2010年01月15日

連載小説「龍の道」 第37回




 第37回 武 漢 (wu-han)(9)


「・・・いやぁ、参りました、やっぱり少尉は強いですね・・・・
 自分は、あんな技を喰らったのは初めてです。
 まるで八卦掌で打たれたように内臓が波打って、どうなるかと思いましたよ。
 是非また教えて下さい、ありがとうございました・・・」

 たった今、見事に“胡蝶掌”で決められた相手がようやく立ち上がり、宗少尉に頭を下げて、そう云う。

「いいえ、あれこそ、ただのラッキー・パンチ・・・貴方の方がよっぽど強い。
 最後まで“胡蝶掌”を隠していたから、何とか決まってくれたようなものだけれど、それが無かったら今ごろ反対に私がリングに長々と伸ばされていたはずよ。
 半年前までは私が優勢だったけれど、今は貴方の方が確実に強い・・・
 正に “士別三日、即更刮目相待(士別れて三日なれば即ち更に刮目して相待すべし)” という言葉どおりね。今の私は、貴方の八卦掌にはどうあっても敵わない。
 流石は武漢班のナンバー・ワン、と言われるだけはあるわね!!」

 その八卦掌が優れて見事だったことはもちろんだが、武漢班で最も強いとされ、部下からの信頼もあるその男に、花を持たせるように宗少尉が言うと、

「ありがとうございます・・・また目標ができました」

 彼もまた、爽やかに笑って、そう応じる。

 宗少尉がその相手を見送りながら拍手をすると、見物をしていた兵士たちからも彼の健闘を讃えて大きな拍手が起こる。しかし、決め技の胡蝶掌がよほど効いたのか、まだ打たれた脇腹を手で押さえながら、他の隊員に伴われてリングの外に出て行く。

「一見フワリと舞っただけの、軽く打ったように見えるあの華麗な技法は、訓練の延長である練習試合とは云え、これほどのダメージを生むのか・・・」

 陳氏太極拳に限らず、優れた中国拳法は、きっと星の数ほどあるに違いない・・・
 武術という世界の広さや底知れぬ深さに、宏隆は驚嘆せざるを得ない。

 倒した相手をリングの外に見送ると、宗少尉は、今度は宏隆の方を見つめた。
 思えば、ここで宏隆と戦うことが宗少尉の本来の目的であった。

「こうなったら、もう、やるしかないな・・・・・」

 ちょっと諦めるような溜め息をついて、着ていた上衣を脱いで傍らの椅子の背に掛けると、横に四本並んで張られたロープの真ん中をヒョイと潜って、リングに上がった。

 思えば、いつでも、どのような場合でも、「戦い」とは常にそういうものであった。
 小学校に上がる前から数えきれないほどやってきたケンカも、空手道場に入門してすぐ、有段者の先輩の機嫌を損ねて当たらされた組手での激しい死闘も、そして王老師に初めて出会ったときに、身の程知らずにも必死で向かって行ったときも・・・・
 いや、戦いに限らず「やるしかない」と思える事というものは、いつも必然として向こうから訪れて来るものだった。

 それに、 “縁” とでも云おうか・・・この宗麗華という、女だてらに海軍少尉であり、また如何なる経緯(いきさつ)かは知らないが、台湾の秘密結社の要員であり、そして滅法負けん気も腕っぷしも強い、今日、つい数時間前に出会ったばかりのその人が、今では何か、自分と浅からぬ因縁さえ感じられるような気がする。

「・・・そんな相手と、これから、このリングで闘うのだ。
 しかし、どうしていつも、こんな羽目になるのかな・・・・」

 成り行きとは言え、いつの間にか、異国の海軍基地のトレーニング場のリングで見知らぬ人と戦おうとしている自分が、宏隆には少し可笑しくも思えた。

 そして、さっき陳中尉が語った「これは稽古なのだ」という言葉が、宏隆の胸には大切なこととして深く響いている。
 それを思うと、きちんと向かい合わなくてはならない、王老師の門人として、そして張大人が率いる玄洋會・・・義勇を貫くその秘密結社の一員としても、大切に、恥ずかしくないように、この時間を過ごさなくてはならない、と思う。


