2014年03月15日

連載小説「龍の道」 第129回




 第129回 春  陽 (はるひ)(2)



 せっかくこうして、小さなテーブルを夾んで向かい合っているというのに、二人とも暖炉の方を向いたまま、じっと黙って炎を見つめている。

 小学校三年生のとき、近くに珠乃が引っ越してきて以来、ずっと幼馴染みの付き合いを続けてきたが、これ迄にこんな面映ゆい、どうにもならないような気持ちになったことはなかった。お互いの息遣いが聞こえ、手を伸ばせばすぐに触れられるような二つの席の距離も、かえって二人を緊張させ、理由(わけ)もなく無言にさせている。

 どのくらいの時間が経っただろうか。
 時おりパチパチと薪が爆(は)ぜては火の粉を散らしている。
 太い薪が燃え尽きてガサリと崩れたので、宏隆は暖炉の前に行って薪を組み直した。

「・・あ、すみません、ありがとうございます」

 それを見留めた店員が、恐縮がって言った。

「珈琲を、もう少し如何ですか?」

 半分ほどカップに残った珈琲が、もうすっかり冷めているのを、店員は承知している。

「ありがとう。ついでにゲベックを頂こうかな・・・珠乃はどう?」

 店員と話したのを機に、ようやく宏隆が珠乃に声を掛けた。

「うん────────」

「それじゃ、いつものアップルパイと、こちらにはブルーベリー・プルンダーがあったらお願いします」

「かしこまりました」

「珠乃は、ブルーベリー・プルンダーが大好きだものね」

 こっくりと、頷いて微笑む。
 にしむらの珈琲によく合うお供である。

「さっきの話だけれど────────────」

「え・・・?」

「ぼくの歴史のこと。卒業したらどうするのか、って話・・・」

 宏隆が切り出した。

「ああ、そうだったわね。火に見とれて、ぼーっとしちゃった!」

 ゲベック(gebäck)とはドイツの焼菓子のことである。それが小振りの風雅な絵付けの皿に並んで運ばれてくる。
 にしむらにはいつもフロインドリーブのドイツ菓子が置いてある。なかでもアップルパイは宏隆のお気に入りで、珠乃の好きなプルンダーはデニッシュ生地とパイ生地を合わせて焼いたものである。

「こうして、美味しい珈琲を暖炉の火の前で頂くなんて、贅沢ね・・・」

「寒い日はなおさらそう思うね。でも珠乃のお父さんは珈琲通だし、暖炉なら珠乃の家にもあるんだから、そんなことくらい幾らでも味わえるじゃないか」

「宏隆と、一緒だから───────────贅沢だな、って思ったのよ」

 そう言われて思わず、ゴクリと珈琲を飲み込んだ。

 こんなときに、どんなふうに言葉を返したら良いのか────────
 さすがの宏隆にも、分からない。

 ただ、今度はお互いに、暖炉の火ではなく、自然にじっと瞳の奥を見つめ合った。

「珠乃─────────」

「はい」

「実は、ぼくはアメリカに行くことになった」

「えっ・・・?」

「卒業したら、アメリカに行こうと思うんだ」

「ど、どうして・・・?!」

「この二年間ほどは、ろくに学校の勉強をしていなくてね。まあ、それでも何とか及第点で卒業させて貰えることになったんだけれど、進路って言っても、学生運動で滅茶苦茶に荒れて、左翼思想の教授ばかりが幅を効かせている日本の大学に、特に学びたいという気持ちがあるわけじゃないので、受験する気にもなれなくてね────────」

「それで・・・?」

「どうやらアメリカの州立大学に、推薦で入学することになったんだ。そこの地球物理学研究所には日本政府も資金援助をしていて、日本人は入りやすいらしいし・・」

「地球物理学と、宏隆と、何か関係があるの?」

「いや、実は父が政府の仕事も請け負っていて、その大学には多大な寄付をしていて・・・つまり、要は推薦で入りやすかったってコトなんだけどね、ははは・・」

 照れくさそうに、頭を掻きながら、そう言う。

「まあ!・・・宏隆の学力ならどんな大学でも入れるのに。時間を掛けて選べば、きちんとした教授の居る、きちんと学べる学校もあるはずよ。何だかもったいない話ね─────────でも、推薦で入れるからって、ただそれだけの理由でアメリカに行くの?」

