2012年10月01日

連載小説「龍の道」 第97回




第97回 インテリジェンス (6)


「いやぁ、今の話にはちょっと興奮しましたね。僕らが教わってきた中国の歴史というのはそのずっと後のこと、王朝が中原(ちゅうげん)を支配するようになって、徐々に中華思想が形成されてきてからの話なんですね?」

「そのとおりよ」

 宏隆は、まだその話を聞いたときの興奮が冷めやらない。
 それら洛陽盆地の四方に住む、夷(い)・狄(てき)・戎(じゅう)・蛮(ばん)の異民族の人々は、洛陽に暮らす人たちと異なる文化同士で交易をしていたのである。

「・・でも、それと漢民族が存在しないことと、何の関係があるんですか?」

「実は、いま ”中国人” と呼ばれている人たちの祖先は、これら東夷、北狄、西戎、南蛮の人たちなのよ─────────────────」

「えっ・・・ええーっ!!、そ、そんな・・そんなことが・・!?」

「何をそんなに驚くの?」

「だ、だって・・・その四夷・夷狄と呼ばれた野蛮人こそが、実は中国人の正体だなんて、そんなことを聞いたら漢民族が驚きますよ。いや、怒り狂いますよ!!」

「まあ、それが事実だから、怒ろうが狂おうが構わないけどね。
 その昔、交易で栄える洛陽盆地に集(つど)った人々は、やがてその都市に住み着き始めて、それら生活形態や言語の違う異民族同士が混じり合いながら、徐々に ”中国人” と呼ばれる人々が形作られてきたのよ。そこで中国人が誕生したということは、中華文明を語る上ではとても重要なポイントになるわね」

「ううむ、すごい話ですね。自らが夷狄と蔑んだ野蛮人こそが、自らの民族のルーツだったとは・・・でも、中華文明が ”交易” から起こったという確証はあるんですか?」

「モチ。たとえば司馬遷の ”史記” には、中国最古の王朝は ”夏(か)” という名だったと書かれているけれど、この夏というのは商人を意味する ”賈(か)” が語源となっているの。
 また、夏を滅ぼした殷(いん)の王朝は ”商(しょう)” とも呼ばれていて、人々は自らを商の人、つまり商人と称していたワケね。中国の古代王朝が交易による商業都市としてこそ機能していたことは、学校の歴史の時間では教えないことでしょうけどね。
 一般的に言われるような、農村集落が発展した結果、徐々に都市が出来上がってきたというのは、そもそもマルクスが創り出した唯物史観による仮説に過ぎないのよ。それ自体は何の根拠も無いことなのに、誰かがそう言い出して、誰もがそう信じてしまったワケね。
 まあ中国に限らず、文明論としては地球上の諸文明はまず都市が成立した後に、都市の周りに農村が発生したと考える方が自然でしょうね」

「それじゃ、その商業都市を支配した者こそが、中国の ”王” であったと・・?」

「そのとおり。黄河のほとりの洛陽盆地に最初の文明が発生して交易で栄えるようになり、やがて都市が生まれ、都市の支配者が王を名乗るようになった。そしてその商業都市が各地に増えていくごとに徐々にネットワークを形成して行き、都市という ”点” と、交易路という ”線” で繋がって、その中には他の都市を従えるような力を持った大きな都市も出て来るようになる」

「なるほど・・・・」

「国の元の字は ”國” と書くでしょ。この四角いクニガマエの中の ”或” という字は、ツチヘンを付けると ”域” という字になるように、区画や領域を表す ”一と口と一” に、武器である ”戈(ほこ)” を合わせて作った文字ね。つまり、國(クニ)というのは囲いの中の領域を表していて、 ”区画を決めて囲い守る所” という意味なワケよ。
 國は日本語でクニと読むけれど、これは元々 ”城壁に囲まれた空間” を表す文字だということ。つまり、漢字を作った中国では、クニというのは元々 ”城郭都市” を意味していたということになるわね」

「うーん、すごいっ!・・すごく説得力がありますね。つまり、その城壁に囲まれた商業都市と交易ネットワークこそが、中国では ”クニ” と呼ばれるものだったんですね!!」」

