2009年03月28日

連載小説「龍の道」 第10回




 第10回 南京町(5)


 初めての経験であった・・・
こんなことは、これまでに、一度だって無かったのである。

 宏隆がそれなりに手を灼いた相手でも、それは打たれ強かったり、パワーにおいて圧倒的に相手の方が有利な場合が多かったのだ。
 しかしそれでも、結局は、ほとんどの場合が宏隆の勝利に終わっていた。
それは、彼よりも体躯の大きな、筋力が数倍も強い相手を、相手のペースに乗らず、相手の得意とする戦法で戦わせなかった故なのである。

 チカラで押し潰そうとする相手にはチカラで返さず、相手の力を流しながら崩して倒した。
腹や胸を打っても効かない相手には、人間が鍛えようのない首筋や頭部、脇腹、スネや股間を狙って制した。素早く動き回る相手には、常にその反対側に回る動きでそれを無効にしたし、組み付いてくる相手には、組み付くことが嫌になるように工夫をした。

 しかし、この相手は、これまで戦ったどんなタイプとも違っている。

 初めて経験する、捉えどころのない動き・・・・
 いや、相手は立ったまま殆ど動いているようには見えないから、“動き”で避けたり躱したりしているわけではない。それは、そもそも身体の使い方が、自分とは根本的に異なっているのかも知れなかった。

 その圧倒的なチカラの差は、どうにもならない・・・いまの宏隆は、否が応でもつくづくそう感じざるを得なかったが、彼はそれで諦め、得心できるような人間ではなかった。
 
「キエェーーイッ!」

 まるで、自分でそうしたことさえ、気づいていないかのように・・・
もう、気合いにもならないような、悲鳴に近い鋭い声を発して、
我を忘れて、全身全霊を込めた最後の一撃を、ほとんど無意識の内に出していた。


 と・・・その、瞬きをするよりも短いような時間のなかで・・・

 拳を打ち出した彼の腕が、ゆっくりと、スローモーションのように、その人の腕の上でそっと転がされ、軽く胸に両手が触れられるのを感じた途端・・・

「フッ・・」と・・・
まるで、そこだけ重力が無くなったかのように、自分の身体が宙にフワリと浮かされているのを感じた。

 
 その時、宏隆には、黒い中国服の姿が、眼下にゆっくりと遠ざかって行くのが見えたが、次の瞬間には、どこかに頭や背中をひどく打ちつけられ、そのまま貼り付くように壁伝いに「ズン・・・・」と床に落ちて、壁際に転がった。

 しかし、その衝撃の痛みよりも、はるかに新鮮な驚きが、宏隆をとらえていた。

「・・・いま、いったい、何をされたんだ?」

「と、飛ばされた・・・? こんなところまで・・・」

「何のチカラも感じなかったのに・・・・ どうして・・・?」


 そのとき・・・王先生は宏隆の突きを腕で受けながら反らし、両の掌で、ほんの軽く、生卵が割れないほどの力で、彼の胸をそっと押したのであった。

 そして、ただそれだけで・・・
 宏隆の身体は数メートルも宙を舞い、向こうの壁の上方・・天窓のある辺りまで仰角をつけて飛ばされ、天井と壁に強(したた)かに身体を打ち付けて、そのまま壁づたいにずり落ちてきたのである。

 背中に感じた強い衝撃は、その時のものであった。

 しかし、飛ばされた宏隆には何が起こったのか、皆目わからなかった。


「おお、お見事!・・・久しぶりに拝見しました」

 K先生が、思わず日本語でそう言ってから、すぐに中国語で言い直し、椅子から立ち上がって、パチパチと拍手をした。

 すでにその人は、壁際の片隅でぐんにゃりと転がったまま呆然としていた宏隆に手を差し伸べて起こし、優しく席の方へと誘っている。

「・・・い、今のは、何ですか? 
自分がいったい何をされたのか、全然わかりません!」

 よたよたと、まだ歩く足元が頼りない宏隆が、目をパチクリとさせながら、王先生に向かってやや興奮してそう訊ねると、それが日本語であっても、何を言っているのかが充分解っているかのように、

