2010年02月01日

連載小説「龍の道」 第38回




 第38回 武 漢 (wu-han)(10)


 ・・・・こんな経験は、宗少尉にとって初めてのことだ。

 いや、およそ中国武術を学んでいる人間にとって、こんな風に相手と向かい合うこと自体、多分、そう有り得ないことに違いない。
 何しろ、相手が構えたままの姿で何も動いていないにも関わらず、そこに安易に入って行けない何かがあって、つい攻撃を仕掛けていくのが躊躇(ためら)われてしまうのである。

 しかも、それが武術的に非常に優れた構え、つまり「構造」であると宗少尉には感じられる。もし性急に、その構えに存在している ”軸” に下手に関わろうものなら、たちどころに宏隆の返礼の一撃が強(したた)かに放たれるはずだと思うと、どうしても容易に手を出すことができない。

 宏隆のその構えは「不動」に見える。「動」を基調として相手を揺さぶり、活路を見出そうとする宗少尉とは、まさに対照的だ。
 そして、確固として見えるその「不動」は、直ちに「動」へと容易に変化するに違いないが、すでに「動」を基本として始まっている宗少尉は、もはや「不動」とは成り得ずに居る。

 しかし・・・もうそんな膠着した状態に倦(う)んだのか、それとも宏隆の強烈な「軸」を怖れて、攻め込むことを躊躇している自分を「潔し」としないのか・・・
 先に宗少尉が動いたのは、兎にも角にも、その対峙したままの現状を何とか打破したかったからに違いなかった。


「チィッ!・・・ ハァーーーッッッ!!」

 その激しい動きに、迷彩柄の軍服から、ザザァーッと衣擦れの音が大きく響く。
 
 それまでの静寂を破って少尉が初めて見せたのは、得意の「謄空後旋腿」・・・・
 中空に舞いながら易々とリンゴを蹴り砕いてしまう、あの飛び後ろ回し蹴りであった。

 しかし、宏隆は、まったくそれに動じない・・・・
 その大技が、彼の頭部からわずかに10センチほど離れた所に放たれたにも拘わらず、眉ひとつ動かさず、虚空に舞う宗少尉にピタリと照準を合わせたまま、まったく微塵(ちり)ほども動じないのだ。

 居合の稽古に伝家の名刀の一振りを用いるような宏隆には、「敵の攻撃に触れれば、即ち斬られるのだ」という感覚が強く養われている。
 実際のところ、優れた刀匠が拵(こしら)えた日本刀は、上に向けた刃の上に半紙を置くだけでも、或いは一本の髪の毛を横にしただけでも、それ自体の重さでハラリと真っ二つになってしまうし、反対に硬い鉄製の兜(かぶと)でも斬ることもできる。
 その日本刀の美しさは、古くは北宋の詩人・欧陽修の『日本刀歌』にも見られるが、それほど優れた美術工芸品としての価値を有しながらも、文字通りに、触れれば立ち所に切れてしまう秀逸な殺傷用具として造られているのであって、そんな武器は古今東西、世界のどこを探しても類を見ない。

 宏隆には、幼い頃からそのような実感があった。
 父が毎朝欠かさず庭で真剣を振る姿を、縁側に正座したまま飽きずに見ていたことを自分でもよく憶えているし、その父が「据え斬り」という、地面に何の支えもなく立てて置いただけの孟宗竹や、巻いて円筒状にした畳表を袈裟懸けに斬り、さらに幾太刀か続けて斬っても、それが倒れずそのまま立っている姿なども度々見るにつけ、武器とはこのようなものだ、戦いとはこのようなものなのだと、幼い心に強烈に焼き付いている。

 三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、物心が付いてからの、明らかに自分が勝つと分かるケンカでも、触れられれば終わりだと思って、常に繊細に相手に対した。
 たとえそれが防御のための接触であっても、相手の側から主導で触れられるということは無く、自分から触れに行くことを常としていたのである。
 また、K先生の道場で稽古する居合では、数センチ、数ミリという単位で相手の攻撃を見切ることを当然の事として要求されていた。
 だから、宗少尉のそれがどれほど鋭く激しい蹴り技であろうと、十数センチも離れた所に放たれたようなものに、彼が動じる必要など全く無かったのである。