「・・・ヒロタカ、もう、支度は出来た?」

 今や遅しと、宗少尉が声を掛けてくる。

「いつでも結構です、お願いします・・・・」

 しかし、度胸が決まって、いつものケンカ慣れしたエネルギーが満ち溢れてくるかと思えば、まったく然(さ)に非ず・・・意外にも自分の心がとても穏やかで、何の不安も無く、むしろ楽しくさえあることに気が付いて、宏隆はちょっと不思議な気がした。

「二人とも、これを稽古として、きちんと学び合うように。
 ・・・・準備は良いか?」

 陳中尉がリングのロープに両手を掛けた恰好で、ちょっと心配そうな顔を宏隆に向けながら、そう言う。

「僕は結構ですが・・・宗さんは、三人も連続して戦いを終えたばかりなのに、ブレイクを取らなくても大丈夫ですか?」

「あら・・・ご心配ありがとう。
 でも、坊やをタップさせるのに、多分それほど時間は掛からなくってよ!!」

「・・けれど、そんなに汗が出て、まだ息も荒いみたいですし・・・・」

「あはは・・私を怒らせて自分のペースに持ち込もうとしても、そんな手は古いわよ。
 そんなことより、ひどい目に遭わないように、精々気をつけることね!」

「そうします・・・・・」

「・・・・よし、始めっ!!」

 宗少尉はいかにも彼女らしく、陳中尉の号令と共に軽やかにリングの中央に躍り出て、まずは先制の蹴りの大技を、宏隆に喰らわせようとした。

「ケンカの若大将だろうと、王老師や張大人が認めるような人間であろうと、ヒロタカはまだ高校生の少年だ。海軍や秘密結社で武術教練をしているような自分が、実際の戦闘で劣るわけがないではないか・・・・」

 そんな思いが、きっと宗少尉の頭にあったはずだし、見ている誰もがそう思えたに違いない。だから、宗少尉が初めから堂々と大技の蹴りを出して宏隆を威圧した行為は、誰の目にも自然なこととして映った。

 が、しかし・・・・何故か、宗少尉は突然それをやめて、蹴ろうとして勢いをつけた身体を、スッと元に戻した。

 見れば、宏隆は、ケンカ三昧に明け暮れていた頃のような「構え」をとっていない・・・
 かと言って、いわゆるキックボクシングやフルコン空手のような、よくある実戦スタイルの構えでもなく、ここに居る誰もが見たこともないような奇妙な恰好で、足幅をやや広めに、中腰になり、右肩をズイっと前に出して、右の半身(はんみ)で構えている。

 それは、宗少尉の素早いフットワークになどには、とても対応できそうにない恰好であり、そして、この海軍の訓練場の真っ白なリングにはまるで似つかわしくない、まるで初めからドッカリと居着いてしまっているような、何とも不思議な構え方なのである。

「宗少尉はきっと、日本の少年の奇異な構えに、警戒心を持ったのだろう・・・」

 得意の激しい大技での先制攻撃を途中で止めた理由について、観戦している者は皆、そう推測したが、当の宗少尉の心の内は、まったくそうではなかった。

 宏隆のその「構え」が、あまりにも隙(すき)の無いものだったからである。

「これは・・・・迂闊(うかつ)に入って行けば、やられる・・・!!」

 ・・・直感的に、そう思えたのだ。

「この坊やは・・・すごい!!
 やはり、あの王老師に、後継者として認められるだけのことはある・・・」

 確信を持ってそう思えるだけのものが、目の前に立っている宏隆の存在に、ひしひしと感じられるのである。そして、事実、宗少尉は、ある一定の間合いから一歩も宏隆に近づけないままでいた。

