2015年06月15日

連載小説「龍の道」 第156回




第156回  BOOT CAMP (5)



「────────君たちの中で、銃を撃ったことのある者はいるか?」

 よく晴れた碧空のもと、だだっ広い野外射撃場の一角に勢揃いした学生たちに向かって、ドリルサージャント(教官軍曹)の声が響く。

「Yes・・ Yes・・ Sir・・ Yes・・・・」

 多くの者たちが次々と手を挙げる。30名ほどの訓練小隊だが、射撃を経験したことのある者がその半数以上に上ることに、宏隆は少なからず驚かされた。日本の自衛隊で新兵に同じことを訊ねたら、果たしてどんな結果が出るだろうか。

 周知の如く、アメリカでは個人が銃器を所有することが憲法で保障されている。
 いわゆる「アメリカ合衆国憲法・修正第2条」に掲げられた、『規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であり、人民が武器を保有または携帯する権利は、これを侵してはならない』という有名な条項がある。

 この「龍の道」の背景となっている1970年代は、アメリカで最も銃の所持率が増加した時期でもあるが、21世紀となった今日では、どの州でも銃規制はそれなりに厳しくなって、銃所持のライセンスの要否、銃をケースに入れた場合、銃弾を装填している場合、自動車乗車時や歩行時に携帯する場合など、細分化された項目が各州ごとに取り決められている。

 基本的には Open Carry(ホルスターや腰に差すなど、表から他人に見える状態)または Concealed Carry(衣服の下やカバンの中など、他人から見えない状態)の携帯方法に分かれ、多くの州では前者は免許不要、後者は要免許とされているが、約半数の州では公共の場での Open Carry を禁止している。また、いずれの州でも、多くの商店や飲食店では入口に「No Firearm」つまり「小火器(ライフル・ピストル等のポータブルガン)持込み禁止」という看板が掛かっている。
 特に政府機関や大使館が集中する首都ワシントンD.C.などでは、各所で抜き打ちのボディチェックが頻繁に行われ、空のホルスターを腰に着けているだけでも、有無を言わさぬ逮捕や、場合によっては射殺する事さえ認められているほどで、日本とはだいぶ考え方や事情が違っている。


「ほう、ずいぶん居るな・・・カトウ、お前は銃を撃ったことが無いのか?」

「挙手するのを迷いました。観光射撃をした程度だったので────────」

「なるほど。観光射撃というのは、客としてスタッフに銃弾を装填してもらって、ターゲットに向かってただ引き金を引くだけの遊びだから、まあ、それでは射撃経験とは言えないかも知れないな」

「Ha ha ha ha ha ・・・・!!」

 学生たちが笑い、宏隆も頭を掻いて苦笑いをして見せた。

 こう言っておかなくては、日本人なのに相当の射撃の経験があり、それなりの腕があることも分かれば、自分が秘密結社・玄洋會に所属していることまで知られてしまう危険性が出てくる。そうなれば、このROTC(予備役将校訓練課程)で学ぶことさえ危ぶまれてくる。

 挙手した学生たちの殆どは、アメリカ国籍を持っている者たちである。銃は撃ったことがあるものの、観光射撃でしか経験が無いという宏隆が、彼らにとってはひどく子供っぽく見えてしまうのも無理はない。
 アメリカでは、小さい頃から子供を射撃場に連れて行き、銃を撃つ訓練をさせる人が少なくない。もちろん観光用ではない本物の射撃場で、一般市民からハンター、非番の警察官なども真剣に射撃の訓練をしている。
 普通は17歳以上が射撃場に入場できるが、保護者同伴なら8〜17歳も射撃訓練ができる。また、銃を所持していなくても、射撃場に行けば拳銃からマシンガンまで、様々な銃を貸し出してくれるので、だんだん自分に合ったものを探すこともできるが、レンタルの場合、単独での利用は断られることもある。自殺防止がその理由だという。

