2012年10月15日

連載小説「龍の道」 第98回




第98回 インテリジェンス(7)


 そう言えば、珠乃と別れた後、この南京町の地下基地に来たのが昼過ぎで、今はもう夕暮れ時だから随分時間が経っている。珈琲とクッキーだけでずっと話し続けてくれた宗少尉がお腹が空いたというのも無理もなかった。

「講義は小休止して外へ食べに行く?、すぐ上は南京町、美味しい物がいっぱいよ!」

「それもいいけど、ボクの手作りで良かったら、何か作りますよ」

「えっ、珈琲だけじゃなくて、料理まで作ってくれるの?」

「まぁ、料理と言っても、いわゆるキャンプ料理とかアウトドア・クッキングの類だから、そんな大それたモンじゃありませんけどね」

「わぁ、ぜひ食べたいな・・・キャンプ料理でも何でも、私はヒロタカの作ったものを食べてみたいわ!!」

「ははは、それじゃ何か作りましょうか。でも、お腹が痛くなっても知りませんよ」

「大丈夫よ!、密林でのレンジャー訓練だと、ヘビやトカゲ、ネズミまで食べるんだから」

「ひえぇ、ボクはそんなゲテモノはとても駄目だぁ・・・」

「あーら、そんなお上品なコト言ってると、いっちょ前の戦士になれないわよ!!」

「じゃ、今からヘビのカバ焼きかトカゲのシチューでもつくる?」

「今はそんな下手物はダメよぉ!、せっかく神戸に居るんだから・・・」

「はは、ちょっと心配しましたね?、大丈夫ですよ、南京町の厨房ならともかく、この地下基地の冷蔵庫には蛇やトカゲは入っていませんから。たぶん、ね・・・」

「だといいわね。で、何を作るの?」

「そうだなぁ────────────よし、パスタはどう?」

「パスタ?、いいわねぇ、加藤家で頂くフレンチ・ディナーも感動的だけど、私はイタリアンも大好き。チーズに生ハム、美味しいスプマンテがあったら、それだけで幸せね」

「ははは、美味しいチーズも生ハムもウチにあると思います。鈴木シェフに言っておきますよ。えーっと、それじゃ、あんまり重いパスタだとこれからの講義に支障が出るから、サッパリして美味しいトマトソースなんかどうです?」

「トマトソースって、ただトマトソースをかけただけのスパゲッティ?」

「そうですよ、お気に召しませんか?」

「うーん、もっと凝ったパスタの方がいいなぁ。ナポリタンとか、ボロネーゼとか・・・」

 いかにもお腹が空いているように、宗少尉が腹の上に手を重ねて言う。

「トマトソースのパスタは、とても凝った料理ですけどね」

「だって、茹でたスパゲッティにトマトソースをかけるだけでしょ?」

「ははぁ・・何かイタリア料理を誤解してますね。よろしい、まだ珈琲文化もイタメシ文化も無い支那人のために、ボクがその誤解を解いて差し上げましょう。わずか三十分待っていただければ、きっと ”人生観” が変わりますよ」

「またぁ、オーバーなこと言っちゃってサ。よし、それほど言うのなら、三十分待ってあげるわ。そのかわり、もしそれで私の人生観が変わらなかったら・・・」

「うわっ、またソレをやるっ!、危ないから、拳銃から手を放しなさいってば!!」

「ふ・・たかがパスタと言えど、私を失望させない方がいいわよ」

「まったくもう・・・ちょいと、そこの明治屋まで買い出しに行ってくるからね!」

「何を買いに行くの?」

「バジルと、パスタと────────────」

「私も行こうか?」

「腰に拳銃を提げたまんま、元町の商店街なんか歩けないでしょ、もぉ・・・!!」

 そう言うと、宏隆は部屋の扉を開けて、地下の狭い通路を走って行った。
 この地下基地にも、もう随分慣れたもので、別の出口から素早く外に出ると、南京町のひとつ北側の通りにある商店街で二つ三つ買い物を済ませ、あっという間に戻って来た。

