2012年05月15日

連載小説「龍の道」 第88回




第88回 龍 淵(11)


「・・た、珠乃っ!!─────────────────」

 この瞬間、宏隆は自分が甘かったことを痛感していた。

 絡んできている相手は、多寡が不良のボス。本格的な極道ヤクザでもなし、それほど大それた事をするとも思えない。何より、自分がこの夏に経験してきた数々の危機と比べれば、テキ屋のボンボンとのケンカなど、可愛いものではないか───────────
 そういう気持ちが、つい初めから相手を見くびれるような錯覚を宏隆に起こさせていたのである。

「おっと、ストップやで!、ここから先に行ってもろたら困るんや・・・・」

 じっとりと、体に貼り着くようにタックルしてきて、テキ屋の三人が行く手を阻む。
 三人は宏隆の手足に鉛の錘(おもり)のように絡みついて離さない。悲鳴を上げた珠乃の方へ慌てて走ろうとした、その僅かな隙を狙ってこんなふうに絡みつかれては、流石の宏隆も動きがひどくもたついた。
 しかも、彼らは宏隆と真っ向から闘おうとはせず、まるで興奮する酔っぱらいでも宥める(なだめる)ようにピタリと抱きついてくるのだ。そんなふうな、ある意味では悠長とも思えるエネルギーの相手を、咄嗟に殴ったり投げつけたりすることは中々難しいものだ。
 そして、そんな心理を承知した上でそのような方法を取っているとしたら、このテキ屋たちは見かけよりも強か(したたか)な、集団での戦闘の場数をかなり踏んできた、ケンカ慣れした者たちであると言える。

「くっ、くそお────────────どけっ、どくんだ!!」

 その彼らに対して、ケンカの若大将と異名を取るほどの宏隆は、為す術がない。

 それは、宏隆が常に独りでケンカの場を切り抜けてきたからであり、集団の策略が読めないためであった。多人数と対峙しても、学生同士のケンカでは、ただ数を恃(たの)んでのものに過ぎず、それほど怖れる必要もなかった。策謀の無い集団は個人に等しいのである。思えば、台湾のホテルで拉致された時も、相手がプロとは言え、敵の策略が宏隆に前もって読めず、一時は自分に有利な状況を造りながらも、結局は拉致されてしまう結果となったのであった。

 だが、今の宏隆には、そんなことを省みる余裕はない。

 必死にもがいて、絡みつく三人をほどこうとするが、大の男三人分の力はそう易々と解けはしない。身に着けた武術の技で、冷静に相手を打つなり投げるなりすれば、彼らの束縛はいとも簡単に解けるのかもしれないのだが、連れの珠乃が心配なあまり、其処へ行こうとする気持ちばかりが先に立って、いつもの宏隆らしい、武術的な動きが何ひとつ身体に起こってはくれないのである。

 そして────────────

 ついに宏隆はその場にドオと倒され、一人に上から馬乗りに跨がられ、他の二人には手足の関節をしっかりと押さえられて、ほとんど身動きが取れなくなってしまった。

「キャァーッ、何するのよ!・・放せっ、放しなさいっ!!」

 必死にもがいている珠乃の叫び声が、向こうから聞こえる。

「ヘっへっへ・・・・どや、ヒロタカはんよぉ、闘いちゅうのはな、腕っ節だけやのうて、ココや、ココの問題やで。ええ?、ワイには敵わんやろ?、何とか言うてみい!!」

 自分の頭を指しながら、大の字に転がった宏隆の頭上から見下ろして得意気にそう言う。

「くっ、卑怯者め!、まともに戦っては敵わないと思って、無関係の人間を人質にとってでも勝ちたいとは・・・この、見下げ果てた奴め、それでも男かっ!!」

「ワハハハ、なんとでも言え!、結果的にお前はワイの足もとに転がっとるやないけ!、
世の中いうもんはな、最後に笑うモンが勝ち、ちゅうことや。ええか、よう覚えとけや!」