「 T a i - j i Q u a n ・・・ 」

 K先生の通訳を介さずに、静かにその人が答えた。

「タイ・・ジィ・・チュエン・・・・?」

 ・・・口の中で、復唱してみた。

「 T a i - j i Q u a n ・・タイキョクケン・・太、極、拳、と書くんだよ」

 中国語の発音を示した後で、円卓に指で文字を書きながら、K先生が言う。

「中国と国交の無い日本では、まだ誰も知る人が居ないだろうが・・・
太極拳は、彼の国では六百年もの歴史を持つ、とても強力な拳法なのだ。
現に、あれだけ手加減して頂いたのに、君は軽々と宙を飛ばされてしまっただろう?
 この方は、太極拳の源流である陳氏太極拳を、その直系の師匠から学ばれたのだ。
しかしそれは、今の日本で若者が武道を習うのと、決して同じことではない・・・」

「王先生は、この文化大革命でご両親や奥さん、二人の子供まで容赦なく惨殺されて、
その復讐のために、中国をもっとより良い社会に戻すために、ある秘密結社に入って・・・
 ・・まあ、王先生は、陳氏太極拳を学ぶ以前にも、いろいろと武術を学んでおられるし、
人生でずっと闘う必要に迫られてきた方なので、今の平和ボケの日本で、そこらの空手家や、 “ケンカの若大将” が何をやっても敵(かな)うわけがないがね・・・」

 ・・・K先生が思わぬ事を口にしたので、宏隆はちょっと驚かされた。

 自分がこれまで送って来たごく普通の生活や、平和な社会を基盤とした考え方の範疇を超えるところで、想像も出来ぬような、怒りや悲しみ、苦しみの心情を背負って生きている人の、人生の重さや深さを垣間見たような気がしたのである。

 自分などとは、生きていることの重さが違う・・・・
 ”ケンカの若大将” とは、宏隆が「東亜塾」の塾生たちに呼ばれている渾名であるが、K先生が言うように、ちょっとカラテ道場の黒帯を遇(あしら)えたり、ケンカが強い程度で天狗になっている・・そんな自分が太刀打ちできるような相手ではなかった。


「・・・如何だったかな、太極拳の味わいは?」

 鋭く、深く澄んだ目をしているその人は、こう言って、静かに尋ねてきた。

「その拳法は・・・その、タイ・・ジィ・・チュエン・・というのは、何か特別な武術なのでしょうか? 僕は、こんな目に逢わされたのは、生まれて初めてです」

 宏隆がまだ興奮気味に、少し声高に、そう言う。

「K先生のところでも、柔術の巧い人には大きく投げられてしまいますが・・・
それでも投げる円の中心があって、その外周を回るように投げられるだけです。
 でも、今のは・・何も強く押されたわけでもないのに、こんなに宙を飛ばされて・・・
不思議で・・・いまだに信じられません。
 それに、出したパンチがひとつも当たらない・・・それどころか、勝手にあらぬ方向へ逸(そ)れて行って・・身体もひどく崩されて、打つ度に走り回らされてしまいます・・」

 その人は・・・王先生は、静かに微笑みながら、

「内勁(nei-jing)とか、纏絲(chan-si)などと呼ばれている・・・
それが、この武術の・・太極拳のチカラだ」

 ・・・そう語った。

「ネイ、ジン・・・」

 初めて聞くその言葉を、つぶやいて、復唱してみる。

 王先生は、続けて、こう説明した・・・

「太極(タイジィ)とは、宇宙・・・全体性、という意味だ。
 太極拳は、宇宙の法則とひとつになることによって、大きな力を得ようとする。
普通の力は、どれほど鍛えても、普通の力を超えるものにはならない。
 太極拳は、通常の、一般的な力の使い方を否定することによって、
もっと大きな、武術の高みに存在する真のチカラを得ようとするものなのだ。
古い力が去れば、新しい、真のチカラがやってくる・・・」

「・・・それは、どうすれば得られるのですか?」

「正しく学んでそれを得た人に就いて、同じように正しく学ぶしかない」

「それは・・それは、誰にでも学べることなのでしょうか・・? 
・・た、たとえば・・・・」

 たとえば・・ この僕にでも・・・

 思わず、そう言いそうになった宏隆は、それを軽々しく口にすることを怖れて、グッとその言葉を飲み込んだ。


 しかし、宏隆はもう、どうにも我慢が出来なくなっていた・・・
こんな武術が、この世界にあるのだとは、まったく思いもよらなかったのである。

 自分の攻撃は、何ひとつ有効ではなかった・・・
いや、正確に言えば、有効でなかったのではなく、まったく何の意味も持たなかった。

 これまでに彼が知る闘争術とは、相手が打てばそれを受けて反撃し、あるいは先手を取って相手よりも強力な力や技法で先に攻撃を仕掛け、防御それ自体を打ち破って脅威を与え続ける、というような種類のものであった。