 そもそも宏隆は、人が相対して戦うことについて、時代劇などに見るチャンバラや、スポーツであるボクシングや空手の試合のようなイメージをカケラも持っていない。

 『あんなことをしたら ”打ち合い” になってしまう・・・
  あれでは、自分も相手に打たれることが ”前提” となるではないか。

  もし互いに刃物を持っていたら、あの軸では一体どうなるのか・・・
  相手が刃物を持っている場合と、素手で戦う場合とでは戦い方が異なる、とでも
  言うのだろうか・・それ故に刃物を捌く技法が別にあるのだ、と・・?

  ・・・否(いな)! そんなことは全く有り得ない!!
  武術とは端的に ”ただこう在れば良い” というものでなくてはならず、
  戦いとは、相手に指一本触れさせず、ひたすら一方的に打ちのめせることだ!!』


 それは、お気に入りの棍棒を持って学校に通い、近隣の町のガキ大将たちとひたすら殴り合っていた頃から今日に至るまでの間に築き上げてきた、宏隆の「戦闘哲学」であった。

 実際の戦闘にはルールは無く、禁じ手も無い。しかし、実戦がどんな禁じ手でも使える状況であると定義するのは、試合競技の側から見た視点に過ぎない。
 試合競技とは無縁の、純粋に武術としての立場から観れば、禁じ手を自由に使えることが試合との相違ではなく、試合のような「暗黙の了解」が存在していない状況、そのような「考え方」自体が存在しない事にこそ、その大きな相違点があると言える。

 試合のルールというのは、頭突きや肘打ちはいけない、目を突いてはいけない、金的を蹴ってはいけない、指を取っても、衣類を掴んでもいけない、といった「禁止事項」を安全のために設けている。
 しかし、言い換えればそれは、使う身体の部位や攻撃目標とする部位を限定し、その上で互いに当て合ったり投げ合ったりして勝負をしましょう、という「暗黙の了解」を設けていることでもある。お互いに、それ以外の攻撃は決して行わないという意識を持った上で試合が行われなくてはならないのだ。
 チャンバラでの斬り合い、竹刀剣道での試合、ボクシングのグローブでの打ち合い、空手での足と拳で撃ち合う試合・・これらは皆、お互いがそのような「暗黙の了解」のもとに技量を「試し合う」ことで成り立つ、同じスポーツ競技であると言える。

 真剣の刃を抜いて互いに斬り合う事というのは、決して時代劇に見るチャンバラのようなものではなく、また、昨今の竹刀剣道のように、互いに「同じ間合い」を取り合い、同じ右半身のつま先立ちで、どちらがより早く、より巧妙に相手の面や胴などの限定された部位に当てることが出来るか、などという内容とも全く異なっている。
 
 例えば、竹刀で足を払うことや防具の無い肩や脇を狙って打つのは「禁じ手」である。
 しかし、たとえ禁じ手であっても、それを難なく回避できる構造が無ければ、それは武術とは言い難い。
 それを「暗黙の了解」の下で意に介さずに居られるのは、単なるゲームでしかない。
 そして、ゲームでは、それをやってしまった方が負けになるが、実戦ではそれが可能となるような構造を巧みに用いられる方が生き残れることになる。
 「暗黙の了解」に慣れることは、武術にとって非常に危険なことに違いない。

 武士が帯刀をしていた時代には、そのような「考え方」自体が無かった。
 剣の稽古にあっても、上述の意味における「試合」は存在してはいない。
 もし、稽古の延長としてそのような試合が存在していたとすれば、イザという時に彼らは非常に危険な目に遭わざるを得なかったはずである。

