2009年09月02日

Cuore Sportivo:Alfa Romeo (1)





  愛しのジュリエッタ     by Taka Kasga(Australia branch)


 久しぶりに休暇を取って帰国し、ふらりとクルマで訪れた東京は雨が降っていた。
 首都高速の渋谷線を、用賀から六本木の方に向かって走っていると、道玄坂を超える辺りから、バスのターミナル越しに渋谷の東急が見える。東急は学生の頃よく映画を観に行ったり、時にはガールフレンドとプラネタリウムを眺めたりしたものだった。

 そのビルには、いつも大きな看板が掛かっていて、首都高を通過する人の目を惹く。 
 それが素敵な女性をモデルにした粋な宣伝だったりすると、ついアクセルを緩めて見入ってしまうのだが、その時は目を惹かれるどころか、ドキリと驚かされてしまった。
 僕を驚かせたのは、フロントガラスにそぼ降る雨の滴の向こうに、真紅のアルファロメオが、その美しいモダンなボディラインを見せていたからである。
 それは、日本で発売が始まったばかりの「アルファ147」だった。アルファロメオが東京のど真ん中で、こんなに華々しく宣伝されていることが、僕には少なからず衝撃的であり、アルフィスタとしては大層嬉しくもあった。

 イタリア人は、アルファロメオが大好きだ。もちろん、どこの国にもお金持ちは居るもので、本場イタリアではフェラーリ様もスゴイ音をさせながら街の中を走り回っている。
 しかし、一般の国民はフェラーリさまを敬いはしても、大多数は親近感のある、自分たちが真に誇りに思えるアルファロメオが好きで好きで仕方がないのである。イタリアに来るとそのことがよく分かる。
 街中でアルファが「クォォオーン・・・」という独自のサウンドを響かせながらやって来ると、バールに居る人はみんな必ずそっちを見てニコニコする。もしそれがコルセのGTVとか、新しいブレラや8Cなんかだったら、もう大変なことになるだろう。きっとみんなエスプレッソを放り出して店から飛び出してくることは間違いない。

 この国の首相や大臣も、決して偉そうなメルセデスやデイムラー何ぞには乗らず、頑なにアルファの166や159に乗っているし、パトカーには156や先代の155が使われていて、みな颯爽と走っている。
 今度の「007 Quantum of Solace」にも、その159が映画の冒頭から2台で、ボンドのアストンマーチンDBSを煽りまくってカッ飛んでいた。イタリアの映画館は、さぞかし何処も拍手喝采、かつてDTMでアルファ155がベンツやBMWを派手にぶっちぎった時のような勢いだったことだろう。アルファロメオが本場イタリアで愛されている理由は、それが輝かしいレースの歴史を持った、速くてカッコいいスポーツカーであるからに違いない。


 かつてイタリアを訪れたときに、ミラノからコモ湖を越えてアルプスを目指して走ろうと思い立ったことがある。オーストラリアと、どこか似たところのあるイタリアは、ヒトも、食い物も、空気も、何となく僕の性分に合うので、そんな事もつい気軽に出来た。

 その朝、僕はミラノのレンタカー屋で、ちょっと座席の軋むスパイダー・ヴェローチェを借りた。ヴェローチェは、以前から一度は乗ってみたいクルマだったので、どうせ乗るならイタリアで、それも本場のミラノで走ろうと決めていた。
 ミラノの市街で慣らし運転をしてから、先ずはチョイと腹ごしらえをしようと、そこらの路地のバールへ飛び込み、カップチーノ・スクーロ(濃い目のカプチーノ)を飲みながら、さて何処へ行こうかと地図を広げていたら、目の前の石畳の路に、よく手入れをされた真紅のクルマが、その優雅な容姿にはちょっと似合わない、気骨のあるエグゾースト・ノイズを立てて、キィッと停まった・・僕がベローチェを停めた、そのすぐ前に、である。
 ちょっと霧雨模様なので、僕は幌を着けていたが、そのクルマはオープンのままで、運転していた人は幌を掛けようともせず、そのまま降りてくる。

 男がクルマに心を奪われる時というのは、自分がとても心惹かれる女性に出会ったときと、とてもよく似ていると思う。
 名前も知らず、何処の誰かもまったく分からないのに、ただひと目見ただけで、ああ、この女(ひと)は自分と深いところで通じ合うことが出来る・・・何も語らなくても、ただじっと見つめ合っただけで、おたがいの総てがあっと言う間に分かり合えてしまう・・・などといった、そんな感じと、とても近いものがあると思う。

