2009年08月17日

歩々是道場 「甲高と扁平足 その5」

                     by のら (一般・武藝クラス所属)


 初めてスケート靴を履いて、氷のリンクに立った時のことを思い出した。
 これぞ、まさに非日常的だと思える、たった一本のエッジが縦に付いた変テコな靴(しかもヒールまで付いている!)を履いて、鏡のように磨かれたツルツルの氷の上に、恐る恐る、壁を伝いながら入って行く・・・
 手すりに縋(すが)っているにも関わらず、氷の上に立っただけで、足は勝手に滑って動こうとしてしまう。ようやく勇を鼓して手すりを離れることが出来ても、一体どこを捉えて歩けばよいのかが分からず、腰は砕け、膝は笑い、尻を突き出した惨めな恰好のまま一歩も動けない。もし上手な人を真似て無理に前に進もうものなら、あっと言う間に転んで、尻餅をつく羽目になる・・・

 こんな時、私たちはどのようにして氷の上で歩けるようになり、颯爽と滑れるようになるのだろうか。一般日常的な、気ままに養ってきてしまった凡庸な身体を武術的な高度なものに変容していくには、それと同じようなプロセスが必要とされるのだと思う。

 普通の地面や床で、氷のリンクに立っているような体の状態の人は先ず居ないだろうが、靴のカカトに少しでもヒールの高さが付いていれば、それだけで必然的に「下り坂」を歩むような体軸になる。面白いのは、ほとんどの現代人は、たとえ底がフラットな靴で平地を歩いていても、相変わらず「下り坂」の体軸のままであるということだ。
 もはや現代人には、本来あるべき「ヒトの構造」で正しく歩ける人など、極めて希なのではないか、とも思える。

 その現代人の歩く姿を観察していると、脚のつま先が外側に開き、土踏まずや足指の付け根をベッタリと潰し、膝は曲がったまま上に引き上がらず、胯(クワ)の大転子(だいてんし)の辺りを回転させながら体が左右に振れ、肩を揺すり、やや脊柱が前彎気味に、ちょっと後傾するような恰好で、身体を前に落下させつつ、アシを引き摺るようにして歩く・・・といった特徴の人が多く見られる。 
 男女を問わず、ヒール系の靴を履いている人は、つま先の方に重さが集まるような歩き方をしているが、実は接地時にはカカトにも結構大きな衝撃が来ている。おそらく裸足で平地を歩いてもそのような体軸は変わらず、つま先まできちんと脚を使えないような構造になっているはずである。下手をすると脚の指を動かす事さえ上手く出来ない人も多いのではないだろうか。
 そこでは、落下してくる身体の重さを、太腿の前と外の筋肉、つまり大腿直筋や大腿筋膜張筋で支えながら、脚(ジャオ)の外側の第四趾や第五趾あたりの【アウトエッジ】のラインが多用されて、外踝(そとくるぶし)の骨である腓骨(ひこつ)や、それに付随する腓骨筋(ひこつきん)を頼りに、前に落下する身体を支えては、再び上へ蹴り戻すようにして歩いている状態が多く見られる。
 そう言えば、入門間もない初心者は、よく「外踝に乗っている」と指摘される。外踝に乗ったり、そこにズルズルと重さが流れてしまうことを注意されるのである。

 しかし考え方は色々とあるもので、そのように脚の外側、つまり【アウトエッジ】に乗ることこそが「正しい立ち方」であり「正しい歩き方」であるとして、その体軸で歩くための”革命的な靴” をわざわざ開発した人まで居る・・ということを耳にした。
 その人は、オリンピック選手や野球やゴルフの有名選手たちをコーチし、《足に掛かる衝撃力の方向性や大きさを変えることで、関節や筋肉のアンバランスを解消する目的》で、《カカト、第四趾、第五趾を中心として立つことが出来る》ような靴を造ったということで、”甲高&扁平” を諄々と書いている者としては少々興味が湧いた。
 また、陳氏太極拳老架式の「正しい馬歩」が、それと全く同じシステムであるとする考え方もあるそうだ。そのように、コトが武術や太極拳に関係してくると、たとえ”親戚”の老架式のハナシとは言え、やはり関心を持たざるを得ない。
 もし私たちが、そのような【アウトエッジ】の構造になったら、果たしてどのようなコトになるのだろうか・・・?


