2014年04月10日

歩々是道場 「螺旋の構造 その9」

   「纏絲の構造 その2」
                    by のら
(一般・武藝クラス所属)



私をスキーに連れてって

猛王烈:のらさぁ〜ん!、今回はそれほど ”お久しぶり” じゃぁないっスね・・・

の ら:猛くん、こんなに早く原稿を出すのは珍しい、って言いたいんでしょ?

猛王烈:あはは、でも、ファンとしては嬉しいんスよ。

の ら:いつも読んでくれてありがとう。・・さて、前回はどこまで話したかしら?

猛王烈:えーっと、一般的に纏絲勁は「ヒネル」とか「ネジル」ものだと考えられているけれど、ウチの師父は決して体をヒネらず、ネジってもいない────────────
という事はつまり、「ウチの師父が全面的に間違っているのではないか?」とギモンを感じた途端に、のらさんに「バッシィ〜ッ!!」と強烈な一撃を喰らって、「ひいっっ!」となりました。

の ら:まったくもぅ、言って良いコトと悪いコトがあるでしょ!

猛王烈:でも、「螺旋の構造・その3」以来、師父のように、体をヒネりもネジりもせず、ほとんど動かないまま人を吹っ飛ばすことが疑問だったんですが・・・パラレルとかスパイラルとか、スキーみたいな話になって、いくら「ハイハイ」をやっても分からなかったし、「新・タイ爺歩き」なんか混乱の元になるだけだった、というワケなんっス。

の ら:スキーには、パラレルはあってもスパイラルは無いでしょ!

猛王烈:あ、そういやぁ・・あはは。

の ら:スキーと言えば、私もウチの太極拳に出会うまでは、ガムシャラに斜面を攻めるような、ひたすら四頭筋を弛めては、蹴ってターンするようなスキーしかできなかったわ。

猛王烈:ふむふむ・・のらさんなら、きっと攻撃的なスキーをするんでしょうね。

の ら:なによ、そのトゲのある言い方は?

猛王烈:あ、いえ、深いイミは(汗)・・ところで、師父はスキーをされるんでしょうか?

の ら:ご一緒したことはないけれど、雪深い信州に長年住んでいらっしゃったので、時おりスキーを楽しんで居られたと聞いているわ。玄花后嗣も小学校から高校まで、冬の間はスキーが体育の授業だったというから、腕前も相当なものでしょうね。

猛王烈:確かに、静岡のような温暖地の人間がスキーに行くと、地元の子供たちがプロ並みにビュンビュン飛ばしていて焦りますよね。小学生でも自分なんかより遥かに上手いんですよ。師父がどんな滑りをされるのかは、とても興味がありますね。

の ら:ある日、師父が白馬で滑っておられたら、それを見た現地の古参インストラクターが「いやぁ、綺麗に滑りますねぇ!」と、思わず感心して声を掛けたたそうよ。緩斜面をそんなふうに綺麗に滑れる人は滅多に居ないって言われて。

猛王烈:へえ、緩い斜面を?、急な斜面をオリンピック選手も顔負けの速さで、サッソウと滑ったというワケじゃないんですね?

の ら:プロに言わせると、スキーの上手ヘタは緩斜面の方がよく分かるそうよ。急斜面を筋肉を使ってガンガン攻めるのは一見カッコいいけれど、身体の使い方としては、とても幼稚。緩斜面でもスピードに乗って綺麗に滑れる人は本当に上手な人なんだって。

猛王烈:オレなんか、ガンガン斜面を攻めまくる方ですけど、そういえば、緩斜面だとあまりスピードが出ないですね。

の ら:師父と一緒に滑ったことのある人たちは、ゆっくり滑っているのにスピードは速いと、皆が言うわね・・・考えてみれば太極拳も一緒よね。ゆっくり動いていても相手にとっては速いし、そこに入って行けない。そして、そっと触れられても大きく崩される・・・

猛王烈:なるほど。よおしっ!、次の冬は緩斜面で綺麗に滑る練習をするぞっ!!

の ら:師父は、スキーでは纏絲勁の訓練ができる、と明言されているわ。
 そうだ!、「タイ爺歩き」の次は、「タイ爺スキー」なんていうのはどうかしら?

