2013年02月15日

連載小説「龍の道」 第105回




第105回  鞆  絵 (ともえ)(3)



 紅い華門、叉焼(チャーシュー)を焼く匂い、行き交う人々の喧騒、所々からヌウと顔を出す京劇の面、豚まんの店にできる長い行列・・・いつ来ても、南京町は変わらない。

 もう何度、ここに通って来たことか。 
 地下に隠された秘密結社の施設────────────世界中からやって来る観光客で賑わう神戸の南京町の、多くの人が行き交う通りのすぐ下にこんな施設があるとは、いったい誰に想像ができるだろうか。(編註:龍の道・第6〜7回「南京町」の章を参照)

 宗少尉と共に「祥龍菜館」の入口を潜る。
 宏隆はドアを開けると「お早うございます」と声を掛け、従業員たちもバイト生を迎えるように気軽に対応する。ここは世界各国の賓客も訪れる、よく名の知られた高級広東料理の店であるが、実は秘密結社が経営する中華飯店であり、その収益は宏隆が台湾渡航に使った「大武號」などが籍を置く海運業や、台北の「白月園」という大手クリーニング会社と共に結社の貴重な収入源となっている。

 いつものように、店の通路の突き当たりにある、「RESERVED」という札のかけられた窓の無い小さな個室に入り、内側から鍵を掛けて、奥の壁をドンドンドンと三回叩く。
 しばらくすると壁際の大きな飾り棚が音も無く動き、壁の一部が扉の形にポッカリと開いて、薄暗い地下へと続く鉄の階段を下りる。
 K先生に連れられて初めてここへ来た時には、これらの仕掛けに本当に驚かされたものだが、今ではもうすっかり慣れてしまった。

 狭くて急な鉄の階段を下りきって、ほのかに胡麻油の匂いが漂う、曲がりくねった細い通路を歩き、一番奧の「11」というナンバーが記された重い鉄の扉を合い鍵で開けて射撃場に入る。地下施設の部屋は、どこに入室するにも鍵が必要で、宏隆は幾つかの合い鍵を渡されている。
 扉を開けるとすぐにもうひとつ鉄の扉があり、四つのダイヤルが並んだプレートがある。今度は鍵の代わりに、そのダイヤルをカチカチと回して四桁の暗証番号を合わさないと扉は開かない。まるで金庫室に入って行くような念の入れようである。それに最初の入口の所は無論、二番目の扉の頭上にも監視カメラが付けられていて、誰が来たのかをチェックされている。
 宏隆は「5286」と合わせて扉を開けた。この数字はカトウという名の暗号数である。警戒が厳重なのは、この部屋が射撃場という理由ばかりではなく、拳銃からライフル、マシンガンに至るまで、数多くの銃器がここに保管されているからでもあった。

 扉の中に入ると、射撃のブースが四つ並んでいる。的までの距離は、ざっと20メートルほどもあるだろうか。


「さて、何から始めるんですか──────────────?」

 宏隆は逸(はや)る心を抑えて宗少尉に訊ねた。やはり男の本能と言うべきだろうか。
銃を撃つときにはいつも興奮気味になってしまう。

「モチ、最初は ”講義” からよ。そこのソファにお座わンなさい!」

 宏隆の期待とは反対に、教練役の宗少尉はちょっと厳しい声でそう言った。

「・・え、ひたすらガンガン撃つから ”ガン” って言うんじゃないの?」

「バカ言ってるんじゃないの。何をやるにも、先ずは心構えからでしょ?、陳中尉に何をどれほど教わってきていたとしても、ここで教えるのはこの私、すべて私の指導方針でやっていくからね」

「そうでした、よろしくお願いします!」

 もちろん宏隆には、銃の訓練となればともかく早く撃ちたいというような、そんな軽薄さは微塵も無い。物事に向かうために必要な心身の状態を整えることについては、家庭でも、K先生の道場でも、しっかり厳しく教わってきている。宗少尉も、宏隆がそうであると承知の上で念を入れて諭しているのである。

「ヒロタカの射撃は、白月園の訓練場で少し見せてもらったことがあったけれど・・」

「はい、行き掛かり上、そこに居た ”強さん” と勝負をするようなことになってしまって。
 ・・あ、そうだ!、たしかあの時に、午後はタクティカル・シューティングの練習をするっていう約束でしたよね────────(編集部註:「龍の道」第49回参照)」