 このときの僕も、まさにそれに近いものがあった。

 そのクルマは、ピニンファリーナがデザインした「ジュリエッタ・スパイダー」だった。
 僕はそれまで、そのクルマを写真で見るだけで、本物を目の前にしたことなど無かったのだが、自分が座るバールの小さな席の窓ガラス越しから”彼女”をひと目見ただけで、あっという間に心を掴まれ、心底惚れてしまった。
 いや、決してその車から颯爽と降りてきた素敵なイタリア女性に惚れたわけではない。
 僕にとっては珍しく、髪が長くスタイルの良い、見るからに美人のその女性をまったく無視できてしまうほど、僕はその真紅のジュリエッタの存在に心惹かれ、その優雅な佇まいに目を釘付けにされてしまっていた。

 ジュリエッタを運転をしてきた女性は、バールに入ってくると、迷わずエスプレッソとパニーノ・プロシュット(生ハムのパニーノ)を注文して、店員や客たちの熱い眼差しに爽やかな笑顔を返しながら、僕の居る窓際の席の、すぐ前の席に腰掛けて、長い足を組んだ。
 小さなカップに角砂糖をふたつも入れたエスプレッソをあっと言う間に飲み干したその女性は、僕のテーブルに載っている大きめのカップをちらりと見ると、カウンターに向かって「Senta! Un cappuccino, per favore!(ねぇ! カップチーノを一杯ちょうだい!)」と声を掛け、「・・パニーノを食べるのに必要なの!」と言った。

 僕のテーブルのすぐ向かいに座っているので、その時、ふと目が合って、彼女はニコリとした。僕はその後ずっと、窓ガラス越しに心ゆくまでジュリエッタを眺めていたが、そんな僕に少し興味を持ったのか、その女(ひと)はパニーノを片手に気さくに話しかけてきた。
 しかし、イタリア語である・・・バールで珈琲を注文するくらいなら何とかイタリア語で出来るが、会話となるとそうはいかない。

 僕が、「貴女が英語を話せると良いのだけれど・・」と言うと、

「あら、ごめんなさい、ちょっと英国に居たことがあるので、何とか英語は話せるわよ!」

 と、笑顔で答える・・・気さくで、気持ちの良い人だ、と僕は思った。

「表のベローチェは貴方のクルマでしょ? 貴方の帰りを待っているように見えるわ・・
さっきから随分ジュリエッタを見つめているけど・・・ ”クルマが” お好きなのかしら?」
 
 その女(ひと)は笑って、 ”クルマが” と、強調して言った。
 もちろん、店中の人が注目している自分にではなく、自分が乗ってきたクルマの方に興味があるのか、とユーモアを利かせて訊ねているのである。

「いや・・ ”クルマも” とても素敵なので、つい見惚れてしまいました」

 僕も笑って、そう答える。

「まあ・・! あなたは日本人? ・・なのに、ユーモアのわかる紳士なのね!!」

「イタリア人だって、ユーモアの解らないカタブツも居るでしょ・・何か、日本人を誤解しているんじゃないですか・・?」

「だって、日本の男は皆サムライ、男尊女卑で、女は男の召使い・・・でしょ?」

「あははは・・・それは、百年以上も前の、”La Certosa di Parma”(パルムの僧院)の時代の話ですよ。日本は西洋人が思うような男尊女卑の文化ではありませんよ。それに、今どきの日本は、オトコよりも女性の方がよっぽど強いかも知れない・・いや、本当にね!」

