2011年06月22日

連載小説「龍の道」 第67回




第67回 構 造(2)


 王老師は手を胸の前あたりで抱え、真っ直ぐ伸ばした後ろ足を軸に、前足は軽く半歩前に出して、身体を半身にした恰好で立っている。
  
「半馬歩(ban-ma-bu)────────────」

 怖ろしく強固に見えてはいるが、もし誰かが触れに来れば、何の抵抗もなく、その体勢のまま老師が何処かに動いて行ってしまいそうな軽やかさと・・・・あるいはその強固な印象のままに、触れた途端に弾かれて消し飛んでしまいそうな、そんな得体の知れない、独特のムードが老師の立つ姿態には感じられる。

 やってみなさい、と言われるままに、老師の傍らでともかく同じ恰好をしてみるが、王老師の站椿の姿勢は自分のそれと比べれば遥かにポジションが高く、余りにもかけ離れているように見える。

「不思議だ・・・どうすれば、あんなに高い位置で立てるのだろうか───────?」

 その姿は、真っ直ぐに高く聳え立つ塔のように、軸足の膝は全く曲がっていないように見えるし、そこから軽く伸ばされている前足もほとんど膝が曲がらず、爪先は床に着くか着かないかのところにフワリと浮いて見える。

 言わば、片足に乗ってもう一方の足を軽く出しているだけなのだが、何故あのような高い位置に立って居るように見えるのだろうかと、とても不思議に思う。宏隆はこれまでに何度もその姿を見て識っているはずなのに、未だにその姿がどうにも不思議でならない。

 そして、老師の軸は、強靭な一本の鋼(ハガネ)のように見える。
 それも、決して頑丈で太い鉄骨のようなものではなく、押せばグイと撓(たわ)み、放せばたちどころに戻ってくるような強い剛性と弾性を持つ、まさにハガネという表現がぴったりの靭(つよ)い軸だと思える。
 これと比べれば、自分がこれまで練ってきた站椿などは、まるで重い荷物を抱えたまま、じっと我慢比べをして立っているような、そんな稚拙な力任せのものだったと思える。
 何よりも ”高さ” が足りない。どうしても王老師の高さでは立てないのである。


「陳よ、それではまだ低い────────────」

 站椿で立ったまま、前を向いたままの姿勢で、王老師が陳中尉に指摘する。
 宏隆がふと、”高さ” について想いを巡らせた、まさにその途端であった。

「その位置では、まだ ”構造” は、正しく動いてはくれない・・・」

「はっ、はい────────────!」

 陳中尉は慌てて架式を取り直し、姿勢を改めて立つ。
 無論、宏隆とは比べものにならないレベルで完成されてはいるのだが、こうして王老師の立ち方と比べてしまうと、やはりまだその高さには到底及ばないように見える。

「第一段階の站椿を練るには、足を横に開いた正馬歩が分かり易い。しかしその先にある、第二段階の站椿を練るためには、この ”半馬歩” が最も適している───────」

 今度は宏隆に向かって、王老師が説明をする。

「はい・・・」

「良いかね、正しい ”位置” こそが問題なのだ。人間はすでに立つ位置が決められているのだから、その位置で立たなければ人間としての機能はトータルに生じない。似たような恰好をしていても駄目なのだ」

「決められた本来の位置とは、つまり、無極のことでしょうか?」

「そうだ。しかしその無極は、学習者にとってはただの ”要訣” になりがちだ。
 無極とは、守るべき要点ではなく、生じるべき活きた構造なのだ。要訣を守ろうとしていても、実際にそれが起こらなければ意味がない。修正に修正を重ねて、それが自然に生じるよう導いて行くことが站椿の意味なのだよ」

「構造────────────
 初めて王老師に套路を指導して頂いたときに、形を真似る本当の意味は、その動作にではなく構造にあるのだ、と言われました。套路は実戦の雛形などではなく、太極拳という武術の構造を身体に叩き込むために創られた形なのだと・・・」

「そのとおりだ、よく覚えていたね」

「・・・しかし、自分には、その構造というものがよく分かりません」

「それはそうだ。それについて詳細に教わらなくては、決して理解は出来ない。
 人間本来が持つ構造、とは言っても、今の時代にそれを意識して生活している人など誰も居ないのだから、それを見出せた人から順を追ってきちんと教わるしかないのだよ」