 アメリカでは、銃は武器ではなく「Tool(ツール・道具)」としての感覚が強い。
 大工道具や調理道具、クルマやセルフォン(携帯電話)と同じように、日常生活に必要な道具だという実感がアメリカ人にはあって、実際にホームセンターやスポーツ用品店には、他の物と同じように銃が陳列され、普通の商品として売っている。銃を休日に射撃場で練習するのはボウリングやゴルフと何も変わらない同じ”スポーツ”という感覚もある。
 それは、まだ法も秩序も整備されておらず、市民の安全を保障することが出来なかった、「お上が不在」の西部開拓時代以来、彼らのDNAに染み込んだ「自分の身は自分で守る」という開拓者精神が、21世紀の今もなお続いているからなのだろう。

 だが、痛ましい事故や忌まわしい乱射事件も後を絶たない。2014年の夏にもアリゾナの射撃場で射撃をしていた9歳の女の子が、持ったサブマシンガンのフルオートの反動を制御しきれず、インストラクターを誤射してしまうという事故があった。
 今やグローバル・スタンダードとして影響力を持つ「CDC(アメリカ疾病管理予防センター)」の発表によれば、2011年のアメリカでの銃による死亡者数は31,000人、交通事故の死者は35,000人というから、やはりアメリカの銃問題は深刻である。

 反対に、日本では一般市民には武器を持たせないという長い歴史があった。
 秀吉の刀狩り以来の伝統だと言う人も居るが、天皇の下に将軍が天下を支配し、法と秩序が常に存在していた我が国では「武器を持つ者=お上(法と秩序)を護る者=武士」という考え方が古くから確立され、アメリカのように普通の市民が個々に武器を持つ必要がなかったのだとも言える。


「よし、これから射撃訓練に入る。このUAF(アラスカ大学フェアバンクス校)にはインドア・レィンジ(室内射撃場)が無いので、暑かろうが寒かろうが、このだだっ広い射撃場でやるしかない─────────ただ、銃器を扱うのだから、当然守るべき厳しいルールがある。今から説明するルールを、よくアタマに叩き込んでおくんだ!!」

「イエッサー!!」

「諸君はもうすでに、ライフルの構造や扱い方、分解と組み立て、整備の仕方、撃つ時の姿勢や注意事項、射撃時に必要な事項のシミュレーションなどを学んできた。今日からはいよいよ実際にこのフィールドで銃弾を撃つ訓練を行うのだ───────さっきは漠然と銃を撃った経験があるかどうかを訊いたが、ライフルを撃ったことがある者は居るか?」

 3人が手を挙げた。さっきは約半数、つまり15名ほど拳銃の射撃経験者が居たが、ライフルに限定されると、この数になる。それでも日本人には到底考えられない。

「よろしい、経験者はルールを承知していると思うが、ここで教えるのは軍隊としてのルールだ。気持ちを新たにしてよく覚えておいてもらいたい」

 銃を扱うルールは、軍隊でも民間でも、秘密結社でも何処でも同じだ。要は安全に正しく使うためのものであり、宏隆にはよく馴染んだルールである。

(1)銃は常に銃弾が装填されているものとして扱う。
(2)銃口は決してターゲット以外に向けない。
(2)銃を手にしたら、安全装置がオンである事と弾丸が空であるかどうかを確認する。
(4)銃弾を装填したら、撃つ瞬間までは指をトリガー(引き金)に掛けない。
(5)Cease Fire !!(撃ち方止め)の号令があったら銃をテーブルの上に置き、マガジンを抜き、スライドを引いてホールドオープン状態にし、エジェクションポート(排莢穴)が開いてチャンバー(薬室)が空になっている状態にしておき、待機ラインより後ろに立つ。

 宏隆は、台北の「白月園」の地下訓練場で、陳中尉から初めて銃の扱いを正しく教わったことを思い出した。(註:第44回・訓練3参照)


