2010年07月15日

連載小説「龍の道」 第49回




 第49回 訓 練(8)


 明珠さんの手作りの朝食は、見た目にもとても美味しそうで、元気が出る。
 料理そのものだけではなく、よく見ればそれは、食卓に飾られた生花や選ばれたテーブルクロス、様々な国のエキゾチックな食器たちが名脇役として食欲に働きかけ、そして何よりも明珠さんのお人柄がそれらを彩っていることが分かる。

 明珠さんは朝食によくお粥をつくる。一般的な中国粥よりも米の分量が多く、豆乳が入った美味しいお粥は身体を芯から温め、目覚めさせてくれる。
 おかずには菜脯蛋(ツァイプータン)という切干大根の入った卵焼きと、甜不辣(ティェンプーラー)という野菜入りの薩摩揚げ、強烈な臭いで有名な臭豆腐(チョウドウフ)を油で揚げたものが添えられ、加えてたっぷりの野菜サラダと、様々な種類の豆が入ったビーンズ・スープが出て、京都の「瓢亭」の朝粥などとはもちろん趣が異なるが、立派な台湾版「明珠亭」の朝粥定食である。
 「甜不辣」は、九州で ”天ぷら” と呼ぶ薩摩揚げが台湾に伝わり、そのままティエンプーラーと呼ばれるようになったという。また「臭豆腐」は猛烈に臭いものだと思っていたが、揚げてあればあまり気にならない。フランスの何とかいうチーズや果実のドリアンの方がよっぽど猛烈な臭いだったと思える。
 暑い夏でも温かい料理を食べるのは大切なことで、朝は最もしっかりと食事を摂らなければいけない、だからたくさん食べなさいと明珠さんが言ってくれる。
 食後にはパパイヤと牛乳を混ぜた飲み物が出された。南部の高尾にある「高尾牛乳大王」がその元祖だと云うが、日本の銭湯などで見られる「フルーツ牛乳」のルーツは、以外とこんな所にあるのかも知れない、と思った。


 食事が終わって一息つくと、いつものように地下の訓練場に向かう。
 先ほどの起き抜けのトレーニングもそうであるが、宏隆は朝の訓練を好んだ。

 朝は、昨日までの悩みや滞りが眠っている間にすっかり四散解消して、身も心もクリアーに、清新になっているような気がする。
 常に新しく、生まれ変わったように物事に接しなければ物事はトータルに自分に入ってこない、とK先生に言われて以来、宏隆は毎日朝を迎える度に、自分が真新しく生まれ変わったことが感じられるよう努めていた。
 新しい夜明け、新しい朝・・・そして未だ何ものにも染まらぬ真新しい自分を感じようとすることで、世の中の営みや物事の成り立ちが若い宏隆の魂に常に新鮮に映り、先入観無くそれらに触れられるようになってきたのである。

 この射撃場に立つのも、今日で四日目になる・・・・もうすっかり宏隆の手に馴染んだ ”ベレッタM92” は、彼の手にはやや大き目のグリップも、あまり気にならない。

 銃のフィールド・ストリッピングも陳中尉から教わった。銃を分解して部品を綺麗にし、また元通りに組み立てる訓練である。分解と組み立ては、定期的な整備は無論のこと、弾丸がジャミング(詰まる)した時や、土砂や海水にまみれた時には絶対に必要となる。戦場ではメンテナンスに出す所もない。身を守る武器は自分で整備するしかないのだ。
 この数日間、部屋に銃を持ち込んで繰り返したお陰で、もう宏隆は目をつぶっていてもそれを素早く正確に出来るようになっていた。
 宏隆は、銃がこれほど容易に分解できることに先ず驚いたが、自分で分解してみて初めて、片手で持てる小さな拳銃が、実はこのような優れたメカニズムで構成されていることにとても驚かされた。
 そしてメカニズムを正しく知るにつれて、射撃の内容までが全く違ってきた。
 銃がどのように動きたがっているか、どのように弾丸をチェンバーに送り、どのように発射させようとしているのか。スライド・アクションのクセはどうか、バレル(銃身)の6条右回りのライフリング(旋状腔)を、弾丸がどのように通過していくのか・・・
 宏隆はもう、そんな銃の息遣いさえ感じ始めていた。