猛王烈:すげ〜館「タイ爺スキー・セミナー」というのを、是非やって欲しいっスね。

の ら:あはは、それは良いわね。「私をタイ爺スキーに連れてって」なんてね!!
 札幌稽古会と一緒に企画して、北海道でやりましょうか?!

猛王烈:わぁーい!、オレ、いちど北海道で滑ってみたかったンスよ!!
 尻モチついても、可愛かったなぁ、あのジャネット・リンちゃん・・・・
 ♬ 虹のぉ〜、地平を〜、歩〜み出てぇ〜、っと・・やっぱりサッポロはビールが旨いっ!

の ら:それはスキーじゃなくて、スケートでしょーが!?

猛王烈:♪ いいじゃ〜、ないのぉ〜、幸せならば〜(ちと古いっスけど・・)


ヒネらないコトには、意味がアル

の ら:纏絲勁が捻(ひね)るとか拗(ねじ)るコトだと思えるのは、「陳氏太極拳図説」に書かれている、ぐるぐるとツルが巻き付いたような、あのイラストのイメージが強いんでしょうね。

猛王烈:オレもそうイメージしてますよ。あの絵を見たら、これはヒネってネジるんだろうな、って思うでしょうね、フツーは。有名な研究家の本にもそう書かれているし。

の ら:そういう本に限らず、はっきり「ヒネる・ネジる」と明言する老師も多いわね。
 けれどね、そもそも「捻(ねじ)る」とか「拗(ひね)る」ということの意味は、
 【 細長い物の両端に力を加えて、互いに逆の方向に回すこと 】とか、
 【 一端を固定して、他の一端を無理に回すこと 】と、定義されているのよ。
ビンのふたを捻って開ける、スイッチを捻る、蛇口をひねる、足首をひねる、頭をヒネる、首を捻る、俳句をひねる、敵にあっさりヒネられる、腰をヒネる、針金をねじ曲げる、ねじれ国会、その他いろいろ、et cetera・・・

猛王烈:ははぁ・・そう聞くと、「纏絲勁」と「ヒネルこと」とは、ちょっと関係がないように思えますね。

の ら:前回も言ったけど、纏絲勁は「内纏」と「外繞」のふたつで構成されているチカラのことで、それを「纏繞(chan-rao=てんじょう)」と言うのよ。
それからね、この際言っておきたいんだけれど、そもそも「纏」や「繞」という文字には、ヒネルとか、ネジルという意味なんか、どこにも無いのよ。

猛王烈:えっ?、纏絲の「纏」には、元々そういった意味があるんじゃないんスか?!

の ら:そんな意味は、どこにも無いわね──────────
 纏は日本語でも「まとめる・まつわる」という意味で、「猫が纏わりつく」「纏り縫い」「〇〇に纏わる話」「纏め役」「纏め買い」「足手纏い」「祭り半纏」などのように使われているでしょ。
 繞は「めぐる」「循環する」「とりまく」「取り囲む」などという意味。漢字の部首として、他の部首を取り囲むようにして使われる「しんにょう・そうにょう」などの「にょう」という意味でもあるのよ。
 因みに「纏繞」を英訳してみると、twine(糸を撚り合わせること)、enlace(縛る、巻き付く、取り巻く、組み合わせる、撚り合わせる)などという意味になるの。
──────ついでに、「纏」の字源についてウンチクを聞きたい?

猛王烈:おっ「字源」の話ですね。オレ、字源をたどるのって大好きなんっス!!
 (字源大好き・・ジゲンダイスキ・・次元大介・・♪ Lupin The Third・・な〜んちて)

の ら:ん?、なんか、アホな独り言がきこえたような?