「・・あなたも、女性に弱いのかしら・・?」

「僕が弱いのは・・・女性よりも、あんな美しいクルマの方に、ですね。
 女性は・・・まあ、しばらくは、遠慮したいと思っているのだけれど・・・」

「Mi dispiace・・・ごめんなさい、つまらないことを訊いてしまったようね」

「いいえ・・・でも、正直なところ、貴女のような美しい人を見ていると、そんな思い出もどこかに忘れてしまいそうになります・・・」

「Grazie mille(どうもありがとう)──────────────地図を開けているけど、これから何処かへ行くの?」

「コモ湖を抜けて、少しアルプスの方に向かって飛ばそうかと・・・」

「もし、よろしかったら・・・ご一緒にドライブしませんこと?」

「たった今、出会ったばかりの、名前も知らない女(ひと)と一緒に?」

「私は、ジュリエッタ。ジュリエッタ・プローディよ」

「カスガ・タカユキ。西洋の友人たちは、僕を ”タカ” と呼んでいます」

「タカ、ユキ、・・・良い響きね」

「でも、ジュリエッタって・・・本当に?」

「そう、イタリアにはとても多い名前・・・でも、とてもよく ”回る” わよ!」

「・・・・・・・」


 その日は少し肌寒い日になったけれど、僕のスパイダーはすこぶる快調で、ジュリエッタのクルマもとても機嫌が良く、SS36(国道36号)を、追い越したり、追い越されたりしながら、官能的なアルファサウンドを辺りに響かせ、たっぷりと ”回して” 走った。

 やがて僕らはコモ湖の畔(ほとり)にあるホテルのレストランで休憩をして、よく冷えたスプマンテを飲みながら、美味しいパスタを口一杯に頬ばって食べ、とんでもないボリュームのジェラートが載ったひと皿のデザートを、目を丸くしながら分け合って食べた。

 僕は、自分のスパイダーをそのホテルに預け、今度はジュリエッタに二人で乗り込んで、彼方にそびえる、雪を戴いたアルプスの山々に向かって、ひたすら走った。


                                  (了)




    
                  Alfa Romeo Giulietta Spider (1955~1965)



   
       Lago di Como
                 
     

tai_ji_office at 05:47コメント(8)Alfa Romeo  

コメント一覧

1. Posted by ほぁほーし   2009年09月03日 06:19
なんと美しい・・。

あろうことか、初心者マークをアルファにくっつけて走っていた私ですが、
最近ようやく、アルファが大人の車であることを実感しています。
それも、子供の頃の、あの情熱の眼差しを忘れていない、オトナの車ですね。

う〜ん、カップチーノが飲みたくなってしまいます・・!

2. Posted by なんだ!   2009年09月03日 22:35
待望のAlfa Romeo のアップです!大歓喜

特にAlfa Romeo の赤は、日差しの強い日でも曇りでも夜でも、見るものの目を奪ってしまいます

「心奪われる」まさにそんな感じです!!

ジュリエッタ・スパイダー 一度目にしてみたいものです。
 
3. Posted by Taka Kasga   2009年09月04日 15:07
☆ほぁほーしさん

>あろうことか、初心者マークをアルファにくっつけて走っていた・・
・・うわぁ!(汗)、さすがにそういう人は滅多に見かけませんね(笑)

>アルファが大人の車
最近では、どんなお子様でも、ヒールのサンダルを履いたお嬢様でも、
平然とGTVなんぞにお乗りになって、あろうことか、
「コレ、ピニなんとかって言う人がデザインしたんでしょ」
などと、涼しい顔して仰いますが・・・・(汗)

>カップチーノ
本場イタリアのカップチーノを、是非召し上がれ!
ニッポンやアメリカのカップチーノは、本場に遠く及びません。
世界中どこでも、イタリアン珈琲が愛飲されていますが、
本物は、やっぱり本物! 本物を見ずして本物を語る莫れ、の味わいがあります。
 
4. Posted by Taka Kasga   2009年09月04日 15:13
☆なんだ!さん

コメントをありがとうございます。

アルファロメオがお好きなようで、とても嬉しく思います。
あの日、ジュリエッタに心奪われた僕は、いまだにそのまんまの状態です。
いつかは自分も、と思うのですが・・しゃ、車庫がないっ!・・(笑)

東京でも、よほど運が良くなければジュリエッタにお目に掛かることは出来ないでしょうね。
昔は御殿場のミュージアムに展示されていましたが、今でもあるのでしょうか?
でも、やっぱりアルファは、走っている姿こそが最高だと思えます。
SZ なんかは、走っていると、まるで動物のように見えますからね。
 
5. Posted by マガサス   2009年09月05日 12:55
おお! 待望のアルファロメオ、すげ〜館ブログに遂に登場!!
新カテゴリーは、噂には聞いていましたが、初回がこんなにイイお話だとは・・・
始めから終わりまで、胸に熱いものを感じながら読みました。
短くて、よくある筈のストーリーなのに、どうしてこんなに後に残るのでしょうね・・・
何度読んでも、「いいなあ・・」って思います。