「ずいぶん早いわねぇ・・・ココに出入りするところを誰かに見られなかった?」

 宗少尉が心配そうに言う。

「たぶん平気ですよ。どう見たって、中華飯店のバイト生が足りないものを買い出しに走ってる、って思えるでしょうからね」

 そう言いながら、小さなキッチンで手際よく調理道具や材料をそろえはじめる。

「ここで、作るのを見ていてもいいかしら?」

「どうぞどうぞ、その方が食欲も弥(いや)増すってモンですよ」

「ふうん・・パスタとオリーブオイル、トマト缶、玉ねぎ、にんにく、バジリコの葉・・・たったこれだけの材料で作るの?!」

 置かれた材料を手に取ってしげしげと眺めながら、そう言う。

「そう、これだけ。あとは塩とコショーくらいかな」

「このパスタ、すごくいい色をしてるわね」

「イタリアの、”ラ・モリサーナ” のパスタですよ」

「なんだか、普通のよりも細そうね」

「トマトソースには、このフェデリーニなんかがよく合います。1.4mm〜1.5mmくらいの細めのスパゲティですよ」

「この箱には、Sale Marino って書いてあるけど、これはお塩かしら?」

「そうです、サーリ・マリーノ、シチリアの天然海塩。パスタを茹でるには Grosso、つまり粗粒の塩が最適なんですよ」

「詳しいわね、ヒロタカ。これらの材料も、お宅のシェフのお勧め?」

「鈴木シェフにも沢山教えて頂きましたけど、自分でも面白がって色々試しています」

「うーん、何だか材料だけでも美味しそう。ねぇ、早く作ってよ!!」

「はい、はい・・・では、先ずはトマトソースを作りましょう。
 玉ネギはザクザクと八等分に切り、ニンニク二片は包丁の腹でこうして叩いて潰す。
 そして、フライパンに玉ネギ、ニンニク、オリーブオイルを入れて、強火で炒めます」

 慣れた手つきで、てきぱきと調理を進める。
 これは相当、料理でも遊んでいるな、と宗少尉は思った。
 様々なことに自分を向かわせて、そこで楽しみ、自分を試して、その中で多くのことを学んで行く。その勉強の仕方は宗少尉自身にも共通するものがあった。

「ふむ、ふむ・・・」

「ざっと炒めたら弱火に落として、玉ネギが飴色になるまで、さらにじっくりと炒めます」

「どのくらい炒めるの?」

「ホントは1時間くらい。忙しい時は30分でも・・まあ、美味しいかな・・・」

「はは、イタリアらしいわね・・・でも、なかなか良い手つきね、ヒロタカ」

 どんな事でも、それに向かっている時には、その人間の人格や人生観が出るものだ。
 たとえ些細な動作でも・・・たとえば床に落ちているゴミを拾ったり、クルマのドアを開けたり、狭い場所で人とすれ違ったりする時でも、その人の本性がありありと出てしまうのである。ガスコンロに向かってフライパンを手にしている宏隆を見ていると、まだ高校生のこの少年が、大人の世界でもそんな人間は滅多に居ないような、ものすごく強烈な軸を持って生きていることが分かる。

 それは多分、この少年が何を生きようとしているかに因由するのだろう。
 平和や安寧は人の理想には違いないが、それに埋没してしまった人間には、このような強烈な軸は起こりようがない。何の不自由もない家庭に生まれているのに、宏隆には自ら荒野を目指す開拓者や、危険を冒してまで自己の存在を問おうとする冒険家のような心が大切に宿されているのだろうと、宗少尉には思えた。
 

「ホイホイ、っと・・そうだ、炒めている間にテーブルセッティングをしててよ!」

 まるで実の姉に話しかけるように、宏隆が言う。

「良いわよ。えーっと、ランチョンマットに、お皿とフォークと、スプーンか・・・」

 宗少尉もまた、弟に話すように、それに答えている。

「あ、スプーンは要らないからね・・・」

「だって、スパゲティを食べるには必要でしょ?」

「イタリア人はフォークだけで食べるのが一般的。ロングパスタを食べるときは、子供以外はスプーンを使わないんですよ」

「へえ、そうなんだ・・・!」

「それどころか、18世紀初め頃までのイタリアでは、庶民はパスタを手掴みで食べていたんだって。幻のパスタって言われているナポリの Voiello(ヴォイエロ) のパスタのパッケージには、膝にのせたパスタ皿から頭上高くまでスパゲティを持ち上げ、その末端を口を開けて流し込むように食べている絵がデザインされているんですよ。これぞ、元祖パスタの食べ方、と言わんばかりにね、あはは。まあ一流ホテルの中の高級リストランテならともかく、一般家庭やトラットリア(大衆食堂)みたいなところでは、まずスプーンは出てきません。ま、使っても使わなくても、自分が食べやすく食べれば良いんだけれど」

