2013年05月01日

連載小説「龍の道」 第110回




第110回  鞆  絵 (ともえ)(8)



 ここで宏隆が使っているベレッタのようなオートマティックの拳銃は、マガジンにセットされた弾丸をすべて撃ち尽くすと、スライドが引かれたまま静止する仕組みになっており、そこでマガジン交換をして、デコッキングレバーを下げれば、再び射撃が可能となる。
 デコッキングレバーとは銃の安全装置のひとつで、スライドの側面のすぐ下に付いているそのレバーを押し下げると、撃針を固定したまま撃鉄を元の状態に戻すことができる。

 編集部註:撃鉄(銃弾を叩くハンマー)を引くことをコッキング、それを元に戻すことをデコッキングと言う。また、撃針(ファイアリングピン)とは、撃鉄で叩く衝撃力を銃弾の雷管に伝える役割をする部品(ピン)のことをいう。

 宏隆は、十五発の全弾を一気に撃ち尽くすと、すぐさまマガジン・リリースボタンを押して、空のマガジンを廃棄して新たな弾倉をセットしようとした。
 宗少尉は、それを制したのである。

「もっとゆっくり、じっくりと撃ちなさい────────────
 マガジン交換も、私が ”やれ” と命じた場合以外はやらないこと・・・わかった?!」

「はい・・・・・」

「正しく銃を撃てるようになりたいのなら、きちんと教える人の言うことを聞きなさい。
 我々にとって、銃は人殺しの道具でもなければ、フラストレーションの捌け口でもない。拳や剣の道と同じ、崇高な人間性を追求する高度な武術として、厳しく自己を照らし観て、武藝の高みを極めるための道具として存在しているのよ。
 言わば出家した仏僧の衣鉢や一笠一杖(いちりゅういちじょう)、破草鞋(はそうあい)と同じ意味を持つ物─────────────────自我を戒め、その道に邁進するための道具として心して扱わなければ、銃はキチガイに刃物、単なる危険な遊び道具か、ただの人殺しの道具にしかならないわ!」

「はい、自分が間違っていました────────────近頃、どうにもならない事や、どうしようもないことが沢山あって・・・言われたとおり、銃弾を撃つことの心地良さに、それを捌け口にするような気持ちになっていたと思います。申し訳ありません、今後は充分に戒めていきます」

「ウダウダと口答えや言い逃れをしないところは、なかなかよろしい。ウチの組織でも台湾海軍でも、入隊したてのハナタレには時々そんなアホウも居て、手を灼くこともあるのよ。
 何かを言って聞かせるときに、口答えとまでは行かなくとも、素直になるのにひどく時間がかかって、ムスッとしたような表情をするヤツも居るしね。陳中尉だと、そんなのはすぐにぶん殴るんだけど・・・まあ、宏隆は若いのに、正しい姿勢で、正しい顔で、正しく聴けるのだから、大したものよ」

「正しい顔・・・ですか?」

「そう。人の本心は顔に出る。口ではイエッサーと言っていても、表情がムスッとしているヤツは、本当は命令を聞く気がないということね。ヒロタカはきちんとした顔で受け応えができるから、合格よ」

「ありがとうございます」

「まあ、由緒正しい血と、立派な親御さんのシツケが幸いしたンだろうけどね!」

「あ、はい──────────────」

「よく覚えておきなさい。銃は ”その気” になって撃っても駄目。それはただの観光射撃。しょせんは素人の気まぐれな遊びに過ぎない。私たちはプロ。玄洋會でも台湾海軍でも、誰もがプロとしての誇りを持って訓練に励んでいる。そしてプロとシロウトの違いというのは、ひたすらココ・・・ココの、”意識レベル” の違いにあるのよ」

 そう言って、宗少尉は自分の頭を指さして見せる。

「意識レベルの、違い・・?」

「そうよ。ド素人は単純に、銃を撃つこと自体が喜びだから、基本的に撃てばそれで満足。的に当たったらもっと満足。ミリタリーの恰好をして、ブーツ履いて、ゴーグルをして、イヤマフをして、腰にナイフと銃を提げて、それっぽく雰囲気に浸れたら、もう十分。
 まあ、その程度で満足できるというのが、シロウトの本質ね!」