「そうよ、思い出した?、だけど残念ながらその夜に、ヒロタカはホテルから綁架(拉致)されてしまったのよね」

「うーん、もっと早くから宗少尉にキチンと指導を受けていたら、あんなふうに拉致されなかったかもしれなかったのになぁ!」

「アホ言わないの。命あっての物種、あんな目に遭って、助かっただけでも有り難いと思いなさいよ、ホント・・・まあ、タクティカル・シューティングもいずれ教えるけど、先ずヒロタカが何を学んできたかを教えてほしいわね。陳中尉と行った射撃の学習はどのようなものだったの?」

「始めは、銃を扱うための ”四つの基本ルール” から教えて頂きました」 

「じゃぁ、それを言ってみて・・・」

「はい。第一は、すべての銃は実弾が装填済みのものとして扱うこと。第二は、如何なる場合でも自分が破壊しようとするもの以外に銃口を向けないこと。第三は、銃を撃つ直前までは必ず安全装置をオンにしておくこと。第四は、実際に銃を撃つ瞬間までは決してトリガー(引き金)に指を掛けないこと──────────────以上です」

「よく覚えているわね。あれ以来、銃の訓練をしていないはずなのに、それがスラスラ出て来るところを見ると、ヒロタカは常にそれを意識していたということね?」

「はい、そのとおりです・・・」

「では、射撃の訓練に於いて、最も重要なことは何だと思う?」

「陳中尉にも真っ先にそれを訊かれました。射撃訓練では、いかに安全で効率の良い訓練ができるか、ということが最も重要なことです」

「ふむ、良く分かってるじゃないの・・・で、そのあとは何を教わったの?」

「その後、ブースで射撃訓練をする際の注意点を教えて頂いて、陳中尉がベレッタM92を手にして、実際の銃の撃ち方のお手本を見せてくれました」

「それを見て、どう思った?」

「はい、陳中尉にものすごい ”武術性” を感じました。拳銃というよりは、まるで槍を持って標的に向かっているような気迫が感じられて──────────────ヨーロッパではピストルは ”短剣” という意味なのに、中国では拳銃を ”手槍” 、ライフルを ”歩槍” と呼ぶ、ということを思い出しました。それは士林の夜市で宗少尉から教えて頂いたことですが」

「ふむ、よく覚えていたわね。それから?」

「陳中尉が銃弾を十発ほど撃った後で、銃を持つときの ”構え” について教わりました。
アソサリーズ(アソセレス)スタンスと、ウイーバースタンスです。その日はアソサリーズでの構え方を教わり、銃の持ち方についても丁寧に指導されました」

「実際に撃ってみて、どう思った?」

「銃を正しく撃つためには、正しい取り扱いの方法と、正しい持ち方、正しい立ち方が必要であると感じました。立つ位置と架式の正確さ、それに伴う構造の動きとはたらき・・・・太極拳を学ぶために重要なことと、何も違わないのだと思いました」

「なるほどね、さすがは陳中尉、基本となる事はきちんと教わったようね」

「それじゃ、さっそく実地訓練と行きましょうか!」

「はは、残念でした。これからやっと講義が始まるのよ!!」

「えーっ、何の講義をするんですか?、銃の歴史や種類なんか覚えても、実戦には役に立ちませんよ・・・」

「あのね、銃を所持しようとする人が初めに知っておくべきは、この世界には ”銃の社会” が存在する、というコトなの。その講義をするのよ」

「銃の社会─────────────?」

「ほらね、そんなコト、考えたこともないでしょう?!」

「はい・・・・」

「日本では、銃を持てる人は警察官か自衛官、海上保安官、入国警備官、麻薬取締官、税関職員などに限られているわよね。つまり、法律で一般人の銃の所持が厳しく制限されているワケでしょ?」

「そうですね。一般人が合法的に持てる銃は幾つかありますが、基本的には狩猟用の散弾銃に限られていると思います」

「ところが、たとえば日本の同盟国アメリカでは、憲法で ”市民が武装すること” が基本的に認められているのよ」

「ええっ─────────────────!?」

「何も驚くことじゃないわ。アメリカが銃を認める国だってことは知ってるでしょ?」

「けれど、あらためて ”市民の武装” が憲法で認められていると言われると・・・やっぱり、日本とはずいぶん考え方が違うな、と思います。単に銃の所持が認められている、というのではないんですね」

