2012年01月15日

連載小説「龍の道」 第80回




第80回 龍 淵(3)


「お服加減はいかがですか─────────────────」

 兄の隆範が濃茶をひとくち飲むと、母がそう訊ねた。

「たいへん結構でございます」

 隆範は茶碗を手にしたまま軽く会釈をしてそう答え、さらに二口を飲み、最後にズッと音を立てて飲み口の茶を吸いきると、懐紙で飲み口を清め、茶碗の正面を元に戻してから隣の弟へと、茶碗を載せた袱紗ごと手渡した。

 茶事にあっては ”濃茶” が最も重要な位置を占めており、この一碗の濃茶を頂くために延々と四時間にもわたる茶事があるのだと言える。
 濃茶ではひとつの茶碗で他の連客との飲み回しが行われる。かつて明日の命も知れぬ戦国の世にあっては、濃茶を喫する席は武士たちが心をひとつにする場であり、一碗の茶により一層の連帯を強くしたと言う。


 隆範は弟がひとくち飲むのを待ってから、

「ただいまのお茶名は?─────────────────」

 亭主である母に、そう訊ねた。

「善知の昔です」

「お詰め(茶師の名)は?─────────────────」

「宇治の霞山園です」

「先ほどは結構なお菓子を頂き、ありがとうございました」

 本来の茶会ではここで客が菓子の銘や製(製造元)を訊ねるのだが、今日は祖母の追福に母子水入らずで行っている略茶会であり、それらは菓子を頂いた時すでに母から聞かされていたので、隆範は菓子への礼を述べるに留めている。

 これらの問答は茶事における定(き)まりである。
 このように、本来の意味における茶事では、何を問い、何を答えるか、いつ、どのように礼をするか、懐石をどのように頂くのか、茶をどのように喫するのか、などといった作法が芝居の台本のように細かく決められていて、勝手気儘に行えるものは何ひとつ存在しない。
 それは、ちょうど禅寺の修行僧が早朝から就寝まで日々の作務を時間ごとに細やかに決められ、掃除や座禅、読経、托鉢などは無論のこと、風呂や便所に入って出て来るまでの作法までもが厳しく定められているのと全く同じ意味なのである。


 やがて茶碗が弟から還ってくる。
 濃茶を頂いた後には、その茶碗が拝見のために再び正客のところに還ってくる。

 隆範はじっくりと茶碗を拝見している。
 茶碗を拝見するときには身を屈め、肘を膝に付けて、茶碗が置かれた畳からほんの少しだけ持ち上げて拝見する。大切な茶碗を粗相して壊さぬ為の、客の礼儀である。
 
 拝見が済むと弟との間にそれを置き、送り礼をして弟に送って、今度は宏隆が拝見することになる。

 弟の拝見が済むと、隆範は茶碗を亭主のところに戻し、自分の席に躙って(にじって)戻った。

「たいへん趣のあるお茶碗ですが、ご由緒は?──────────────」

「宗雲堂という、京の鷹峯(たかがみね)に独自の茶室を造って住んで居た茶人の作で、
”斑唐津(まだらからつ)写し” です。裏千家十一代・玄々斎宗匠の箱書きがあります」

 斑唐津写し、と母が言ったその茶碗はとっぷりとした沓(くつ)形で、如何にも唐津らしい寂びた味わいがある。斑唐津とは、長石に藁灰を混ぜて焼成することで粘土に含まれる鉄分が青や黒などの色に斑になったのでそう呼ばれる。
 茶道では古くから茶を美味しく点てられる順位として、一楽、二萩、三唐津などと言われ珍重されるが、この茶碗もそれに違わず、どろりとした濃茶の緑が茶碗に映えて、如何にも侘茶を追求する茶人の手遊び(てすさび)と思えるような、茶を能く知る者が創造した深い味わいがある。