「そういうこと。要するに中国では ”王” というのは商売の頂点に立つ、流通業界を仕切るマーケットの支配者であったということになるのよ。そしてその流通システムを彼の地で初めて ”帝国” というカタチにまとめたのが秦の始皇帝であり、後にもっと大きな帝国として完成させたのが漢の武帝だったということね」

「なるほど。そして、その商業交流都市に集まった雑多な異民族たちが混じり合って、後に ”漢民族” と呼ばれる中国人が徐々に形作られてきた、と──────────────」

「そのとおり。ヒロタカ、やっとエンジンが掛かってきたじゃないの!」

「はは・・まだアイドリング状態ですが、少しは分かってきました」

「よぉし、ジャガーみたいに一気に六千回転まで吹き上がりなさい!」

「クォォオオオンンン!!、ってか・・・」

「あはは、その調子ね!・・さてさて、中国を初めて統一したと言われる秦の始皇帝は、そのような商業都市ネットワークの中で ”封建制” から ”郡県制” に移行させた初めての皇帝でもあったの。
 中国の封建制というのは、皇帝が各々の地方商業都市に任命した知事(都市管理者)を置くことを意味しているのよ。それまでには知事は代々世襲だったので色々と不都合も多い。だから始皇帝は世襲制度を廃止して任命を一回限りにし、皇帝がそのつど知事を選ぶようにした。これが郡県制で、”県” というのは皇帝の直轄都市という意味ね」

「ふむふむ・・・・」

「県は当然ながら交易ルートの要衝にあって、その土地を軍事的に占領して全体を城壁で囲んで造る。城壁の内部はその全てが市場と言っても良いような所で、県の中では定期的に市が開かれる。県を訪れる商人は ”市” に参加するために、その県の市場の組合員になる必要があって、管理事務所に当たる県庁に組合員の登録をしてマーケットで商売をする。そして自分が売る物の一部を租税として県に納め、足りなければ市場の設備維持に労働力を提供したり、その県を守るための兵役に服することまであったようね」

「それじゃ、そこで得られた租税がその王朝や皇帝の収入源となったわけですか?」

「市場の租税はマーケットの管理費や都市を守る軍隊の維持費に宛てられて、皇帝の収入は都市の城門や交通の要衝を通過する時に支払われる ”通行税” によって賄われていたのよ。
 さらに皇帝は、個人的な交易を行ってマーケットに参加していたの。中国の歴代皇帝たちはみんな塩や鉄、絹織物の独占販売権を持っていて、それらの品々を各交易都市で販売して外国にも輸出していた。さらにはそこで得られた利益や物品を商人たちに貸し付けて、高い利子を取ることまでやっていたのよ!」

「うわぁ、僕が想像していた中国の皇帝と全然イメージが違います!、それじゃ皇帝というよりも、まるで会社の社長みたいじゃないですか。王朝は総合商社で皇帝はその社長、交易をするために作られた他の地方都市は支社や取引会社、臣下はみんな社員たち。そして副業にサラ金も真っ青の ”高利貸し” をやる──────────────」

「そうね、それは ”まるで” じゃなくて、そのとおりだったのよ。中国の皇帝は ”商人” そのもので、どの皇帝も言わば ”大資本家” だった、ということになるわね」

「いやはや、すごい話ですね。でも、交易だけじゃ都市の食料が足りないのでは?」

「ふむ、なかなか目の付けどころがシャープね!・・・そう、城郭の中で市を開いて交易をしているだけではそこで暮らす人々が生活できない。食糧を確保するにはそこで農業をする必要があったワケね」

「その商業都市の城郭の中で、畑を耕していたんですか?」

「いいえ、農耕はすべて城郭の外で行われたの。この ”城郭” というのは、中国を考える際に非常に重要な意味を持っているのよ」

「日本にもお城はありますよ。どこの国でもそうでしょうけど・・・」

「中国は日本や西欧とは全く違っていて、各商業都市はそれ自体が高い城壁で囲まれているのよ。都市の中にある家々も、一件ずつ高い壁で囲まれていて、小さな門戸が付いている。門を入って行くと細い迷路のようになっていて、なかなか家の中に辿り着かない・・」

