2013年08月19日

連載小説「龍の道」 第116回




第116回  T A C T I C S (4)



「降下用意────────────」

「降下用意よし!!」

「降下、始めっ!!」

「降下ぁっ────────────!!」


 巨大な地下訓練場に、教官と訓練生の声が谺(こだま)する。
 カーキ色の軍服にヘルメットを被り、背中にライフル、腿には拳銃とナイフを装備した十五、六名の隊員が、見上げる塔の天辺(てっぺん)から次々とロープで降下して来るのはなかなか壮観な眺めだ。

 王老師だけは、相変わらず黒い戦闘服にベレー帽を被って、降下してくる隊員たちを訓練塔の下で見守っている。腿に着けた銃とナイフは昨日と変わっていないが、よく見れば宗少尉が着けていたものと同じ、緊急時にラペリング(Rappelling=懸垂下降)が出来る、三角形の金属が付いたベルトも装備している。


 さっそく、今日から降下訓練である。
 宏隆は生まれて初めて、垂直の壁面にロープ一本で吊り下がることになった。

 ──────────と言っても、いきなり他の隊員たちのように、高さ20メートルの訓練塔から降下したわけではない。それ以前に学ぶべき事がたくさんあるのだ。

 ハーネス(骨盤部に装着するベルト)の装着方法に始まって、カラビナやエイト環の扱い方、ハーネスやロープに降下具を取り付ける方法、ロープを持つ手の位置、体の姿勢、ロープを弛めて降下しながらブレーキを掛ける方法、降下の途中で停止して位置を確保し両手を自由にする方法など、先ずはそれらの基礎知識と基本操作がきちんと覚えられるまで、平地で立ったまま指導が行われる。

 それが終わって、いよいよ降下かと思いきや、次は訓練塔の側面に造られた初心者用の低い壁を使って、壁面に垂直に立つことや、そこでのロープの扱い方、バランスの取り方を訓練する。
 壁面には足が滑らないように厚手の板が張られ、壁の前には2メートルほどの高さの所に足場が作られている。訓練生はまずそこに教官と一緒に立ち、ハーネスと降下具にロープを装着して足場の外へと身を乗り出し、宙にぶら下がりながら壁に垂直に立つ練習をする。

 つまり、降下訓練と言ってもいきなり初めから降下をさせるわけではなく、正しい用具の扱い方と、降下時の姿勢やブレーキのかけ方、正しい考え方と身体の在り方からみっちり仕込まれるのである。


 ─────────さて、宏隆は今、高さ5メートルの初心者用の壁の上の方、地上3メートルほどの所で壁と垂直に立つことを試みているのだが、わずか直径1センチの細いロープ一本で宙吊りになってみると、やはりそれなりに怖さが感じられる。
 この程度の高さでも、普通の人間にとっては充分に非日常的な状況に違いないし、こんなふうに背中を下にして吊り下がった恰好で、万が一手を滑らせて落ちてしまえば、確実に大怪我をするのは誰にだって想像がつく。

 だから真下の地面には安全のための分厚いマットが敷かれているし、訓練生はヘルメットは無論のこと、裂けたり擦(こす)れたりすることに強い丈夫な生地で作られた軍用のシャツとズボンに、さらにニーキャップとエルボーキャップを着け、しっかり壁面をグリップするビブラムソールの半長靴や、熱や摩擦に強いグローブを装着した上で、加えて降下専用のロープやカラビナ、エイト環などの降下用具も信頼性の高いものが必需となるのだ。


「もっと腰を立てて、足を伸ばして────────────!!」

(よいしょっと、こんな感じかな・・・)

「伸ばしすぎては駄目です。膝は少し曲げて、背中を丸め過ぎないように」

(むう、これじゃ背中を丸め過ぎか・・・)

「そう、そこから少し右手を弛めながら、ゆっくりと足を下に移動して!」

(右手を弛めながら、足を移動させる、と・・・)

