2010年12月15日

連載小説「龍の道」 第59回




 第59回 綁 架(bang-jia)(10)


「しまった──────────!!」

 ・・・悔やんだが、もう遅い。
 このタイミングでは、自分を狙う銃弾を避けることができない、と宗少尉は思った。
 チリチリと眉間の辺りがうずき、ピタリとそこに照準を合わされているのが感じられる。

 人間の能力は、どこまで高めていけるものなのか・・・・
 よく訓練を積んだ者なら・・・・フィジカルなものだけでなく、高度にスピリチュアルな訓練まで修めた者であれば、自分が狙われていることを察知できるようになる。
 それが遠くから狙うライフルの銃口であれ、密かに仕掛けられた爆弾であれ、わが身に迫り来る危機を敏感に察することが可能になってくるのである。

 しかし今は、自分にピタリと銃口を向けている相手が徐であったことに少なからず動揺し、咄嗟に回避すべき機を逃してしまった。
 徐が北朝鮮のスパイだったことが明らかになっても、たとえ短い期間でも同じ釜の飯を食べた仲間だという意識が心の中に少なからず残っている。それは宗少尉に限らず、すべての隊員の心に、どうしようもない蟠り(わだかまり)として未解決のまま残っていた。

 そして、そんな蟠りが少しでもあれば身体は思うように動いてくれず、況(まし)てや、波間に佇(たたず)む小さなボートの上に居る自分に照準を合わせられていては、どうにも逃がれようがなかった。


「殺られる──────────」

 撃たれる、と確信したのは、実際にはほんの刹那ほどの時間に過ぎないが、宗少尉にとってはそれが途轍もなく永い時間に感じられた。五官が閉ざされ、外界と隔絶された、音さえも聞こえない非日常の刻(とき)の中では、鍛えあげたはずの身体もまったく動いてはくれない。

 そして、つぎの瞬間・・・・・・

「ダダァ────────ン!!」

 その静寂(しじま)を破って、銃声が高く海に響いた。

 しかしそれは、わずかにずれて重なったような銃声であり、実際に撃たれたのは観念した宗少尉ではなく、少尉を狙っていた徐の方であった。
 徐は、弾かれたように翻筋斗(もんどり)を打ちながら、あらぬ中空に弾丸を撃ち放ち、ドォ、とその場に倒れた。

