2015年02月01日

連載小説「龍の道」 第147回




第147回  A L A S K A (16)



 意功で身体が温まったからと言っても、ただ漫然と泳ぎ出したのではない。
 気温が10℃、水温5℃で泳ぐ千メートルの距離は、通常の3〜5倍もの体力を要する。
つまり、1,000m先に見えているはずの岸辺は、実際には3,000mから5,000mに感じられ、行けども行けども、辿り着かない距離に感じられることになるわけである。

 宏隆はそのことを承知しているので、無事に泳ぎ着くための工夫を怠らなかった。
 まず、ライフジャケットに空気を目一杯に吹き込んで浮力を大きくし、敢えてそれを装着せず、胸から腹の下に広げて敷いた。フィリップには、やはりライフジャケットの空気圧を増やし、さらに水浸しの機内に浮かんでいたダッフルバッグから中身を出し、そこにビニール袋を膨らませて入れ、即席のフロートとして膝の下にロープで固定した。バッグが浮いていたと言うことは機密性が高いことを意味する。
 これだけで、二人とも、かなり体が水に浸かっているところが減った。

 ライフジャケットにもいろいろある。ただの浮力が得られるものから、意識を失っても顔面が水上に保持される、文字どおりの生命維持用のベストまで様々なものがあって、欧米では PFD=Personal Floating Device(個人浮揚装置) と Life Vest(救命胴衣)とは明確に区別されている。
 あらゆる航空機や船舶には、ライフジャケットは必ず座席の数だけ装備されている。もちろん生命維持用で浮力も充分大きい。沢山あれば筏(いかだ)のように、もっと身体を水から浮かせることが出来たはずだが、ロープを探していたこともあって、潜って取って来るのは二人分が限度であった。水温と体力を考え、再び潜ることを断念したのである。

 さっき見つけてきたロープを「逆相巻き」に手際よく巻き直し、一端をフィリップのライフジャケットに結びつけ、もう一端は自分の腰に結び、残りのロープの束を背中に乗せる。
 このロープの巻き方は特殊部隊でも用いられていて、伸ばしたときに捩(よじ)れが生じない。巻取り機のない水道のホースや音響・映像設備のプラグケーブルなども、この方法で巻いておけば捩れることなく、使う際にスムースに伸ばすことができる。
 他人がセットしたロープはどう巻かれて、どう保管されていたか分からない。まずロープを巻き直しながら点検したのは賢明と言える。

 余談だが、太極武藝館では大きな業務用掃除機のケーブルを巻く際にもこの方法が用いられており、稽古を終えて清掃する際に、その不思議な巻き方に興味を示す者に先輩が教えていると、皆そのシステムに感心して覚えようとする。
 同様に、容易には解けない靴紐の正しい結び方や、バッグの中身の整理の仕方、Tシャツやズボンの畳み方などについても、折に触れて指導される。
 一般人から見れば非日常的、非一般的な礼儀作法である包拳礼の礼式や帯の締め方に止まらず、窓のブラインドの開け閉めといった身近なことでさえ、実は ”正しく” 行えるというのは大変な事なのだと誰もが思い知ってゆく。それは如何に意識的に、豊かで安全に実生活を過ごせるかというところに繋がっていく。こんなところでも「武術性」を学べるのだ。



「おお、これは結構イケるぞ、ちょっとしたカヌーみたいだ!」

 思ったよりもよく進むので、宏隆は少し元気が出た。
 ライフジャケットの上に腹這いになった恰好で、手の平で水を搔く。すぐ後ろには、仰向けになったフィリップが、フロートにしたダッフルバッグで足腰を浮かせて、ロープで引っ張られながら従(つ)いてくる。

「だが、やっぱり千メートルというのは、けっこう遠いな・・・・」

 宏隆が目測した千メートルという距離は、だいたい正しい。
 もうすっかり、その目測に慣れて、ほぼ正確に測れるようになっている。
 勿論その測定法は玄洋會で教わったもので、各国の軍隊でも新兵の訓練で教えられる。

 いささか冗長に過ぎるが、こんな話を楽しみにしてくれる読者も多いというので、ついでにご紹介しておこう。

 まず、距離を測る対象に向かって腕を水平に伸ばし、親指を立て、片目で対象物を見る。
 次に、閉じている目を切り替えて、反対の目で見る。その際に親指が対象物と離れるが、その対象物に対して実際にどの位の距離が離れたかを、対象物の大きさや長さを参考に概算する。その離れた距離に10を掛けると対象物までの大体の距離が出る。

