2013年10月01日

連載小説「龍の道」 第119回




第119回  T A C T I C S (7)



 背中を超えて行ったNo.3に続いて自分も窓から飛び込み、人質が拘束されている部屋の北の隅に向かって、身を低くして進む。

「ダダダッ、ダダン、ダダダダッッ─────────────────」

 広い部屋の中ほどから、銃声が聞こえる。
 ドアを蹴破って真っすぐ突入した隊長とNo.2が、敵と交戦しているのだ。

 室内は、まだ閃光弾の煙が濛々(もうもう)と立ち篭めている。
 透明なゴーグルのおかげで煙は目に染みないが、辺りの様子はまだ判断しづらく、敵と鉢合わせをしないよう、迷路を行くように壁伝いに進む。

「No.5、目標まで約50フィート(約15メートル)────────────」

 玄洋會や台湾軍はアメリカ軍との関わりが強いので、度量衡(どりょうこう)はヤードポンド法になる。メートル法に慣れた身には換算がひどく面倒で、今時そんな大英帝国の遺物を後生大事に使っている国は世界でも珍しいのに、と宏隆は思う。

「Copy.(了解)、No.1 と No.2 は、ライフル1兵、拳銃1兵をキル(斃した)」

「Copy that.(了解しました)──────────」

 無線のヘッドセットで隊長と連絡を取り合い、さらに前に進んでゆく。
 この僅かばかりの距離の、わずかな時間が、どうしてこんなにも長く感じられるのか。
 煙で前が見えないとは言え、とてもひとつの部屋の中とは思えない。

「残る敵は、拳銃2兵とナイフが1兵、か・・・・」

 そう自分に言い聞かせ、ベレッタを両手で構えて、注意深く歩く。

 他の隊員たちはライフルを使っている。
 アサルトライフル(Assault Rifle:近接戦闘用歩兵銃・突撃用小銃)とはよく言ったもので、こんな場合に最も適しているが、宏隆はまだそれほどライフルの扱いに慣れていない。
 ようやく慣れ始めたベレッタで訓練をして良いと許可をもらったのだった。

 だが─────────────────

「おかしい────────自分の背中を超えて行ったNo.3は、もう先に目標に到達してしまったのか?」

 目標まですぐ間近に迫っているというのに、いまだにバディ(共に行動する相棒)の姿が見えず、何の連絡も無いのだ。

「No.3、No.3、Do you copy?(聞こえるか?)・・No.3、Do you copy?・・・」

 小声で呼んでみたが、応答が何も無い。
 
「これは、迂闊には近づけないな・・・」

 返り討ちに遭った可能性もある。そう思って宏隆は歩を止めた。
 目標が居る辺りの様子を探りたいが、閃光弾の煙はまだ部屋中に充満していて、ほとんど視界が無い。

「・・No.5、Did you join with No.3?(No.3と合流したか?)────────」

 宏隆の交信を聞いた No.1(隊長)から無線が入る。

「Negative.(いいえ、合流していません)、No response with No.3(No.3と連絡が取れません)、Over(どうぞ)────────」

「Copy that.(了解)、No.5、Make counter-clockwise, slowly.(反時計回りでゆっくりと行け)。No.1 は中央を直進、No.2 は壁伝いの時計回りで、分かれて行く」

「Wilco────────(ウィルコ:了解)」


 読者にはあまり聞き慣れない言葉かも知れないが、これらは古くから英語圏の無線通話に使われてきたVoice Procedure(交信話法)の用語であり、現在でも軍隊、警察、消防、特殊部隊など、様々な立場の人が、ありとあらゆる状況で通信に用いている言葉である。

 映画などでは、刑事や兵士が何でもかんでも、やたらと「コピー」とか「ラジャー」などと言い合っているのが見受けられるが、本来それらは全て細かい意味に分類されていて、宏隆と隊長の遣り取りのように、厳密に区別して用いられるべきものである。

 因みに、「Do you copy?」や「Copy、Copy that!」と言うのには意味がある。
 映画などを見ていて、なぜ通信の応答に「コピー」と言うのかと疑問に思う人も少なくないと思う。直訳すれば「コピーするか?」「コピーします」という意味なので、日本人だけでなく、英語圏の人でも一体何のことかと不思議に思える表現なのである。

