2010年02月25日

Weekend Dinner その7 「ほんまもん」

                   by そむりえ・まっつ (拳学研究会所属)



 立春を迎えた週末・・・
 一年で最も寒い峠を越え、春に向かい始めたその日の宴は、
 かってないほどに「凄味」に充ちた世界を拓いてくれました。

 ありとあらゆる物事に値札が付けられ、圧倒的な速度で流れていく現代にあって、
 「本物」である事とは、如何なる意味を持っているのでしょうか?
 巷ではデジタルの時流に乗ってフェイクやコピーがあらゆる領域を埋め尽くしています。
 そんな時代でも「本物」を伝える人たちは、己が利得を省みず、
 粛々と道を歩み続けています。

  「一流を身に付けるためには、一流を味わわなければならない・・・」

 常々、師父は述べられます。

 武藝館で供される食饌(しょくせん)は、常に「本物」が吟味されています。
 その中にあってもこの日の食卓を彩った逸品は、ひと際、深い余韻を残してくれました。
 小生の拙い筆では、その真価をお伝えするには甚だ心許ないのですが、
 せめてその一端でもお伝えできればと思います。

 久々のウィークエンド・ディナー・・・
 「ほんまもん」の世界をご賞味(見)下さいませ。


   *  *  *  *  *  *


 立春寒波が列島を吹き抜けた週末・・・
 深深と冷え込んだその日の稽古は、深夜の一時半にまで及びました。
 稽古で火照った心身には、寒気も涼気と覚えるほどです。

 身支度を整えて師父のお宅を詣でますと、常とは違う居間の佇まいに一寸驚きます。
 どうやらリビングに隣り合う和室が今宵の宴席のようです・・・

 座敷の奥には三分咲きの紅梅が活けられ、 
 壁には古色を帯びた大和歌(やまとうた)の短冊が掛けられています。
 凛然として見事な空間に、身の内の引き締まる感覚を覚えます。

  筆者:「牧水・・・? これは若山牧水の直筆ですか?」

  師父:「そう、姉から譲り受けたんだ。家の蔵に眠っていたそうでね・・・
      意外と柔らかい字を書く人だったようだね・・」


  【 何となきさびしさ覚え山さくら花ちるかげに日をあをぎみる 】


  師父:「本来、大和言葉は、語頭に濁音や半濁音はなく、濁音を読むときにも
      軽く柔らかく読んだのだよ・・・試しに詠んでみなさい」

  筆者:「なにとなき/さひしさおほえ/やまさくら/はなちるかけに/ひをあをきみる」


 確かに・・・本来の日本語の響きとは、なんとも柔らかく繊細な味わいに充ちています。
 旅と酒を心底から愛した歌人、その春を言祝ぐ心情が木霊する・・・
 そんな心境に誘われます。


  師父:「さて・・・、今日の主役はこちらでね・・・」



  



 いずれも、古都・奈良大和が誇る老舗の逸品・・・

 「今西本店 純正奈良漬」と、「嬉長 純米酒」です。


 果たして、これが本当に奈良漬なのか・・?
 色は照り映えるような射干玉(ぬばたま)の黒。
 あまりにも雅やかな色艶に驚きます。

 日本酒も香りが素晴らしい!
 力強くて芳醇。
 嬉長、つまり「嬉しい事が長く続くように」と名付けられた通りの、生命の水です。

 瓜、胡瓜、西瓜・・・漆黒に輝く香の物に箸を伸ばします。
 その味わいは・・・例えるならお酒の精気を凝らせて一塊と成したら、
 斯くの如く成ろうかと云う程に、純粋で鮮烈な味感です。
 事前に奈良漬と知らなければ、未知の食べ物と判じてしまうほど、
 既知の奈良漬とはその在り方がまったく異なります。

 奈良漬の余韻の残るまま「嬉長」を口に含みます。
 舌に沁み込む味わいの深さ、鼻を抜ける鮮やかな香気に眼を開かされます。
 ただ美味しいだけでは無く、何かに芯を揺さぶられる心地です。

 漬物と日本酒だけの食卓ですが、なんと深い衝撃に充ちている事でしょうか!