「ほう、鷹峯の侘び茶人のお作ですか。私は沓形(くつがた)の茶碗は織部ばかりのように思い込んでいました。ちなみに、お銘は何というのですか?」

「八十年一夢 ──────────────」

「ああ・・・・」

 兄弟は思わず顔を見合わせて、なるほどと、大きく頷き合った。
 八十年の歳月を経た人生も単にひとつの夢に過ぎない、という禅の達観を、祖母も天寿を全うする日を前に、有り有りと悟っていたのかも知れなかった。

「本当に・・・お祖母さまを追慕する、今日の一会(いちえ)に相応しい茶碗ですね」

 しみじみと、隆範が言う。

 銘が分かるとその茶碗が一層侘びて見える。宏隆たち兄弟はその茶碗の閑寂な趣に、優しかった祖母の八十数年の生涯を思った。この茶碗で幾度となく茶を点てたであろう祖母の、点前をする姿さえ想像できるような気がするのである。

「これを隆範に形見分けするようにと、お祖母さまが生前から仰っておられました」

「・・え、これを私に、ですか?」

「そうです、隆範の生涯の勉強に、と──────────────」

「有り難いことです。しかし、碌に茶道を嗜みもしない私には真に勿体ないことですが」

 隆範が、少し申し訳なさそうに母に言った。

 確かに兄はそれほど茶道を好んでいるようには見えない。勿論、加藤の家の子として茶道に多くを学び、それを嗜みとして身に着けはしているのだが、茶を専ら己の道として精進しているようにまでは思えない。茶への思い入れや造詣などは、むしろ弟の宏隆の方がよほど深いと思えるのである。

「宏隆には、先ほどの団龍紋の万歴赤絵鉢を形見に贈るとのことです」

「あの見事な赤絵の鉢を、ぼくに・・・?」

「お祖母さまは、宏隆が中国の武藝を学んでいることを薄々ご存知でしたから、きっと龍の如く、立派に成長して欲しいという願いが込められているのでしょう」

「ありがとうございます。大切にいたします」

「宏隆は陶器を観る目があるので、きっとあの赤絵鉢は今日のお菓子には合わないとお思いだったでしょうね」

 宏隆が菓子の鉢をそう感じるであろうことを、母はすでに承知であった。

「いえ、お母さんにしてはちょっと珍しい組み合わせだと思いましたが、きっとお祖母さまに所縁(ゆかり)のあるものだろうと──────────────」

「ほほ・・お祖母さまは、きっと宏隆のことだから、部屋の飾り棚の上にでもヒョイと置いたまま忘れてしまうだろうけれど、それでも構わないから、と笑って居られましたよ」

「あ、いや・・まあ、そのお話を聞かなければ、そうしていたかもしれませんが」

「お前はもっと物を大事にしないといかん。小さい頃から空手だの拳法だのと、板や瓦や、人間まで破壊することばかりやっているから、まあ仕方ないかもしれんが・・・・」

 兄が宏隆をからかって言った。

「ほほほ・・・・」

「はははは・・・・・」

 わずか二畳の小さな部屋に、母子の明るい笑い声が響いた。


 それを機に、母は戻された茶碗に一杓の湯を注いで茶碗を漱ぎ、湯を建水(けんすい)に流すと、茶碗を膝前に置き直し、

「隆範が形見に頂戴した、この ”八十年一夢” の茶碗はとても優れた味わいがありますが、折角ですから少し説明をいたしましょう」

 そう言って語り始めた。

「作者の宗雲堂は、箱書きにある玄々斎に師事して佗茶の真髄を究めようとした人です。
 玄々斎は三河松平家の奧殿藩(おくとのはん=現在の愛知県岡崎市と長野県佐久市に存在した藩)一万八千石の藩主の子供で、十歳のときに裏千家十代・認得斎の養子に迎えられ、十七歳で裏千家の当主となりました。
 裏千家は当時、加賀前田家の茶具奉行250石、伊予久松家茶道奉行250石の扶持を受けながら、利休の佗茶の精神を守り続けていたのですが、玄々斎が養子に来てから、さらに尾張徳川家の茶道指南役として迎えられ、新たに400石の扶持を受けるようになります」