 それは曾て、上官から受けた命令をそのまま ”紙に書き写す” という習慣に由来している。つまり、上官から「お前は、この命令をきちんと書き写す(コピーする)か?」と問われ、「書き写し(コピーし)ます」と答えていたのがその始まりであった。
 日本なら「忘れぬよう、ちゃんと書いておけ」といった感覚だろうか。紙に書き写す必要が無くなった今の時代にも、そんな遣り取りの言葉だけが残ったというわけである。

 「Copy」は、米軍の通信においては「 I heard what you just said. 」つまり「あなたが言ったことを聞きました、OK、All right」という意味で用いられている。ただし、それは ”情報” を受け取った後に「その情報を了解した」という意味で用いられる。何でもかんでも応答に「コピー」を使えば良いというわけではない。

 「Roger」もまた「I understand what you said; ok; all right.(あなたが言ったことを理解しました。オーケー、了解)」という意味であるが、航空関系では「I have received all of your last transmission.(私はあなたの最後の送信の全てを受け取りました)」という意味になり、その場合は「Yes」または「無回答」を要する質問に答えるためには使用するべきではないとされる。

 「Roger」は、欧米でよくあるロジャーという男子の名前だが、かつては「R」を表すフォネティック・アルファベット(Phonetic Alphabet)に Roger が使われていた。
 「龍の道・第58回」でも少し紹介したが、フォネティック・アルファベットは、無線の普及によって音声通話の共通信号を造る必要性が高まり、通信での聞き違いを防ぐために、通話の際に「言葉の頭文字」を正しく伝えるために工夫され制定されたものである。
 日本語では「朝日のア、いろはのイ、上野のウ、英語のエ」という具合になっているが、英語では Bravo, Oscar, November, Delta, と言えば Bond(ボンド)という名前を表すことができ、Arab(アラブ)という語を説明するには、Alfa, Romeo, Alfa, Bravo, と言えばよろしい・・というわけである。

 かつて無線で「R」に割り当てられていた「Roger」は「Received and Understood」の短縮形として高い頻度で使われていた。そして「Received」と応答する時にその頭文字の「R」を表す「Roger」というコードがあまりに頻繁に兵士に使われたため、誤りを避けるために、いつしか「R」のコードは現在の「Romeo」に変更されることになったのである。
 「R=Roger」というフォネティック・アルファベットは、アメリカ軍によって1941年に開発され、1956年まで使用された。アメリカ軍では「了解」を「ラジャー」と発音しているが、もしイギリス軍がこの語を生んでいたなら、英国風に「ロジャー」と呼び慣わされていたかもしれない。

 もうひとつの「Wilco(ウィルコ)」は、映画にもあまり出てこない。
 これは Will Comply(了解=遵守します)という意味で、よく Roger(ラジャー)と混同されがちだが、同じ「了解」でも、Roger が「命令を理解した」という意味であるのに対し、Wilco は「メッセージを受信し、新しい命令を理解し、遵守実行します」という意思表示が含まれている。
 宏隆は、隊長から「反時計回りに、ゆっくりと行け」という ”新たな命令” を受けたので、「Wilco(了解し、指示を遵守します)」と答えたのであり、これは「Roger」よりも的確な応答であると言える。



 さて、その ”新たな命令” を受けた宏隆は─────────────────

「バディの No.3 とはぐれてしまった以上、ここから先は自分独りで任務を遂行しなくてはならないな」

 身が引き締まる思いで、宏隆はベレッタを握りなおした。

 訓練と言えども、ほとんど実戦と変わらぬ状況で、敵味方に分かれて知恵比べをし、能力(チカラ)比べをするわけであって、さらにそれが個人ごと、チームごとに毎回教官に評価されるわけだから、どのような立場や役割であっても誰もが必死にならざるを得ない。
 況してや、使われる銃弾は実際に命中すればかなりの苦痛を伴うペイント弾であり、被弾すればその証拠がありありと残り、何処を何発撃たれたか一目瞭然となる。