 しかし、決して対する宏隆にゆとりがあるわけではない。
 何より、リングの外で見ているのと、実際に目の前で宗少尉と向かい合うのとでは大違いで、お互いの体格とは反対に、向かい合うと少尉が自分よりも遙かに大きく見えてしまって、

「何という強力な軸なんだ、自分より五、六歳は年上の女性だというのに・・・
 こんな人が居るとは・・・まったく、世の中は広い!!」

 ・・・つくづく、そう思わざるを得ない。


 ここで宏隆が取っている「構え」は、決して奇を衒った窮余の一策として用いたものではない。

 自分がこのリングで宗少尉と戦うと決まってから、少尉が次々に倒していく相手との戦いぶりを悉(つぶさ)に見てきて、これまでの自分の戦い方ではとても通用しない、ということが宏隆にはハッキリと理解できた。

 陳氏太極拳は王老師に学び始めたばかりで、站椿と基本功まではどうにか学べたものの、套路などはようやく二回目の金剛搗碓を教わった程度でしかない。
 また、いつぞやの、兄に因縁を付けてきた不良どもを制圧した技巧などは、站椿と基本功で養われ始めた太極拳の軸に、咄嗟にケンカの経験が加味されたものでしかなかった。
 町のチンピラや不良には勝てても、本物の武術を修行して来た人には通じない・・・
 かつて王老師には、まるで子猫でも扱うように弄ばれてしまったし、その弟子の陳中尉も、おいそれとは近づけない、確固とした不動の軸が見えて、自分など及びもつかない。

 そんな程度の実力しかない自分が、軍隊や秘密結社で格闘技の指導者という立場で居られる女(ひと)と、対等になど、渡り合えるはずがないではないか・・・・

 ・・・素直に、そう思えたのである。

 そして同時に、「ならば、これしかない・・・」と思えるものが宏隆の中に閃いた。
 それこそが、いま宏隆が見せている、この独自の構え・・・・

 それは、「居合(いあい)」の構えであった。


「居合」とは、もちろん日本武道の、あの「居合術」のことである
 居合とは、鞘に収めた日本刀を一気に抜き放って相手を斬る技術を中心に構成された日本独自の武術で、武藝十八般にも「抜刀術」の名で存在している。

 居合いを武藝の技術として集大成したのは、室町時代末の林崎甚助という人で、父の仇を討つために幼少の頃から武芸に精進し、生国である出羽国、楯山の林崎(現・山形県村山市楯岡)の「林崎明神」に参籠し、祈念を続けて居合の極意を神託として受けたという。その林崎明神には林崎甚助自身も祀られていて、現在では「林崎居合神社」と呼ばれている。

 居合について書かれた新田宮流の伝書「所存之巻」によると、
 『弥和羅(やわら=柔術)と兵法(剣術)との間、今一段剣術有る可しと工夫して、刀を鞘より抜くと打つとの間髪を入れざることを仕出し、是を居合と号して三尺三寸の刀を以て、敵の九寸五分の小刀にて突く前を切止る修業也・・・』とある。
 つまり、接近した間合いでは不利となる長刀で、すぐ抜ける小刀を持った相手に如何に対することが出来るかという工夫から、居合いという武術が誕生したのだという。

 宏隆は、その「居合術」をK先生に学んで、もう何年にもなる。
 居合術は剣道のように互いに打ち合う練習が無く、ひたすら抜刀の型をくり返し稽古する。それは、「ケンカの若大将」などと綽名される宏隆には似つかわしくない、如何にも地味な訓練のように思えるが、K先生に出会って間もなく、『喧嘩も良いが・・ひとつ、君自身を斬る修行をしてみないか・・』と言われ、道場へ見学に誘われるままに入門し、それ以来、至って真面目に居合の術を学んできた。
 父の光興(みつおき)などは、ケンカ三昧ばかりの宏隆がようやくまともな武藝への入門を果たしたとあって大いに喜び、その祝いに、祖父の形見である土佐山内家伝来の備前長船(びぜんおさふね)の一振りを宏隆に贈ったほどであった。

