2009年05月21日

練拳 Diary #16 「骨盤歩き」

 私たちの稽古では、「一般日常的な身体」を「武術的な身体」に作り替える作業をする、という意識が必要とされます。
 そのために多くの基本功が用意され、それを正しく習得しようとすることで、学ぶ人の考え方から意識の持ちようまでが見直され、それを細かく修正する機会を持つことが出来ます。
 先日ご紹介した「座圧腿からの立ち上がり」などは、正に身体を作り替えるための、太極拳を理解するための基本功の代表と言えるかもしれません。

 その「座圧腿」の稽古では、降り始めるところから座った姿勢までは何とか取れてきたものの、一部の門人はまだ充分に身体を使えず、正しい構造が理解できず動けない状態が見られました。

 例えば、師父や教練について一緒に動いたとき、先ずはその形を修正しようとすることが稽古の要点になっており、形や姿勢が合うようになれば、その形から生じた動きも自然と同じものになり易いのですが、この練功では中々それができず、各々に苦戦していました。

 何が問題なのかと細かく見てみると、どうやら座りに行くとき、その形を真似るために、「足を如何にうまく使うか」という工夫をしてしまっているようです。
 これでは、歩法でどれほど正しく動けていても、実際には一歩を歩くために ”落下” と ”蹴り上げ” を繰り返し、それを「足」で上手にコントロールしていることになり、套路の慢練などでは、脛や腿の力みを使ってしまい、身体の運びだけを表面的に合わせることになってしまいます。
 仮に歩法や套路でどれほど動けているように見えても、そのような身体の状態ではいとも簡単に一撃を喰らい、一刀のもとに斬られてしまう「動けない身体」であると言えます。

 ・・・問題は、《 足 》です。
 日常的な「足」の工夫に慣れきってしまった悪い癖が残っているために、基本功の形が正しく取れず、順体で動くことがままならないのです。

 「それならば、足を使い難くしてしまおう・・」という、師父の言葉で始められたもうひとつの練功は、その名も「骨盤歩き」というものでした。


 「骨盤歩き」は、まず床にお尻をつけて座り、両足を肩幅に開いて前方に伸ばします。
 上半身は立てて、足は床に着いているまま、骨盤で歩いていきます。
 ただし、テンポをつけてオイッチニ・サンシと歩くのではなく、始めはゆっくりと、一歩を出来るだけ長いストロークで動けるようにしなくてはなりません。
 この練習法は他所でも時折見受けられるものですが、何でも良いから動ければ良い、進めれば良い、ということになると簡単に構造が崩れてしまうので注意が必要です。

 数メートルほど進んだら、今度はそのままバックします。
 前進と同じようにゆっくりと歩き、一歩を長く動けるようにしていきます。

 「骨盤歩き」の主な注意点を挙げますと、

  (1)骨盤が正しく立ち、仙骨が巻き込まれず腰が立っていること。
  (2)姿勢が過度に前傾・後傾しないこと。
  (3)軸が左右にブレることなく、真っ直ぐに歩けること。

 ・・などです。

 この練功の目的は、床に座ることによって半強制的に足の踏みつけや蹴り上げの出来ない状況にし、体幹部への意識を高めて構造の明確な捉えをうながすことにあります。

 自分の姿勢を、道場のガラスを鏡代わりに映して、歩き始めること数分・・・

 普段の歩法の稽古では、道場の端から端までを、長い時間をかけて何往復も歩きますが、この練功になると、わずか4〜5メートルを1往復もすると、もう止めてしまう人が出てきます。
 足の付け根の辺りが突っ張ってきて、どうにも動けない、と言うのです。
 そして、両手を後ろに着いて腿の前側を伸ばしたり、痛くなったところを揉みほぐしてから、再度歩き始めるということを繰り返しています。

 この現象こそ、まだ十分に身体の構造を捉えられていなかった事の現れだと言えます。 つまり、半強制的に足を使えなくしたにも拘わらず、【足を上げては降ろす】という、部分的に身体を使ってしまう習慣が抜けていないのです。

 そのような人の姿勢を見ると、やはり骨盤は巻き込まれて背中は丸まり、お尻を左右交互にヨイショと持ち上げては前に送り出すという、座圧腿からの立ち上がりでも見られたような「腰勁」の働かない構造になっていることが判りました。
 当然、軸は左右にブレてしまいますし、足を持ち上げては降ろすという上下の運動になっているため、なかなか前へ進むことが出来ません。
 それは、例えばテンポを速くしてみても同じことで、上下の動きは大きくなっても、前後の幅はあまり変わらないのです。