 注意深く、足音を潜めて、ゆっくりと壁伝いに歩く。
 両手で銃を構えているので、肘や腿の外側で壁に触れ、確認しながら行くのである。

 と─────────────

「ズダダダッ、ダダッ、ダダダッッ!!」

 いきなり、目の前にライフルの弾が炸裂して、宏隆は反射的に身を伏せた。

「おっとっと・・・危ない、危ない・・・」

 伏せた姿勢のまま、じっと息を凝らして、様子を伺う。

 敵もこちらの様子を伺っているのだろう、コトリとも音がしない。

 だが、なぜ敵に自分の居る位置が分かったのか。

 まだ室内に濃く立ち篭める煙は、此方から相手が見えないように、相手からも此方を認識できないはずなのである。

「そうか─────────────────」

 ふと、天井の辺りを横目で見上げて、宏隆は何かを思い付いたように呟くと、床に転がったままゴソゴソと辺りを手探りで触れまわり、やがてホウキの柄のような木切れを見つけると、自分の首からスカーフを外して、その先端に結び付け、ご丁寧にヘルメットの中に被っていた帽子まで引っ張り出してそこに乗せた。

「これでよし、と・・・・」

 アイディアと言うには、あまりに稚拙かもしれない。
 だが、時にはその稚拙さゆえに、人はまんまと一杯食わされることもある。
 その、まるで子供が思い付くような事によって、これまで宏隆はどれほど難局を切り抜けてきたか知れない。

 案山子のように、棒きれの先に付けた帽子とスカーフは、己の ”影武者” であった。
 さっきの伏せたままの姿勢で、左手にその棒きれを持って、右手にベレッタを構え、床を這いながら、ずい、ずい、と前進して行く。軍隊で誰もが訓練させられる、匍匐(ほふく)前進と呼ばれるテクニックである。

 煙が立ち篭める中では、わずかな光によってぼんやりと影が反射して、その影が動けば、それはすなわち人間だということになる。先ほど撃ってきたのは、そのわずかな影の動きを見留めてのこと・・と宏隆は判断し、このような行動に出たのである。


 果たせる哉(かな)─────────────────

「ダダッ、ダダダッッ──────!!」

 敵はその影武者の影を宏隆だと思い、果敢に攻撃してきた。

「ははは、ざまを見ろ・・まさかダミーだとは思うまい」

 確かに・・敵地潜入訓練でこんなことをする人間は、まず居ないに違いないが。

 ともあれ、撃ってきた銃弾に合わせて、タイミング良くその棒きれを倒し、その場で低く寝返りを打ってバタリと大きな音を立て、まるで実際に被弾して倒れたように見せかけた。

 
「やったか──────────────?」

「うむ、今度は斃(たお)したはずだ、確かに手応えがあった!」

「よし、残るは二人だな────────────」

「そうだ、手強そうだぞ、きっと隊長とNo.2 だ、気を抜くな!!」

「おうっ!!」

 思いがけず、驚くほど近いところから敵の声が聞こえた。
 案山子のダミーは取り敢えず成功した。そして幸いにも、宏隆がいるところには机や椅子のような物があって、床に伏せている限りは容易に見つかることは無いと思える。

「ははぁ、あそこに居るな──────────」

 少しばかり、煙が薄くなってきたのかもしれない。
 ぼんやりと、敵の足元が影として見えている。

「二人か・・・あとの一人は、どこに居る?」

 煙は床や壁際の床の辺りには満ちてこない、とは、火災に遭った時の心得としてよく知られる事だ。そんな時には出来るだけ身を低くして、ハンカチなどを即席のマスクにし、床と壁の角に出来たわずかな空間で息をしながら素早く移動するのである。宏隆はこの部屋に入ってから、正にそのようにして此処まで進んできている。

 この場合、敵が窓を開けて早く煙を排除しようとしないのは、自分たちにとっても好都合であるからに違いない。恐らく、運良く閃光弾の光を目にしないで済んだ者が居たか、あるいはそのような攻撃を予期して、予めサングラスなどの用意が周到に為されていたのかも知れなかった。

