2015年03月15日

連載小説「龍の道」 第150回




第150回  A L A S K A (19)



「ああ、何てバカな人生だったのだろう────────────」

 ようやく温まった身体を伸ばして、独りそう呟(つぶや)いた。
 もう衣服も、靴も、すっかり乾いてきた。

 フィリップは、薮の向こうに見える湖水に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
 冷たい風が止んだ湖は、空の青さを所々に映して、静謐さを湛えている。


 あのとき、宏隆が────────流れ弾に当たって死んだパイロットに代わって、やったこともない操縦をし、真っ逆さまに墜落するのを避けて、必死に水上機を水平に保って此処に不時着をさせたのだが、着水のショックで機体が湖面を二転三転し、その時の激しい衝撃で、不覚にも自分は気を失ってしまった。

 機体は時間が経つにつれて、どんどん水中へと沈んで行き、やがて、彼方の湖上に見えているような、片方のフロートを挙げてひっくり返った無惨な恰好となった。

 ────────そのことは、自分にも容易に想像できる。
 だが、そんな一刻を争う状況の中で、なぜか宏隆は、自分をわざわざ機内から救い出し、冷たい水の中を、この岸まで、恐らく1時間もかけて泳いで運び、焚き木を拾い集めて火を熾し、木枝のベッドに寝かせて、低体温症の危険からわが身を護ってくれたのだ。

 いま考えてみても、まるで夢を見ているような気がする。
 あのまま・・・墜落したまま、そこに放置されていたら、今ごろ自分は完全に、この湖水のように冷たくなっていたに違いない。
 たとえ途中で気が付いたとしても、全身が麻痺して、とても此処まで泳いでは来られなかったはずだ。いや、あるいはそれ以前に、機内への浸水によって、意識不明のまま、座席に座った恰好で溺れ死んでいたかも知れなかった。

 自分は周到に計画を練って、宏隆を罠にかけ、故国チョソン(北朝鮮)に拉致しようと企んでいた。水上機がデナリの山麓で濃い霧に巻かれさえしなければ、それが半ば完遂するところであった。この作戦が成功すれば、自分は将軍様から勲章を授与され、階級は上がり、軍内での株も上がって、35号室(註*)の責任者の一人として抜擢されたかも知れない。

【 註*:35号室=朝鮮労働党対外情報調査部の異名。韓国以外の第三国へスパイの浸透させることを目的とし、世界各国に対するスパイ活動、拉致、テロ活動を行っている機関。2009年に発展的解消した 】


 しかし、そんな自分を救った理由を、宏隆は、ただ目前に死にそうな人間が居たからで、他に何も考えていなかった、と言った。

「負けだ──────────俺は何もかも、あの少年に負けている。俺は敵を助けるような度量なんぞ、これっぽっちも持ち合わせていない。ヒロタカの大きさは、俺には真似できない。俺がやってきたのは人を救う訓練ではなく、人を騙し、人を殺す訓練だった。そのせいで、人間として、どこかが歪んでしまっているのだ・・・」

 同時に、宏隆にはどれほど感謝をしても足りないと思える。そして、彼が他人に対して、これほど心からの感謝を思えるのは、生まれて初めての経験なのであった。

 フィリップの中で、なにかが目覚めたのである。
 まるで心の中が洗われたような気持ちになって、 遠く静かな湖水に浮かんでいる、墜落した機体を眺めた。

「そうだ、貧しかったのだ、わが身も、わが心も──────────────」

 眼を閉じると、故国での幼い日々が思い出された。

「あの国では、国民の誰もが飢えていて、子供はみな慢性的な栄養不足の状態にあった。
それは今でも変わらない。日常的な食料を必要としている人は、常に何百万人もいる。
 だが、アメリカの、この国の豊かさはどうだ─────こんなアラスカの田舎でさえ、人々は何の不自由もなく、食い物をたらふく喰って、好きなだけ酒を飲み、多くの残飯を捨てていられる」


