2013年03月01日

連載小説「龍の道」 第106回




第106回  鞆  絵 (ともえ)(4)



「そもそも、銃を持つ、銃を撃つ、銃で戦うというのは、どういうことだと思う?」

 宗少尉が、宏隆に尋ねた。

「うーん、非常に難しい問題ですね。言うまでもなく銃というのは相手を殺傷する道具ですから、それを使えば当然、中れば相手は死ぬか、ひどく負傷をするわけです」

「そうね──────────────」

「だから、銃を使うにはそれ相当の覚悟が要るし、ただ興味だけで所有したり、撃ってみたいといった軽々しい気持ちで扱うようなものでは、決して無いと思います」

「ふむ・・それじゃ、警察官が常に銃を携帯し、自衛隊員が拳銃、ライフル、ロケット砲、果ては高射砲から戦車砲、戦艦の大砲から弾道ミサイルに至るまで、その扱いに精通するために、日々繰り返し訓練しているのは何故だと思う?」

「もちろん、市民や祖国を守るためです──────────────」

「誰から守るの?」

「警察は、一般市民の安全や生命を脅かす凶悪な相手から善良な市民を守るために銃を所持し、自衛隊は日本国家の安全を保つために、侵略に対して国民を守るために武器を保有しているのだと思います」

「そういうコトね。それじゃ、実際に ”イザその時” が来たらどうするのかしら?」

「どうするのって、実際に武器を使うしかないじゃないですか・・・」

「もしも、それが出来なかったら?」

「出来ない?・・・だって、そのための警察、そのための自衛隊なんだから、どうしてもやってもらうしかないでしょ?」

「でもね、たとえば日本の警察は、実際に凶悪犯に拳銃を向けたり撃ったりする機会が世界で一番少ないことで有名なのよ。あの ”浅間山荘事件” を思い出してごらんなさい」

「あ、そうでしたね─────────────────単に日本が治安の良い国家だと言うだけではなく、たとえ相手が凶悪な犯罪者で、やむを得ない状況であっても、下手をすると職権乱用や特別公務員暴行陵虐致死罪などに問われてしまうので、ギリギリのところまで耐えて待ち、滅多なことでは発砲が出来ない、という考え方が警察官には根強いということですね」

「ポリスマンがすぐに銃を抜いて構えるアメリカとは正反対ね・・・」


 宏隆は、去年の2月に起こった、浅間山荘事件の映像をまざまざと思い出した。

 浅間山荘事件とは、1972年2月19日、軽井沢の河合楽器の保養所「浅間山荘」に於いて、連合赤軍のメンバー5人が管理人の妻を人質を取って立て籠もった事件である。
 解決まで十日間、マイナス15度という気温の中で警察に包囲されながら、人質が219時間に渡って監禁されるという大事件であり、その模様はテレビで生中継され、NHKと民放で89.7%の視聴率を記録するほど、全国民がブラウン管の前に釘付けになった。巨大な鉄球を振り回すクレーン車が山荘を破壊するシーンや、犯人に撃たれた警察官が運ばれていく中継の様子を記憶している人も多いと思う。

 後に映画化された程のよく知られた事件であるから詳細は省くが、銃の発砲については、連合赤軍がその十日間で104発の銃弾を発砲、パイプ爆弾を一発爆発させているのに対し、警察側はわずかに16発の威嚇射撃のみであり、その他は発煙筒12発、催涙ガス弾1,489発、放水149トンを犯人グループに対して用いている。
 その結果は、連合赤軍5人に対して、警察官動員数15万人、警察の殉職者2名、重軽傷者12名、発生から10日経って犯人を全員検挙、人質を無事に救出、という未曾有の事件であった。


「・・ただ、浅間山荘事件の衝撃がまだ残っているその年の秋に、西ドイツでパレスチナの武装過激派組織ブラック・セプテンバーによって、人質となったイスラエル選手11名が全員殺害された ”ミュンヘンオリンピック事件” が起こったので、いよいよ日本の警察も、テロに対応できる特殊部隊の創設を決めたようね」