「まあ、日本人には ”市民の武装” という言葉は耳慣れないでしょうね。そもそも日本の武器規制は、百姓一揆を防止する目的で豊臣秀吉が実施した ”刀狩り” に始まっているワケよ。
 江戸時代になると、幕府と諸藩が ”鉄砲改め” をやって、武士だけが鉄砲を所持できるようにし、他の身分は猟師の鉄砲と、農作物を荒らす鳥獣を追い払う為の威し鉄砲に限って所持を認めたの。
 明治時代になると銃の所持が許可制になり、第二次大戦後は私立探偵が銃を持てたり、退役軍人が記念品として所持することも認められていたのよ。1945年からは敗戦の混乱に乗じて日本軍から盗まれた軍用銃が大量に市場に出回った。これは左翼や朝鮮系チンピラヤクザの暗躍も大きかったけどね。翌1946年(昭和21年)の政令で、狩猟用の銃を除いて民間人が銃を所持することは禁止され、その後も改正を受けながら現在に至っている、というワケね・・・」

「宗少尉、中国の歴史だけではなく、日本の銃の歴史についてもすごく詳しいですね!!」

「当たり前でしょ、これが正統派スパイのインテリジェンスってものよ」

「なぁーに言ってンだろ────────────────」

「・・ン、なんか言った?」

「いいえ、どうぞその先をお続け下さい」

「アメリカも州によって銃規制がいろいろ異なるけれど、オハイオ州なんかは、走っているクルマの5台に1台はダッシュボードに拳銃が入っているというし、銃を保有していない一般家庭はほぼ皆無というからスゴイでしょ。ダッシュボード以外にも、寝室には38口径を置いて、奥様のハンドバッグには22口径が一丁、旅行に行くときにはクルマのトランクにライフルを一丁積んで行く。それを合法的に行えるというわけよ───────────────」

「うわぁ!・・アメリカでは、銃はどこでも買えるんですか?」

「これも州によって違うけど、アメリカでは銃はスーパーマーケットでも売っていて、基本的には身分証明書さえあれば誰でも買えるわね。アメリカじゃ体育館の十倍ぐらいスペースがある所で、ナイフや拳銃、ライフル、マシンガン、大きな機関銃やバズーカ砲まで、ありとあらゆる武器が所狭しと置かれるスペシャルセールが頻繁に開かれたりしているし、一般市民向けの射撃場なんか、ボーリング場の数よりも多いほどなのよ。そんなコトは日本では絶対に有り得ないでしょ!」

「考えられませんね。でも、そんな催しは一度見てみたい気もします。アメリカでは銃の値段はどのくらいするんですか?」

「中古だと、オートマチックの拳銃が150ドルくらいかな。リボルバーだと100ドル程度、ライフルはハンドガンより安くて、80ドルくらいからあるわね。新品はその二倍から三倍の値段だと思えば良いわ。銃弾なんかどこでも安く売っているし。まるでタバコを買うような感覚で買えるのよ。Kマートでは歯ブラシや剃刀の隣に置いて売ってるくらいだからね」

「わぁ、手軽に買える値段なんだ。ぜんぜん感覚が違いますね」

「でもね、面白いのは武器そのものじゃなくて、その国の人たちの ”考え方” なのよ」

「と、いうと・・?」

「アメリカで、ごく普通の町の射撃場に行ったことがあるんだけれど、そこで父親と母親が中学生くらいの女の子に手取り足取り、拳銃の使い方を一生懸命教えていたのよ。たっぷり時間をかけて丁寧に基本を教えて、その後で実際の射撃に入って、30分もするとその子が良いフォルムで何十発もガンガン撃ちまくれるようになったわ。別の日にも高校生くらいの男の子が父親に連れられて来て、すぐ隣のブースで2時間も練習していたしね・・・」