 北朝鮮─────朝鮮民主主義人民共和国の人口は約二千万人。このうち労働党幹部、安全部員(警察)、国家保衛部員(秘密警察)、軍人を合わせて三百万人。それに六百万人の管理された農民を加えた計九百万人は飢餓から逃れられる人たちだが、残りの千数百万の人たちは日常的な飢えや貧困に直面している。
 この国で平壌(ピョンヤン)だけにある、青々とした芝生の公園では、官憲の目を盗んで草を手提げ袋一杯に摘み取る人の姿も見られる。奉仕で雑草を抜いているのではない、食料として持ち帰るためだ。腐りかけのトウモロコシやジャガイモなどの食料さえ配給が滞ってしまう時には、誰もが道ばたのタンポポやヨモギを奪い合うようになる。他人の家に泥棒に入ることなどは、ごく普通に行われる。


「俺は、絶対に飢えるのがイヤだから、軍で頑張って、特殊部隊の兵士にまでなった・・」

 フィリップは、アメリカに来る前の自分を振り返った。

「俺の家は、いわゆる「核心(註**)」の成分(階級)に格上げになった。叔父が苦労して陸軍の大尉まで上り詰めたおかげで、一族は皆、大きな恩恵を蒙ることができたのだ。
 叔父はコツコツと真面目に出世したのではない。出世に必要不可欠な賄賂を稼ぐために、中国と密貿易をやったのだ。発覚すれば大罪だが、取締りの役人に多額の賄賂を渡しながら上手にやり、それが成功して出世した。叔父には儲けは一銭も残らなかった。
 その日から我が家に飢えは無くなり、やがて自分はアメリカに派遣されて、この国の人間に成り済まし、在アメリカ朝鮮人として生活することになった。この国の人間と同じ豊かさを味わえることになったのだ」

【 註**:「核心」は北朝鮮独自の出身成分の区分。国家への忠誠度が高い順に「核心・動揺・敵対」の三層に分かれ、中身が51種の成分に細分化される。政治犯の子孫などは自動的に「敵対」になり、日本からの帰還者は「動揺」の層に位置付けられる。核心以外に所属する者は監視の対象となる。たとえ学業成績が優秀でも天才でも、平壌の大学に行くには成分が良く、賄賂を払える余裕がなくてはならない 】


「─────外国人の拉致は、我々北朝鮮特殊部隊が暴走して勝手にやっているような事を国際社会にアピールしているが、本当は最高指導者である将軍様の承認を得た、純粋な国家政策だ。
 北朝鮮では人材が不足している。先進の科学や技術の研究者は無論、あらゆる職人、製造業者に至るまで、物を造ったり研究して行ける人間がまったく足りていない。だから目星い人間を拉致して、国家の発展に寄与させるのだ。拉致の対象は日本に限らないが、取り敢えず日本人の拉致は千人を目標としている。
 職人以外の日本人は、主に韓国に送るスパイとして育成する。スパイ教育は、これまでは土台人(註***)である在日韓国人や在日朝鮮人を使っていたが、韓国当局が数多く摘発するようになったので、今度は日本人をスパイに仕立てる必要が出てきたのだ」

【 註***:土台人(トデイン/どだいじん)=北朝鮮諜報機関の用語。対日工作活動の土台として利用する在日朝鮮人を意味する。朝鮮総連の構成員や朝鮮学校の元教職員が土台人となって日本人拉致を支援するために犯した罪で、検挙や指名手配された例も多い。
 在日朝鮮人のみならず、「よど号」の犯人帰国を支援する市民団体などが、土台人として日本人拉致問題に関する警察の家宅捜索を受けた例もある 】


