2012年02月15日

連載小説「龍の道」 第82回




第82回 龍 淵(5)


「はははは・・・・そうか、それはずいぶん驚いただろうな、お前たちの慌てふためく姿が眼に見えるようだ、わはははは・・・・」

 加藤邸のダイニングルームは、宗少尉を囲んだ歓迎ディナーの真っ最中である。

「いえ、お父さん、笑いごとではありませんよ・・・ケンカ大将の弟はともかく、ごく普通の人間である私は、とても生きた心地がしませんでした」

 憮然とした表情で、兄の隆範が言った。

「おお、そうか、それは良かった。これで堅実派の隆範も少しは危機感を実感することができたというものじゃないか。世の中が平和であることに越したことはないが、その為に日本男児たちが腑抜け腰抜けになって、何の危機感も無く、ただあくせくと金を稼いで働くばかりで、高度経済成長の裏でマスメディアに騙され、踊らされ続けて・・・その結果、隣国が虎視眈々と侵略を狙っている事さえ感じられないようになってしまったら、もうこの日本もお終いだからな──────────────」

「それはその通りですが、突然ナイフがこの頭を掠めて飛んでくるなんて・・・それも自宅の庭を歩いていて、ですよ!、こんなこと、普通の人生では有り得ません」

「宗少尉が投げるナイフなら、まあ、一応は安心だよ。なんせ空中に放り投げさせたリンゴに、抜く手も見せずにナイフをスパッと命中させるほどのスゴ腕なんだから!」

「何っ、な、投げたリンゴにぃ・・・・!?」

「あーら、また ”イチオウ” って言ったわね!、それも ”まあ、一応” ですって?!・・・・
今度言ったら、そのよく回るお口にナイフを放り込むわよっ!!」

 テーブルを挟んだ向かい側に座っている宏隆に向かって、ナイフを投げる仕草をする。

「わわっ、黙ります、黙りますっ、もう二度と言いませんっ!!」

 ガタガタと椅子から立ち上がり、素早く背もたれに身を隠しながらそう言うので、皆がどっと笑った。

「宗少尉・・・先ほどの迷彩服ならともかく、その美しいドレス姿では、今の言葉はお似合いになりませんよ」

 鮮やかな瑠璃色のロングドレスに身を包んだ宗少尉に向かって、隆範が如何にも紳士らしく、真面目な顔で窘(たしな)める。

「オホン、私としたことが・・・大変失礼いたしました」

「はは・・急にお淑やかになっちゃって、それこそ似合わないんじゃないのぉ?!」

「こらぁっ!、こう見えても、私だって女なんだからねっ!」

「ほーら、すぐに本性が出るっ!!」

「あっ、しまった・・・・・」

「はははは・・・・・」

「あははははは・・・・・・・」

「ははは、まるで姉弟(きょうだい)喧嘩か、姉弟漫才、といったところだね。
宏隆は、台湾でも宗少尉とそんな具合だったのかね」

 父が名残(なごり)のワインを、グラスを揺らしながら楽しそうに訊ねる。

「いえ、宗少尉はおっかない武術教練ですから、自分はひたすら平伏するばかりで・・」

「あら、そんなコト無いわ、よーく可愛がってあげてるじゃない!」

「でも、宗少尉と一緒に居ると、危ないことばかり起こって・・・・」

「なに言ってるの!」

「だって、ちょっと夜市を歩いていても、すぐにヤクザと乱闘になるし・・・」

「それは、ヒロタカが嵐を呼ぶトラブルメーカーだからよ!」

「あ、そんなこと言って、自分がヤクザのボスに目を付けられたんじゃないか!」

「それは、私が魅力的だったからよ!」

「ははは、また姉弟ケンカが始まった・・・・」

「あはははは・・・・・・・」

「わははははは・・・・・」

「宗少尉、ケンカも良いが、今日のディナーのお味は如何だったかな?」

「たいへん美味しく頂戴しました。私はこのように洗練されたフランス料理を、フランス以外で頂いたことがありません。何と申しますか、バターやクリームを控えめにした、本当の素材の良さを引き出すような瑞々しいスタイルのフランス料理は、おそらく日本人ならではのもので、本場フランスよりも、さらにキメの細やかさが感じられます」