「いいか、ライフルこそは歩兵の魂だ。近代から現代にかけて、歩兵が個人で携行する最も有能で基本とする武器が、このライフルなのだ──────────
 ライフルは近距離から遠距離まで、自由に射撃が出来る万能の銃でもある。短機関銃などは長距離射撃が出来ないし、機関銃や対戦車ライフルなどは重くて持ち歩けない。
 ライフルには短剣を装着し、銃剣として白兵戦に臨むことも出来る。銃剣が発明される以前には、短剣では馬上の騎兵に対抗ができないために、槍を持った部隊が銃の部隊を護衛することがごく普通に行われていた。短剣を装着することでライフルは槍の役割を担い、銃の部隊は単独で白兵戦が可能となった────────ライフルはこのような歴史を経て、完成された歩兵の武器装備としての地位を確立したのだ」

 ライフルの意外な歴史を聞いて、学生たちは神妙な顔をして頷いている。

「こんな詩がある────────」

 This is my rifle. There are many rifle it, but this one is mine.
  これぞ吾が銃、銃は世に数あれど、これぞ唯一の吾が銃なり

 My rifle is my best friend. It is my life.
  吾が銃は、吾が最良の朋友(とも)、そは吾が命なり

 I must master it as I must master my life.
  吾が生を修むるが如く、吾はそれに通ずべし


 ドリルサージャントがよく通る声で、皆に向かって朗々とその詩を詠い上げた。

「これは第二次世界大戦中に、第一海兵師団長のウィリアム・ヘンリー・ルパレス少将によって定められた ”The Creed of a United States Marine(海兵隊信条)” だ。
 だが、海兵隊だろうが空挺部隊だろうが、敵国の兵士だろうが、そんなことは関係ない。ライフルは、いつの時代も、どの国の如何なる戦いに於いても、常に兵士と共に在り続けた最良の友なのだ。この信条はアメリカ海兵隊のみならず、ライフルを手に戦う、あらゆる国の全ての兵士たちに理解される言葉に違いない────────」

 学生たちは皆、シーンとして教官の言葉に聴き入っている。

「忘れるな──────ライフルは君たち兵士の魂だ。だから大切に扱って欲しい。愛する祖国を守り、愛する人を護るために、ライフルの扱いを正しく学び、精通していくのだ!!」

「イエッサー!!」

 宏隆は既にこの信条を知っていたが、実際にアメリカ軍人の口から直接それを聞かされると、あらためて感動せざるを得ない。教官が言ったように、それは国を超え立場を超えて、全ての兵士たちに共通する心であり、歩兵の魂に違いなかった。
 宏隆は、自分だけのライフルを所有してみたいという気持ちが強くなった。


「ライフルの Shooting Posture(射撃姿勢)には、4種類ある。
 すなわち、立ったまま撃つ Standing(立射)、地に伏せた状態で撃つ Prone(伏射)、両足を組んで座る Sitting(座射)、片膝を立てて撃つ Kneeling(膝射)だ。君たちには、まず「伏射」と「膝射」を訓練してもらうことになる。
 よし、各チームごとに決められた位置に付け──────────!!」

 屋外の射撃訓練場は本当に広い。ターゲットのあるところは、所々低い丘が重なるように造られていて、さらにその後ろに少し小高い丘がある。両側は雑木林で、低い板壁の上に鉄条網が張られて、訓練場の境界を示している。

 一番遠いターゲットは 650フィート(約200m)の距離だという。後ろの丘の上に白く塗られた板の標的がポツポツと点在している。その手前には土が3フィート(約1m)ほど壁状に盛られていて、その上に標的の黒いヒトガタ(金属パネルを人形に切った物)が立ち、弾丸が当たれば向こう側に倒れるようになっている。

 射撃訓練で初めに学ぶ姿勢は、Prone(プロゥン=伏せた姿勢での射撃)である。これは日本の陸上自衛隊でも同じだ。
 伏射の姿勢は、自分の身体の正中線をライフルの軸線に対して30〜45度の角度にする。
 この角度は各自の体格によって異なるが、身体が小さい者ほど、この角度も深くなる。
 また、足は30度ほど開き、カカトの内側をきちんと地面に着ける。因みに、自衛隊でもそれを行うが、旧帝国陸軍では伏射の際に足を開かなかったという。
 両肘は肩幅よりやや広めに地面に着け、重さを均等にかける。両肩は水平に保ち、前の手である左肘はなるべくライフルの真下に持っていくようにする。
 ここで大切なことは身体を捻らないことである。捻られた身体は容易に体重配分が崩れてしまうからである。これが伏射の基本である。