「それじゃ、まるで子供の ”戦争ごっこ” じゃないですか・・・」

「そう、本物のナイフや銃を持ったら興奮してしまうのがシロウト。それらを手にしても、フォークやナイフを持っているのと何も変わらないのがプロ、割り箸でも戦えるのがプロというものよ」

「はあ・・・・」

「ちょっと、こっちに来てごらんなさい」

 何を思ったか────────────宗少尉は宏隆に手招きをすると、射撃台をヒラリと超えて射撃ブースの中へ入り、的のある壁に向かってツカツカと歩いて行く。

 射撃場では自分たちの他に誰も訓練をしてはいないが、やはり銃弾が飛び交うスペースに入って行くのは、あまり気持ちの良いものではない。

 従いて行きながら、宏隆がふと、そんなことを思っていると、

「さあ、そこに寝転んでごらん」

 床を指差して、宏隆に命じた。

「そこって・・・此処にですか?」

「そうよ。その標的の前あたりに、頭を向こう側にしてゴロリと寝てごらん」

「こうですか──────────────?」

 変な所で、変なことをさせられるなあ、と宏隆は思ったが・・・
 言われるままに、ぶら下がっている標的の前に、頭を奥にしてゴロリと寝転がった。

「しかし、こんな所に寝転がるのは、あまり良い気持ちがしないものですね。
 これじゃまるで、ボクが標的になったみたいで・・・・」

「まるで、じゃなくて、そのボクが標的になるのよ──────────────」

「えっ・・?!」

 いったい、何を言っているのか。
 そう言われて一瞬、宏隆は訳が分からず混乱したが、すぐに状況を悟って、

「ちょ、ちょ・・ちょっとまっ・・・・」

 言いかけたが、すでに遅かった。

 宗少尉はすでに腰の拳銃を抜いて、宏隆にピタリと銃口を向けて、

「ジッとしてなさい、そうでないと命の保証は無いわよ!──────────────」

 寝転がっている宏隆とは、5メートルほどの距離がある。
 冷ややかに、まったく表情を変えずに、そう言ってのけると、宗少尉は眼下の宏隆に向かって、立て続けに五発ほど銃弾を撃った。

「バン、バン、バン、バーン、バーンッッッ──────────────!!」

「うわああああああっっっ!!」

 ジッとしていなさい、と言われたが、身動きなど微塵も出来るものではない。
 息も凍りつくとは、このようなことを言うのだろう。手も足も、ひどい金縛りに遭ったように固く硬直して、宏隆の叫び声と実弾の発射される音が射撃場に響きわたった。

 すでに銃弾が飛び交う中に身を置いたことはあるが、とは言え、こんな至近距離で、しかも床に寝かされたままで、いつもは実の姉のように優しい宗少尉が、顔色ひとつ変えず、しっかりと自分に銃口を向けて、実弾を何発も撃ち放ったのである。

「な・・な・・なにを、するんですか─────────────────」

 流石の宏隆も、すっかり顔色が青くなっている。
 もちろん、宏隆の身体に弾丸が命中することこそ無かったが、顔から少し離れた処にも、足元にも、腕のすぐ側にも、実弾が音を立てて床をえぐり、飛び跳ねたのである。

「どう?、気分は─────────────────」

 わずか数秒の出来事とは言え、銃弾を集中して間近で喰らうことの恐怖を、宏隆は身に染みて味わっていた。

「気分は、って・・もう、死にそうですよ───────────起きてもいいですか?」

 まだ銃身の熱い銃を、腰のホルスターに収いながらコクリと宗少尉が頷き、宏隆はズボンの尻をはたきながら起き上がる。

「いつぞやも、庭でナイフを投げつけられた事がありましたけど、それとは全然違いますね・・・やっぱり、実弾はすごく恐ろしいです。硬直して全く身動きが出来ませんでした」