「く、くそお────────────!!」

 何とか拘束を解こうとして藻掻いて暴れる宏隆を、学生の子分二人も加わって、宏隆の頭や足を、膝を使って地面に押さえつけた。

「ガハハ・・無駄や、無駄やで。なんぼケンカ大将のお前でも、五人がかりでそんなふうに地面に押さえられたら、どないしょうもないやろ。それで反撃できたら、ほんまに奇跡やろけどな、ガハハハハハ!!」

「むう・・くっ・・・くくうっっ・・・・・」

「ほれ、無駄な抵抗をせんと、潔よう観念して、ちと、あの女の方を見てみいや」

「な、何っ────────────!?」

 そう言われて、珠乃の声がする方をなんとか横目で見ると、

「あっ・・た、珠乃っ・・・!!」

 珠乃は二人の男に樹の幹に押し付けられ、顔にピタリとナイフを当てられている。

「ひ、宏隆ぁっ─────────────────!!」

 日頃は気丈な珠乃も、光るナイフを頬に突きつけられては、流石に声が震えている。
 映画や小説ではない、これは今ここで、現実に自分に起こっていることなのであった。

「た、珠乃・・・・・」

「さあ、分かったか。あの女の顔に傷をつけられンのが嫌やったら、起きてワイに土下座せえや。土下座して、ワイの靴をきれいに舐めて、その節は大変申し訳ございませんでしたと謝って、お怒りはごもっともですから、ボクを好きなだけ殴って下さい、と言うンや」

「な、何だと!、お前なんぞに誰がそんなことを言うモンかっ!!」

「ほ、さよか・・ほんなら、あの女の顔に長い切り傷を付けさせてもらおか。お前は一生、その顔の傷の責任を背負って、楽しく生きて行くんやな・・・・」

「こ・・この、人間のクズめ!!」

「へっ、何とでも吠えたらええ。そやけどな、ここで絶対的に立場が強いのはワイの方や、ええっ、違うんか!?、どないや、ケンカ大将のヒロタカはんよぉ!!」

「くっ・・し、仕方がない・・・分かった・・・・・」

「ガハハハ、観念しよったか、なかなか物分かりがエエやないか・・・・」

 自分が土下座して、散々殴られて、それで済むのなら、それで珠乃が無事なら、いくらでもそうしよう、そうするべきだ・・・・宏隆はそう決心して、観念した。


 が、その時─────────────────


「う、うっ・・・!!」

「くうっ・・・!」

 かすかな呻き声と共に、珠乃を拘束していた二人の男が、まるで突然目まいでも起こしたかのように、バタバタと地面に倒れた。

「な・・何やっ!、どないした!?・・・何ごとや?!」

 宏隆にも、いったい何が起こったのかは分からないが、突然ナイフを向けていた男たちの拘束が解けて、走って逃げて行く珠乃の姿が目に映った。

「お、追えっ、女を追うンや!!・・ええい、お前ら、ボケーっとしとらんと、二人ほどで早よう女を追いかけんかいっ!!」

「へ、へいっ・・・・」

 ナマズ顔にそう命じられて、宏隆を地面に押さえつけていた二人のテキ屋が走った。

 しかしその時、宏隆を押さえていた五人の者たちの力が、ほとんど同時に弛んで弱くなった。ナマズ顔のボスが、誰と誰に対して ”追え” と、名指しで命じなかったからである。

 そして、宏隆がそのチャンス逃すはずはなかった────────────

「う、うわぁっっっ!!」

「あ、アホっ、しっかり押さえとかんかいっ!!」

「じ、自分こそ・・・手ぇを弛めたやろ!」

「ドスッ─────────────────!!」

「グェエッ・・・・・」

 あっという間に跳ね起きた宏隆は、あたふたと狼狽する三人のうち、まず残りのテキ屋の腹を強かに拳で打ち抜き、あっという間に悶絶させた。先ず強そうな者から順に倒していくというのは、宏隆がこれまでの戦いで培った知恵である。