 なぜ最初から立って撃つことをせず、腹這いになって射撃する訓練を行うのだろうか。
 多くの人はそれが不自然で不思議に思えるかも知れない。その理由は「伏射」こそが最も安定した、最も命中精度の高い姿勢であるからであって、実際の戦場でも、状況の許す限り伏射で撃つことが普通に行われているからである。

 訓練で用いるライフルは、M-16(Rifle, Caliber 5.56mm, M16)である。
 これは1960年の製造配備以来、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争などを戦ってきた有名な自動小銃で、小口径弾の採用によって多くの銃弾の携行が可能となり、低反動で命中精度も非常に高い名銃である。その優れた設計思想は、多くの軍隊や銃器メーカーに大きな影響を与え、世界でM16を手本としたライフルが多数開発されてきた。
 現在アメリカの陸軍と海兵隊では、小型で室内などの近接戦闘にも向く「M4カービン」と共に、改良に改良を重ねた「M16-A4」が採用されている。


「・・いいか、単発で、ゆっくり撃つんだ。命中させようと思って連続してガンガン撃ってはいけない。一発撃ったら2秒以上の間隔を開けて撃つんだ!!」

「イエッサー!!」

 耳にイアプラグ(耳栓)をしているから、大声で話さないと聞こえない。射撃には耳を保護するイアプラグと、目を保護するゴーグルは必需品である。
 現在では射撃時の爆発音を遮断しながら人の声が聞こえる便利なイア・プロテクターがあるが、今も昔も、訓練中の新兵などは無論、戦地派遣時でも安物の耳栓しか支給されない。


 腹這いになって、80フィート(約25m)の距離を狙う。
 標的は大きな木枠に、人の形をした黒い大きなパネルを下げ、それに4枚のターゲット用紙を貼り付けたもので、4人がひとつのチームとなって標的の木枠を指定され、さらに各自がその木枠中の指定された用紙を撃つのである。

 25mと言えば、よくある学校のスイミングプールの長さである。やってみれば分かるが、その程度の距離でも、初めは決して上手く命中しない。
 現に、自分でマガジン(弾倉)に入れた10発の銃弾を全部撃ち尽くしても1発も当たらない者も居て、教官に呆れた顔をされ、もっと丁寧に撃てと注意されている。
 腹這いで撃つ「伏射」でさえそうなのだから、戦場で立ったまま、あるいは走り回りながら撃つような場合には、そう簡単には中らない。射撃とはそれほど難しいものなのだ。

 伏射で撃つところには、一人分ずつ「砂袋」が地面に置いてある。
 ライフルは手で支えるよりも、何か安定性のある依託物の上に乗せることにより、更なる安定性と命中精度が得られる。これを依託射撃というが、砂袋の上に銃床を乗せて撃てば、安定や命中の精度が最も高くなるのだ。
 陸上自衛隊で用いられている「89式小銃」には、取り外しの可能な二脚(バイポッド)の支持装置が標準装備されていて、展開して接地すれば安定した射撃が可能となるよう工夫されているが、この「砂袋」は二脚支持にも勝るほどの安定性が得られ、任務によっては砂を入れる袋を持ち歩く兵士さえ居るという。


「Commence Firing !! ──────────(撃ち方始め)」

 号令と共に、ズラリと伏射の姿勢で腹這いに並んだ学生たちが一斉に撃ち始める。

 撃ち終わるとマガジンを抜いて、ライフル本体と共に地面に置き、後方のラインまで下がって待つ。各チーム毎にドリルサージャントが銃の安全確認をし、全チームの確認が終われば、教官と共に全員でターゲットを確認しに行く。