「宗少尉、無事でしたか・・・!?」

 銃声を聞いて、宗少尉の乗ったボートが慌てて急旋回して走り始めた途端に、無線の声がヘッドセットから聞こえてきた。

「強────────?!」

「よかった・・・中らなかったようですね。奴が撃ったのとほとんど同時でしたが、私の方が少しばかり早かったようです」

 三班のボートに乗っていた強が、甲板に立った徐が宗少尉に狙いをつけているのを見つけて急いでライフルを撃ち放ち、徐が撃つよりも早く、その太腿に命中したのだ。

「ふう、もう駄目かと思った・・流石は、陳中尉と争うほどのウデね!」

「いや、運が良かったんです。このタイミングで、波に揺れる小さなボートの上から撃って中るなんて、ほとんど奇跡みたいなもんですからね」

「じゃ、これからは奇跡を信じることにするわ!」

「安心するのはまだ早いですよ、デッキに他の奴らが・・・!!」

「ダン、ダン、ダン、ダンッッッ──────────」

 そう言いつつ、もう強はライフルを撃っている。

「二班の若造っ!!、ボケッとしないで撃てぇーっ!、お前の銃は飾り物か!!」

「イ、イエッサー!・・・ズダダッ、ダダンッ、ダダダッッッッ・・・・・!!」

 2艘のゴムボートはスピードを上げ、HONG YANG の周りを走り回りながら、甲板で銃を構えている敵に向けて連射する。

「宗少尉、大丈夫か──────────!!」

 見上げると、いつの間にか、すぐ頭上に陳中尉のヘリが来ている。

「はい、無事です・・・危ないところを、強が救ってくれました」

「強、よくやったぞ。上から確認したが、お前に足を撃ち抜かれるなら徐も本望だろう」

「中尉、あいつの正体を見抜けなかったのは俺の責任です。奴のことは、俺が始末をつけてやりたいです。あいつと縁が切れるまでは、まだ俺の弟分ですから・・・」

「ふむ・・・だが、奴からは聞かせてもらいたいことが山ほどある。たとえそんな機会があっても私情を挟まず、必ず徐を生かして捕らえるんだ!」

「分かりました・・・・・」

「よし、二班は再度、ホンヤンのスクリュー破壊に向かえ、三班は二班を援護しながら甲板と操舵室へ催涙弾を撃ち込んで乗員を燻(いぶ)し出すのだ!!」

「了解・・・しかし、船内に捕らわれているヒロタカに影響がないでしょうか?」

 宗少尉が心配そうな声で訊く。

「なあに、あのヒロタカのことだ、もう今ごろ動き始めているさ。それに、大きな流れの中で生きる者は、その務めを終えるまでは何があっても生かされているものだよ」

「私も、そう思います──────────」

「ならば、信じることだな・・・」

「イエッサー!!」



 その宏隆は、少し前に、暗い船倉でようやく意識を取り戻していた。

「ううっ・・い、痛ててて────────────くそぉ、後ろから思い切り頭を殴ったな。
 しかし、どうして目が覚めるたんびに、真っ暗闇の中なんだろうか?!」

 タンコブを撫でながらぼやいてみるが、その真っ暗な空間はやたらと揺れている。

「ははぁ、ここは船倉だな。連中、よほど忙しかったのか、今回は手錠も掛けられていないぞ。こんな所で黙って大人しくしているとでも思ったのだろうか・・」

 頭上を飛ぶヘリの音や、忙(せわ)しなく周りを回るボートのエンジン音、それに伴った銃声が混じり合って聞こえる。

「陳中尉たちがこの船を追いかけて来ているんだな・・・よし、先ずはどうにかして此処から脱出してやる!」

「ズダダダ、ダダダダッッッ──────────!!」

「うわわっっ・・・・!!」

 起ち上がった瞬間、凄まじい音が船倉を駆け抜け、宏隆は慌てて頭を抱えて転がるように床に伏せた。壁から扉へ袈裟懸けに銃弾の穴が空いて、そこから外の光が漏れている。

「やれやれ、またか・・・!!、これじゃぁ、大武號が襲撃された時とちっとも変わらないじゃないか。しかも、今度は味方の銃弾の雨ときている!!」

 しかし、よく見れば、これはどうも古いである漁船らしく、船倉の壁や扉が大きく破損して穴が空いている。

「けど、そのおかげで、何とかこのボロ船の扉を蹴破れそうだ──────────」

 扉に空いた穴に顔を付けて外の様子を覗いてみるが、誰も居ない。誰もが追っ手から逃れるために忙しく働いていて、船倉に閉じ込めた宏隆などには構っていられないらしい。

「よし、行くぞ・・・」

 宏隆は、あまり音を立てないように、そっと扉を蹴り始めた。



 宗少尉が乗る二班のボートは、ホンヤンを停船させるためにスクリューを破壊しようとしていたが、敵もそうさせてはならじと、思うようには近寄らせてくれない。
 強力なエンジンに乗せ替え、機関を改造してある HONG YANG は、宗少尉たちのボートと対等のスピードで、波を蹴立てて走っている。

「三班っ、廻れーっ!、もっと素早く廻れっ、上から狙い撃ちにされるぞ!!」

「そんなコト言ったって、こっちは船外機がひとつなんッスよ、これじゃまるで釣り船みたいなもんだ・・・・」

「ぶつくさ文句を云うなっ!、ひとつだって、無いよりマシだろうが!!」

「そ、そんなぁ・・・・・」

「ズダダッ、ダダッ、ダダダダダッッッッ・・・!!」

「哎呀(アイヤー)っ!・・・やばいっ、やばいぞっ────────!!」

「三班っ、ポート(左舷)だ、もっとポートへ回せっ・・・!!」

「ズドオォォ──────────ンッッッ!!」

「ロケット弾だ、気をつけろ!・・こっちも撃ち返せっ!!」

 こんな時は当然、海面から少しでも高さのある方が有利になる。見下ろしながら攻撃をするのと、見上げながら撃つのとでは、まったく分(ぶ)が違ってくるのだ。

「くそぉ・・ありゃぁ、GP25(ロシア製のロケット砲)だな。中国製の粗悪コピー品よりもずっと性能が良い、ときてやがる・・・」

「GP25だと、どんな馬鹿が撃っても、よく中るんだそうだ・・・」

「けど、その馬鹿に当てられるようじゃ、もっと馬鹿・・・武漢班の名折れだぞ!!」

「そういうこと・・・」

「よっしゃ、こっちも反撃するぞ、そらっ──────────!!」

「ボムッッ──────────ッッッ!!」

「ズダダッ・・・ダダダダダッッッッ!!」



 その頃────────────

 基隆の海軍基地から、哨戒艇に乗り込んで卯澳に向かっていた玄洋會戦闘部隊の第一班、黄とその部下たちに、基地の通信部から情報が入った。

「黄准尉(じゅんい=少尉の下の階級)、CDO電展室(台湾国防部電訊発展室)から連絡です。たった今 HONG YANG 415 より、北朝鮮方面に発信された無線を傍受したとのこと。通信内容は朝鮮語の暗号で、”白頭山ノ風雪愈々厳シ、鴨緑江ノ水温ム春待チ遠シ”。
 およその内容は、 ”脱出中ニ発見サル、至急援護ヲ求ム” という意味だと思われます」