「う、うわぁ・・・・・」

 宏隆の素早い身のこなしと、瞬く間にただの一撃で大人のテキ屋を屠った技のキレを目前で見せつけられた二人の学生は、その大きな図体に似合わぬ怯えたような声をあげながら、じわじわと後退りをし始めた。

「お前ら、まだ僕と闘(や)りたいか?・・・」

 宏隆が眉を吊り上げてそう言うと、

「ええい、退がるな!、やってまえ!、早よ、イテもたらんかいっ!!」

「そ、そやけど、このセーガク(学生)がこんなに強いて、き、聞いてまへんでぇ・・・」

 もはや二人の学生の戦意は喪失している。残るはナマズ顔のボスひとりだが、宏隆は珠乃が気掛かりでならない。

「お前ら、そこでナマズの親分と待っていろ!!」

 そう言い遺すと、宏隆は珠乃が逃げた方に向かって全力で走った。

「珠乃っ!・・・何処だ、珠乃ぉ────────────!!」

 さっき珠乃がナイフを突きつけられていた樹の根元に、二人のテキ屋の男が倒れている。
なぜ突然こんな恰好で倒れてしまったのか分からないが、そこから珠乃が逃げた方向にむかって、宏隆はさらに走った。

「えっ──────────?!」

 しかし、ほんの数十メートルも行かないうちに、立木の向こうに信じられない光景が目に映った。

「た、珠乃・・・?」

 珠乃が、追いかけてきた二人の男たちに向かって、すごい形相で対峙しているのである。

「どうしたの?、来なさいよ!・・・多寡が女学生ひとりに、何を怖れているの?」

「くっ、くそお・・・この姐ちゃん、タダモンやないで!!」

 男たちは各々、鋭いナイフを手にして構えているが、珠乃に向かって容易に近づけないまま一定の距離を置いている。

 そしてセーラー服姿の珠乃は────────────────
 何と、柄の長いホウキを持って、颯爽と構えているのである。
 おそらく神社の裏にでも置いてあったのだろう、その庭箒(にわぼうき)を手に持って、近寄ればすぐにでもそのホウキで相手を打つ、という気迫が感じられるのだ。
 
「・・た、珠乃?・・・何をしているんだ?、危ないから下がっていろ!!」

 宏隆が怒鳴ったが、テキ屋の男たちは何故か宏隆のことなど眼中に無い。
 追ってきた宏隆よりも、目の前の珠乃に向かうのに精一杯で、そんな余裕がないのだ。

「宏隆、遅かったわね、まあ黙って見ててよ・・・私だって、自分の身くらい自分で守れるんだから!!」

 一瞬、宏隆が来て少し安心したような目をしたが、毅然とした表情でそう言い放った。

 見れば、テキ屋の男二人は、何度も地面を転がったようで、上着にもズボンにも土ぼこりがたっぷりと着いている。

「ま、まさか・・・・?」

 宏隆は、ようやく気が付いた。

 珠乃が手にしている庭箒は、普通の人間がそれを持って誰かを打とうとしているような構えではない。それは、訓練された者だけが醸し出す、独自の雰囲気を持った、完成された隙の無い構えなのである。
 少なくとも、脅しで光るナイフをちらつかせては目的を達成してきた、そんなテキ屋の男たちの構えとは、話にならないほど次元が違っている。

「う、うわぁあ───────────ああああっっっ!!」

 悲鳴のような叫び声を上げたのは、テキ屋の方である。
 手にしたナイフを振りかざして、大声を上げて珠乃に切りつけていったのだが、珠乃は眉ひとつ動かさずに、スウーッと庭箒を回転させながら男の手を払い、ホウキの反対側で足を払って、男を宙に舞わせて、大きな音を立てて転がした。
 いや、それは箒が回転して動いたと言うよりも、その長さが自在に変化したと言うべきかも知れない。珠乃が手にした箒は、支点のない不思議な動きをしていた。

「すごい─────────────────!」

 もはや、珠乃の身を案じて自分が盾になるとか、加勢するというような状況ではない。 
 珠乃を追って来た男たちは、明らかに珠乃に手を灼き、彼女を捕まえるどころではなく、どうすれば良いのか、困り果てているのだ。