「それは、自分にも教えて頂けるのでしょうか・・?」

「勿論だ。正式に拝師した人間であれば、私はそれを教えることが出来る。
 まあ、一度直りなさい────────────」

 直りなさい、と言われて、宏隆と陳中尉が申し合わせたように「ふぅ・・・っ」と同時に大きな溜息をつく。時間にしてわずか7〜8分に過ぎないというのに、老師の真似をして立っていただけで、身体中が緊張してコチコチになっている。

 それを見て、王老師が言う。

「ははは・・それでは ”放鬆” にはほど遠いな。陳よ、お前にも未だ分からぬか?」

「はっ───────精進が到らず、申し訳ございません」

「放鬆とは寛ぐこと、安心して己の身体に寛げることだ。つまり、安心して寛げるだけのものが其処にある、ということになる。そうでなければ、ただぐんにゃりゆるゆるとクラゲのようになってしまう。放鬆とは単に体の力を抜いて弛めることではないのだ」

「はい。自分の立ち方はまだ何処かで、立ってやろう、こうしてやろう、というような意識が残ります。それが ”力み” であるということは分かるのですが───────」

「立ってやろうというのは、闘いで言えば攻めてやろう、叩きのめしてやろう、ということに繋がる。太極拳ではそのような傲慢さは厳しく戒められなくてはならない。
 そうでなくては、”勁” は働らかないのだ─────────」

「はい、まだ自分は、戦闘というものを勘違いしているようです」

「自分が何かを行うのだ、やるのだ、と思っているうちは、大した功夫は育たない。
 その大道と共に歩み、その大河の流れに委ねてこそ、真の原理に行き着き、本物の功夫が養われるのだ。何であれ、自分個人でこうする、こう出来る、こうすればきっとこうなる、こうしてやろう、などと思えるうちは未だ未だ人間の程度が低い・・・」

「はい。肝に銘じておきます」

「その ”やろうとすること” が、站椿に於いても正しく立てない状態を生む。
 ・・どれ、ヒロタカが拝師した機会に、それを二人に細かく教えることにしようか」


 こんな機会は、滅多にあるまい────────────
 独りで老師に教わっているときよりも、誰かが居た方が自分と比較して、その詳細を解いていける。つまりは、入り組んだ難解なパズルを解くためのカギが増えるのだ。
 しかも、老師に教わるもうひとりの人間は、同じ道の先を往く、尊敬する先輩である陳中尉なのだ。宏隆は心が躍った。


「まず、このようにして立つ────────────」

 王老師が、足を閉じて立った姿勢から、肩幅よりも狭い並歩(bing-bu)に足を横に開いて示すが、しかし、それを真似た途端・・・・

「違う──────────まず足を横に開くところからして、成っていない!」

 いきなり、それがまったく誤りであることを厳しく指摘される。
 站椿の形を直してもらうどころではない。
 站椿を行うために足を横に開いただけで、もう違っているというのだ。

「架式を甘く見てはならない。架式の整備は、普通に立ったところから、足を横に開いたときから、すでに始まっている」

「はい・・・・」

「もっとよく見なさい。物を見る目ではなく、真理を見る目で ”観ずる” のだ。
 記憶しようとしたり、自分なりの判断を挟むのではなく、”本質を悟る眼” を持とうとしなくてはならない。ここで軽々しく足を開けるような者は、軽々しくその術理を欲しがり、軽々しく原理に到達でき、安易に戦闘法を得られると勘違いをする────────────
 本物は、真の太極拳は、そんな浅薄なものではない」

「はい──────────!!」

 もう一度、老師がそれを示す。

 食い入るように、何ひとつ見逃さないように──────────
 そして、その全てが自分自身の中に入ってくるように、あたかも老師の身体の中に入ってそれをなぞるように、注意深くチューニングしながら、それを真似る。

「嗚呼、違う・・違うぞ・・・・・」

 ただ足を横に一歩開くだけの動作だというのに、身体はこんなにも複雑な動きをしていたとは・・・・よく見れば、よく観じようとすればするほど、老師の動きは、宏隆の想像していたものとは、正反対の理解と言えるほど、まるで違っているのである。

「・・・この、足を開く以前の立ち方こそが、すべてが行われるための、唯ひとつの立ち方であり、この、単に足を開くだけの動作こそ、すべての運動が行われる際の、ただひとつの変化なのだ。心して、理解されなくてはならない────────────」