「ふん、相変わらず子供だましの陳腐な暗号だな・・・・で、位置は?」

「25°06'03.95" N、122°01'50.17" E 、卯澳漁港沖、約12kmのポイントです」

「目的ポイントまでの距離と所用時間は?」

「約7海里(13km)、全速航行なら15分足らずで到着します」

「敵さんも、もたもたしていると海巡(海岸巡防署=日本の海上保安庁に相当する)や海軍まで出動してくると思って、カッ飛んで北朝鮮に向かうだろうな。しかし、所詮は同じ海路の上りと下りだ、吾々と出合うのは必然で、互いに速度を上げればそれが早まる・・・」

「はい、敵船は先ず東シナ海を上海沖に向けて進路を取らなくてはなりませんから、奴らが逃げに入って速度を上げれば、おそらく10分も経たないうちにこの艇と鉢合わせになるはずです」

「よし、ヘリの陳中尉に連絡しろ!、宗少尉たちと挟み打ちにするんだ!!」

「アイアイサー!!」



 その宗少尉たちは、敵船の反撃に、依然として苦戦を強いられていた・・・・

「・・・宗少尉、聞こえるか?」

「はい、よく聞こえます」

「そっちは、なかなか苦戦しているようだな・・・」

「思うように近寄れません。何しろ、あのスピードで走り回りながら、ありったけの武器を使って対抗してくるので・・」

「こっちはヘリの燃料が心細くなってきた。敵はだんだん北に向かっているが、これ以上長引かせられると帰投が難しくなる」

「では、どうしますか──────────」

「敵が逃げに入る前に、2艘のボートとヘリから、三方同時に催涙弾と煙幕弾を見舞って混乱させ、その隙に、私が単独で敵船へ降下して侵入する・・・」

「えっ・・・それは、あまりにも危険です!!」

「いや、初めからそのつもりで居たのだ。敵船の機関を停止しても、人質のヒロタカを盾に取っての、新たな要求が始まるだろう。侵入して一気に叩く以外にヒロタカを救出する手立ては無い・・・」

「了解しました、全力を挙げて吾々が援護します!」

「よしっ、まず敵船を左右から挟んで、敵の勢力を二分するんだ!」

「イエッサー!!」

 2艘のボートは互いにすれ違いながら反対方向へ散らばり、 HONG YANG の左舷と右舷に廻っていく。

「そうだ、いいぞ、敵が戸惑っているうちに、催涙弾と煙幕を撃てっ!!」

「ガッテンっ!、そらっ・・・・ボムッ、ボムッッッ──────────!!」

「よっしゃぁ、アタリぃ・・・見事に窓に命中したぞ!」

 催涙弾が操舵室の窓を破って撃ち込まれ、たまらずに中から乗員たちが出てくるが、デッキにも濛々と煙幕弾の煙が立ち篭め、慌てふためいて右往左往している。

「今だっ!・・ヘリを HONG YANG の最後尾に付けろ!!」

「イエッサー!!」

「降下準備よし・・・・・行くぞっ!!」

 あっという間に、陳中尉はヘリから身を乗り出して、身軽にロープを伝って降下して行くが、風に煽られて大きく揺れているその下には甲板が無い。

「操縦士、もっと左だ!・・・あと3メートル左に寄せろっ!!」

 三班のボートから、伏曹長がヘリを誘導する。

「そうだ、いいぞっ───────陳中尉、今っ!!」

「よし、侵入成功。これより掃討を開始する・・・」

 ガスマスクを着けた陳中尉が、甲板に低く腹這いになったまま様子を伺う。
 敵が催涙弾の煙を逃れようと、風上の船尾に向かってくるが────────────

「タン、タン、タンッッ・・・・・・」

 連射ではない。単発で撃って、瞬く間に二人を倒してしまう。
 だが、敵の中にも、素早くガスマスクを着けた者が居て、目敏(めざと)く陳中尉を見つけて、黒煙の中から発砲してくる。
 陳中尉は巧みにそれを回避しながら、反撃をする。