「玄々斎宗匠は裏千家中興の祖として知られていますね。たしか幕末から明治維新にかけての、1800年代の人でしたね」

 確かめるように、兄がそう言った。

「そうです。玄々斎は積極的に公家や武家へも出仕して茶の湯を盛んにし、大名の子らしく客へのもてなしには当時貴重品であったギヤマン(ガラス製品)を多用するなど、茶事に煌びやかさが加えられました。明治維新後には立礼式(りゅうれいしき=椅子に腰掛けて行う点前の形式)を考案するなどして、進取の精神を発揮されています」

「有名な立礼式は、その方が工夫されたのですね──────────明治維新後は西洋文化を取り入れることが盛んになり、茶道を始め、様々な日本文化が衰退の危機に晒されたと言いますが、それを食い止めるためにも、そのような礼式を新たに考案したのですね」

「そのとおりです。ところで、茶の点前の種類は一体どれほどあるか、其方たちは知っておいでですか?」

「いえ、私は考えたこともありません」

「ぼくもそうです。自分が知るお点前は、せいぜい十数種類くらいでしょうか」

 兄弟が順に答えて言った。

「茶の点前は、全部で凡そ八百五十種類ほどもあるのです──────────────」

「そんなに・・・それはちょっと驚きです。多くても五十か、せいぜい百種類有るか無いかくらいだろうと想像していたのですが」

「では、茶の点前がそれほど多く存在するのは、何ゆえだとお思いですか?」

「それはきっと、利休さん以来、様々な茶人が工夫を重ねてきて、学習体系として形になってきたからだと思います」
 
 隆範がそう答えた。

「宏隆は、どう思いますか?」

「そう簡単には、その道を修得できないように工夫されているのだと思います。学習者が形式だけではなく、もっと自分と向かい合い、内面を極めて行けるように多くの機会が用意されているのではないでしょうか」

「点前の種類がそれほど多いのは、それがすなわち、人を写す鏡であるからです。
 すべての藝術がそうであるように、茶道でも点前を行えばその人間の人格も器量も、何もかもが露わになり、そこに如実に表現されてしまうのです。それは招かれた客にしてもおなじこと。正客でも連客の立場であっても同じことです。
 茶は娯楽ではなく人間成長の道ですから、己の人間性が露わにならなくては修行になりません。それゆえに、点前の種類が多ければ多いほど良い。向かい合うべきものが多ければ、その都度、常に新しくそれに向かわなくてはなりませんし、熟(な)れるまでには相当な時間がかかるので、誤魔化しが効かないのです」

「それは太極拳の学習と似ていますね。同じ型を練習していても、老師と自分とは全く違っていて、それは型として上手いとか下手だとかという以前に、それを行っている人間としての度合いが、そこで学ぼうとしていることの中身自体が、まるで違っているのです。
 それに、同じ単純な形を幾度となく練習しても毎回違っています。形は同じでも、自分の向かい合い方がその度に違っているのだと、最近ようやく分かるようになりました」

「宏隆も、太極拳ではとても良い勉強をさせて頂いているようですね」

「はい。しかし随分ひどい目にも遭いますが─────────────────」

 宏隆が笑って頭を掻いた。

「それもまた、貴方にとって必要なことなのでしょう。しっかりお遣りなさい」

「はい、ありがとうございます」

「だけど、あまり心配をかけるなよ。まったく、お前の人生はまるで小説みたいな・・・・いや、それこそ小説よりも奇なり、というヤツだからな」

「まったく・・・自分でも困っています」

「いや、まるでそれを楽しんでいるようにも見えるけどな」

「すみません──────────────」

「ほほほほ・・・・・」

「ははははは・・・・・・」


 茶室から外へ出ると、もう辺りはひんやりと暮れかけている。
 西の空には幾条(いくすじ)もの光が茜色の雲間から射して、今日という一日の名残を惜しんでいるような、穏やかな閑かさにあふれている。

