2014年05月01日

連載小説「龍の道」 第132回




第132回  A L A S K A (1)



 車窓に広がる風景はどこまでも雄大で、抜けるように碧く澄んだ空には見たこともないような白い雲が浮かび、広大な針葉樹林の原野の彼方には雪を戴いた山々が連なって、朝の陽を浴びて輝いている。
 こんな風景は日本には無い。やはりここは大陸なのだと、宏隆は思った。

 
 アラスカ鉄道は、アラスカ湾に面した南部のスワードから、内陸部のフェアバンクスを結んだ、本線が470マイル(約750km)ほどの鉄道で、支線や側線を入れた延長は500マイル(約800km)を超える長さになる。アラスカの手つかずの素晴らしい大自然の中を走り抜けることや、北米大陸の最高峰マッキンリーを抱えるデナリ国立公園へのアプローチとしても知られ、世界中から訪れる観光客を魅了し続けている。

 アラスカが観光で脚光を浴びるようになったのは、第二次大戦中にアラスカに配属された兵士たちが吾が家に帰ってアラスカの自然の美しさを称え、その噂がだんだん大きくなって多くの人が来るようになったのが始まりである。そのお陰で20世紀の後半には観光がアラスカの重要な収入を占めるようになった。

 地図を見れば気づくように、アラスカはアメリカ合衆国の州とは言っても、他の州との間にカナダという国が入っていて、この州だけがポツリと離れている。他にそんな所は太平洋の真ん中のハワイ州しかない。
 旧石器時代から続く先住民の部族を別にすれば、ここは元々ロシア領であった。その後スペインによる植民地化の動きや、イギリスが大きな影響力を持った時代を経て、19世紀にはついにロシアがアラスカをアメリカに売却することになった。
 ロシア国内の財政悪化によって国内産業の近代化を図ることを優先した事と、クリミア戦争に敗れたロシアが、アラスカがイギリスの手に落ちることを懸念した故であり、それまでのような軍事力の強化だけでは、英仏のような産業が発達した国には勝てないことを痛感した結果であった。
 そこでアメリカとの合意が可能となり、1867年にアメリカ国務長官ウィリアム・スワードが720万ドル(現在の480億円相当)でアラスカを購入した。4平方キロメートルあたり、僅か2セント(現在の130円)という、二束三文の面積単価であった。
 わずか30年後にこの土地でゴールドラッシュが始まり、1900年代の初頭には銅の鉱山や南部のケナイ半島での油田の発見、次いで1968年の北極海沿岸での油田の発見があるとは、ロシアも想像できなかったのかもしれない─────────────


 列車が走り出すと、すぐに町並みが消えて、深い森林地帯へと分け入って行く。
 宏隆は朝からアラスカ鉄道に乗り込み、そんなアラスカの紆余曲折の歴史に想いを巡らせながら、飽きることなく原野の風景を眺めていた。

 昨日、夏だけ運行されるJALの直行便でアンカレッジに到着し、Hotel Captain Cook に一泊して、今日は朝早くから駅に行ってチェックインの列に並び、アンカレッジからフェアバンクスまで、一日に一本、片道12時間をかけて走る列車の乗客となったのである。
 深い紺色の車体には鮮やかな黄色のラインが引かれ、その上に大きく「ALASKA」と書かれている。フェアバンクスまでの行程は356マイル(約570km)ほどだが、それに12時間も要するのは、山あり、森林あり、渓谷ありの曲がりくねった路線で、最高速度が時速90km程度、ときには時速40〜50kmほどの徐行運転になってしまうからであった。

 アンカレッジを出て40分、フィヨルドで深くえぐられたアラスカ湾の一番奥に掛かる長い鉄橋を渡って列車は西に向きを変え、さらに1時間ほど走ると湖が見えてきて、最初の停車駅 WASILLA(ワシラ)に到着する。ここから少し行くと列車は再び向きを変えて、あとはひたすら北へ北へと、10時間近くをかけて走り続けるのである。


 それにしても、このアラスカの大地の、何という大きさなのだろうか。
 走っても、走っても、マツ、モミ、ヒノキ、トウヒなどの常緑針葉樹の森が続き、大小の川や湖が車窓に現れては、また過ぎてゆく。
 このような森を「タイガ」と呼ぶことを、宏隆はふと思い出した。タイガやツンドラという言葉が学校の授業に出た頃、タイガ(taiga)とは「先の尖った緑の樹が生えるところ」を意味するロシア語だと、父が教えてくれたことがあった。アラスカでは標高1,000メートルくらいまで、そんなタイガの森が果てしなく続き、それより高いところや北極に近い所ではツンドラの凍土地帯となる。