「ヘリの操縦士っ、降下したロープを回収せず、そのままこっちに回せっ!!」

 ──────────宗少尉が、ヘリに向かって怒鳴る。

「了解。しかし、そろそろ燃料の限界です。チャンスは1~2回と思ってください」

「OK、1回あれば充分よ!」

「そ、宗少尉・・・まさか、あのロープにぶら下がって敵船に侵入すると・・・?」

 二班の若い操舵手が、不安そうに訊ねる。

「その ”まさか” よ・・・いくら陳中尉でも、独りじゃ手が足りないでしょうからね!」

「分かりました、自分は精いっぱい援護します──────────」

「謝謝(シェシェ)、Good Boy!(良い子ね!)」

 笑顔でそう言うと、ガスマスクを装着し、肩にライフルを担いだ。

 すぐに、ヘリが宗少尉のボートに近づいてくる。
 二班の操舵手がロープの先端にピタリと速度と進行方向を合わせた瞬間、間髪を入れずに宗少尉がロープを掴んで宙に舞う。

「よしっ、いいぞっ────────────!!」

「・・・操縦士、なるべく煙のあるところに少尉を降ろせ!」

「了解。バウ(船首)の左舷側に向かいます」

「───────操縦士、もう此処らでいいわ、降りるわよ!!」

「でも、まだ高さが5メートル以上は有りますよ・・・」

「はん、こんなの、へっちゃらよ!────────────」

 言った途端、ロープから手を放して軽やかに飛び降り、揺れる甲板に転がり、即座に銃を取って構える。

「おおっ、お見事っ!!」

「伏曹長、感心してないでフォローしなさいっ・・・!」

「イエッサー、今のところ、周囲に敵の影は見当たりません」

「よしっ・・・・陳中尉、ただいま乗船完了しました!」

「まったく、どうしようもないお転婆娘だなぁ・・・・」

「でも、来るな、という命令はもらっていません」

「ふぅ、どうも少尉には敵わんな・・・まあいい、私はここで甲板の戦闘員を片付ける。敵が私に注意を引きつけられている間に、そっちはヒロタカを探し出せ・・・・」

「了解っ────────────!」


「うぅ・・ゴ、ゴホ、ゴホ・・・て、敵だっ!、玄洋會の部隊が侵入してきたぞ!!」

 船室へのハッチ(扉)の陰で待っていた宗少尉の前に、煙に燻(いぶ)し出された乗組員がたまらずに出てくる。

「あーら、その敵ならココに居るわよっ・・!」

「えっ?・・・うわわわあぁぁぁ────────────!!」

「ドボォ───────ンッッ・・・」

 男は、声に振り向いた途端に強かに少尉に蹴り飛ばされ、勢いよく海に落ちてゆく。

「あの人、泳げるんでしょうね・・・」

 見向きもせず、そのハッチから中に入っていくが、

「はっ───────!!」

「ズダダッ、ダダダッッッッ・・・!!」

 途端に浴びせられた銃弾の雨を、ほんの少し前に避ける。

 そして────────────

「ワン、トゥー・・・ダンッ、ダン、ダンッッッ────────────」

「ふぅ・・・・」

 何処でこれほどの技術を身に付けたのか、敵が次に出てくる瞬間を狙ってタイミングを計り、わずかに早く、宗少尉が先に撃って相手を屠り、深く息を吐く・・・

 敵が現れるのを、宗少尉はその少し前から予想している。
 いや、予想ではなく、それはもう予知と言っても良い。訓練によって引き出されたそのような能力は、数々の実戦を経ることで、さらに研ぎ澄まされたものになっていた。

「さて、ヒロタカは何処に────────────?」

 外のデッキでは、陳中尉と撃ち合う銃声が聞こえている。
 時おり2艘のゴムボートからの援護射撃も聞こえて、デッキに居る敵はかなり混乱していることが分かる。
 
 催涙ガスの煙は少しずつ晴れてきているが、視界はかなり悪く、まだマスクを外すわけにはいかない。
 注意深く、腰を低くして一歩ずつ歩みを進めながら、部屋の外壁にピタリと背中を付け、次いで銃を向けながら一気に部屋の中に踏み込み、瞬時に全ての方位を確認する・・・・

 漁船の船室は、そう多くはない。一部屋ずつ宏隆の閉じ込められている場所を確認して回るのは、そんなに骨の折れることではなかった。
 しかし、もうあと少しですべての部屋を確認し終える、という時になって、