 宗少尉は世界で起こるテロ事件や、日本の警察に関しても詳しく情報を得ている。
 その職業柄、当たり前といえば当たり前のことであるが、台湾に居ても日本の事件を日本人よりも速く正確に情報を得ることには、いつも宏隆は驚かされてしまう。

「日本の警察には機動隊はあっても、特殊部隊は無かったということですね」

「そうね。浅間山荘事件では、事件発生当日の当番隊であった第九機動隊が現地軽井沢に緊急派遣されたけれど、東京の装備のままで行ったために厳寒の軽井沢で防寒対策に苦慮することになってしまい、防寒装備をした第二機動隊が追加派遣されたのよ」

「なるほど。実際に犯人と撃ち合う事よりも、先ずどのような作戦で、自分たちの装備がどうあるべきか、それが第一に最も重要なことであると・・・」

「そういうコト。厳寒の2月に軽井沢の任務で冬の装備を用意しないというのは、ちょっと指揮者の考え方が甘いわね。安保闘争など都市部での作戦イメージしか頭に無かったということもあるんでしょうけれど、軍隊や特殊部隊では絶対にあってはならないことよ」

「そうですね、任務以前に、寒さに凍えていては話にならない・・・」

  宗少尉が語った ”ミュンヘンオリンピック事件” は、後にスティーブン・スピルバーグによって映画化(「ミュンヘン=Munich」2005年アメリカ)されたほど世界に大きな衝撃を与えた事件であるが、当時は世界で続々とテロ事件が発生した時代でもあった。

 1975年には日本赤軍がマレーシアの首都・クアラルンプールのアメリカ大使館を襲撃占拠し、館内の総領事ら52人を人質に取った ”クアラルンプール事件” が起こり、浅間山荘事件の犯人の一人である板東國男が ”超法規的措置” として釈放され犯人グループに合流、犯人たちと共にリビアに出国した。

 1977年には、板東國男が関与する日本赤軍による ”ダッカ日航機ハイジャック事件” が発生したが、日本政府は日本赤軍の要求を受け容れ、身代金600万ドルを犯人に支払い、当時の首相である福田赳夫が『人の生命は地球より重い』として、再び ”超法規的措置” により投獄中の6名を釈放する事態となった。

 また同年、その直後に起こった ”ルフトハンザ航空181便ハイジャック事件” において、西ドイツ政府が取った強硬手段と正反対であったために、日本政府のテロに対する ”甘さ” が国内外から厳しい批判を受けることになった。
 この事件は、ハイジャック犯であるパレスチナ・ゲリラの要求(ドイツ赤軍11名の釈放と1,500万ドル)期限が切れる直前に、GSG-9(ドイツ連邦警察局国境警備隊・第9大隊)の隊員が三個所の非常口から突入し、閃光弾で犯人の目をくらませながら、H&KのMP5短機関銃で3名を射殺、残る1名を逮捕し、乗客全員を無事機内から脱出させたものである。
 この突入による損害はGSG-9隊員1名とスチュワーデス1名が軽傷を負っただけであり、西ドイツは見事にミュンヘンオリンピック事件の汚名を濯ぐことができた。


「浅間山荘事件での警察の様子はよく分かったでしょうけど、それじゃ日本の自衛隊はどうなのかしら────────────?」

「そ、そうだ・・・そうでした!!」

 宏隆は、日本の自衛隊が立たされている立場を思い出して、ハッとした。

「日本国民として認識しておくべき、”重要な事実” を思い出してくれたかしら?
 例えば航空自衛隊は、領空侵犯に対して24時間態勢で即応できるように備えているわね。真夜中だろうが、盆や正月だろうが、常にパイロットが基地に待機して、実際に年間300回以上もスクランブル(緊急発進)をしている。そして領空侵犯をした未確認機に素早く近づき、警告して領空外に誘導し、これまでのところ何とかコト無きを得ているわけよね。
 そして、もし相手機がそれに従わなければ機関銃の威嚇射撃をし、それでもまだ従わずに戦闘状態になったら、ミサイルを発射して撃墜することになっているのだけれど・・・」