 例えば、少し離れた所の建物までの距離を知りたいとすると、その建物の側に車が駐まっていたり、人が立っていたり、よく知る規格通りの大きさの物があると分かりやすい。
 それらがどの位の大きさかを見て、つぶった片目を替えた時に動いた距離を概算し、それを10倍すれば、そこまでの大体の距離が出る。

 これは両目の間隔が腕の長さの約10分の1であることを利用した三角比であり、親指を頂点に、自分側と対象物側にできる大小二つの三角形の比率が同じなので、およその距離が出せるのである。
 距離を測る ”ミル目盛り” 付きの軍用・航海用の双眼鏡などが手許に無い場合に、容易に測定できる方法として様々な場面で用いられている。
 昨今は50mくらいなら携帯のアプリで瞬時に測定できる便利な時代だが、携帯は水に濡れたらお終いなので、このような古典的な方法を知っておいても損は無い。


「この分だと、向こうまで60分は掛かるな────────────」

 腕時計のベゼルを長針に合わせて、宏隆は少しペースを速めた。

 ベゼルとは、腕時計の外周に付いている回転式の目盛りのことで、経過時間、平均速度、作業率、航空計算尺などが計測ができる便利なものまで色々ある。
 宏隆の時計はダイバーズウォッチのように経過時間を測るタイプで、ベゼルのゼロを長針に合わせておけば、どの位の時間泳いだかを確認できる。

 普通のプールなら、水泳が得意な人であれば、千メートルを10分台前半で泳ぐかもしれない。少し泳げる人が、トレーニングとして早いペースで泳いで約20〜30分、ゆっくり泳げば50〜60分というところだろうか。

「ううむ、やっぱり冷たいな、アラスカの水は────────だが、シールズなら、こんなことぐらいお茶の子サイサイ、〽富士のサイサイ、だろうな・・負けるものか!!」

 冷たさに、時おり体をブルルと振るわせて、手を擦り合わせては、また漕いでゆく。

 特殊精鋭部隊として名高いネイビーシールズでは、基礎教育課程の審査テストに、平泳ぎまたは横泳ぎで1,500フィート(457m)を12分30秒以内で泳ぐことが入っているが、勿論それは訓練用プールでのことである。
 入隊志願者の中から数々の厳しい訓練過程の篩(ふるい)に掛けられて残った15〜20%の精鋭たちは、実際の作戦部隊に配属される前に、さらに最終訓練として極寒のアラスカ州コディアック島で寒中訓練を受ける。

 宏隆はその話を思い出して自分に ”活” を入れ、手の平のパドリングを続けた。
 そう思わなければ遣(や)っていられないほど、この湖水は冷たい。

 水温5℃で1時間も手で水を掻き続けるのは容易なことではないが、宏隆の手には特殊部隊用の手袋の上に、ミトンのように重ねたウールの靴下が嵌められている。その靴下はフィリップの足のフロート用にしたバッグの中に見つけたものだ。二重にすれば保温効果は無論、即席の水かきにもなるので一石二鳥である。
 水に浸かる腕の部分には、フランネルのシャツ、ウールのコマンドセーター、手首の締る軍用レインパーカを重ね着している。そのお陰か、まだ腕は少ししか痺れていない。


 そのとき─────────────────

「グォォオオオオオオンンン・・・・・・」

 足もとの方から、独特のエンジン音が響いてきた。

「・・飛行機だ!!」

 素早く腕のポケットから反射鏡を出しながら、仰向けになって待ち構え、太陽に反射させて信号を送る。幸い、今日は天気が回復してきていて、少し陽も射している。
 反射鏡は、ライフジャケットにダイマーカー(水面着色剤)やホイッスルなどと共に装備されている事が多い。宏隆は反射鏡だけ取り出して、すぐに使えるようにしてあった。

 だが、飛行機は旋回することもなく、そのまま過ぎて行ってしまった。

「気付いてくれたかな・・?」

 普通の人なら大声を出して叫んだりするところだが、当然、飛行機まで声は届かず、体力を消耗するばかりだ。布などを振るのは有効だが、ある程度の高度では、それもあまり見えない。こんな場合は太陽光を反射させたり、煙を焚いて信号を送る方が効果的だ。