猛王烈:そんなぁ、空耳ですよ・・♬ ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、ミ、ミィ〜

の ら:はぁ、やっぱり春ねぇ、木の芽時はアブナイのが多いっていうけど。
 さて、字源のお話ね────────
 「纏」の字は、糸偏(いとへん)と麻垂(まだれ)、その中にある「量」という字の初文(しょぶん=その文字が生まれた当初の形)にあたる字で構成されているでしょう?
 麻垂は岩屋、つまり崖を利用した洞窟型の住居を表したもので、雁垂(がんだれ)は張り出した崖の庇(ひさし)の下に人が居住する空間がある様子を表しているのよ。
 麻垂の中の「量」という字は、大きな袋を意味する「東」という形の上に、中のものを流す口を表す「曰」がついて、一番下に「重り」を意味する「土」が付けられているの。
 つまり「纏」という字は、食料など貯蔵する物を袋の中に入れて糸で括ってまとめ、建物に収納したという形を表しているのよ。

猛王烈:へーえ、「纏」の字には、そんな謂われがあったんですね。つまり、元々この字にはヒネルとかネジルという意味は無いわけですね。

の ら:因みに、糸部(べきぶ=糸偏のこと)の「糸」という字は「細い絹糸」を表していて、古い字体は、お団子のように二つの円い束が連なった形として表現されているでしょ。
 糸は「絲」の略字で、蚕が一回に吐く絹糸の太さを「忽(hu・こつ=1の10万分の1)」と言って、10忽を「絲」と呼ぶのよ。1忽は33.33㎛(マイクロメートル)だから、中国でいう1絲は3.3㎛という事になるわね。
 日本人による研究では、蚕が吐く絹糸の細さは0.02mmくらい。糸の断面はおにぎりのような三角形のかたちをしていて、蚕は繭を造るために2日以上も糸を吐き続けるの。一匹の繭から採れる絹糸は、1000〜1500メートルもの長さになるのよ。
 ついでに、蚕は「吐糸管」という口から糸を二本並べて出しているのよ。肉眼では見えないけれど、昔の人は知っていたのかしら。「絲」という字が「糸」を二つ並べてできていることは、とても興味深いわね。

猛王烈:うわぁ、これまたすげ〜館・・今までに、そういった観点から「纏絲勁」を説いた人は誰も居ないんじゃないンすか?

の ら:そうかもしれないわね。でも本当は、そういった研究が真っ先に行われるべきだと私は思うのよ。師父も常にそういう姿勢で「学問」として太極拳に臨まれているでしょう?

猛王烈:そういう「単位」の話になると、やはりあの『四両發千斤』を思い出しますね。
シリョウ・センキンヲハジク・・なんて、すごくカッコいいじゃないスか。

の ら:1両は約50グラムで、かつての1斤は16両だから、現代風に言えば僅か200グラムほどのチカラで800kgを吹っ飛ばす、というような表現かしら。

猛王烈:もちろんオーバーな言い方なんでしょうけど、師父の発勁を見ていると、その昔に発勁を「四両發千斤」と表現した人の気持ちがよく分かりますよね。
 軽いチカラでヒョイとやって、相手が一人でも複数でも、ウワァ〜ッ!!って・・いい年をした大人が、スゴイ声で叫びながら吹っ飛んだり、一斉に走り回ったり、転げ回ったりするんスから。

の ら:でも、それを「インチキ」だとか「信じられない」とか「実際にはどうなのか?」「あれは本当に飛んでいるのか?」「入門してその場で見ても、本当に飛んでいるのか?」などと疑う人が、一般の素人ならいざ知らず、そこそこ名の知られた武術家にまで居るっていうから、ホントに人間って面白いわよね。
 そもそも、聞いたウワサや書かれた文章だけなら兎も角、影像で実際の動きを見てさえ、それが本物かどうか見分けがつかないような人に、本物の武術が認識できるのかしら?
 それは、実戦で敵がどれほどの実力なのか向かい合っても分からず、戦いで何をされても分からないままコテンパンにやられてしまう、というコトになるんじゃないかしらね。

猛王烈:オレなんか最初、見学に行って見ていただけで怖くなりましたからね。同じように見ていて怖くて仕方がなかった、クワバラ、クワバラ、っていう入門者も居ました。
 インチキとか、信じられないと思うのなら、実際に目で見て、体験すればいいのになぁ。ウチは秘密主義ではなく、一般の見学を許し、やる気さえあれば入門を許可している開かれた道場ですからね。
 まあ、遠巻きに「アーだ・コーだ」と言うのは、多分、ただ本物の武術に憧れているだけの人たちなんでしょうけど・・・