  釣瓶落としといへど光芒しづかなり─────────────────

 秋桜子の句がそのまま口をついて出てくるような、美しい夕暮れであった。


 茶庭を抜けて、母屋に向かう道を兄と一緒に歩く。
 茶事のために造った庭とは違って樹立ちも大きく、辺りは夕暮れが一層深くなってくる。

「黄昏とはよく言ったものだな─────────────────
 誰(た)そ彼、つまり、彼(あれ)は誰だろう、という、人が見分けにくい夕暮れの情景をそのまま表現したのだから・・・・美しいなぁ、日本語は」

 兄が、玉砂利が敷き詰められた小径を、ザク、ザクと、音を立てて歩きながらそう言う。
 
「しかし、本当に命だけは大事にしてくれよ。たったひとりの弟を危険な目に遭わせたくないし、ましてや北朝鮮なんぞに連れて行かれでもしたら、どうすれば良いのか・・・・」

「ごめん、心配ばかりかけて。これからはもっと訓練を積んで、強くなるから」

「いや、そうじゃなくて・・・」

 そう兄が言いかけたとき─────────────────

「危ないっ!!」

 突然、宏隆は素早く兄を後ろに投げ倒し、自分もそのまま屈んで身を低くした。

「うわっ、な、何をするんだ!─────────────────」

「シィ──────────ッ、このまま、じっとして・・・・・」

 和服に雪駄履きという出で立ちのまま、いきなり砂利道に倒された兄はひどく驚いたが、宏隆は兄が立ち上がらないよう肩を押さえたまま、辺りの様子を見ている。

 隆範もすぐに、その唯ならぬ状況を察して、息を殺して弟の指示を待った。

 薄暗くて見にくいが、よく目を凝らせば、たったいま兄弟が立っていたすぐ傍の樹には、細長い鋭利な投げナイフが突き刺さっている。

「誰だっ、そこに居るのは──────────!!」

 怒鳴ると同時に、ビュッと、足もとの砂利をひとつ、木立の闇に向かって投げつけた。



                               (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第81回の掲載は、2月1日(水)の予定です

taka_kasuga at 20:33コメント(16)連載小説:龍の道 | *第71回 〜 第80回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2012年01月16日 23:32
茶道に関しては全くの門外漢ですので、
今回のエピソードの奥深さは推し量る事しかできませんでした。

ただ、一見には窮屈一辺倒に見えるお茶時の約束事の中にも、
お客をもてなす工夫を凝らせる狭い幅があり、
その中で達人は、まるで自由に遊べるのだという事が感得されました。

どんなに奔放不羈に自由を求めても、
最後には「自分」に束縛されて真の自由には辿り着けないのだと思います。
「自分」から遠く離れた狭い幅を身に付ける事こそが、
最後に「自分」からも自由になれる道なのだなと感じました。
 
2. Posted by ゆうごなおや   2012年01月18日 22:13
毎回楽しく読ませて頂いております。

考えが浅はかで、落ち着きが無い生活をしている自分には、今回までの茶道の話は非常に
興味深く、何かしらのヒントを得ようとしていました。

もう少し続けて欲しかったのですが、急展開してしまうのでしょうか?でも、アクション系が
好きな自分にはさらに楽しく勉強させて頂けそうです。

どうなるんだ次回? まっつさん、使っちゃダメですか?
 