「外敵から守るための城壁ですよね。日本でも西欧でも城も深い堀を巡らしたり、城の入口までわざわざ遠回りをさせるような設計をして、外敵を防ぐ工夫をしていますけど」

「中国は本質的に他の国とは違うのよ。たとえば日本だとお城の外へ出ても、そこに居るのはみんな日本人でしょ。城門を出て、堀を越えて町へ出ても、江戸から土佐へ旅をしても、京都から越後に行っても、他のどこへ行ってもそこには日本人しか居ない。
 中国はいったん城壁から外へ出れば、そこには王朝の商業ネットワークに属さない異民族がウヨウヨ居る。だから城門の外では安全は何ひとつ保障されない。いや、正確には城壁の内側でも、もともと異邦人が混じり合って出来たクニだから誰も信用できない。だから自分の家も塀を高くして小さな城塞のようにするワケよね」

「・・それじゃ、都市と言っても、その塀の中、 城壁の内側だけのコトなんですか?」

「そのとおり。いまの中国共産党なんか、正にその城郭都市国家の伝統を受け継いだ、 文字どおり ”塀の中の懲りない面々” と言えるわね!」

「あははは・・・・」

「まあ、冗談はともかく、王都イコール商業都市だから、広い面積を必要とする農耕は城壁の外側で行われ、非常に危険が伴ったワケね。農民は日が暮れて暗くなる前に城門を潜って帰らなくてはならない。もうちょっと耕したいな、なんて思っていると、時間が過ぎて城門が閉まって都市の外に取り残され、たちまち異民族の餌食になってしまう・・・」

「ふぅむ・・そういう商業都市同士を交易で結んだものが中華王朝であるとしたら、それはちょっと ”国家” とは言い難いですね」

「それこそが中華王朝の正体なのよ。クニや王朝と言っても、それは各都市を ”点と線” で結んだ交易流通のためのネットワークに過ぎない。そしてそのネットワークの各拠点のすぐ外側には王朝が行う交易に属さない異民族が住んでいた。彼らはいつ何どき攻めてくるかも知れなかった──────────────」

「・・そうか、そのような環境の中で、常に脅威として存在した四方の敵を、四夷・夷狄と呼んだんだ!」

「そのとおり。商業交流が盛んになるにつれて、そのネットワークが大きくなるに従って、そこに参加する者としない者の区別も明確になってきた。その交易システムに参加しない異民族を ”夷狄” と呼んだわけね。
 そして、かつてクニと呼ばれていた小都市がだんだん増えると、それを取りまとめた皇帝の支配下では ”県” と呼ばれた。それが現在でも県という名で遺っているわけね。
 県の元の字は ”縣” と書くけど、これは ”系” や ”繋” と同じ意味で、糸で繋げるということ。つまり ”皇帝直轄のネットワーク都市” という意味なのよ」

「・・・だけど、そんな ”点と線” で成り立っているような ”ネットワーク王朝” に、果たして領地や領民が存在するんでしょうか?」

「ますます冴えてきたじゃないの!、そのとおり。中国の王朝には、領地も無ければ領民も居なかった。中国で発達してきた統治システムは ”交易” なのであって、皇帝や王朝は交易が発展すればそれで充分であり、そこにわざわざ領地や領民を抱えるような必要が無かったというコトね」

「けれど、清王朝の領地はこの位の面積とか、漢はこんなに大きい、唐はこんなボリュームだったって、日本の何倍もあるような広大な領地があったと、学校で習いましたけど」

「そうね、学校ではまるで各王朝が中国大陸の広大な面積を領有していたかのように教えているけれど、本当はそれらは ”点と線” で出来ていて、確かに ”点” は支配下の都市だったけれど、”線” はただの交易路。早い話が ”道路” なんだから、本来は領地でも何でもないし、現実にそのルートの周りには言葉も習慣も違うたくさんの異民族が住んで居るわけだから、厳密には領地だとは言えないワケよね。
 中国人は領地に関しても随分テキトーなのよ。たとえば皇帝が遠くの新しい土地に誰かを派遣して、そこにどんな民族が居るか、交易をする気があるかどうかを単に調べて来ただけでも、そこにたった一人の連絡員を置いてきただけでも、もうその土地が王朝の支配するネットワークの中に入ると考えて地図に載せてしまう。漢字を書くのは彼らだけだから先に書いた者勝ち、というワケ・・・
 そんな具合にどんどん手を広げて出来上がった範囲を、私たちが各王朝の領地だったと信じ込まされているだけで、実際には多数の異民族が交わる広大な土地に大小の都市が点在していただけのことなのよ」