 真剣での斬り合いは、まさに「刹那(せつな)」の一瞬でしかない。
 武術的に高度な「間合い」で正しく相手を捉え、その捉えた瞬間に斬る・・・
 いや、実際には「斬る」という意図さえ、そこには存在していない。
 ただひたすら、そのように動けるようになった「身体」が、そのような「構造」が、そこに存在するのみなのである。


「これしかない・・・・これこそが、あらゆる戦いの原点とすべきことであり、巷間のケンカでも、戦争における白兵戦でも、それは全く同じであるはずだ・・・」

 宏隆は「戦い」というものを、そう確信していた。

 たった今、宗少尉の鋭い攻撃に対して見せた不動の姿勢も、それを避けるとか、捌く、見切る、などといった技巧ではなく、彼が純粋に歳月をかけて養い続けてきた「構え」がもたらす「間合いの妙」に他ならなかった。

 そして、これには、宗少尉の方が少なからず驚かされた・・・

 普通ならば、かなりの訓練を積んだ者でも、頭部からわずか十数センチの所に素早く鋭い蹴りが飛んで来れば、何からの反応をせずには居られないものだ。
 謄空に舞う大技で驚かせ、怖気(おじけ)付かせて、自らの活路を開こうとする宗少尉の目論見(もくろみ)はまったく当てが外れ、その不思議なまでに充足した宏隆の「構え」と、高校生ながらに、それを自分たちのような戦闘を職業にしている軍人に対して堂々と使える度胸を、あらためて認めざるを得ない。

「この子は、決して ”坊や” なんかじゃない・・
 気を引き締めて当たらないと、返り討ちに遭ってしまう・・・!」

 ・・・しかし、つくづくそう思えた、次の瞬間・・・・・

「ううっ・・・・!!」

 少尉は息を呑んで、咄嗟にその場から2メートルも後ろに飛び退かなくてはならなかった・・・ハッと気付いた時にはもう、宏隆がすぐ目の前に居たのだ。

 距離としての間合いは、ちょうど飛び退いた分ほどあっただろうか。
 スゥーーッと・・・・まるでホバークラフトか何かのように宏隆が足音もなく近寄り、さらに宗少尉の軸を取って、何かをしようとするように思えたのだ。

 宏隆が近づく気配さえ、宗少尉には分からなかった。
 初動がまったく見えず、不意に、目の前に宏隆の姿が現れたような、そんな唐突な感覚だけが残っている。

「こんな相手は、初めてだ・・・・」

 ・・・冷や汗が、身体中に吹き出ていた。
 心做(な)しか、顔色まですぐれないように見えるのである。
 
「なるほど、これは、あの王老師が入門を許可するわけだ・・・」

 腕組みをしてリングサイドで観戦している陳中尉が、そう呟(つぶや)く。

「あの宗少尉に、初めから冷や汗をかかせたような人間が、これまでに居ただろうか?
 もしかするとヒロタカは、自分が想像した以上の逸材かもしれない・・・・」


「・・・・ハァッ・・!!」

 再び・・・宗少尉がさっきよりも更に大きく、大袈裟とも思えるほどの距離をとって勢いよく飛び退(すさ)った。

 またしても、宏隆が、音もなく迫ってきたのである。

 しかし、宏隆は、まだ何も攻撃をしていない。
 ただ少尉が居る位置に向かって、わずかに一歩を踏み出ただけなのである。
 しかしそれは、何故か、歩を踏み出したようには見えない・・・・

 外から見ていてもそう見えないのだから、実際にリングで向かい合っている宗少尉には、宏隆が動いて来たようにさえ、思えないかも知れなかった。

 「下手に動けば、その瞬間に、必ず決めに入ってくる。
 そして、あの軸であれば、その際に自分はかなり不利な状況になる・・・・」

 そう思うと、宗少尉は自由に動くことさえ儘(まま)ならない。

 少しばかり、初めのような対峙が続いたが・・・・

 「イッアァーーーッッッ・・・!!」

 やはり、じっと向かい合ったままでいるのは性に合わないのか・・・
 待つことではなく、自らを動かし、それを相手に向けることで活路を開こうとしているのか・・・再び、宗少尉の方から動き始めた。