 そこで、またまた「実験」をしてみることになった。
 今度は数人のスタッフが対象ではなく、ある日の「一般クラス」の稽古に参加していた、総勢17名の門人たちに協力して頂いた。
 とは言っても、件(くだん)のオリンピック・コーチさんが開発した「特殊な靴」はオークションでも価格が1万円以上するので、実験では【アウトエッジ】を半ば強制的に生じさせることが出来るようなものを、私なりに工夫することにした。

 もちろん、その特殊な靴を履くことで起こる現象と、今回私が工夫して生じた体軸が同じであるとは限らない。しかし、そこで造り出した体軸は慣れない【アウトエッジ】で歩くことをとても自然に生み出してくれたし、普段では有り得ない「大転子(だいてんし)」の軸を造って歩くことも可能となった。
 これは、そのコーチさんが言われる《大転子の垂直下に膝関節と外踝が並ぶコト》と近いので、まあ、中らずと雖も遠からず・・ではないかと思える。
 この「大転子」とは、股関節のすぐ下側の、大腿骨の上端が角度を付けて外に出っ張っている部分のことである。

 なお、実験に協力をお願いした門人たちに先入観を与えないように、何を実験するのかという事も、何の為にやるのかという目的も一切明らかにはせず、正誤や良否の観念も全く与えないように心掛けた。そして、目的は後で説明するので、ただひたすら黙って実験に協力してもらいたい、とお願いをしたのである。


 まず初めに、各自が初心に戻った体軸で、勝手気儘に歩いてもらってウォーミングアップをする。特に武藝館で学ぶ太極拳の軸を意識せず、入門前の普通の人に戻って、ごく普段の、散歩や買い物でもしているような気分で、できるだけ無意識に歩いてもらった。
 予め自分で実験内容を試してみた結果、そうしなくては、普段の稽古の軸が過剰反応して、とても実験にはならないと思えたからである。

 次に、添付写真の如く、足指の又に挟んで指の間を開く、ウレタン製の「足指くん」とかいう名の健康グッズを、指一本分ずつバラバラに切ったものを用意する。
 これはドラッグストアなどで数百円程度で売っているものだが、何でも外反母趾や水虫にまで効果があるらしい。

 バラバラに切ったそのパーツを、両方の脚の、第四趾と小趾の間にひとつずつ着ける。
 そして、門人たちに先入観を与えない為に、『コレを、ただ指の間に挟んでください』とだけ告げた。
 これで準備は整ったので、まず手初めに独立式(ドゥリー)、つまりその場での片足立ちをやってもらう。立つ方の足は膝をピンと伸ばし、身体を弛ませず、キチンと立つ。

 さーて、お立ち会い・・・
 実際に試して頂ければ分かるが、たったこれだけのことで、立ち易いはずの「利き足」でも、片足ではとても立ち難くなり、すぐにもう一方の足を下ろしたくなってしまう。
 人は誰しも片足で立ち易い方と、立ち難い方があるものだが、この場合、普段から立ち難い方の足など、膝を伸ばせと言われても伸ばすことさえ儘ならず、四苦八苦でどうしようもない。
 道場では、『エエ〜ッ?』『た、立っていられないっっ・・』『アレ?、何故だ・・!』『何だ、コレは・・?』『・・あ、駄目ですねコレは』などという嘆きの言葉が飛び交い、ちょっと騒然となる。


 お次は、それを指に挟んだままで、歩いてもらった。
 ちょうど、そのウレタンの切れ端を足指に挟んだ所から、スケートのエッジがカカトの方に伸びていることをイメージしてもらって、そのエッジに乗る気持ちで歩くのである。
 これぞ、まさに【アウトエッジ】である。

 すると・・・嗚呼、道場は、まるで「アウストラロピテクス」や「北京原人」の群れが行進しているかの如く、みな腰を反り、お尻を突き出し、胸を張り、或いは背中を丸めて尻を巻き込み、つま先を外側に開いて、たっぷりと大腿直筋や大腿筋膜張筋、腓骨筋などに乗りながら、ロクに膝を上げることもせず、重心を前に落下させながら、ヨタヨタ、フラフラ、ノッシノッシ、と歩くではないか・・・!!