「中でもヒロタカは、重要な拉致の対象だった。日本の富裕層に属し、頭脳明晰で腕っ節も強い。こんな優秀な若者をチョソン(北朝鮮)が放っておくわけがない。
 本人を再教育して洗脳し、諜報部のエリートに育て上げる。親からは莫大な身代金を搾り取れるし、いずれは親にも全面的にチョソンに奉仕させようという計画だ。加えて、玄洋會へのスパイとして協力させることもできる。ヒロタカと家族が国家に与える利益は計り知れない──────そういう計画だった」
 
 
 だが、もうそれもどうでも良い──────────

 そうフィリップは思える。このままヒロタカを解放し、自分もあの国の呪縛から開放されて、アメリカ人たちのように、のびのびと自由に生きたいと、つくづく思うのだった。

「自分は裏切り者として、当局に追われることになるだろう。
 自分だけでなく、父母や叔父にまで、厳しくその責任を問われるのも分かっている。 
 だが、もともと北朝鮮には、人民の自由も幸福も、未来も希望も、何も無い。
 民主主義とは名ばかりの、軍事が優先する「先軍思想」を中核にした、金日成、金正日という、世襲の最高指導者への個人崇拝と、絶対的服従が政治の基礎となった、恐怖の一党独裁国家───────そんなくだらないものに、大切な一生を支配されてたまるものか。追って来るなら、追ってみればいい。返り討ちにして、逃げ切ってやる!!」


「ゴォォオオオオオオンン・・・・・・・」

 また一機、セスナが低空で過ぎていった。

 音に気付いたときにはもう遅く、手を振る間もなかったが、かえってその方が良かった、とフィリップは思った。

「自分は誰かに発見されないように、ここでヒロタカと別れて、この広いアメリカの何処かで、ひっそりと生きたい、と思う。もう故国にも、部隊にも帰らない。もうあそこの暮らしは真っ平ごめんだ。
 かつてヒロタカの拉致を失敗したリーダーの徐は、生まれ育った国家を裏切ることは出来ないと、玄洋會と戦って台湾沖で船ごと沈められた。だが、俺は徐さんとはちがう。あれが国家と言えるのか、あんな国家に、あんな独裁者に、忠誠など尽くすものか」

 これからは、こんな大自然の中で、静かに自分の人生を見つめたい。もっと人間らしい暮らしがしたい、人間として生きたいと、フィリップは心からそう願うのであった。

「・・そうだ、少し魚でも釣らなきゃいけないな。このまま黙って去ってしまったら、あまりに恩知らずというものだ。せめて、ヒロタカの空腹を満たしてやらないと・・」

 手頃な枝を見つけて、ナイフを出して小枝を払い、器用に即席の釣り竿を作る。
 淡水魚は幼虫・成虫を問わず、虫を餌として食べて生活をしているのが沢山いるが、アラスカでは擬似餌はもちろん、貝か小魚で大概のものが釣れると聞いている。サーモンなどはイクラをネットに入れて放り込むだけで食い付く、中身が無くても、臭いだけ残っていても喰いに来るのだという。