「なるほどねぇ・・・ところで、その各商業都市の食料を賄っていた農民たちはどうしていたんですか?」

「交易の拠点となる都市に人口が増えてくると当然、食料を生産するために城郭の周りに農地が開墾されるようになるわね・・・」

「日本では平安末期から明治時代まで、領主が農民に課した租税がありました。封建時代には農地から上がってくる年貢は武士の唯一の収入源でしたし」

「中国の王朝では農民の年貢などは、ほとんどどうでも良かったのよ。それよりもっと大きな収入が都市の交易で得られるからね。だからどんなに豊作でも年貢は一定だったの」

「へえ、それは理想的じゃないですか!」

「ところがドッコイ、各都市に派遣された知事が、自分の収入として年貢の他にも農民から私的に租税を巻き上げるのよ。県の知事と言っても皇帝から給料をもらっているわけではないので、自分で収入を確保しなければならなかったから、まあ無理もないけどね。
 いずれにせよ、交易で儲けている皇帝にはそんなことは知ったコトじゃない。だから農民の暮らしは決して楽ではない。これは現代の中国でも変わらないわね──────────」

「現代中国も?・・・そんな古い封建主義の体制を廃止するために文化大革命が起こって、誰もが平等に、共に働き生産することのできる共産主義国家にしたんじゃないんですか?」

「そんなのはただの理想・・というか、結局は支配者が人民を欺くための口実よね。
 現代中国では、都市と農村にキッカリと区別が付けられていて、人々は特権階級の共産党員以外は ”都市籍” と ”農村籍” に分けられているのよ。
 都市と農村の戸籍を分けたのは、農民たちを農村に隔離しておくための方策で、貧しい農村から都市に出稼ぎに来ても身分証明書に ”農民” と書かれている限り、そのまま都市に住めず、就労期間が終われば帰らなくてはならない。日本のようにどこでも自由に引っ越して都市に住民票を置くことが出来ないのよ。子供は必ず郷里の学校に入れなくてはならないし、両親で出稼ぎに来ているのに子供を出稼ぎ先の学校に入れてもらえない。病気になっても郷里でなければ費用の面でも充分な治療ができない・・・中国の農村籍の人は、たとえ都市で働くことが出来ても、”二級市民” として様々な差別を受け続けているのよ」

「大学を出ても、企業に勤めてもダメなんですか?」

「農村籍の人が大学に進学することは極めて難しいわね。現実にはほとんど不可能。運良くどこかの企業に勤められたとしても、ホワイトカラーになる道は全く無いでしょうね。農村籍の人は、なぜか教育費も多く徴収される。まるで学校なんかに行かなくても良いと言わんばかりね。他には闇戸籍というのもあるけれど・・・」

「ヤミの戸籍・・?」

「独りっ子政策の弊害で、長男以外に子供が生まれたら誰でも闇戸籍になってしまうのよ。
 戸籍がないので人身売買や臓器売買の対象になるか、飢えて死ぬか、見つけられて強制労働所に放り込まれて一生タダ働きをするか・・・」

「う・・うわぁ、な、何て国なんだ!!」

「その中国には、まず特権階級の共産党員が七千万人、都市戸籍を持つ人が三億人、そして残りの十億人もの人間が、その農村籍の人たちなのよ」

「話を聴いていると、それは戸籍と言うよりも階級や身分制度ですね。共産党員と都市籍を持つ一部の人間だけが得をして良い暮らしをするための制度だと感じますね。それが今の中国の実態ですか・・・共産主義が聞いて呆れますね。共産主義とは本来、生産手段を共有化することによって富の偏在を排除する理想社会を目指すものであったはずですが・・・
 太古の昔から元首である天皇自ら、百姓は国の大御宝(おおみたから)であると宣言してきた日本と比べると、余りにも違いがありますね。まるでこちらの方が理想の共産主義みたいに思えてくる・・・」