「あはは、下手に動くと当たってしまうからね。こんな時はそれが正解よ」

「僕に、実弾の怖ろしさを体験させてくれたんですか?」

「まあね。銃を撃つ立場ばかりに酔い痴れていると、反対に撃たれることの恐ろしさが分からないから。実際に至近距離で撃たれてみるのが手っ取り早い─────────」

「台湾で、何度か銃弾の飛ぶ中を経験しましたが、コレとは全く違います。あの時は銃弾が飛んできても、何故かあまり危機感が無くて・・・まあこんなものかなと、少しばかり実戦が分かったような気になっていたのかも知れません」

「銃は、実際に撃たれてみてはじめて、その恐ろしさが理解できるのよ。だからと言って、本当にそれを経験するワケにもいかない。だからこんな訓練をするのよ。防弾ベストを着けさせて、リアルに被弾させるコトや、麻酔銃を撃たれることもあるけどね」

「・・・宗少尉は、実戦で撃たれた経験があるんですか?」

「これを見てごらん─────────────────」

 後ろ向きにシャツを脱いで、宏隆に素肌の背中を見せる。
 背中の左下にふたつ、銃弾をえぐり出したような傷跡があり、右の上の方には刃物で斬られた大きな傷があった。

「これが戦闘という物の正体よ。カッコイイものでもなければ、強がってどうにかなるものでも無い。試合場も、ルールも審判も無い。ひたすら敵と命をやり取りする、殺(や)らなければこっちが殺られるだけの、ひたすら非情で冷徹なもの─────────────」

「・・・・・・」

「だからこそ、戦士には崇高な精神性と、国や民族を護り、愛する家族を守る強い意志と、全ての訓練を正しくこなす為の、自己を厳しく見つめ制御できる資質が必要となる。
 それがなければ、ただの武器を持ったキチガイか殺人鬼。そこいらのチンピラの方がまだマシ、ということに成り兼ねない。だから、自分の気分に左右されて銃弾を撃つような人間には銃を訓練する資格がない、とヒロタカに言いたかったのよ」

「はい──────────────」

「それほど大きな危機を感じる必要の無い社会で生きている人間たちは、武器で遊ぶことでも満足できてしまう。そして自分ではそれを遊びや戦争ごっこだとは思っていない。
 でも、例えばイスラエルやアフガニスタン、イランやイラクのような、年がら年中紛争の絶えない国々だと全く違う。その地域に暮らす人たちは、実際に銃の扱い方を知らないと、いつ何どき自分たちの生命を脅かされる事態に遭遇するか分からないから、たとえ小学生の子供でも、老人でも、誰もがそんな危機感を強く持っている。殺されないために、生き抜くために、本当に銃の扱い方をきちんと知る必要性があるのよ」

「自分を含めて、現代の日本人には、それは全く理解できない事だと思います」

「そうでしょうね。けれど、そんな日本には実際に、”今そこにある危機” が増え続けているのよ。それをリアルに感じ取れない、或いはそれを真に受けたくない人間は、イザ本当の危機がやって来たときには、ただ慌てふためいて、うろたえるているしかない。
 どんな国でも、そんな人たちが真っ先に被害に遭うことになる。一人一人がきちんと危機を感じて理解し、常にそれに備えているような国は、小さくても最強の国家と言えるのよ」

「今、ベトナム戦争が起こっていますが・・・ベトナム軍正規兵士だけでなく普通の一般市民も同様に散々米軍を手こずらせているという話を聞きますね。彼らはジャングルで家族ぐるみで米兵と戦っているのだそうです。お父さんが戦闘に行っている間に、お母さんは食事の仕度をして夫を待ち、明日の戦いに備える。子供たちは竹槍を作ったり、落とし穴や仕掛けを作る手伝いをしながら、家族ぐるみで最前戦を旅していくのだと・・・」

「そう、そんな国こそ、最も恐るべし────────ベトナムは今後も、どのような国の侵略にも決して屈しないでしょうね」


 ベトナム戦争、と聞いても、今の若い日本人はピンとこないかも知れない。しかし筆者や宏隆クンの世代にとっては、毎日のようにニュースで報じられるリアルな戦争であった。
 ミリタリーファッションが流行する昨今では、実際のベトナム戦争や湾岸戦争の背景よりも、そこで兵士に重宝された「M65フィールドジャケット」の方が、よほど若者たちに関心が高いかも知れない。