 登山のクライミングなどでも、普通はロープを持つ手は左手が上、右手は下というスタイルをとる。これは降下の際にブレーキを掛けるのに、利き手で力のある右手で行いたいからである。
 しかし実際にロープ降下を使って任務に当たる兵士たちは、降下中でも拳銃やライフル、手榴弾や閃光弾などを手にしたり、潜入のための細かい作業をしたりする為に利き手を取っておく必要があるので、左手でブレーキングを行うスタイルも同じように訓練する。
 宏隆のような初心者は、利き手でブレーキングの練習をしないと危険なので、初めは皆、右手を下にして訓練をさせるのである。

「うわっ・・とっとっとっと・・・!!」

 その右手に握っていたロープを弛めた途端に、体が後ろの下に向かって倒れていき、慌てて壁に付けた足に力が入り、そのために頭と背中がピンと張って、宏隆は壁と垂直に、真一文字に立つような恰好になってしまった。
 当たり前のことだが、ロープを弛めながら、弛めた分だけ足を下方に運ばなければ、足が支点として壁に残って、身体だけが下に向かうことになる。そうなったら仰向けで逆さ吊りの姿勢となってしまう。

「しっかりと右手のグリップを握って!、急に弛めすぎないように!」

「は、はい・・イエッサー!」

 もちろん宏隆だって、そんな事は分かりきっている。
 ただ、さっきからずっと宙吊りの恰好で訓練を続けているので、いつのまにか握力を消耗していて、徐々に握力が効かなくなってきているのだ。
 初心者は必要以上に強くロープを握ってしまうからであるが、初めて体験する訓練では、そんなことも気がつかない。握力の強化は、軍隊の降下訓練には必須である。

(ふぅ、びっくりした────────────)

「よし、今度はその姿勢のまま、壁を蹴って!!」

(蹴るって・・・こうかな?)

 グイッと、足に力を入れて壁を蹴ってみるが、ほんの少し足が離れるだけで、ほとんど膝屈伸(スクワット)をしているような形にしかならない。

「もっと大きく、壁から離れるように、ポーンと蹴って!」

 大きく蹴れと言われても、ちっとも大きく蹴ることができない。
 考えてみれば、短い糸に吊された振り子のように、吊されたロープの支点がほんのすぐそこに位置しているのだから、そもそも大きく蹴れるわけがないのだが、慣れない宙吊りの恰好で頑張っている宏隆には、そんなことも冷静に考えられない。

「次は、そこでロープを固定して!」

「ロープ、固定しました!」

「よし、固定したら手を放して壁に転がって!」

 教わったとおりにエイト環にロープを固定し、まるで横へ受身を取るように、ぶら下がったまま壁にゴロリと体を付ける。まるで無重力空間を漂っているような恰好だ。

「そうだ、今度は反対側にも体を回して!」

 またゴロリと向きを変え、壁に背中を付ける。

「なかなか良いですね。それでは基本姿勢に戻って、ロープの固定を解除して!」

 再び壁に垂直に立ち、ロープの固定を解いて降下の基本姿勢になる。

「よし、次はさっきと同じように壁を蹴りながら、少し右手のグリップを弛め、また締めながら下降する」

 指示されるままに、壁を蹴りながら左手を少し弛めてみると、さっきとは違ってほんの少し宙に浮いたような感じで、壁からスーッと遠ざかり、また近寄って壁に足が着いた。ほんの少し体が下の方に移動している。

「よし、今度は何度蹴っても良いから、地面まで行けるように調整して!」

 一度その感覚を実地に経験してしまえば、それほど難しいことではない。
 要は蹴ることと、グリップを弛め、再び締めることのバランスなのである。

 一回目の蹴りと移動よりも、二回目の方がよりスムースにできる。
 高さは2.5メートルほど残っていたが、一回の蹴りで綺麗に、ゆっくりと着地することができた。

「OK、もう一度上がってきて、同じことをしてみましょう」

 再び初心者用の足場に上り、ロープを降下具にセットして壁に垂直に立つ。
 さっきとは違って、今度はテキパキとスムースに事が運んでいくし、何よりも吊り下がって壁に立つことが全く怖くない。