 ところが、その格好で何往復歩き続けても、まったく平気な顔をしている人も居ます。
 彼らの姿勢を見れば、一様に腰が立ち、脊椎が細かく自在に動いており、軸の左右のブレもほとんど見られません。そして、歩数を重ねる毎に、一歩一歩のストロークが徐々に長くなってきます。また、どこか身体にキツイところがないかと訊くと、足ではなく、腰と腹の辺りがまるで妊産婦のようにパンパンに張ってくる、と言うのです。
 そう言えば、稽古中にふと師父のお腹を見ると、まるで妊産婦のようにパンパンです。
 先頃、ちょうど出産間近の門人が大きなお腹を抱えて稽古に来ていて、師父と並んでお腹の大きさを比べてみたのですが、むしろ師父の方が大きいので、居合わせた人は皆驚きました。もちろん師父は腹部肥満などではありません。


 ・・さて、これが「肩取り」や「散手」の稽古だったら、一体どうなるのでしょうか。
 骨盤歩きで正しく歩けない人の場合は、身体は上下にしか動けていないのに、そこに「足」が加わることによって、何となく自分が前後左右に動けているような気がしてしまうことでしょう。
 もしも相手が正しく歩けた人のように、上下左右のロス無しに十分身体を使って動ける人だったら、それほど速くも大きくも動いているようには見えないのに、いつの間にか間合いを詰められて相手のペースに陥り、ついには一本取られてしまうことでしょう。

 それは、一般的な対練ではなくとも、座って足を広めに開いた姿勢でお互いに向かい合い、両手で同時に強く押し合ってみれば分かります。
 間合いや、相手を取る技術無しにも、単純にどちらの構造が強いのか、どちらが十全に身体を使おうとしているかで、一瞬にして勝負が決まってしまうのです。

 もちろん、立っている時と、前に足を投げ出して座っている時の姿勢では、股関節周辺の構造も違ってきますが、「骨盤歩き」の場合には、姿勢を変えてみることで自分の構造の捉えがどのようになっているのかを改めて確認することが出来ますし、普段の自分の動きから
《 足 》を取り除いたときに一体何が残るのかということもじっくり味わうことが出来る、大変良い稽古だと思えました。

                                (了)



 *門人に正しいものと間違いとを演じて貰いました*


      

       ほぼ正しく「骨盤歩き」ができている状態。
       腰腹部が立ち、身体の動きで膝が軽く上がっている。



      

       比較的良い姿勢と言える。
       腰腹部を使おうとしているが、まだ腰が立たず、骨盤がやや巻き込まれている。
       前に向かう緊張がなければ、さらに身体が動ける状態。

 
      
      

       腰は立っているが、上体の前傾と左足の蹴り出しが見られる。
       右足を軸に左足が出されており、膝は上がらず、踵が押し出されている。
       胸腹部の緊張がなければ、骨盤が働く状態。



      

       「骨盤歩き」全体の稽古風景。
       各々に腰腹部の立ち具合や膝の上がっている度合いが異なっている。

xuanhua at 17:59コメント(12)練拳 Diary | *#11〜#20 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2009年05月22日 00:58
なんと衝撃的な写真でしょう!!
勉強になります。
ありがとうございました。
ちょうど今日、骨盤歩きのことを考えていたのでびっくりでした。
肩や背筋に力が入ると、姿勢や構造が違ってしまうんですよね!

2. Posted by トヨ   2009年05月22日 13:49
これが難しいんですよね。

使う必要のない筋肉にピシっと力が入って、
続ければ続けるほど大変なことになるのが、
ヨォく感じられます。

立っているときには気付きにくいことに目が向くようになる、
面白い練功だと思います。

3. Posted by ほぁほーし   2009年05月22日 18:34
☆マルコビッチさん

>肩や背筋に力が入ると・・・
確かに、姿勢が変わりますね。
しかし、言い換えれば、「姿勢や構造が違うと、肩や背筋に力が入る」とも、
言えるかもしれません。

あの「起き上がり腹筋」でも、師父がチョイチョイっと修正されただけで、
足にも腹筋にも入力することなく、軽く起き上がれてしまうわけですから。

人間の構造とは、不思議なものですね。

4. Posted by ほぁほーし   2009年05月22日 18:37
☆トヨさん

私も、もちろん最初から簡単だったわけではありませんが、
骨盤歩きをしていて、「ああ、そうか」と思い至るときは、
必ず基本に立ち返ったときですね。
即ち馬歩、站椿。