「けれど、何ですか──────────────?」

「実は、スクランブルする戦闘機には、ミサイルを装着することが禁止されているのよ」

「ええっ?・・・そ、そんなバカなっ!?」

「そう、そんな馬鹿な・・・と誰もが思うでしょうね。でも1973年の現在、緊急発進する自衛隊の戦闘機は、空対空ミサイルを装着しないまま領空侵犯機に対しているのよ。ミサイルどころか、機関銃も一発も撃ってはならないのよ。それは戦闘機だけじゃなくて、艦艇や哨戒機も、魚雷を積載しないままで領海侵犯に対応しているありさまなのよ」

「むむ・・・それは独立国家として非常におかしいことだと思います!、日本人の僕が宗少尉に尋ねるのも変ですが、一体なぜそんな事になっているんですか?!」

「もちろん、決して自衛隊がそれを望んでいるワケではないのよ。国家が、政治がそれを許さないというコトなの。自衛隊が領空・領海侵犯に対してそれを迎え撃つ権限も無ければ、その根拠となる法律も無い。そもそも ”自衛隊法” に、それが定められていないのよ。
 進歩的文化人などと言われる左翼・社会主義思想に凝り固まった人たちや、ソ連や中国、北朝鮮などの共産主義国とつるんだ政治家やマスコミが国民の意識を操作しようとして偏向報道を繰り返し、戦争は罪悪だ、日本はアジア諸国を侵略した国だ、自衛隊は凶器だ、軍備を持つのは非人間的だと、声を大にして国民に吹き込んできた、ということも大きいわね」

「しかし、そうは言っても、実際に日本の領空や領海を守ることは、近代国家として絶対に必要な事であるわけですよね。国家主権を守らなければならない状況になっても、自国の軍隊に武器の使用を許可しないというのは、矛盾ではないのですか?」

「そのとおり、それは非常に大きな矛盾よね。そして、その矛盾を実際に押し付けられているのは、現場の司令官と最前線のパイロットたちなのよ──────────────
 ついこの間、航空自衛隊を退官してウチの玄洋會に入った元パイロットが居るんだけど、スクランブルで侵犯機の間近まで行って、ここは日本の領空だから速やかに出て行きなさいと言っても、向こうは普通、無言のまま何も答えない。その警告を何度も繰り返して、終いには相手機を領空から押し出すように近づいていって、それを繰り返してようやく領空外に出ていく。僕らはとても悲壮な想いでそれを行うんです、と彼は言っていたわ」

「相手が何をしてきても反撃しない事を前提とするなら、最前線の隊員は悲壮にもなるでしょうね。でも、もし実際に敵が撃ってきたら、一体どうするんですか?」

「同じことを私も訊ねたわ。彼は ”常に覚悟はしていました”、と言っていた。ミサイルは積んでいない、機関銃も撃ってはならないというなら、最終的には敵機に体当たりするしかありません、皆その覚悟をしていました、と・・・自分たちが盾となって、たとえ体当たりをしてでも祖国日本を守らなくてはならないという強い気持ちは、どの隊員にもありました、と言うのよ──────────────」


 宗少尉が語ったことは事実である。1980年代以前の自衛隊の戦闘機は、スクランブル機にミサイルを積載せず、機関銃があっても撃ってはならず、文字通り「隊員の身体ひとつ」で領空侵犯に対処することが暗黙のうちに求められていた。
 自衛隊機がようやくミサイルを装着して飛び立てるようになったのは、1980年代初頭、鈴木善幸首相の頃である。

 その辺りの生々しい話は『仮想敵国ソ連・我らこう迎え撃つ』などの書にも詳しく書かれている。著者の来栖弘臣(くりす ひろおみ)氏は、大日本帝国海軍や警察予備隊から陸上自衛隊幹部学校に入り、東部方面総監、陸上幕僚長を経て、統合幕僚会議議長に任ぜられた人であるが、第十三師団長時代には、広島市の中心部で最新鋭の戦車大隊を率いて一大軍事パレードを行ったような人物である。統合幕僚長とは、陸海空の自衛官の最高階位・最高責任者であり、階級章は四つ星の「大将」である。