 まだ朝の8時だが、もう訓練場には次々に玄洋會の戦闘要員がやってくる。
 射撃訓練の際には、その人間がブースから離れた時以外は、集中を乱さぬよう、また危険を回避するためにも、互いに声を掛け合うことはなかった。

 ふたつのマガジンに弾丸を装填し、そのひとつをグリップに挿し込んでスライドを引き、初弾をチェンバーに送り込む。このような準備の操作は、まるで銃を長年扱い慣れている人間のように、淀みなくスムースに行えるようになった。

 ゴーグルとヘッドセットを装着し、標的の距離を決めて、先ずは一発ずつ、着実に撃つ。
 弓道の名手・阿波研造の話を聞いてからは、宏隆の中で物事への向かい方が変わった。
 それは何も射撃に限ったことではなく、他のトレーニングをしていても、お茶を飲んでいても、食事をしていても、すべて同じことであった。

 マガジンが空になるまで撃ち、標的を手前に戻して成果を見る。
 三日前よりは、より標的の中心に弾丸が集まるようになってきた。中にはギリギリに重なっているものもあるが、まだ陳中尉のようにピタリと重なるものは無い。


「うーん・・やっぱり、まだまだ下手クソだなぁ・・・・」

 撃った標的を手許に引き寄せて眺めながら、そう独り言(ご)ちていると、

「・・あら、そんなコトないわよ!」

 突然後ろから思いがけない人の声がしたので、宏隆は慌てて振り返った。

「あ、宗少尉・・・!!」

「Good Morning, ヒロタカ!・・ご機嫌はいかが?」

 相変わらず、宗少尉は美しい。そして、こんな殺風景な地下の訓練場で見る宗少尉は、何だか神秘的にさえ見えて、ワケもなくドキドキしてしまう。

「・・あ、元気です、そりゃもう、絶好調です・・・随分お久しぶりですね!」

「久しぶりって、今週の火曜に会ったばっかりよ?
 今日は8月12日の土曜日だから、水、木、金、土・・・まだ四日目じゃない?!」

「あ、そうか・・台湾に来てから、時間や曜日の感覚が無くなってしまって・・・」

「そうでしょうね・・台湾に来る船の上から、すでに色々と始まってしまったから・・・
 まあ、とても充実した日々を過ごしている、ってコトかしらね!」

「ホントにそうです、たった十日ほどの間に、三年も経ったような気がしますよ」

「・・それじゃ、まるで ”邯鄲の夢” みたいね!」

「邯鄲の廬生(ろせい)さんと違っているところは、それが栄枯盛衰の夢ではないってコトですね。まるで見習いの仙人が、珍事変事の悪夢にうなされているような・・・・」

「あはは・・・面白いことを言うわね。
 ヒロタカは男らしくて、知的で、ユーモアのセンスもあって・・・とても素適よ!」

 美しい女性から唐突にそんなことを言われると、さすがの宏隆もドギマギする。
 それでなくても、「とても素適よ!」と目を細めて微笑む宗少尉がドキリとするほど魅力的なので余計に困り、危うく、この三日間の射撃の訓練に集中し続けてきた自分を何処かへ忘れてしまいそうになってしまう・・・