 日本では、このような景色を彷彿とさせる所は北海道にしかないが、やはりスケールではケタ違いだと思える。
 宏隆は夏休みに自転車で北海道一周のキャンプ生活をしたことがある。その時に感じた北海道の大地はとても広く大きいものだったし、稚内や知床ではまさに地の果て、北の果てに来たという実感もあった。しかし、こうしてアラスカ鉄道の旅をしていると、その実感がだんだん否定されてくるのを感じる。
 実際に、アラスカ州は北海道の20倍もの面積を持っているし、北の果てという意味では、このアラスカ鉄道は、北緯60度のスワードから北緯64度50分のフェアバンクスまで、日本最北端の稚内(わっかない)よりも緯度で15度から20度、距離にして1,600km〜2,200kmも北極に近いところを走っている。
 つまり、稚内からフェアバンクスの緯度の差は、ハワイから稚内のそれに等しいのだ。
アラスカは、文字通り「北の果て」にあるのである。


 アンカレッジを出てから、かれこれもう三時間近くになる。
 行けども行けども、針葉樹の原野と小さな湖と川が織りなす風景に少し飽きてきたのか、宏隆は両手を挙げて大きく背伸びをすると、起ち上がってデッキに出た。
 デッキとは言っても、今日の豪華なものとは違い、'70年代のアラスカ鉄道のそれは、車両から腰板を取り払って1本の鎖を横に渡しただけのものに過ぎないが、そこには他の乗客も何人か居て、お互いの邪魔にならないように、押し合ってデッキから落ちないように気遣いつつ、写真を撮ったり、延々と川と森がつづく原野の風景を眺めている。

 深呼吸をすると、ああ、これがアラスカの空気なのかと、あらためて思う。
 酸素の量まで多いような気がするし、キリリと引き締まった風の中で息をすると、夏だというのに肺の中まで冷んやりとしてくる。

 しばらく経つと、時おり大きな河が森の中から見え隠れするようになってきた。
 内陸からアラスカ湾まで、延々と500kmの距離を流れる、スシトナ川(Susitna River)である。


「Hi(ハイ)、あなたは日本人かしら──────────?」

 デッキの端で、寄り掛かって針葉樹林帯を眺めていた若い女性が宏隆に声を掛けた。

「そう、きのう東京からアンカレッジに着いたばかり」

 気軽に、そう答える。宏隆はどの国に行っても、誰に話しかけられても決して物怖じをしないし、日常の英会話であれば、そこそこ話も通じる。

「私も、私の家族も、日本が大好きなのよ。アラスカへは観光に来たの?」

 自分とそう年齢(とし)も変わらないと思える、長い金髪の、青い瞳のその若い女性は、初対面だというのに、とても気さくに話しかけてくる。

「日本が好きだと言われると、とても嬉しいね。アラスカは観光旅行じゃない。ぼくは9月からこの国の大学に留学することになったんだ」

 こんなことは多分、日本では滅多に有り得ないことなのだろうが、宏隆にとってはそんなに珍しいことでもない。
 時おり独りで、あるいは家族で行く海外でも、どこへ行ってもよく観光客に道を訊かれたりするし、パリの下町のビストロで食事をしていると、どこのアパルトマン(家具付きのアパート)に住んでいるのかと、隣席のパリジェンヌに尋ねられたこともある。一緒にルーブル美術館に行ってくれないかと、青い目の女子学生のグループに頼まれたこともあった。
 そんなことを父や兄に話すと、きっとお前は現地で暮らしている人間に見えてしまうんだろう、お前はどこでも暮らせるよと、よく笑われた。


「・・それじゃ、この夏を利用して、アラスカ見物をしてるってワケね?」
 
「まあ、そういうコトだね。キミは?」

「私はヘレン、Helen Villeneuve(ヘレン・ヴィルヌーヴ)、カナダ人よ 」

 そう言って、スッと握手の手を差し出してくる。

「Je m'appelle Hirotaka, Hirotaka Katoh. Enchanté. (ジュマペール・ヒロタカ、ヒロタカ・カトウ、オンションテ=ぼくはヒロタカ、加藤宏隆です、はじめまして)」