 いや、決してオーバーに書いているのではない。この実験の様子はすべてビデオで録画してあるが、何度見ても、ちょっと信じられないような光景である。
 門人たちが、まるで示し合わせたように猿人や原人になったような恰好がこの道場で見られるとは・・・太極武藝館が始まって以来の珍事・・『猿の惑星・すげ〜館編』であろうか。
 観ているスタッフは笑いを堪えきれないが、当の門人たちは自分たちを襲った思わぬハプニングに苦笑しながらも、それを楽しみつつ、一生懸命マジメに歩いてくれている。


 次の実験では、もっと極端なことをやってもらった。
 それは、前々回にご紹介した「足半(あしなか)」を使って、その鼻緒を、先ほどと同じく、両脚の第四趾と第五趾の指の股に挟んで歩いてもらうのである。

 これは、予想したとおり、もっと大変なことになった。
 今度は、まるで「ネアンデルタール人」の群れが、下り坂を転がらないように気をつけながら、ノッシノッシと歩いているような光景に見える。
 スタッフの誰かが『これぁ、まるで、花魁(おいらん)道中みたいでありんスねぇ・・』と感想を漏らし、皆が笑う。・・なるほど、オイラン道中とは言い得て妙であるが、これでは悩み多き「ナヤンデルタール人」と言うべきか。

 しかし、その歩き方は何処かで見たような覚えがあった。そう、それは、初めて氷のリンクでスケート靴を履いた初心者が、ようやくヨチヨチと歩き始めた時の恰好と似ている。
 初心者はスケート靴のエッジを真っ直ぐに立てるのが難しく、膝を寄せるように内股になって、エッジが内側に寝てしまう。それが何故なのか、これまでに考えたこともなかったが、今回の実験によって、それが太腿の前面や側面の筋肉が緊張した為に、アウトエッジに乗ってしまった故だということがよく分かった。
 アイス・スケートのエッジは鼻緒のライン、つまり「インエッジ」に付いており、アウトエッジに乗ってしまうと、それこそアウト・オブ・エッジで、その真下には何も支えるものがなく、そのラインでエッジに立とうとすると、必然的に靴は内側に傾いてしまう。
 また、そこで立ったままでは前に進みにくいので、普通はちょっと胸を落とすように前に出して、重心を前方にずらすようにして進もうとしたくなるのである。

 さて、下り坂の「オイラン・ナヤンデルタール人」たちは、まず身体に普段の稽古の伸びや張りが見られない。そして見た目にも全く弸勁(ポンジン)が感じられない。全身が弛んでモモに乗るか、上半身が緊張したままモモに乗るか、いずれにせよモモに乗ることが強調されて見える。
 その恰好は、全員、足のつま先が開き気味になり、アウトエッジに寄り掛かるように、その軸を頼りに、アウトエッジという名の杖にすがるように歩いている。先ほどのウレタンのカケラを足の小趾に挟んだのが効いているのか、特にそのエッジを意識して歩いて下さいとお願いしているワケでもないのに、まるでそこにはそのエッジしか無いような歩き方をしているのだ。

 そして、誰もが普段よりも足の横幅を大きめに開いて、なぜか腕を大きく振り、X脚のようなアシで歩いている。もう「開寛屈膝」の要訣などは何処へやら、胯(クワ)や骨盤、尻は見事に縮み、転腰などは全く効かず・・・というか、それ以前に腰そのものが動いておらず、特にクワは外へ外へと流れ、股関節ではなく「大転子(だいてんし)」にしっかり重さが掛かっているように見える。
 実は、この「大転子」のすぐ側には「大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)」という、凡庸な日常の運動構造には常に影のように寄り添う、初心者がたっぷり使ってしまうお馴染みの筋肉がある。
 余談ながら、師父はこの「大転子」を用いた体軸のことを ”マイケル” と呼び、稽古中にジョークを交えながら度々言及される。


 最後に、馬歩(ma-bu)で「站椿」をしてもらった。
 老架だろうが、小架だろうが、陳氏太極拳を学んでいる人には、これほどお馴染みのポーズも無いだろう。

 私たちの馬歩では、脚(ジャオ)は平行に前方を向く・・・はずであったが、普段と違って、だれも脚を平行にしていない・・・いや、できない!
 それどころか、キチンと馬歩になって下さいと言った途端に、何人かが馬歩の恰好のまま、突然、後ろに走り出したり、飛び上がったりしてしまった!!
 つまり、立てないのである。正しい軸が立たない、と言った方が正しいかも知れない。
 実験をしてくれている門人からは、さすがに悲鳴が出る・・・