 フィリップは湖岸に突き出ている岩場に行き、タイドプールのように岩間の水溜まりに取り残されている小魚を針に付けて、食いつきそうなポイントに向けて棹を振った。



「おぉい、フィリップ──────────────!!」

 少し離れた湖岸から、宏隆が呼ぶ声がした。

「おう、ここだ────────ここだよ!」

「本当に釣りをしていたんだな・・おや、ちょっとの間にずいぶん釣れたな!」

「アラスカの魚はバカでも釣れるそうだ。だから俺のような大バカでも、こんなに釣れる」

「あはははは・・・・」

「わははは・・・・・」

「森の中に少し入ったら水場があった。こんな処に人家や牧場なんか無いし、鉱山の近くでもないだろうから、たぶん安全な水だ」

「そいつはありがたいな。この湖水も澄んでいて綺麗だが、湧き水の方が安心だ」

「火に焚き木を足してくるよ、狼煙(のろし)が薄くなってきたし、風も出てきた──────その美味そうな魚を焼くための準備をしなくっちゃな」

「ああ、そうしてくれ、俺はもう一匹釣れば、気が済むから」

「ははは・・それじゃ、その前に、魚をいっぺんに持って来られるように、細い枝を切ってこよう。日本じゃ、笹の枝をエラに通して、一度に何匹も運べるようにするんだよ」

「ほう、それは名案だな!」

「ちょっと待っていてくれ、すぐに取って来る」

「ああ、ありがとう─────」



 もう、午後の2時を回っていた。
 宏隆が言うように、風も出はじめて、湖水もだんだん寒々として見える。

 だが、フィリップは、その最後の一匹が、なかなか釣れない。

「おかしいなぁ、さっきまでは、あんなに簡単に食い付いてくれたのに・・」

 もうお終いにしろ、ということかな・・とフィリップは思った。
 そんな自分が可笑しかったが、ただそういう気がするのではない。魚が釣れるのは自然の恵みであり、そんなことにも自然の声を、天の摂理を聴く耳を持たなくてはならない、と思えるようになったのである。

「おぉーい、お待たせぇ──────────!!」

 手頃な細枝を手に、森の中を小走りにやってくる。

「おう、ありが・・・ と・・・・・」

 振り返って、ありがとう、と・・そう答えようとしたフィリップの声がふと途切れ、その笑顔があっという間に蒼白になった。
 
 森の中を、薮の低い、歩き易いところを選んで、此方に来る宏隆の背後から・・・・
 今日の薄曇りの空の光では、樹々の色に溶け込んでしまって、一見それが何であるのか、よく判らないような・・・茶色がかった、大きな塊が、ゆっくりと、宏隆の跡を追ってきている。

「グリズリー(灰色熊)だ───────────────!!」

 子供のように屈託のない笑みを湛えて、薮を蹴散らしてくる宏隆には、背後に間近に迫っている獰猛なものの気配など、まだ何も感じられていない。

「ううっ・・ど、どうする・・どうすればいい──────────?!」

 ほんの少しの間、フィリップは迷った。

 大声で宏隆にそれを告げれば、きっと立ち止まって振り返るだろう。だが、灰色熊はその瞬間に、ここぞとばかりに彼に襲いかかるに違いないのだ。

 しかし、声を掛けなければ、宏隆は灰色熊に気付かないまま、此処までやって来て、二人で渾沌として熊と遣り合うことになる────────


 もう、考えている暇はなかった。

「ヒロタカ────────────!!」

 フィリップは素早く腰の銃を抜いて、宏隆の方に向けて、構えた。

「えっ・・・?」

 もう、十分な射程距離に入っている。
 
「フィリップ・・な、何をするんだ・・・・・?」

 宏隆は、突然自分の方に銃口を向けられて、呆然として立ち尽くした。

「動くな───────じっとしているんだ!!」

 まさか?・・・と目を疑った。
 せっかく、打ち解けて解り合えたフィリップが、どうして自分を撃とうとするのか。
 宏隆には目の前の光景が、信じられなかった。

「な、なぜ、そんなことを・・・?」

 やはり、フィリップは、テロ国家の手先として、使命を果たすつもりなのか?
 いや、しかし・・まさか、そんなことが─────────────
 
 ほんの一瞬、そんな思いが宏隆の頭をよぎったが、


 そのとき・・・・・


「ダァ────────ン!!」


 無情の銃声が、静謐の湖に谺(こだま)した。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第151回の掲載は、4月1日(水)の予定です


taka_kasuga at 21:36コメント(18)連載小説:龍の道 | *第141回 〜 第150回 

コメント一覧

1. Posted by 円山玄花   2015年03月18日 02:20
うう〜ん、読ませますねぇ・・。
何度読んでも、読み入ってしまいます。

北朝鮮、海を挟んだすぐそこの国であっても、国としてのシステムはこんなにも異なるのですね。
以前に、衛星が撮影した夜の地球の写真を観たことがありますが、韓国と比べて明らかに暗く、
平壌周辺にだけ灯りが見られたことが印象的でした。