 栗栖陸将は1978年7月、「週刊ポスト」誌上で『現行の自衛隊法には穴があり、奇襲侵略を受けた場合には首相の防衛出動命令が出るまで動けない。ゆえに、第一戦の部隊指揮官が ”超法規的行動” に出ることは有り得る』と発言して、有事法制の早期整備を促す、いわゆる 「超法規発言」を行った。
 当時、この発言は政治問題として取り上げられ各方面で大きく扱われたが、記者会見でも決して信念を曲げず同様の発言を繰り返したために、文民統制の観念から「不適切」として時の防衛庁長官・金丸信(かねまる しん)から解任を申し渡される結果となった。
 
 しかし、この発言を契機に、福田首相が閣議に於いて「有事立法」「有事法制」の研究促進と民間防衛体制の検討を防衛庁に指示し、戦後それまでタブーとされていた「国防論議」が日本中に多く巻き起こる結果となった。栗栖陸将の発言から二十五年後の2003年6月には有事法制の基本法である「武力攻撃事態対処法」がようやく施行されている。

 栗栖陸将の発言は、さらにその三十年後、2008年10月に『集団的自衛権の行使を日本国憲法違反とする政府見解や「村山談話」と異なる主張をしたこと』などを問題視され、航空幕僚長(航空自衛隊の最高階位)の職を解かれた「田母神俊雄(たもがみ としお)」氏とオーバーラップする。


「──────────普通の日本人は、軍備や戦争は、一般社会から遠く懸け離れたことのように思えてしまうんでしょうね。今のお話を聞いていると、万一の時には現場の自衛官や指揮官が全責任を被って超法規的行動を取ることを余儀なくされているように感じます」

 しみじみと、宏隆が言った。
 台湾に渡る時に乗っていた船が襲撃に遭い、やむなく自分もライフルを取って戦い、宿泊先のホテルから北朝鮮の兵士に拉致までされたという貴重な経験から、宏隆にとって軍備や戦争は決して頭で想像するようなものではなく、危機として常にすぐ身近に存在するものとなっていた。

「平和や民主主義が大切なことは誰もが思うことですが・・・だからと言ってその対極にあるものを頭から否定したり、敬遠したりするのは間違いだと思います。
 日本の進歩的文化人・進歩的知識人・進歩的教育学者と言われるような人たちは、声をそろえて ”非武装中立” を掲げていて、自衛隊は違憲だ、防衛力は要らない、軍備さえ廃棄すれば国際世論を恐れて敵国は決して侵略してこない、などと平然と言ってのけますが、僕みたいな世間知らずの若造から見ても、さすがに呆れてモノが言えないですね」

「そうね。この私も、陳中尉や張大人も、決して戦争を礼賛して武器や武力を用いることを賞賛しているわけではないのだけれど、とても残念なことに世界人類はまだ、武力を使わずに済む国際問題の解決を達成できるほど高等動物として進化していないのよ。
武力の中心となるのはもちろん兵器であり、軍隊でしょ。それが何であるのかを理解せずに軍備の縮小や廃棄を語るのは全くのナンセンスだと思うんだけれどね」

「確かに────────────僕らのような若者を含めて、戦後の日本はずっと、戦争や軍備に対して ”見ざる・言わざる・聞かざる” というスタンスが当たり前になっていたのだと思います。友だちの間でも、軍備や国防が話題になるなんてコトはごく希なんですよ」

「 ”平和を欲するなら、まず戦争を理解しなくてはならない。戦争を知るためには軍備を知る必要がある。そして一丁の銃を扱う者は、これら全てを知っておくべきだ・・・”
 これは張大人が仰った言葉だけれど、国家防衛や安全保障を学ぶ人間にとっては金言と言うべき言葉かもしれないわね」

「うーん、銃を撃つ訓練をする前に、こういった話を聞かせて頂いて良かったです!!」

「そう?、少しはお役に立ったかしら・・・」

「はい。凶悪な犯罪者を前にしても、銃を撃つことを厳しく規制されている警察官や、平然と領空侵犯をして憚らない隣国の挑発に乗らず、しかしイザという時には決死の覚悟をしながらも、ひたすら耐え忍んで任務を全うする、それは正に日本人の精神そのものです」

「 ”忠臣蔵” の精神は、現代日本人の魂の中にも生き続けているというコトね」

「そう思います。だから毎年、赤穂浪士の討ち入りの時期になると同じストーリーがテレビや映画で繰り返し上映され、多くの国民がそれを観るわけです。日本人なら何度観ても飽きないわけですね・・・」