 そして、もう一人の敵を確認しようと、少し部屋の中ほどに移動しようとしたとき、
 
「Freeze !!(動くな)、そこまでだ────────────」

 突然、宏隆の背中に、固い金属の銃口が突きつけられた。

「その恰好のまま撃たれたくなかったら、手を頭の上に挙げて、言うとおりにしろ!」

 敵も然る者。どこに潜んでいたのか、這いつくばっているところを、背中にピタリと銃口を突きつけられたのだから、もはや何も為す術はない。ここは、ともかく大人しく敵の言葉に順うしかない。
 
「じっとしていろ、動くと撃つぞ!!」

 銃を突きつけたまま、そう言いながら、ヘッドセットをもぎ取ろうとする。
 味方に連絡を取られる前に、先に無線を外してしまうのである。

 だが、その行為を実行するには、いかにも相手が悪かった。

「うわぁあっっ!!」

 いったい、どのように動けばそうなるのか。
 敵がヘッドセットを外そうとしたその瞬間、宏隆はフワリと相手を崩して投げ、あっという間に立場を逆転させて、敵を床に俯(うつぶ)せに転がさせた。

「・・・じっとしていろ、声を立てるな」

 すぐに背中に馬乗りになって片腕の関節を極め、同時に素早く腰からナイフを取り出して相手の首に当てる。

「むむっ、くっ・・・う、動けない!」

「それ以上動くな、動くと命が無いぞ!」

「くっ、くそぉおっ─────────────────!!」

 だが、敵は意を決して、力一杯もがいて宏隆を撥ねのけようとした。

「あっ・・・・う、ううむ・・・・」

 こうなっては、これより他に仕方がない。
 宏隆はナイフで敵のノドを掻き切って、斃した。

 無論、ナイフはプラスチックでできたトレーニング用の物である。
 訓練時には、そのナイフの刃に赤いチョークが塗りつけられている。それで喉を掻ききれば喉に赤いチョークが付くので、斃されたことが分かる。

「悪いな、殺られたので ”減点5” だ。大人しく順ってくれれば、捕縛拘束のみの ”減点3” で済んだのに・・・ここで暫(しばら)くじっとしていてくれ」

 手早く相手の手首を背中に回し、ポケットから取り出したハンドカフ(使い捨てのプラスチック製の手錠)を掛けて、拘束する。このような事も、大切な訓練のひとつなのである。

「ふう・・しかし、すごい技だ!、ロクに触れられてもいないのに」

 小声で、呆れたような顔で宏隆を見つめながら、その相手が言う。

「ははは・・・それじゃ!」

 敵の始末を終え、其処からまた匍匐(ほふく)をして先に進もうとしたが、

「No.5、Do you copy?・・・No.5・・・」

 ヘッドセットに連絡が入った。隊長の声である。

「No.5、Copy !」

「No.5、そっちは無事か?」

「Affirmative.(アファーマティヴ:Yes。Negative の逆。肯定するときに用いられる)大丈夫です。たった今、拳銃の敵を1兵、捕縛(ほばく)しました」

「Copy.(了解)、此方も残りの2兵を捕縛。人質を無事に確保したところだ。No.3 は部屋に侵入後すぐに殺られた」

「Roger.(了解)、すぐに合流します」

「Copy. Clear.──────────(了解、通話を終了する)」

 銃声が全くしなかったので、隊長たちも自分のように銃を使わずに敵を制圧したのだと、宏隆は思った。
 もう床を這って行く必要も無い。取り敢えず、この侵入訓練は無事に終わったのだ。

 そう思って、ようやく立ち上がろうとしたとき──────────


「ドォオオオーン─────────────────」

 遠くから、まるでガス爆発でも起きたような、大きく鈍い音が響いてきて、宏隆は思わずその場に立ち尽くした。

「何だ・・・いまの音は?」

 音が聞こえてきたのは、おそらく西の方角からである。


 宏隆は、なぜか胸騒ぎがした。



                                (つづく)




  *次回、連載小説「龍の道」 第120回の掲載は、10月15日(火)の予定です

taka_kasuga at 18:07コメント(17)連載小説:龍の道 | *第111回 〜 第120回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2013年10月03日 00:03
小気味良いテンポと臨場感のある描写に引き込まれます。