 しかし、この人の、王先生の武術は、そのようなものではなかった。

 自分の攻撃は、王先生が躱すまでもなく、自分が打っていった時点ですでにそれ自体が、その攻撃するという行為ゆえに、ひたすら逸れて行ってしまっていたのである。


 それが何故なのか・・・

 何故そのようなことが可能なのか・・・


 また、最後に自分が宙に舞わされた打撃は、自分の知る「打撃」というものにはまったくあてはまらなかった。

 何よりも、痛くも痒くもないのだ。

 それは、まさに生卵が割れない程度の力で、そっと触れられたに等しいものであったが、そうであるにも拘わらず、宏隆は、部屋の隅の天井の際まで飛ばされてしまった。

 その、優しく触れるに等しい動作だけで、宏隆の七十数キロの身体が、4メートルも先の、高さは2メートル半ほどもあろうという天井に、仰角を付けて飛ばされ、強かに頭や背中を叩き付けられたのである。

 こんな武術が、この世界に存在することを、宏隆は初めて知った。

「世界は広い・・・そして、自分は何も知らない・・・」

 そう謙虚に納得せざるを得ないものが、心の中に強く渦巻いて離れなかった。


 途方もなく素晴らしいものに出会った時の人間の常として、誰もがそれを所有したい、共有したい、と激しく渇望するように・・・宏隆もまた、謙虚にそれを学び、自分のものとして修得したい、という強い衝動に駆られていた。

 そして、ついに・・・

 もう、どうしようもなく、我慢しきれずに、こう言った。


「お、王先生・・・! 僕に・・・それを教えて下さい・・・!!」
 



   
 
                            *写真はイメージです


taka_kasuga at 20:08コメント(10)連載小説:龍の道 | *第1回 〜 第10回 

コメント一覧

1. Posted by まっつ   2009年03月30日 01:12
>まさに生卵が割れない程度の力で・・・天井の際まで飛ばされてしまった。

当に次元の違う武術の力ですね。
宏隆君にとっては、さぞかし異世界の働きの如く思われた事でしょうね!

眼前に全く新しい世界が立ち広がって見える経験とは、
そう人生において在るものでは無いでしょう。

ただ、其れを垣間見てしまうと、
其の世界を手にしたいとの夢を抱かずには居られません。

さぁ、宏隆君の中に灯された渇仰の火は、
どのように燃えていくのか・・・!!

今後の展開に期待大です!

2. Posted by 耕   2009年03月30日 10:10
何も知らない人がこの小説を読んだら
面白い! けど誇張された作り事だよね〜
と思うんでしょうね。

しかし怖ろしいことに、
武藝館の皆さんは現実にこの宏隆君の体験を
おなじように経験されているということです!

ひぇぇぇ〜。

3. Posted by ほぁほーし   2009年03月30日 14:00
>まさに生卵が割れない程度の力で・・・

「生卵が割れない」とは、衝撃力をキログラムで表すよりもリアルな表現ですよね。
軽い=威力が無いかというと、そうではないところが、なお恐ろしいです。

ある実験では、生卵が割れない程度の力で師父と門人の掌打を比較したのですが、
私が実際に師父の掌打を受けたときは、大きめのミットを5つ重ねてクッションにしていても、
身体にビビッと衝撃が走り、後ろの壁まで何メートルも激しく飛ばされてしまいました。

とてもひとりでは5つものミットを持てないので、両脇で支えていてもらったのですが、
私が吹き飛ばされても彼らには何の影響もなく、またミットも殆ど動かなかった、と言うのです。

ミットを通して自分だけに効いてきたあのチカラが、
生身に当てられていたらと思うと、今でもゾッとします。

宏隆くん、無事でよかったです〜。

4. Posted by オポルト   2009年03月30日 18:26
まっつさん
>ただ、其れを垣間見てしまうと
>其の世界を手にしたいとの夢を抱かずには居られません。

・・ホントにその通りですね。太極拳もそうですが、
レース仕様の高馬力のレガシィで、師父のド・ノーマルのアルファと一緒に高速を走って、
意外や、どうあがいても追い付けずに、その後ご自分でも師父のアルファを運転してみたら、
あっと言う間にアルファ・ロメオに魅せられ、もうどうにもたまらなくなって、
師父の GTV を懇願の末、譲ってもらった門人が居られましたっけね・・・(笑)

この小説、回を追う毎にだんだんのめり込まされてきます。
まっつさんの「どーなるんだ次回!」が無いと、ちょっと寂しいですが(笑)

5. Posted by 春日敬之   2009年03月30日 20:54
☆まっつさん
一度でも真実を垣間見たり、本物を体験してしまったりすると、
もう、ヒトはそこに向かって歩んで行かずにはいられませんね。
私も実際に入門時にそれを見せつけられ、体験させられ、それに魅了され、
この道を歩まずには居られなくなった一人です。
・・・きっと、ワインの世界も同じなんでしょうけどね(笑)

今後の展開をお楽しみに!