「すごい、それこそ日本じゃ全然考えられないことですね!、親子でボウリングなら分かるけど、親子でシューティングかぁ・・・それも中学生の女の子が!?」

「要するに、彼らは自分の身を守る為には、銃の扱いをマスターすることや銃を所持する事が ”必要なこと” だと考えているのよ。そして、銃の存在がどうであるか、良いとか悪いとかいう問題を抜きにして、日本人にはそのような意識がまるで無い──────────」

「ああ・・・・」

「この国では銃どころか、ナイフでさえ刃渡りが何センチ以内でないと所有できないとか、キャンプや登山など、明確な目的がないと不法所持になるわけでしょ。世界でそんな国は珍しいわね。アブナイ物を取り締まるのではなく、アブナイ人間を取り締まるのが法律というものでしょ。一般市民に銃やナイフを危険極まりないモノとしてアレルギーを植え付けるようなマスメディアの報道姿勢には、何だか隠された意図さえ感じられて不気味ね。
 それだと鉛筆を削るナイフさえ持てないようになってしまう。マッチで火を点けられない子供や、ナイフで鉛筆を削れない子供が増えるはずよね。危ないから持たせないのでは、何が危ないのかも認識できないんじゃないかしら。射撃をスポーツとして広く認め、犯罪者や精神異常者の手に武器が渡らないことを法律で規制するならともかく、何でもかんでも危険だから徐々に無くしてしまえば良いだろうというのは、文化としてもどうかと思うけど」

「ちょっと話はズレますけれど、かつての日本には ”仇討ち” とか ”敵(かたき)討ち” というのがあって、主君や親兄弟を殺した相手を討ち取って恨みを晴らすということが行われてきたんです─────────────────」

「オー、仇討ちは世界に名高い ”赤穂浪士” ね。あのようなコトは日本特有の文化ゆえでしょうね。仇討ちは歌舞伎や浄瑠璃でも主題としてたくさん取り上げられているようね」

「そう、”仇討狂言” なんて言いますよね。日本では三大仇討ちとして、赤穂浪士をはじめ、曾我兄弟の仇討ちや荒木又右衛門の鍵屋の辻の決闘があるし、小説では ”恩讐の彼方に” や、 ”南総里見八犬伝” 、民話の ”さるかに合戦” なども仇討ちを題材にした話なんです。K先生が仰るには、仇討ちで最も古いものは西暦456年の ”眉輪王(まよわのおおきみ)の変” で、日本書紀に書かれているのだそうです」

「それはすごいわね。日本書紀に仇討ちの話があるなんて、初めて聞いたわ!」

「時代が下がって江戸幕府では仇討ちが法制化され、主君の免状や奉行所へ届け出があれば認められました。主君や親族のカタキでなくても、女房が姦通した際には女敵討ち(めがたきうち)といって、不倫の相手と妻本人を殺害することは武士の義務とされました。けれども、やがて明治時代になると、政府は ”復讐ハ厳禁ス” と政令を発し、以来、仇討ちは禁止されてしまった─────────────────」

「うん、ヒロタカの言いたいことは何となく分かるわ。復讐することの善悪は兎も角、そのような気持ちが認められるような世の中は、今よりももっと個人の尊厳が重視されていたはずだと・・そう思うんでしょう?」

「そのとおりです。アメリカの銃社会はきっと色々な問題を含んでいるのでしょうが、少なくとも現代の日本人のように、基本的に自分の敵は誰か別の人が守ってくれる、警察や軍隊が守ってくれるんだ、なんて誰も思っていない・・・・自分の身は自分で守る。自分の愛する人は自分が守るのが当たり前。自分が生まれた愛すべき祖国も自分たちで守る。そういう意識を日本人よりも基本的に遥かに強く持っているんじゃないかと思えるんですよ」

「それゆえの、銃社会ということなのでしょうね、アメリカは・・・・」

「そう、新世界と呼ばれた北米大陸に渡って来て、西部開拓でインディアンと闘って土地を自分たちの物にしてきたという歴史もあるんでしょうけれど、基本的には彼らは自分の身は自分で守るという意識が徹底しているわね。フロンティア・スピリット、開拓者精神と言って、剛健、忍耐、創意工夫、闘争性、現実性、利己性などが特徴とされるものよね」

「今の日本人には無いもののように思えます。失われたというか────────────────」



                               (つづく)




