
 
7. Posted by タイ爺   2015年08月25日 09:33
不安は体力の消耗を招き作業効率著しく損なわせるものです。集団においては信頼のおけるリーダが居ることがそのチームの良し悪しにかかわって来るのは明白です。
逆にいうと良いリーダーというのはチームの不安を取り除くことのできる人なのかもしれません。
山本五十六元帥のかの名言が思い起こされます。
説得力を持つ実力がありそれを示すことができ、なおかつ言葉にすることができる。そんな指導者に恵まれることは幸運・・・・あれ?これってどこぞのスゲー館では・・・・
 
8. Posted by bamboo   2015年08月27日 23:12
困難な状況のなかでも、チームメイトのことを深く理解し気遣い、きっと鬱陶しいとも大して感じていないのでしょうね。チームで訓練することの意義をも真正面から受け取れる心身が養われているのでしょうね。高度なことほどその重要性が増すように思います。
道場での稽古では、わからないことやできていない高度なことを取るために不可欠なことを常に目の前で示して頂いておりますね。
「眼に焼き付ける」「耳の穴かっぽじってよく聴く」「顔洗って出直す」「人のふり見て我がふり直す」などの表現を巷ではときどき聞きますが…せっかく貴重な教えを自ら望んで学ばせて頂いていることですし、高度なことならではの姿勢を、門下生としてスポンジのように?吸収したいものです。
 
9. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:24
☆マルコビッチさん

私がお世話になった武術家、社会活動家、軍人、元軍人の方々は、
多かれ少なかれ、みなヒロタカくんのような人たちでした。

本当の強さを得た人、というよりは、ご自身もさんざん「弱い自分」に苦しまれてきて、
本物の強さとは何か、を追い求めてきた人たちだと思えました。
 
10. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:25
☆まっつさん

学生時代、京都に参禅していたころのある冬、大徳寺の和尚さんに、

「おい、カスガよ、お前はコレ(座禅)を ”非日常” やと思ぅてるやろ?!」

・・と、言われた事を思い出します。

「そりゃそうですよ、吹きっ曝しの寒い縁側で只管打坐、何時間もただ黙々と座るだけ、
 居眠りすると後ろから叩かれる─────こんなこと、普段の生活じゃ有り得ませんからね」

僕がそう答えると、和尚は途端に厳しい顔になって、

「ええか、よう聴け。今お前が座っとるトコは、ホンマは、お前の家の勉強机と同んなじや。
前に見えとるのは枯山水やのうて、お前が暮らしとる日常の風景や。そのコトが分かるか?」

「・・でも、ここは枯山水が見える禅寺で、僕は座禅を学びに来ているんですけど」

「いいや、お前は暖房の効いた居心地の良い部屋で、好きな音楽を聴きながら、気持ち良さげにウトウトしとるだけや。それがわからんのやったら、ワカルまでそこに座っとれ・・!」

そう言い遺して、また向こうに立ち去りました。

何を「非日常」とするのかにも拠るのでしょうが、
僕にとって「山登り」は非日常ではなく、単なる「日常」の延長です。
ピークハント、山頂のカップラーメン、休憩時のお気に入りのレモネード・・・
それらは実は「非日常の中の日常」なんかではなく、「日常の中の日常」で、
それを贅沢に感じられること自体、日常であることの証しだと思えます。
 
11. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:25
☆まっつさん(承前)

小学生の頃から、幾度も単独で山に入ってきました。
大きくなってからは、キャンプ場でも林道の傍らでもない鳥獣しか居ない山中で、
敢えてテントも寝袋も持たず、懐中電灯もファイアースターターも無し、
ストーブやインスタント食品も一切持たず、独りで過ごしたことも多いですが、
それを「非日常」だと感じた事は一度もなく、反対に、自分がその山奥にまで持ち込んで来て
しまっている「日常」を強く感じて、ひたすら自己嫌悪に陥ったものです。

自分の日常をそこに持って行く限り、それはただの「日常」に過ぎません。
それは非日常と言うには余りに大袈裟な、在り来たりな日常から少しばかり目先を変えて
逸脱しただけの、ひと時の気儘なレクリエーションに過ぎないのだと思います。

僕にとって非日常とは、自分の日常環境から故意に少し外れてみることではなく、
自分に染みついた日常的な通念、常識、思慮、分別、知識、教養、思惟、活動などの
何もかもが、どうしようもなく徹底的に否定され尽してしまうような状況のことです。
そして、本物の非日常の状況では、否応なくそれを痛感させられることになります。

軍隊の ”MREレーション” は、お世辞にも食事とは言い難いものですが、
趣味の山中レクリエーションで場違いのMREを食べても、戦場でそれを食する者たちの
味わいは無く、ただひたすら自己にまつわる日常の味がするに違いありません。

そして、そのことが分からなければ、武術の真髄もまた、決して理解し得ません。
何故ならば、拙力の延長には本物の勁力が存在してはいないように、
構造原理を否定した凡庸な動きの延長には、真の武術的な動きが有り得ないように、
武術の高みは、決して自己の日常性の延長には存在しないからです。
 
12. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:26
☆玄花さん

ぼくらの時代には、正しく地図を読めるヤツは、仲間から尊敬されたものです。
山をやる人にとっては、地図を読むことなど当り前のことですが、
登山家でもないフツーの人がきちんと地図を読めることなど、滅多に有り得ないからです。
同じように、きちんとナイフを使えるヤツ、きちんと火を熾せるヤツ、
きちんとケンカが出来て、きちんと勝てるヤツも大いに尊敬され、リーダーになりました。

今の時代は、きちんと高級なナイフを所有し、一瞬で火の付くサバイバルツールを持ち、
ケンカはしないけれど、格闘技ルールでは上手く勝ちたい、という男子が増えたでしょうか。

スゴいナイフを持っていても、使い方も研ぎ方も知らないと何の役にも立たないように、
地図は、読み方を覚えても役に立ちません。自分が向かおうとする処までを地図で調べ、
地理を把握し、実際に地図を片手にコンパスを使って、読み違えてひどい遠回りをしたり、
上手く成功したり、ひどい目に遭いながら、地図を片手にそれを身に着けていくのです。

海に出ると、もっと大変です。
陸と違って「地形」がなく、夜もテントを張るわけではなく、船が動き続けているので、
灯台の灯りや星の位置だけで、自分が今居るところを割り出すのです。

今は山も海も、GPSという文明の利器を使って簡単に自分の位置が分かるようになりました。
便利で安全で確実なことこの上ないですが、壊れたりバッテリーが上がれば終わりです。
かつての時代に苦労した人たちが身に着けた「生き抜くための何か」は、ちょうど便利になった文明の分だけ、養われようがありません。

28年間グアム島に残留した横井庄一さんは、日本に帰還してから「もっと困れ」という本を書きました。便利さに甘えていると、自分が弱くなり、怠惰になり、鈍感になります。
 
13. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:29
☆太郎冠者さん

都会に居ると、一般の人が合羽を着て雨の中を歩いていることは希です。
僕は滅多に傘を差しませんが、たまに傘を手にするとやっぱり疲れますし、
常に両手が空いていないことに不安を覚えます。
危機を想定していないこと、合理的でないことには非常に疲れますね。
普通の人は雨のキャンプ場で合羽を着て火を熾すだけでも大変疲れることでしょう。

傘と同様に、僕はショルダーバッグよりはバックパック、
ビジネスシューズよりスニーカー、スニーカーよりタクティカルシューズ、
ロレックスよりもルミノックス、乗用車よりもジープ、ペットボトルよりも水筒、
(水筒は、真っ暗闇でいつの間にか毒虫が入ってから、口の広い物は使わなくなりました)
ワインよりもウイスキー(持ち運びが出来、温度管理が容易)、
テントよりもすぐに行動できるタープが好みですし、
ナイフは最低三丁、何れも使い込んでないと役に立ちません。
プロのタクティカル用のフラッシュライトなんかを好むシロートも多いですが、
実際に任務があれば別だけど、目的が違う山中では使いにくいので、知ってる人は使いません。
あとは、携帯は電波が届かない場所が多いから、無線器は絶対必要・・・

・・って、またハナシがどんどん逸れてきてしまった。
 
14. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:29
☆とび猿さん

ありましたねぇ、宵闇が迫って、まだ家には遠い山の中に居ると、子供はえらく不安になってくるものです。
私なんかは迷路のようになった崩れかけた防空壕の中を探検していて、外が暗くなっているのも分からず、一緒に居た友人たちの親は、もう少しで捜索願を出すところでしたが、ウチの親は「そのうち帰ってくるさ」と、風呂に入っていました。
泥だらけ、ロウソクだらけで帰還した我が子に、父親は「帰り道は見え難かっただろう、時計が無くても時間が分かるようにしなさい」と言いました。 (^_^;)
 
15. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:30
☆ユーカリさん

先輩たちと訓練のために山中で過ごしたときに、申し合わせたように、銘々が小さなフラスコ(酒用のポケットボトル)にウイスキーを入れて持って来ていたのに驚きました。
水筒しか持っていないボクは、彼らからウイスキーを分け与えられ、それがとても寛ぎと活力を与える、語源どおりの「いのちの水」であることを知り、感動したものです。
以来、目的が何であれ、山に分け入るときには「道具」のひとつとして、必ず小さなフラスコを用意するようになりました。

人は誰も些細なことで救われ、甦り、希望が湧くものですが、反対に、些細なことで落ち込み、塞ぎ、怒り、狂いさえしてしまえるものです。それをプラスに使うには、日頃から些細なことを大切にしようとする心掛けしかないと、つくづく思う次第です。
 
16. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:30
☆タイ爺さん

>説得力を持つ実力がありそれを示すことができ、なおかつ言葉にすることができる。
>そんな指導者に恵まれることは幸運・・・

・・ほう、山本元帥の言葉ですか、素晴らしいですね。
私たちも玄門で稽古が出来る幸運を、本当に大切にしていきたいものです。
 
17. Posted by 春日敬之   2015年09月01日 23:31
☆ bamboo さん

すげー館では、「耳の穴をかっぽじってよーっく聴け」とは言われませんが、

「十字を切って悔い改めやがれ」てのは、ときどき聞かれるそうで・・・(^_^;)
 

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