練功は、練るほどにその緻密さと、面白さが出てきますね。

5. Posted by tetsu   2009年05月22日 21:36
自分もこの練功をした時は骨盤が巻き込まれていることを実感しました。
・・・ということは、日常の生活においても骨盤が立っていないことになりますね(汗)。
このような練功を通し、自分の間違った構造を見直す、修正できるというのは道場のおかげです。
まだまだ至りませんが、日常から自分の癖を見直し、練功に励みたいと思います。

6. Posted by ほぁほーし   2009年05月23日 01:41
☆Tetsuさん
コメントをありがとうございます。

普通は、道場で過ごす時間より、日常の生活の方が遙かに長い時間を過ごしますから、
まさに、身体の癖や偏りは、普段の生活で形成されると言えますね。
私たち修行者は、道場での意識の持ち方から精神状態、そして身体の要求までを、
日常生活でも実践していかなければ、十全に理解するのは難しいように思います。

しかし、自分の日常を見直してみると、なるほど「馬歩」のひとつも
取れない理由が、たくさん見えてきて・・・トホホ。(泣)
精進あるのみですね。

7. Posted by まっつ   2009年05月23日 01:48
実に為になる練功と思い知ります・・・
身体が整備出来ていなければ、
全く以て歩けないので、
否応無く自分の問題点を見る事が出来ます。

小生も未だ全然歩けなくて、
毎回ひーひーやってます(顔には出しませんが・・・)。
やっぱり上達するには、自分の下手さ加減に憤慨して、
自分を更新しないとイケマセンしね・・・

うーむ、ガンバロウ・・・

8. Posted by タイ爺   2009年05月23日 09:03
これは見た目よりすごく難しいですね。
骨盤がどうしても巻き込まれてしまいます。
腹筋を使ってしまっているんですね、これは。

>腰と腹の 辺りがまるで妊産婦のようにパンパンに張ってくる、と言うのです。

こうなるようにがんばります。目指せ妊婦!(違うか)

9. Posted by とび猿   2009年05月23日 13:28
武藝館の稽古を通じて、いつの間にか自分が、本来人間が持っている機能を
全く無視した強引な使い方をしてしまっているのだなと痛感すると共に、
もともと人間に備わっている機能に感動します。
生活の中から正座が消えていき、学校では体育座り。本来の人間の構造は歪められ、
このままでは、人間は退化していってしまう(もう始まっている)ように思えてきます。

10. Posted by ほぁほーし   2009年05月25日 03:18
☆まっつさん

足で立っているために、歩けているような気がしてしまうところがミソですよね。
本当は骨盤歩きでも、身体の使われ方は同じはずなのですが・・・

自分の下手さ加減を思い知るには、様々な練功が役に立ちますね。
特に、普段何気なく(?)使っている「足」を止めてしまうことは、
新しい発見が多く、勉強になります。
お互いがんばりましょう!

11. Posted by ほぁほーし   2009年05月25日 03:21
☆タイ爺さん
コメントをありがとうございます。

不思議なもので、同じ座ることでも、正座で座った場合には腰が立つのに、
足を前に伸ばすと、とたんに骨盤が巻き込まれてしまいますね。
イスに座っていても骨盤を立てることは出来ますから、
問題は、膝を伸ばすところにあるのでしょうか・・。

しかし、今時の若い人は大抵、細い足に小さなお尻のようですから、
妊産婦のように・・とまではいかなくとも、せめてもう少し、
ガッチリした足腰になってほしいものですね。

12. Posted by ほぁほーし   2009年05月25日 03:23
☆とび猿さん

>本来人間が持っている機能を全く無視した・・・
例えば套路などでも、膝関節が正しく曲がらない方向に無理な力を加えて
動くような姿勢が時折見られますが、それは言ってみれば関節の機能を
無視していることになりますね。
逆に考えると、套路などを正しい姿勢で動こうとしていくことによって、
歪められた構造が、元の在るべき状態に戻されていくように思います。

骨盤歩きも、自分の構造を見直す良い材料になりますね。

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