「そうね。毛沢東以来の共産党が支配する現代中国─────────────────
 この、世界中が手を灼く厄介な ”ならず者の国家” は、世界中の人間に自分たちの民族が偉大であることを認識させるために ”五千年のウソの歴史” を創り上げてきたのよ。私たちが中国や中国人に対して抱いているイメージの多くは、現代中国が巧みに創り上げてきた幻影と言えるでしょうね」

「中国の ”本当の歴史” を、きちんと学んでおきたいですね。何と言っても、僕なんかはその国で生まれた高度な武藝である太極拳を極めたいと思っているんですから」

「真の歴史を学ぶのはとても大切なことよ。歴史や人間の背景が分からずに、武術ばかりをいくら勉強してもダメだと思うわ。太極拳を伝え教えいるのは王老師のような人ばかりじゃないからね。中には共産党の言いなりになって、その見返りで富や名声を得て、農村籍でありながら子供を海外の大学に留学させたり、大都市の高級マンションを与えられたりしている人も居るのよ。そんな人が本物の太極拳をきちんと伝承したり研究したりしていると思う方がおかしいでしょ」

「うーん、なるほど。お話を聞けば聞くほど、だんだん中国というクニの実像がハッキリしてきますね。中国という国は存在しなかった、それは僕にもだんだん分かってきました。
 歴代王朝は存在したけれども、それは国家としてのカタチも機能も無い。その王朝は日本や西欧の人が常識的に考えるような国家ではなく、領地も領民も存在しない。つまり民族の集団ではなく、皇帝たち個人の専有物であり私有物だった。しかもその皇帝は中国大陸という広大な土地の支配者ではなく、中国大陸に暮らす人民たちの支配者でもなかった。
 では、中国の皇帝は一体何を支配していたのか、何をする人を皇帝と呼んだのか・・・
 皇帝とは、広大な中国大陸に張り巡らされた交易のための ”流通システム” を支配する人だったという事ですね。そして王朝の目的は、領地を所有して民族を支配することではなく、交易を盛んにして収益を上げることに尽きた。まるで総合商社の社長のように・・・」

「ふむ、よく話を聞いていたわね。Good!、なかなか優秀な生徒じゃないの」

「そうなると、最も重要なのは、如何にして直轄交易都市である ”県” を増やしていくか、と言うことになるでしょうね。県を増やす、つまり流通ネットワークを増やすことこそが皇帝の力を強めることになり、王朝は安泰となる──────────────
 あれ?・・何だか、10人程度の人を集めてそれを支部だと称して、その調子でどんどんネットワークを増やしている太極拳の道場や教室みたいですね。ウチは日本に百個所も支部があります、なんて本国に報告して。老師はたった一人なのに、あれで本当にきちんと指導が出来るんでしょうかね?」

「あはは、中国人のやるコトは、今も昔も同じかもね、発想が何も変わっていないから。
 彼らは太極拳の真伝を海外に伝えることよりも、大きく広げて流通させるコトの方が大事なのかもね。支部をたくさん増やして、会員を増やして、そのネットワークを自分の名前で ”流通” させる事こそが目的になるワケよ。だいたい、四夷・夷狄を相手に、本物の伝承を遺す気なんかあるワケがないでしょ!」

「うわぁ、中国人である宗少尉がそう言うと説得力がありますね・・・それじゃ、その発想こそが中国人の考え方だと言うことですか?」

「それが全てとは言わないけれど、たとえば漢の武帝はベトナムや朝鮮にも兵を送ったし、モンゴルの北方騎馬民族や匈奴を征討することに力を注いだけれど、それは決して領土の拡張を目指したのではなく、交易ルートの開発と交易権の確保が目的だったワケよね・・・」