「まあ、そうだったの!」

「イタリア人がパスタをフォークで食べるようになったのは、ナポリの国王のナントカ四世が晩餐会に自分の大好物のパスタ料理を出したいと考え、料理長スパダッチーノに命じて、料理を取り分けるためのフォークを食器として客に使わせたのが始まりなんだそうです。
 このとき、その尖った三本歯のフォークを、そのパスタを食べる為に初めて四本歯のスタイルに改良したということで。それ以来フォークは四本歯になったと・・・」

「うーん、話は聞いてみるものね。私はてっきりスプーンを使うことの方がマナーだと思っていたわ」

「イタリアの一流ホテルなんかでは、海外から来た旅行者のためにスプーンを用意するところもあるみたいですが、本来はお皿の隅っこでクルクルと丸めて口に放り込むのが正しいみたいですね」

「ひとつ利口になったわ、ありがとう!」

「そんな話をしていたら、もう玉ネギが良い色になってきましたね。お次は、これにトマトを入れまーす・・・」

 宏隆は缶詰のトマトをボウルに移し、それをどんどん手掴みで潰しながらフライパンに加えると、バジルの葉と塩とコショウを入れて、強火にした。

「うわぁ、手掴みで・・・豪快ね!!」

「手で潰すからこそ、味が出るみたいですネ。トマトも絶対にイタリア産のものじゃないと良い味も香りも出てくれません」

「なるほど・・・」

「本来なら、これを鍋で1時間煮るんですが、今日はちょっとズルをして、圧力鍋で20分間煮ることにします」

「圧力鍋?、よく何でも揃っているのね、この地下基地は!!」

「えへへ、そんな物ありませんよ。鍋のフタにチョイと煉瓦を載せるだけ・・・」

「はぁ・・まったく、その辺りの食い意地は大したものね、ホント!」

「さて、こうしている間に、大きめのナベに水を入れて沸騰させておいて、パスタを茹でる準備をしておきます」

「素朴な疑問なんだけどね・・こういうものをパスタと言ったり、スパゲティと言ったり、マカロニとかペンネなんかもあるでしょ、それらをどうやって区別したら良いのかしら?」

「簡単ですよ。パスタというのは主に小麦粉を練ったものや、それを乾燥させたものの全てを指していて、ラテン語で ”生地、練り物” という意味です。英語のペーストとかペーストリー、フランス語のパテ、パティスリも同じ語源です。だから、イタリア人からすれば日本のウドンもソバもラーメンも、下手をすると生麩(なまふ)も焼き麩も、みんな日本のパスタというコトになってしまうでしょうね。
 パスタにはロングパスタとショートパスタがあって、太さやカタチ、その中身などで名前が異なります。玉子を入れたタリアテッレとか、リングイネなんかは知られていても、断面の四角いものや蕎麦に似たビーゴリなんかを知る人は、まだ日本にはあまり居ませんね。
 あとはご存知のラザーニェとかラビオリ、ニョッキなどの変形パスタですね」

「なるほど。日本人はまだそれらを厳密に分けていないみたいで、何処へ行ってもスパゲティとマカロニの分類だけよね」

「じきにイタリア料理が日本中に広まるでしょうね。今は熱い鉄板の上にケチャップで和えたナポリタンが喫茶店で出てくるけど。ま、それも美味しい日本の文化です」

「本当に面白いわね、文化というのは──────────────」

「さあ、それじゃパスタを茹でましょう。沸騰したお湯にさっきのシチリアの塩を加えて、フェデリーニを入れて、一度だけかき混ぜて、アルデンテに茹で上げます。この ”一度だけ” というのがポイントですね」

「オーケー、塩はどのくらい入れるの?」

「そんなのテキトー、と言いたいところだけど、水の量に対して塩は1パーセント。これをしっかり守ることが大切ですね。水が4リットルに対して40グラムの塩を入れます」

「うわぁ、そんなに塩を入れるんだ・・・・」

「そう。2人前でもたっぷり4リットルの水で茹でます。茹だるまでの時間を使ってフライパンにオリーブオイルを入れ、そこにバジリコの葉っぱをちぎって加えて、弱火に掛けておき、バジリコの香りが立ってきたら、さっき作ったトマトソースを加えて、中火で温めておきます」

「パスタは、もうそろそろかしらね・・・・」

「そうね。こうやって、指で摘まむようにして切って、まだ中に芯がある状態。食べてみて丁度アルデンテだと思えたら、これでオッケー!!」

「わぁ、ついに出来上がりね!」

「いいえ、ソースの方は、さらにこれを裏漉しにかけるんですよ。
 そしたら味を見て・・・・ウン、ちょっとパルメジャーノを少々振ろうかな、っと。
 それと塩と黒コショウ、オリーブオイルで味を調えて・・・はい、出来上がり!!

