2009年08月18日

連載小説「龍の道」 第24回




 第24回 臺 灣 (たいわん)(3)



「こ、こっ、これは・・・大変失礼いたしましたっ!」

 宏隆は慌ててその深いシートから飛び起き、浅く座り直し、背筋を伸ばしてそう言った。

「あははは・・・いやいや、何も失礼じゃありませんよ。
 あなたはまだ、正式に拝師入門していないことですし、それに、同じ門の中で学ぶ者は、みんな家族と同じなのですから、何の遠慮も気兼ねも要りません。
 それより私の方こそ、つい身分を申し遅れました。これからも宜しくお願いします」

 陳さんは笑いながら、いたって謙虚に、気軽に宏隆に接してくれる。

「こ、こちらこそ・・・しかし、兄弟子に運転までして頂いているロールス・ロイスの後部座席に、賓客になったような気分でふんぞり返って・・・本当に申し訳ありません」

「いやいや、これは任務、つまり張大人のご命令ですから、気にしないでください。
 それより、滅多に乗れないクルマなので、よく味わっておくと良いですよ」

「ありがとうございます・・・でも、そう聞いては、たとえロールス・ロイスでも、何だか落ち着いて乗っていられません」

「ははは・・・あなたはクルマがお好きなようですね」

「はい、父がいろいろと所有していて、僕もいつの間にか興味を持つようになりました。
 このロールスロイスは、陳さんの愛車なのですか?」

「いえ、そうだと良いのですけど・・この63年式のロールス・ロイス・シルバークラウドは、残念ながら私のものではありません。これは張大人のお車です。
 もっとも、こうして愛用している時間は遥かに私の方が多いので、実質的には私のクルマみたいなものですけどね! あはははは・・・」

「はははは・・・」

 陳さんの冗談に、宏隆は心が和んだ。できるだけリラックスさせて、旅の疲れを労おうとしてくれる、異国の先輩の暖かな心遣いを、宏隆はありがたく思った。


 基隆の港から3〜40分も走っただろうか。ロールス・ロイスは、話しをしているうちに、いつの間にか台北の町中を抜けて、右手の小高い丘の上へと向かっていく。

 丘の上には、まるで中国の ”紫禁城” を思わせるような立派な建物があり、正面の巨大な中華門の上には、「圓山大飯店」という文字が見える。

 「大飯店」というのはレストランのことではなく、ホテルの意味である。
 「圓山」というのは、ここの地名をいうのだろうか。日本では、円山と言えば文字どおり王族の墳墓そのものを意味したり、その名前自体も古墳に葬られた古代王族から生じた姓でもあるので、この地にも、そんな謂われがあるのかも知れなかった。

 そんなことを考えながら・・・

「何だか、すごいホテルですね。台湾にこんなホテルがあるなんて知りませんでした。
 もしかすると、僕は此処に泊まるのですか?」

 陳さんに訊ねると、

「そう、これは現在、台湾では一番のホテルですよ。
 お金持ちの一般人も、外国から来たVIPも、マフィアも、みんな此処に泊まります・・」

「マフィア・・・・?」

 そんな話をしているうちに、車はもう、アプローチのカーブから広い玄関に滑り込むように入っていく。貴婦人のような真白いロールス・ロイスが現れたとあってか、制服姿のドアマンが二人、慌てて駆けつけて来る。
 白い手袋で恭(うやうや)しく後ろのドアを開け、中の宏隆の顔をチラリと見ると、「いらっしゃいませ・・」と日本語で言った。

 背が高く、よく日に焼けた宏隆の顔は、欧米ではあまり日本人には見えないらしく、ヨーロッパの街中などでは白人観光客に道を尋ねらることも度々あるが、さすがにお隣の台湾では、ただの一瞥だけで日本人に見えるらしい。

 陳さんは、自分でドアを開けて、運転席から降り、

「さあ、行きましょう、荷物はベルボーイに任せて・・・」

 そう言って、乗ってきたロールスロイスや宏隆の荷物には目もくれずに、どんどんホテルの中に入っていく。
 
 フロントのある一階の内装も呆れるほど豪華に造られていて、厚く敷かれた緋毛氈は足音をよく吸収して、ロビーに独特の静けさを生み出している。
 朱色に塗られた太い円柱と、凝った装飾を施した華やかな天井から吊されている提灯が煌めき、紫禁城も斯(か)くありしかと思わせるが、侘び寂びの美意識を持つ日本人の目からは、その豪華さは随分と派手で、華美なものにも感じられる。