「動くな────────────」

「うっ・・・!」

 不意に、低く静かな声が背中で聞こえ、宗少尉はピタリと立ち止まった。
 まったく気配を感じさせない相手である。

「その声は、徐────────────」

「そのとおり。宗少尉が乗船して来られるとは、思いも寄りませんでしたが・・」

「徐っ、悪いことは言わない、あきらめて投降しなさい!!」

「そうはいきません、私の任務ですからね。まず、武器を捨ててもらいましょうか。そうしなければ、立場上、私は後ろから貴女を撃つしかない・・・・」

「分かった────────────」

 ゴトリと、ライフルを床に放って、腰の拳銃を前方に投げ、両手を挙げる。

「こんな漁船一艘で、北朝鮮まで無事に戻れると思っているのか?、投降して縛に就けば、今ならまだ、人生のやり直しも利く・・・・・」

「いや、もう遅い。何としても本国へヒロタカさんを連れて戻らなくてはならない」

「考え直しなさい・・・北朝鮮の情報と交換に、お前の安全を保証してあげる!」

「それは無理というものです。生まれ育った国家を裏切ることは出来ない・・・もし宗少尉が私の立場だったら、きっとそう言うでしょう?」

「犯罪国家の先棒を担ぐのを止め、それを裏切って何が悪いというの?!」

「どんな国家であれ、私のような者をここまで大切に育ててくれたのです。それに、この仕事に就いているからこそ、大切な家族を養ってやれるのです。もしここで投降したら、私の家族は全員、見せしめとして処刑されてしまうでしょう・・・・」

「むぅ・・・・・」

「分かって頂けましたか・・・では、来た途(みち)を戻って、外へ出ましょうか」

 銃口で背中をグイと押され、仕方なく出口に向かって歩く。

 徐は、撃たれた足を庇うように、少し跛(びっこ)を引いて歩いている。
 上手くそのリズムを捉えれば、何とか徐から銃を奪える可能性も無いではない・・・・しかし、宏隆の身の安全を確認しないうちは、迂闊には行動できなかった。

「ヒロタカは・・・ヒロタカは無事なんでしょうね!?」

「ははは・・あれは飛んでもない少年ですね。さんざん手を灼かせて、ようやく捕まえたと思ったら、閉じ込めた船倉はいつの間にか蛻(もぬけ)の殻で・・・・何処へ行ったのか、こっちが訊きたいくらいですが、船の外は全部東シナ海、どこにも逃げられやしません」


 外に出ると、ようやく煙幕弾や催涙弾の煙も晴れてきている。
 宗少尉も、徐も、黙ってガスマスクを外した。

 やはり、誰も陳中尉の敵ではなかったのか、甲板にはもう、ただ一人しか残っていない。
 その徐の腹心の部下が独り、陳中尉に対して最後まで向かい合っていた。 

「陳中尉!、宗少尉を拘束したぞ・・・取引をしたい、顔を出して貰おう!!」

「おお、徐かっ!────────────何が望みだ?!」

「その前に、まずは武器を捨ててもらいましょうか!!」

「仕方がない・・・・」

 陳中尉がライフルと拳銃を放り出すと、徐の部下がすぐにそれを取り上げに来た。

「・・さあ、これで、どうするというのだ?」

「このまま、北朝鮮の海域まで無事に逃がしてくれたら、宗少尉を開放しよう」

「そうはいかない、お前はすでに手配を受けているスパイ、敵国から密命を帯びて潜入した重要な犯人なのだ。この国の海域から無事に出て行けるわけがない!」

「もし聞き入れられなければ、この船を自爆させて、宗少尉とヒロタカさんの命を共に奪うことになるが、それでも良いか・・・?」

「ヒロタカは・・ヒロタカはどこに居る!?、無事であることを確認できないうちは、要求に応じるも何もなかろう!!」

「中尉、ヒロタカは自分で脱出したまま、どこに居るか不明です!!」

 銃を背中に突きつけられたまま、宗少尉が叫んだ。

「なにっ・・・・?」

「自爆すれば、船内の何処かに居るヒロタカさんもお終いだ。それでも良いのか?!」

「むむ・・・・・・」


 その時 ──────────────

「ダァ──────ン!」

 遠く、海上のボートから、一発の銃声が響いた。
 ただ一人残った徐の部下の肩口に銃弾が撃ち込まれ、男は弾かれて海に落ちて行った。
 双眼鏡で窮地を確認した伏曹長が、その男を撃ったのである。