  師父:「これが、 ”ほんまもん” の奈良漬と、日本酒だよ・・!!」

  S先輩:「あぁ・・・ウーン・・・(もぐもぐ・・・無心)」

  玄花后嗣:「どこか懐かしさを覚える味ですね・・・」

  師父:「大和の地は、祖先(藤原氏)とは縁の深い地だからね。
      何かが響き合うのかもしれない・・・」

  筆者:「純粋な味ですね・・・」


 そう・・・奈良漬の頭に付く「純正」は伊達ではなく、
 現在の日本で「純正」を名乗る事を公に認められた唯一の奈良漬なのです。

 奈良漬とは蔬菜の塩漬けを酒粕に漬け込んだ漬物で、
 奈良朝の時代から「糟漬(かすづけ)」として貴顕の珍重を得てきました。

 素材は野菜と塩と酒粕だけ。
 幾度も新しい酒粕に漬け替えて作られる・・・なんとも手間暇の掛かる漬物です。
 昨今では中国産の野菜を添加物と漬け込み、一年も経ずして世に出回る物が多いようですが、この「今西」の奈良漬には、一切の手抜かりもありません。

 厳選された素材のみを用い、漬け替えること六回以上、
 漬ける期間は十年(!)にも及びます。
 そうして始めて、古より伝わる本来の奈良漬と成るのです。

 日本に唯の一軒のみの「本物」となってしまった現在・・・
 「果たしていつまで続けられるものか・・・」
 そう言いながらも、古式の製法を守り伝えておられるのです。

 そしてまた、今宵の日本酒「嬉長」も古式を守り伝える酒蔵の銘品です。
 古来より「奈良流は酒造り諸流の根源なり」と言われる奈良は、
 日本清酒発祥の地であるとされています。
 その古の都、平城(なら)の、生駒山を仰ぎ見る地で酒造りに勤しむこと四百有余年・・
 生駒の地に湧く神水と、伊勢神宮の御神米を造る水田の米から醸される銘酒です。

 以前に武藝館にご縁のある方より師父に贈られて、
 皆その味わいの奥深さに感じ入ったとの逸話もある品で、
 今回、満を持しての登場となりました。

 「現代の名工」にも選ばれた杜氏の山根氏は、
 『自分が守り通していくという気概を常に持って後進の育成も手がけたい』
 と、気を吐きます。

 この両者に共通する気概は何処から生じるのでしょうか?


  師父:「やはり、永い歴史を経てきた土地の人間は気骨が違うな・・・
      無名の職人でも実に見事な作品を造るから、驚いてしまうよ」

 手酌でご愛用の備前のぐい飲みに日本酒を注がれ、
 恐懼する我々にも手ずからに杯を充たして頂きます・・・
 その仕草、その拍子がはっとするほど綺麗で、眼を惹きつけられます。

  師父:「月下独酌・・・というのも、私は好きだがね」

 莞爾(かんじ)と笑みを零(こぼ)され、掌中の杯を口元に運ばれます。

  師父:「でも、こんな繊細な文化は、中国には無いな。
      大和し美し────────この国の文化というのは、本当に凄いものだ・・」


 ・・・確かに、
 日本の文化には徹底して余分を削ぎ落とし、
 繊細に純度を高めていく方向性があるように思われます。
 今夜の宴で供された、酒食も、器も、書も、一見質朴ながらも、
 深い文化の香りに充ちています。

 平生、師父は述べられます。

  『太極拳は ”引き算” なのだ・・』

  『余分を捨てて、もう引けるものが何も無いところに、太極拳の原理がある・・』

 師父の表現からは、日本の文化に通底する香りが感じられます。
 その表現自体、師父が日本人である事から発されているようにも思われます。

 純度を高め、既に物事の本質に到達している状態であれば、
 畢竟、何か手を加える事が出来るのでしょうか?
 窮まった在り方、模索の尽きた最果てに辿り着いているのなら・・
 その先は守るしかない。
 その追求は古くて、常に新しい。
 「本物」は、人の時間とは無縁です。

 「本物」とは何か?