 陳さんが、慣れた様子で宏隆のチェックインを済ませて、此方に来る。

「それでは、18時にお迎えに上がって、張大人のところにお連れしますので、それまでの間シャワーでも浴びて、寛いでいて下さい」

「それから・・日本との時差はマイナス1時間です。
 もしまだでしたら、手許の時計を正しく合わせておいてください」

 そう言って姿勢を正し、サッと包拳礼をすると、再び玄関の方に歩いて行った。
 
 確かに宏隆は、昨夜の襲撃事件の興奮も覚めやらぬまま、まだ日本時間のまま時計を合わせてはいなかったのだが・・・思わず腕の時計を眺めながら、よくそれを見抜くものだと、つくづく感心した。そして「もし未だであれば・・」と付け加えた言葉にも、その人の余裕が見える。
 また、時間を”18時”と、24時間制で表現するのは、船乗りや軍人など、昼夜の別なく働く立場の人が、誤りの無い時間を確認する方法であった。
 陳さんの、大股で歩いているにも拘わらず、身体が左右にブレず、頭が全く上下に揺れない後ろ姿を見送りながら、この先輩はただ強そうに見えるだけの人ではない、と思えた。


 客室係が来てエレベーターで9階まで案内すると、その階のサービス・カウンターから日本語の出来る年配のバトラーが出てきて、部屋へと案内してくれる。

 用意された部屋はジュニア・スイートで、リビングと寝室が分かれている。
 ベッドは広々としているし、中国風の凝った彫刻の施されている重厚な机や椅子、サイドボードや箪笥などが置かれ、壁には篆書の字が墨痕も鮮やかに大きく描かれている額が掛けてある。
 ふと気付けば、ソファの傍らのテーブルには、メッセージカードが添えられた生花が飾られてあり、「歓迎・加藤宏隆様」と日本語で書かれていた。”歓迎”というのはレセプションでも見かけたので、たぶん中国語でも同じ言葉なのだろう。


 バトラーが宏隆の荷物を解き、箪笥の引き出しに丁寧にひとつずつ入れてくれる。

「・・今夜は、お出掛けになりますか?」

 そう訊ねるので、6時に迎えの車が来る予定だ、と答えると、

「それでは、ズボンをプレスして、靴を磨いておきましょう」

・・と、気を遣う。

 日本にはまだまだ僅(すく)ないが、家族と海外旅行に行くと、このようなサービスが付いた部屋に泊まることがよくあった。神戸の屋敷にも執事や下男が居るので、今回のような独り旅でも、何を躊躇(ためら)うことも、オドオドすることもなく、宏隆にはかえって快適であった。

「・・何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」

 手際よく荷物の整理を終えたバトラーがそう言うので、オレンジとマンゴーのミックス・フレッシュ・ジュースを大きめのグラスで頼んだが、ちょっと小腹が空いているのに気が付いて、好物の粽(ちまき)と、それに合いそうな点心と台湾茶を適当に見繕って持って来るように頼むと、「畏まりました・・」と、深々とお辞儀をして出ていく。

 白い寒冷紗のカーテンを開け、ベッドルームと同じほどの大きさのある広々したテラスに出ると、台北の街が一望できた。

「・・・やぁ、これは良い眺めだなぁ、ここに泊まる人は、まるで王侯貴族にでもなったような気分になるのだろうな・・・いや、実際に各国の元首や、マフィアの親分まで泊まるというんだから、”気分” じゃなく、王侯貴族そのものか、ははは・・・・」

 平安の昔から、千年以上も掛けて日本文化を創ってきたような一族の末裔に生まれ、神戸の山の手に九千坪の敷地を有する豪壮な邸宅に住まいしていても、宏隆にとってはそんなことはどうでも良く、どこかでそれが、いつも他人事のように思えてきた。

 人によっては、豪邸に住んで高級車を乗り回し、有り余る金がありさえすれば自分が偉くなったように思えるような人間も居るが、それは所詮は成り上がりの考え方であり、本当の貴人(あてびと)とは、その人の質や人間性の高さを指して云うのであり、貧富の差や社会的な地位に関わりのない、人間としての魂自体が高潔なものであるべきことを、宏隆は血液としてよく識(し)っている。


「きっと、ここは夜景が綺麗なのだろうな・・・」

 とりあえず、旅の目的地に到着した宏隆は、ふと、神戸の夜景を思い出していた。


                                (つづく)





   
     門から見た台北のホテル「円山大飯店(The Grand Hotel Taipei)」
     かつて米国の旅行雑誌で「世界十大ホテル」に選ばれたこともある。


   
     豪壮な構えの「円山大飯店」のロビー



taka_kasuga at 23:41コメント(6)連載小説:龍の道 | *第21回 〜 第30回 

コメント一覧

1. Posted by トヨ   2009年08月19日 02:26
歩き方といい、陳さん、只者ではないですねェ…。
また、一流ホテルの気の配り方も、流石という感じです。

自分も、人間性の高さや、高潔な魂、そういったものを含め
色々と理解していきたいものです。

うーん、小説の感想って、なんだか苦手なんですよね。
読んだら自分の中で、どんどん何かが広がっていくので、
なかなか文章にまとめられないんです。

それだけ面白い小説ってことです!!
 