 そして、宏隆は珠乃が心配でならなかったが、高度な武藝を極めようとしている自分にとって、正直なところ、本人の身の安全さえ確かなら、目の前で見せられた珠乃の不思議な動きをこのまま見ていたいという気持ちもある。
 そう思えるほど、宏隆が安心していられるような力が、珠乃には感じられるのだ。

「・・ち、ちっくしょぉ!!」

 もう一人の男が、手にしたナイフを頼りに飛び込んでいったが、それで珠乃を突こうとするよりも早く、ホウキの柄が彼の喉元にグイと突き込まれた。

「ぐ・・グェエッ・・・・」

 どんなに優れた格闘家であろうと、喉を鍛える方法はない。
 宏隆は、王老師が戦う時には敵の喉にしか触れない、と陳中尉に聞いたことがあった。

 ホウキの柄で強かに喉を突かれた男は、もんどり打って地面に倒れ、悶絶して倒れたところをさらに腹を突かれ、その場で静かになった。

「う、うわぁ─────────────────!!」

 さっき倒されたもう一人の男が、ナイフを捨てて逃げて行く。
 そばにいた宏隆の存在を気にする余裕もなく、なまず顔のボスの居る方へ飛ぶように走って行くのだ。

「珠乃っ・・・!」

「宏隆 ─────────────」

「大丈夫か?・・・怖くなかったか?」

 駆け寄って、肩を抱くようにして宏隆がそう訊くと、

「こ、怖かったわよ!・・・私だって普通の人間よ!、女の子よ!、怖いに決まってるじゃないの!・・・今まで何やってたのよ、小さい頃からケンカ大将だって威張ってたくせに、私が、私がこんな目に遭ってるっていうのに・・・!!」

 手にしていた箒を投げ捨てて、女らしく泣きじゃくりながら、興奮して宏隆の胸を叩く。これまでの緊張がようやく解けて、我慢していた感情が一気に出てきたのだ。

「ご、ごめんよ・・でも、余りにも、状況が─────────」

「もう・・バカ、バカっ・・・バカ宏隆ぁっ!!」

「ごめんよ・・な、ゴメンってば・・・」

 ポケットからハンカチを出して、珠乃の涙を拭いてやる。


「何とか無事に済んだみたいね─────────────────」

「えっ・・・?」

 その声に振り返ると、すぐ後ろに腕組みをした宗少尉が立っていた。

「宗少尉・・どうして此処へ?!」

「せっかくの早朝デートの所を悪いけど、早々に後始末をしなきゃならないから、それを済ませたら、あなた達は早く学校に行きなさい。それとも今日はオフにして、どこかにエスケイプした方が良いかもしれないわね」

「後始末って?」

「あっちに倒れている二人の男と、ココから逃げようとしたヤング・ボスのことよ」

「も、もしかして、倒れていた二人は宗少尉が・・?」

「違うわよ。私は連絡を受けて、ついさっき到着したところ」

「・・連絡って、誰から?」

「ヒロタカの居るところには常に警護が付いているの。特に台湾の一件からは身辺の警戒を厳重にしているのよ。それは神戸に居ても同じコトよ」

「それじゃ、あの二人はウチの組織の人たちが?」

「そう、毒を塗った吹き矢で、珠乃さんの安全を確保したのよ」

「ど、毒・・!!」

「まあ、毒って言ったって、ただの痺れ薬だけどね」

「宏隆、あなた一体何をやっているの?、ソシキだとか、毒の吹き矢だとか・・・・」

 いかにも訝し(いぶかし)そうな表情をして、珠乃が訊く。

「あ、その・・・つまり、何というか・・・・」

「大丈夫よ、ヒロタカ。珠乃さんの家庭の調査はもう済んでいるし、ご親戚や交流関係も敵の勢力ではないことが分かっているから。ご両親は分別ある愛国者で、神戸に転居してきてからはヒロタカのお父様とも付き合いがあって、憂国の想いもよく一致しているから、何を知られても大丈夫よ」