「降下用意──────────────!」

「降下用意よぉし!」

「降下っ!!」

「降下ぁ──────────────!!」

 ポーンと大きく壁を蹴っりながら、ロープを持つ手の緩急を調整して、宏隆は一回で地面にフワリと着地した。
 
「ふむ、初めてにしては中々上手いものです。運動神経が優れているというよりは、きちんと意識の制御ができるのだと思えますね」

 エイト環からロープを外している宏隆に向かって、雷(らい)士官長が感想を述べた。

「降下で最も大切なのは、右手のグリップの緩急と、壁を蹴るタイミングやチカラをバランスよく、冷静に行えることです。ヒロタカさんはもう、次のステージで訓練を始めても良いと思います」

「雷士官長・・ぼくはコードネーム ”クラマ” ですよ────────────」

 少し微笑みながら、宏隆が言った。

「・・あ、つい本名でお呼びしてしまいました!」

「それに、自分はこの訓練場にご厄介になりに来た訓練生ですから、どうか他の隊員と同様に、厳しく扱って下さい。また、自分のような若造に丁寧な言葉もご無用です。右も左も分からないリクルート(Recruit=新兵・新米)の一人として厳しくご指導いただければ嬉しく思います」

「あはは、やっぱりね───────────────」

「 ”やっぱり” と、言われますと?」

「実は昨日、ヒロタカさんの扱い方について、王老師に伺ったのです。
 ヒロタカさんは隊員たちの尊敬を集める王老師の拝師弟子ですし、同じく玄洋會の重鎮であられる加藤光興(みつおき)先生のご子息です。今回は戦闘部隊のカリキュラムを消化するために此処に来られたわけではなく、個人的に宗少尉に特別訓練を指導されているかたちでこの訓練場を利用されているわけですから、そのヒロタカさんをどのように扱えば良いのか少し迷ってしまって、王老師にご相談申し上げたのですよ」

「そうだったんですか・・・」

「すると王老師は、何も心配ない、何でも良いから好きなように扱ってごらん、どれほど厳しくしても従(つ)いて来るし、加藤家のお坊ちゃまとして持ち上げても、反対に彼の方からそれを正してくるから、と仰って笑っておられました」

「お気遣い、ありがとうございます─────────自分はそれほどの人間ではありませんが、王老師にそう言って頂けるのは嬉しいです」

「試すような事をして失礼しました。これからは玄洋會の新米隊員の一人として、他の隊員同様に扱わせていただきます、よろしくお願いします」

 雷士官長がそう言って頭を下げようとしたので、慌てて宏隆は敬礼をして言った。

「ありがとうございます、改めて、どうぞよろしくお願いします!」

「では、次は30分後に、第2ステージで訓練を行います。そこからは私に代わって、降下訓練の教官である潘(パン)曹長が指導にあたります」

「イエッサー!!」


 30分間の休憩をはさんだ後、いよいよ訓練塔に上る。

 第2ステージと呼ばれる高さ10メートルのステージは、訓練塔のちょうど中間に位置しており、塔の降下面には上下2メートルほどの開口部が設けられている。
 この空間は、塔の最上部から降下する際に、鎧戸(よろいど)を閉めて壁面を平らにすることが出来るようになっており、鎧戸が開いている時はこの空間を避けて降下したり、反対に鎧戸を小さく開けた空間へ侵入する訓練を行うこともできる。

 10メートルの高さというのは、マンションの四階の床くらいの位置に相当する。
 手摺りも何もない降下口から下を覗けば、自分の身長もプラスされて、最上部の第1ステージとあまり変わらない高さに思えてしまうほどである。

「私は教練を務める潘(パン)だ─────────────これから行う ”Hang(ハング)” は、すべての降下方法の基本となる重要な技法なので、よく覚えるように!」