の ら:今年は太極武藝館の「創立二十周年」に当たる年で、師父も「動画を出そうかな」と言っておられるので、今から楽しみね。師父だけじゃなくて、門人の動画も出すそうよ。

猛王烈:楽しみですね。でも、また香港あたりで大騒ぎになるんでしょうけど・・・
「腰相撲」の動画を出した時は、香港あたりの巨大掲示板に「太極拳で人がこんな飛ぶはずはない」「これは絶対に合成映像だ」「日本人に太極拳が分かるわけがない、インチキだ」「どうして日本にこんなスゴイ太極拳のマスターが居るんだ?」「本家中国の危機だ!」なんて、さんざん書かれてましたよね。

の ら:そうそう、あの時は香港で大きな話題になって、アクセスが一日に8,000件を超えるほどだったの。YouTube から「アクセスが多いので広告を載せませんか?」ってお誘いがきたわね。

猛王烈:でも、あの「腰相撲」程度で驚いてくれるんですから、師父の推手や散手の影像なんかを出したら、一体どうなるんでしょうかね?

の ら:また、「インチキチキチキ・・」って言う人も居るんでしょうけど(笑)

猛王烈:あはは、2ちゃんですね。もう十年になりますか、懐かしいなぁ・・・・
 でも、今ではウチでやってることを、これぞ本物の武術だと認識してくれる人がたくさん居るんですから、門人としては、誇りを持ってもっと頑張らなきゃですよね。

の ら:そうね、それは見る人の側の「認識」の問題だから。
 実際に「体験」してみれば、おそらくどんな人も、武術や太極拳への認識を新たにせざるを得ないと思うのよ。現に、これまでに見学や入門に来た人たちは皆、誰もが「こんな太極拳があったんだ」「太極拳にはこんなチカラがあるんだ」「太極拳はこうやって戦うんだ」って実感したんですものね。

猛王烈:のらさん、ちょいとお話が「纏絲」から脱線したみたいっスけど・・・

の ら:よし、次回はさらに詳しく、纏絲の意味についてお話ししましょう。

猛王烈:あの・・なるべく早く原稿をアップして下さいね。

の ら:大丈夫よ、すぐに出すからね!!


                               (つづく)

noriko630 at 23:31コメント(14)歩々是道場  

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2014年04月13日 10:32
猛王烈くんサイコー!
ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、ミ、ミィ〜・・って・・おもろい!
何か私と気が合いそう・・年も近そうだし・・(^_-)-☆

そんなことより、捻る、拗るという意味を改めてきちんと知ると、
やはり纏絲勁とは遠いとわかります。
”字”って面白いですね。
物事を正しく表そうとして考えたのでしょうから、その字源を知ることによって、
始めに表そうとしたことが見えてくるんですね。
この様なところから紐解いていくなんて、今まで聞いたこと事がありませんが、
”太極拳は学問”としている太極武藝館ならではなのでしょうか。

う〜ん、しかし考えていたら頭がクラクラしてきた・・(-.-;)y-゜゜
のらさん、次回もよろしくお願いします。

それから、私もタイ爺スキーにつれてって!!(*^_^*)
 
2. Posted by とび猿   2014年04月15日 00:10
師父のスキーをしているお姿を拝見したことはありませんが、
プールの中を胸まで水に浸かった状態で歩くところを拝見したことが、一度あります。
それは、水中とは思えないほど早く、美しかったです。
それは、何か特別なものではなく、理に適ったものの美しさのように感じられました。

字源の話、おもしろいですね。
纏絲というものの中に、元々「ヒネる、ネジる」というニュアンスはないのに、
いったいいつ頃から「ヒネる、ネジる」と言われ始めたのでしょう。
「ヒネる、ネジる」ということには、分かりやすい力感があって、
ある種、特別な力のように感じ、興味が湧くものと思います。
しかし、改めて見直してみると、やはり理に適っていないものですね。
 