「もちろん、それだけじゃない。実際に外国で生活をして、いろいろ体験してみたいんだ。台湾に縁が出来て、身近なアジアの国でさえこんなに学ぶ事が多いんだなって、つくづく思ったんだよ。 
 日本は好きだけれど、この国じゃボクはときどき息が詰まりそうになる。欧米人の基本は個人主義で、まず何よりも個人の意志を尊重し、独自性と自立性といった、個人の立場や考え方を重んじるよね。そしてその上で当然の事として個人の責任や義務がある。
 けれど、そういった考え方がこの島国ニッポンにはとても希薄で、閉鎖的で視野が狭く、済んでしまったことや、つまらない事にいつまでも拘ってコセコセ・ウジウジする性質があるだろう?、小さく狭い地域社会で暮らして、お互いに自分の田圃にたくさん水を引こうと譲らない頑固さみたいな・・・ぼくの性分とは合わないところが沢山あるんだよ。だから若いうちに欧米の文化をじっくり生身で経験しておきたい、そう思うんだ」

「私、宏隆はてっきり、お兄さまが行ってらっしゃる神戸大学に進学するものとばかり思っていたわ。それが、いきなりアメリカだなんて──────────」

「ごめんよ。なかなか珠乃に話す機会がなくて。だいたい、それを決めたのも、ついこの秋に父から話があって、ようやく決まったことだったし・・・」

「呆れた・・・それまで、自分の進路を何も考えていなかったの?」

「まあ、去年と一昨年(おととし)は、何だかんだと忙しかったからね」

「忙しいって、まだ高校生のクセに、怪しげな秘密結社なんかに入るからよ!!」

「・・お、大きい声で言うなよ、誰かが聞いていたらどうするんだ」

「聞かれたって良いじゃないの!・・・だいたいね、島国根性のどこが悪いって言うの?、イギリスだってレッキとした島国だけど、閉鎖的で視野が狭いなんて誰も思わないでしょ。
 世界中には島国がたくさん存在して、マダガスカルもニュージーランドも、パプアニューギニアも島国だし、フィリピンやインドネシアなんか、小さい島の寄せ集めで出来ているじゃない。なのに、どうして日本人だけが ”島国根性” などと、自分を卑下するような言い方をするのか、その理由を宏隆は知っている?」

「い、いや・・知らない──────────────」

「島国根性という言葉は、もともとは日本人が日本人のために創り出した、自己啓発、自己叱咤、自己激励としてのことばなのよ」

「そんなこと無いだろ。現に韓国や北朝鮮なんか、大陸の周辺に位置する日本に対して、歴史や文化を劣等視する侮蔑的な表現として ”島国が持つ特異な傾向がある” なんぞと平気で言ってるじゃないか」

「そんなの、言わせておきなさいよ。韓国や北朝鮮は、昔から中国へ媚びへつらう事大主義で、小中華思想のカタマリなんだから────────けれど、彼らの侮蔑用語を宏隆がありがたく使っていたら、むしろその方が問題じゃなくって?」

「た、珠乃・・・お前、いつの間に、そんな難しいことが言えるようになったんだ?」

「ふふ、まあね────────宏隆が、近ごろ会話の中で小難しい珍紛漢紛なことばかり並べ立てるので、私も少し世界情勢とか、歴史や政治を勉強することにしたのよ。そうしないと、せっかくデートをしていても話がぜーんぜん合わなくなるでしょ!」

「うむむ・・・・・」

「日本は、もちろん島国として四方(よも)の海に囲まれているので、クルマで走っていると突然国境のバリケードが見えてきて、そこから先は風貌も言葉も食べ物も習慣もまったく違う異民族が住んでいる、というような経験を誰もしたことがないのよ」

「そのとおり。だから日本人は自分たちの狭い空間の中で考え方が処理され、偏狭でせせこましく、偏屈で物分かりの悪い、他人の言うことに耳を傾けない強情で傲慢な人間を多く産み出した。そして戦後は特に、その安全な環境が他国に対して警戒心や猜疑心を持つ必要を忘れさせ、危機感の無い、依存心の強い若者を多く産み出しているんだ。
 欧米では、たとえ小学生でも自分の意見をはっきりと言う。日本人みたいに妙に物怖じしたり、親の顔を見て助言を求めたりする子供は皆無と言っていい。中学生くらいの年齢になると国防意識まで持っている。日本人だとオモチャのライフルを担いで戦争ごっこをする程度だよね」