「ふう・・・・」

「でも、そのうち、きちんと説明しておいた方がいいわね。せっかく、仲が良い幼馴染みのステキなカップルなんだから────────────」

 ちょっと嫉妬をするような顔をして、宗少尉が横目で宏隆を見ながら言う。

「コホン・・・そういうワケだから、珠乃、またゆっくり話すよ」

「何だかよく分からないけど、まあ、今日は追求しないであげるわ」

「・・・さてと、ヒロタカ、あのヤング・ボスをどうする?」

「あ、そうだ。さっき逃げようとしてた、って言ってたけど・・」

「神戸支局の連中が捕まえて、あそこでヒロタカを待っているから行きましょう。子分どもは逃げてしまったけど、まあいいわね、加勢が来るとは思えないし・・・・」

 そう言いながら、宏隆たちを促して、ナマズのボスが居るところに向かう。

「でも、吹き矢で倒した二人はどうするの?」

 歩きながら、ちょっと心配そうに宏隆が訊く。

「ああ、あんなの、放っておけば1時間もすれば気がつくわよ。もし誰かに見られても宿酔(ふつかよい)で寝ているようにしか見えないから、心配ないし」

「なるほど・・・」

「問題は、あのヤング・ボスをどうするかだけどね・・・・」

 なまず顔のボスは、大きな樹の陰で後ろ手に括られ、地面に正座をさせられている。

「少尉、ご苦労さまです!」

 逃げようとしたボスを捕らえた玄洋會の二人の要員が、宗少尉に向かって敬礼をする。
 折り目正しい敬礼の仕方から、彼らが軍隊の経験者であることが分かる。

「あなた達こそご苦労さま、朝からひと仕事だったわね」

「いいえ、それよりヒロタカさんに怪我が無くて何よりでした」

 肩に7、80センチほどの黒いケースを掛けた、もうひとりの要員が答える。
 その革のケースには、さっき瞬時にテキ屋たちを倒した、組み立て式のブローガン(吹き矢)が入っているのかも知れなかった。

「ありがとうございます。自分が不甲斐ないばかりに、皆さんにご迷惑をおかけしました」

 宏隆が彼らに向かって頭を下げた。

「ヒロタカよぉ、お前、いったい何モンや?、こんな連中がウヨウヨ出てきて、お前がこんなワケの分からんヤツと知っとったら、下手にリベンジなんかするんやなかったな」

「ナマズ・・・いや、浪速の山本一家のミネオ、とか言ったな・・・今日は全面的に僕の負けだ、潔くそれを認めるよ。でも、君たちのおかげで僕は多くのことを学ぶことが出来た。珠乃をあんな危険に晒してしまったけれどね・・・結果的に、僕は独りでは君たちに対処できなかったし、勝てなかった。そのことは僕にとって大きな問題なんだ。これからその事をよく考えなくちゃいけない」

「・・そしたら、ワイを許してくれるんか?」

「いや、お前らのような卑怯な奴らを許すつもりはない。また懲りずにこんな事をしたら、何があっても叩きのめしてやる。けれど今回は僕の負けだ。もし僕独りだったら完全にお前たちに屈辱を味わわせられていたかも知れない・・・自分の武術は、辛うじて自分だけを守れるようなものでしかなかった。それがハッキリしたから、きちんとそんなことを含めた訓練をしなければならないと思うんだ。そうしなければ、お前たちのような手合いにむざむざと負けてしまうからね」

「負けた─────────────────!!」

「え・・?」

「ヒロタカ、お前はエラいやっちゃな・・・何やら武道を追求しとるらしいが、きっとモノになるやろな。それに、バックにはワイらみたいなテキ屋とは違う、もっと大きな組織が控えとるようやし、そんなヤツには、逆立ちしても到底かなわへんわ。
 ワイの負けや!、二度とお前や兄貴の所には現れんから、今日のことは水に流してくれへんか?、恐い目に遭わせてしもた連れのお嬢さんにも、このとおり謝るよって・・・」