 わざわざフランス語でそう言いながら、宏隆も手を差し伸べた。

 男性から女性に握手を求めることは無いが、女性から握手を求められたら、きちんと受けて応えるのが紳士のマナーだと、宏隆は心得ている。

 それよりも、いきなり宏隆がフランス語で挨拶したので、ヘレンは目を丸くした。

「まあっ!、私がフランス系だと分かるの・・?」

「Villeneuve(ヴィルヌーヴ)は、確かローヌ川を夾んだアヴィニョンの対岸にある小さな町の名前だ。それはルーツがフランス人ということを意味しているし、そうなるとヘレンという名前も、きっと家族では Helene(エレーヌ)と呼ぶのだろうな、と・・」

「そのとおり!、私の家系はヴィルヌーヴ・レザヴィニョン(Villeneuve-les-Avignon)の出身、そして私の名前はエレーヌ。ああ、嬉しいわ、そんな風に言ってくれた外国人はあなたが初めてよ!」

「ヴィルヌーヴは紛れ当たりでも、カナダという発音はフランス系であることの証しだね。アメリカ人はみんなキャーナダァと発音するから・・・ははは」

「あははは、細かいことを聞き逃さないのね、シャーロック・ホームズみたい!」

「それから・・・Helene はギリシャ神話のトロイのヘレンが元だよね。そして、ヘレンはとても美しい女性だったと言うし───────────」

「ありがとう。そんな風に女性を立ててくれるアジア人は珍しいわ。語源はそのとおりよ。ギリシャ語でヘレネー、ラテン語はヘレナ、フランス語ではエレーヌ・・・でも面倒だから英語でヘレンと呼んでね。ネルという愛称で呼ぶ人も居るから、それでも構わないし。
 私はアラスカ州にある、UAF(University of Alaska, Fairbanks=アラスカ大学フェアバンクス校)に通っているの。あなたはどの大学に留学してくるの?」

「へえ、ぼくもそのフェアバンクスに入学するんだよ」

「Oh!、What a coincidence!(すごい偶然ね!)、それじゃ貴方とは同じキャンパスということね、何てステキなことかしら。ヒロタカ、仲良くしましょう!」

「Merci et au plaisir de pouvoir vous rencontrer.(メルシ・エ・オ・プレジィール・デェ・プレボワ・ヴォ・ルアコントレ(どうぞよろしく)」

「Wow!、そんなに難しい発音を・・・アメリカ人には絶対無理よ!」

「実は、これしか知らないんだけどね!」

「あははは・・・・」

「ははははは・・・・」

「夏なのに、やっぱりアラスカは風が冷たいわね。まだそんなに陽も高くないし、ここは風が冷たいから中でコーヒーでも飲まない?」

「Sure.(いいね)──────────」


 食堂車に座って景色を眺めながら、「ARR(Alaska Rail-road)」と、アラスカ鉄道のシンボルマークが入ったコーヒーカップを手にする。黄色地に青い文字で、列車の色と同じデザインだ。ふと気がつくと、二人とも、いつの間にかカップを両手で包むようにして手を温めている。やはりここはアラスカ、夏でも寒いところなのだ。

 こうして小さなテーブルを挟んで向かい合い、あらためてヘレンを見ていると、どこか笑顔が珠乃に似ているような気がしてくる────────だがそれは、きっと旅の感傷に過ぎないのだろうと、宏隆は思った。


「ところで君はお腹が空かない?、ぼくは今朝は早く起きて、パサパサの不味いスコーンしか食べていないから、少し何か頬張りたいけれど・・」

「いいわよ。けれど、この列車の食事はものすごい量だから、いまバーガーなんか食べてしまったら、ランチは絶対にムリ。アメリカ人になりたいのなら別だけれど・・」

「それじゃウエイターを呼んで手頃なのを探そう・・ランチの内容を知っているとなると、君はアラスカ鉄道に乗るのは初めてじゃないんだね?」

「去年、初めてここに来た時に、やっぱりあなたみたいにこの列車に乗ったわ。でもその時は逆方向。フェアバンクスまで飛行機で来て、アンカレッジまで鉄道の旅を楽しんだの」

「帰りもまた、この列車に?」

「いいえ、帰りはクルマで、両親とフェアバンクスまでドライブ。鉄道より時間がかからないし、アラスカはドライブも楽しい所よ。たまに大きなグリズリー(灰色グマ)やオオカミなんかも出るみたいだけれど!」

「うわぁ、クマかぁ・・!!」


 列車はちょうど大きな河に近づいてきて、遠くに雪を戴いた峰々が見えはじめた。
 乗客たちはみんな、「マッキンリー」とか「デナリ」と口々に呟(つぶや)きながら写真を撮っている。