「戦争ごっこなんか、どの国の子供もやるわよ。欧米の個人主義を、まるで理想みたいに言うけれど、私は大陸の人間よりも島国の日本人の方が、よほど視野が広いと思うわ」

「え・・なぜそう思うの?」

「だって、海の向こうの、まだ見ない世界には何があるのだろうか、どんな人がどんな暮らしをして、どんな文化があるのだろうかって、否応なしに夢や想像が広がるでしょう?
 海の向こうから入ってきた文化もそうだわ。神戸や横浜にやってきた外国の文化は、それらの地域で日本人が独自に昇華させ、それ以外の土地の日本人とはまったく違う文化や風俗を創り上げてきたじゃないの。ここの珈琲だってそう。こんな美味しい珈琲を飲ませるような店は、欧米では高級ホテル以外には滅多に無いはずよ。島国日本のマインドは、決して偏狭さなんかではなく、日本人の心の広さなのよ」

「それは、隣国から脅かされる危険がないから、外界に憧れたり、盲目的に美化したりする幻想を見る余裕があるってことだよ」

「盲目的に美化しているのは、宏隆の方じゃなくって?」

「ど、どうして────────?」

「欧米においては、自分たち白人の歴史こそが人類の歴史であり、白人の生き方こそが文明という名に相応しく、この地上のあらゆる民族は欧米文明の恩恵によってこそ、後進性から救われてきたのだという、確固たる優越感が潜在意識やDNAに染みついているのよ。
 アメリカに憧れ、アメリカに留学してこそ、島国根性を超えた、広く大らかな人間性を育くむ欧米文化を学べると思うのは、盲目的に欧米を美化しているからじゃないの?」

「お、おまえ・・・ずいぶん口が回るようになったなぁ・・・・」

「あら、サンキュー!・・・大体ね、アメリカ、アメリカって言うけど、そのアメリカの語源がどこから来てるのか、宏隆は知ってる?」

「ご、語源?───────い、いや、知らないけど」

「そーれ、ご覧なさい!、アメリカがどうしてアメリカなのかも知らないクセに、ただ単にアメリカに憧れて留学するようなバカがいるかしら?」

「・・ば、バカは言いすぎだろう、馬鹿は!」

「あら、失礼!──────── ”アメリカ” は、もともと人の名前なのよ」

「人の名前?・・・国の名前が、どうして人の名前なんだ?」

「アメリゴ・ヴェスプッチ(Amerigo Vespuci=1454〜1512)という人物。イタリアのフィレンツェ生まれの地理学者で探検家で、当時のアジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸世界観を探検によって覆した人ね。ドイツの地理学者が、アメリゴの論文である ”新世界” を収録した ”世界誌入門” という本を出版したときに、附録の世界地図にアメリゴのラテン読みである ”アメリクス” から取って、この新大陸を ”アメリカ” と名付けたの。これがアメリカという名前の始まり。アメリカとは、”アメリゴの土地” という意味よ」

「なるほど、どこかで聞いたような気もするな。それが合衆国の名前にまでなったってコトか・・・実際にアメリカ大陸を発見したのは、クリストファー・コロンブスってことになっているけれど」

「イタリア読みでは、クリストフォロ・コロンボ。あの ”刑事コロンボ” と同じ姓ね。南米のてっぺんにあるコロンビア共和国の名も、”コロンボの土地” という意味よ。
 けれど、アメリカ合衆国の記念祝日 ”コロンブス・デー” は、先住民族にとっては白人による侵略開始の日に他ならないわ。1492年の新大陸上陸時に800万人も居たインディアンは、そのわずか5年後に3分の1にまで減少した。コロンブスはコルテスやピサロに並ぶ、虐殺を楽しんだ最も悪名高い征服者の一人と言えるわね」

「珠乃の言いたいことは分かるよ。欧米人の潜在意識には、白人至上主義の優越感がある。大航海時代に世界のすべてを発見し、侵略、征服した ”偉業” が、彼らの精神に誇りとしてあるのは確かだ。日本人は鎖国から文明開化に至って、ようやく西欧に張り合っていく覚悟が出来たんだよ」