「ただひとつの、立ち方と、運動・・・・」

「そうだ。太極拳には立つ際に整えられる唯一の構造と、そこから起こるただひとつの構造変化しか存在しない。柔功も、歩法も、套路も、すべては、その唯ひとつの構造を手に入れるために行われるのだ────────────」

 これまでに、宏隆は基本功を練るだけのために、一年半という時間をかけてきた。 
 套路は台湾に来る前に始めたばかりだし、対練なども何もやったことがない。
 ましてや、武術としての戦い方など、教わったことがないどころか、果たしてこれが本当に武術の訓練なのかと思えるほど、地味で単調な練習ばかりであった。
 無論その基本の中には站椿も含まれていたが、そこで学んだものは、言わば概要であったことが分かる。いま、此処で教わっている站椿は、紛れもなくその内容────────────站椿というものが意味する、真の中身であった。

 やがて王老師は、並歩のまま、すぅっと肩の高さの辺りまで両手を挙げて、また腰まで下げる・・・起勢(qi-shi)と呼ばれる、動作を起こす始まりの姿勢である。

 しかし、老師のその並歩に開いた両足は、手が上がると同時にサッと爪先が内側に閉じ、次の瞬間には、また元の平行の位置に戻った。

「・・な、何だ、今のは?、あんな足の動きは初めて見る────────────」

 もう一度、王老師がそれを示す。
 宏隆も真似をしてみるが、足がギクシャクして、一度やっただけで初めの位置よりも足幅が広くなってしまう。それに、王老師は前後へ全くブレないが、自分は爪先を浮かせて動かすために身体を小さく前後に振らなくてはならなかった。

「これは、小架式を学んだ陳清萍(Chen-qing-ping=ちん・せいべい)という人が創り出した練習法のひとつだ」

「陳清萍────────────」

「そう。太極拳の天才、陳清萍だ。
 彼は乾隆60年、1795年の生まれで73歳まで生きた。叔父である陳有本から陳氏太極拳を学んで陳氏第十五世として継承し、小架式を元に四種類の架式を工夫して後世に遺した。
 今見せた動きは陳清萍が考案した四つの架式のひとつ、忽雷架(Hu-lei-jia=こつらいか)という練法に含まれるものだ」

「フゥ、レイ、ジャ・・・・・」

「忽雷架というのは、突然雷が落ちたような激しい動作をする架式、という意味だ。
 この陳は、少々忽雷架の真似事をする───────陳よ、少し見せてあげなさい」

「は、はい──────────では、お粗末ですが・・・」

 陳中尉は、一度架式を解いて大きく息をつくと、再び足を平行に開いた。

「ズサッ・・スサササッ・・・ササッ──────────」

「うわぁ・・!!、す、すごいっ!!」

 兄弟子の陳中尉が演ずる太極拳を見るのは初めてだったが、何とそれが、自分たちが学ぶ小架式ではなく、陳清萍という、十九世紀を生きた天才武術家が創案した、忽雷架と呼ばれる架式なのであった。

 忽雷架──────────まるで雷が突然落ちたような、と形容されるそれは、宏隆の武術的な感性に大きく働きかけてくるものがある。

 何よりもまず、足が軽い・・・・
 足に重くのし掛かって、その重さや、そこからの反動を使って力を得るような、そんなところが微塵も感じられない。足を踏む度に、その足自体がササッ、ササッと動くのだから、地面を力強く踏みしめていては、抑々(そもそも)そんな動きは不可能なのである。
 そこに見える足の軽さは、先ほど王老師が見せた半馬歩の、その站椿の足の軽やかさと同じ種類のものであると思える。つまりは、構造が近似しているのだ・・と思える。

 だからこそ・・・その構造が近似しているからこそ、それを自分に示したいが故に、半馬歩の站椿を教授している最中に陳中尉にそれを演じさせ、見せてくれたのではないか・・・


「よし、それまで──────────もう良いだろう」

「すごい・・・!、陳師兄、ありがとうございました!」

「ははは・・・・いやぁ、まったくお粗末で、恥ずかしい限りです」

「いやいや、そう謙遜せずとも良い。お前の忽雷架は中々のものだと思える。
 しばらく会わないうちに、ずいぶん功夫を積んだな」

「いいえ、自分はまだまだです。現に師父のような高い位置では、全く立てません」

「それは、ただ放鬆の理解による。いずれ近々、お前にも理解できよう」

「王老師───────────いま陳中尉に見せて頂いた、この足の軽さこそが、立つ位置と、立てる構造と、深く関わっているのですね?」

 兄弟子の忽雷架を間近に見て、宏隆は興奮している。
 もう我慢ができない、と言わんばかりに、宏隆は王老師に問いかけた。

「ふむ────────────」



                               (つづく)