「チョイまち!、今パスタの茹で汁を掬ってそこに入れたわよね・・どうして?」

「ああ、パスタのゆで汁をソースに入れると美味しいんですよ。試しに、このゆで汁だけを飲んでみますか?・・・ハイ、どうぞ」

「うわぁ・・な、なに、これ・・・まるでスープみたい!!」

「そう、魔法のスープ。まるで日本の昆布ダシだけをお湯に通したお吸い物みたいでしょ。この茹で汁によく味が出ていれば、ソースは格段に美味しくなるんです」

「驚きね・・・ただパスタを茹でただけの汁が、こんなに味があるなんて!」

「ソースには絶対にこれが必要です、覚えておくと良いですよ」

「うーん、覚えておきたいコトがいっぱいあるわね。メモメモ・・・・」

「盛りつけた上にバジリコの葉を載せて・・さあ、どうぞ召し上がれ──────────────」

「うわぁ・・なによ、これ!!」

「えへへ・・素人料理にしては、まあまあイケるでしょ?」

「イケるなんてモンじゃないわよ!、これじゃ、そこらの玄人も真っ青でしょうね」

「・・で、どうでした?、これを食べて人生観が変わった?」

「確かに、モノの見方は変わるわね。料理ってすごいと思うわ・・・ヒロタカ、あなた本当に武術をやめて料理人になったら・・?!」

「ブゥーッ・・それって、褒め言葉?」

「モチロン、褒めているに決まってるでしょ!」

「ははは・・・・」

「あははは・・・・・」


 これまでの講義の内容とは反対に、とても暖かく和やかな食事だった。
 宏隆は宗少尉のためにエスプレッソ珈琲を淹れ、一息ついた。


「ああ、美味しかった─────────────────」

「すごいね。100グラムのパスタを、もう一度お代わりしましたね」

「軍人は、このくらい食べられなきゃダメよ。毎回大食いでも駄目だけれどね」

「任務に就いている時は、どのくらい食べるんですか?」

「ほとんど食べないわね。ジャングルなんかだと、米軍の野戦食みたいなのをちょっと食べるだけよ」

「野戦食って?」

「よくあるのはレトルトパウチに入ったミートボールとビスケット、そこにインスタントコーヒーと砂糖、食後のガムが一本入っているパッケージよ」

「たったそれだけ?」

「そう、それも温めもせず、袋を開けてそのまま食べるのよ」

「ひえぇ、ボクなんかそれだけじゃお腹が減って死んでしまいそうだ」

「任務中は、あまり食べない方が動けるのよ。それに、撃たれた時や怪我をした時には、満腹じゃない方が生存率が高くなるの。ベースキャンプに戻ってこれる時は、みんなたっぷり食べるけどね」

「何だか、生々しい話ですね─────────────────」

「他人事みたいに言ってるけど、ヒロタカは実際に戦闘経験もあるし、拉致された経験まであるでしょ」

「そうですよね・・・嗚呼、何てひどい人生なんだろう!!」

「ちっとも嘆いているように見えないわよ!」

「そう?・・じゃあ、どう見えますか?」

「まるで、その経験を面白がっているみたい!」

「あははは・・・バレテーラ!!」

「あはははは・・・・・」

「さて、宗少尉もお腹が一杯になったことだし、そろそろ講義再開と行きましょうか!」

「ああ、これでスプマンテでもあったら、舌もペラペラ回るのに・・・・」

「お酒を飲むと、何かの拍子に本当に銃を撃つかも知れないから、ヤメましょう」

「よし、それじゃ始めるか!・・・で、何の話だったっけ?」

「漢民族ですよ、漢民族は存在しないというオハナシ」

「あ、そうか・・・えーっと、つまり、要するに漢民族というのは存在しなかったのよ」

「それじゃ終わっちゃうでしょ!、ちゃんと話してよ、もぉ・・・大体ね、今の中国人の90パーセント以上が漢民族だって言われているんですよ。つまり中国人の十人中九人が漢民族で、残りの一割だけが異民族だというワケですよ。なのに宗少尉は漢民族なんぞは存在しないと仰る。そんなとんでもないコトがあるんだろうかと・・」