「イエッサー!」

 教官の潘曹長がステージに上ってきて言った。坊主頭の小柄な人だが、きりりと引き締まった筋肉質の体で、浅黒い肌に目つきが鋭く、見るからに精悍そうな人だ。
 宏隆を他の訓練生と同様に扱うよう、雷士官長から言い渡されているのであろう。宏隆に対する言葉が厳しい命令口調になっている。

「良いか!、懸垂下降、ロープ降下と聞けば凄いことのように思えるが、技術的には極めて簡単な、バカでもできるようなテクニックだ。特に高度なことでも何でもなく、慣れれば誰にでもできる。しかし、ミスをすればグランドフォール(地面まで墜落)して、確実に死んでしまうのだ!!
 現に、軍隊で新兵が訓練中に落ちる事故は後を絶たないし、名のある登山家も何人も懸垂下降のミスで命を落としている。如何に簡単に思える技術も、どのような容易な訓練も、決して甘く考えることなく、自分を過信せず、常に細心の注意を払って行うことが大切だ。
 そして、そのような注意深さこそが、実際に敵とわたり合った時に自分が生きて帰れること、無事に生還することにつながるのだ──────────分かったか?!」

「イエッサー!!」

「よし、では先ずハーネスを装着して、キャラビナとフィギュア・エイトを着けろ!」

「イエッサー!」

 カラビナは英語圏ではキャラビナと発音し、エイト環はフィギュア・エイトと呼ばれる。
 潘曹長はそれらの降下用具を正しい英語の発音で呼んだ。

 訓練生から ”テラス” とも呼ばれるステージの上で、休憩時に取り外したハーネスを再び装着し、しっかりベルトを締める。
 それらの降下具には、ハーネスへの取り付け方やロープの通し方など、すべて正しい扱いが決められている。潘曹長の言うように、扱いが簡単ではあっても甘く考えず、それらをきちんと習得しておかなくては、即ち生命に係わってくるのだ。

「よし、次はフィギュア・エイトを外して、そこにロープを装着する!!」


 ステージの中ほどに、降下ロープの支点となる金属製の太いバーがある。
 訓練生は、そこにセットされているロープを自分のエイト環に装着する。

 一度着けてセットしたものを、どうして再び外してロープを着けるのかと、普通の人は思うかもしれない。それなら最初からエイト環にロープを通し、それをハーネスに着ければ良いではないか、と・・・

 しかし、それは違うのである。
 装備は、常に自分の側から整えて行くのが正しいのだ。それが面倒だから、この方が効率が良いからと勝手に考えて適当なことをしていると、イザという時、肝心の戦闘時には何の行動も出来ない人間ができ上がってしまう。

 太極拳でも、他の武術でも、すべては同じことなのだと宏隆は思う。
 すべては ”己の側” を整えることから始まるのであって、他を律したり操作したりすることから始められたりはしない。高度に完成された武術は、自己の在り方を差し置いて相手を制することに躍起となるような庸劣な技術ではない。
 だからこそ、太極拳には己を端正に整えることで漸(ようや)く見え始める基本があり、科学として構造を観ることで解き明かされる原理があるのだ。


「イエッサー!!」

「ふむ、もうだいぶ慣れてきたな。では、それをキャラビナにセットし、スクリューゲートを確実にロックして!」

「イエッサー!」

 カラビナには多くの種類があるが、ここで宏隆が使っている物はカラビナのゲートが容易に開かないように、スクリュー式の安全環が付けられているタイプのものである。

「よし、次は訓練塔から身を乗り出す。先ずロープを下に落とすが、大声で ”ロープ投下!” と声を掛ける。やって見せるから、続いて同じようにやれ」

「イエッサー!」

「ロープ投下ぁ!!」

 降下口から下を覗いた潘曹長がそう声を掛けると、下で誰かが「ロープ投下よしっ!」と返答してくる。宏隆もそれを真似て声を掛け、降下具に装着したロープを投下した。

「よし、次はいよいよ降下をする。私の隣に立って、私が行うのと同じようにしっかり真似をして、一緒に下まで降りて行くのだ」

「イエッサー!!」



                                (つづく)