 日本人にはあまり知られていないが、実はベトナムは、その長い歴史の中において、特に支那(中国)の歴代王朝から繰り返し侵略を受け続けてきている。
 紀元前111年から実に千年もの間、支那の王朝はベトナムを支配下に置いてきたが、938年にゴ・クエンが南漢の軍を破って独立を果たし、明王朝の侵略を受けた時にもそれを撃破している。
 ベトナムの各都市の大小の主要道路の名前には、今もそれら中華王朝の圧政に立ち向かって功績を上げた英雄たちの名が付けられているのを見ても、如何にこの国の人たちが侵略に対して強い意志を持って立ち向かってきたかが窺える。

 ベトナム戦争の後、南北ベトナム統一後にも、1979年に「中越戦争」という中華人民共和国との戦争が起こり、1989年に至るまで国境で紛争をしている状態が続いた。
 1988年には南沙諸島の赤瓜礁でベトナム海軍と中国人民解放軍が衝突し(英語名:スプラトリー海戦)、ベトナム軍水兵が多数虐殺され、ジョンソン南礁はいまだに中国に占拠されたままである。
 また2012年7月17日、中国は南沙諸島と西沙諸島を含む南シナ海の島嶼部を「三沙市」として勝手に成立を宣言し、市長を選び、永興島に守備隊を配備したが、ベトナム社会主義共和国はすぐにそれに対して猛烈に抗議し、ベトナムはそれらを領有するに十分な歴史的証拠と法的根拠を持っているという見解を国際社会に示した。

 さらには、2012年5月から中華人民共和国で新規発行されたパスポートの査証(ビザ)のページには、「南シナ海・三沙市」という行政区画が印刷されており、ベトナムの領土主権の主張や南沙・西沙諸島の実効支配を否定する表明がなされているが、これに対してベトナムは猛烈な抗議をし、新パスポート所持者に対しては入国審査官が入国スタンプの捺印を拒否している。
 これらの中国の行為に対して、首都ハノイの中国大使館前では、本来は厳しく禁止されている市民の抗議デモが、警察の取り締まりを受けることも無く、毎週日曜日に大々的に行われ続けている。

 しかし、決して他人事ではない─────────────────
 軍事力で領土主張を行うという覇権主義中国の常套手段は、近い将来、日本の尖閣諸島に適用されないとは限らない。いや、すでに中国共産党は尖閣諸島を奪うための緻密なシナリオを書き上げ、真っ先に宮古島に上陸して占拠し、そこから行動を起こす準備をしており、先の民主党政権時から、宮古島には観光客のフリをした大量の中国人工作員が密かに入り込み続けている、という確かな筋からの情報もある。

 なお、余談ではあるが─────────────────
 沖縄にある中国の友好団体である「尖閣の海と島の平和と発展を考える会」が、度々中国の「中国国際友好連絡会(友連会)」の理事である精華大学の劉江永教授をセミナーの講師に招き、沖縄と中国が共同で尖閣諸島を管理し、漁業資源を管理する公園や国際観光拠点として整備するという提案を強く沖縄県民の間に広めようとしている。
 この「友連会」とは、実はかつてトウ(登ノボルに邑オオザト)小平が設立した人民解放軍政治工作部の情報機関であり、以前から日本の公安が目を付けて、厳しく監視活動を続けている団体である。
 2010年3月、その「友連会」のメンバーが、なぜか宮古島のすぐ隣にある「下地島」をはるばる中国から訪れた。下地島(しもじしま)は、沖縄県宮古島市に属する、面積が十平方kmほどの島である。友連会の一行は那覇空港に到着するなり、『観光はどうでも良いから、すぐにその下地島を見たい』と言った。一行五名のうち、三名は眼光が鋭く体格の良い、いかにも軍人の体つきであった。
 珊瑚礁に囲まれハイビスカスの咲き誇るこの美しい島には「下地島空港」という、日本で唯一の民間パイロットの訓練する専用の飛行場がある。彼らはそこを見たい、と言ったのである。
 防衛省関係者によれば、この島はいざ日中戦争が発生した際には対中国防衛の要衝となる非常に重要な島であるという。沖縄地方でこの規模の滑走路があるのは、那覇空港と米軍の嘉手納基地だけである。戦闘機は無論、輸送機の運用にも全く支障のない下地島空港の価値は、国防の観点から見ても計り知れないものがあるが、台湾にも尖閣諸島にも間近なこの空港を、あの中国も喉から手が出るほど欲しがっているのは当然である。
 沖縄人の戦争アレルギーを考慮している間に、中国から沖縄に目を付けられ、下手をすると宮古島はおろか、本島ごと支配されかねない危険な状態が迫っている事を知る日本人は、残念ながらあまり居ない。