「じゃぁ、まず身近な話から・・・漢字は誰が作ったか、知ってる?」

「漢字って言うくらいだから、もちろん ”漢人” が作ったんでしょ」

「ところがドッコイ、漢字のルーツに遡ると殷の甲骨文字になるんだけど、殷は漢民族ではなく女真族(ツングース系民族・満洲族)が作ったクニだから、漢字の生みの親はジツは漢民族では無かったと言うことになるわね。カンジの大元はカンジンが作ったのではない、ここがカンジンなところね」

「ふぅむ、つまらんギャグはともかく、甲骨文字がねぇ・・そうなんですか・・・」

「ムッ・・・つまらん?」

「あ、あっ、失言です、冗談ですっ!!」

「・・まあ、今の中国は何かというとすぐに漢字を作ったのは漢民族で、それをロクな文字も無い日本に教えてやった。孔子や老子のような偉大な人間を輩出したのも漢民族で、その偉大な文化を日本人は遣唐使のように命懸けで学びに来たのだ、と言っているでしょ」

「そうですね。まあ、彼らには自分たちが絶対的に上位だ、偉いんだという鼻持ちならないムードがありますが。事実に関しては仕方がないですよね」

「けれど、漢字がもとは漢民族の創造では無かったように、実は彼らが誇るあの有名な老子や孔子なども漢民族ではなかったのよ」

「えーっ、本当ですか?!」

「老子は紀元前6世紀ごろの、 ”道徳経” を遺した、中華文化の中心をなす偉大な人物だけれど、その末裔の人たちは皆、貴族から平民まで、ほとんどが李氏を名乗っているのよ」

「・・と、言うと?」

「司馬遷が書いた史記の、老子韓非列伝の中には、老子の姓は ”李” 、名は ”耳” 、楚の國の苦県(現在の河南省鹿邑県)の出身で、周の書庫の記録官、あるいは歴史家、占星術師をしていたと書かれていて、孔子が礼の教えを受ける為にわざわざ彼の許に赴いた、とあるわ」

「へえ、老子の本名は李(リー)さんというんだ。ブルース・リーと同じ姓?」

「そう、李という姓は中国の五大姓のひとつ。李氏は中国、台湾、ベトナム、朝鮮に存在していて、中国本土だけでも、ざっと一億人は居るでしょうね」

「ひえぇー、い、一億人!、日本人がみんなリーという姓だったらエラいこっちゃ!・・・で、その李氏が何なのですか?」

「李氏は鮮卑(せんぴ)系の民族なのよ─────────────────」

「鮮卑、というのは?」

「紀元前三世紀から六世紀に中国北部を支配した北方遊牧騎馬民族のこと。五胡十六国時代や南北朝時代には南下して中国に北魏の王朝を建てたけれど、漢族とは全く違う人たちね。
 隋の建国者である楊氏も、同じ北魏の出身。中国で楊氏太極拳なんて言うと如何にも漢民族みたいに思えるけれど、御先祖様は鮮卑だということになるんでしょうね。
 鮮卑と漢族は顔だちも違うのよ。鮮卑というのは今のトルコ人。隋と唐だけでなく、後唐も後晋も後漢も、全部トルコ人の王朝だったという事になるわね。だから隋や唐の皇帝も、みんなユセフ・トルコみたいなトルコ人の顔をしていたはずよ」

「ユセフ・トルコって、元プロレスラーでレフェリーの?・・・何だか、これまでの中国というイメージと全然違ってきてしまったなぁ」

「まあ、老子とユセフ・トルコを結びつけるのは、この私くらいのモンでしょうけどね!」

「それじゃ、あの孔子様も、漢民族ではない異民族なんですね?」

「孔子は身長二メートルを超える大男で、額の突き出た異形の相だったと言うから、それだけでも漢民族とは思えないわね。孔子は自ら殷の末裔であると言っているし、実際、孔子の父親は叔梁紇(シュクリョウコツ)と言う名のウイグル人だったのよ」

「わぁ・・あの儒教の祖・孔子様は、実はウイグル人────────────!?」

「そうよ。でも、共産党中国はそのことを隠したくて仕方がないワケね」

「えっ、何故ですか?、ウイグルだって同じ中国の中にあるじゃないですか。新疆(しんきょう)ウイグル自治区って、NHKのシルクロードにも出てきましたよ」

「日本では報道されていない、とんでもないコトが、そこでは起こっているのよ!」

「とんでもないこと─────────────────?」


                                (つづく)
 