  *次回、連載小説「龍の道」 第106回の掲載は、3月1日(金)の予定です

taka_kasuga at 17:55コメント(16)連載小説:龍の道 | *第101回 〜 第110回 

コメント一覧

1. Posted by bamboo   2013年02月16日 14:42
確かに銃や刃物など、日本は不自由しますね。
以前タイに行った時、一般の観光客でも撃てるような射撃場がたくさんあって驚き,もちろん行きました^^
そして多くの成人男性は軍事訓練を受けた経験があるため、銃器の扱い方も知っているという事実。「平和な仏教国」というイメージがあっただけに強い衝撃でした。
銃も包丁も携帯も、扱い次第で大きく変わるんですよね。
しかしアメリカではスーパーマーケットで買えるとは^^;買うのも使い道を決めるのも自由、そのかわり責任は負う。というわけですね…。
自由をどう使うか。考えさせられます。
息子にP220(エアーガン)をプレゼントしようとしたら「10歳以上」と書いてあり…包丁仕事を手伝ってもらえば「危ないよ!!」と止められそうになり…。
「昔は小学生になるとみんな小刀持って何でもやってたけどねぇ…」「斧や鉈だって使ってた(笑)けど、それでも誰かを傷つけようとは思わなかった」と、昔を振り返りながら仰られる方の気持ちが少し分かる気がします。
 
2. Posted by tetsu   2013年02月17日 23:52
確かに日本人の自衛意識は下がっているというか、足りないとは自分も感じております。
また、「何でもかんでも危険だから徐々に無くしてしまえば良いだろうというのは、文化としてもどうかと思う・・・」という言葉には同感です。
今の日本では本当にナイフで鉛筆を削れない子がほとんどじゃないですか?刃物は自分で使えるようになって、それがどのように役に立ち、またどうすれば危険か危険でないかが判るようになります。
私が幼い頃、よく父親に連れられて渓流釣りに行きました。釣った魚をその場でよく食べさせてもらったのですが、当時は山から木や竹を鉈で切り落とし、それをくべて火を起こしながら、ナイフで木を削って箸や串を作ったものです。
武術を学ぶものは自分達の身の周りにある武器、危険なモノを常に意識し、それからいかに自分の身を守るのか?家族や国家を守るのか?を頭に入れておかねばならないと強く思っております。
 
3. Posted by マルコビッチ   2013年02月17日 23:57
銃の社会・・・銃弾が歯ブラシの隣に置いて売っている・・・
親が子供に拳銃の使い方を教える・・・
考え方が違いますね。
この日本の小さな地域に生きているだけでは決して考えられない事です。
私たちは、自分の身は自分で守ると言うことを遙か彼方に忘れ去ってしまっているようです。
戦後、高度成長に伴い、物が豊かになり、生活が便利になるにつれて、自分の知恵と力で生きていくことが薄くなっているように思います。
なくなれば買えばいい、お腹がすけばチンしたりお湯を注げば食べられる・・
病気になったら薬を飲めばいいし、肩がこったらマッサージに行って楽になろう・・
悪いことではありませんし、必要なこともあるとは思いますが、こんな考え方に疑問も持たずどっぷり浸かって長いこと生きていたら、やはり中国から汚染物質が飛んでくると聞いてもそれほど危機感は感じないでしょうし、領土問題だってなんだって、たとえ戦争になったって、自衛隊やアメリカが何とかしてくれるっしょ!という具合になると思います。
こんなこと書いている私だって何も出来ないし、何かあってもオロオロするだけだと思います。
先日も、対練の稽古中に師父が「・・何も考えなくても相手が飛んでいくようなことが出来るためには身体を作らなくてはだめだ・・・」と言う言葉を聞いて、ああ、私にはそういう考え方、自分自身に対する積極性がないと感じました。
これも、”自分の身は自分で守る” ということに繋がると思います。
頑張ります!!
 