フィリップの、おそらく人生での一大決心と、
そこからの『もうお終いにしろ、ということかな・・』に続くくだりがとても好きです。
魚が釣れるのは自然の恵み。人と出会えるのも自然の恵み。武術と出会えたのも、やはり恵みなのだと思います。ならば自分も、“天の摂理を聴く耳を持たなくてはならない”と思います。
 
2. Posted by まっつ   2015年03月19日 22:58
圧政下にある北朝鮮やチベット、
戦争の最中にあるシリアやイラク、ウクライナ、
貧困の底にあるギリシャやアフリカ諸国、
日本から見れば世界の裏側にある、
これらの数多の悲惨に目を向けてみると、
世界は残酷でもあるのだと強く感じます。

富も、安全も、幸福も、
格差の壁は絶望的に高く見えます。
嘗てはその理不尽に義憤めいた感情を持て余しましたが、
今は過酷な世界に適応し自分が生き残る為に、
勝つ事を自らに課して、顧みなくなりました。

無関心な今の自分を見ると、
若かりし頃の自分はどう感じるのかと、
ふと疑問を覚え、過去の自分を訪ねてみたい気持ちに駆られました。

「答えが出なくても考え続ける事」
きっと、そう言われる・・・と思いました。
 
3. Posted by 太郎冠者   2015年03月19日 23:01
他人にやさしく出来るなどの精神的な豊かさは、
その人の経済的な豊かさ、生活の豊かさに比例するという
調査結果をみたことがあります。
自分にゆとりがあれば、その分だけ他人に対してもゆとりをもって接することが出来る。
それは国家という大きな単位で見ても、一緒なのかもしれません。

>自然の恵み
ちょっと関係ないですが、我が家の食卓には、母が庭で育てた野菜などがときおり並びます。
夏にはナスなども生るのですが、あまりの大きさ(笑)に
「すごいね」と言ったら、
「種をまいたら勝手に大きくなるんだよ」と言っていました。

人の意図など超えた自然の大きさや豊かさ、
といったものを今回の小説を読んで感じさせられました。
 
4. Posted by マルコビッチ   2015年03月19日 23:39
今までのフィリップの人生は全てが戦いで、周りは敵か味方かでしかなく、きっと心からうち解けあえる人などいなかったのでしょうね。
環境、教育、思想・・・意図して人をある形に作り上げる事が出来る。
それが国家規模で行われることは、本当に怖いことですが現実なのですね。
意図しなくても、生きてきた環境によって人を信じることが出来なくなったり、家族にさえも敵だと思える人がいます。
でも、人はどこかでそうではない自分を求めて葛藤するのだと思います。(完璧にマインドコントロールされてなければ・・)
フィリップは、飢えるのがイヤだから頑張って特殊部隊の兵士になるという意志を持っていたし、アメリカに派遣されたことによって、少し心の中に暖かい隙間が出来たのではないかなと思います。
宏隆くんと出会って、今はこうして笑いあっていることが、読んでいて本当に嬉しくなりました。

またまた緊迫した終わりでしたが、次回も楽しみにしています。
 
5. Posted by MIB(▼_▼¬   2015年03月20日 02:09
心底から感謝する機会を偶然に得たフィリップは幸運であり、またその時に素直になれたのは彼の中で準備ができていたからでもあると思います。
貧しさはフィリップに大きな心を持たせなかったが、一方で闘志や、自由への大きな飢えといったものを与えたのだと思います。豊かで自由な国で育てば、その豊かさを本当に味わう事が難しかったかも知れません。
ああ自分は貧しかったんだ、と思えたのが人生の分かれ目で、物事がどうしようも無く降りかかってくる中で、選択というのはただ自分に対してしか無いんだ、と感じました。
 