 その瞬間、

「何いっ・・・・!?」

「ハァ────ッッッ!!」

 徐がそれに気を奪われたのと同時に、その機を逃さず、宗少尉がクルリと向きを変えながら徐の足を掃腿の技で蹴り払い、徐は見事に甲板に転がされたが・・・・・

「バァンッ───────!!」

「うぐっ・・・・・!!」

 倒されながら撃った銃弾が宗少尉の上腕に中り、どぉ、とその場に崩れ落ちた。

「あっ───────────!!」

「陳中尉、そこを動くな!・・・動けば、今度こそ宗少尉の命をもらうことになる」

 咄嗟に動こうとしたが、徐の銃口が向けられる方が早い。

「くっ・・・・・・」

「中尉ほどではないにせよ、私も銃のウデは良い方だ。下手な動きはしない方がいい。この船から充分に離れて、航路を妨害せぬよう、部下に無線で伝えてもらいましょうか」

「くそっ・・・」


 しかし、徐がそう言い終えると同時に、

「動くな────────────」

 スーッと、徐の後方に、拳銃を構えた宏隆が姿を現した。

「・・徐さん、銃を捨ててください!」

「おや、どこに紛れ込んでいたのか、ようやく出てきましたね」

 振り向いて、しげしげと宏隆の顔を見て言う。

「銃を捨てるんだ・・・・」

「ははは、ホテルの部屋以来の科白ですね。しかし、間違ってもヒロタカさんは私を撃てっこない」

「僕もあなたを撃ちたくない・・・お願いですから、その銃を捨ててください」

「ヒロタカ、気をつけろ!!」

「危ない!・・・徐はあなたを撃つ気よ!!」

 陳中尉と宗少尉が同時に叫んだ。

「銃を捨てて下さい・・・・」

「いや、私は捨てることが出来ない・・この銃も、私が背負う運命も ────────────」

 そう言い放つと、徐はカッと目を見開いて、いきなり宏隆に銃口を向けた。

「ダァ────────────ンッッ!!」

「ヒロタカ・・さん・・・・・・」

 そうつぶやきながら、徐はゆっくりと甲板に倒れていった。

「徐さん・・!!」

 駆け寄ると、徐は後ろから胸を撃ち抜かれていた。

「いったい誰が・・・・?」

 見れば、陳中尉の後ろで、撃ったばかりのライフルを構えている強が居た。
 強は、ボートから目立たぬように独り泳いで、密かに船尾から乗り込んできたのである。

「強・・・いつの間に・・・・!!」

 驚いて振り返る陳中尉に、

「済みません・・命令を無視して、勝手にここに来てしまいました」

「ともかく、手当てを────────────」

 横たわった徐の傍へ、共に駆け寄って来て具合を看る。

「徐っ、しっかりしろ!、間もなく哨戒艇が到着する、そうすれば手当てが出来る!」

「いや、もう遅い・・これじゃぁどうせ助かりません・・・それに、たった今・・・・この・・スイッチを押したので・・・この船は・・・あと2分足らずで自爆します」

 震える手で、腰に着けたトランシーバーのようなアンテナが付いた装置を指さして、やっとの思いで徐が言う。

「じ、徐っ・・・!! お前がスパイだなんて・・・ 俺は・・・・」

「強さん・・・すみませんでした・・・ ヒロタカさんも・・・・
 強くなってください・・・ 私みたいになっては、駄目ですよ・・・・」

「いかんっ・・強!、ヒロタカ!、もう時間がない、宗少尉を担いで海に飛び込めっ!!」

 そう言いながら、陳中尉は操舵室に向かって走って行く。

「陳中尉、どこへ─────────?!」

「この船を全速で走らせておいて飛び降りる!、早く行けっ・・・!!」

 宏隆たちが海に飛び込んだのとほとんど同時に、HONG YANG はフル回転で北に向かって走り始め、その後すぐに陳中尉が船尾から飛び込むのが見えた。


「ドドオオォォ──────────ンッッッ・・・・・・・!!」


 やがて間もなく、大きな爆発音と共に火柱が空高く起ち上り、辺り一面にバラバラと船の破片が降ってきた。

 波間を漂いながら、濛々と、黒煙を上げて沈んで行く船を眺めていると、涙がぼろぼろと溢れてならなかった。
 ようやく敵の手から解放されたというのに、宏隆には何の喜びも安堵も感じられない。何故かは分からないが、ただ無性に悲しく、宏隆は唇を噛み締めながら、ひたすら泣いた。

 真夏の海はどこまでも蒼く、暖かな陽光が波間に降り注いで煌めいているが、宏隆にとっては生まれて初めて、この海が無性に冷たく、哀しく感じられた。



                                  (了)

taka_kasuga at 21:14コメント(10)連載小説:龍の道 | *第51回 〜 第60回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2010年12月17日 06:44
全く予想は出来ませんでしたが、今回は除が主人公のように感じられました・・・
北の無情で冷徹な体制に組込まれていても、
シニカルで、偽悪的で、どこか悪に徹しきれない男の最期には、
哀しさと美しさがあって、この世界の無常な側面が垣間見られるようでした。
ひょっとすると違う出逢い方をしていれば、宏隆君達とも友達になれたのかもしれません。
儚いラストシーンでしたが、小生は好きだと思いました。

さて、本年の「龍の道」も今回で締めですか・・・
毎回毎回、実に楽しませて頂きました。ありがとうございました。
そして、どーなるんだ、来年の「龍の道」!
大いに期待して待たせて頂きます!
 