  *次回、連載小説「龍の道」 第117回の掲載は、9月1日(日)の予定です

taka_kasuga at 23:11コメント(16)連載小説:龍の道 | *第111回 〜 第120回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2013年08月21日 10:47
銃の訓練もそうでしたが、降下訓練もやはり道具への心構えと扱い方、基本から入っていくのですね!
このようにどのような訓練にも基本に対して、はっきりと徹底した姿勢でいるということは、訓練体系が整えられており、不測の事態に冷静でいられる精神をも養うのではと思います。
しかし、宏隆君の自分を修正していく力はすごいですね!

ロープ一本で壁と垂直に立つこと・・・想像しただけでも”うわ〜っ” って感じですが、そこから動いていかなければならないんですよね!
研究会の稽古で、壁に足をつけて上がったり下がったりするものがありますが、そのときはもちろん手は床についていますし、そのくらいヒョイヒョイ出来なければ、到底このような降下訓練などお話にもならないと・・・(^◇^;) 思いました。
 
2. Posted by MIB(▼_▼¬   2013年08月21日 18:18
こんな風に教えてもらえれば頭打たなかったのに…と思う反面、こんな手順が不可欠だということに思い至らなかった自分がアホだったとも思います。
たまたまではなく毎回生きて帰るには一見非効率な規則の意味を理解して自分に叩き込まなくてはならないですね。15の時にそれを理解していれば今もう少し脳細胞が残っていたのですが。
 
3. Posted by とび猿   2013年08月22日 23:17
いよいよ降下訓練が始まりましたね。
思わず、読みながら緊張してしまいました。
このようにリアルに危険を感じる状況では、最早自分のやり方など全く通用せず、とにかく、この基本を習得しなくてはお話にならないということが身に沁みると思います。
装備も訓練方法も、細部まで考えられていて、武術の稽古そのもののように感じられました。
 
4. Posted by 太郎冠者   2013年08月22日 23:30
>懸垂下降、ロープ降下と聞けば凄いことのように思えるが、技術的には極めて簡単な、バカでもできるようなテクニックだ。特に高度なことでも何でもなく、慣れれば誰にでもできる

え、本当ですか? やった、僕にも出来・・・

>ミスをすればグランドフォール(地面まで墜落)して、確実に死んでしまうのだ

Oh...
確かに読んでいると、特別な才能や運動神経がなければできないというふうには感じないですが、いずれにせよ正しい指導をきちんと受けて従わなければ、確実に死んでしまうもののように感じます。

しかし、こういった即、死につながるようなものだったら誰か知ってる人に教わろうという発想になるのは至極当然だと思うのですが、それと本来変わらない、下手するとそれ以上の危険におかれるかもしれない武術を、映像や教材で習おう、独習しようという発想が世に広まっているのが不思議でなりません。
もちろん、補習などで使うというのならわかるのですが。

それが商売として成り立っているというのも、ある意味興味深いですけども(笑)
げに恐ろしきは、エコノミックアニマルとしての人類でしょうか。
 
5. Posted by ユーカリ   2013年08月23日 05:52
非常に短期間で、手に汗握る降下訓練を着々と進める様子に、日頃から、「できる事ではなく、理解すること」の大切さを常にご指導くださる師父のお言葉の意味を噛み締めます。
基本を学んでいる中で、これからやろうとすることの意味を正しくとらえ、正しい考え方と正しい身体の在り方を理解する。示されたことそのものをやる中で、実際の自分の状態を観察し、その場で修正してゆける鞍馬の姿に、やはり、日常がいかに大切かに立ち返ります。
何かを示されたとき、「何事にも、自分を挟む時間を与えたがる自分」から始まっていたことに気づきました。
 