機能的で無駄が無く、機械のように精確で在れる事からは、
人間性の欠如にも感じられて戸惑いを覚えるかもしれませんが、
野生を見れば、生存競争の場は厳密な規則性に支配されており、
生き残る事と機能的である事は本質的には等価なのだと思い知ります。

野生の放つ殺伐な印象を嫌い、
人間性だけを尊ぶ現代の風潮には危惧を覚えます。
残酷で殺伐とした「世界の半分」を知らない人間性とは、
どれだけの重さを持つのでしょうか?
自分も含めて虚構に生きているような現代日本人の、
生きる力を心配してしまいます。

幸い我々には太極拳があります。
残酷でも殺伐でもありませんが、自分に対しては厳しい世界です。
日々の稽古で生きる力を鍛え直す心意気で臨みたいと思いました。
 
2. Posted by マルコビッチ   2013年10月03日 01:39
やっぱり宏隆君かっこいいですね♡♡♡
とっさにダミーを考えついたり、適地への進入の仕方など、
日頃の訓練はやはり身体だけではなく、知性や考え方を磨くことも大事だと思いました。

しかし、通信に用いる言葉をその状況に応じて的確に使いこなすまでにも、
かなり訓練がいりそうに思えます。(私の頭ではそう思えてしまいます ^_^; )
的確に素早く判断して動ける訓練は、
こういった通信にも同じ頭の回路として使えるのでしょうね。

西の方角からの大きな音・・・胸騒ぎ・・・
気になります・・
 
3. Posted by 太郎冠者   2013年10月04日 16:32
うーん、訓練でコレですからね。
なにもやったことのない素人(僕ですが)がいきなり真似しようとしても不可能。
ましてや実戦なんてことになったら、一体どうなってしまうことやら。

子供だましのような手段には笑ってしまいましたが、敵の裏をかくという点では、むしろ効果的だったわけですね。

いずれにせよ、裏をかこうとするだけでもダメ、ですよね。
王道で、ちゃんとしっかり鍛えているからこそ、ちょっとしたひらめきが強みになるのだと思います。
やはり、日々の鍛練あってこそ、でしょうか。
 
4. Posted by とび猿   2013年10月04日 23:37
まさに知恵比べ、能力比べ。
とても面白く拝見しました。

今までも様々な工夫で困難に立ち向かってきた宏隆君を見てきましたが、それに加え、自分を律し統率の取れた行動は、大武號での戦いや台湾での拉致から生還したときと、まるで違って見えます。
また、訓練とはいえ、このような状況の中で冷静に観察し、想像力を働かせ、自分と周囲の状況を察知、把握し、行動することは、大変なことだと思います。
これぞ訓練の賜物でしょうか。

さて、何かまた波乱の予感。
次回を楽しみにしております。
 
5. Posted by ユーカリ   2013年10月05日 00:38
実戦さながらの訓練の様子に、手に汗を握りながら読み入ってしまいました。とても面白かったです。

隊長の指示により、各々が的確に状況を察知して自分の任務を遂行する。応答もその場に適した言葉で敏速に行う(しかも外国語で…)。
寸分たりとも自分勝手な解釈や思い込みがあっては、自分だけでなくチームごとやられてしまう。
自分の、日常での在り方は、なんて武術的ではないのだろうっ!と痛感します。
どのような状況下でも、在り方が整っている故に、考え方、言動、すべてに無駄がなく一つとして動ける、どこまでもしなやかに動き続けることができるのだと思いました。

銃口を突き付けられて、もうおしまいか…!!!と思いき、立場を逆転させてしまう場面、武藝館に入門していなければ、「フィクションだよな」で通り過ぎてしまうところです。
これから、どうなるんでしょうっ???
次回も楽しみにしております。
 
6. Posted by bamboo   2013年10月05日 22:00
なんだかもう…戦争映画見るのやめます^^;
前回も私のアタマじゃ追いつけないだろうとは直感しましたが、今回は(正しい訓練を積めば可能なはず…なら正しい訓練を積める自分になれれば…)そう感じました。
料理も戦闘も、ナイフはやはり基本が大切、ですね。
 