「私はね、明治維新を ”文明開化” と表現するのは、大いに間違っていると思うのよ」

「えっ・・・なにを突拍子もないことを言い出すんだ?」

「文明開化とは、言うまでもなく西洋文明を積極的に取り入れて、制度や習慣までが急速に大きく変化した明治時代の現象のことを指しているでしょ。けれども、それ以前の約三百年にわたる江戸時代は、”天下太平” という言葉が生まれるほど、世界でも希な、最も平和で、進歩的で、経済が振興し、安定した文化が存在した時代だったのよ」

「いや、文明開化以前の江戸時代は暗黒時代で、武士という特権階級に庶民がひどく苦しめられ、重税や凶作に泣き、切り捨て御免のような、生命を脅かされる中での生活を余儀なくされた時代じゃなかったのか。”カムイ伝” にもそう描かれているし・・・」

「あはははは──────────────!!」

「・・な、なにが可笑しいんだ?」

「だって、忍者マンガのストーリーを、歴史として信じているみたいだから」

「カムイ伝を読んだことがあるのか?、”ビジュアルは映画を凌ぎ、ストーリーは小説を超えた” と言われるほど、世間では高く評価されているんだ。マンガとは言え、非人部落出身のカムイが自由と誇りを求めて忍者になるが、その非情な掟を嫌って抜け忍となり、追及の手を逃れる日々を送るという、暗黒渦巻く江戸時代を描いた大作だと思うよ」

 (編註:「カムイ伝」は白土三平の長編劇画。1964〜1971年まで月刊ガロに連載。その後もカムイ外伝(1982〜1987年)、カムイ外伝二部(1988〜2000年)が発表される)

「やれやれ、宏隆らしくないわね────────ビジュアルは映画を凌ぎ・・だなんて、そんなの、ただのキャッチコピーじゃないの。カムイ伝が書かれた60年代は、学生運動と共産主義思想が吹き荒れた時代よね。つまり、支配者や王侯貴族はみんな非人道的な悪魔、人民の歴史はそんな支配者に搾取され続けた悲惨な歴史であるという思想に、そのマンガ家がとっぷりと浸かっている事をよく知る必要があるのよ」

「え・・・?」

「ほらね。中国の勉強ばかりしてないで、もっと日本の歴史を見直しなさい、ってお父様やお母様に言われなかった?」

「う・・うん、まあ、そうだけれど・・・」

「カムイ伝の作者、白土三平の父親は、1920〜1930年代に日本を席巻した社会主義・共産主義から生まれた ”プロレタリア美術運動” を組織した中心人物である画家の岡本唐貴で、労働者のデモやストライキ、労働現場である工場を描いた油絵や彫刻、ポスターなど、プロバガンダの要素を強く含む作品を東京を中心に展覧会で発表し、地方都市にも巡回展を開催して回ったということよ。その思想が長男である岡本登、つまり白土三平に強く影響したのはごく当たり前のことだと思うわ」

「珠乃・・・お、おまえ、どうしてそんなに詳しいんだ?」

「私もカムイ伝を読んだのよ。すごいベストセラーだったから、女の子たちでも忍者マンガに興味を持ったのね。それを目に留めた父が、いろいろ説明してくれたの」

「なるほど・・・」

「作者の世代は、中学生ごろに終戦を迎えたから、物心ついたときからずっと戦争だった時代で、戦後は真っ黒に塗りつぶされた教科書でアメリカの占領教育を受けた人たちなのよ。まともな日本の歴史なんか、学びたくても学べなかった時代の人たち────────」

「そうだったのか・・・」

「そう、つまり荒廃した日本、日本史上にも希なその混乱した社会が、自分が生まれ育った祖国日本の姿なのだと、当たり前のように認識せざるを得なかった世代、ということね」

「共産主義は、もともと西欧の暗黒の歴史から生まれたものだからね。西欧の歴史を見ると極端な身分制度と、虐殺、搾取、疫病、飢饉、飢餓、戦争といった事が延々と続いている。日本などとは全く比べものにならないほど、西欧の一般庶民たちは過酷な歴史を経てきているんだ。けれど、日本にはそれに等しい暗黒の歴史は全くなかったと言っていい」