「ふむ、今夜の料理は、宗少尉の為にウチの鈴木シェフがあちこち走り回って材料を揃え、腕を振るってくれたものです・・・英惠(はなえ)、もう料理も終わることだし、ちょっとシェフを呼んできなさい」

「畏(かしこ)まりました──────────」

 メイドのハナが厨房に向かう。

「旦那さま、お呼びでしょうか?」

「おお、こちらが今日のお客様、台湾海軍の武術教練である宗少尉、宗麗華さんだ」

「はじめまして。海軍の少尉とお伺いして、どのような剛強な方であろうかと想像しておりましたが、パリの高級レストランがお似合いになりそうな、とてもお美しい方ですね・・・本日は私どもの料理を最後までお召し上がり頂きまして誠にありがとうございます」

「まあ・・ご丁寧に、どうもありがとうございます。此方こそ、このような素晴らしいお料理を出して頂いて、美味しくて本当に堪能いたしました」

「お口に合いましたでしょうか?」

「はい、前菜に出た、キャビアが添えられたオマール海老のサラダは、海老味噌のドレッシングの味がとても新鮮で、シャンパンとの相性も良く、びっくりするほど食欲が出てしまいました」

「それは良うございました。魚料理は、お客様がお好きだとお伺いしましたので、明石で上がったばかりのカサゴをポワレにして、シェリービネガーで風味をお付けしましたが・・」

「メニューを見てとても嬉しくなったのですが。私がカサゴを好きだと知って出されたのですね?・・・でも、どうしてそれをご存知なのですか?」

「はい、旦那さまがそう仰いまして・・・」

「宗少尉が宏隆を仕込みに神戸に来ると聞いて、ウチに滞在してもらえば良いと張大人に話し、ついでに宗少尉のお好みを訊いてみたのです。すると、何処かで会食をした折に宗少尉がカサゴを好きだと言われたのを、張大人がよく憶えておられてね・・・」

「まあ・・・」

「だから、今日は敢えて神戸ビーフを出さず、鶏の料理にしてもらったというわけです。
神戸っ子の私としては、是非とも御料牧場のビーフを食べてもらいたいところだったのだけれどね、はははは・・・・」

「旦那さまが仰るように、お肉料理はお客様のお好きな鶏料理に致しました。北丹波の農園に育った地鶏の胸肉に、神戸で採れた茸とトリュフを使ってジューシィに仕上げさせていただきました」

「あの・・・私が鶏が好きだというのも、張大人が仰ったのですか?」

「そう、カサゴと鶏が好きで、宗さんがよく食べると──────────」

「実は、私は神戸ビーフが食べられると、楽しみにしてきたのですが・・・」

「えっ、それはイケナイことをした!・・・わはははは!!」

「しばらくの間ご滞在されると伺っておりますので、お気に召せば神戸牛は何度でも召し上がって頂けます」

「まあ、嬉しい、とても楽しみですわ!!」

「はははは・・・・」

「わはははは・・・・・」

「それでは、どうぞごゆっくり。旦那さま、チーズをお持ち致しましょうか?」

「そうだね、宗少尉のチーズの好みまでは聞いていないが・・・」

「何でも頂けますが、サントモールは好んでよく頂きます」

「フランスのシェーブル(山羊)チーズ。バル・ド・ロワール(ロワール渓谷)の、麦わらを一本通したサントモール・ド・トゥーレーヌですね、畏まりました。本日のブルゴーニュワインとも相性は抜群かと思います」