「墜落機は以外と目立つものだ、もしかすると目に入ったかも知れない────────」

 だが、期待や落胆をしている余裕はない。一刻も早く岸に到着して、生存のために行うべきことを始めなくてはならなかった。

 懸命に手でパドリングを続け、予想どおり1時間ほどで岸に辿り着いた。

 宏隆は、ブーツと戦闘服を着けたまま50メートルを泳いだり、装備を着けたまま船から海に飛び込んで陸まで泳ぐ訓練もやらされたが、いずれもこの場合とは状況が異なっている。今日この湖水に、もし体を浸けながら泳いでいたら、半分の距離も行かないうちに途中で動けなくなり、低体温症で死んでいたに違いない。

「タグボート(曳舟)をやった割には、意外と楽だったな。それに、ラッキーなことに湖岸の状態も、思ったより緩やかだ」

 よろよろと、這うようにして岸に上がる。
 身体が重く、冷えきって震えが止まらないが、曳いてきたフィリップのライフジャケットの襟元を引っ張って、水から引き上げる。

「鍛えているから、多分大丈夫だろう。息も脈も落ち着いている。気絶したまま放っておいたから、却(かえ)って体力を消耗していないんだ。暖まれば目を覚ますだろう」

 フィリップの脈を取り、呼吸と体温を確認して、少し安心した。

「だが、急がなくては────────────」

 先ずは冷えた体を温め、濡れた衣服を乾かさなくてはならない。
 宏隆は、さっきフィリップから奪っておいた大きなナイフを腰のベルトに通すと、火を熾すところを決め、燃えるものを拾い集め始めた。

「ラッキーだな。雨の後だけど、この気温なら火を造るのは簡単だ」

 宏隆は、火造りには自信がある。
 小さい頃から、六甲山に分け入っては散々キャンプをし、火を熾し、食事を作り、木や草で寝床を作って、果ては悪童たちと共に樹の上にツリーハウス(tree-house)まで拵え、編んだ縄ばしごを垂らして秘密の基地にして遊んだものである。
 
「それに、あの小説ほどの状況じゃないしな──────────────」
 
 あの小説とは、ジャック・ロンドン著の「To Build a Fire(火を熾す)」という短編で、ある男が犬一匹を従え、極寒のアラスカを子供たちが待つキャンプに向かって独りで歩き、生命を拒む極限の寒さの中で、生きるために火を熾そうとする・・という話である。
 宏隆は、同じアラスカの地で遭難し、そのストーリーを思い出していた。

「唾を吐けば、それが地面に落ちる前に凍りつき、何かが爆(は)ぜたような鋭い音がして空中で弾け飛んでしまう───────という描写があったが。果たしてマイナス60度の、厳冬のアラスカで生き残ることなんか出来るんだろうか?、もし任務でそんな所に行けと言われたら、エラいことだろうな」

 湖畔の森に一歩踏み入れれば、もう足もとがフワフワとしている。
 此処は、より緯度や標高の高いツンドラへ移行する以前の、落葉性のタイガを含んだ混合林で、ひたすら自然に落ち葉や枯れ木が堆積している森なのだということが分かる。

 昨夜までの雨に濡れた木切れや葉っぱを退かして、その下にある湿っていない小さな枯れ木や枯れ葉、そして手頃な大きめの枯れ木を集める。大小の木切れは湿っているように見えても、中までは水分が浸透していない。それに、トウヒ、モミ、カラマツ、ヒノキなどは見るからに容易く燃えてくれそうだ。

 枯れ木を確保すると、樺(かば)の木の樹皮を剥いた。樺の種類はどれも樹皮が剥がれやすく、油脂を含んでいるので、火をつければ黒い煤を出して、雨の中でもよく燃える。 
 小説の「火を熾す」にも、ポケットから取り出した樺の樹皮に火をつける件(くだり)が出てくる。寒い地方のハンターたちが樺の樹皮を持ち歩くのは、世界共通だ。
 
 
「これでよし、と──────────────」

 手際よく樺の皮と枯れ木を組み上げると、宏隆はポケットから小さな銀色のプレートを取り出した。それをナイフでパラパラと少し削り落とすと、同じナイフでその板の片側に付いた黒い棒を、マッチを点けるように何度か擦り、火花を出して、削り落とした破片を発火させた。
 まるで火薬が発火したように、火はあっという間に点いて、小枝が燃え始め、やがて大きめの薪へと、徐々に炎が回っていった。