「そうね、せいぜい応仁の乱あたりから戦国時代の初期くらいまでの歴史に、似たような混乱期があったかしら。カムイ伝は、実際には世界的に見てその時代には希な、とても平和だった日本の江戸時代を舞台に、いま宏隆が言ったような西欧の暗黒の歴史をオーバーラップさせて描いている、と言えると思うわ」

「テレビの水戸黄門なんかも、少しその傾向があるかな?」

「あれは、まあ、”人生楽ありゃ苦もあるさ” というスタンスだから────────
”大黒屋、おヌシも悪よのォ・・”、”いえいえ、御代官さまこそ・・・” なんて言う程度で、カムイ伝みたいに深刻じゃないわね。そもそも、懐から印籠を出して見せるだけで世直しをやってしまうんだから、やっぱり江戸時代は平和な時代と言えるんじゃない?」

「確かにね、あはははは────────」

「ははははは──────────」



                               (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第130回の掲載は、4月1日(火)の予定です


noriko630 at 16:18コメント(14)連載小説:龍の道 | *第121回 〜 第130回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2014年03月17日 19:02
♪あ〜るひとつぜん♫ふたりだま〜〜るの〜〜♩♩
あ〜よみがえる青春! なーんて浸っていたら・・
やっぱり珠乃さんは私とは違った (^_^;)
ただ者ではありません。ハイ・・
デートの時に話が合わなくなるからって、こんなに勉強して・・・しかも彼女自身が興味を持って楽しんでいるとしか思えません。
彼の前でも自分の意見をはっきり言えることは、人を大事にし、自分を大事にしている証拠ですね。
宏隆くん、目の前にいる女性はあなたが思いこんでいる”島国の日本人”とはかけ離れているんじゃありませんか?
私も珠乃さんを見習わなければなりません。
 
2. Posted by 太郎冠者   2014年03月19日 01:42
カムイ伝は読んだことはないのですが・・・、学校で習った歴史を後から調べてみると、
まったく実像が違った、というのはざらにありますね。

江戸時代の身分制度に関しても、士農工商、その下に穢多・非人となっていて、とくに穢多・非人に関しては、
武士以外の階級が不平を言わないように、人に在らざる身分として、感情のはけ口として用意されていた…
などというとんでもない説明を受けていたものです。

実際には、穢多・非人の階級の人々は皮革業や家畜の屠殺などをほぼ独占的に行う権利を与えられており、上のほうの人間は武士階級の大名ほど豊かな生活をしていたのだというのですから、まったく間違った認識を与えられていたのだとつくづく驚かされたものです。

そういったものがいくつもあるのですから、まぁ、宏隆くんの気持ちもわかりますけどね。
・・・まぁ、女性は強いですからねぇ(笑)
ガンバレ若者。
 
3. Posted by 円山玄花   2014年03月19日 02:47
宏隆くんと珠乃さんみたいに、自分の考えや意見を素直に言えて、
尚かつ相手の意見も聞ける関係って、いいですよね。

私も、「偏屈で物分かりの悪い、他人の言うことに耳を傾けない強情で傲慢な人間を多く生み出した」のは、なにも島国だからという理由ではないと思います。
大陸やたくさんの島国を旅してきた人の話を聞いても、似たり寄ったりで同じような問題を抱えていることが伺えます。そして、日本が個人主義では無い故に、自然との関わり方、則ち「法則」を気にするようになっていったのではないか、とさえ思えます。
今後、日本という国についてもっと勉強していきたいと思います。

次回も楽しみにしています。
 
4. Posted by とび猿   2014年03月19日 07:12
珠乃さん、強い女性ですね。
広く知識を蓄え、その中で自分の意見を持ち話し合う。
このような熱い人は、私の周りでは少なかったように思います。
果たして、自分の学生時代、男女間でこのような会話をしている人が、どれだけいたのだろうか?
 
5. Posted by まっつ   2014年03月19日 23:25
我こそは文明と、
これまで世界を席巻した欧米文明も、
最近では特にその輝きを失いつつあるように見えます。

欧米が押し広げてきた民主主義も、
絶対的な極には成りえず、
その理想とする世界政府の夢は遠のくばかりです。

人は格差や民族や宗教の枠組みを越えられず、
今、当に世界は多元的に流動しようとしています。
ではルールが変わる世界の先では、
何を夢見れば良いのでしょうか?