6. Posted by ユーカリ   2015年03月20日 03:03
>人を救う訓練ではなく、人を騙し、人を殺す訓練だった

たとえ同じ内容の訓練を受けてきたとしても、その目的や環境の違いがもたらす人への影響の違いは、とてつもなく大きいのだと感じました。

自分には想像もつかない価値観を持つ宏隆君に触れたフィリップが、自分の過去を振り返り、逃げることなく前向きに新たな人生の一歩を踏み出せて、本当に良かったです。
視野が広がり、心を閉ざすのをやめることで、見える事、感じられる事が溢れてくるようです。

そんな矢先に起こった危機に、どう立ち向かうのでしょうか…?!人を助けるために動いているフィリップに、「人は今この瞬間に変われる」って、本当だな〜!と思います。
 
7. Posted by タイ爺   2015年03月20日 10:11
私も支笏湖で釣り場を探していた時にヒグマとニアミスをしたことがあります。圧倒的な存在に肝がひえました。
川や湖の釣りと熊は付き物です。

幼少時からの教育は恐ろしいものです。フィリップも生きんがための行動だったので宏隆君と立場は違えど被害者だったのかもしれません。
解放された蓮池さんが飛行機のタラップを降りるときの不審げな表情が洗脳の怖さを物語っていました。
生死の際で光明を見出したフィリップは国家のロボットから一人の人間に立ち戻ったのかもしれません。
北海道も某教育機関が左寄り教育を進めているため私も大人になるまで知らないことが沢山ありました。

しかしフィリップ!拳銃じゃ熊に太刀打ちできんぞ!
 
8. Posted by とび猿   2015年03月20日 20:44
フィリップにとって宏隆君との出会いは、それまでの人生を全て覆す、大変大きなものであったのですね。

恐らくそれまでのフィリップの人生には、ここまで自分を振り返る余裕は、なかなか生まれなかったのではなかろうか。
その中、宏隆君と出会い、大きく変わることができたのは、フィリップの中に、たとえそれが潜在的なものであれ、疑問があり、このままではいけないと思い続けていたのではないかと思えてきます。

さて、やっと精神的に解放されたフィリップですが、この続き、とても気になります。
 
9. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:01
☆玄花さん

海を夾んだすぐそこの国々──────────中国、韓国、北朝鮮の三国は、第二次世界大戦で日本から「被害」を蒙ったことを材料に、国家が教育に「反日」を取り入れて人為的に反日感情を形成させ、長い年月を掛けてそれを増幅し続けています。

昨年BBCが行った調査でも、やはり日本に対するマイナス感情を持つ国は、中国が90%、韓国が79%でしたが、第三位のドイツは46%、第四位のメキシコは38%で、これら「特亜」と呼ばれる国々が日本を否定的に捉える比率は突出して多く、もはや反日を超えて「人種差別」の状態となっています。

しかし、2008年の四川大地震では、中国最大のポータルサイト「百度(バイドゥ)」の掲示板で「四川大地震で日本人がどれほど被災地を助けてくれたか」というスレッドが立ち、日本の国家規模、国民規模の支援を惜しまない日本と日本人が心から感謝され、自国の教育で知る日本とは全く違う印象なので驚いた、というコメントが数多く寄せられました。
現地市民たちが、復興支援を終えて帰路に就く自衛隊員と握手をし、感謝の涙を流しながらいつまでも手を振って見送っていた姿が忘れられません。

反対に2011年の東日本大震災では、そんな中国から「四川大地震の時はありがとう」「皆で黙祷します」「歴史は恨みではなく後代に平和を伝えるためにあるべき」「日本人の被災時の落ち着いた態度を心から尊敬します」「四川での援助を中国人は忘れません」「命に国境はない、日本人ガンバレ」「日本の復興を心から祈ります」などの哀悼や応援の声が多く寄せられました。