4. Posted by とび猿   2013年02月18日 22:43
銃が身の回りに普通にあり、子供の頃から拳銃の使い方を親から直に教わる環境を想像すると、それだけで培われる意識や感性が全く変わってくる気がします。
今、周りを見渡してみると、危険なものはただ危ないという理由だけで、年々少なくなっています。
それはそれで一理あると思いますが、最初から危険が排除された環境の中で生まれ、育ってくると、何がなぜ、どのように危険なのか。それに対してどのようにしたら良いのかがなかなか見えてこないと思います。
感性が養われず惚けてしまうことも恐ろしいですが、今、自分がどのような環境に身を置いているかということも、恐ろしく感じられました。
 
5. Posted by まっつ   2013年02月19日 00:03
過去に仕事で米国を訪れた際、
フリータイムにアウトドア用品店を見て回りましたが、
銃や弾丸が、釣竿や浮きと同レベルで並んでいて、
日本とは全く違うお国事情に目を丸くして、
思わずしげしげと見入ってしまいました。

空港でも警備員はサブマシンガンを構えて、
犬を連れていたりします。
見た目の印象も不思議と日本の警官とは違い、
武装が身に付いて自然に見え、その点も面白かったです。

先ず個人に武装する事と武力を使う覚悟が備わっており、
その上で各個人の理性を働かせるという社会から、
この国は始まったのだと感じました。

翻って現代日本の在り方を見つめたいと思いました。
 
6. Posted by 太郎冠者   2013年02月19日 00:18
国防・自衛という視点でみれば、武器の用意は必要不可欠ですし、また、道具として銃や刃物が必要不可欠という環境は存在します。
事件が起きればマスコミの印象操作によって、その道具が悪者にされるのは日本もアメリカも一緒のようですが、問題は道具そのものではなくそれを行った人間のほうにあるはずです。
なぜなら、銃やナイフで事件を起こした人間より、それらの道具があるのに事件を「起こさなかった」人間のほうが圧倒的に多数なわけで、そこについて考えないかぎりは根本的な問題解決にはならないと思います。

さて、銃の構造について調べてみると、実に興味深いものです。
発射された弾丸、それによって作動するシンプルで確実な動作メカニズム、そこには太極の原理に通じるものも見て取れるようにさえ感じられるものです。

稽古の休憩中、ボソリと「銃が欲しいなぁ・・・」と言ったら先輩に笑われましたが、ただ趣味で欲しがってただけじゃないんですよ!とこの場を借りて弁明させてください(笑)
 
7. Posted by ユーカリ   2013年02月19日 00:48
宏隆君の、学んだことを正確に理解し、それを実際に見た時、実際にやってみた時に感じ、吸収したことを的確に言葉で表現している様子、更にそれらを大切な宝物として、その意味を解ろうと生きている姿勢に、私は何と表面的で、自分に対する責任を逃れられるところで生きていたのだろう、何と独りよがりだったのだろうと、思いました。
全てにおいて、どこか人任せで責任逃れしたい為に、物事を大切に捉え、真の意味を理解する事に専念できずにいると感じます。
「示されたことに忠実になれる在り方」を常に追求してゆけるようで在りたいです。
 
8. Posted by 円山玄花   2013年02月20日 12:27
コメントが遅くなりました。

今回も予想に反して“講義”からの始まり、とても勉強になりました。
私は銃を撃ったことはまだありませんが、銃を扱ったことはあります。それも、大勢の素人が取り扱う場にいたのですが、「4つの基本ルール」が何と大切で、何と守られないことかと驚いたものです。
ルールをどれほど言い聞かせられても、自分でどれほど大切だと思い込んでも、身体はなかなかそれに従ってくれない。武術経験者はそれでも多少の自己制御が出来る様子でしたが、それ以外となると、銃を渡さない方が良かったのではないか、と思えるほどです(笑)

でも、実際の射撃までに、銃の基本練習が山ほどあり、そして講義が山ほどあります。
宗少尉のような分かり易い“銃社会”についての講義ではなかったのですが、戦闘・戦争とは何か、武器とは何か、などです。そしてそれらを積み重ねていくうちに、彼らの銃の扱い方が眼に見えて変わってくるのです。
実際に撃ったことで、危険が身に染みて解った・・というわけでなく、意識が変わったのでしょうね。これはとても勉強になりました。

自分の身は自分で守り、更には自分の大切な人をも守れるようになる。
言葉で言うのは簡単かもしれませんが、実際にその精神になれるのは、
並大抵の努力ではありませんね。
 
9. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 18:50
☆ bamboo さん

ボクも「ムカシの人間」の部類で、小学校の低学年から自分のナイフを持っていました。
それも、柄がスタッグのズシリと重い大人用のハンティングナイフで、祖母に貰ったお年玉
(昭和30年代の五千円。今だと幾らくらい?)を充てても、たくさんお釣りが来ました。
それをランドセルに入れて毎日学校に通い、帰りに裏山や防空壕に寄って散々ナイフを使って遊び、持って行ったリンゴを切っては、西部劇のようにそのまま口に運んで食べましたっけ。
けれど、ナイフで人を傷つけようなんて発想は全く無かったですね。

当時まだ珍しかった「電動鉛筆削り器」が学校の各教室に置いてありましたが、休み時間にはその味気ない、矢鱈と筆先の尖る器械を尻目に、級友たちの羨望の眼差しを感じながら、ギラリと光るナイフで悠々と鉛筆を削ったものです。
自分の子供には、ターコイズの柄の、S&Wのナイフを買ってやりました。
今では、大きくなった子供にコールドスチールのナイフを贈られるようになりましたが (笑)

あんな日本は、もう帰ってこねェンでしょうかねぇ。。。( ̄ヘ ̄)ウーン
 
10. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 18:50
☆ tetsu さん

僕もよく父に連れられて山に入り、キャンプをしましたっけ。
父の使うナイフやナタの切れ味や手際の良さを、じっと間近で見つめていたものです。
刃物は自分で使えるようにならないと、その良さも恐さもわからない、という事には大いに共感します。危険だから、凶器になるからと禁止するばかりの昨今の風潮は、文化という視点から見ても亡国の危機さえ感じますね。
お仕着せの憲法が変わり、自衛隊法が変わり、国民の自衛意識や国家防衛の意識が変わってくれば、日本もかなり変わってくるのでしょうけれど。
 
11. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 18:51
☆マルコビッチさん

武器や銃に大いに興味があるといっても、ただコレクションをしたり、サバゲーをやった程度の人ばかりで、実銃は一度も撃ったことがない、という男が多いのにはビツクリします。
ぼくは高校生の頃に初めて海外で実銃を撃って以来、すっかり虜になりました。
まあ、その時は、その目的の為だけに渡航したようなものでしたが。(^▽^;)

それまでの「銀玉鉄砲」とは月とスッポンを遥かに超えるホンモノの銃の手応えに、
心の奥深くに仕舞われていたオトコの本能が瞬時に目覚めたような気がしたものです。
そして、一度ホンモノを手にしてしまうと、二度とオモチャには興味が無くなる。
これは太極拳でも何でも、同じですね。(⌒-⌒)ニコニコ...
 
12. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 18:52
☆とび猿さん

たとえば私たち日本人が、今回の話に登場したオハイオ州のような所に住むことになったら、一体どうするでしょうか。
町を行くクルマの五台に一台はダッシュボードに拳銃が入っていて、トランクにはライフルが積んであるかも知れない。その辺のスーパーで買い物をしている奥さんのハンドバッグには小型の銃が潜んでいる─────────────────
そんな所で私たちは普通に、現在のような感覚で生活が出来るだろうか、ということ。。。

連日のように新聞を賑わすナイフ殺傷事件も、どこかで他人事のような気がしてしまう日本人は、まだまだ平和安寧の幻想の中で生活をしているように思えます。
特に、「>最初から危険が排除された環境の中で生まれ育ってきた」日本人は、ハロウィーンのお面を被って他人の家に近づき、銃を向けられて「止まれ」と命じられてもまだ危機が感じられず、最後には撃たれてしまう、というような悲劇を生むことになります。
その事件の教訓を、ただの文化や習慣の違いとして捉えるのは全くの誤りだと思います。
 
13. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 19:05
☆まっつさん

かつてテルアビブ空港で乱射事件があったときに、犯人が日本人(日本赤軍)だったこともあって随分衝撃を受けました。テロリストと言えど無差別で一般市民を襲撃することは前代未聞であり、当時この事件は世界を震撼させたものです。

以来、日本を除く各国の空港では武装警官と武装兵士が警備して歩くようになりましたが、一般人には即座に銃や自動小銃を打てる状態で抱えて歩いている姿は、決して気持ちの良いものではないと思います。つまり、何かあったらすぐに犯人を射殺できるわけで、その巻き添えを食わない保障は何処にも無いワケですから。