 何故、守り伝えられるのか?

 それは聞いても、眺めても分かりませんが、
 直に触れて味わえば、否応無く納得できるものでした。
 その生の感動が、人をして「本物」に向かわせるのだ・・・
 そう沁み沁みと実感した夜となりました。


                                  (了)

s_mattsu at 19:07コメント(6)ウィークエンド・ディナー  

コメント一覧

1. Posted by tetsu   2010年02月28日 12:09
おお!ついに出ましたね!「本物の奈良漬」!
今回は残念ながら居合わせることが出来ませんでした(悲)。
しかし下戸の私がこの場にいてもすぐに酔いつぶれてしまったかもしれませんが・・・(苦笑)。
ウィークエンド・ディナーの席でも私にとっては楽しみの場でありながら、貴重な稽古の場とも
感じております。
師父や玄花后嗣、そしてスタッフの皆様、諸先輩方と「本物」を味わい、生き方について、
太極拳についての語らいの時間は何事にも勝ります。
武藝館は全てにおいて「本物」を味わえる場ですね。
 
2. Posted by bamboo   2010年03月01日 10:07
余分なものを削ぎ落とす・・和歌や禅にも通ずることですね。 
次の稽古までにたくさん削いでおきたいですw
こんなに深い色の奈良漬をはじめて見ました、
これを機に日本の良いものを家族で味わっていこうと思いました。
 
3. Posted by のら   2010年03月01日 23:56
本物を知らないことがどれほど損であるかを思い知ったのは、武藝館に入門してからです。
たとえそれが大した事ではなくとも、お蕎麦や蜜豆といった、日常のありふれた物でも、
本物を生きる人の手になるものに触れると、それまでの常識のすべてが否定され、
自分の中で何もかもが新しくなるのを実感することができます。

武藝館に入門してくる人たちもまた、師父の拳藝や学習体系の妙諦に触れることで、
自分が学んできた十年、二十年という時間は何だったのかと、しみじみ述懐されますが、
ここで紹介されたひと切れの奈良漬けやひと口の清酒は、将にそれと同じ感動を与えてくれる、
人の人生まで変えてしまえる、本物の中の本物なのでしょう。

「ほんまもん」に出会って変わっていくことは、結構、楽しいものです。
 
4. Posted by まっつ   2010年03月02日 00:17
>tetsuさん

ご無沙汰しております。

夕餉の席も稽古として生きられる・・・
tetsuさんは武藝館で過ごされる時間を、余さず味わっておられますね。
一人の修行者として、tetsuさんの熱い姿勢には大いに刺激にされます。

「本物」は味わうほどに深さを顕してくれますから、
きっと其処に飛び込んだ人の勝ちだと思います。
 
5. Posted by まっつ   2010年03月02日 00:18
>bambooさん

コメントありがとうございます。
現代と云う時代に生きながら、「引き算」で生きる事は実に困難に感じられますね。
お互い頑張りましょうね!

道を尊ぶ本来の日本人の気質が希薄になってきた昨今です。
ご家族で「本物」の日本を味わう・・・実に羨ましいですね。
 
6. Posted by まっつ   2010年03月02日 00:19
>のらさん

「ほんまもん」は何であれ、既成の枠組みを飛び越えて人に感動を与えてくれますね。
それまで世界だと思っていた枠の外にずっと広い世界がある・・・
枠を壊される・・・、枠を壊して外の世界を見る・・・
確かに心躍る体験ですね!
 

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