心を開いて、互いに理解し合うことを願いさえすれば、人間はもっと共に栄え、発展していけるのではないかと思います。
 
10. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:01
☆まっつさん

>答えが出なくても考え続けること


「答えを出そうとせず、そんな自分を見守り続けること────────」


私の師なら、きっとこう言われます。
 
11. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:02
☆太郎冠者さん

>自分に余裕があれば、その分だけ他人にゆとりを持って接することが出来る

確かにそうですね。
そのゆとりは、経済の豊かさ、生活の豊かさに比例するのでしょうが、
経済的にどれほど豊かでも、いつまで経っても満たされない人も居れば、
反対に、どれほど貧しくとも、心が広く豊かな人も居ます。

人の「ゆとり」とは、その人の人生に対する、この世界に対する、
「理解」と比例するのだと、つくづく思います。

そして、その理解というのは、きっと、
種を播いたら勝手に大きくなるという自然の摂理を
わが身にも当てはまる「法則」として学ぶことに始まるのだと、
私は太極拳から教わりました。
 
12. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:02
☆マルコビッチさん

このフィリップに限らず、たぶん、どんな人でも────────

どの人生も、すべてが戦いで、周りには敵か味方しかなく、
心から打ち解け合える人など、めったに存在しないのだと思います。

ただ、そんな人生の厳しさの中でも、
心から打ち解け合える人と出会う可能性はあります。
そして、それを可能にするのは、ひたすら自分のエゴを知ることなのだと、
私もようやく、心からそう思えるようになりました。

私の場合は、打ち解け合えなかったのではなく、
自分に、人と打ち解け合えるだけの「心の余裕」がなかったのです。

相手に言い負かされたくない、
支配されたくない、
負けるわけにはいかない、
自己の正当性を貫き、主張して、
相手にそれを得心させたい────────

それこそが、自分が生きることの証明になるのだと、信じて疑わず、
人に対して愛情で関わることよりも、
「闘い」で関わることばかりを選んでいました。

けれども、真実は、そうではなかった。

本当に人と打ち解け合うためには、まず自分が心から寛げなくてはならない、
自分自身に本当に寛ぐためには、自分がどういう人間かを知らなくてはならない、
知るだけではなく、そのすべてを認めなくてはならない、
そして、認めるだけではなく、赦せなくてはならない────────

そうやって、自分を赦せた人だけが、他人を赦せるのだと、
近ごろは、やっとそう思えるようになりました。

そして、自分も他人も、同じように赦せるようになれた時に、
はじめて、ほかの誰かと、心から打ち解け合うことができて、
もう、戦い合う必要はなく、
赦し合い、いたわり合い、愛し合うことができるのだと思います。

人生は、本当に、ひたすら学ぶことの連続ですね。
 
13. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:03
☆MIB(▼_▼¬  さん

心から感謝する機会を得られる人は、本当に幸運ですね。
感謝をする気持ちは、人を大きく変容させます。

感謝の原点は、自己の存在がこの世に生を受けたことに始まるものでしょう。
その人生が、たとえ艱難辛苦の連続であれ、幾多の幸運に扶けられた成功であれ、
自己の存在に対する感謝なくして、まともな人生は有り得ません。
常に己を原点とし、己を鑑とし、己を超えることを目標とするからこそ、
未知なる何かを発見し、世界の成り立ちを実感できるのだと思います。

敵から身を護り、敵を「四両」のチカラで倒す原理を持つ太極拳は、
大宇宙の縮図である自己という存在の成り立ちにこそ、
その原理が隠されていることを明確に示した優れた武術です。
 
14. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:04
☆ユーカリさん

>人は今この瞬間に変われる

そう、手放すことができれば、この瞬間にも、人は変容できるようです。

しかし、その「手放すこと」の、何と難しいことでしょうか。

よく、死んだ気になれば何でも出来る、と言いますね。
禅では「殺せ、殺せ、吾が身を殺せ」と言って、
生きながら「自己という妄想」を殺すことを修行として課してゆきます。

それが「妄想」であると思えるかどうかは、自分次第ですが─────

一度でも、何度でも─────それに溺れてしまう前に、
それが妄想であることを疑ってみるのも、良いかもしれません。
 
15. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:04
☆タイ爺さん

>拳銃じゃ熊に太刀打ちできんぞ!