2. Posted by マルコビッチ   2010年12月17日 18:20
へへ~ん、ざまあみそづけ!!! と、思い切り叫べず、
非常にせつないです・・・
徐の最後の言葉は、決して口に出して言えなかった真実の思いなのでしょうね。
生まれ育った国、環境、逃れられない宿命・・・
本当は、強さんや陳中尉、そして宏隆君とともに”強い男”になりたかったのだと思います。
宿命に背をむけて、全てを捨て、死をも覚悟で真実と正義に生きようとする強い男に・・・

しかし何ですな、予想を遙かに超えたこの展開、
細かい描写で、活字なのにまるで映像のように入ってきましたよ!
春日さんって戦闘の経験あるんじゃないですか?(笑)

春日さん、今年一年ありがとうございました。
また来年も、龍の道を楽しみにしています。
暖かなオーストラリアで、良いお年をお迎え下さい!!
 
3. Posted by 円山玄花   2010年12月18日 02:50
読み終えてからも、長く余韻の残るラストシーンでした。
やはり「龍の道」には、人間の人間臭さが美しい幾何学模様となって迫ってくるような、
読む人が自己観照と自省をせずには居られないような感覚を受けます。

個人的には、宗少尉ほどの実力の持ち主が、心に残る「わだかまり」のために、
身体はまったく思うように動かず、たとえ一瞬でも生命が危ぶまれたという場面。
そこがとても印象的でした。

「わだかまり」という点ではお互い様であり、相手にしてみても”同じ釜の飯”を食べた者同士
です。萬国幇の配下相手には一瞬のためらいもなく「敵」として殺したにも拘わらず、最後の最後まで宏隆君を傷つけようとはしなかった辺りにも、徐の内に潜む「わだかまり」が感じられます。また、宗少尉の眉間に照準を合わせる非情さを持ちながらも、自分は太腿を打ち抜かれてしまう。こうなると、「勝負」というものは一体何で決まるのかと考えざるを得ません。

時の運や実力云々ではなく、生き残ってきた者だけが実感することのできる領域、
勝負や試合などと軽々しくは言えない世界を、見せられたような気がします。
 
4. Posted by bamboo   2010年12月19日 00:27
何度もコメントしようとするのですが、その度に手が止まってしまい数日が過ぎてました・・。

敵対しているとはいえ相手も人間・・。まして気の通った者同士なら・・
何かを貫こうとすることで、どうしても通らなくてはいけないものがあるんですよね。それが命をかけたものなら尚更。

元海軍将校だった患者さんによると「やらなきゃやられるし、第一ブン殴られるからそれどころじゃなかった」「やっつけてやるんだという感じで、もう夢中だった」とのことでした・・
「とてもやれませんわ;」そう言うと「そりゃそんときにならんとわかりませんて(笑)」 ・・なんだか意味深げな笑い方でした。
それはともかく、何の為の武藝か、なぜ武藝を学ぶのか。それで自分はどうするのか。やはり考えさせられます。
 
5. Posted by 春日敬之   2010年12月20日 23:01
☆まっつさん

>今回は徐が主人公のように感じられました・・・

「主人公、お前は今、ハッキリ目を覚ましてオルか!」
「はい、しっかり目が覚めております」
「主人公、いまお前がそのように考えたのは、ナニゆえのコトか分かってオルか!」
「はい、よく存じております・・・・」

>今回で締めですか・・・

本年の「龍の道」は、今回で ”結び” とさせて頂きます。
ご愛読をありがとうございました。
 
6. Posted by 春日敬之   2010年12月20日 23:06
☆マルコビッチさん

>春日さんって戦闘の経験あるんじゃないですか?