 乗車する時に渡されたガイドブックによれば、デナリ(Denali)とは、北米大陸の最高峰であるマッキンリー山の正式な名称であり、北米先住民族の Athabaskan (アサバスカ族)の言語で「偉大なるもの」を意味しているという。
 マッキンリーは第25代アメリカ大統領、W・マッキンリーの名前に因んでいるが、直接の関係はない。観光客はこの山をマッキンリー、付随する国立公園をデナリと呼び分ける人が多いが、アラスカ州では山も公園も、誇りを持ってデナリと呼んでいる。

 ガイドブックには、アラスカ鉄道の起点であるスワードから224.3マイル(361km)の地点、つまり、タルキートナ(Talkeetna)の少し手前ぐらいからデナリが見えてくる、とある。夏の季節にここからデナリが見える確率は20%ほどしかない、とも書かれているから、今日の列車の乗客は、かなりラッキーな人たちに違いなかった。


                                (つづく)




                                   
【 アラスカ鉄道とデナリ(マッキンリー山)】

       



【 ARR(Alaska Railroad)アラスカ鉄道の路線図 】

     



  *次回、連載小説「龍の道」 第133回の掲載は、5月15日(木)の予定です

taka_kasuga at 23:45コメント(14)連載小説:龍の道 | *第131回 〜 第140回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2014年05月02日 14:28
海外で現地人とのコミュニケーションが、
自然なレベルで出来るという事には羨望を覚えます。
語学の素養から、教養の幅広さ、見識の深さまで、
トータルな力が必要です。
小生も過去に必要に迫られて勉強した事もありましたが、
片手間での勉強ではとても歯が立ちませんでした。

今後は日本の労働市場も国際競争に順応していく必要がありますが、
その為には、宏隆君のように、
できるだけ若い間に海外留学を経験した方が良いと心底思います。
中高レベルの教育現場では、
生徒の目線を海外まで広げられるような、
働きかけこそが必要だと思われます。
 
2. Posted by 円山玄花   2014年05月03日 04:32
電車の旅、いいですよね。
拘束されて何もできない時間は、最も自分を見つめることができる時間のような気がします。
宏隆くんの12時間。新しい旅の始まりに相応しい時間になりそうです。
 
3. Posted by マルコビッチ   2014年05月03日 10:13
「アラスカ鉄道とデナリ」の写真、壮大ですね!
キリリと引き締まった風の中の空気を感じるようです。
私もここで深呼吸をしたいです!

いよいよ宏隆くんの新たな旅が始まりましたね。
早速、素敵な出会いがあり、宏隆くんの日本人離れした会話とその内容と女性への気遣いにホレボレしてしまいます。
何だかとっても気持ちが良いです。
これからが楽しみです (^_^)
 
4. Posted by 太郎冠者   2014年05月05日 02:22
広大な土地に延々と続く線路、そこを走る長い列車、日本では見られない光景ですね。
ぜひ味わってみたいものです。

これで殺人事件でも起きれば…
あ、それはアラスカじゃなくてシベリアでしたっけ。
アラスカも元ロシアだと思えば似たようなものでしょうか(笑)

>シャーロック・ホームズみたい
む、やはり事件のにおいが・・・!?
って違いますね。
 
5. Posted by MIB(▼_▼¬   2014年05月05日 18:13
ヴィルヌーヴというとF1が思い浮かびます。 この時代にはまだレーサーになっていないかも知れませんが。

宏隆くんは縁を捕まえる達人ですね、偶然の出会いも彼が自分で引き寄せているように思います。

いやあ、旅って本当にいいもんですね。
 
6. Posted by ユーカリ   2014年05月06日 17:45
北海道の20倍もの面積を持つアラスカ州。
その広大さと、空気、環境etc.想像をはるかに超えるものなのだろうと思います。そこには、どのような人々が、暮らしているのでしょうか…?