7. Posted by MIB(▼_▼¬   2013年10月07日 22:51
返答もちゃんと場合によって使い分けるんですね。当たり前といえば当たり前ですが、必要十分なルールに感心してしまいました。自衛隊にもそういう使い分けがあるんでしょうか。

ろくに周りも見えない中で、うつ伏せの状態から背後の敵を一瞬で制してしまうというのは凄いですね。早くそのように体が動くように、相手と合わせられるように精進したいと思います。
 
8. Posted by 円山玄花   2013年10月09日 12:54
コメントがたいへん遅くなりました。m(__)m

チームで行動している中で、尚かつ自分の任務を遂行するのは中々たいへんなものがあり、
そこで必要になるのは、体力でもなければ知識でもなく、生きた知恵であると痛感します。
それが無いと、ただ後にくっついていくか、一人で突っ走るかのどちらかになり、
協調と調和は失われ、待っているのは隊の全滅・・となりますね。

今回は無線通話がとても勉強になりました。
私が知っている無線通話だと、回りくどくて悠長と言いますか、緊急時には適さないような気がします。でも、これなら普段から使えそうですね。

フォネティック・アルファベットは、まだ耳慣れないので、もう少し詳しく見てみようと思いますが・・、春日さんはもしや007ファンでしたか?

次回も楽しみにしています!
 
9. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:07
☆まっつさん

野生とは、
「動植物が自然に山野で生息すること」
「人が教育などで整えられたりせず自然のままの状態で育つこと」と、辞書にあります。
では、人間性というのは野生の反対なのかと思うと、然に非ずで、
「人間特有の本性で、人間として生まれつき備えている性質」と、あります。
生まれつき備えている性質とは、すなわち「自然のまま」であるわけですから、
「人間性」とは「人間の野生(野性)」と言い換えても良いかもしれません。
野性の証明・・ですね。

野生の一見「残酷で殺伐とした世界」を観ると、まるで人間がそれと異なる世界に居るような錯覚に陥りますが、何も野生の世界だけがそうではなく、生きるとはそもそも弱肉強食、他者の存在を自分の糧として得る事によって成り立っているのであって、人間もまた、この地球で他の動物、植物、細菌などと渡り合い、今も「生存競争」に勝ち続けながら生き残っているわけです。
 
10. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:08
☆まっつさん(承前)

私たちが生きて行く為に、どれほど多くの生命を殺し、それを糧としていることでしょうか。
人間と同じ「生命」とは思えない植物でも、同じ生命である事に何も変わりはなく、感情らしきものさえ持っていることが分かってきています。

生きるとは、他を殺すことによってしか成り立たない罪深いことであり、その事実を受け容れない非科学的な人は、散々ウシやブタを食べてきていても、クジラを食べることは残酷と、ヌケヌケと言ったりします。
しかし、グリーンピースとイクラは、生命として何も変わらないワケで・・・
目玉焼きを食べれば卵は一個か二個ですが、イクラの軍艦巻きを食べればそれは数十個に及び、キャビアなら数百個の生命を一度に殺している事になる。
この意味に於いても、まっつさんの言う「人間性だけを尊ぶ現代の風潮」は危険なものです。

まっつさんの言うとおり、幸い、私たちには太極拳があります。
太極拳とは、単にスゴイ原理の高級武術ではなく、この世界が何で出来ているか、生きとし生けるものの営みがどのような法則で出来ているのかを科学的に教えてくれる、「人間性」の成長発展にとっては非常に有り難いものだと、ボクは思っています。
 
11. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:09
☆マルコビッチさん

>的確に素早く判断して動ける訓練

たとえ套路や歩法をゆっくりと練っているときでも、
実はそのような訓練が行われているのだと、私たちはもっと意識する必要がありますね。

散手や推手の時にはピリピリして青筋を立てるけれども、套路や歩法の時にはのんびりしている、
・・では、武術は、太極拳は、身に付かない、というワケで。

>胸騒ぎ・・

胸騒ぎの腰つき〜♫、なんてのがありましたね。
「龍の道」も、もう、勝手にシンドバッドっす!!
なんのこっちゃ・・・⊂( ̄(エ) ̄;;)⊃
 
12. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:09
☆太郎冠者さん

>裏をかこうとするだけでもダメ、

格闘技の試合をやってきた人は、とかくその一発が中らなければ良いとか、
のらりくらりと躱していれば良い、というような発想がよく見られます。
試合でポイントを取ったり取られたりという事の中で培われた感覚なのでしょうが、
それは、実戦になったら間違いなく命取りです。