「さて、充分に分かったようだから、続きをやるか──────────────」

「はい、お願いします、いろいろ申し訳ありませんでした」

「やれやれ、やっと実際の訓練に入れるわね」

「・・あ、それはさっきの僕のセリフですよ!!」


                                (つづく)




  *次回、連載小説「龍の道」 第111回の掲載は、5月15日(水)の予定です


taka_kasuga at 21:08コメント(16)連載小説:龍の道 | *第101回 〜 第110回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2013年05月03日 12:52
昨今の尖閣を巡る中国の横暴な振る舞いを見るに、
中国は領土拡張の野心を最早隠さず、
紛争地としての既成事実を積み上げています。
遠くない将来に戦争が起こる可能性は非常に高い状況です。
中国側は戦争準備に向けた布石を着々と進めつつあり、
一方日本側の対応は遅々として進められないように見え、
もどかしく感じます。

現代日本では何故か「戦争の危機」を警告する者は、
当人が戦争を望んでいるかのように喧伝されてしまう空気に覆われていて、
志ある人が声を上げても聞く耳を持つ人は僅かばかりで、
総体としては何時までも仮初の平和に微睡んでいたいようです。

・・・とは言え、
自分もその平和に微睡む一人だという事を痛感しています。
その微睡みがリアルだとされる空気の中で育ち、
自分の中に「ただ争いを避け平穏に生きたい望み」が根深くあります。
代償の無い望みは本質的には夢のように儚いと悟れないのです。

思想信条においても、常に自分の立ち位置から確認する必要がある・・・
改めて認識する事ができました。
 
2. Posted by 円山玄花   2013年05月04日 11:34
フラストレーション。
理由はどうあれ、「強くなりたい」という欲求を基に、武術を始めたり軍隊に入るわけですから、
そこに欲求不満はつきもので、きっかけさえあれば発散したくなってしまうのが常だと思います。
ただ、自分の場合は、どれだけ発散しても現状は変わらず、むなしさだけが残った覚えがあります。それでも、やってみなければ分からなかったことですが(笑)

結局、何であれ欲求不満を解消するには、発散するのではなく自分が変わること。
ワンステップ上がることでしか、解決できないのだと気がつきました。
意識の変容。その為にこそ武術の修行は役に立つと思います。

そういえば、防具を着けて殴り合う意味が分からず、また原理も見えずに悶々としていた頃、散手の相手にがむしゃらに突っかかっていき、顔面を中心に連続で打ち込んでいったことがあります。
それを見ていた師父は私の相手をされ、沈黙のままひたすら殴ってこられました。
防具の上からでも顎が開かなくなるほど殴られて、その時はとても何かを分かることは出来ませんでしたが、後日、”防具の上から殴られるのはどういうことか”ということは分かりました。
ちょうど、実弾で撃たれた宏隆くんのように。

次回も楽しみにしています。
 
3. Posted by とび猿   2013年05月04日 12:35
学ぶ者の精神状態や態度は、同じように武藝館の稽古でも、特に研究會以上の門人は、細かく丁寧に注意を受け、指導されますが、先ずこれが整わないことには、物事を勉強していく為のスタートラインにすら立てないと思います。
現在出回っている太極拳の映像等を見ると、独創的なものが多々あるように思われます。
それは学んでいるものが違うからそう見えるのか、受け取る側の問題なのか、自分に見る目がない故かと考えさせられることがあります。
少なくとも、太極拳は学問であり、それ故に、先ずは個人的な才能ではなく、受け取る側が受け取れるように、自身を整え、磨き続けているかどうかが問われてくるのだと思います。
この龍の道を読むと、いつも身が身が引き締まる思いがします。
次回を楽しみにしています。
 