「なるほど。中国では異民族の侵略と支配が何千年も繰り返されたということも、それで何となく理解できますね。漢民族は、かつて世界人口の半分以上を支配した、あのチンギス・ハーンのような世界帝国を造ろうとしていたわけではなかった・・・もしかすると、そんな考え方も器量も無かったのかもしれませんね」

「今の共産党中国は、虎視眈々とアジア制覇を狙っているけどね。その為には何でもやる。どんな理不尽なことでも、彼らは平気で正当化してしまうから、要注意ね。
 沖縄は無論、尖閣諸島も、インドもベトナムも自分の領地だと言い張っているでしょ。
琉球も邪馬台国も、中国に朝貢(ちょうこう)していたのだから古くからの属国だ、と言いたいみたいね。まあ、その辺りの ”でっち上げ話” は改めて解説してあげるけれど・・・」

「宗少尉、それじゃ次に行きましょう!」

「つぎ・・?」

「次は ”漢民族” です。宗少尉は、中国というクニはなく、漢民族というものも無いと言われました。漢民族は存在しないという、その話を聞かせてもらえますか?」

「いいわよ、でも、その前に──────────────」

「え・・また珈琲ですか?」

「いいえ、なんだかお腹が空いてきちゃった!」

「哎呀(アイヤー)・・・!!」



                                 (つづく)
 



  *次回、連載小説「龍の道」 第98回の掲載は、10月15日(月)の予定です

taka_kasuga at 22:45コメント(18)連載小説:龍の道 | *第91回 〜 第100回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2012年10月02日 00:03
中国人という民族性の起源に迫る内容ですね!
とても面白いです。

傍目には理解し難い中国人の性質も、
”交易”民族という視点から眺めると格段に理解が進みます。

交易の流通ネットワークを通じて、
民族と情報が錯綜し混淆する・・・混沌とした坩堝の中で太極拳は生まれたのですね。
その”感じ”は、なんとなく分かる気がします。
 
2. Posted by ゆうごなおや   2012年10月03日 21:51
現代の中国のやり方が何故なのか。タイムリーで、非常にわかりやすくなりました。
そんな歴史の中で、厳しい環境の中で、それをバックボーンとして誕生した太極拳。
生半可な気持ちで体得出来るほどヤワなものではないですね。また身が引き締まる思いです。
 
3. Posted by 円山玄花   2012年10月04日 03:09
驚くべき中国人、中華王朝の正体ですね。
「真実は小説より奇なり」とはよく聞きますが、
「小説は教科書より真実なり」と言った人はいませんよね、きっと。

おかげで、中国という国も、皇帝も、そして現代中国も含めて、
全てイメージがひっくり返りました。
なんだか初めて勁力を体験したときのような気持ちです。

このような世界でも希な考え方と発想を古代から持ち続け、
かつ野心も武力も大きく持っているという、厄介なお隣の国に対して、
私たちはどの様に在れば対等に話をすることができ、さらには制することができるのか、
歴史の勉強と並行して考えていかなければならないと思いました。

そしてもうひとつ、気になるのは、
宏隆くんが用意するかもしれない、宗少尉のための「むしやしない」、ですかね。
次回も楽しみにしています。
 
4. Posted by 太郎冠者   2012年10月05日 00:00
なるほど。交易によって発展した、というか、
ほとんど交易しかなかった国家(なのか?)なんですね。
勉強になります。

しかしそう考えると、現在の中国人の気質でしょうか、
自分が得できればそれでいいという考え方も、彼らの伝統といえば伝統なんですねぇ。
ありもしない歴史をねつ造する前に、それを誇ればいいのに(笑)
まったく自慢になりませんけど。

日本とは成立の過程がまったく違うのですね。
そりゃあ考え方も違うわけです。
 
5. Posted by bamboo   2012年10月05日 00:41
ご無沙汰しております。
ここ数回の「インテリジェンス」を拝読し、とても大きな衝撃を受けておりました。
Wikipediaでもいくつか検索をかけてみました。
…私もお腹が空きましたが、頭はいっぱいです(笑)近いうちに資料を見たいと思いますが…
練功やパラシュートの後が良いかと予感しております^^;