「けれど、実際にやらなきゃならない時は、やらなきゃならない。その覚悟が、現代の日本人には足りないと思うわ。それは島国で国際情勢に疎く、国民が政治を人任せにして他人事のようになってしまっているからよ。
 祖国があって、政治があって、国民がある、自分たちの国は自分たちで作り、自分たちで守る、そんな意識を個人個人に持たせないように、それらがまるでとても軽い事に思えるように操作されてきてしまった戦後の実情を、もっとよく知ることが大切ね」

「はい、本当にそう思います──────────────」



                               (つづく)




  *次回、連載小説「龍の道」 第107回の掲載は、3月15日(金)の予定です

taka_kasuga at 17:55コメント(17)連載小説:龍の道 | *第101回 〜 第110回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2013年03月02日 01:45
自衛隊に交戦規定(ROE)が制定されたのは、
つい最近の2000年との事で、
それまでは明確な武器使用基準は定められておらず、
実際の危機に際しても武力の行使を裏付ける、
法規則が存在していなかったとの事で、
喫驚仰天する次第です。
現場で命を張る方々に対しても、
不誠実な対応だと言わざるを得ません。

また現行自衛隊法では対領空侵犯措置において、
先制での攻撃が許可されておらず、
万が一の戦闘時にも敵の一撃を受けてからでないと、
反撃ができない等の問題点があると聞きます。

装備や補給だけではなく、
法規制でも手足を縛られている自衛隊ですが、
最も問題な点は大多数の国民の無関心だと思います。
小生も含めて現代日本人のリアリティの偏りは、
危機に対処できないレベルにあり、
その根には世論と教育の問題があると思われます。

現時点では中国との軍事衝突の危機が高まっており、
国防に関する議論を高める奇貨とも思われます。
個人的には戦争を望むことは全くありませんが、
先ず個々人が国を守る事を考えられる状態となり、
正しく備えが成される事を切に望みます。
 
2. Posted by 円山玄花   2013年03月02日 12:00
観光射撃だと、安いところで1万5千円も出せば、ベレッタからマグナムまで撃てます。
しかも1時間で、数種類の銃を撃てるところまであるそうです。
そこに限らず観光射撃場では、このような講義はまずしてもらえないでしょうね。

冒頭の宗少尉の質問にある、
「銃を持つ、銃を撃つ、銃で戦うというのは、どういうことだと思うか」という問いに対しては、実際に本物の銃に触れ、銃の構造を学び、銃の扱いを経験しなければ分からない、というのが私の正直な感想です。
同時に、銃を持つことがどういうことであるのかを実感し、理解することが出来れば、武術とは何か、戦いとは何かということを、頭ではなく身体で理解することが出来ると思います。

自衛隊の人は言います。
「自分たちは戦争を経験したことはないけれど、いつでも覚悟はできている」

とても重い言葉だと感じました。
人間は、何がどれだけ出来るかではなく、何を学び、何を養い、なにを求めて生きているのか、
ということこそが大事なのだと思います。

戦後日本の真の姿を、今こそ国民ひとりひとりが正視しなければなりませんね。
次回も楽しみにしています!
 
3. Posted by 太郎冠者   2013年03月04日 21:45
>ポリスマンがすぐに銃を抜いて構えるアメリカ
ニューヨーク市警が行った銃撃戦の際の、距離別命中率のデータを見たことがあるのですが、
0〜2ヤード(1ヤードは約90cm)の距離で38%、
3〜7ヤードで17%、25ヤード以上ではわずか4%という数字でした。

師父が「素人が銃を撃っても当たらない」とおっしゃってましたが、銃の扱いは心得ているはずの警察官でさえ有事にはこの数字なのですから、さもありなん、といったところでしょうか。

射撃場で的を撃って喜んでいるようでは、本物を使っていようと、とうてい遊びの域を出ないのでしょう。
武術として考えれば、どれだけ高度な内容が示されていようと、学び手が観光気分では、所詮遊びに過ぎないのですよね。