「さ・・さあっ・・もういっちょう行くかぁっ・・・!」

 どこかが弛んで甘くなりそうな自分を一気に振り払うように、ワケの分からぬ奇妙な声を張り上げて、急いでベレッタを取り上げた。

「どうしたの?・・・面白い人ね、貴方って・・・・」

 しかし、もう宏隆は宗少尉に振り向きもしない。
 いつもどおり、標的を一番遠いところにセットすると、今度は先ほどのように1発ずつゆっくりと撃たず、3発ずつ、リズムに乗って撃つ。
 すぐに全弾を撃ち尽くし、銃はスライドが引かれた位置で静止する。

「わぁ、すごい!・・・殆どが中央の黒丸とその付近に入っているわね。この距離でそれだけ当たれば大したものよ。訓練を始めてわずか数日でその腕なら、もう天才の部類ね!」

 戻された標的を見て、宗少尉が拍手をしながら言う。

「て、天才だなんて、そんな・・・陳中尉には及びもつきませんし、宗少尉にだって・・・
 やっぱり、上には上があります」

「いいえ、本当に、これだけ中れば見事なものよ!」

 そのとき、ひとりの男がブースに近寄ってきて、宏隆に声をかけた・・・

「ふん、朝からヒヨッコが拳銃でお遊びか・・・ここは夜市の射的じゃないぞ!」

「・・あ、強さん、お早うございます」

 初めてこの訓練場に来た時に宏隆を徹底的に否定した、大の日本人嫌いだという、あの ”強” という男である。

「おやおや、穏やかじゃないわね、ずいぶん酷いことを言うじゃないの、強!」

「宗少尉、お早うございます・・・でも、俺は日本人ってヤツが大嫌いなんですよ」

「それはあなた個人の問題でしょ、ヒロタカは張大人が認める私たちの家族で、王老師の正式な弟子になる重要な人なのよ、クチの利き方には気をつけなさい」

「いや、この前もコイツに言ったのですが、組織のために命がけで働いて実力を見せるまでは、俺はコイツを信用できません」

「ふう・・しょうがないわね、まったく・・・でも、ヒロタカの実力はこの通り、初めての射撃からたった三日間でこの成果が出せるのよ。ほら、このシートを見てごらん!」

 宗少尉が、宏隆が撃った標的のシートをハンガーからもぎ取って、強に見せる。

「ふん、こんなもの・・・素人のまぐれ当たりなんぞ、よくあることですよ!」

「いえ・・・最初は僕もマグレかと思いましたが、修練さえ積めば自分のような者でも徐々に上達に向かうのだと、この三日間で思えるようになりました」

 マグレと言われて、流石に宏隆もムッとしたのか、強い口調でそう言い返した。

「ほう、そんな大口を叩くからには、実力を証明できるんだろうな!」

「僕の実力は、自分以上でも、自分以下でもありません・・・だから、いつでもそれを証明する用意があります」

「へっ、高校生にしては一丁前の口を利きやがる。まあ、みんなにチヤホヤされて良い気になっているんだろうが・・・それじゃ、俺と銃で勝負してみろ!」

「撃ち合って決闘をする、というのですか・・?」

「ば・・馬鹿か、お前は!、いくら何でもお前を殺したらオレも処罰されてしまう。
 この標的を狙って、どっちがよく命中するかで勝負するんだよ!」
 
「そうですか、僕も貴方を撃ったら殺人犯になってしまいますから、その方が良いです」

「ほお・・この俺に、それだけの口をきけるとは、良い度胸だな・・・」

「しょうがないわね、二人とも・・・・
 それじゃ、標的を一番遠いところにセットして、互いに1発ずつ撃ちなさい。
 それで、どちらがより真ん中に近いかで勝負を決めるのよ、良くって・・・?」