6. Posted by bamboo   2013年08月24日 22:19
誰でもできる簡単なことを、注意深く確実にできることが生還に繋がる…正に日常の様々な場面でも言えることですね。その重要性・必要性を、たとえ誰かに命じられたり場に求められなくても自分の中に常に感じ続けられる在り方…。
先ほど門人規約を改めて読み返してみましたが、入門当初より胸に深く突き刺さります。
 
7. Posted by taka_kasga   2013年08月27日 17:28
☆マルコビッチさん

>研究会の稽古で、壁に足をつけて上がったり下がったりするものがありますが・・・

ウチほどユニークな訓練をする太極拳の道場も、そうザラにはないと思います。
というか、それが太極拳とどう関係しているのか、普通では考えられない。
本物の纏絲勁や、発勁の原理、太極拳の戦闘原理を知っている人なら、
「ああ、なるほど・・・」とワカルはずなのですが。

もし拳学研究会の稽古で「降下訓練」をやる、と師父が言ったら、
門人よりも、外部の人たちの方がビックリするでしょうね。
・・というか、「ブゲー館は太極拳ぢゃないナ!」と仰る人も多いかもしれません。
 
8. Posted by taka_kasga   2013年08月27日 17:29
☆MIB (▼_▼¬ さん

>たまたまではなく、毎回生きて帰るには・・・

それそれ、そのコトですよ、いつも師父が言われているのは。
たまたま生還できたのと、きちんと生還できるコトとの違いが、
昭和元禄に生まれた人たちには分かり難いし、平成の能天気族にも無論理解できない。
指導者はそれを理解させるために、アノテコノテを駆使して、
「化学するココロ」が芽生えるように、目覚めるようにしていくわけです。
嗚呼、その苦労たるや、図南のココロ、誰が知る・・
いや違った、師匠のココロ、誰が知る。
 
9. Posted by taka_kasga   2013年08月27日 17:29
☆とび猿さん

小説だけでなく、ぜひ本物の「降下訓練」を体験して欲しいですね。
ほんとうにその場で降下塔の端っこに立ってみれば、
宗少尉や宏隆君の気持ちもワカルというものです。(^_^)
 
10. Posted by taka_kasga   2013年08月27日 17:30
☆太郎冠者さん

そうね。
武術は本来、即、死につながる状況で使われるモノなのですが、
「本物の武術」を習いたいと言って入門する人の中には、ちょっと役立ちそうな護身術やし合いのテクニックでも教えて貰うような感覚の人も居るみたいで、こっちがビックリします。
いつの時代の、どんな民族でも同じだったのかも知れないけれど、ホンモノを本気で追求する


>げに恐ろしきは・・

まあ、この世も、あの世も、地獄の沙汰もカネ次第、
エコノミックアニマルが地球から絶滅する日は遙か遠いコトだと思います。
スゲー館は、数少ないマトモな武術道場のひとつなんでしょうね。

「武術」というものが何であるのか、何だと考えているのか、
武術の定義をきちんと門人に呈示した上で教えているセンセーがどれほど居られるのか、
ちょっと調べてみたい気がします。
 
11. Posted by taka_kasga   2013年08月27日 17:30
☆ユーカリさん

>非常に短期間で・・

いや、そんなこと無いんですよ。
軍隊式の降下訓練としては、宏隆クンの教えられ方は普通です。

>「できる事ではなく、理解すること」

コレがいちばんムツカシイ。
現代人はもう、どうすれば出来るのか、遣れるのか、
と言うことにしかアタマが回らないのではないか、と思えてしまいます。
何でも良いから「良く出来たね」と言ってほしいイイコチャンが増えたのカモです。
哀しいけれど、どうすれば理解できるのかという回路を持つ人はヒジョーに少ないですね。
 
12. Posted by taka_kasga   2013年08月27日 17:31
☆ bamboo さん

>門人規約を改めて読み返してみましたが、入門当初より胸に深く突き刺さります

おお、そういう人にこそ、吾らの門を継いでいって欲しいものですね。
序でに是非、ホームページに書かれていることも読み返してみて下さい。
きっと毎回、新しい発見がありますよ。
 
13. Posted by 円山玄花   2013年08月28日 13:49
コメントが遅くなってすみません!

こんなに細かく降下訓練の様子を書かれると、いよいよきちんと修得したくなりますね!