「ハッ、ハァッ! ハァーーッッ・・・・!!」

 しかし、遠い・・・・・

 初めの謄空の蹴りもそうであったが、攻撃がわずかに遠いのである。
 そのため、それらがすべてただの牽制の動作にしかならず、宏隆は極々わずかに歩を移すだけで、相変わらず何ひとつ動じることがない。
 よく見ればそれは、宏隆が攻撃を見切って巧みに避(よ)けているのではなく、反対に宏隆の「間合い」に宗少尉が律され、従属させられているのであった。

 そして、こうなればもう、少尉が何をどう攻撃しようと、当たるはずもなかった。

 武術とは「絶対的」なものでなくてはならず、宏隆はそのことを王老師から強烈に体験させられて以来、ずっと稽古で自身に問い掛け、それを追い続けてきた。
 そして今、宗少尉という強敵を前に、苦し紛れとも言える「居合」の構えで対してみたのだが、それが功を奏し、これこそが兼ねてからの疑問への大きなヒントになり得ることを強く実感していた。

「・・いける・・・行けるぞ!・・・・・この感覚が、ずっと欲しかったのだ。
 この中に、自分が求めてやまなかったものが、必ずある・・・・!!」

 ・・・もう宏隆には、前にいる宗少尉の存在など、眼中に無かった。
 ただそこに、自分の ”稽古” の相手(パートナー)が存在しているだけであった。

 自分が理解したくてたまらないことが、たった今、目の前にあるのだ・・・
 強敵である相手への怖れや、その勝敗など、もう、どうでもよかった。
 そんな目先のことよりも、ただひたすら、求めて止まなかったことへの、理解のきっかけが掴めるよう、繊細に、細心の注意を払って、ひたすら正しい架式を維持して立ち、正しく動くことばかりを心掛けていた。

 これは、居合の構えのようであって、居合そのものではない・・・・
 宏隆は、居合の構造を借りた太極拳への理解を、今ここで、実地に試みているのだった。


 そして・・・幾度か、宗少尉の素早い少林拳の技が繰り出される中で・・・・


「・・あぁっ!! ・・こ、これだっ・・・!!」

 突然、何かを見出したように、宏隆が目を大きく見開き、そう呟いた瞬間・・・

 それまで右の半身で構えていた宏隆の身体が、まるで逆方向にスライドするかのように、素早く、左の半身(はんみ)に入れ替わったかと思うと・・・・

 同時に、左の拳が少尉の腹に吸い込まれるようにスーッと伸びて行き、宗少尉は声もなく、そのままリングに倒れた・・・・・


                               (つづく)


taka_kasuga at 20:12コメント(11)連載小説:龍の道 | *第31回 〜 第40回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2010年02月01日 22:28
>「暗黙の了解」に慣れることは、武術にとって非常に危険なことに違いない。

仰る通りルールのある試合での勝敗を目的に置く、
現代の武道・武術の在り方には疑問を覚える事がありました。

例えば、
剣道では面打ちを首を振って避けて肩口を斬られても良いし、
柔道では亀の形で背面の急所を相手に晒しても良い、
バーリ・トゥード(何でもあり)と云えでも武器の使用は勿論禁止です。

そしてそのルール体系の中で有効な戦術が研究され、
競技として洗練されていく事もまた必然なのでしょう。

試合形式というものの判り易さが多くの人々の支持を集め、
競技者・観客ともにその競技の裾野を広げた事実は理解できますし、
健身や精神修養、または娯楽として個人に益する処は大きいでしょう。

でもその判り易さは生死の遣り取りに持ち込めるものなのでしょうか?
刹那の交錯で運命が分かれる異常な世界で自らを全うできるのでしょうか?
ルールという隙間のある競技と、本来の「武術」の在り方とは根本的に異なると感じられます。

今回の「龍の道」では、宏隆君が放った攻撃は一拳のみ、
そしておそらく宗少尉は立ち上がれない事でしょう(残念ながら・・・)。
これは抜き付けの一刀で勝敗を定める居合の在り方そのものなのでしょう。

表面的な字面には現れがたい、何か奥深い世界を想起させられる描写に興奮を覚えました。
何時に無く密度の濃い行間に、「武術」の見つめる世界を垣間見る事が出来ました。

さて、宏隆君は武術の核心に一歩踏み込んだようですが、
クリティカルヒットを受けた宗少尉は無事なのでしょうか!