最も高度な武術を必要とする兵士たちは、決して格闘競技の発想で訓練をしません。
彼らが最も時間を掛けて訓練することは「自己統御」であり、
小賢しい小手先のテクニックや形だけの実戦用法などを戦闘法とは考えていません。
彼らが訓練するのは格闘競技の技法ではなく、実戦の際の自分の在り方なのです。
この意味に於いて、太極武藝館は「軍隊」と同じ考え方だと言えるかも知れませんね。
 
13. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:12
☆とび猿さん

こうした訓練で自分をフルに活かすのは、なかなか大変なことです。
太極拳の単鞭が「右手を勾手にして相手の手首をつかみ、左手で相手を打つ」という用法だと思い込んで(教わって)それを練習していても、実戦にはまるで使えない(同じ練習をしている同士なら通用するでしょうが)。套路の架式の意味、なぜ単鞭というスタイルが套路に組まれているかという意味が理解されなければ太極拳という武術も分からない、というコトと一緒で、ライフル射撃にしても、単にその銃の使い方とSPSK(立射、伏射、座射、膝射)のカタチを習っても撃てない。その使い方やカタチを取る”意味”を理解するまで学ばなければ、射撃として成立しないんですね。
だから武術を学ぶ人は、まず「兵士の学び方」に学ばなければならない、と僕は思います。
この意味に於いて、太極武藝館は「軍隊」と同じ考え方だと言えるかも知れませんね。

・・あれ?、上と同じハナシになってしまった──────────σ(´Λ`;)
 
14. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:13
☆ユーカリさん

>自分の、日常での在り方は、なんて武術的ではないのだろうっ!と痛感します。

本当に「武術的なこと」と言うのは、実は「脆いこと」なのだと、
脆くて、弱くて、頼りなくて、不安定で、ちっとも強くなんかない──────────
と、先日の稽古で師父が仰っておられたと聞きます。

私たちは、脆さを他に見せたくない、知られたくない、自分がそうだと思いたくない、そうではいけない、などと思いますが、本物の武術は「脆さ」から始まり「脆さ」で終わるのであって、決して脆さ・弱さで始まって、強さ・剛さで終わるのではない、ということです。

もし私たちが日常生活に「自分の強さ」を求めているなら、きっと太極拳は理解できません。
本物の太極拳とは、「強さの在り方」を求めて行くわけではないからです。
 
15. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:19
☆ bamboo さん

そう、料理も戦闘も、ナイフはやっぱり顔がいのち・・じゃなくて、基本がいのちッスね。
ああ、良いナイフが欲しいなぁ。。。って、なんかが違う・・(;•ิ﹏•ัก)
 
16. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:20
☆MIB (▼_▼¬ さん

>ろくに周りも見えない中で・・

玄門には「アイマスク」を付けて、何も見えない状態で行う対練もあります。

感覚を研ぎ澄ませる・・なんて単純なモノではなく、もっと深い意味がありますが、
それを知るには、イッパン門人を卒業するしかありませんね。⊂(▼(工)▼)⊃
 
17. Posted by taka_kasga   2013年10月10日 04:21
☆玄花さん

>もしや007ファン・・?

ジェームスボンドの映画は、全作品を観ています。
小さい頃に映画館で「007は殺しの番号(原題 Dr. No)」というのを観たのが命取りでした。
ウチの棚にもほとんどのDVDがあったような・・

斯界では師父は「リアル・フリーマン」と呼ばれているそうなので、
ボクは「リアル・ボンド」を目指そうかな、と。。はは・・・
タキシードも嫌いではないし。;-)8>
・・あ、マティーニはあまりドライすぎず、ステアの方が好きですが。(● ̄(エ) ̄●)ゞ
 

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