自分がこれまでに全く経験のない訓練は、自分の現時点での実力が分かると同時に、
新しいことを吸収しようとするその力や、訓練内容が瞬く間に自分の実力に変わっていく、
その流動的なエネルギーを直に感じられます。

人の意欲ややる気は、まさに「わくわく」することで生じると思いますが、
同じように、生きる力、生き残る力の根源にもなると思います。
太極拳で「〇〇勁」と名の付くものが、ひとつひとつ異なる物ではないのと同様に、
日常で表現される「学習力」、「修得力」、「能力」などの力も、もとはひとつであるのかなと、
改めて思いました。

次回も楽しみにしています。
 
14. Posted by taka_kasga   2013年08月29日 15:13
☆玄花さん

お務め、ご苦労さまです。

キュラキュラキュラキュラキュラキュラ
  /二二Z二(二二二(O
`匚]:冖[]【´・ω・】
/_/|:二二:\___\
◎^^^^^^◎)三)―)三)
丶◎◎◎ノ三ノ―ノ三ノ


>訓練

訓練というのは、読んで字の如し、
訓え(教え示されること=instruction)を、練る(練成する=train)ことですから、
経験のない訓練は常に新鮮で、大いに刺激や閃きに満ちているものですね。

言い換えればそれは、教示されることを正しく受け取り、受け容れることと、
その内容を実感したり共鳴したりすることでこそ、それを十全に練り上げていくことができる、
ということになります。

ゆえに、訓練の成果がなかなか出てこない、という人は、
その何れかが欠落しているか、訓練という「システム」自体を理解できない人、
訓練を自分勝手にやっていても身に付くような気がしている人で、
「訓練内容が瞬く間に自分の実力に変わっていく」なんてコトは、
まったくの夢の夢になってしまうワケですね。

>〇〇勁

太極拳の勁は、すべて「太極勁」というひとつのものであって、
「様々な名前が付けられた数多くの勁は、みな勁が外に現れた表面的なものに過ぎない」
と、播詠周先生も仰っていますね。

太極武藝館では、人を吹っ飛ばすために化勁や纏絲勁の練功に躍起となっているわけではなく、
勁を生み出すところの根本である「構造原理」の訓練に励む所以です。
同様に、各個人の能力は、それが何に発揮されるかによって差があるように見えますが、
本来はすべてひとつのチカラであると思えます。
 
15. Posted by まっつ   2013年08月31日 01:59
コメントが遅くなりまして申し訳ありません。
何かを身に付けるには、
理にかなう事が最も有効であり、
良く練られた基本によりプロは養成されるのだと、
つくづくと感じました。
先ず基本に乗ることが出来るよう、
自分を整えたいと思いました。
 
16. Posted by taka_kasga   2013年09月01日 14:19
☆まっつさん

基本とは、先人たちの情熱によって深く研究された「道理」なのだと言えます。
そして、それに対して敬意を払うことが出来るのは、
何よりも自身がその内容を実感でき、味わえるからに他なりません。

それは料理でも同じことで、どれほど高名な料理人の料理を賞味しようと、
味わえる感性が無ければ、ただ名店に席を取った満足が残るだけで、
食べた物はコンビニの弁当と変わらないことになります。

私たちは、基本を身に着けようと躍起になる前に、
まず自分がその味わいを受け取れるだけの受容性に満ちているか、
先入観や偏見に満ちていないかを、謙虚に確認する必要があります。
本物のプロはみな、そのことを整えてきた人たちであって、
必ずと言って良いほど謙虚な人たちばかりです。
 

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