心配です。
どーなるんだ、次回!(C)
やっぱり月に2回は待ち遠しいです!
 
2. Posted by とび猿   2010年02月03日 01:27
普通に考えれば、太極拳を学び始めた高校生が、戦闘の専門家である軍人に触れるということ
だけでも奇跡のように思えてしまうのですが、宏隆君の場合、戦いというものへの考え方や
実感が、幼い頃から一般人とはまるで違います。
このように武術に向かい合って生きてきたからこそ、宗少尉との散手というきっかけを経て、
いよいよ、何か大きな理解というものが起こったのでしょうか。

陳中尉の言っていた“気付き” という言葉がずっと引っ掛かっていたのですが、
“気付いていくこと”が出来るかどうかも、きっと、その人の生き方次第なのですね。
 
3. Posted by 春日敬之   2010年02月04日 18:00
☆まっつさん

大東亜戦争が終わってから四半世紀を経て経済復興が成った70〜80年代の日本は、良くも悪くも、日本人の価値観が大きく変えられた時代ですね。
この物語では、「スポーツ武道」が全盛になって、皇太子さえそんな剣道を習うような時代にあっても、「戦い」が即ち生死をかけたものであった時代の「武術」を直向きに追求しようとする若者の姿を描こうと思いました。
・・こんな時代に、一人くらい、こんな変な高校生が居てもいいじゃないか、と。

由緒正しい恵まれた家庭に育っても、どこかの総理大臣のように甘やかされたまま自堕落な大人になっていくのではなく、真正な武術を希求する魂はとてもハングリーで、武術を極めていこうとすることが、すなわち彼の成長となっていく・・・・・
そんな小説を書けたら良いな・・と、思っているのですが・・・
どうぞ今後も変わらぬご愛読を頂けましたら幸いです。

>やっぱり月に2回は待ち遠しい・・・
うーむ・・そう言われても、やっぱり月に3回はキビシイ・・・(^_^;)
(オラにも仕事があるダよぉ〜・・・涙)
その代わりと言っては何ですが、一回の量をなるべく増やしておりますので、それにてご容赦を。
 
4. Posted by 春日敬之   2010年02月04日 18:09
☆とび猿さん

>大きな理解・・

ウチの師父も、その師兄弟も、その師爺も、みなさんに共通しているのは、幼い頃から一般人とはまるで違う環境で、ひたすら真正な武藝に向かい合って生きて来られた、ということですね。
弟子である機会を得た我々は、そのチャンスを逃さず、そのような人が醸し出す環境の中で、
「何か大きな理解というもの」を得ていこうとするしかありません。
うーむ・・吾が輩も、もちっと頑張らねば・・・(汗)

>鎮中尉の言っていた「気付き」・・

『・・そう、戦闘では、瞬間瞬間に ”気付いていくこと” が、とても重要です』

↑コレですね・・・!!(笑)
いや、これこそ、師父からの受け売りに過ぎませんですが・・・
とても大切なことだと思います。
とび猿さんは、ご自分の生き方を見つめながら、どんどん気付いていって下さいませ。
 