「うむ、後で女性に合う甘いワインも持ってきてくれ」

「それでは、ヴァン・ド・パイユなどは如何でしょうか?」

「宗少尉のお口に合えば良いが──────────────」

「甘いお菓子も、甘いワインも大好きですわ」

「畏まりました、しばらくお待ち下さいませ」

 深々と頭を下げて、鈴木シェフが厨房に戻って行く。

「へえ、意外と甘党なんだ・・・・」

 すかさず、宏隆が言う。

「意外と、とは何よ、意外とは・・・・」

「ほらほら、本性を出さず、お淑やかに、お淑やかに・・・・・・」

「もう・・まったく──────────────」

「ははは、姉弟喧嘩の種は尽きないようだが・・・ところで、宗少尉はいつまで日本に滞在できるのかね?」

「ヒロタカの残された課題が終了するまで神戸に居るよう、張大人に命令じられています」

「残された課題というのは?」

「戦闘訓練と、諜報活動の訓練が主なものです」

「ちょ、諜報活動って・・・お前、スパイになるのか!!」

 驚いた兄の隆範がつい大きな声を出して言ったが、宏隆はそれには答えず、ちょっと困ったような顔をして父の顔を見ている。

「・・あ、ご家族の前では申しあげるべきではありませんでしたか?」

「いや、別に構わんよ・・・いずれ家族も知らなくてはならないことだからね。
そうだ、ちょうど良い機会だから、この場で宗少尉から説明してやってくれるかね?」

「イエッサー」

「メイドたちは、私が呼ぶまで、しばらく外に出ていなさい」

 光興(みつおき)がそう命じると、食卓の周りに立って給仕をしていたハナと他のメイド三人が頭を下げてディナールームから出て行った。

「それでは、簡単にご説明をいたしましょう──────────
 ヒロタカさんは、陳氏太極拳の真伝を継承する王永斌(おう・えいひん)老師の拝師弟子となる為に、台湾の秘密結社・玄洋會のメンバーになりました。それは総帥・張大人のご友人である王老師が玄洋會の重鎮として、中共や北朝鮮の密かな侵攻に対し、総帥と共に地下で戦って居られる立場だからです」

「・・しかし、ただそれだけの理由で、弟がスパイになる必要があるのですか?」

 隆範が宗少尉に言った。

「いえ、何も諜報員になって貰おうというわけではありません。諜報活動の訓練を受ければより実際的に武術というものを実感することが出来ますし、今回のような予測し得ない事件が降りかかった時にも危機回避や生存の確率が高くなります。それに、日本が刻々と危機的な状況に向かっている現在、一人でも多くの有益な人間を造っておくことは国家にとっても大切なことでしょう。日本には戦後の平和ムードが優先して徴兵制がありませんが、戦闘に限らず、能力のある人間が有事に備えての訓練を積んでおくことは、他国では当前の義務であると国民に認識されています」

「それはそうですが・・・日本では自衛隊の存在があり、弟は武道の真髄を追求するという目的で太極拳を学び始めたはずです。それなのに、いつの間にかスパイの教育を受けているなんて・・・弟はまだ高校生の身だというのに、信じられません」

「兄さん、僕は自分でそうすることを選んだんだ。それにお父さんも玄洋會とは関係が深いから、決して僕だけの問題じゃないんだよ」

「親子揃って秘密結社のメンバーか?、何だか映画でも見ているようだ・・・」

「人には各々、今生で与えられている課題が有る。隆範は隆範自身の、お前にしか出来ない道を歩めば良い。弟の宏隆は武藝の奥義を追求する人生を選び、それによってこのような状況を与えられたのだ。それを受け容れるかどうかも本人次第で、私もそれについては一切口出しをしていない。玄洋會への入会は本人がよくよく考えて決めたことでもある」