「僕はそれでも結構です・・・」

「・・あ、言い忘れたけど、この強は、陳中尉と争うほどの銃のウデよ!」

 宗少尉が、ポツリと付け足すように言う。

「・・・・・・」

「ハハハ、坊主、顔色が悪いぞ!、そのことを聞いていなかったのか?」

「・・・まあ、武術はその時の状況や精神状態がモノを言いますからね。
 勝負は下駄を履くまでは分からないって・・・・」

「ん?、下駄だぁ・・・?」

「日本の慣用語です。多分、将棋や囲碁から来ている言葉で、勝負が終わるまでは何が起こるか分からない、勝敗の行方は最後の最後まで誰にも読めないって意味ですよ」

「なるほどな・・・けど、この場合は結果が初めっから分かってるぜ!」

「それじゃ早いとこ、その結果を出しましょう。失礼して僕から先に撃ちます」

「ふん、ガキのくせに、礼儀だけは弁えてやがる・・・」

 ・・・そう言いながら、強は指で鼻を掻いた。
 こういった場合には、若輩や後輩から先に行うのが当然の礼儀である。構わず自分に暴言を吐く相手に対しても、宏隆は組織の先輩として礼を尽くすことを忘れていなかった。

 ピタリと標的に向かい、馬歩でアソセレスに構えて立身中正を守る。
 宏隆が構えたその姿を見た途端、陳中尉と射撃の実力を争うほどの強も、その実力ゆえに内心の驚きを隠せなかった。

「何て強い軸だ・・・・確かに、コイツはただのガキじゃぁない・・・
 宗少尉をリングで散々手こずらせたというのは、紛れもなくコイツの実力に違いない」

「タ──ン・・・・・」
 
 宏隆は、こんな勝負の時でも、構えてから撃つまでにそれほど時間を取らない。
 傍で見ていると、呆気ないほど気楽に撃ったように思える。

 シートを戻すと、標的を貫いた弾丸は、直径5センチの黒い円の中心から、わずかに2センチほど外して命中していた。

「ほう、運だけは強いようだな・・・・今度は俺の番だ!」

 強は自分の銃を取り上げて、銃弾を装填し始めた。

「スマートな、美しい銃ですね、初めて見ました・・・」

「CZ Model 75・・・チェスカー・ズブロヨフカ、東欧の工業国チェコスロバキアが生んだ名銃よ。第二次大戦後に共産党が政権を取ってから、外貨獲得のために造られた銃ね。
 チェコはWTO(ワルシャワ条約機構)の傘下だから、台湾や日本、アメリカでこれを買うにはベラボウな輸入課税が掛けられるので、本国の2倍以上の値段にもなる高級品よ」

「・・・だけど、それだけの金を注ぎ込むだけの価値はあります」

「それはどうかしらね、手に入りにくい物ほど、人は過大評価をするものよ」

「俺は共産圏の銃でも、ヒトラーが使った銃でも気にしません。性能さえ良ければね・・」

「そのうち北朝鮮あたりが採用しそうな銃だけど・・まあ、そんなに言うんなら、その性能を此処で証明してみるコトね」

「ふん、すぐに証明して見せますよ・・・坊主、よく見てろよ!」

 標的のハンガーに新しいシートを着け直して、宏隆と同じ18メートルの距離に送る。
 強はアソセレス・スタンスには構えていない。足を前後に開いたウィーバー・スタンスに構えて、慎重に狙いをつける。

 しかし、強は内心、少なからず動揺していた・・・・
 敵国だと信じ、敵だと思い続けてきた日本人を心の中で卑下し、見下し続けた長い歳月が、宏隆の実力を正しく見抜けず、つい侮って軽く見てしまっていたことに、ようやく気がついたのである。
 しかし現実には、先に宏隆が撃った1発の銃弾は18メートルの距離をものともせず、標的の真ん中近く、わずか2センチほど逸れたところに見事に命中させている。

 これは、強にとっては脅威以外の何ものでもなかった。
 そして、たとえ宏隆がどれほど優れている人間であろうと、昨日今日、銃を持ったばかりの高校生に自分が後れを取ることは許されない。陳中尉と実力伯仲と言われる自分が、嫌悪すると公言した日本人の若造に負けでもしたら、面子が丸潰れになってしまう。
 そう思うと、標的に狙いをつける構えにも自然と余計な力が入り、銃のグリップを持つ手のひらも汗でびっしょりになっているが、自分から勝負をしろと言った手前、今さらやめるわけにも行かない・・・・