6. Posted by 春日敬之   2009年03月30日 20:58
☆耕さま
はじめまして。
「龍の道」をお読み頂き、ありがとうございます。

この物語はフィクションであり、登場人物や団体はすべて架空のものですが、
今回のストーリーは、武藝館の皆さんの多くが毎日似たような体験をされているように、
私も実際にこの身で経験させて頂いた、ナマの体験談を元にして書いたものです。
いやはや、太極拳と言うのは、本当にすごいものですね。

7. Posted by 春日敬之   2009年03月30日 21:03
☆ほぁさま
>軽い=威力が無いかというと、そうではない・・・
おお、このように具体的な内容を目にすると、改めてリアルですね〜
「生卵が割れない程度」という表現は師父から取材したものですが、このような実験でも、
決して「表面的な衝撃力の大きさ=相手を吹っ飛ばすチカラ」ではない、
ということが分かりますね。

>宏隆くん、無事でよかったです〜
・・聞くところによりますと、太極拳の打ち方には、
相手を吹っ飛ばすモノと、吹っ飛ばさずに内側に効かせるモノがある、ということで、
宏隆くんは、取り敢えず「吹っ飛ばされただけ」で済んだようで、ホッと一安心。
しかし、太極拳というのは、美しく見えてもホントは怖いんですね〜・・・

8. Posted by 春日敬之   2009年03月30日 21:07
☆オポルトさま
>高馬力のレガシィで、師父のド・ノーマルのアルファと・・・
それこそ、馬力の大きさイコール速さや高性能ではない、という見本かと。
日本人は馬力指向、スペックの数字信仰の人が多いですね〜

>回を追う毎にだんだんのめり込まされてきます。
もっとドンドンのめり込んで頂けるように頑張って書きますので、
宜しくお願い致しま〜す。

>まっつさんの「どーなるんだ次回!」が無いと・・
あはは・・ぼくも寂しいですね(笑)

9. Posted by とび猿   2009年03月31日 01:46
>初めて経験する、捉えどころのない動き・・・
>まさに生卵が割れない程度の力で・・・

うーむ、武藝館に入門する以前の経験や常識からは全く想像が出来ません。
私事で恐縮ですが、とび猿は実際に散々崩されて、また、飛ばされて、
このような世界があったのかと、「驚き」というか、「感動」というか、「納得」というか、
何とも言い様のない気持ちになりました。

そういえば、以前、信州のある門人が初めて飛ばされた時、
「嘘ズラー!!!」
と叫びながら飛んでいったこともありました。

まさに非日常、凄い世界です!!

10. Posted by 春日敬之   2009年03月31日 17:30
☆とび猿さん
>「嘘ズラー!!!」
>まさに非日常、凄い世界です!!

確かに、その動きや勁力は非日常的で、一般的な感覚や想像を絶するものですが・・・

ぼくが本当に ”凄い” と思うのは、
その原理を発見し、それを武術にまで高めていった人たちの、限りなく高い人間性です。
それは先人たちが「敬」の一語を尊び、老荘、孔孟、道教や仏教などに教えを求め続けた、
「人間の在り方」が基本になっている、高度な「道」としての武術である故だと思います。

太極武藝館でも、先人たちからそのような精神が正しく継承され、
単にそれが武術的に「凄い」ということに留まらず、常にその学習体系や原理が大切にされ、
それがどのような精神状態によってこそ得られるのか、つまり、学習の内容よりも、
学習に向かう「心」や「意識」こそが最も重要であるとされていますね。

「中身」が、「心」があってこそ、武術としての正しいチカラも養われ、備わっていく・・・
だからこそ、私たちはこの玄門太極に誇りを持って学び、
武藝館は「すげー館」と呼ばれ得るのだと思います。

私たち一般門人は無論のことですが、継承者である后嗣や拝師弟子の方々には、
それをこそ修行され、立派にこの門のスピリットを遺していって欲しいものですね。

及ばずながら自分も、それを「龍の道」に書けるよう精進していきたいと思います。

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