 テキ屋の跡取り息子は、そう言って深く頭を下げた。

「宏隆、もう勘弁してあげて・・・・」

 怖ろしい目に遭わされた珠乃が、優しい目をしてそう言う。

「ああ、僕もいまさらどうする気もない・・・宗少尉、放してあげて下さい」

「おいっ・・・ヒロタカが許すと言うからお前を開放してやるが、本来なら地下の拘束室で一生過ごして貰うか、鳴門の渦に放り込んで魚の餌食にしてやるところだからね!!」

「ひっ!!・・・わ、分かりました、よく分かりました・・・・」

「それは本心か?、もし懲りずにまたヒロタカに近づいてきたら──────────」

 そう言うと、宗少尉は腰の後ろから素早く拳銃を取り出し、銃口をピタリと男の額に付けた。

「うわっ、うわわあっ・・・・す、すんません、もう来ません、絶対に近づきません!!」

「ふん!・・その言葉を、よーっく覚えときなっ!!」

「は、はい、すんません・・・決して忘れませンです、すんません・・・・」

「よし、縛(いましめ)を解いてやりな!」

「イエッサー!!」



                                  (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第89回の掲載は、6月1日(金)の予定です

taka_kasuga at 21:28コメント(16)連載小説:龍の道 | *第81回 〜 第90回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2012年05月17日 12:38
人の深層心理って本当に奥深いですね。
そこに入っていこうとすると、まるで暗くて深〜い穴を覗くような気がします。
そしてほんの少しの驕りがその人に隙を与える。
それが戦闘のような場合には命取りになる。
昔の武士や、宮本武蔵のような方が、どのような精神状態で己と向かい合っていたのかは、私などには想像も出来ないところではないかと思えます。
普段の稽古でさえ、精神状態で考え方、身体の状態、在り方と変わってくるので、
ホントにホントにすごい世界だと思います。
自分の人間としての甘さを山のように感じてしまいます。

珠乃さんの箒での技!!恐るべしですね!!
普通の女の子ではないと思っていましたが、いやはやこれほどまでとは!
その技の正体は何なのでしょうか?

しかしやっぱり青春ですなぁ!
もっうおう〜〜、バカっ、バカっ、バカぁ・・σ(^◇^;)
 
2. Posted by tetsu   2012年05月17日 14:16
思わぬところに助っ人が入り、一安心でした。
それにしても、あれだけ卑怯な手を使った相手に対しても自分の負けを認め、「学ぶことがあった」という宏隆君の姿勢には脱帽です。大物になる素質を備えていますね。
また、ナマズの親分も最後は潔く宏隆君の大物ぶりを認め、自分が完全にかなわないと観念した姿勢もある意味偉いと思いました。
なんだか今の時代はとことん卑怯で、最後の最後まで自分の非を認めなかったり、隙あらばどうにかして反撃しようとする輩もいるでしょうからね。
しかし、本格的な武術の訓練を積んだ者の前ではいかなる反撃も未然に阻止されてしまうでしょうけど・・・。

>どんなに優れた格闘家であろうと、喉を鍛える方法はない。
 宏隆は、王老師が戦う時には敵の喉にしか触れない、と陳中尉に聞いたことがあった。

このフレーズは本物の実戦のリアルさを感じました。
 
3. Posted by bamboo   2012年05月17日 22:33
独習の際の意識に、大いに参考させていただきました…。
独り相撲とまでいかなくとも、これからの稽古が一段と面白くなりそうです…
また宏隆君と峰雄君とのやりとりが、自分のなかに温かい何かを生じさせてくれたように感じます。じっくり味わい、育てていきたい気分です。
ありがとうございます。
 
4. Posted by まっつ   2012年05月17日 23:10
うーむ、予想外の展開でした・・・
颯爽と悪党を退治するに違いないと思いきや、意外にも大苦戦でしたか・・・

小生も少しく覚えがありますが、
心が平静でなければ、本当にもどかしいくらい何も出来なくなってしまいます。
予想外の事態に対して人間とは脆く、
特に小生も含めた現代人は本当に脆弱であると感じます。
そんな自分の弱さが嫌で武術の道を志したのですが、
強くなれたとの実感には程遠いです・・・とほほ。