5. Posted by マルコビッチ   2010年02月04日 22:32
待ちに待ってた「龍の道」!!
だけどコメント遅くなってゴメンナサイ!!

いや〜宏隆くんって、すごいですね〜!
私は、宏隆くんはいろいろ武道はやってきたけど、ただケンカに強くて、
最近太極拳に出会ったばっかり・・・なんて勝手に思い込んでいたので、
武漢班ナンバー・ワンの黄さんをも負かしてしまう宗少尉にはかなわないだろう・・・
どう対処するんだろうと思っていたのに・・・
こんな稽古を積んでいたなんて・・・すごい!!
DNAもすごい!!
文面から、宏隆くんの頭の中はとてもクリアーで、
「不動」なのに細胞がふつふつと動き回っているように感じます。

しかしなんだね、居合って見てみたいなあ・・
どんな試合するんだろう?
試合って言えば、私は、どんな形にしろ試合を経験するってすごい事だと思う。
ましてそれが、ルールや「暗黙の了解」などというものがない状況だったら、
その人を変えるんじゃないかな?!
一回だけ試合らしき事やったことあるけど、その時の感覚って今でも覚えてますよ!
レベル低くてすみません。(笑)

次回、楽しみにしてまーす。
 
6. Posted by 春日敬之   2010年02月04日 23:56
☆マルコビッチさん

>コメント遅くなってゴメンナサイ!!
いえいえ、自分なんぞ、コメントを頂いてもお返事するのが滅っ茶苦っ茶に遅くて、
こちらこそ、御免なさいの失礼いたしましたです。

>居合って見てみたいなあ・・
近ごろでは、若い居合の道場主が「据え斬り」でギネスレコードに挑んだり、ゴエモンの斬鉄剣のように鉄のパイプを一刀両断にしたり、エアガンで発射されたBB弾を居合斬りで真っ二つにする、なんてのが YouTube でも見られますから、興味がおありでしたらご覧になるといいですね。

>一回だけ試合らしき事やったことあるけど・・・
・・ゲゲッ、そりゃすごい。
もしかして、マルコさんは傍流某派から送り込まれたスッパイっ?・・・(゜◇゜)ガーン
 
7. Posted by 円山 玄花   2010年02月05日 02:44
『戦場での本当の強さとは、敵を恐れず突撃できることではなく、生きて家に帰れることだ』

・・そう教えられたとき、私の中で「武術を学ぶ」ということが、少し変わりました。
勇猛果敢に攻め込んでいって相手を打ち倒し、勝利を収めることが「強さ」ではなく、
きちんと「生き残れること」こそが真の強さ、戦場で求められる強さであるとは、
思いもよらなかったのです。

同じ「強さ」を求めて稽古を積むのでも、その考え方によって養われることは、
全く異なるものになるのだと思います。
今回の「龍の道」には、実際の戦闘と試合競技の相違について書かれてありましたが、
まさに「戦い」に対する考え方の違いが、そこに出ているように感じられました。

8. Posted by 春日敬之   2010年02月05日 17:58
☆玄花さん(1)

戦後の平和教育でこれだけメロメロに腑抜けにされてしまうと、戦争は無論、軍備を持つ事さえも罪悪だと思えて、敵国が侵略してきても無抵抗でいることが人間的ってな事にもなりかねません。
安保を廃止して原爆を持つべき、なんて言うと「人非人」だ、ってコトになる。
ほんじゃ、強力な発勁や絶招を身に付けた武術家も皆「人非人」かいな・・?
ハリウッド映画で散々殺し合いのシーンに驚喜して、パソコンやゲーセンで殺し合いのゲームやって、戦争が罪悪だなんて言えた義理じゃないでしょ・・と思いますけどね。
今の日本人が、たとえ武術をやっている人でも、イザとなったらきちんと敵に抵抗できるかどうか、自分の国を、民族を、家族を守ろうとするかどうか・・・残念ながらチト疑問です。

戦場というのは、当然ながら、殺し合いをする場所なわけですね。
それが他国への遠征でも、侵略に対する防衛の戦いでも、そこが戦場です。
リングで必ず勝敗が決まるように、戦場でも「殺されなかった側」と「殺された側」の二つの立場に分かれます。そこに「武器を捨てて戦わなかった側」というのがあれば、それは「降伏」ということになり、リングでは「戦意喪失、不戦敗」ってことになって、敵国の言いなりになるような、みっともない選択しかできません。
 