3. Posted by ユーカリ   2014年04月15日 00:57
学生時代に、スキーは少しやった事はあるのですが、今思えば四頭筋や脛の筋肉、腕の筋肉を総動員して、雪と対抗しながら前に進むことに一生懸命だったなあ、と恥ずかしくなります。更には、かなり腰が引けて、膝にも負担がかかっていたような…。
スキーが上手な友達の、傾斜やこぶにすいつくように、なめらかに滑る姿に憧れたものです。

師父がスキーをされている姿を是非拝見したいです!
「タイ爺スキーセミナー」が実現することを祈っています。

言葉の意味を解ったり、漢字の字源にまで遡ることは面白いですね。
「捻る」「拗る」も実際に意味を文章で表して頂き、今までかなり曖昧に、捉えていたことに気付きます。

次回の記事も楽しみにしています!
 
4. Posted by 円山玄花   2014年04月15日 03:21
太極拳の秘伝、発勁、纏絲勁、深奥・・などと聞くと、それだけでものすごく難しいものという
イメージが湧いてしまいますが、のらさんの今回の記事のように、学問的にひとつずつ紐解いていけば、難しさではなく奥深さが見えてくるものですね。
後は、「ああ、勘違い」を、どれだけ素直に認識できるかどうかでしょうか。
しかし、それにしても蚕のお話は感動しました!

最近は、稽古でも太極拳のインチキとは何を指すのか?、ということが話題に上りますが、
これってとても大事なことだと思います。
動画を見てインチキだという前に、太極拳では何がインチキなのか。
この認識が、武術界を変えるかもしれませんね。

次回も楽しみにしています。
 
5. Posted by 太郎冠者   2014年04月15日 16:43
今回も掛け合い漫才が光りますね!
こういった対話形式というのは古代ギリシアの哲学者プラトンの著作にも見られる形式であり、のらさんの深淵な思考を表現している、のでしょうか?(笑)

漢字といえば、玄門の「玄」という字は、漢字学者の白川静によれば糸を束ねて黒く染めたものを表現しているらしく、
その文字が纏絲勁を伝え、教授する学び舎である武藝館で使われていることに、深淵な意味を感じずにはいられません。

>インチキ
正直なところ、インチキで飛ぶ稽古を連日深夜までする気にはならないですよねぇ・・・。
 
6. Posted by MIB(▼_▼¬   2014年04月16日 02:37
自分ではほとんどスキーをしたことがないのですが、アルペンのワールドカップが好きで良く見ていました。スラロームのトップ選手のターンは本当に美しく、自分もこういう風に動けるようになりたい!と思わせられます。

纏、繞という字は解釈によっては「ねじる・ひねる」という意味もあるのかなと思っていました・・・。どこから来たんでしょうね・・・。
それにしても、戦うための原理を「糸を撚り合わせる」と表現する感性がすごいと思います。
 
7. Posted by まっつ   2014年04月17日 00:15
纏絲勁の解字は非常に面白いです。
そのまま纏絲勁の本質を表現しているのだという事に、
目から鱗が落ちる思いでした。
改めて漢字の文化とは奥深いものだと感心します。

顧みるに現代中国で流通する簡体字は、
自らの奥深い文化を損なう方向だと思われます。
意味や内容よりも効率が優先される世界では、
人間の営みもその表面を滑走していて、
本質的には後退しているのだと思います。

現代日本でも同様の問題はあるので、
自戒が必要であると思いました。
 
8. Posted by のら   2014年04月18日 15:35
☆マルコビッチさん

文字の意味を解いて行くことは、中国武術を学ぶ際に、とても大切なことだと思います。
中国は効率化のために漢字を簡略化しましたが、文字が持つ意味などは完全に失われ、
漢字の文化が破壊されたという意見が、中国人からも多く聞かれます。

まあ、「漢字」の「漢」という字を「サンズイに又」と書き表すのですから、
早い話が、読み方を改めて教えられなければ、誰にも読めません。

「漢」のサンズイの右側の字は「水の無いこと」を表すので、
元来は「水の流れていない川」を表した字なのです。
漢という王朝の名も、もともと漢江という長江の支流の川の名前です。
それが「サンズイに又」となると、「又」は「右手の象形」ですから、
字義的には「水に浸けた右手」という意味になるでしょうか。