でも自分が負けたと言い切れる宏隆君の姿には、
シンプルに「強さ」が感じられました。
「強さ」とは自分では分からないものかもしれません。
 
5. Posted by 太郎冠者   2012年05月19日 01:01
なるほど。
ケンカの若大将のバックには、テキ屋のボンもびっくりの
人達がついていた…そうでしたね。
この経験を、宏隆くんはただの苦い敗北とせず糧にしていくのでしょうね。
珠乃さんも、只者ではなかった(?)ようですし。

話の筋には関係ないのですが…
吹き矢、興味深いですね。手に入れてみようかな(笑)
 
6. Posted by とび猿   2012年05月19日 03:59
峰雄君は、最後まで好感の持てるところはなかったですね。
その峰雄君が、「最後に笑うモンが勝ち」と言っていましたが、
結局最後には、とても笑ってはいられなくなってしまいました。
それに引き替え、宏隆君のように自分の生きる道を見出し、それを歩んでいく事こそ、
最後には本当に笑えるのではないかと思えてきました。
 
7. Posted by 円山玄花   2012年05月19日 12:10
「力の均衡」というものに対して、とても興味深く読ませて頂きました。
一対一では明らかな力の差があっても、相手が多人数で計画性を持っていればそれはひっくり返ってしまう。ところが、その計画性をも見守り、動きに備える人達がいた…と。いや、これは本当に面白かったです。
また、私たち武術家は、日頃からどのような心構えが求められるのか、強さということを追求する前に、自分で「強さ」というものを定義付けてしまってはいないだろうか、そんなことを考えさせられました。

しかし、一つの戦いごとに、宏隆くんが悟ればヤング・ボスも何かが分かる、という敵とのやりとりがあって、いいですね。男の世界、ですかね。
 
8. Posted by taka_kasga   2012年05月22日 00:11
☆マルコビッチさん

いやぁ、青春って、ホントにいいもんですね〜!!

♪ サヨナラは誰に言う、サヨナラは悲しみにィ、
♪ 雨のォ、降る日を待って、さらば涙と言おう・・・・

 (↑コレ、師父のテーマソングですね)

・・って、由比ヶ浜を駆けながら竹刀を振り回していた人も、今じゃ千葉県知事(笑)、
いやぁ、月日の経つのは早いモンですなぁ・・・(ノ*゚▽゚)ノ ウォォォォォン
 
9. Posted by taka_kasga   2012年05月22日 00:18
☆ tetsu さん

コメントありがとうございます。

>今の時代は、とことん卑怯で、最後まで自分の非を認めなかったり、
>隙あらばどうにかして反撃しようとする輩もいるでしょうからね。

まったく、いつから日本人はそんなヤツが増えてしまったんでしょうね。
まあ、いつの時代にも、どの国にも、ダニやゴキブリは居るんでしょうけど。
それにしても、近頃の吾が日本は目に余るモノがあります。
なんとかしないと、いけませんね。
私たち武術を学ぶ者も、その視点から祖国を見つめていきたいものです。

>このフレーズは、本物の実戦のリアルさを感じました。

実戦武術などと言っても、顔面も打たなければ突きの一撃も効かないものもあります。
実際に現場で命を張って戦ってきた人間にとっては、スポーツ格闘競技など、
面白くも何ともない・・・とは、よく聞こえてくる話です。
一番面白いのは、実戦用法はこうするとか、師範を多人数の弟子が襲うとこうなる、
というような映像です。その手のプロが見ると、これまた抱腹絶倒なのだそうで。
本物の実戦をやってきたプロは、本当に強い人は一目で分かるそうで、
任務でもない限り、そんな人には絶対に近寄らないと言っています。
 
10. Posted by taka_kasga   2012年05月22日 00:23
☆ bamboo さん

この「龍の道」がお役に立っているようで、とても嬉しく思います。
太極武藝館の稽古は、とても貴重なものです。
じっくりと大切に取り組んで、ぜひ頑張って武術の奥義を取ってくださいね。
 