「私はただ、兄として宏隆のことが心配なだけです──────────」

「静栄(しずえ)は、母親としてどう思うかね?」

「私は、息子の人生にとやかく口出しをする気は全くございません。親子とは言っても、人の生は各々個人に与えられた掛け替えのないもの・・・個々の人間は一人一人がユニークな存在であって、己以外の人間に何を決定され、強要される必要もありません。ただ、いつ何処でどのような人生を過ごしていても、人間として誠実に、徳を修め藝を磨く心を忘れず、真に己が満足できる人生を全うして欲しいと、心より願うのみです」

「ふむ。私もまったく同じ意見だが・・・私はお前たちが日本男児として民族や国家の役に立つような立派な人間に育って欲しいと願っている。日本ではもう、危機が始まっている。建国より二千六百三十年の、日本という国家の存続の危機なのだ。このたびの田中角栄首相の訪中と日中友好条約の締結は、そのような危機の方向性が改めて決定付けられたと言って良い──────────────」

「僕は、まだ自分のことがよく分かりません。僕がこの人生で何をするのか、どう生きて、どう死んでいくのか、よく分からないのです。でも、ただボーッとして、取り留めのない漫然とした人生を歩むのだけはイヤです。たとえどれほど危険でも、怖い目に遭っても、酷い目に遭っても、自分が生きていることを実感できる方が良い。自分が何を生きているか、そこから先をどうやって生きていくかを、いつもリアルに突きつけられるような、ボケッとしているヒマが無いくらい、自分と向き合って居られるような人生が僕の望みです」

「うーん・・・同じ親から生まれた兄弟と雖(いえど)も、お前とはこうも違うのだなあ。でも、お前の言っていることは正しいよ。お前の人生だ、思う存分、自分の思い通りに思い切り生きたらいい。僕も、兄としてお前に恥ずかしくないよう、自分の人生を精一杯生きようと思う」

「ありがとう、兄さん・・・」

「頑張れよ、宏隆!」

「ははは、よかったな。たった二人きりの兄弟だ、仲良く助け合って生きなさい。
 さて、宏隆は明日から宗少尉の厳しい訓練が待っているのだろうが、もうその覚悟は出来ているのかな?」

「はい、そのつもりですが──────────────宗少尉、神戸での訓練は何から始めるのですか?」

「そうね・・・取り敢えず、銃のウデが落ちてないかどうか確認して、新式のアメリカ製のライフルの使い方でも教えようかしら」

「・・じゅ、銃のウデの確認?・・・ライフルの使い方だってぇ・・・!?」

「あ、ダメ・・・駄目だよ、兄さんの前で物騒な話をしちゃぁ!!」


                                (つづく)






【神戸・摩耶山の掬星台(きくせいだい)から望む ”一千万ドルの夜景” 】







  *次回、連載小説「龍の道」 第83回の掲載は、3月1日(木)の予定です

taka_kasuga at 23:56コメント(16)連載小説:龍の道 | *第81回 〜 第90回 

コメント一覧

1. Posted by ゆうごなおや   2012年02月19日 16:22
今回の話も深いですね。姿勢を再度正して日々の生活、武藝館での稽古に臨まなければいけないと思いました。

お母さんの「私は、息子の人生にとやかく口出しをする気は全くございません〜」は、自分自身も常に頭に置いておきたいことであり、我が家の子どもたちにもそうあって欲しい、正にそのことです。
そして宏隆君の覚悟の言葉は大きいですね。「自分と向き合って居られるような人生」。中々言えることじゃないですよね。何かとこの世の中は相対的になってしまいますから。

ありがとうございました。次回も楽しみです!
 