漢族とは、右手を水に浸けている民族・・?
簡体字は全く意味のない文字、ということになりますね。
太極拳の「極」を「木偏に及」と書くのも同じです。

実際、海外在住の華僑は簡体字を読めませんし、大陸の人民は繁体字を読めません。
つまり、同じ国、同じ漢族の人間が、互いにその国語を読めない現象が起こっています。

”漢” 民族にとって由緒正しき、誇り高き象徴であるはずの「漢」という字を、
そのような扱いにすること自体、文化的にも先が見えたような気がします。
わが日本も、他人事ではありませんが。
 
9. Posted by のら   2014年04月18日 15:35
☆ユーカリさん

恐らく私たちがスキーで滑る姿は、そのまま太極拳をやっている姿と重なるでしょう。
結局は自分が思う立ち方、立ち位置、運動の仕方が、何にでも現れてしまって、
スキーでも、スケートでも、自転車も、ただ歩いていても、その構造は自分が思っているところの「勝手気ままな構造」に違いありません。

指導者の努力は、正にこのような、私たちの「勝手気ままさ」に向けられているのであって、
その「よけいなこと」があるために、私たちが「本物」を知ることが出来ないのだと、
いつも指導されているわけですね。

セミナーやスキーはとても楽しく有意義ですが、「タイ爺スキーセミナー」に連れて行ってもらっても、結局はそれが普段の道場と同じ、厳しく自分に向かい合わされる稽古であることを、きっと私たちは思い知らされるに違いありません。
 
10. Posted by のら   2014年04月18日 15:35
☆とび猿さん

たしかに、
世の中には、力感で太極拳を解くというような考え方もあって、驚きます。
まるで纏絲勁が「特別な力感」であるような・・・
ウチの太極拳はすべてに「理」が存在し、科学的に説明がなされています。
それは私たち門人が大いに誇りとするところでもありますね。
 
11. Posted by のら   2014年04月18日 15:36
☆玄花さん

「難しさ」と「奥深さ」の違いは大きいですね。
学問は難解ではなく、その難しさを解きながら深奥を尋ねることの悦びだと思います。

他人のことをインチキ呼ばわりする前に、
「太極拳では何がインチキなのか」を、きちんと認識するべきであると、私も思います。

人が飛んでいくのはインチキで、飛ばせないこと、力で押せることはインチキではない。

ヒネらないことはインチキで、ヒネることはインチキではない。

弾き飛ばせることはインチキで、力で耐えた後に突然支点を外すことはインチキではない。

触れずに飛ばすことはインチキで、触れなければ飛ばせないことはインチキではない。

・・こう書いていくと、面白いですね。
 
12. Posted by のら   2014年04月18日 15:37
☆太郎冠者さん

いやぁ、プラトンと比べられてしまうと、あまりにも・・・
あまりにも時代がかけ離れていて、よく分かりませんが(笑)

【玄】は、「幽遠」であり、「奥深い道理をあらわすもの」で、
「やや赤みを帯びた黒色」で、「天の色」であるとされます。

白川静が「糸を黒く染めたもの」と解釈しているのは、
『周礼』の中にある「薫染法」の度合いからきていると思われます。

文字は本当に面白いですね。
 
13. Posted by のら   2014年04月18日 15:37
☆MIB(▼_▼¬  さん

そう、太極拳の戦いのための原理は、「糸を撚り合わせること」なのですが、
なぜか、誰もそのことを解明しようとしません。

日本玄門では、それを科学的に研究し、「纏絲の構造」を見事に解明しました。
またひとつ、世界に誇れる日本人の快挙であると思います。
 
14. Posted by のら   2014年04月18日 15:38
☆まっつさん

漢字の文化は奥深いです。
それ自体が表意文字であり、表語文字であるので、
一文字ずつが「コード」となっており、コードブックも公開されているので、
今日では誰もがそれを解読できるわけです。

にもかかわらず、特に日本においては、
中国武術の術語の誤った解釈が後を絶ちませんし、
有名な研究家が、初めから間違った解釈をしていたりします。

玄門では、出来るかぎりそれを正していくということです。
 

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

Categories
  • ライブドアブログ