流石によくご存知ですね。
そう、ハンドガン程度の殺傷力では、クマには絶対に太刀打ちできません。

かつて極真のウィリー・ウイリアムスが「地上最強の空手」で熊と戦い勝利を収めた、
と紹介されたことがありましたが、あんなことは絶対に有り得ないでしょうね。
空手がいくら強くても、瓦やブロックをどれほど叩き割れても、熊はビクともしません。
拳銃で撃てば瓦やブロックが粉々になりますが、クマには効かない道理です。
もちろん、グレイシージュージツでも駄目です。
十字固めも、アキレス腱固めも、キムラロックも、クマには効きません。

因みに、私でさえブロック二個、試割り演武用の特製瓦なら十数枚程度はヒョイと割れますが、
クマどころか、動くイヌに突きをくれても、ムッとした顔をされるだけで、倒れもしません。
ネコが相手なら猶更で、突きも蹴りも、まず当てることさえ難しいのです。
なのに、クマと?!・・・・ムゥ ⊂( ̄(エ) ̄;;)⊃ ピクピク

そういえば、かつて師父が何かの折に、

「私はウシやクマとなんか戦わないよ。やっても勝てないし、
 そもそも、太極拳はウシやクマと闘うためには創られていないからね─────」

と言われた為に、道場を去って行った門人が居ました。

その門人は、師父の言葉にショックを受けて、太極拳に絶望したのです。

しかし、その話を聞いた他の門人たちは、もっとショックを受けました。
「嗚呼、そんなことを本気で信じている人が門人に居たのだ」・・と。
 
16. Posted by 春日敬之   2015年03月24日 18:05
☆とび猿さん

太極拳との出会いが、それまでの人生を全て覆してしまうことも、よくありますね。
それは、太極拳のような深遠な原理構造を持つ真の武術を修得するためには、
自分の人生を振り返り、自分の内側を探求することが必要となり、
余すところなく、自分自身を観る機会を与えられるからだと思います。

彼を知り己を知れば百戦して殆うからず、と言いますが、
その「己を知る」ことの、なんと大変なことでしょうか。

「太極拳の戦い方の99.9%は、”己を知ること” にある」

と、師父が言われる所以です。
 
17. Posted by bamboo   2015年03月25日 23:09
フィリップほどの猛訓練を積んだ者でも…もしかしたらそうだからこそ、宏隆君の何かが響いたのかもしれないな…そう感じました。(今の自分は、その場でここまで深く自分を省みて、ここまで変われるだろうか?)そう感じるとともに、自ずと何かが定まる気もいたします(笑)
私は特殊工作員と闘ったことも誰かのために冷たい水をあんなに泳いだことも(たぶん)無いですが…フィリップの変わり様なら、宏隆君の何かが響いたのなら、(彼ならもしかしたらやりかねないな…いやまさか…何か他に方法があるだろう)などと、目の前にグリズリーのいない、PCの前で呑気に書いております(;´ー`)
 
18. Posted by 春日敬之   2015年03月26日 20:23
☆ bamboo さん

>特殊工作員と闘ったことも、
>冷たい水をあんなに泳いだことも(たぶん)無いですが

あはは・・ま、そんな経験は無いに越したことはないですね。
この物語にはモデルとなった人物が存在しますが、
フィクション小説の設定ですから、何もかもがジジツというワケではありません。

野生動物は、近づいてくる気配がギリギリまで分からないことが多いですが、
やっぱし、クマに背を向けては、走りたくないっスね。
( ̄(エ) ̄;)ゞ クマッタナー
 

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