2. Posted by 円山玄花   2012年02月20日 14:10
心の和む姉弟漫才から思わずヨダレが出てきそうな美味しそうなお話まで、
今回も楽しく読ませて頂きました。

「危機感がない」と言われてもキョトンとしていた自分が、今では常時“危機感”と共に在るような気がするのは、やはり生き残れるための、その考え方を稽古しているお陰だと思います。
自分自身と毎瞬向き合わざるを得ない環境が、これほど危機感を養わせてくれるものとは思いもよりませんでした。
自分を律していこうとする意識とその過程の偉大さを、ひしひしと感じています。

次回も楽しみにしています。
 
3. Posted by 太郎冠者   2012年02月20日 22:30
自分自身でさえも、まだまだ頭が平和にボケてるなぁと思うのですが、
周囲にいる同年代の人間の話や考えを聞いていると、そんな話は遠い世界のさらに向こう、
のように感じているようです。いやはや。

武器を持て、戦いに備えよ!
とは言いませんが(言ってもいいくらいかもしれませんが)、
まずは物事をちゃんと見、自分の頭で考えることからはじめないといけないように思います。
多くの場合、人が条件反射的に述べる意見なんて、どこかで聞いたものを鵜呑みにしてるだけだったりしますからね。

東海道の片田舎、という、暢気な気風もあるかもしれませんが。
 
4. Posted by まっつ   2012年02月21日 00:00
>自分のことがよく分かりません──────────────

小生も、この現代日本に生きてきて、
同じ問いがずっと心に刺さったままで居るように感じます。
表面的には平穏な時代の空気の中で、
突然にエアポケットに落ちたように、
リアリティが感じられない瞬間に落ち込む事がありました。

「自分」の思弁的な把握の為に実存主義に傾倒したり、
「自分」の実感を得る為にハードな身体トレーニングを課した事もありました。
でも、どれだけ掴んだと感じられた認識や実感も、
移ろう時間の中では、さながら手の内から水が零れていくように、
留めておく事は出来ませんでした。

そんな中で武藝館の太極拳と出逢って、
ひたすら稽古に励む中で、本当に「自分を知らない」という事を実感した瞬間に、
「自分を見つけた」という直感が、閃光のように自分の中を照らしました。

その実感自体は刹那の中にしか見えず、
常の時間の流れの中では、保存する事は叶いませんでしたが、
その一瞬の直覚からは、活き活きと生きたくなる元気が湧いて溢れました・・・

生きるというリアリティは懸命に生きる事でしか見えてこない、
生きる事が容易だと感じられてしまう現代では、
本当にリアルに生きる事こそが難しいのだと身に沁みました。

>自分の人生を精一杯生きようと思う──────────────
同感です。
 
5. Posted by ユーカリ   2012年02月21日 04:06
一流の生き方をされている方々は、やはり、身につける物も食する物も、一流なのだと改めて思います。自分と向き合い,大切にしているからこそ、他人に対しても、物に
対しても愛情を注ぎ、大切にし、心配りができるのだと感じます。

>私はお前たちが日本男児として民族や国家の役に立つような立派な人間に育って欲しいと願っている。

という言葉が印象的でした。日本人としての誇りや愛国心が希薄になっている自分自身を深く省みました。
家族に対する言葉掛け一つ、みそ汁のだしの取り方一つ、ご飯のよそい方一つ、文字の書き方一つ‥…、些細な事にもきちんと向かい合い、それらを大切にしてゆきたいです。
 
6. Posted by bamboo   2012年02月21日 23:47
上質な団欒ですね・・雰囲気、普段から大切にしたいですね・・。今から意識したいと思います。
お母様の在り方にもちょっとした感動を覚えました。物腰というか・・「静」という名前がよくお似合いですね。憧れます。

前話以来ツールナイフを携行し、いくつか気付いたことがありました。
「適した備えが常にほしい」「使わずに済ませたい」
「果物を新鮮なまま持ち運べるので妻子に受ける」など・・。
山で使い慣れているせいか、正直台所道具も少なくて済みそうな気もします。
あ、でも逆にいろいろな台所道具の存在理由が気になってきました^^
 
7. Posted by マルコビッチ   2012年02月23日 21:47
お兄さん、びっくりですね!!
自分の弟が、諜報活動の訓練だとかライフルの使い方だとか・・普通ではありえないですものね!
でも、驚きながらも宏隆くんのはっきりとした自分の生き方を聞き、”お前の言っていることは正しいよ。” 自分も自分の人生を精一杯生きる、と言ったお兄さんもとても清々しいですね!
ここでの家族のやりとりは、とても知性と教養に溢れていて、無理なく細かな気配りの出来る、しかも楽しく清々しい!
生まれ育った環境やDNAは大きいと思いますが、ここで示されている生き方というのは、誰でも、いつからでも、自分の強い意志で磨いていけるものなのではないかと思いました。

なにはともあれ?!大変美味しい気持ちになりました。
ごちそうさまでした!!
 