2. Posted by 春日 敬之   2009年08月19日 16:08
☆トヨさん

>一流ホテルの気の配り方も・・
師父が常々言われるように、「一流」を経験するのはとても良いことですね。
食い物屋でも、宿屋でも、武術家でも、小説家(汗)でも、
一流は、やはり一流なのだということがハッキリと分かって、
それ以外のモノが、決して一流でないということがハッキリします。
たとえば、「一流」の分かる人は、ウチの太極拳がどれほどのモノかが分かるでしょうし、
他所にも一流の先生が沢山居られることが見えてくると思います。

>小説の感想って、なんだか苦手なんですよね
まあ、そう言わずに、どうぞイロイロ好きに書いておくんなまシ。
コメントナンデモカンゲイアルヨ・・・(笑)

>それだけ面白い小説ってことです!!
ありがとうございます。
内山事務局長のお話では、昨日、はるばるアメリカから見学に来られたという方も、
この「龍の道」を毎回楽しみに、よく読んで頂いているということです。
『あの小説は、ジツは円山館長のジツワなんでしょうか・・?』
などと仰っていたと言うことで・・・(汗)
でも、アメリカから掛川まで通って来られるというのは武藝館でも前代未聞、
遠距離通学の記録更新!!
やっぱり、門人たちも「すげ〜館」ですね〜!!
 
3. Posted by ほぁほーし   2009年08月20日 23:56
陳さんの人柄もさることながら、その人の余裕までもを見抜いてしまう宏隆くんもまた、
すでに、優れた武人としての素質が伺えるような気がします。

ところで、宏隆くんは今夜、9階のジュニア・スイートから、
無事に台北の夜景を眺めることが出来るのでしょうか・・?
次回を楽しみにしています!

4. Posted by 春日 敬之   2009年08月21日 16:26
☆ほぁほーしさん

優れた武人というのは、結局、優れた人間性を持つ人であるということなのでしょうね。
優れているの「優」の字は「やさしい」とも読みますが、分解すると人偏に憂う、
つまり、人のことを心配する、という事で、自分を顧みずに他をケアすることの出来るような
質を持った人のことを「優れている」というのだ、と師父から伺ったことがあります。
確かに、本当の優しさを他人に向けるには、自分の中身が人間的に充実していなくてはならず、
本当に優れている人は、例外なく他人にも優しいものだと思えます。

「圓山大飯店」は、現在ではそんなに凄いホテルでもありませんが、
宏隆くんの活躍する70年代には、世界にその規模を誇れるような、漢民族のカラーの強いホテル
でした。空港に降りて高速を走ると、今でも左手の丘に豪壮な外観が見えてきます。
 
5. Posted by まっつ   2009年08月24日 23:54
>血液としてよく識(し)っている・・・

うーん・・・
私の生きているような薄〜い日常とは、
源流を異とする種類の概念ですね・・・

でも、今の時代には、逆に新鮮な響きに感じられて、
面白い表現だなと思いました。

オソラク、「貴い」という「何か」を受け嗣ぐとは、
血のように濃く、深い色の脈の中を生きるしかなく、
「それ」を伝える人との関わりの中で、
宏隆君が実際に生きた時間の濃密さこそが感じられました。

・・・それにしても、
陳さんの颯爽とした佇まい、実に格好イイですね〜
折り目正しく、軸の通った人は見ていて気持ちいいものですね。

さて、いよいよ台湾編も佳境に突入の雰囲気!
どーなるんだろー、次回!(C)
期待してます!
 
6. Posted by 春日 敬之   2009年08月26日 12:49
☆まっつさん
血液というのは不思議なものです。
自分が存在するためには、気が遠くなるほどの沢山の人たちの存在があったワケですが、
その人たちが何を求め、何を生きて来たかという事が、この自分にも伝えられている。
自分はもう先天的に、どうしようもなくその人たちの考え方を持って生まれて来ている訳です。
その生得の性格に気付き、後天的に自分の人生経験によってそれを変えていったり、
更にはそれを高めていったりすることが出来る・・・

自分の存在を造った人たちが何を考え、何をやってきたかは、自分を観ればよく分かりますが、
その人生で高度なものに向かい、高度な人間性を要求されることに真摯に向かえば、
自分の後裔たちは、きっとその資質を持って生きるに違いない・・・
そう考えると、もっと人生を大切に生きなくてはいけないなと、つくづく反省させられます。

おや・・? 新しいパターンの(C)が・・・(笑)
今後もご期待下さい。

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