あは・・・ははは・・・・・(汗)

>暖かなオーストラリアで、良い新年を・・

残念ながら、僕は寒風吹きすさぶ日本で正月を過ごします。
人生楽ありゃ、苦もあるさ~♪、ひクっ・・・
本年も、ご愛読をありがとうございました。
 
7. Posted by 春日敬之   2010年12月20日 23:23
☆玄花さん

>勝負や試合などと軽々しくは言えない世界

それを軽々しく言えてしまうのが、戦後の平和の中で起こった「格闘技ブーム」によって定着してしまった「武」の世界のイメージでしょうか。

たとえ武術を知らなくとも、人生の厳しさの中で生き残ってきた人には、簡単には相手にやられてしまわない軸が存在していますが、格闘競技の打ち合いだけをやってきた人たちは「武術」への考え方や向かい方が薄っぺらで、面と胴とグローブを着けただけで、後頭部や背中、喉や脇の下がガラ空きになって、彼らが何を「武術」だと思ってきたのかを観ることができます。正に平和のお題目を唱えつつ、軍隊や核ミサイルさえ持たなければ誰も攻撃してこない筈、などという幻想が価値観となり得た戦後世代の典型と言えますね。
スポーツはルールがあるから成り立つのであって、ルール無用の戦争やケンカで此方がルールを持っているつもりでも何の意味もない。たとえルールがある試合や稽古でも、相手に反則を貰うようでは武術とは言えません。そんな甘いことを武術だと思っている方がおかしいのだと思います。

防具を着けたからそれ以外に当てるのは反則だ、というのは競技の世界の話・・・いや、昨今はスポーツでも、先のアジア大会女子柔道の北朝鮮選手のように、故意に目突きや肘打ちをするような輩も居ます。先生だ指導員だと言っても、初心者の金蹴りを貰って「それは反則だ!」と言うようではとても武術とは言えないと円山館長も言われていますが、「鬼の木村」と呼ばれた木村政彦は投げ技を掛ける際に襟を掴んだ拳をそのまま相手の顔面にヒットさせることを常としていたそうです。スポーツとしては反則でも、そのような心掛けをしている人は自分もそうされることを前提にしているので、それでこそ武術に成り得るのだと、つくづく感心する次第です。

本年もご愛読下さり、誠にありがとうございました。
 
8. Posted by 春日敬之   2010年12月20日 23:31
☆ bamboo さん

>元海軍将校だった患者さんによると・・・

私も、ある処で似たようなことを訊ね、似たようなことを答えられたことがあります。
もっとも、私は「とてもやれませんわ」とは言いませんでしたが、相手の将校(少佐)は、
「いざとなれば誰もが自然に戦うものです。そうするしか貴男が帰ってくる方法はありません」
と答えました。

>何の為の武藝か、何故武藝を学ぶのか、それで自分はどうするのか。

それはとても大きな問題ですが、
私たち門人はみんな、玄門太極武藝館でそれを見つけつつあると思います。

本年も、ご愛読をいただき、ありがとうございました。
 
9. Posted by 太郎冠者   2010年12月23日 23:02
すみません、コメントが遅くなりました。
今回の話を読んで、ずっと考えさせられました。
・・・というか、頭の片隅から離れなかったのです。

個人の技量や状況、行動や作戦・・・そういったものを超えた何かが働いているように
感じられて、仕方がありませんでした。

何度も読み返して、
>・・・大きな流れの中で生きる者は、その務めを終えるまでは何があっても生かされて
いるものだよ」

つまりはそういうことなのか・・・と納得するような、何かだと感じました。
上手くいえないのですけど。
 
10. Posted by 春日敬之   2010年12月31日 14:05
☆太郎冠者さん

うおっっとおオオオオ・・・!!
コメントを頂いていたのですね。ウツカリ見落としてしまっておりましたです。
大変失礼いたしました。(汗)

>個人の技量や状況、行動や作戦・・そういったものを超えた何かが働いているように・・・

人間がアタマで色々考えて出来ることなんぞ多寡が知れていると、ぼくは思います。
ヒトは考えるアシじゃなくて、ハートだと、魂だと、ソウルだと、スピリッツだと。
ヒトは「生かされている」のであって、テメェで「生きている」のでは無いのだと。
・・あ、ちょいとお下品な言葉になりましたが、自分は自分のチカラで生きているンだと
本気で思えるような人は、随分ちっぽけなトコロで生きているんだろうなぁと思います。

「黙々与天語、黙々与天行」
黙々として天と与(とも)に語り、黙々として天と与(とも)に行く───────
・・という言葉が好きです。

自分というちっぽけな存在が、どれほど背伸びして頑張ってみても、多寡が知れている。
反対に、黙々と天と共に歩めるような覚悟や達観があれば、人生途上に何が起こってこようと、
それを十全に受け容れて、黙々と勉強しながら歩んで行けるような気がします。
その「天と与に歩める」ことこそ、「大きな流れの中で生きる」と言えるのではないかと、
私は思っています。

本年も「龍の道」をご愛読いただき、本当にありがとうございました。
 

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

Categories
  • ライブドアブログ