  *次回、連載小説「龍の道」 第68回の掲載は、7月6日(水)の予定です

taka_kasuga at 23:37コメント(6)連載小説:龍の道 | *第61回 〜 第70回 

コメント一覧

1. Posted by 円山玄花   2011年06月27日 19:24
架式・・特に站椿の姿勢は、いつ見ても不思議な形に見えるものです。
そして、それが整っているためなのか、静止していても脈々と動いているように感じるため
なのかは分かりませんが、とても美しく思えてなりません。

なにより、師父と同じ姿勢を取ってみても、鏡に映せばまるで違う(笑)
本当に同じ人間かしらとさえ思わせられるその姿勢の違いこそが、
私たちが学ばなければならない「構造」なのだと思います。

同じように、自分自身の稽古として站椿を練っているときでも、
架式を取りに行くときの、ほんの些細な違いで完成姿勢が全く違ってくるということもあります。

宏隆君はどのようにして站椿・構造を勉強していくのでしょうか。
次回も楽しみにしています。
 
2. Posted by まっつ   2011年06月28日 00:09
半馬歩の片足で立つという位置を師父に修正して頂くと、
「なんてこった!」と思わず叫んでしまうくらい、
確かに「高い」位置である事に驚きます。

その位置では身体が危険を覚えるせいでしょうか?
身動き一つ出来ないくらいに身体が緊張して、
とても放鬆して寛ぐ事など出来ませんでした。

そもそも心身の緊張自体、どのような因果で生じるのでしょうか?
その因果を逆に辿れば放鬆を理解するヒントになるのでは?
と思いました。

宏隆君の眼を借りて勉強させて頂きます!
 
3. Posted by とび猿   2011年06月28日 02:13
師父の後について歩いたり、動かさせて頂くと、その姿勢、動き、雰囲気の違いに
いつも悩まされます。
いや、そもそもその前に立ち方が違う・・・
師父と同じ格好を取ろうとしても、全く違って見えます。
これでは、いくら頑張っても付いていけないわけです。
しかし、いや、だからこそ、この構造が欲しくなります。

今後の展開が非常に楽しみです。
 
4. Posted by 春日敬之   2011年07月01日 01:01
☆玄花さん

架式というものは、本当に面白いものですね。
仰るとおり、同じ姿勢を取っても、師匠のものとは全く違っていて、
その姿勢を取ろうとする時の、ほんの些細な違いで完成姿勢がまるで違ってくる・・・・

それを極めるのは勿論、並大抵のことではないのでしょうが、
その構造を得さえすれば、「太極拳はどう戦うのか」が見える、というのですから、
これはもう、何が何でも取るしかないっっっ!!
・・・っと、ヒロタカは心に誓うのでありました。
 
5. Posted by 春日敬之   2011年07月01日 01:11
☆まっつさん

>その位置では身体が危険を覚える・・・

そのとおりですね。
つまり、反対から見れば、そのような位置が得られ、
そこで寛いで放鬆できるような人に立ち向かえば、
凡庸な身体では、相対しただけで危険を覚える、ということになります。

>そもそも心身の緊張自体、どのような因果で生じるのでしょうか?

・・あれ?、それって放鬆のセミナーで、散々師父が説明していたような・・?
自分の記憶には、それが残っているような気が────────────

もしご存じなくとも、小説中にも、きっとそんなハナシが出てくるに違いありません。
・・・乞う御期待!!
 
6. Posted by 春日敬之   2011年07月01日 01:21
☆とび猿さん

>師父と同じ恰好を取ろうとしても、全くちがって見えます

はい、そのとおりですね。
まあ、悩みは誰しも同じですなぁ・・・

しかし、

同じ人類、同じ人間である以上は、同じ構造なのだから、同じ架式が出来る。
私も、君たちも、骨の数も、関節の可動範囲も、関節を動かすための筋肉も、
人間であれば、誰もがみんな同じなのだから、誰でもそれを修得できる────────────

・・と、師父の言われるコトを信じるしかありませんね。

ますますややこしい構造になってくる「龍の道」を見放さずに、
どうかご期待くださいませ(笑)
 

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