  *次回、連載小説「龍の道」 第99回の掲載は、11月1日(木)の予定です

taka_kasuga at 23:03コメント(14)連載小説:龍の道 | *第91回 〜 第100回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2012年10月17日 18:44
トマトソースのパスタ! 私も宗少尉と同じように簡単に考えていました。

――― 様々なことに自分を向かわせて、そこで楽しみ、自分を試して、その中で多くのことを学んで行く。

最近、このような姿勢で物事に向かっていない自分にハッとしました。
余裕がなく、楽しむということがなく、やらなくちゃ!!と言う義務のような気持ちでいろいろな事をしてしまっています。
考えてみると、それだとそこから学べることは出来ないし、世界も広がっていかないですね!
simple is best! シンプルなものほど奥が深い・・・とは、それがより基本に近いからなのかもしれません。
太極拳でも、”基本が全て”! と教えて頂いているように、基本には全てが詰まっているのだと、改めて考えさせられます。
そして、そこにどれだけ誠実に注意深く自分を向かわせていけるか・・・ それによって、後の全てが変わってきてしまうのだと思います。

トマトソースのパスタ、美味しそうですね(*^^)v
今度トマトソースを作るときは、こころして作りたいと思います。
毎回「龍の道」では沢山のことを教えて頂き、また気付かせて頂いています。
ありがとうございます。
また、老子も孔子もびっくり(@_@;) なとんでもない話の続き! 楽しみにしています。
 
2. Posted by 円山玄花   2012年10月18日 16:49
>トマトソースのパスタ

これは作ってみたくなりましたね。とても美味しそうです。

”たかが”、と思えてしまうトマトソースひとつ取っても、無限の可能性と工夫とがそこにある。
自分の向かう物事や人生が、いかに充実したものになるかどうかは、全て自分の向かい方ひとつにかかっているのだと、改めて痛感させられました。
また、その向かい方の基本となる自分の在り方をこそ、太極拳に日々教えられていると感じます。
「龍の道」で論じられる隣国チャイナの驚くべき歴史にしても、整えられた自身の在り方があってこそ、真実を見極めることが可能になるのですね。

稽古に於いて、自分の利き腕一本正しい位置に持って来られない、自分で制御できないという事実を、イヤと言うほど実感しなければ、料理にせよ掃除にせよ、やはり制御できていないのだと思います。ましてや戦闘状態ではどうなることか。
稽古を重ねるごとに、自分の身を守る、家族を守る、国を守ることの大変さを、つくづく思い知らされています。
 
3. Posted by ゆうごなおや   2012年10月18日 21:59
イタリアかぶれしていた頃は、よくトマトスパを作っていました。また作ってみようかなぁ、と考えて、恥ずかしくなってしまいました。自分が作っていたものは、上っ面だけの見た目は良く似たニセモノだったと…
振り返ると、今まで自分が向き合ってきたものも、やはり上っ面を真似ただけになってしまっていたように思います。

毎回毎回勉強させて頂いてます。本当は道場での稽古中に、もっと早くから気が付かなければいけないのでしょうが…。スミマセン。
 
4. Posted by まっつ   2012年10月19日 00:11
小生もパスタを作ることがあるので、
興味深く拝見させて頂きました。

イタリアンは素材自体は異なりますが、
和食にも通じる素材の持ち味を尊重するスタイルが魅力的ですね。

小生は不精者なので、
万能タイプのスパゲッティーニばかりなのですが、
手早く出来て、ワインにも良く合うので、
とても重宝しています。

今回ご紹介頂いたレシピも是非試してみたいと思います。
上手く出来ると良いのですが・・・
 
5. Posted by 太郎冠者   2012年10月19日 00:12
むむ、夕飯もとっくに終わって、さぁお風呂でも入ろうかという、
こんな時間に読むものじゃないですねぇ。

まだスパゲッティが残ってたかなと、意識が違うほうに飛んでいってしまいます。
あ、でもトマト缶がないです。夜食はまたの機会に。

ところで、今回のトマトソースとかぺペロンチーノみたいなシンプルなパスタって、日本人の感覚でいうと「かけそば」
みたいなもんなんですかね?