私はジュリエッタを実際に見たこともないのですが、この写真の見た目の可愛らしさと、
実際の「気骨あるエグゾースト・ノイズ」という、外見とのギャップが感じられて、
これは凄いクルマなのだ、アルファはスゴイんだな、と思いました。
ちょっと調べてみたら、今から50年以上も前のクルマなのに、何とジュリエッタの最高速度は
180キロ。それから10年以上も後の、1969年に造られた「フェアレディZ」の最高速度が全く
同じ180キロで、当時の日本では大騒ぎだった事から見ても、それはとても凄いことですね。

何故あんなに可愛い姿の、あんなにエレガントなクルマで、そんなに速く走れるのか・・?
そして、そんなクルマを作れるイタリアは、やっぱり情熱の国なんでしょうね。
デザインひとつ、走りひとつを取っても、日本人とはクルマに対する価値観の違いがとても
大きいと思いました。

春日さんは、ご自分の人生を楽しんで生きている、素敵なヒトなんですね。
オーストラリアに住んで、イタリアにヒョイと行って、ベローチェで小旅行するというのも
とても羨ましいですが、素敵なクルマ、素敵な女性、素敵な出会い・・・そんな素敵な人生を
送って来られたからこそ、「龍の道」のような素晴らしい小説が書けるのだと思います。
是非またアルファの話を聞かせて下さい。
楽しみにしています。
 
6. Posted by Taka Kasga   2009年09月06日 00:58
☆マガサスさん

久々のコメントを、ありがとうございます。
「愛しのジュリエッタ」を楽しんでいただいたようで、嬉しく思います。

それが優れた物であるほど、自分の目で見て、確かめて、実際にその手で、身体で、
存在のすべてで、トータルに関わってみないと、何も分かりませんね。
ジュリエッタを写真だけで見ていると、ああ、素敵なクルマだな、って思うんですが、
実際に走ってくる音を聞くと、レースカーのような音がして、ビックリする。
・・で、実際に乗って運転してみると、これはとてもあのロメオとジュリエットの
可憐な女性の名前から来るイメージとはまったく違って、ものすごいスポーツカーだと
言うことがようやく分かるんです。
それは、武藝館に入門して、実際に師父に太極拳を体験させられるのと似ています。
ああ、太極拳というのは、こんな風に戦うのか、こんな風にやられるのか・・と。
ちょうど、宏隆くんみたいに、ね(笑)

フェアレディZは、私も乗っていました。
素晴らしいクルマですが、元々は日本人のために造られたのではなく、当初の目的は
北米市場で欧州車に負けないスポーツカーを売るための計画だったと聞いています。
そして、事実、Zは売れに売れて、欧州車がまったく売れない事態が起こったと・・・
アメリカのクルマ屋さんにしてみたら、まさに「悪魔のZ」でしょうか(笑)

いつかまた、このカテゴリーに下手な文を書かせていただきます。
その時にもまた、懲りずに読んでくださいマセ。(^_-)
 
7. Posted by トヨ   2009年09月08日 13:11
んー、オトナの世界、って感じですねェ。

毎回稽古に行くたびに、道場の駐車場に停めてある
アルファに見入ってしまいます。
本当に美しい車ですよね!

走り出したら、また一味違う美しさになるのでしょうね〜!
 
8. Posted by Taka Kasga   2009年09月11日 00:34
☆トヨさん

そう、アルファロメオは、お子様には乗れまへん(笑)
特にGTVやスパイダーになると、オトナでないと、乗りこなせません。
オトナとして乗っていると、オトナの世界が見え、
オトナの人生との出会いがやってくるのだと思います。

武藝館には、師父はじめ、アルファロメオに乗っておられる人が多いですね。
それも、皆さんなかなかサマになっている・・・オトナだという証拠でしょうか。
スポーツカーってのは、日本だと「若者のクルマ」というイメージですが、
海外だと結構年配の愛好者が多くて、こんな真っ赤なオープンカーで、こんな排気音させて、
・・ホンマかいな? と、思えるようなことが多くあります。

さて、走り出したら更にひと味違うアルファは、運転してみると、もっともっと驚かされます。
自分がオーナーになって、可愛がって乗ってやると、
違う風、違う光、違う世界を見せてくれて、人生が広がること請け合いですよ!!
 

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