 しかし、心を鬼にして、更にそれに【アウトエッジ】を意識して立ってもらう。
 脚(ジャオ)の第四趾と第五趾からカカトに到るエッジを意識してもらい、そのラインに乗って馬歩の架式を取ってもらうのだ。
 すると、走り出す人は、やはり後ろに走り出し、飛び上がる人はひどく飛んでしまうが、何とか立つことを保っている人も、普段の馬歩とは見た目がまるで違って見える。
 懸命にその軸の中で「馬歩」の構造を整えようとしているのだが、腰が反って尻を突き出し、胸を張り、胯(クワ)は閉じ、肩はイカり、肘は上がって、いつもの稽古の恰好にはほど遠い。普段では考えられない自分のヘンテコな恰好に、もう誰もが笑っている。


 ・・・そこで、今度は、
「その身体で、最も楽だと感じられる、最も立ちやすいところで立ってみてください」
 と、お願いしてみた。

 すると皆、自分がその馬歩の中で楽な姿勢を探し始めて・・・
 やがて、しばらくすると、全員が見事に同じような恰好になったので驚いた。

 その恰好は、やや胸が張られ、骨盤を巻き込み、膝を前方の下に落とすように出し、大腿四頭筋や腓骨筋に重さが集まるような恰好で、地面に杭を打ったように立っている。

 しかしそれは、どこかで目にしたコトのある、見覚えのある「馬歩」であった。


 すべての実験を終えて、みんなに感想を聞いてみた。

 以下は、撮影ビデオからテープ起こしをした、門人たちのありのままの感想である。
 少々長くなるが、貴重なナマの意見なので、ここに載せることにした。

 『馬歩を取ろうとすると、大腿部の外側が突っ張って安定しないので、膝の内側で支えて、バランスをとろうとする。深い馬歩になれない。骨盤が締まるような感じで、膝が内側に入って、お尻を突き出してしまう』

 『何をやるにもシックリこないので、足や腕でバランスをとって操作するしかなく、ひどく疲れた。この実験は、大腿部の外側を多用せずには、何ひとつ出来なかった』

 『馬歩をとろうとすると、胯(クワ)が開かず、大切なポイントが全く使えないので、大腿四頭筋で支えるしかない。下半身の筋肉の充実感はあるが、歩法の時は足だけで進んでしまって、上半身が何をしていいのか分からない。大腿筋膜張筋の辺りが痛い。
 脚(ジャオ)は小指側に乗って、親指側が浮いてしまうほどだった』

『ダメな体軸の見本のようだ。このまま続けたら、明日が大変なことになると思う。
 まるで身体の中が空っぽになったような感じだ』
 
『馬歩をとった時に、馬に跨るというよりも丸木に跨っているようで、膝が外へ出よう出ようとしているのを、なるべく内側へ保とうとするので、膝が緊張して疲れた。
 骨盤や仙骨の周辺も、緊張してひどく疲れてしまった』

『馬歩の時に、脚の裏側(大腿二頭筋)が全く使えなかった・・』

『せっかくこれまで稽古で造ってきた軸が、今日で全て壊れてしまいそうです』

『骨盤が固まったような感じで、いつもの馬歩をとろうとすると、重心がズレて後ろへ崩れていくしかない状態になる。つま先は外旋したがるが、外旋しないように平行にするとますます骨盤周辺が固く締まって、胸が張ってくる』

『全ての動きがやりにくかった。外側のエッジが強調されたことで、大腿部の外側(大腿筋膜張筋)を使ってしまうのだが、これまで体験したことのない、一種の球のような張りが出てくるような感覚がある。一見、弸勁(ポンジン)と思えるようなものが出てくるので、大変な勘違いをしてしまう人も居るのではないだろうか。
 アウトエッジに乗っては片足で立つことは難しく、脚から股関節に至るところが全く捉えられず、中心というものが生じない』