4. Posted by 太郎冠者   2013年05月05日 13:00
銃で撃たれたことなどないですが(笑)、実際に脅威が迫っているときに、それが表に出ず、安穏と過ごせてしまうのは、危険なことのように思います。

先日、防衛省幹部の一佐が交通事故で亡くなられたらしいのですが、その方は西部方面普通科連隊の連隊長も経験され、防衛省統合幕僚監部特殊作戦室長をやっていた方らしいです。

なので一部ネットでは、本当に事故か?
中か北か、はたまたC○Aか? などと話題になっていますが、これは国防という面で見ても大きな損失ですし、
なによりタイミングが・・・。

これをどう考えたらいいのか、わかりませんが、とにかく思っている以上に、何かがある、というのは確かなようです。

気を引き締めていかないと、大変なことになりそうです。
 
5. Posted by ユーカリ   2013年05月07日 16:06
実際に、自分のすぐ近くに実弾を撃ち込まれているかのような、リアルに音までが響いてくるかのような描写に、手に汗を握りました。
音も、振動も、恐怖も、痛みも、想像もつきませんが、実践の場に覚悟を持って立つ方々が、実践により近い訓練を経て有事に備えていらっしゃることを思うと、また、世界のあちこちで紛争の真っ只中に暮らす人々を思うと、自分は何とまあ甘っちょろいところで生きているのだろう…、とあまりに覚悟のない状態を反省せざるを得ません。

ヒタヒタと尖閣諸島略奪の準備を進めている中国の情報にも、他人事ではなく、自国、自身の問題であることをきちんと受けとめなければならないと思いました。
今おかれている立場や、状況を受け入れ、自分を見つめ、自身を挟めない精神性を持って、稽古に向かいたいと思います。
 
6. Posted by bamboo   2013年05月08日 12:37
プロ中のプロですね。こうした相手と敵対した場合を想い浮かべると強い恐怖を感じます。
同時に、こうした味方がいてくれた場合を想像すると非常に安心します。…(そんな存在になれたら、いいよなぁ…)と憧れのようなものも感じました。戦闘を、武術を奥深く学ぶプロ中のプロならそれなりの生き方を選ぶ覚悟が要るということは、師父や玄花さんと接していると妙に腑に落ちます。そして今までどうして仙人のように感じていたのかも、自分と照らし合わせれば簡単な理由でした^^;
自分がどうなるのか、もう止めようと思っても止められない気もしますし(笑)、せっかく分かち合わせて頂いた運命、行き着くところまでイってみたいです(あぁ…書いてしまった^^;)
 
7. Posted by マルコビッチ   2013年05月09日 12:52
宗少尉の銃の稽古、すごいですね!
本物の銃を見たことさえない私には、銃弾を間近で喰らう恐怖など想像も出来ませんが・・・命をかけた場で用いる武器を知るためには、ある意味手っ取り早く現実的に知ることの方法なのでしょうね。

宏隆君が気持ちの捌け口として銃を立て続けに撃ってしまった事とは話のレベルが違うかも知れませんが、日常生活のなかで、小さな気持ちのイライラに車をかっ飛ばしてしまうことがありました。(最近はありませんが・・^_^;)
車のしくみも知らず、正しい運転の仕方も知らず、まるで観光射撃でその気になっているような人と同じです。
そういう精神状態の時は、対練でも、力できたものに力で返すといったような幼稚なことをしていたと思います。
プロとシロウトの違いは”意識レベル”の違いにあるというのはよくわかります。
正しいことに意識の標準を合わせ、かつ常に意識的でなければならないと思います。
武藝館ではその事を教えていただき、自分自身と向かい合い取り組んでいかなければならないと思っています。
 