この日本は多様な文化を統合し洗練させてきた歴史があります。
混乱する世界の先を走るビジョンを、
日本が発していく事は可能だと思います。
 
6. Posted by taka_kasga   2014年03月20日 18:54
☆マルコビッチさん

♫ あ〜んなにおしゃべり、していたけ〜れどぉ〜

トワ・エ・モアの名曲ですね、懐かしいなぁ。

そうそう、あの札幌オリンピック(1972年)のテーマ、
「虹と雪のバラード」を歌ったのも彼らでしたね。

♬ 虹のぉ〜地平を〜、あ〜ゆぅみぃい出て〜・・

いやぁ、ホントにね、札幌稽古会も出来たことだし!!(何のこっちゃ)

懐かしいなぁ。「龍の道」はその時代の話ですからね。
大倉山ジャンプ競技場には、その歌詞の詩碑が建っているそうです。

>ただ者ではありません。ハイ・・

誰の前でも堂々と自分の意見を述べられる、
海外から帰国すると、そういう日本人に中々お目に掛かれません。
大概は物怖じしたり、言葉に詰まって黙り込んだり、
たまに意見を言える人が居ても、
見るからに自己主張と自己満足の内容だったり・・・

それが他人を大切にする優しさや、謙譲の美徳から来ているとは、けっしてボクには思えません。
まあ、珠乃さんのような日本女性は、キョービめずらしいでしょうね。
 
7. Posted by taka_kasga   2014年03月20日 18:54
☆太郎冠者さん

戦後世代が学んできた教科書の歴史は、
あのテスト勉強の努力が一体何だったのかと思えるほど、
「日本弱体化政策」そのものだったと思います。
日本人が祖国に誇りを持てないように、ウソを教えていたんですね。

そもそも士農工商は「職分」であって「身分制度」ではないはずです。
さらにその下に「穢多・非人」を加えて差別というのはナンセンスでしょうね。
もともと非人とは、今で言うホームレス、つまり無宿の物乞いが多かったわけで、
それらの人たちが汚れ仕事で生計を立てていたわけです。
それを差別というか、社会の中で一般市民と「区別」しない方がおかしい。
江戸時代に非人は大きな組織にまで発展しましたからね。

ぼんやりと「歴史」を捉えて、
教科書やマンガのとおりなんだと思えるような感覚で居ると、
とんでもないコトになると思います。
 
8. Posted by taka_kasga   2014年03月20日 18:55
☆玄花さん

珠乃さんは「どうして日本人だけが島国根性などと・・」と言いましたが、
実は「島国根性」という言葉は、英語にもあって、
[ insularism ] といって、「島国に特有の偏狭な考え方」という意味です。
insular は島国人(に特有)の、という意味。
ism はお馴染みのイズムで、状態、状況、特性、主義、といった意味ですね。

英語に単語があるということは、欧米社会でもそれは特徴ある性質だと言うことです。
ヒトは皆、人種や時代に関わりなく同じ問題や悩みを抱えていて、
確かに、大陸だろうが島国だろうが、ヒトであれば皆同じに思えますが、
海外生活をしていてヒョイと日本に帰ってくると、「うわぁ、やはり日本はシマグニだなぁ!」
と思い知らされ、ショックを受けることが間々あります。
日本人は、そのトコロを自分で理解していかなくてはイケナイ、
そうしないと、世界を相手に国際社会の舞台に立てないと、何度も何度も思いました。
 
9. Posted by taka_kasga   2014年03月20日 18:55
☆とび猿さん

近ごろの若い人は、アツイ人が少なくなりましたね。
梶原スポ根路線で育った世代から見ると、
冬眠中の地中の虫か、温室の野菜、養殖場のサカナ、日陰のキノコのような、
そんな感じさえします。
何かを熱く語り合う、何てコトは無いんでしょうかね。
やっぱり教育は一番大事なことかと思います。ハイ。
 
10. Posted by taka_kasga   2014年03月20日 18:56
☆まっつさん

>理想とする世界政府の夢は遠のくばかり

なぜか特定の国家にだけ都合の良いタイミングで何度も起こっている紛争や災害・・・
なぜか特定の大資産家だけが儲けている金融ショック・・・

この世の中を握っているのは、多くの国家でも民衆でもなく、
我こそは人類の頂点と、都合の良い「世界政府」を作ろうとする、
一握りの国際金融資本家たちかも知れません。