 宏隆が用いたのは、アメリカ空軍のサバイバルキットにある、マグネシウム着火ツール、DM5(Doan Machinery US Military Magnesium Firestarter Model 5)で、横に付いている黒い棒は火打ち石の役割をする。
 マッチは水に濡れたら使えず、1975年から発売されたいわゆる百円ライターは、キャンプ場ならともかく、風に弱く、長時間点火し続けられない。このマグネシウム着火剤は、濡れても雪の中でも3,000℃の高熱を出して燃えてくれるので、慣れてしまえば、燃やす対象が多少濡れていても、ナイフ一丁で容易に火を点けることができる。
 宏隆が常時持ち歩く物は多種多様だが、これもその装備のひとつであった。
 

 間もなく、薪が大きく燃えはじめた。
 あまり火を大きくしすぎると、却って暖を取りにくい。
 適度な大きさに炎を調整しながら、シャツを脱いで水気を絞り、渇きやすくする。
 火を熾した場所は、ちょうど後ろから横まで低い壁のようになっていて、さらに周りも樹々が密に集まっていて都合が良い。風が殆ど無いので、煙に悩まされることもなかった。

 その火の前に、横の斜面を利用してモミやトウヒの枝葉で柔らかい寝床を作り、フィリップをリクライニングシートのように深く横たわらせている。

「ううぅむ・・・・・」

「やあ、フィリップ、目が覚めたかい?──────────────」




                     ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第148回の掲載は、2月15日(日)の予定です


taka_kasuga at 20:28コメント(16)連載小説:龍の道 | *第141回 〜 第150回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2015年02月03日 00:46

>冗長に過ぎる・・・・・

まさしく楽しみにしている読者の一人です。
私の、カスしか入っていないような知識のポケットに一つずつ極上の知識という飴を入れて下さっているようです。
「龍の道」本編も含めて知らないことばかりなので、丁寧に説明して下さって解りやすいですし、面白いです。
距離を測る古典的な方法、ちょっと試してみましたら、本当にだいたいその距離でした。 
面白いですね。

しかし、毎回宏隆くんの理知的な行動には驚きます。
行き当たりばったりの考えなしの行動では生き残れないですね!
・・飛行機・・助けに来てくれるといいのにな!
 
2. Posted by ユーカリ   2015年02月03日 11:44
この極限の中、滞る事のない、流れ続ける宏隆君の繊細で緻密な行動に、師父や玄花后嗣の何気ない動きやお言葉、稽古でご指導くださる姿が重なりました。
私は、一体どれほど脳や体を使って生活しているのだろう?!とはっとします。

マルコビッチさん同様、私も目測を試してみました。
ほぼ正しくて、びっくりです。
体の寸法も測ってみると、今まで気にも留めていませんでしたが、あてはまって面白いです!
(随分昔ですが、映画の中で「手首から肘までが、足のサイズよ!」というセリフがあり、その時はへ〜っと思ったきりでしたので、測ってみるとその通りでした)
定規や測定器がなくても、測れるような知識と訓練も大切ですね。
稽古の中で、「♢グラム」「〇cm・△mm」「◎倍」などとよく出てきますが、実際にどうであるかという事に鈍いので、もっと敏感でありたいと思います。
物事をトータルに受け止めてこそ活かされる、知識や訓練、稽古につながるよう、自分を閉ざすことをやめて一歩を踏み出したいです。
 
3. Posted by 太郎冠者   2015年02月04日 22:22
うぅむ、水が冷たそうです。
冬場に、ふつうに水道水で手を洗うだけだって寒くて嫌なのに・・・。

不時着という危機的状況から、状況を的確に分析し、利用できるものはすべて利用する。
たとえ同じ物があったとしてもそれを有効に使えるかどうかは、人次第なのだと思います。すごいことです。

>フィリップをリクライニングシートのように深く横たわらせている
敵であろうと人間として放っておけないのか、それとも相手の警戒心を解き、敵方の情報を引き出すための手段なのか・・・。
そう考えてしまう私は心のキタナイニンゲンデスカ・・・?
汚れちまった悲しみに・・・。
 
4. Posted by まっつ   2015年02月04日 23:25
学生時代を思い返すと、
野外での野宿では、火があって乾いた寝床が確保できていれば、
一先ず安心できた事が思い起こされます。
とは言え私の場合は、
ガス式の携帯コンロにテントではありましたが・・・
それでも日常を「遠く」離れた場所に自らを置く経験は、
人間にとって必要な事なのだと思います。
宏隆君の行動力もその経験の厚みがあるからなのでしょうか。
 