そう考えると、シンプルながらも奥が深いというのが、
なんとなく日本人的な感覚や肌身で感じられるような…。
もっとも、そばなんてほとんどゆでたことないですけど。
あぁ、ラーメンもいいなぁ。

>額の突き出た異形の相
理性や知性をつかさどる前頭葉が発達していたのでしょうかね。
僕の頭の中身は、いま、麺類になっているのでわかりません(笑)
 
6. Posted by ユーカリ   2012年10月19日 11:41
うわ〜っ、何とも美味しそうな、茹でたてフェデリーニの湯気の香りがしてきそうなお話でした!!
是非私も作ってみようと思います。
シンプルな物故に基本に忠実に‥…お水に対する塩の量など、日頃いい加減になりがちな事でした。
家族に喜んで食べてもらえる様、楽しくお料理したいと思います。

>どんな事でも、それに向かっている時には、その人間の人格や人生観が出るものだ。たとえ些細な動作でも・・・

師父や玄花后嗣の何気ない仕草や、人との関わり方が、いつもとても美しいと感じ、お二人が触れた物は、浄化されてしまうような、感覚を覚えます。
どのような事でも受け入れてくださる寛大さを感じるとともに、容易にそこには近づけない厳格さも感じます。
それは、只ただ在り方であり、何を生きようとしているかがにじみ出てきてきているのですね。
我が身を振り返り、冷や汗が出ますっ(ーー;)
私も少しでも、お二人に近づける様、精進したいと思います。

「とんでもないこと‥…」って何でしょう?!
次回も楽しみにしております。
 
7. Posted by とび猿   2012年10月19日 22:26
最近料理を始めたのですが、まごまごしていたり順序が悪かったりで、美味しいタイミングを逃したり、ただ時間ばかりが掛かったり、後片付けが大変だったりと、ひどい有様です。
宏隆君の料理の手際の良さと、多岐にわたる、それでいて纏まったテンポの良い会話、これは経験と、全体を見渡せることからくるものなのでしょうか。
このところ、全く全体が見えていないなと思わされることばかりで、物事に追われていて大事なことが抜けていたりと、反省することばかりです。
何度も日常の生活の大きさに行き当たります。
 
8. Posted by taka_kasga   2012年10月23日 16:08
☆マルコビッチさん

>基本が全て・・・そこにどれだけ誠実に注意深く自分を向かわせて行けるか・・・
>それによって後の全てが変わってきてしまうのだと思います

まさにその通りだと思います。
でも、人はなかなかそれをやりたがらない、やりたくない。
基本はとても単純だけれど、とても面倒くさいものです。
そしてそれは、簡単だ、単純だと思ってしまえば、
それで済んでしまうようなものでもあります。

基本功の多くは駄目な生徒を救済する最も簡単な手段であり、
出来ない人のために指導する側が工夫したもの・・
などという考え方もありますが、
そんな発想も、そんなところから出てきているような気がします。

ウチの師父は、基本こそが「タイジィ・コード」であると考え、
基本功の意味をじっくり解いて行くことによって、真の太極拳原理を紐解き、
その核心である「纏絲勁」の原理法則を解き明かされました。
基本功こそは先人たちが創造した太極拳の至宝であり、
常に戦いに勝ち得るための高度な武術原理が秘められたものなのです。

基本功を重視しない門派というのは、
何を元にしてその武術を練っているのかが
指導者にも学習者にも、非常に分かり難いのではないかと思います。
たとえ基本功を知らなくとも学習の妨げにならないし、
学習者から何の不平不満も出ない、などということは、
私たちのところでは有り得ないことですね。

太極武藝館では、師父が基本原理の話をしたり、基本功を丁寧に示し始めると、
皆、他の何をやっていても集まってきて、目を皿のようにしてそれを見守ります。
それこそが核心であると、門人の誰もが強烈に感じ取っているゆえであり、
それを修得するためにこそ、遙々遠方から通ってくる人たちが居るわけです。

これからも、基本功を大切に学んで行きましょう。( ̄(エ) ̄)v
 
9. Posted by taka_kasga   2012年10月23日 16:12
☆玄花さん

>たかが、と思えてしまうトマトソースひとつ取っても・・・

そうです。
「トマトソースのパスタは、とても凝った料理ですけどね・・」と宏隆くんが言う意味は、
実際にそれを作ってみた人なら、すぐに理解できることですね。
仰るとおり、「全ては自分の向かい方ひとつにかかっているのだ」ということだと思います。

しかし、その「向かい方」を、厳しく自身に問いかけ続けられる人が、
果たしてどれほど存在するでしょうか。
”伝承” ということの難しさを、つくづく思います。
 
10. Posted by taka_kasga   2012年10月23日 16:18
☆ゆうごなおやさん

「気付くこと」というのは、とても素晴らしいことです。

与えられていても、それに気がつかない。
言われても、意味が分からない。
見せられても、それが見えない。
教えられても、そのことを学べない。

そんな人が多い中で、
毎回毎回勉強をさせて頂いています、もっと早くから気がつかなくてはいけないのでしょうが・・
と仰る、ゆうごなおやさんは、
やがてきちんと、正しい原理を取られることでしょう。