11. Posted by taka_kasga   2012年05月22日 00:33
☆まっつさん

「予想外の展開」こそ、マット上の試合と実戦の違いかも知れません。
試合で如何に予想外の展開が起ころうとも、それは試合ルールの中での出来事なので、
反則でもない限り、全く予想が付かないことではありません。
いや、反則だって予想できる反則の域を超えるようなモノはそう滅多に有り得ませんし。

しかし実戦はその反対で、それが個人的なものであれ、国家的な規模であれ、
始めから終わりまで、完全に予想できないことばかりで構成されています。
非日常に強い者こそ、実戦で強い人間、と言うこともできるでしょうね。
反対に、日常の中でしかモノゴトを判断できない人は、高度な武術を学んでも、
実戦では簡単にノサれるかも知れない、ということでしょうか。
だからこそ、本物が伝承される稽古では「非日常」が求められるワケです。
 
12. Posted by taka_kasga   2012年05月22日 00:47
☆太郎冠者さん

>吹き矢

おや、まだ試したコトがないとは、武器オタクの人にしては意外ですね(笑)
スポーツ競技用の吹き矢も各サイズありますし、試してみても良いかもです。

吹き矢は、アマゾンやアフリカの土人が使うものだと思い込んでいる人も居ますが、
この小説に出て来るようなキケンな人たちをはじめ、
現在の自衛隊の「対抗部隊」でも、吹き矢やボウガンを用います。
 
13. Posted by taka_kasga   2012年05月22日 00:56
☆とび猿さん

世の中、上には上があるんですね。
浪速の老舗のテキ屋の後継ぎで良い気になっていて、自分が思いを寄せていた女性が宏隆くんの
お兄さんに惚れてしまって逆上し、闇討ちをしようとしたら、反対に弟にやられてしまった。
その復習に燃えて、今度はテキ屋の若い衆を連れて襲撃を計画したわけですが、宏隆くんには
もっとすごいバックが付いていた。
自分が思い上がると、ロクな事はありません。
きちんと自分を成長させようとしている人には、成長するための材料が与えられますが、
うまく世の中を渡っていこうとしている人には、上手く渡っていく材料が与えられるだけで、
人間として大きく成長する材料は与えられません。
結局のところ人生というのは、自分の「志」次第、ということになるのでしょうね。
 
14. Posted by taka_kasga   2012年05月22日 01:19
☆玄花さん

>男の世界

近頃では、そんな気持ちの良い「男の世界」が全くと言って良いほど見かけられませんな。
何でもエゴで突っ切って、カネで解決するような、何とも嫌らしい、卑しい、
どっかの民度の低い国の輩みたいなのが、随分わが国にも増えたような。。。
嗚呼・・・
 
15. Posted by ユーカリ   2012年05月22日 01:42
何とも爽やかで、甘酸っぱい結末に、「青春っていいな〜!」と遠い目をしてしまいました
(^^;)
甘えや言い訳を作らず、素直にまっすぐに自己と向かい合う姿勢、本当に感心してしまいます。
普段、自分が抱え込んでいる甘えや言い訳は、寄りかかりを生んで心の緊張に繋がっていると感じます。
心の緊張が如いては、体のゆがみや緊張を生みます。
掌の上の棍のようで在りたいです。
 
16. Posted by taka_kasga   2012年05月25日 02:03
☆ユーカリさん

>心の緊張が、延いては身体のゆがみや緊張を生みます

そのとおりですね。
禅でも武術でも、「平常心」は最も重要なことのひとつとされますが、
このような、何ごとに対しても揺れ動くことのない心理状態を養うには、
やはり日々の正しい訓練の積み重ねしか無いと思います。

手のひらの上に立てた棍は、不安定の中の安定。
決して固定して安定させることの出来ないことの中で、
安定して立っているにはどうすれば(どう在れば)良いのかを、
棍は示してくれているように思います。
 

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