3. Posted by とび猿   2012年01月19日 07:07
この数回を読むと、改めて、宏隆君やそのご家族は本当に生きているんだなと思えてきます。
自分を省みると、まだ、無為に時間を過ごしてしまっていると反省させられます。
もっと大切に生きていかなければ、見えるもの見えなくなってしまうのだと思えてきます。
 
4. Posted by 円山玄花   2012年01月19日 14:20
今回もたいへん勉強になりました。
茶の点前の種類が八百五十種類とは、考えもしませんでした。
けれども、向かい合うべきものが多ければ多いほど自分の人間性が露わになるためだと知り、
なるほど確かに「道」の追求のためにこそ用意されたものなのだと思いました。

そこで自分たちが日々学ぶ稽古内容を振り返ってみると、基本功の数は数種類、推手も主に稽古するのは数えるほど、套路は小架式十三勢を数十動作、それも門人が分かるまでは次に進まないという稽古です。
しかし、種類は少ないのに、向かい合わされているものはものすごい数です。
・・これが自分の背負ってきたものなのかと思って時々ゾッともします(笑)

歩法ひとつを十数年稽古してきても、また今日稽古をすれば新しい発見があります。
だからこそ、一般クラスの稽古で1回4時間を軽く超える稽古が行われても、
皆さん「まだ足りない・・」という顔をされるのかもしれません。
 
5. Posted by マルコビッチ   2012年01月19日 21:27
静かなお茶室で、細かく決められている作法をまるで楽しんでいるような様子、
ゆったりとして隙のない濃密な時間を文章から感じ、また、団龍紋の菓子鉢とお祖母様との関係を想像したりして、”八十年一夢”か・・・ゆったり流れるお茶事の世界に引き込まれていたら・・・・・
突然、スイッチをパッと切られたような出来事・・・うわあ、何だ!!??
次回が楽しみです。

お風呂に入りながら”八十年一夢”のことを考えていました。
八十数年の人生もひとつの夢に過ぎない・・・
私が生きてきた今までの人生、そして今現在。
何かふわふわした不確かな世界。
それは人の思考と感情の流れ、渦、絡み合い、ぶつかり合い、滞り、また流れる。
その中に自分の思考と感情が入り込む。
それこそが夢なのではないかと感じた。
それではリアリティは?
太極拳を追求していく中で実感できそうな気がする。
いつになるかは分からないけれど!
 
6. Posted by 太郎冠者   2012年01月19日 23:55
>茶の点前は、全部で凡そ八百五十種類ほどもあるのです
あまりピンとこなかったので調べてみたのですが、ひとつの種類でも
行程がいくつもあるようで、読んだだけではよくわかりませんでした。

これが、八百五十も…? 想像を絶する世界のようですね。

なんとなくですが、自分にはこれが実戦にする際の心構え、
のようなものに感じられました。
実際の戦いではそれぞれ、相手も環境も、自分の状態さえ違ってくる。
その中で生き残るための、ひとつのあり方、心構えを追求することと違わないのかな、と。
とはいっても、実戦経験が無いので、なんともいえないのですが。

>たったいま兄弟が立っていたすぐ傍の樹には、細長い鋭利な投げナイフが突き刺さっている。
…宏隆くんは相変わらず、凄い体験をしていくようですね。
 
7. Posted by ユーカリ   2012年01月20日 04:54
>茶は娯楽ではなく人間成長の道ですから、己の人間性が露わにならなくては修行になりません。
人間成長の道である太極拳も、まるで同じですね。
あまりに型にはまれない我が身を、恥ずかしく嘆かわしく思い、何とか誤魔化せはしないだろうか。。。と思ったりする未熟な私です。しかし、この道を歩んでゆきたいのなら、そこもきちんと鏡に写して、見つめる事からスタートしなければなりません。
見つめる為の機会を何度となく与えて頂ける事に感謝致します。

それにしても、またすごい展開になりそうですねっ!
自分まで砂利道に身を伏せて息を殺している気分ですっ(@@;)
 
8. Posted by bamboo   2012年01月20日 14:48
言葉に表しにくいのですが・・
死ぬことと生きること、生まれ変わること・・年末にコメントさせて頂いて以来、体調の変化も重なってか、なんとも表現しにくい精神状態です

そして今回、龍の道を読み、切実さが増しました(苦笑)