 標的のどこに穴が空いているか、10発のうち何発が、どのように命中しているかを詳しく見て、教官にアドバイスを貰って次の射撃の参考にし、それを繰り返すのである。



                   ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第157回の掲載は、7月1日(水)の予定です


taka_kasuga at 23:56コメント(19)連載小説:龍の道 | *第151回 〜 第160回 

コメント一覧

1. Posted by 円山玄花   2015年06月17日 23:51
日本の飲食店の入口に、「小火器持ち込み禁止」と書かれていたなら、
私たち日本人の意識もずいぶん変わるだろうと思います。
銃を撃つことに関しても、撃つ前と後とでは包丁一本、缶切り一つ扱うことに対しても意識が変わり、乱暴には扱えないようになりました。

アメリカで8歳から射撃訓練が出来るということにはとても驚きました。
日本では、ナイフ一本でも携行させなければ危険が減るというような考えがありますが、
真の安全のために必要なことは、武器に対する正しい認識と理解であり、
それを可能にするのが各個人の精神性だと思います。
軍隊では手っ取り早くその精神性を訓練によって叩き込まれますが、
私の受けた訓練では、その点はまだまだ不十分であると感じられました。

アメリカでは小さい頃から銃に馴染み、射撃の訓練はできても、
精神性の訓練にはなっていない点で銃問題が起きているのでしょう。
日本ではたとえ僅かな期間でも、国民全員が軍隊の訓練経験を持てるようにして欲しいものです。


>捻られた身体は容易に体重配分が崩れてしまうからである

まさしく、これが武器を持って稽古を行う意味ですね。
特に、棍や槍などの真っ直ぐな武器は、銃と同じような身体訓練ができると思います。
 
2. Posted by まっつ   2015年06月18日 00:12
「ライフルマンの誓い」を改めて読み返してみると、
兵士にとってのライフルと射撃とは、
肉体と意志を延長する当に一心同体の相棒である事が良く分かります。
プロは銃が身体の延長となるまで訓練を積むのですから、
観光射撃でいくら射的に興じても「使えない」と評されるのは納得です。
一方で正しい射撃の訓練を受ける事は、
武術の上達においても非常に有効なのだと感じます。
日本においては望むべくもありませんが・・・
 
3. Posted by MIB(▼_▼¬   2015年06月19日 02:54
教官の言われる通り観光射撃は「引き金を引くだけの遊び」なんでしょうね。
メンテナンスをしない、持ち歩きもしない、
銃が重かろうか軽かろうが、その場限りのことに過ぎないですから。
風除けも火口も薪も全部誰かにお膳立てしてもらって、
さあマッチを擦ってごらんと言われるのと同じですね。
そこから始まって、自分で全部準備できるまでになるか、
火を付けてみたところで満足するか、人それぞれだと思います。
ライフルに限らないことですが、道具に精通すること、
始めから終りまで全部自分で面倒を見て、
その道具を本当に相棒にできるということは、
生きていくことそのものだと感じます。
 
4. Posted by タイ爺   2015年06月19日 18:01
ツールと言えども一歩間違えば危険を伴うものが世の中あふれています。
それを武器として使うか単なる道具として使うかは個人の精神性に決定されるでしょう。現に何処の家庭にもある包丁での事件がいとまが絶えません。まさにOOいに刃物です。
ところが真剣を持っている剣道や居合道の人が事件を起こしたなどほぼ聞いたことがありません。
真剣を持つ以前に木刀などで扱いを徹底的に学ぶからでしょう。人を傷つける武器にすら精神性を求めた日本人は特殊なのかもしれません。
「刀は武士の魂」と言いますが比喩ではなく自分の分身として刀が存在するらしいですね。
横井さんの銃は錆ついていましたが、小野田さんの銃はいつでも撃てる状態にあったと聞きます。

5. Posted by マルコビッチ   2015年06月20日 01:21

どの国でも、人の営みにそれほど違いはないと思いますが、考え方や習慣はかなり違うものなのですね。
その考え方も、国の成り立ちから起因して個人に反映しているのかと思うと興味深いです。
日本では規制もあるため銃による事件はそれほどありませんが、最近では銃でなくとも耳を疑うような事件が続いています。
時代の流れと共に、人々の考え方や感じ方も変化し、精神性が失われつつある現代。そんな現代に即して法も改善していかなくてはならないのでしょう。
社会的な事象や流行をしっかり見据えて、流されることがないよう、冷静に自分を見つめて磨いていかなければいけませんね。

またまたこの先が楽しみです!!
 