『かつて柔道や空手をやっていた時のように、自然にガニ股で歩いている。
 胃腸が重苦しいような感じで、とにかく身体が重い。馬歩では前傾しないと立てない。
 自分は、柔道ではこうやって相手と組んでいたのだと思える。そういえば、当時は靴の外側ばかりが減っていた。
 後ろ向きで走ってみると、坂道を後ろ向きで走っているように、勝手に後ろへ進んでしまうので、怖くて仕方がない。真っ直ぐに立てず、大腿四頭筋がバンバンに張ってしまった。
 勝手に脚が動くので、上半身は無くてもいいような感じで、身体がひとつにならない』

『歩くと、胯が動かない。馬歩をとると、後ろから押されるように前傾してしまう。片足では絶対に立てない。外側の感覚が強くなり過ぎて、内側が感じられない』

『扁平足だった頃のように、ベタッと脚を潰して歩いている。頸椎や腕が重く、特に親指の付け根が重い。骨盤周辺と大腿部の外側(大腿筋膜張筋)が重だるく、脛が緊張している。
 馬歩では骨盤が開けず、膝が内側に入ってしまい、後ろに倒れてしまった。
 片足では立とうとすると、軸が後ろの外側にズレてしまって、非常に立ち難い。膝が常に折れた状態で、特に小走りすると、肩胛骨と骨盤がズレてうねってしまい、脚と上半身がバラバラに動くようだ。後ろ向きに歩くと、徐々に内股になってしまう』

『脛が力んで、仙骨周辺が緊張して、全身が緊張して歩き難い。
 前に歩き難いので、手を大きく振って、その力で脚を進めていこうとした。
 馬歩では、大腿四頭筋から膝へ内側に向かって捻られるようだ。片足になっても、身体を捻って立たなくてはいけないので、長く立つことはできない』

 ・・・等々である。



 さて、実際にはこの実験は多岐に亘って行われ、ここに書かなかった内容も沢山ある。
 それらの実験では、実に多くの驚くべきことが発見されたが、当門の秘伝に関わるコトも多々含まれている、と注意を受けたので、ここで公開するわけにはいかなくなった。

 この実験を行ったのは、【アウトエッジ】で立って歩くことが正しいかどうかを確かめたかったからではない。人には様々な考え方があるが、それを否定するのではなく、それに学ぶべきだと私は思っている。
 今回、私が知りたかったのは、《私たちがアウトエッジで立ち、動くとどうなるか》ということであった。それ以外に他意は無い。
 私は、自分が学んでいる事以外の考え方を頭から否定する気は毛頭ない。
 たとえそれが私たちが学んでいる事と全く異なるものであっても、敢えてそれ故に、その事に学べることを心から願うばかりである。
 そしてそれは太極武藝館の開門以来、円山洋玄師父が貫かれている姿勢であり、この道場で真摯に学ぶ門人たち全員の、変わらぬ姿勢でもある。


 しかし、それとは別に、ヒトの構造の実相は、確かな事実として存在している。
 例えば、武術的・太極拳的にどうであれ、「外踝」にはヒトの重さは落ちてはこない。
 「考え方」の問題ではなく、それは紛れもない ”構造上の事実” なのである。

 骨格図を見れば誰にでも分かることだが、外踝は脛骨の外側に位置する腓骨という細い骨の下部にあり、その下側には何も無い。外踝は、本来そのすぐ後方を走る腱に対して滑車のような役目をしている。その滑車自体に重みを掛けていけば、その働きはどうなるのか・・
 元々重さが掛からない所に、わざわざ重さを掛けることによって生じてくる現象は、今回の実験でも自ずと明らかになった。
 また、腓骨は脛骨の補助をする役割として存在しており、歩く度にそんな細い骨に重さを掛けていては、ヒトの構造上、大変なことになってしまうはずである。

 『アウトエッジの軸では、太極拳の最も重要な、或る ”構造” が失われてしまう・・』と師父は言われた。
 また、それでは ”站椿” を練る意味など何も無くなってしまう、と言われるのである。
 具体的にそれが何を指すのかは説明して頂けなかったが、アウトエッジの実験で門人たちがこれほど大変な思いをしたことを見ても、その構造が如何に重要であるかが分かる。