もっと精神を引き締めないといけませんね。
 
4. Posted by マルコビッチ   2013年03月04日 22:22
>祖国があって、政治があって、国民がある、自分たちの国は自分たちで作り、自分たちで守る・・・・・この事が、自分の意識にのぼってきたのはつい最近で、「龍の道」を読むようになってからです。(実際に国を守る任務に就いている方々に比べたら塵にも満たないちっぽけな意識だと思います)
本当に、日本や世界のことを何も知らずに何十年も生きてきてしまいました。
今は、知らないことが山ほどあることがよくわかります。
若〜い頃は、アルプスの少女のようにスイスに住んでみたいとかオーストラリアもいいなぁとか、海外で暮らすことに憧れていました。
今でも多少ありますが・・(^_^;) でも以前と違うことは、自分の生まれ育ったこの国がとても大事なものに思えてきたことです。

1980年代以前の自衛隊の戦闘機が何も攻撃できる状態になく、いざとなったら特攻隊のように体当たりするしかなかった、とは本当に驚きです。
このような今日に至るまでの日本の様々な歴史を知ることは、全国民にとって必須であり、遅すぎるほどだと思いました。
私ももっといろいろな事を知り、感じ、初歩的な ”自分の身は自分で守る” 事が出来るよう精進して行きたいと思います。
 
5. Posted by とび猿   2013年03月04日 23:27
どの分野に於いても、きちんと学んでいきたいのならば、技術云々だけではなく、まずそれ以前に、それは何なのか、どういうものなのか、それを学んでいかなければならないと思います。
今回の稽古でも実感しましたが、それを学んでいる人とそうでない人とでは、心構えも見えるものも違ってきて、並んで動けば、傍から見てもはっきりと解るほど違って見えました。
それが見えてこなければ、どんなに上手であろうと、才能があろうと、どこかで発想がずれてきて、素人の域から出ることはできないと思います。
 
6. Posted by ユーカリ   2013年03月05日 02:29
戦争反対、銃社会などとんでもない…と漠然と思って生きてきてしまった私ですが、戦争の何たるかも知らずに、銃を持つためにはどのような心構えが必要かなど考えもせず、無責任にそのような事を言っていた自分を省みました。
道場でも、自衛隊で行われている訓練で培われるものを理解し、習得できるはずが、常に人任せで、難しい事には触れられない、私にはできるわけがない、とどこかで距離をとって来てしまったのだと思います。、
合わせるとはどのような事であるか、体感までさせて頂きながら、翌日にはそれが消えてしまう現状。
ならば、自衛隊に入隊すれば、それらが養われるであろうなどと安易に言っていた自分を直視し、だからできないのだと納得しなければなりません。
 
7. Posted by bamboo   2013年03月06日 21:48
初めて銃を撃った時、(これじゃ子供でも人を殺せるな…)と、銃の反動とともに強く感じました。思えばあの時(じゃぁなんで武術を学びたいんだろう)と改めて自分に問い直したことが、今の武縁にも少なからず影響しているのでしょうか…
各国で起きた事件から、ここ数年わが県でやたらと目立つSIT・SATの運用など思い出しました。今も心が痛みます。もはやこの国でも、卑劣な犯罪は日常のどこにでも起こり得る状態。銃でもナイフでも核兵器でも、まさに「今そこにある危機」への心構えこそ、武藝を学ぶ者のたしなみなのでしょうか。…これをキンチョーなしでなんとかしたいのですが…爛咼潺隋次匹任垢諭紛貍弌
 
8. Posted by tetsu   2013年03月08日 09:32
昔、合気道界でこんな論争が起きました。
ある高名で組織的に地位のある師範が
「合気道は開祖が和合(平和)を求めて創設したものであり、今(現代)は平和な時代になったのだから、武器技を稽古する必要はない。剣や杖の稽古はやるべきではない」と。
それに対して私共が師事していた師範は
「この世から武器というものが完全に無くなれば武器技を稽古する必要はないかもしれない。しかし、今の時代にあってもそこらじゅうに武器はあり、それを凶器として襲ってくる敵もある。武器を制するには武器を理解しなければならない。そのために武器を稽古することは必要である」と。

今回のブログの内容を読ませていただいて、この合気道界で起きた話を思い出しました。

武術の稽古とは決して身体を動かすことだけではないと思います。武藝館に入門し、またこのようなブログからも様々に学ぶことがあります。武器に対する考え方や、各国の思想、戦争の背景などを理解することも稽古ですね。
 
9. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:42
☆みなさま

またまたコメントバックが遅くなり、申し訳ありません。
ここんトコ、忙しいのなんのって、もう・・・<(; ̄ ・ ̄)=3 フゥ...
 
10. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:43
☆まっつさん

>現代日本人のリアリティの偏りは、危機に対処できないレベルにあり・・

そう、世論と教育の問題が大きいスね。
長い年月にわたる、反日マスコミと日教組の偏向教育によって、
大方の日本人は、すっかり洗脳されっちまったかのように見えます。

国家の建て直しは、先ずは「個人」の立て直しから始まるべきです。
だって、そんな国家・国民であるという現状を識っていながら、
特に何の問題も感じない、なんていうのは、それこそ非国民っしょ?
国家は政府が守ってくれる、自衛隊が、在日米軍が守ってくれる・・・
それを現実だと思って来られたことこそが、最大の危機。
だからノホホンと、子供の遊びのように「武術」をやり、
子供のように「銃を撃ちたい」などと言って居られる。

それじゃ武藝館に入門して鍛えてもらったらどうか・・?
( ̄ヘ ̄;)ウーム・・・
武藝館は「甘ったれ坊主」どもの救済施設ではないので、
どれほど体力があっても、どれほど武術への憧れがあっても、空間偏為。
自分自身のリアリティの偏りを、自分で是正できるような「意識」が無いと、
武藝館に限らず、何処へ行っても本物の武術なんぞ出来ませんし、
そんな人が銃やナイフを持ったらヒジョーニ・アブナイ。

まあこの際、甘ちゃんたちを自衛隊に放り込むか(教官が気の毒ですが)、
然もなくば、玄洋會にでも放り込んで、宏隆くんと一緒に厳しい訓練を受けさせて、
心身をテッテーテキに鍛え直すしか無いっしょなぁ。。 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ〜

え?、宗少尉と一緒だったら、どんなに苦しい訓練でもやり遂げるって?・・(-_-)ウーム
 

11. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:45
☆玄花さん

「モデルガンマニア」や「観光射撃マニア」には、本当の銃の意味は解らんと思います。
戦争経験の無い自衛官の方たちが「いつでも覚悟は出来ている」と言い切れる、
その「覚悟」を訓練で養ってきたかどうかで、武術や武器が使えるかどうかが決まるわけで、
「実戦経験」の有無で兵士の強さが決まるわけではありませんからね。

武術も同じで、幾つもの門派を長年に亘って修めつくした人でも、
「武は戦いを収めるためのもの」などと仰る人でも、
イザという時の「覚悟」無しに、
実際に役に立つとは限らない──────────────

その「覚悟」が無ければ、武術も銃も、ただのお遊びになってしまう。
僕はそう思います。
 
12. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:45
☆太郎冠者さん

>距離別命中率のデータ

そう、正にそのとおり。
そのデータは限りなく正しいですヨ。

かく言う私メは、銃を撃つどころか、
その反対に、銃で撃たれたことがありますが・・(;^_^A アセアセ・・・

銃を持って、弾を込めて、標的に当てる、
ということが「射撃」では無いのだと知ったときに、
初めて「銃を持つこと」の意味を識らされたものです。

>学び手が観光気分では・・(゚ロ゚;)エェッ!?

ま、まさか・・武藝館には、そんなヤツは居ませんよね・・・?

・・・よねぇ?・・・ ( ̄_ ̄ i)タラー
 
13. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:50
☆マルコビッチさん

>自分の身は自分で守る

この意識は、白人の方が我々よりも遥かに強いですね。
イザとなった時に、白人女性の強いことと言ったら、もう・・・w( ̄Д ̄;)wワオッ!!