5. Posted by 円山玄花   2015年02月05日 03:41
「龍の道」を読んでいると、何ゆえ「訓練」が必要であるのか、ということを考えさせられます。

宏隆くんがこれほどの厳しい状況から生き延びられたのは、決して彼の知識や装備が豊富であるということだけではなく、たとえ単純な行動ひとつであっても繰り返し訓練を積み重ねた結果の、身に付いた強さゆえなのでしょう。
ジャック・ロンドン著の「火を熾す」を読んでみましたが、今回の龍の道と併せて読むと一層深く考えさせられます。慎重で用心深い主人公が陥る自然の罠。まさに、何が生死を分けるのかというところが浮き彫りになるように思います。

宏隆くんが火を造り、身体から寒気が引いてきたところでホッとしそうになりましたが、まだ遭難中でしたね。食料のこと、フィリップのこと、今後の行動・・・と、考えなければならないことはまだ山積みのようです。
次回も楽しみにしています。
 
6. Posted by MIB(▼_▼¬   2015年02月06日 02:16
寒さが厳しいと身体の震えや手足の感覚が無くなることに捉われて思考も作業も鈍りがちですが、
迷い無く手順を辿れるためにはやはり日頃の訓練ありきですね。
高校のころに、初めて雪山に行く前にオーバーグローブをしたままでベルト式のアイゼンを付ける練習を御座なりにして痛い目を見た事がありました。固まった指をガスコンロで溶かす時の死ぬほど痒かったのを思い出します。
日頃の練習をリピートするだけでも大変なのにまったく予期しなかった状況で臨機応変さを求められるとは過酷ですね。さらにお荷物まで付いてくるとは…。早く起きろフィリップ。
宏隆君は軍事訓練だけでなく昔の遊びからも多くの事を学んできたからこういう時に頼りになるのでしょう。こういう生きるか死ぬかの時に今までの体験が全部生きてくるのが興味深いというか、まあ炬燵でお茶飲んでるだけだと役に立たんでしょうが、その辺が人間の底力なのかと思います。
 
7. Posted by タイ爺   2015年02月06日 09:26
北海道のキャンプは夏といえども暖ををとるために火を起こすことが必要になることが多く、屋外で火を起すために白樺の樹皮がなんと便利なことか。そして100円ライターの頼りなさと言ったら・・・・。私もマグネシウムのスターターとジッポは必ず携帯していました。
寒い屋外で火の存在はまさに「命の火」と呼びたくなるような安心感があります。
宏隆君も火を起こせる状況になれたので、ひとまず安心ということでしょうか?それともさらに過酷なサバイバルが彼らを待ち受けているのでしょうか?次回も目が離せません。
しかしフィリップ、お前ってやつは・・・。
 
8. Posted by とび猿   2015年02月06日 20:08
宏隆君、無事に岸まで辿り着き、暖を取れましたか。
先ずはよかったです。
それにしても自分ひとりでも大変な状況を、慌てず知恵を振り絞って、
意識のないフィリップまで連れて渡るのは凄いですね。

>宏隆の手には特殊部隊用の手袋の上に、ミトンのように重ねたウールの靴下が嵌められている・・・
この様な丁寧な工夫のひとつひとつが、極限下に於いて明暗を分けるのだと思えてきます。

さて、やっとフィリップが目を覚ましたようですが、この状況をどう思うのでしょうか?
 
9. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:45
☆マルコビッチさん

>楽しみにしている読者の一人

ありがとうございます。

思えば、この「龍の道」に初めてコメントがあったのは2009年2月18日、
その記念すべき初コメントをして下さったのは、マルコビッチさんでしたね。
連載第6回目のことでした。
それも、その回は他に誰も書く人が無く、たった一人のコメントでした。

例の「怖〜い地下道」の写真が出た、第9回(同年3月18日)くらいになると、
だんだんコメントしてくれる人も増えてきましたけどね。

・・でも、あれからもう「6年」も経ってるんだ!!

ひぇ━━Σ(-`Д´-;)━━っっっっ!!
 
10. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:46
☆ユーカリさん

自分の脳や自分の身体をダイナミックに、トータルに使っていくための最も優れた方法は、

「たったいま、自分が何をしているか」を「常に観ていること」です。

「いま、自分は何を考え、何を思って、何をしているのか──────────」

それを観ようとすること。それだけで充分です。


実は、それ以外にウチで求められている稽古は、他にありません。
何故なら、それは同時に、武術の最も優れた技法でもあるからです。

でも、「なぜ」自分がそうしているのかを考えたり、悩んだり、
「これで良いのか」と、自分に問い掛けたりする必要はありません。

そうしている自分を、流れる河の水を見るように、
ただトータルに「眺めてみる」のです。

さあ、やってみましょう。
それは、とても簡単なことです。


いま、私は、

こんなことを考え、

こんな思いで、

こんなコメントの文を書いている・・・・

 
11. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:49
☆太郎冠者さん

>水が冷たそうです

学生時代、九月上旬の北海道・サロマ湖畔で朝から裸で水を浴びていたら、
地元の人に奇異の目で見られましたが、ホントに寒い・冷たいってのはヤなもんですね。
いや、私は汚れちまったTシャツを、ついでに着たまま洗っていたんですが。