そんな状態が続きながらも、ふだん何気なくやっていた日常の諸々を武藝館での稽古に照らしながら過ごしていると、何とも言えない新鮮な感覚が次々に得られ、箸の動き、お茶の戴き方、座り方や歩き方、肩車や抱っこなど、ひとりで感動しては繰り返してみたりの毎日です。
家内にも「また? なんやの(笑)」とツッコミを入れられますが、大切にしているものが変わったことやその影響は相手の方がよくわかるらしく、“病院のお世話にならないように”と見守られて?おります。

・・私事ばかり書いてしまいましたが、読ませていただいてから(〜在りたい、〜したい)という感覚がより新鮮なものになりました。こうした稽古を幼いころから積むことの重要性にも、考えが改まった気がいたします。
 
9. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:01
☆まっつさん

まっつさんの言う「狭い幅」というのが何なのか、ちょっと分かり難いですが、
自分の細やかな茶道経験から照らせば、約束事の中に持て成しの工夫を凝らせる狭い幅がある
のではなく、またその中で達人は自由に遊べるわけでもない、と思えます。

それは何処かにあった「工夫できる狭い幅」を身につけたのではなく、約束事に拘束され尽くす
茶の稽古に没頭して散々それを練った結果、自分が茶の精神そのものになり、その約束事自体に
遊べるようになる・・・
つまり約束事の中に「何らかの幅」が在るのではなく、「約束事それ自体」がその人間を何ものにも捉われることのない、自由で融通無碍の世界を与えるに至ったのだと思います。

これは太極拳でも同じことであるはずです。
例えば「円襠」というのは「円襠にすること」ではなく、「円襠にしかならない状況」がそこにあるのであり、纏絲勁もまた、纏絲になるしかない状況が「起こるべくして起こる」のですから。

私は師匠から、

 「最後には、何も無くなる。
  基本も、套路も、推手も、戦闘法も・・・そんなものは何処かへ行ってしまう。
  けれども、だからといって、君がそれを ”演出” することは出来ない。
  きっとこうだろう、ということを探したり、想像していたり、
  それを元にそうなるための努力をしていては駄目なのだ。
  ただひたすら、一心に稽古しなさい。
  基本功だ、稽古だ、と頑張っているうちは何ひとつ分からないが、けれども、
  だからといって、基本や稽古を必死にやり込まなくては本当のことは何も分からない。
  そして、ただやり込んだからといって ”それ” が分かるとも限らない。
  この意味が分かるだろうか──────────────?」

と、謎々のようなことを言われたことがあります。
 
10. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:08
☆ゆうごなおやさん

あはは・・・茶の話をもう少し続けた方が良かったですかね。
あんまりお茶の話ばかりだと、読者が飽きてしまうかと思ったのですが。(笑)
ここからは、ちょいとアクション系の話に戻します。
宏隆くんも、茶室で和服を着て座っているよりは、外で酷い目に遭っている方が似合うかも・・

また次回をどうぞお楽しみに。
 
11. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:18
☆とび猿さん

無為の時間は、あっという間に過ぎてしまいますね。
アレもやらなきゃ、コレもやらなきゃ、もっとこうしなきゃ・・・・
と思ってはいるものの、なにひとつ思うようには出来ないし、進んでも行かない。
でもそれは、誰でも同じことだと思います。
それゆえに、人は厳しい約束事の中に身を置いて、
何かに雁字搦めに拘束されてみる必要があるのでしょう。

その約束事を、その拘束を、どれほど自分自身に課せるか、
それも、決して深刻にならずに、その拘束をどれほど楽しめるか、
どれほどそれと向かい合って、それと戯れ、遊べるか・・・・
そのシステムこそが唯一の上達の秘訣であり、人生を楽しめる秘訣ではないか、
と僕は思っています。
 
12. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:23
☆玄花さん

こんな素人小説でも ”勉強になる” と言って頂いて、ありがとうございます。
確かに、私たちが与えられている基本的な稽古は、見た目の数は少ないですが、
師父が「示されている数」は、驚くほど膨大なものだと思います。
それをただ「自分が見える数」だけと思っていると、後で何が何だか分からなくなる・・・

対練でも、取り敢えず相手を躱せれば良いとか、相手に触れられれば良いとか、
崩されないようにさえすれば良いとか、そんなレベルで向かい合っている人は
決して本当の上達は望めないと、よく叱られました。
 
13. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:31
☆マルコビッチさん

>それではリアリティは?

「ガチョウはすでに外に出ている──────────────」

というのが、最近になってようやく実感できるようになりました。

僕もまだまだ、寒い日が続いていますけどね。
だけど、暑さ寒さも彼岸まで・・・(笑)
 
14. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:38
☆太郎冠者さん

そう、実戦というのは予めそれを想定した練習が出来ないワケで、
やはり「単鞭の実戦用法」なんぞというモノは、ひたすらナンセンスだと思えます。
実戦に向けては、それに際しての「心構え」を練らなくてはならないので、
「戦闘法」ばかりを練ってきた人は使い物になりません。
実戦は、ひたすら経験するしかないです。

高名な老師の中には、
「実戦というのは試合と違ってルール無用の殺し合いだから、
 実戦ではどうなるのかと言われても、試してみせるわけにはいかない」
などと仰る方も居られますが、僕はそうは思いません。

クルマで走っているときに後ろから煽られたり、
繁華街でチンピラにイチャモンを付けられたり、
暴走族が目の前で通行妨害をしていたり、
見知らぬ誰かが寄って集って殴られていたり、

そんな時に、実戦として使えなかったら、何のために武術を学んできたのか分かりませんね。
実戦とは、何も「命の遣り取り」をすることだけでは無いわけで、
如何にそれを回避するか、如何にその物事自体を無効にしてしまうか、
如何に相手の戦闘能力を奪うか、というのも「実戦」の知恵なワケです。
君子危うきに近寄らず、なんて気取りながら、
秋葉原のナイフ魔を眺めながら平然とビデオ撮影していた奴らこそ、
真っ先に叩きのめしてやりたいと、ぼくは思います。
 
15. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:41
☆ユーカリさん

自分の真の姿を鏡に映して見たくない、
情けない駄目な自分を認めたくない、誤魔化したい、
自分を拘束するような型に嵌まりたくない、

・・というのは、誰もが持つ至高の願望でしょうか。

僕も、いつも思います。
そうして居られたら、どんなに楽だろうな、と。
僕自身は、決してそれをきちんと出来る人間などではありませんが、
それでも、そんなことをしていては本当に駄目になる、ということは分かります。
つまり、少々太極拳の先輩でも、ユーカリさんと同じ立場なわけですね。

だから僕は、この道を選びました。
常に自分に厳しさを突きつけられ、自分が本物かどうかを問われ続ける、
ウチの太極拳がなければ、僕なんぞアホの見本のような人間です。

何度も、何度でも、きちんと鏡に映そうとして、見つめようとして、
毎日でも、毎瞬でも、何度でもスタートし直せば良いのだと思います。


>砂利道に身を伏せて息を殺している気分ですっ(@@;)

”その自分” も、きちんと鏡に映そうとして、見つめようとして・・・・・
 
16. Posted by 春日敬之   2012年01月24日 14:55
☆ bamboo さん

病院というのは、病気の人が集まるところで、

治療院というのは、治療したい人が集まるところ、

太極治療院というのは、太極の理で治療するところ、

太極という法則で人を治すところ、

太極の理を学ぶことで病気を治そうとする人が集まるところ、

・・・ですね。

あれ?、何だか太極武藝館付属の「太極治療院」の宣伝みたいになっちゃった。
すんません、コメントバックになっていないカモです。
 

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