自分の知らないことに遭遇する事に、ちょっぴり臆病になりがちでしたが、そこから一歩踏み出したい気持ちになってしまいます。

どんな土地でも、どんな人とも、すぐに馴染んでしまう宏隆君。ツルリとフランス語が出てくるところも、流石です。
やっぱり、とても高校生とは思えません。

7. Posted by とび猿   2014年05月06日 22:32
アラスカ鉄道とデナリの写真、とてもきれいですね。
きっと生で見ると、もっと雄大なのでしょう。
出先で普段の日常と掛け離れた美しい風景に遭遇すると、目の覚めるような思いがします。
宏隆君の今後が、さらに楽しみです。
 
8. Posted by taka_kasga   2014年05月08日 01:19
☆まっつさん

>海外で現地人とのコミュニケーションが自然なレベルで出来るという事

それには、語学や教養、見識の広さ、
海外留学も大切なことなのでしょうが、
先ずは、世界の中の日本が何であるかを理解し、
我々は良くも悪くも、イヤでもオウでも日本人なのだという自覚を促し、
その上で国際人としての意識を養っていくことが必要だと思います。

いまの日本人は自国の文化や歴史もロクに知らず、
家庭や学校では文化や教養の大切さもロクに教えられず、
戦後の画一的な教育は、ただ学校の勉強だけ出来れば何とかなるという風潮を生み、
日本人としての誇りも魂も否定されつづけてきました。

そんな肝心カナメが欠落した現代日本人が、
いくら語学をやろうと、目先の教養や見識を積み重ねようと、
文化や習慣の異なる海外では何ひとつ通用しないし、
個人主義で育った肉食人種にパワーで劣ってしまうのは自明です。
私自身も海外での生活において、イヤというほどそのことを味わってきました。
社会の在り方自体、教育自体を根本的に見直していく必要があると、つくづく思いますね。
 
9. Posted by taka_kasga   2014年05月08日 01:22
☆玄花さん

日本にも、大阪〜札幌を22時間掛けて行く「トワイライト・エクスプレス(1,500km)」や、
上野〜札幌を16時間で結ぶ「北斗星(1,214km)」などの列車があります。
いずれも走行距離がアラスカ鉄道を遥かに超える長距離寝台列車です。
こうしてみると、日本も結構広いクニかもしれませんね。
日本で一番長い距離を走る列車は、福岡〜札幌を一日一往復走り、
距離は2,100キロを超えますが、残念ながら貨物列車なので旅客は乗車出来ません。

因みに、世界で一番長いのは「シベリア鉄道」で、
モスクワ〜ウラジオストックの9,297kmを178時間で走る「ロシア号」だそうです。
178時間・・って一週間以上スか?・・Wow!!
これならもっと、新しい旅の始まりに相応しいかと・・・・(^_^;)
 
10. Posted by taka_kasga   2014年05月08日 01:23
☆マルコビッチさん

新しい旅は、いいものですね。
毎日同じ人の顔を見ながら、同じ仕事をして、同じ生活をしていると、
人は何処か遠くへ行きたくなるのかもしれません。
アラスカは、非日常を味わう旅をするにはもってこいの所です。
 
11. Posted by taka_kasga   2014年05月08日 01:23
☆太郎冠者さん

>殺人事件

西村京太郎の「シベリア鉄道殺人事件」っすね。

ううむ、どうせ書くなら、おいらもミステリーに転向するか。

って、ミステリーなんか書けないけど、

スパイ小説なら、少し書けるかもしれないっス。

アラスカより愛を込めて。
 
12. Posted by taka_kasga   2014年05月08日 01:24
☆MIB(▼_▼¬  さん

>ヴィルヌーヴ

おお、こんなF1レーサーが居たんですね。
しかもカナダ人。
ちっとも知らなかったです。

スノーモービルから自動車レースに転向という経歴も、カナダ人ならではですね。
どこか「F」の赤城軍馬を想わせるような勇猛な走りも興味深いです。
事故死されたのは残念なことですね。
 
13. Posted by taka_kasga   2014年05月08日 01:25
☆ユーカリさん

♬ 知らない町を歩いてみたい、何処か遠くへ行きたい

やっぱり、歌の文句どおり、人は遠くへ行きたくなるものなのです。

>とても高校生とは思えません

でも、ボクらの時代には、
たまに、マレに、ホントに希に、
こんなヤツが居たんですよね〜、ホント。
 
14. Posted by taka_kasga   2014年05月08日 01:27
☆とび猿さん

写真で見てキレイな風景は、

ナマで観ると、大感動の風景に変わります。

カメラでは、雄大さも、偉大さも、もの凄さも、すげ〜感も、

まったくカケラも、チリほども表現できません。

太極拳を直接学ぶのと、本やビデオで学ぶことの差と同じで、

どんなコトも実際に経験してみて、始めてその味が分かります。

新しい経験に対してオープンであることには勇気が必要ですが、

その勇気は掛け替えのない尊いものを自分に与えてくれます。

アラスカの旅も、太極拳を追求する旅も、

同じ勇気が必要な、偉大なる発見の旅であることに変わりはありません。
 
 

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