「ええぃ、ままよ・・・・・ダァ───ン!!」

 それらの迷いを、すべて払拭するかのように・・・
 クワッと目を見開くと同時に、全身全霊を込めて、強は引き金を引いた。
 
「やった!・・・これは、標的の中心に近い!」

 ここからは肉眼では的の何処に当たったのかは見えないが、今のは会心の1発であった。
 見事に中った・・・・強は、自信を持ってそう思えた。

「ははん・・・やはり、プレッシャーはあっても、ウデは変わらず素晴らしいわね。
 これも結構良いところに中っているはずよ・・・・」

 宗少尉が、強の心を見透かすようにそう言いながら、シートを手前に戻す。

「さあ、これが今、強が撃ったシート、こっちがヒロタカのものよ・・・」

「うっ・・うむむ・・・・・」

 その二枚のシートを見比べた途端に、思わず強が唸りをあげた。

「こうして並べてみると、わずかに強の銃弾の方が中心から遠いようね・・・」

 ほんの僅かな・・・それは、定規で測ればわずかに4ミリか5ミリ程度しかないほどの差であった。しかし、勝負は勝負・・・どちらがより標的の中心に近いかと言えば、わざわざ定規で測らずとも、誰が見ても宏隆の方であることが明らかだった。

「・・・はい、この勝負、ヒロタカの勝ちよ!」

 宗少尉は実にアッサリとそう言う。
 こんな勝負など少しも意に介していない・・つまらない、といった顔である。

「く、くそぉ・・・しかし勝負は時の運、俺は今日の初弾を撃ったんだ・・・
 お前はもう、今朝から何度もマガジンを換えるほど撃っているだろう!」

「そうですね、確かに、それだけを観れば不公平かもしれませんが・・・
 しかし、あなたが今までに銃を撃ってきた訓練回数は、僕より遙かに多いはずです」

「う、くっ・・な、生意気な!・・・よし、格闘だ、今度は格闘で勝負しろ!!」

「強っ、往生際が悪いわよ!・・負けは負け、男らしくそれを認めなさい。
 それにヒロタカは格闘だって、基隆のリングで私に見事な一本を取ったほどの実力よ!」

「ふん、どんな技で勝ったのかは知らないが、どうせ真珠湾のような汚い手だろう。
 リング上では巧く宗少尉に勝てても、実戦となるとそうはいかないぞ!
 ・・・どうした、日本人、怖じ気づいたのか!!」

「日本人は卑怯な民族ではないし、僕にはあなたと闘う理由がありません・・・」

「じゃ、俺が襲っていったらどうする?、それでも闘う理由が無いと言うか?
 親の七光りでうまく張大人や王老師に取り入ったらしいが、ハイソサエティでぬくぬくと育った貴様に、実戦がどんなに厳しいものかを分からせてやる!」

「そうですか・・・どうしても、と言うのならやりましょう。ちょうど僕も、宗少尉と対戦した時に分かりかけてきた事を、きちんと確かめたいと思っていたところですし・・・」

「おお、俺を実験台に使うとは、いい度胸だな!」

「でも、決闘じゃなくて練習試合ですよ・・・実戦はしばらく遠慮しておきます」
 
「けっ、甘ったれたことを言うな、男が闘う時は常に実戦なんだ!
 何なら、本物のナイフでケリをつけてやってもいいんだぞ・・・!」

「ナイフですか、僕はずっと日本の ”長いナイフ” で稽古をしてきましたが・・・」

「・・ん、日本刀か?・・・上等じゃねぇか!!」

「ストップ!・・・困った男たちね・・・二人とも、もういい加減にしなさい。
 それ以上言い合っていると、本当に決闘することになるわよ!」

 宗少尉がそう言って、二人の口論を止めさせようとする。
 さっきまでブースで銃を撃って訓練していた者たちも皆、手を休めて呆然と二人の成り行きを見守っていたが、その中の一人が、