大雑把にも感じたのが、
「今後も侵略を続けるつもりの中華人民共和国」
「古くから対等な関係を守ってきた日本」
「台湾って…日本政府から国家として認められていないのか!?」
「チベットがゴミ捨場にされている!?」
「国が使う同じ言葉でも、けっこう意味合いが変わるんだ…」
という印象でした。
もっと教えていただきたいです。
まず…回路が暴走する前に寝ます…。
 
6. Posted by マルコビッチ   2012年10月05日 00:45
本当に知れば知るほどビックリ!ですね!
世界中にあるチャイナタウンもネットワークってことに・・
例えば、国は支配していなくても、横浜の中華街があるその場所は ” 県 ” っていえるかもしれないし、もともと国境なんて概念がないのかも・・・

闇戸籍だなんて、それって現代の話ですよね!?
現代日本人の私にはとうてい考えられまっしぇっん!

でもでも、最近のデモで、一般中国市民がデモに参加していた男に鉄の何かで頭をめった打ちにされて半身不随になってしまったという事件があったそうですが、誰も止めようともせず、携帯で写真を撮っていたヤツもいたようです。
しかも、被害者の奥さんが "この国はひどい国だ!” と政府に訴えたら、お金を貰って口止めされたようですし、デモで壊された店やホテルは 後のインタビューで"何も壊れていないし、デモなんてありませんでしたよ!” と言ったようです。

昔からずっと "この道” を歩いてきたんですね!
周りの人が皆信じられない世の中って、あの大震災の中でも秩序正しく助け合っていた日本人からは想像を超えているのではないかと思ってしまいます。

こんな厳しいところから生まれた太極拳!
よほどの知性と、真の強さと、信念がないと伝わって来なかったと思います。
それを思うと胸が締め付けられるようです。
ただ、きちんとした学習体系という点ではやはり無理かなと思いますが・・・

長いコメントですみません<(_ _)>
次のお話も楽しみにしています!
 
7. Posted by とび猿   2012年10月05日 05:36
王朝を総合商社とし、皇帝をその社長として見ると、新しい王朝が生まれ、滅び、また次の王朝が取って代わり、そこに一連の歴史があるのではないことも、よりイメージできます。
王というものが、流通業界を仕切るマーケットの支配者とすると、内乱が起こり、トップが変わるということも、想像に難しくありません。
日本とは成り立ちが違うということが、よりはっきりしてきました。
 
8. Posted by ユーカリ   2012年10月09日 13:37
「中国という国は存在しなかった‥…」という衝撃的な現実が今回の説明で合点がいきました。
また、城郭の外に農作物を育て、収穫していた農民たちの厳しい境遇に、愕然とします。
点と線で結ばれているだけの、そして、平気で大うそを突き通し、まるでそれが本当の事になってしまう城郭都市国家の中で、大宇宙を表す太極拳が生まれたのか疑問です。
厳しい状況下で拘束され続けてきた農民たちによって養われ、培われてきた物が、如何様な物であったか興味がそそられます。

コメントをなかなか書く事のできない状況の自分自身、もし彼らと同じ立場の農民だったら、完全に異民族の餌食だと、冷や汗がでました。
在り方を正してゆきたいです。。。
 
9. Posted by tetsu   2012年10月10日 09:29
今中国が経済的発展をしていると聞いても自分にはそれはほんの一部の都市、一部の人達だけとしか感じられません。多くの人達がまだ貧困生活を送っており、ほぼ自給自足で生活しているとも聞いております。
今回の小説の内容を読んでいると、なぜ中国でこれほどの経済格差があるのかという原因がわかったような気がします。
 
10. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:10
☆まっつさん

そう、渾沌のルツボの中で太極拳は生まれたのです。
今の中国は全体主義&覇権主義による混迷のドツボに嵌まっていると思いますが。( ̄ω ̄;)!!
 
11. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:15
☆ゆうごなおやさん

確かに生半可なヤワな気持ちでは出来ないものですが、
学習に関しては、中国人のやり方を何もかも真似る必要もないと思います。
ある意味では、おそらく日本人の方が緻密で科学的な学習体系を創造できるはずです。
「昭和元禄」から多数の国民が欺かれた「平成民主党猿芝居」、
その果てに中国・韓国の領土侵略の脅威ときた現在、
日本人が七十年の眠りから目を覚ますことが出来れば良いのですけれど。。。
 
12. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:20
☆玄花さん

>宗少尉のための「むしやしない」

あはは・・玄花さんも相当な食いしん坊ですね!!

 ≠( ̄-( ̄)モグモグモグ
 
13. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:25
☆太郎冠者さん

インテリジェンス「なるほど・ザ・中国偏」では、
今後益々、中国の歴史に突っ込んでいきます。

乞御期待ッス♪(* ̄ー ̄)v
 
14. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:30
☆ bamboo さん

いつもご愛読ありがとうございますです。

寝る子は育つ。。。

        オヤスミナサイ
      _∩∧∧__
    | (・ω・`) |
    /⌒⌒⌒∪⌒/|
   /⌒⌒⌒⌒⌒//
  ./⌒⌒⌒⌒⌒//
  `|⌒⌒⌒⌒⌒|/


寝るコトはとても良いことですし、

練るコトもとても大切っすね。

やっぱりキーワードは、クウネルアソブ・・?

むかし、僕のハクキンカイロは暴走して発火しました。

燃料が違っていたりして・・ハハ。 ヾ(・・;)ォィォィ

おたがい、カイロの暴走には注意しませう。


ps. パラシュート、きもちいいッスよぉ〜


       ヒューッ!!

       ‖ | ‖  ‖
      | ‖  ‖ | 
      ‖  ∩ ∩  ‖
         ∧⌒∧|
      |^⊂(^・ω・`)つ |
   
 
15. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:35
☆マルコビッチさん

>世界中にあるチャイナタウンも・・

そうそう。
チャイナタウンほど、恐ろしいトコロはございませんデス、はい。
華僑の結束は固いッス。

ただ、新華僑と老華僑とでは、だいぶ意識や目的も違ってきています。
日本のチャイナタウンなんか、もう何というか・・・

ともかく、中国がどうあれ、日本は負けませんし、
決して侵略なんぞ許しませぬ。

 必殺ぅ(- -)玄門拳っ!! (-、-)ノ★★)゜ロ゜)★★バシィーッッッ!!
 
16. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:40
☆とび猿さん

日本の若者は、ちょっと暢気すぎますね。

国家が侵略され支配されれば、これまでの生活はすべて無くなってしまうのに、
そうなるまでは、何が起こっていてもそれほど関心を示さない。
対岸の火事、他人事のような気がして、放っておけてしまう。

そして、いつの日か、本当に侵略が開始され、
宮古島が占領され、石垣島が占領され、
沖縄本島に百万人の中国人が住み着いて、はじめて、
ああ、大変なことになった、と思い、
けれども、自分はまだ本州に住んでいるから大丈夫かも知れない、
と思える・・・

そしてさらに、
本州まで侵略が及んできた時には、

「大変だ、中国語を勉強しなきゃ・・ニイハオマァ!!」

・・なんて、思うんですかね。(ノ_-;) ハア…
 
17. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:45
☆ユーカリさん

その中国で、太極拳がどうして生まれてきたのか、
近い将来、そのことについても、師父がホームページで触れて行かれるかも知れません。
期待して、待っていましょう。

面白いのは、
纏絲勁の原理は農民であったからこそ発明し得た、
というところでしょうか。
とてもユニークだと思います。
 
18. Posted by 春日敬之   2012年10月10日 18:50
☆ tetsu さん

そうですね。

同じように、今回の尖閣問題の反日デモ&暴動なんかでも、
日本のテレビではすごいコトのように報道されていますが、
実際にそれが起こっているのは、大都市のごくごく一部だけ。

それも、政府からバイト料をもらって騒いでいる人がほとんど、という、
パクリ・ヤラセ・インチキ国家の実態がよく表れています。

中国人の発想がとってもよく分かる、
ウクライナから「こっそり」仕入れた中古の空母についても、
機会があったらくわしく書きたいです。
 

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