9. Posted by 春日敬之   2010年02月05日 18:01
☆玄花さん(2)
承前

「生きて家に帰れること」とは、決して「魂」を失わずに居られることだと思います。
「家」というのは、自分の母国、生まれた故郷、家族が待つ我が家・・いろんな意味があるのでしょうが、最終的には、揺るぎない自己の「存在」、つまり「魂」のことだと思うのです。
どれほど悪辣な侵略を受けようと、どれほど凶暴で強そうなヤツに脅されようと、コッチが悪者にされようと、決して怯まず、戦うべき時は戦う、その時に備える・・・・
しかし無益な戦いはせず、やるなら絶対に勝てることをする、必ず勝てるチカラを身に付ける。
その時に勝てないと思えるなら、一旦退却しても、後から機会を狙って、必ず叩きのめす。
傷つけられるようでは駄目だし、傷つけるだけでも駄目・・・
敵に散々叩きのめされた挙げ句、「過ちは繰り返しませんから」などとトンチンカンなことを言うのは最低です。「二度とヤツラには負けませんから」と宣言するべきでしょう。

相手に勝っても、後から仕返しをされるようでは、本当に勝ったとは言えない。
自分が負けて、傷つけられて、魂まで腑抜けにされてしまったら、完全に相手の勝ちです。
チカラ及ばず殺されても、魂を失わないまま殺されるのなら、それは「負け」ではありません。
まずは容易に侵略されない、殺されないだけの「実力」を身につける・・・
それは小賢しいテクニックではなく、フェイントやコンビネーションのタグイでもない。
絶対に負けない、絶対に諦めない、絶対に侵させない、という「魂」を養っていくことなのだと、
僕はそう思っています。
 
10. Posted by マガサス   2010年02月09日 17:25
この局面で、これだけ冷静に、己の「在り方」のみに徹することの出来る精神力。
確固たる信念を育みながら今日まで生きてきたと思える見事な状態・・・
稽古とは言え、宗少尉は実戦経験を積み重ね、屈強な男たちを相手に一歩も引くことのない軍人。
相手に如何に勝つかを考え、多くの技を身につけ、たくさん持っている技のレパートリーの中から相手によって使い分け、常に見える「動き」によって展開されていく・・・
片や、見た目は微動だにせず、ただそこに在る、無極の状態・・・

「強さ」とは何であるのか、
求めていることの違いの先に、行き着くところは何処であるのか・・・

師父が常に仰っている、

『自分に起こってくることに対して、どう上手に対処するのか、どう上手に遣り繰りするのか
 ではない。それに向かう ”自分” がどうであるのか、ということが唯一の問題なのだ』

・・ということの意味を、さらに深く問いかけられたような気がします。

さて、果たして宗少尉は立ち上がって来られるのでしょうか・・・?
待ち遠しい次回!!
 
11. Posted by 春日敬之   2010年02月13日 23:51
☆マガサスさん

お返事が遅くなり、失礼しました。

>この局面で、これだけ冷静に、己の「在り方」のみに徹することの出来る精神力・・・

これも、師父がよく言われるところの受け売りに過ぎませんが、
宏隆くんが自分の「在り方」に徹することが出来るのは、別に精神力なんぞの問題じゃなくて、
ただ彼が「在り方」の方を ”選択” した、ということではないかと思います。
自分の在り方を大切に出来ることは、それが大切であるという自覚や発見があったということで、
本人がその ”認識” によって「在り方」の方を選択するようになったのだと思います。

「やり方」を選択した人は、やり方に徹しているので、「やり方」からそれなりの発見が生まれ
てくるのでしょうが、「やり方」はその基とするものが軽薄なものでも生じてきますし、結果が
出てからでないと反省も生まれませんが、「在り方」ですと、初めから自己が問われているので、
そうはいかないですね。
大雑把ですが、師父が日頃より「在り方」を強調されるのは、それ故ではないでしょうか。
 

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