「まあ、まあ、まあ・・・・」

 宗少尉が口を夾んだのを機に、二人の間に割って入ってきて、

「強さん、いけませんよ・・・陳中尉にこんなところを見られたら絶対に謹慎を喰らうでしょうし、張大人からも、きっとタダじゃ済まなくなってしまいます」

「俺はただ、日本人のガキのくせにコイツがデカイ面をしてやがるのが気に入らないんだ。台湾を侵略した日本軍の子孫に、ここで一発クレてやらなきゃ気が収まらねぇ!」

「・・・台湾を侵略したのだと言うなら、どうしてオランダやフランス、清国、日本の敗戦後に乱暴狼藉の限りを尽くした国民党の子孫には怒りをぶつけないのですか?、それとも、台湾を支配したのは日本だけではないという歴史をご存知ないのですか・・?」

「ほぉ、てめぇ・・利いた風なクチを叩きやがって・・・!」

「・・きょ、強さん、いけません!、どうしても気が収まらないんなら、この私が代わって殴られますから・・・・父君が張大人と親しいというヒロタカさんも、組織の大切な一員なんです・・・だから、どうか・・・何とか、今日のところは収めて下さい・・・ね、お願いしますよ・・・・後生ですから・・・」

 射撃で宏隆に負けて頭に血が上った強を諫めようとしているのは、新人の「徐(じょ)」という構成員である。徐はまだ組織に入って間もないが、強は ”兄貴分” として徐の面倒を見て可愛がり、徐も ”弟分” として強によく仕えていた。
 その徐が、自分が宏隆の代わりに殴られるから怒りを収めてくれ、と必死に哀願するので、さすがの強も少し我に返り、それを機に怒りの熱が冷めてきてしまった。

「ふん・・・今日のところは、この徐に免じて見逃してやろう。
 だがな、何時か必ず、この俺がお前を叩きのめす日が来るぞ、よく覚えておけ!」

 そう捨て台詞を遺して、強はプイと出ていってしまった。

「やれやれ、ホントにいつまでも成長しないわねぇ、強は・・・・」

「宗少尉、強さんはあれで、とても良い人なんです。すごく優しくて、面倒見が良くって、
 ・・・私なんか、実の兄貴のように、親しく付き合ってもらっています」

「まあ、根はいいヤツなんだろうけど、極度な日本人アレルギーが無ければね・・・」

「済みません、僕が折れれば良かったのですが・・・・」

「いいえ、年上の強とあれだけ渡り合って、キチンと言いたいことを言えるのだから大したものよ。男の子はそのくらいでなくっちゃ駄目よ、近ごろの男はテレテレして、だらしないったらありゃしない、ヒロタカを見倣って欲しいものね」

「徐さん・・というお名前なのですね。初めまして、ご挨拶が遅くなりましたが、王老師の許で陳氏太極拳を学んでいる加藤宏隆です。この場を救って頂いて有難うございました」