>そう考えてしまう私は・・

いやいや、きっと誰にでもそう考えてしまう(しまいたい)トキがあるのでしょうが、
アラスカだって、いつもかつも寒いワケじゃなくて、春も夏もあるし、
難局だって、いや、もとい、南極だって、ホッキョクだって春や夏があるんですよね。
すべては循環してるってコトですよね、ケッキョク。

「小雪が降りかかる今日」も、きっと永くは続かない、と。
This, too, will pass・・・これもまた過ぎゆく・・・

ただ、♬ 迷い雲、白き夏、ひとり旅、永き冬・・・って唄がありますが、
ちゃんと冬を過ごさないと、春はやってこない、のでしょうね。
きっと井上さんもそうだったンだろうと。

・・って、そんなハナシじゃなかったっけか?
 
12. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:50
☆まっつさん

>携帯コンロとテントで野宿

ああ、いいなぁ・・・
近ごろは忙しくって、そういうコトの大切さを忘れがちですが、
独り日常を離れて、何の目的も無く、ただ大自然の懐に抱かれたいものです。
「非日常」が、どれほど自分に大きなものを与えてくれるかを、
「自分」という日常を遠く離れて、超えたいものですね。
 
13. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:51
☆玄花さん

「火を熾す」は、特に研究會の人には読んで欲しい本ですね。

何が生死を分けるのか、何が人生を分けるのか──────────
自然のワナは、人生に待ち構えるワナと、まったく同じだと思います。
「備えよ常に」とは、いったい何に備えるのか、というトコロですね。
 
14. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:51
☆MIB(▼_▼¬  さん

>高校のころに、初めて雪山に行く前に・・・

良い経験をしましたね。

どれほど訓練をして臨もうとも、予期せぬコトが降りかかるのが、
大自然、人生、戦い、戦場・・・ですからね。

訓練をオザナリにしたら痛い目に遭う、
それを一度でも(一度で十分ですが)経験した人は、
二度と訓練を疎かにはしないでしょう。

訓練をただ無意識で繰り返しても意味が無い、というのはその辺りのイミですね。
意識的に積まれた訓練は、イザという時に応用が利くわけで。
 
15. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:52
☆タイ爺さん

百円ライターは、キャンプ場でしか通用しませんね。
いや、場合によれば、キャンプ場ですら怪しいかも知れません。

ところが、ネット上で調べてみると、このマグネシウム火打ち石が
「役に立たないもの」の筆頭のように言う人が多くて、ちょっとビックリです。
よく読んでみると、百円ライターで事足りるので、こんなものは無用の長物だ、と書いてある。
買っても使ったことが無い。必要なんかない、って・・思わず笑ってしまいました。
登山家でもキャンパーでも、板前さんでも修理工でも、年季の入った人はみんな、本当に役立つモノを道具や備品として愛用していますよね。元禄時代の日本刀みたいに、それらが必要なレベルに自分の状況がなければ、それは文字どおり無用の長物になる、という事でしょうか。

そして、使えない道具が道具にはならないのと同じように、使えない武術も武術ではない。
果たして今日の太極拳に、武術として必要なレベルが求められているものが、どれほど存在するのでしょうか?

少なくとも、ウチの太極拳は、
「武術」として使うためだけに長年研究が積まれた、「本物」であると思います。
 
16. Posted by taka_kasga   2015年02月09日 20:56
☆とび猿さん

>先ずはよかったです
>凄いですね
>この状況をどう思うのでしょうか?

自分が宏隆だったら、この状況にどう立ち向かうだろうか?・・
自分なら、この状況をどう考えて、
これからどうして、どうなって行くのだろうか?・・・

もし、そんなトコロを書いてみよう、と思い立つことができたら、
毎回のコメント作業は、単なる「立派な感想文」ではなく、
「立派な稽古」になると思います。

そして、こんな所で生き延びて行くためには、
どれほど立派な稽古をしてきたかどうかが問われるのです。
 

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