彼らの存在は無論、その野望の実現を阻止せんと、
敢然と立ち向かう闇の組織や結社が存在するのも事実ですが。
 
11. Posted by bamboo   2014年03月22日 21:39
北野坂店、とても懐かしいです。音楽もかかっていないのに気さくな気品もあって、
二人の雰囲気によく合いますねぇ…ハァ^^;
龍の道や道場での稽古を機に日本の近代史を調べ直してからまだ間もない私でも、
(そんなまさか、嘘だろ…)と唖然とするような事実が多々あり驚くばかりです。
しかしそんななかでも、珠乃さんのように調べてみる心が後の運命に大きな影響を及ぼすことは、わかる気がいたします。…ちょっと怖い気もしますが、もっと色んな人・物・事に関わってイキます…。
さっそく昨日、神戸旅行以来ずっと欲しかったティーカップ買いました。にしむらを部屋にと^^;次はカムイ伝買って、但馬空港でパラシュート降下です!(笑)
 
12. Posted by ユーカリ   2014年03月23日 13:09
一つの事を多角的に、立体的に学び、それを自分の言葉で説明でき、尚且つそれに対する自身の意見も理論的に述べられる珠乃さんは、すごいと思います。
私には、それらが欠落しており、その欠落に気づいてもなお、実際的な解決に結び付けられずに今に至ってしまいました。
それが、遺伝的なものであるとか、生まれた年代だとか、生まれ育った環境だとか、今の状況では無理だとか…いろんな理由をつけては、解決することから逃げていたのだと思います。

今まで、一番苦手とし、逃げてきてしまった事なので、気が遠くなりそうですが、目標を明確にして、きちんと関わりたいと思います。
 
13. Posted by taka_kasga   2014年03月27日 23:04
☆ bamboo さん

くれぐれも、「カムイ伝を読みながらパラシュートで降下」をしないようにして下さいね。

ベリーフライ(俯せの姿勢で降下)だと、時速約200kmで落下ですから、
高度四千メートルのジャンプでは、地上までだいたい20秒かな。。
さて、果たしてパラシュートが開くまで、「カムイ伝」を何ページ読めるでしょうか?・・(^_^;)
 
14. Posted by taka_kasga   2014年03月27日 23:06
☆ユーカリさん

誰にでも、苦手なことや、逃げたいこと、避けたいこと、誤魔化したいことは沢山ありますね。
珠乃さんは、確かに('70年代の)現代っ子にしてはスゴイ女性かもしれませんが、
きっと彼女だって、自分に「欠落」しているコトは山ほどある、と思っているに違いありません。

宏隆くんや珠乃さんは「自分はこうでなくてはならない」とは思っていません。
ただひた向きに「自分はこう生きたい」と強く願っているだけです。
自分の情熱が指し示すところを信じ、
それに突き動かされ、それに従って歩んで行ける自分を信じ、
そうすることの充足を、他の何にも代えがたい幸せと感じられる・・・
言わば、至ってシンプルな考え方の持ち主です。

彼らは「他人が自分をどう思っているか、どう評価するか」を判断基準にしていません。
「自分が何をしたいか・何を生きたいか」が、唯一の基準です。
だから「目標」もありません。
チンケな薬屋だったら「目標、427店っ!」と叫ぶのでしょうが、('70年代のジョークです)
「目標」というのは「達成すべき水準」のことですから、
宏隆くんや珠乃さんに、そんなチンケな考え方があるワケがありません。
自らの情熱の海に自らが溺れ、そこで息絶えることこそ、彼らの生きざまなのです。
「現代の、現代っ子たち」には、ちょっと理解できない話かも知れませんが。

ちなみに、この物語で彼らが愛してやまない珈琲の味わいは、
敗戦のショック冷めやらぬ、大豆を煎った代用珈琲しか無かった時代に、
極上の輸入豆の中から、更に一粒ずつ形や色艶の良いものだけをふるい分けて自家焙煎をし、
たった5坪のバラックの店で、たった三つしかないテーブルで、
まともな珈琲カップが二組しかないその店で、
注文の度に一杯ずつ心を込めてネルドリップで淹れた「本物の珈琲」を客に飲ませたい、
そんな情熱を持ち続けた人が創り上げた、名実ともに一流の、極上の珈琲です。
 

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

Categories
  • ライブドアブログ