 無論、宏隆は大喜びで、K先生の道場へはその長船を手に提げて通い、名刀の魂に導かれるように、黙々と稽古に励んだのである。

 それから二年ほど経った或る日、居合の稽古の帰りに、街でチンピラにからまれた時に、宏隆が自然に、スッと、居合の構えを取る恰好をしただけで、相手が怖れて逃げて行ったことがあったが、これには当の宏隆の方が驚いてしまった。

 宏隆は、ふと、その時のことを思い出していた・・・
 今の宏隆にとって、太極拳よりも、空手よりも、遙かに長く学んできたものは「居合」であったのである。

 そして、宗少尉の強さを・・海軍の兵士でもある秘密結社の猛者たちを相手に、彼らを手玉に取る少林拳の技の冴えをさんざん見せつけられた挙げ句に、自分にはこれしかない、と思えたのだ。


 ・・・もう、どれほどの時間が経っただろうか。
 リングの上では、宏隆と宗少尉が、まだ互いに同じ構え、同じ間合いで向かい合ったままピクリとも動かない、静寂の刻(とき)が続いていた。

 見物の兵士たちも、ようやくこれがどのような状況であるのかを理解したのだろうか・・誰もが皆、固唾を呑むようにして、その成り行きを見守っている。


 そして、遂に・・・・
 その静寂(しじま)を破って、宗少尉が動いた。


                               (つづく)





  【 参考資料:土佐山内家伝来・備前長船兼光(無銘)】

    
 
         
 
         
 

taka_kasuga at 19:09コメント(6)連載小説:龍の道 | *第31回 〜 第40回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2010年01月18日 22:56
春日さん、お久しぶりです!
長い間、コメント出来る環境がなく失礼致しました。
やっと復活です!
ブログを見られなかった時の分を一気に読んだのですが、
この『龍の道』はめちゃめちゃ面白いですね!!
面白いだけでなく、とても考えさせられますし、勉強になります。

太極拳しか知らない私にとって、この海軍基地での戦いは、
宗少尉の少林拳、黄さんの八卦掌、そして今度は宏隆君がみせる
居合いの構え・・・
まさに戦いであり、全てから学ぶものがあるんですね。
またまた楽しみです!
あ〜ん、早く次が読みたいよん!!(C)
 
2. Posted by まっつ   2010年01月18日 23:31
「少林拳」vs「居合」ですか!
恐らくこの異種武道戦カードについては、
これまで何処に於いても語られた事が無いのではないでしょうか?
いやはや、新年早々から驚きの展開ですね。

一般的には、そもそも刀を持ってないじゃん!
と突っ込みたくなる所かもしれませんが、
常日頃から「構え」の大事を稽古している人には、
ピンときてニヤリとする展開ですね。

宏隆と宗少尉のペアダンスを期待していたりしましたが、
どうやら「京劇」vs「能」のような異種舞踏戦になりそうですね・・・

さぁ、どーなるんだ次回!(C)
実に楽しみです!
 
3. Posted by 円山 玄花   2010年01月19日 02:02
「龍の道」を楽しみに待っていました。
期待の一戦、宏隆くんと宗少尉の戦いが、
このような形で始まろうとは思ってもいませんでした。

宏隆くんには「居合」があったのですね。
「構え」ひとつで此方から向かっていけない状況は非常にやりにくく、
そもそも思うように入っていけない構えに対しては、
どのようにしても相手の意のままになってしまう気がするのですが・・・
さて、この先宗少尉がどのような展開を見せてくれるのか、気になるところです。

4. Posted by 春日 敬之   2010年01月19日 12:48
☆マルコビッチさん

おお、お久しぶりですね。コメントをありがとうございます。
「やっと復活!」って、ようやく地域に電話回線が引けたとか・・?(笑)