8. Posted by 春日敬之   2012年02月24日 15:09
☆ゆうごなおやさん

>常に頭に置いておきたいことであり、わが家の子供たちにもそうあって欲しい・・

キョービ、そう断言できるお父さんは中々居ないのではないでしょうか。
きっと、ゆうごなおやさんは素晴らしいお父さんなのでしょうね。

日頃から子供にとやかく口出しをして親が何もかも決めるくせに、イザとなったら「お前の人生だから俺は関係ない、面倒は見ない、責任は自分で取れ」と急変したり、「自分の人生なのだから、自分の事は自分で決めて生きなさい」と言っておきながら、何かと口出しをして子供に決定させない親たち・・・・

子離れの出来ない親、親離れの出来ない子供、それらを作ったのは紛れもなく、この平穏無事の、一億総中流階級意識の、国家観も民族観も世界観もロクに養われなかった、戦後の平和な時代なのだと思います。
 
9. Posted by 春日敬之   2012年02月24日 15:18
☆玄花さん

危機感というのは、やはり”本当の危機”を実感して初めて持ち得るものでしょうか。
どんな危機でも、それを本人が危機と認識しなければ危機にはなりません。
今そこにある危機、というのはそう認識する人だけが実感できる、本物の危機なんですね。
有りの儘の自己と向かい合い、大きな目標に向かって自律を重ねている人は、そのような危機を見抜き、それを回避したり乗り越えたりすることが出来ると思います。
いくら至高の武術を学んでも、「武の意識」が希薄では実際に戦うことは出来ず、危機に遭遇したときに慌てることになります。
宏隆くんは、そんなことも教えてくれる「本物の武術」を学んで行こうとしているわけです。
 
10. Posted by 春日敬之   2012年02月24日 15:27
☆太郎冠者さん

やっぱり時代なんでしょうね、平和ボケは。

映画史に残る傑作、「第三の男」の中で、

「イタリアではボルジア家の専制政治下の30年間は戦争とテロ、殺人や流血が絶えなかったが、
 彼らはミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチとルネッサンスを生みだした。
 スイスでは、彼らの同胞愛と、民主主義と、500年の平和があった・・・
 では、それらは何を生み出したのか?・・・クックゥーの鳩時計だけだ!」

・・って言った、ハリー役を演じたオーソン・ウェルズの名台詞が思い出されます。
 
11. Posted by 春日敬之   2012年02月24日 15:36
☆まっつさん

「自分は自分をよく知らない」というコトをよく知ることこそが、きちんと自分を見つけられることなのでしょうね。
生きるリアリティを見出すには、苦しかろうが、辛かろうが、自分を何かにトータルにぶつけて、
「存在の音」を立ててみるしかない、と僕は思っています。
そこで鳴り響く音こそが、自己という「存在の詩」なのだと。
 
12. Posted by 春日敬之   2012年02月24日 15:45
☆ユーカリさん

「一流」というのは、何も有り余るお金があって、豪邸と高級車と美人の恋人に囲まれて、毎日美味しい料理と高級シャンパンを喰らうことではなく、その人の「生き方」が一流であることをいうのだと、師父はよく言われますね。