 高度な武術の構造は、決して人間の「本来あるべき構造」から離れてはいない。
 その「在り方」・・・立ち方も、動き方も、ヒトの本来の構造から、微塵も離れていないのだと私たちは教わり、稽古ではそのことをひたすら実感する日々を送っている。


                              (つづく)






      

         上のイラスト:教科書を思い出します。




          
 
         写真上:一個ずつ指に挟めるように切って、こんな風に着けます。
         写真下:「足指くん」本体。



          

         写真上:足半(あしなか)の鼻緒を小指に着けて馬歩を取ったところ。
             初めからまともに立つことが出来ず、ひどい格好に。
         写真下:十秒もしないうちに、もう立っていられなくなりました。



          

        「足半(あしなか)」の鼻緒を小指に挟んで歩いているところ。
         写真では判りにくいですが、なぜか腕を大きく振って、
         ”落下と推進” でノッシノッシと歩いてしまいます。



             

          分解写真にすると判りやすくなります。
          これぞ「オイラン・ナヤンデルタール人」



             

          アシは軽くなったような気がするが、中心が空っぽ、体軸はブレる、
          ・・というのが、皆に共通する感想でした。



             

           「北京原人」のオイラン道中・・・?

disciples at 21:17コメント(4)歩々是道場 | *甲高と扁平足 

コメント一覧

1. Posted by トヨ   2009年08月19日 02:02
これは、二度とやりたくない実験ですよ(笑)
ただアウトエッジを意識した、ってそれだけなんですけどね、本当に。
まさかここまで違いが出るとは思いませんでした。

実験中の道場は、いつもの稽古とはまるで違う軸(?)を持った人達で一杯でしたけど、
普通に街を歩いていれば、こういう人ってけっこういますよね。

そう考えると、普段の日常生活での構造が、いかに人間本来の、
ひいては武術の構造と違うのかと、ぞっとするものがあります。
 
2. Posted by のら   2009年08月19日 16:37
☆トヨさん
コメントをありがとうございます。

>二度とやりたくない実験・・・

どうも、ゴメンナサイです m(_ _)m
もう二度とやりませんから、勘弁してくださいね。
でも、また「違う実験」の際には、どうかご協力のほどを・・・(笑)

>そう考えると、普段の日常生活での構造が、いかに人間本来の、
>ひいては武術の構造と違うのかと、ぞっとするものがあります。

いや、ホントにそうですね。
街を歩いていると、参考イラストのクロマニヨン人より以前の恰好の人ばかり目に付きます。
現代人の構造が、そのように「退化」してしまったものであるとすると、
武術に高度な構造を求めていても、実はその退化してしまったトコロから、
本来ヒトが持っている構造へ戻ろうとしているだけなのかも知れません。

しかし、本物の武術というのは、人間本来の構造に戻ることだけではなく、
そこから更に「進化」した、より優れた構造を身に付けていくことなのだと思います。
・・と言っても、近頃は逆に「退化」のトコロを主張するコトが高度な武術だとするような、
可笑しな理論もたくさんあるように思えますが。(笑)
 
3. Posted by タイ爺   2009年08月20日 15:21
やってみました>小指履き足半
これはもう酷いものです。がに股で肩で風を切ってしか歩けません。

図説の尖トウ(肉月に當)図にも足の指より足の付け根に来ると書いてあります。
そもそも大転子の上部の筋群はその後薄い筋群につながるのでとても効率のわるい使い方しかできないと思います。
それに比べ会陰付近の筋群はその後太い筋群につながりとても充実したユニットとして働きやすくなように思えます。
 
4. Posted by のら   2009年08月20日 21:05
☆タイ爺さん
コメントをありがとうございます。

足半で試して頂ければ、容易に「アウトエッジの感覚」がお分かり頂けると思います。
私たちはこの実験の後も、アウトエッジに関わる様々な実験を繰り返し行っていますが、
タイ爺さんの仰るとおりに、やはり「大転子」に偏った軸というのは大変効率の悪い使い方で、
たとえば、それでは「襠勁」などが生じるはずもないという事がよく分かります。

「図説」の尖襠図にも、アウトエッジに関わるような記載は全く見られませんね。
太極拳を考案した始祖たちは、先ずヒトの自然な在り方を研究し、その上で太極拳原理の
大発見をされたのだということが、今さらながらに感じられます。
 

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