日本人でも、オキナガタラシヒメ(神功皇后)や巴御前、北条政子やカスガノツボネ、
淀君や乃木静子さんなんかの女傑、女丈夫、大和撫子が居られるわけですが、
せいぜい、戦前までじゃないかなぁ・・・
・・あ、忘れていました、美智子皇后陛下は紛れもなく、
一万年以上の歴史を持つ日本で、史上最強の女性のお一人だと思います。

↑ 四大文明のメソポタミアより古いス。
  もちろん、黄河文明よりずっと古いッス。 
 
14. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:51
☆とび猿さん

>まずそれ以前に、それは何なのか、どういうものなのか、それを学んでいかなければならない

現代では、安易な考えで武術をやりたいという人が絶えません。
幕末の頃は、そんな日本人は一人も居なかったと思いますが。
まあ、お手軽に「秘伝」が手に入れば、こんな楽なことは無いんでしょうけどね。
問題は、決して楽なコトではないと本人が自覚をし始めても、
学び方や向かい方がどうしても「安易」な方法になってしまうことです。
だからウチでは「考え方」が大事だよと指導されるのですが、
コレがいちばん難しいようで・・・C= (-。- ) フゥー
 
15. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:51
☆ユーカリさん

♬ 戦争が終わって、ぼくらは生まれた
  戦争を知らずに、ぼくらは育った 
  大人になって歩き始める、平和の歌を口ずさみながら〜
  ぼくらの名前を覚えてほしい、戦争を知らない子供たちさぁ〜♪
 
・・・なんて歌が、ぼくらの若い頃に流行りました
当時はベトナム戦争の真っ最中で、在日米軍基地の関係もあって、
♪ ザワワ、ザワワ〜と、反戦平和運動が盛り上がっていた時代で、
反戦歌が万博のコンサートでも歌われていました

仰るとおり
戦争の何たるかも知らずに育った子供たちが
平和の何たるかも知らずに「平和のうた」を歌っていた時代です

軍隊なんか要らない
戦車もミサイルも、戦闘機も軍艦も要らない
銃やナイフがまったく無い社会だったら良いのに・・・

ぼくもそう思います
司令官も、自衛隊員も、特殊部隊の人たちも
みんなそう思っていると思います

ただ、彼ら「益荒男たち」は常に
愛する人、愛する祖国を守るために
いつやって来るかも知れない「今日の初霜」に備えて
たばさむ太刀の鞘鳴りに、じっと「幾とせ耐へて」いるのです

それを「わかる側」になるか
「わからない側」で居るかは、本人の自由ですが
分かる側の人は、きっと「本物の武術」を理解するに違いありません
 
16. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:51
☆ bamboo さん

アフリカのシエラレオネ共和国の内戦を舞台にしたディカプリオ主演の、
「ブラッド・ダイヤモンド」という映画を観た時に、
嗚呼、世界はこんなになっているんだなと、つくづく考えさせられました。
まだ知らない人には、ぜひ観てほしい映画です。

他の国々に比べて、見せかけの平和だけはタップリとある日本には、
国民に「危機」の実感がほとんど無い。
それは映画で観ても、本で読んでも、話を聞いても絶対に実感できません。
そして、本当の武術を学ぶためにはその実感が無いとムリです。

太極武藝館は、お互いに思い切りドツキ合ったりしなくとも、
その「危機」をきちんと実感することの出来る、数少ない武術門派のひとつだと思います。
もちろん、門人の誰もが実感できるワケではありません。
研究会だろうが、正式弟子だろうが、
本人の「心構え」が無ければ、絶対にムリです。
 
17. Posted by 春日敬之   2013年03月11日 21:52
☆ tetsu さん

大変貴重なお話をありがとうございます。
合気道の開祖、植芝盛平先生は、
武藝を修得する過程にこそ「和合」の精神を養うための理解が生まれる、
と、考えて居られたに違いありません。

平和というのは武器を捨てることではなく、
国家や国民が「武の心」を研ぎ澄ましているが故に、
侵略を可能とさせない、安易に侵略を許さない、
ということだと、僕は思います。

こちらが武器を捨てれば、相手は決して襲ってこない。
そういうナンセンスが幅を効かせていたのが戦後の世論です。
国際社会でそんなバカな事を言い出したのは、
おそらく、後にも先にも、この日本だけでしょうね。

>武器に対する考え方や、各国の思想、戦争の背景などを理解することも稽古ですね

これからも、頑張って書いていきますっ!! v( ̄ー ̄)v
 

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