いつも師父が言われる、
「こうすればこうなる、ということを学んでいるだけ」
という言葉をそこに当て嵌めれば、
「気付きさえすれば、必ず理解してゆける」ということになります。

それもまた同じ ”法則” ・・・
「学習の法則」「修得の法則」なのだと思います。

ヒッサツ! カウンターパーンチ! ! (o ̄ー ̄)=O☆(ノ_ _)ノ アゥゥッッ
 
11. Posted by taka_kasga   2012年10月23日 16:25
☆まっつさん

>上手く出来ると良いのですが・・・

それもまた、玄花后嗣の言われる、

すべては自分の「向かい方」ひとつ

ということでしょうね。

たかがトマトソースのパスタひとつに過ぎませんが、

「ましてや戦闘状態ではどうなることか・・」

という思いがそこにあると無いのとでは、修得できる内容が大きく変わってきます。

健闘を祈ります!!  アーミダァーブゥー ( ̄人 ̄)ちーん
 
12. Posted by taka_kasga   2012年10月23日 16:30
☆太郎冠者さん

>夜食

ボクは夜食には、帝国ホテルレシピのマカロニグラタンなんかも好みです
・・あ、トマト缶は、必ずイタリアの物を使って下さいね

>かけそば

そうそう、そんな感じね。
イタリア人は、ただ茹でたスパゲティにオリーブオイルを掛けただけのを食べるし、
チーズを絡めたり、チーズを振るだけのヤツも好んで食べます
まさに「かけそば」そのもの

人類も、麺類も、奥が深いッスね・・・≠( ̄-( ̄)モグモグモグ
 
13. Posted by taka_kasga   2012年10月23日 16:36
☆ユーカリさん

料理の基本は、美味しく食べて元気になること。
家族に喜んで食べてもらえること。
つまり、愛情だということですよね。

どれほど人を愛せるか、
それがダイレクトに問われるのが、料理です。
いくらでも手を抜くことが出来るし、
安くて危険な食材で作ることもできる。

何も日々の食事をウィークエンド・ディナーにする必要はないけれど、
そのスピリットは、たとえ「かけそば」や「かけすぱ」を作るにも必要だと、
そう思える自分でありたいと、ボクは思っています。

 イタダキマス(* ̄¬ ̄)o―∈~
 
14. Posted by taka_kasga   2012年10月23日 17:17
☆とび猿さん

>これは経験と、全体を見渡せることからくるものなのでしょうか・・

いえいえ、そんな大仰なモンじゃありません

たとえ、どれほど多くの経験を積んできていても
ズサンな人はズサンですし
いつまで経っても手際の悪い人も居ます

宏隆くんは、多くの経験を積んで全体を見渡せるようになったから
あんな料理が作れるようになったのではなく
ただ単に、料理が好きだからです

彼は料理をしているときの感覚が好きで
料理に没頭して、その料理のリズムに乗り
その中にどんどん入り込んでゆけることが好きなのです
まるでトマトソースの中に一緒に自分が溶け込んでいってしまうような
そんな状態に、この上ない幸せを感じてしまうのです

彼は、加藤家のシェフのような料理を作れるようになりたいとか
他人から褒められたいとも思っていません
彼はただ「料理を作ること」が喜びであり、
料理を作っていることが楽しくて仕方がないのです
まるで子供がお気に入りのオモチャをもらった時のように
ただ料理で楽しく遊んでいるのです

そして、何も料理に限らず
自転車が欲しくて仕方なかった子が、だんだん自転車に乗れるようになるように
絵の具を与えられた子が、だんだん絵を描くことに没頭していくように
ギターやピアノを弾けるようになりたいと思った人が
没頭しているうちに、いつの間にか上達していたように
彼もまた、気がつけば色々な料理ができるようになっていて
美味しい珈琲も淹れられるようになっていたのです

何かが身に付くというのは、自分が本当に楽しめることの中で
自分の存在さえ忘れてしまうような状況の中でこそ
自然に、純粋に、その人の中に起こってくるものなのだと思います

その「純粋に起こっていること」こそが、その人自身を高め、大きく成長させる
最も自然で偉大なことなのだと、ぼくは思っています
 

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