「いえ、救うだなんて・・・強さんは普段はあんなじゃないんですが、日本人がどうのということ以外にも、ヒロタカさんには何か特別なこだわりがあるようで・・・」

「ヒロタカは、今や玄洋會では ”時の人” だからね・・・日本嫌いの強にしてみたら、それがどうにも気に入らないのかもしれないわね」

「・・・徐さん、お礼に今夜、一緒にお食事をして頂けませんか?」

「いやぁ、そんな、お礼だなんて・・・・」

「いえ、生意気なようですが、ぜひ食事をご一緒させて下さい」

「そうしなさいよ、円山大飯店の高級中華料理なんか、滅多に味わえないわよぉ!
 それに、ヒロタカもたまにはホテルに戻らないと、却って怪しまれるし・・・」

「そうですか・・それじゃ、お言葉に甘えてご馳走になろうかな・・・」

「・・・よかった、ありがとうございます。宗少尉もご一緒に如何ですか?」

「私は、明日早く台南の訓練場に出張するので、準備があるから、ダメね」

「わぁ、残念だなぁ・・・・」

「私も残念よ・・・また今度、是非ご一緒しましょう。
 さあ、そうと決まったら夜まで練習っ!、午後からは動きながら撃つ訓練をするわよ!」

「ええーっ、そんなこと聞いてませんよ・・・」

「陳中尉から頼まれたのよ。きっとヒロタカは射撃ブースの訓練ばかりしているだろうから、もっと違うトレーニングをしてくれって・・・」

「ははは、何でもお見通しですね。でも、もっとコレに没頭したいのになぁ・・・」

「ダメダメ・・・何事も、過ぎたるは及ばざるがごとし、基礎は最も大事だけれど、様々な経験こそが、その大切な基礎を高めてくれるのよ」

「仰るとおりです。よし、午後からはタクティカル・シューティングですね。
 しかし、宗少尉にシゴかれたら、さぞ夕食が美味しくなるだろうなぁ・・・」

「あはは・・・たっぷりシゴいてお腹を空かせてあげるわよ!」

「あははははは・・・・・・」

 傍に居る徐さんも、一緒に大声で笑った・・・・しかし、その徐の目の奥に、妖しい光が秘められていることを、宗少尉も、宏隆も、すっかり見逃していた。



                                (つづく)


taka_kasuga at 22:18コメント(9)連載小説:龍の道 | *第41回 〜 第50回 

コメント一覧

1. Posted by トヨ   2010年07月15日 23:17
>近ごろの男はテレテレして、だらしないったらありゃしない
・・・いやぁ、面目ないっス(笑)
と、笑ってばかりもいられないわけで。
ヒロタカくんのようにワケの分からぬ奇妙な声を張り上げて(?)
練習に励みたいと思います!

>しかし、その徐の目の奥に、妖しい光が秘められている
あ、あれ?いい人だと思ったのに、また急な展開ですね!
続き、楽しみにしてます。
 
2. Posted by まっつ   2010年07月16日 06:55
なんとも羨ましい限りの朝ご飯です・・・
こんなご飯が待っていれば、毎夜ごとに古い自分を死んで、
毎朝ごとに新しい自分に生まれる事の楽しみも弥増すのでしょうか・・・

それにしても「眠り」とは不思議です。

どんなに疲れて擦り切れた心身でも、
深い眠りを通せば、また世界を鮮やかに見えるようになりますし、
越えられないと思えた「夜」でも、
何時の間にか心身を揃えて夜明けまで導いてくれます。

>常に新しく、生まれ変わったように・・・
とても共感できる教えです。努めてそのように生きたいと思いました。

さて、物語はまたも波乱含みの展開ですね・・・!
どーなるんだ、次回!(C)
眼が離せません!
 
3. Posted by のら   2010年07月19日 00:03
何と美味しそうな朝ご飯でしょうか!・・(笑)
ウィークエンド・ディナーに登場してもらいたいようなメニューですね。

宏隆君は高校生でありながら、強さんのような結社で実戦の訓練を長く積んできた人に対しても
自分の信念を堂々と述べられる強さがありますね。
コンビニで屯(たむろ)している現代の高校生にはこんな男は居ないでしょうね。
しかし、彼は強いけれども相手に敬意を払うことを忘れず、反日感情を持つ人間も見下さない。
人間というものを深く信頼して、自分も同じ一個の人間であることから勉強をしようとしている
ことがよく分かります。

しかし、こんな信頼関係の強い秘密結社の中に「妖しい光」を秘めた人間が居るとは・・・
次回からは、一体どのような展開となるのでしょうか!!
 