8. Posted by MIB (▼_▼¬   2013年05月10日 14:07
初めてコメントさせて頂きます。
「龍の道」からいつも沢山のヒントを頂いています。どうも有り難うございます。

自分は観光射撃しか経験がありませんが、
たしかにこんな事を何百回やっても実用には耐えないと思いました。
装填された銃をホイと渡されて的のあたりに弾を出してまたホイと返して、
というのでは何の訓練にもなりませんね。
戦場にいたら仲間の足音にびっくりして撃ってしまいそうです。

まして仲間を正しく撃つなんてのは…道のりは遠いです。
 
9. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:29
☆まっつさん

>現代日本では何故か「戦争の危機」を警告する者は、
>当人が戦争を望んでいるかのように喧伝されてしまう空気に覆われていて、

そのような空気を巧く「作っている」奴らが大勢居る、ということです。
日本人がそのような独自の ”平和意識” を持っている、というワケではありませんね。

>その微睡みがリアルだとされる空気の中で育ち、
>自分の中に「ただ争いを避け平穏に生きたい望み」が根深くあります。

そう、所謂「戦後世代」は、多かれ少なかれそんな感じで生きていますね。
だから本物の武術をやっても、格闘競技にしかならない。
早い話が、「生きるか死ぬか」というような目に遭ったことが無い。
そりゃぁ、普通はそんな目に遭わないに越したことはないのでしょうが、
そもそも武術というのは「生命の遣り取りをする術理」であるわけで、
一発のパンチを避けられたからポイントにはならないとか、
相手よりも沢山パンチを入れられたから自分の方が有利だとか、
抱球勢のゾーンを護って居さえすれば敵は攻撃できない、というような、
そんなアホな考え方が通用するワケがないのです。
スポーツ格闘技の世界でも、その ”微睡み” がリアルとされているわけですね。
 
10. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:29
☆玄花さん

若い頃は兎角、
エラそうな口を利いたり、安っぽいプライドを持ったりするものですが、
人間には、口で言っても分からないことがあります。

百万言よりひとつのキッス、なんて粋な言葉もありますが、
拈華微笑、以心伝心、不立文字、禅の警策、
どんな言葉を並べるよりも、ただ一発のパンチ(何発でも・・?)が、
何かを心底から理解させてくれることは、よくありますね。

そのような状況に身を置いてきた人は、
そうでない人たち・・”微睡み” がリアルだと思い込んできた戦後世代の人であっても、
よく己を識り、世界を知ることができるのだと思います。
 
11. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:29
☆とび猿さん

>太極拳は学問であり・・・

そのとおりですね。
小学校に入ったときに、誰もが未知の真新しい「学問」の世界を知り始めたように、
武術もまた、そのように学ばなくてはならないわけです。

個人的な才能が問題にされるわけでもない、
他と競い合って、突出することが求められているわけでもない、
地道にそれを習い、学び、研究していく「姿勢」こそが必要とされているのですが、
漫画やオモチャを集めるように、本物はこんな事をするのだと示されただけで喜んでいる、
それだけである程度満足してしまうような、そんな人が増えましたね。

武術を純粋な学問として捉え、自己成長の糧としてその道に邁進するような、
そんな引き締まった精神を持つ人間自体が、
この ”微睡んだ” 世の中には、なかなか見出せなくなりました。
 
12. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:30
☆太郎冠者さん

>銃で撃たれたことなどないですが(笑)

それは幸いですね。(笑)
観光射撃に何回も行ったなどと自慢する人は少なくないですが、
そんな人に「私は銃で撃たれたコトがあります」などと言うと、
何故か、もう二度と付き合ってもらえません。(笑)

射撃場は、たとえ観光射撃場であっても「ゲーセン」とは違うのですが、
そこを訪れる人は大概、ゲーセン気分がほとんどです。
だから私は、射撃を教えて欲しいと乞われても、滅多な人には教えません。
男なら誰でも、銃やナイフに興味を持つものですが、
大人になっても「子供のように」それらに興味を持っている人は要注意です。
精神的に未熟な人間が ”本物の武器” を持つことほど、恐ろしいことはありません。

>防衛省幹部の一佐が交通事故で亡くなられたらしいのですが

事故ではなく、もちろん暗殺ですよ。
やったのは中国に決まってます。
国民に知らされていない、このテの事件はたぁ〜くさんあるのです。
アナウンサーが放送局の便所で自殺、テラスから飛び降り自殺、
飲酒運転で断崖から落ちて死亡・・・et cetera….
「龍の道」で書いても良いのなら、いくらでも書きますが、
ちと本題から外れてしまいそうなので。。
 
13. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:30
☆ユーカリさん

>他人事ではなく、自国、自身の問題であることをきちんと受け止めなければならないと・・

それが他人事であると「教育されてきた」私たちは、自分自身に対して、
「実はそうではないのだ」という再教育を施さなければならないと思います。

そして、それが可能な精神性であれば、稽古においても、
「武術的身体構造」や「非日常性」が深く理解されることと思います。
 
14. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:31
☆ bamboo さん

>こうした相手と敵対した場合を思い浮かべると・・・

太極武藝館に入門する人の中には、
「ぜひ師父と一本お相手頂きたいですね」などと仰る人が少なからず居られます。
大概は、よそで格闘技を長年やってきた人ですが、
そんな時、師父はだいたいこう言われます。
「もし貴方が三ヶ月間、きちんとウチの稽古を続けられたら、いくらでも相手をしますよ」

それは、相手を労ってのことです。
普通に格闘技をやってきた程度の人は、師父と遣るのは非常に危険だからです。
きちんと「体を使えて動ける」ようにならないと怪我や事故の怖れがあるので、
先ずは三ヶ月間、稽古でみっちり鍛えてもらうわけです。
しかし入門してみると、普通は誰も武藝館のスタイルで行う腕立て伏せや、スクワット、
ジョギングさえまともに出来ないし、果ては年上の女性門人に斬り伏せられてしまう。
そうして少しずつ「武術」の世界を分かっていくわけです。

ついこの間、空手やキックをやっていた若者が入門したと言いますが、
見学時に、某フルコン空手の現役指導員が、
「先生に実際に叩きのめしてもらう事だね。そうしなくては思い上がりから目覚められないよ」
とアドバイスしていたと言います。

かつてネットでは、師父の写真を一瞥しただけで、
「この人は怖い、自分は確実に秒殺されてしまう!」と書いた人が居られました。
その方はネットでは良く知られた人で、自衛隊出身、繁華街で用心棒までやっていたそうです。
プロはプロを知る、と言います。
格闘技をどれだけやってきても、シロウトは素人、
武術を学ぶことを通じて、そんなことも分かってきますね。
 
15. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:31
☆マルコビッチさん

その人に何が有ったのか知らないけれど、あるとき、稽古でいきなりケンカ腰になって、力尽くで突っかかってくる人がいました。此方がほとんど無抵抗で、為されるが儘にしていると、本人は気が済んだような顔をします。
そんなことを稽古だと思っているわけではないのでしょうが、そんなことが出来る事自体、その人はかなり程度が低い稽古を続けてしまっているのだと思います。
太極武藝館にもいろいろな人がいます。
きちんと上達していける人は、きちんと意識的に稽古をしている。
どれだけスゴイことを教わろうと、その人自身が自分の好き勝手に稽古を使いたいと思っている以上は、正しく上達していくことなど有り得ないですね。
 
16. Posted by 春日敬之   2013年05月15日 14:31
☆MIB (▼_▼¬ さん

お初のコメントを「龍の道」の道に頂きまして、誠にありがとうございます。
拙作が何かのお役に立っているようで、嬉しい限りです。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

観光射撃で「こんなものは実用に耐えない」と思える人(武術愛好家)は幸せですね。
中にはそれだけで充分満足できる人も居られますが。
要は、何をどれほど求めているのかで、その人が価値とするものも変わってくる。
逆に言えば、その人が価値とするものを見れば、その人間が分かるということですね。
殺傷能力のある武器の扱いは、アホにだけは教えたくないものです。

>仲間を正しく撃つ

ロシア兵なんかは、防弾チョッキを着けて互いに撃ち合う訓練もしますね。
ちょっと怖いですが、経験しておくと役に立つと思います。
ウチの研究會では時々、師父が本物の軍用ナイフを使って対練をやるそうなのですが、
そんな時にも、その人が何を価値として生きているかがよく分かるそうです。
 

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