師父が愛車ジャガーに乗ってユニクロに買い物に行ったときに、たまたま門人のお母さんに遭遇して、「まあ!、先生のような方でもこんな店で買い物されるんですか?!」と、随分驚かれたと言いますが、師父は「来ます、来ます、私はユニクロの常連ですよ!」と買い物カゴ一杯のバーゲン品を見せながら笑って答えられたとか。
たとえスーパーのコロッケを食べて、安い居酒屋でアタリメをかじっていても、一流の生き方をしている人は、それ故に、何をやっても一流なのだと思います。

ただ、一流の生き方をするのは、そう生やさしいことではありません。一流になるにはお金も要らない、高級車も、高級時計も必要ないけれど、自分自身の「存在」自体を高級にしていかなくてはならない。そのために生き、働き、そのために何かに打ち込み、磨かなくてはならない。
相手にすべきは、向かい合うべきは、常に「自分自身」なのだと僕は思います。
宏隆くんの育ったところも、そんな家庭なのです。
 
13. Posted by 春日敬之   2012年02月24日 15:54
☆ bamboo さん

僕もいつもカバンにいろんな道具を入れて持ち歩いています。
えーっと、丈夫なペンチやワインの栓抜きも付いたアーミーナイフ、フラッシュライト、着火用具、緊急用防水保温シート、針やナイフを通さないグローブ、裁縫用具と救急用品、緊急用食料とサプリメント、下着や靴下の替え、すぐに乾くタオル、メモ帳、水に強いボールペン、油性のサインペン、などなど・・・・
常に道具を持ち歩くのは重いですが、その重さに慣れておくことも必要だと思いました。
それと、大都会を歩く時にこそ、災害に耐え得る軍靴や雨風に強いジャケットや帽子が必要だなと思います。
 
14. Posted by 春日敬之   2012年02月24日 16:09
☆マルコビッチさん

>普通ではありえない・・・・

エぇ〜ッ!、アリエナイ〜!なんて、今どきの女の子にはいわれそうなストーリーですが、
こんな平和ボケの世の中でも、「フツーじゃない人」はたくさん居るんですよね。
龍の道はフィクションの小説ですが、そのネタは実際に存在することから得られてオリます。

>なにはともあれ、大変美味しい気持ちになりました

ははは、美味しそうですね。
人は美味しい物を食べると、とても元気になります。
それは栄養だけではなくて、感動して心が満ち足りるからですよね。
食事に限らず、いつもそういうものに向かい合っている人は、とても素晴らしい人生を送ることができるに違いありません。
 
15. Posted by とび猿   2012年02月25日 13:37
もてなす側、もてなしを受ける側、父親、母親、兄、弟等、それぞれの人が、その時その時に、
それぞれの立場に身を置いて、その瞬間をとても丁寧に大切にしているように感じられます。
そして、それ故に、自分のことも周りも、人や物事に対しても、同じように丁寧に見続けられる
のだと思えてきます。
武藝館に入門して、自分をしっかりと立て、それぞれの立場に身を置くことは学ぶ上でも、
生きていく上でも大切なことなのだと改めて思います。
 
16. Posted by 春日敬之   2012年02月28日 03:04
☆とび猿さん

一瞬一瞬を丁寧に生きることは、とても難しいことですね。
そして、それが難しく思えるのは、己の身勝手な願いや望み、
都合の良い思い込みや判断をしたいが故のことである、と師に教えられました。
道場というのは、一個の人間として己を磨き高めるための場であり、
教える側は教導者として、教わる側は学生として、互いに日々学ぶことで己を新ためる、
つまり自我という皮を剥いてはまた剥いて、日々刻々新たにしてゆく、
ということを行うための場に他ならないのだと。

太極武藝館の友好団体である、意拳の「宗勳武館・日本分館」の館長であられる、
宗之雄(そう・ゆきかつ)先生もまた、同じ意味のことを仰っておられます。
宗先生は円山館長が尊敬されて止まない素晴らしい武術家ですが、
大成武舘という空手道場も併せて営まれ、青少年の教育に尽力され続けている
立派な教育者でもあられると、つくづく感じ入った次第です。
 

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