4. Posted by 円山 玄花   2010年07月19日 19:53
先輩の強さんに「俺と銃で勝負しろ」と言われたときに、「撃ち合って決闘をするのか」と、
平然と答えられる宏隆くんに、思わず拍手をしたくなりました。
強さんとの勝負は、この時点で決まったようなものではないでしょうか?

その芯の一本通った揺るぎのない心構えが、いつでも、どこにいても、誰と対していても、
変わることのない「在り方」となっているのだと思います。

それにしても、この小説は物語のようであり、また現実の身近なことのようでもあり、
いつも立体感のある小説として読ませていただいています。
今後の展開が、ますます楽しみです!
 
5. Posted by 春日敬之   2010年07月21日 01:10
☆トヨさん
60年代、70年代のオトコは軟弱でだらしがない、ってよく言われるんですが(笑)、
かつては新人類、超新人類、異星人、などと称されたこともありますね。
まあ、ターミネーターなんて言われないだけ、まだマシかと・・・
 
6. Posted by 春日敬之   2010年07月21日 01:20
☆まっつさん
殷の湯王という人は、毎朝顔を洗う洗面器に、
「まことに日(ひび)に新たに、日々(ひびひび)に新たにして、又た日(ひび)に新たなり」
と書いておいたそうで、それが「日々新又日新」という禅語になったと言いますが、
この太陽系も、銀河系も、それ自体がずっと昔から常に何処かに向かって新しく動いていて、
同じ場所に留まっていたことはないそうですから、私たちは実際に毎日新しい朝を迎えていると
言えるワケです。
加えて、人間が使っている身体能力は僅か20パーセント、脳の機能などは僅か3パーセントに
満たないと言いますから、本当に朝に夕に、日々新たに、生まれ変わったように生きなくては
勿体ないと思えますね。
高度な武術の真髄も又、日々に新たな気持ちで取り組むからこそ、観えてくるのだと思います。
 
7. Posted by 春日敬之   2010年07月21日 01:28
☆のらさん

>何と美味しそうな朝ご飯でしょうか・・(笑)
へい、是非とも台湾料理をW.E.ディナーで特集して下さいませ。

>コンビニで屯している現代高校生には・・・
そうですね、豪州と比べますと、日本の高校生はひどく軟弱に思えてしまいます。
人前で自分の意見をキチンと言えない、他人に反発されたり仲間はずれになることを怖れる、
まともな言葉遣いが出来ない・・なんてのは、近ごろの子供の特徴かと。
まあ、親御さんがしっかりしている家は、子供もしっかりしていますが、親がヘニョヘニョの、
先生任せ、世の中任せでは、まともな子供が育つわけがありませんね。

「イスラエルなんぞ、徴兵制はおろか、老人や女性に至るまで、全員が戦闘訓練を受ける
 義務を課せられている。そんなのが日本に攻めてきたら我々はイチコロだよ・・・」
なんて、物騒なハナシを師父から伺ったことがありますが、近ごろ気になるチャイナやコリアの
日本マルヒ進出と併せて、このまんまだと日本はどうなるのか、心配でなりません。
 
8. Posted by 春日敬之   2010年07月21日 01:36
☆玄花さん

>この時点で決まったようなものではないでしょうか?
そう、確かに勝負ってのは下駄を履くまでは分からないものですが、
本当は向かい合った時点で、すでに勝負の八割以上が決まっているような気がします。
師父がよく、
「向かい合って、自分より強いのか弱いのか分からないようだったら止めた方が良い。
 そんなことが分からないようなら、マトモな武術家とは言えないでしょう?・・・」
と言われますが、まったくその通りだと思います。
 
9. Posted by 春日敬之   2010年07月21日 01:43
☆皆さま

>波乱含みの、妖しい今後の展開・・・・

ううむ、どうなりますことやら────どうぞご期待下さい。
 

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