6. Posted by 太郎冠者   2015年06月20日 01:52
8歳の女の子のクリスマスプレゼントに、ピンク色の22口径のライフル!
なんて光景は日本では絶対に見られませんが、アメリカでは本当にあることなんですよね。
ホームセンターどころか、ウォルマートでライフルが普通に買えたというんだから驚きです。

危ないからといって使わせないのでは、それこそ○○に刃物って話になってしまいそうで、むしろ危ないモノの使い方は、正しく学んだほうが、対処も正確に出来るというものでしょう。

日本の学校でも、刃物で鉛筆削りくらいさせればいいのに、と思います。
小さい頃、父親の肥後の守を使わせてもらったことがありますが、ちゃんと手入れをすれば使い捨てのカッターなんかよりよっぽど使えます。
そういった文化が消えてしまうというのは本当に残念に思います。

・・・ところで、昔はあれでケンカとかしたんですかね? 肥後の守で?
 
7. Posted by ユーカリ   2015年06月20日 06:14
命を脅かすものが無いと感じられるような日常の中で、生きて行くことを、観光射撃のようにとらえていたのだと思います。
端折る事の出来ない状況を、自らに課すことなく過ごしてきた結果です。

先日、いつもきれない鎌で草を刈っていたので、砥いでみたのですが、なかなか切れ味が良くなく、叔父に砥いでもらうと、見違えるようになりました。
切れない鎌でもいいだろう、砥いだけどダメだった、と諦めるのではなく、正しい砥ぎ方で、正しく使い、メンテナンスをきちんとする。
自分勝手に外れる事の心地よさを選択するのではなく、整っている事、端折らない事の心地よさを求めようとする、日々の積み重ねを、大切にしたいと思いました。
 
8. Posted by とび猿   2015年06月20日 12:19
銃というものは、日常ではなかなか触れることのない武器というイメージがあり、日常生活に必要な道具という感覚とは、大きなギャップを感じてしまいます。
そのギャップからか、周りの人間が持っているのではないか、持っていたらどう対応するのかというような想像力の足りなさを感じます。

私自身、できれば危険は避けたいと思ってしまいますが、日本では、今、危険なものは排除されていく傾向にあると感じます。
しかし、危険とは本能的なものであり、自身の精神性を見直す助けにもなると思います。
その機会が、同様に減っているようにも感じられます。
 
9. Posted by bamboo   2015年06月26日 21:47
(これなら子供でも人を殺せる…)
観光射撃場で初めて撃ったとき、周囲のスマイル&ピースしながら楽しむ姿と自分の心境に生じたギャップが、撃つ毎に大きくなったのを改めて思い出しました。とくにベトナムでM16を撃った時、弾を装填し隣で立っていた男性の表情…聴かなくても強烈に伝わる何か。あの傷だらけの身体、鋭い眼…。その後実際に使われていたという地下通路など案内されましたが、彼は終始硬い表情で決して入ろうとしなかったです。
想えばあれ以降、様々なことが恐ろしく哀しく感じられ、安易に楽しめなくなったように思います。周囲には「オモイ」「ダイジョーブ?」などノイローゼ扱いされましたが…(-_-;)。素人の私でさえこうなのですから、実際に戦場を経験された方が激変してしまうのも当然なのでしょうね…。
今学んでいる太極拳はもっと恐ろしく感じますが、同時に何かとてつもなく大切なものも感じます。
My rifle is my best friend. It is my life. I must master it as I must master my life.> …味わい深いです…覚えてみようと思います。
 
10. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:30
☆皆さま

またまた、大幅にコメントバックが遅れてしまいました。
大変失礼いたしました。

今回は従業員トラブルが発生し、
その処理に追われて卯澳漁港・・ぢゃない、右往左往で、(^_^;)
とても忙しい日々を過ごしていたためでした。
何とも恨めしい話です。 クマメシヤ〜~~(m ̄(エ) ̄)m

でも、ナンとかカンとか、連載を途切れさせずに続けることができて、
ホントに良かった、と思いますです、はい。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。
 
11. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:31
☆玄花さん

>必要なことは武器に対する正しい認識と理解であり、
>それを可能にするのが各個人の精神性だと思います

ブログのコメントでも度々言われることですが、
キケンなモノを取り上げさえすれば犯罪が減るという考え方は実は非常に幼稚な社会で、
個人の責任や精神性が問われにくい、「支配者側の都合」だけがまかり通るような世の中なのだと思います。

>日本の飲食店の入口に「小火器持ち込み禁止」と・・

A:お、この店、小火器持って入ったらアカン、て書いとるで

B:とおとお、日本もこうなってきよったか、
  どんどん個人の自由が規制されるんやで、えらいこっちゃな・・

A:ほんま、もうアメリカ並みやな・・

B:けど、店には十分な自信がある、ちゅうコトやろな?

A:そら、自分の命も守らんとあかんからな、店にはちゃんと置いとるんやろ

B:そやけど、客もみんな持っとる方が、万一の時は安心、ちゅうモンやけどな

A:え?・・そら反対やろ、なんでそれが安心やねン?

B:イザ、火事や!、いうコトになったら、みなで協力して消せるやんか

A;アホ、それは「小火器」やのうて「消火器」やろが!!


うーん、疲れとンのかなぁ・・こんど大阪に、お好み焼き、食べに行こかな・・( ̄(エ) ̄;)
 
12. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:32
☆まっつさん

>日本においては望むべくもありませんが

日本では警察官や自衛官でも、特殊部隊でも、なかなか十分な射撃訓練ができない状況です。
ガンガン弾丸を撃つ予算が下りていないので・・・
撃った弾丸の薬莢を全部拾うなんてコト、世界のどこの軍隊もやらないスからね。

一般市民が射撃訓練を望むなら、玄洋會にでも入るしかないかな〜
いや、マジで、さ・・・・キョロ<( ̄(エ) ̄;))((; ̄(エ) ̄)ゞキョロ
 
13. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:32
☆MIB(▼_▼¬  さん

>ライフルに限らないことですが、道具に精通すること
>その道具を相棒にできるということは、生きていくことそのものだと感じます

道具というのは、その定義も人によってまちまちでしょうが、
ぼくは、腕時計も靴もライターも、携帯でもクルマでも、道具であると思っています。
だからそれらは何でも手入れをして、いつもベストな状態にしておく。

太極拳では身体そのもの、心身の構造そのものが「道具」であり、
それを如何に使いこなせるかに上達が掛かっているわけで、
それへの向かい方は、すなわち「生きていくことそのもの」であるし、
ユエに、そのヒト自身を表すことになる、というワケですよね。
 
14. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:33
☆タイ爺さん

バーなどで飲むとき、バーテンダーがアイスピックや包丁を振り回す可能性があるかどうか、
最低限、見極めてから注文をします。
街中を歩いている時や、駅の階段、プラットホーム、本屋、デパート、スーパーなど、
周りにヘンな人間が居ないか確かめるのも、ずいぶん前から自分の習慣になっています。
最近はテロも多いし、キチガイも多い。
基地外(キチガイ)にあっては、自分の身は自分で守るしかありませんからね (^_^;)

>小野田さんの銃は・・

小野田少尉は、中野学校二俣分校出身ですね。
同じサバイバルでも、横井さんとはだいぶ中身が違っていたと思います。
二俣校の跡地は今は保健所で、袋井の道場からクルマで40分ほどの所にあるそうです。
東京の中野学校とは違って、最初からゲリラ戦、破壊工作の訓練をしたそうですよ。
 
15. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:33
☆マルコビッチさん

>銃による事件はそれほどありませんが

もしも、あの民主党政権が存続していたら、
今ごろは、良からぬコトを考える中国人や朝鮮人が日本に溢れて、
銃器もたくさん日本に入ってきていたと思います。

昨今では、何も夜陰に乗じて密かに海から上陸する必要は無く、
日本のローカル国際空港(しぞーか空港もそのひとつですよ!)なんかは、
セキュリティが極端に甘いので幾らでも入ってこられるし、
その気になれば何でも持ってこられる、と思いますね。
 
16. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:34
☆太郎冠者さん

>ウォルマートでライフルが普通に買えたと言うんだから驚きです

そんなに驚かないでください(笑)
世界最大のスーパーマーケット、ディスカウントストアですからね。
銃はガラスのケースに入っているのもありますが、それは万引き防止のため。
ライフルもナイフもハンドガンも、釣り道具の反対側に、所狭しとずら〜りと並んでいます。
日本人が初めて見ると、トイガンだと思って買ってしまうかもしれません。

そのくらい、ごく普通に置いてあるんですよね。
もちろん銃弾もずら〜り。箱だけ見ると、まるで事務用品の売り場。
ライフルは300ドルくらい、旧い型なんかだと50%〜80%引き。
ダイクマ、ロヂャース、カインズホーム、バイモア(Chuck)で銃が買えるような感覚スね。

ついでながら、口座開設者には特典として銃を配るという銀行も・・(^_^;)
もう汗かきかき笑うしかないですが、これがフツーのアッメーリカです。
 
17. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:34
☆ユーカリさん

>自分勝手に外れることの心地よさを選択するのではなく・・

いい言葉ですね。

その、日々の積み重ねを大切に、
それを自分の宝物として、がんばってください。

道場は、そんな勉強をするためにこそ、存在するのですから。
 
18. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:35
☆とび猿さん

一本で良いですから、分厚くて刃渡りの長い、
自分専用の、本物の軍用ナイフを持ってみる事をお勧めします。

それで、鉛筆を削ってみる、
木を削って何かを作ってみる、
何かに突き刺してみる、
肉や野菜を切って調理をしてみる、
リンゴを剥いてみる、
ドライバー代わりに使ってみる、
細かい作業をしてみる、
ナイフを自分で研いでみる、

そんな事だけで、驚くほど世界が違って見えてきますよ。
 
19. Posted by taka_kasga   2015年07月04日 15:36
☆ bamboo さん

何事によらず、「観光射撃的」なもので得られたものは、技術だろうが、体験だろうが、湧き起こった感情だろうが、あまり役に立たないどころか、想念さえ正しく立った軸の無いものになってしまうことが多いですね。

リアル観光射撃は、グァムやハワイでは料金をはずめばそれなりに楽しく、ベトナムでは低い塀のような所に半ば固定されたライフルを、ただワケもなく引き金を引いて弾丸を飛ばすワケですが、まあ、そこのスタッフが兵士上がりでも何でも、問題は観光客相手の商売をしているということで、それはベトナムの外国人向け高級リゾートホテルにあるお土産物屋の店員と何も変わらないという事です。その兵士上がりの人や、お土産屋のスタッフがどう、というワケではなく、問題は我々が観光客である、という事に尽きます。

銃を撃つのなら、きちんとしたところで「訓練」を受けなければ意味がありません。
ツテがあり、そこへ行くヒマがあれば、そして費用が支払えれば、銃は誰にでも、正しい訓練をすることが可能です。
軍人が受けるものに等しいような厳しく正しい訓練は、リアルな自分の姿と、銃の本当の姿を私たちにキッカリ教えてくれます。

そして、太極拳でも、それとまったく同じことが言えます。
生半可な門派では、お世辞にも武術とさえ言えず、表演に毛の生えたような程度が関の山です。
 

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