>まさに戦いであり、全てから学ぶものがあるんですね。

戦いというのは、やれ少林拳だ、八卦掌だ、というのではなくて、
その人間の「闘える質」だと思いますです。
で、その質というのは結局、その人が生きている質、存在の質なんだろなぁ、と・・・
だから、どれほど技を磨いてきていても、生きている質が貧しいとダメだし、
たとえ武術をなんにも知らない人でも、相手より存在として大きな人はきちんと闘える。
人間というのは、そういうものだと思います。
宗少尉が海軍の男たちにも怖れられるような少林拳の使い手で、
方や宏隆くんは、ただケンカが強いだけの高校生だと、これは全然勝負にならない。
けれども、宏隆くんには自分と出会い、自分の存在を大きくしてきた「居合」があった・・・
・・・てな展開ですね。

「龍の道」は、今年から月に二回となりましたが、
どうぞ変わらぬご愛読を賜りますよう、よろしくお願いします。
 
5. Posted by 春日 敬之   2010年01月19日 12:55
☆まっつさん

そう、あの猪木もビツクリの、異種舞踏戦シリーズ!!(笑)
プロレス vs 熊殺しウィリー戦どころではない、奇妙な一戦になりました。
これは梶原世代にも理解できない・・・戦いでしょうね、きっと(汗)

仰るとおり、武術というのは刀を持っているから居合になるってワケじゃありませんね。
画家ってのは絵の具を持たないときも、ずっと画家なんでしょうし、
武術家は、サンドバッグを打っても、パソコンを打っても武術家でしかない。
だから結局は、その「構え」の問題。
「構え」てぇのは、やっぱり「構造」なんでしょうね。

主人公を差し置いて、宗さんの熱烈なファンになったまっつさんとしては、
宏隆くんとのダンスを期待されていたのでしょうが、
物語は、京劇 vs お能のような、万博の出し物みたいになってきました。
さて、この二人に共通するものは何でしょうか?・・・(笑)
次回もどうぞお楽しみに。
 
6. Posted by 春日 敬之   2010年01月19日 13:02
☆玄花さん

「構え」というのはコワイですね。
バシバシ殴り合ってなんぼ、という世界では考えられない、
武術の真髄が、其処にあるように思います。

武術というのは、すれ違ったときに、もう一瞬で勝負が決まっている、というような、
そういったものが本当の武術なのだと、私はいつも思ってきました。
それが語られるのは常に小説の中の世界ばかりで、誰も現実だとは思っていないけれど、
実際にはそれが本当の武術なのだと、今でも信じて止みません。
何回打っても相手が倒れなかったり、何回倒れても相手がまた起き上がってくるような、
そんな武術が、いったいどのタグイの戦闘に役に立つのか・・・
それはショーとして観客を集めるのには向いていても、実際の戦闘と言えるのか・・
いつもそんな風に思っていました。

・・・だから、居合というのは凄い。
何しろ、刀を鞘から抜いて、その一太刀で勝負が決まる。
ただの一回、一度ッキリの、とても潔い戦い方なんですね。
武士は自分の存在は斯くあるものだということを示してハラを切りますが、
あれも当然、一回コッキリ。(笑)
切腹するときに「ためらい傷」というのが残る場合がありますが、
あれは結局、その一太刀で自分の存在を示せなかった、という証拠でしょうね。
そして、一回コッキリだからこそ、すごい「構え」が生じる。
ルール無し、フェイント無し、セコンドなし、ラウンド制無し、延長戦無し、花束贈呈も無し・・
ヤマト魂を絵に描いたような、世界に類を見ないその戦い方が私は結構気に入っていて、
つい、この小説に書いてしまいました。(笑)

さて、宗少尉はそれに如何に対処するのか・・・・
次回をどうぞお楽しみに。
 

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

Categories
  • ライブドアブログ