外国へ行く機会の多かった私は、イザという時にどう備えるか真剣に考え、武器を持つわけにはいかないので、手荷物のバッグに鉄や鉛のプレートを仕込んで自作の防弾ケースにしたり、本物の防弾アタッシュケース(重量は5圓鯆兇─⊇鼎い任后砲鮃愼して持ったりしたものです。

日本のジャーナリズムは、警官が威嚇射撃で発砲すると大事件として扱い、パトカーで追跡した逃走車が事故を起こすと非難囂々となりますが、諸外国では考えられません。
日本だけに通用する、或いは意図をもって通用させている、不思議な現象と言えます。

そのクセ、「ワイルド7」なんて超法規的漫画が大ヒットしたりする国なので・・・・

 フザケンナヨ! (キ▼_▼)o┳-----------------●));´ロ`)) ワ、ワイルドセブン…
 
14. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 19:05
☆太郎冠者さん

>銃が欲しいなぁ・・・

ははは、欲しいですよね。
銃や刀剣に魅力を感じるのは人間の本能だと思います。

日本は「世界最悪」と言われるほどの銃規制がされた国ですが、
法に則れば、95%の国民は銃を所持することができます。( ̄皿 ̄)うしししし♪
 
15. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 19:06
☆ユーカリさん

>どこか人任せで責任逃れしたい為に・・・

ユーカリさんならずとも、そうしていたいですねぇ、
「表面的に物事を捉え」て、「人任せ」と「責任逃れ」を続ける・・・・
それで済んでしまえば、人生はどれほど楽だろうか、と僕も思います。

何にしても、要は「何を、どれほど希んでいるか」ということに尽きるのでしょうね。
自分の「希求」が中途半端であれば、得られることも当然、中途半端ですし、
その中途半端ゆえに生じてしまったことが、むしろ自分の「余裕」に感じられて、
益々モノゴトの真の意味を大切にしなくても良いように思えてしまいます。

特別なことを、どれだけやれるのか、ではなく、
ごく普通の、当たり前のことを「きちんとやる」ことの、何と難しいことでしょうか。
特別なことをやってのける特別な人間が優れているわけではなく、
「ごく普通のこと」をきちんとやっていける人間だけが、
「特別なこと」に向かって、新たに挑戦をしていけるのだと思います。
 
16. Posted by 春日敬之   2013年02月21日 19:11
☆玄花さん

>実際の射撃までに、銃の基本練習が山ほどあり、そして講義が山ほどあります

プロとして実際に「訓練」を受けた人はそれが分かるのですが、
素人はすぐに「撃ち方を教えてもらえるっ! ┳o(▼_▼メ)」・・と思うんですね。
ボクも始めは「わ〜い、銃が撃てるぞ!」と喜んだものでした。

 ((メ ̄ヘ ̄)┏ バキューン!  ε==⊃

しかし、オタクではないプロの世界はサニアラーズで。
仰る通り、戦争とは何か、戦闘とは何か、武器とは何であるのか、
その意味を真っ先に叩き込まれます。
武器を持つことの「意味」が意識の中に確立されなければ正しく銃を扱えない。
ところが、素人やオタクには、そう思えないんですね。

これは、太極拳でも同じことですね。
武術とは何か。
敵を制御できる事とは何か。
意のままに敵を屠ることの出来る術理とは何か。
その技術を得ることとは、どのようなことなのか。

真の武術である太極拳にも「四つのルール」と同じものがあるのですが、
格闘技出身者などは「動きたいように動いて、太極拳のスゴサを取りたい」
「どうやれば当たるのか、崩れるのかを知りたい」
と思ってしまうがゆえに、なかなか太極拳の術理を理解できず、
師父はおろか、女性上級者に向かって行っても掠りもしない状況が起こる・・・
というのは、大いに理解しなければいけない処だと思います。

その「ルール」を守らずに、「自由に撃ちたい」と思っているゆえに、
いつまでたっても「中らない」ワケで・・・・

 ((i ̄_ ̄)┏ バキューン!  ヘロヘロ〜〜⊃
 


コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

Categories
  • ライブドアブログ