2009年02月18日

連載小説「龍の道」 第6回




 第6回 南京町(1) 


 去年・・・ 
 つまり、昭和46年(1971年)の初夏・・・

 いつも通り、居合いの稽古にたっぷりと汗を流した後で、東亜塾のK先生が、突然、

「君は本当に武術が好きなようだね。それに、なかなかスジも良い・・・
しかし、世の中には、もっと様々な武術があることを知っているかな?」

 ・・・そう訊かれるので、

「はい、柔術や杖術なども、色々とやってみたいと思っていますが・・」

 と、答えると、

「いや、大陸のことだよ。大陸にも武術があるのを知っているかね?」

「・・大陸とは、中国のことですか?」

「そうだ。中国には、とても強力な武術がたくさんあるのだよ」

「沖縄に渡来した唐手の、その元になったようなものでしょうか?」

「それもそのひとつだ。しかし、それはほんの一部分に過ぎない。
中国に存在する武術の数は・・・そう、日本の百倍くらいは、軽くあるだろうからね」

「・・そんなに! それは、日本の武道のように強いのでしょうか?」

「おお、強いとも!
私など、手も触れないまま、飛ばされてしまうほどだからね」

「手を?・・・触れずに、ですか?」

「そうだよ。聞いただけでは、ちょっと信じ難いだろうが・・・
それは人間の意識と、身体の構造の問題だ。
つまり、純然たる科学なのであって、仙人が用いるような神秘的な技法ではない」

「科学的に説明がつく、ということですね」

「そう、私たちが学ぶ剣も同じだ。相手が刀を抜かないうちに、此方は斬ることができる。
相手が抜かないうちに素早く斬るのではなく、相手が刀を抜けないのだ。
 無刀と云って、相手が斬りかかってきても素手で対応出来る技法もある。
それらは、避け方や捌き方といった単体の技法ではなく、それ自体が、武術としての、
究極の在り方なのだ・・」

「無刀・・・」

「長年正しく修練していると、そのようなことが解ってくる・・・
相手に触れずに吹っ飛ばす技にも、そのような確かな学習体系があるに違いない。  
・・ハハハ、目が輝いてきたな・・・どうかね、興味があるだろう?」

「はい、すごい話です。高度な武術には国境も何も無い、というか・・・
・・・その方は、その達人は、中国に居られるのですか?」

「いや、つい最近、この神戸に来られたばかりだ。
もし君に興味があるのなら、その中国武術の達人に紹介してもいいが・・・・」

「・・え、自分にですか? ちょっと畏れ多い気がしますが・・」

「いや、才能のある武術好きの日本の若者が居れば、ぜひ会ってみたいというのだ。
まだ当分の間、中国は駄目だから、と仰ってな・・・」

「はぁ・・・?」

「ちょうど、南京町に行く用事もある・・・
もしよかったら、次の日曜日に、私と一緒に来ないかね?
 しかし、君の人生を変えてしまうようなことが起こるかもしれない。
そこから先のことは私にも保証し兼ねるから、それで、君が良ければの話だが・・・」


 人生を、変えてしまう・・・
 そうK先生が仰ったことは、宏隆にはどうにも意味を測りかねたが、それでも、自分の中の何かが、その誘いに身を委ねるべきであることを主張しているようにも思えた。
 それは、何か素晴らしいことが待ち受けている予感、などというようなものでは決してなかったが、まるでアンテナが新しい周波数を受信するように、持ち前の感受性や好奇心が騒いでならず、時が経つにつれ、だんだんその日が待ち遠しく思えてならなかった。



 その日曜日・・・

 K先生に連れられて、いよいよ今日は凄い中国武術の達人に紹介されるのだ、と、高ぶる気持ちを抑えつつ南京町に行くと、K先生は、『祥龍菜館』という、神戸では名高い高級広東料理の店にヒョイと入っていった。
 よほどのお得意様なのであろうか、店員たちはみな、爪先まで足を揃え、頭を低くして慇懃にK先生を迎える。

 この店には、何度か家族で来たことがあった。
 『祥龍菜館』は、洒落たテラス席まである、三階建ての立派な店で、外国の要人が神戸に来るとお忍びで立ち寄るような店でもある。
 入口の左右にある紅い柱には一対の龍が彫られてあり、店内は緋毛氈が敷き詰められ、一階は大小の個室席、二階は飲茶のための広間、三階は特別な高級料理が賞味できるような豪華な部屋が幾つか造られている。
 室内装飾や調度も中々の凝りようだが、日本人向けに・・いや、外国人の多いこのハイカラな街に合わせてか、ギラギラした中国趣味を避けて垢抜けた装飾にしてあり、訪れる人はまるで上海辺りの高級ホテルに来ているような錯覚さえ覚える。

 ・・・なるほど、ここで会食か、と宏隆は思ったが、意外にも、店員は三階にある上客用の席には案内せず、そのまま一階の通路をどんどん奥へ進んで、突き当たりの「RESERVED」という札の掛けられた、窓も無い、忘れられたような陰気な小部屋に入っていく。
 そして、一体何のつもりか・・・その店員は奥の壁を三回、ドン、ドン、ドンと、まるで何かのマジナイのように強く叩いたかと思うと、席を勧めようともせずに、そのままぶ厚い扉をバタンと大きな音を立てて閉め、さっさと行ってしまった。

 出迎えの慇懃な挨拶とは打って変わって、客を客とも思わない店員の失礼な態度に、宏隆はちょっと気分を悪くしたが、日頃から礼節を重んじるK先生が、不機嫌そうな顔ひとつせず・・
何故か、少し緊張の面持ちで、たった今閉められた扉に歩み寄って、自分で内側からガチャリと鍵をかけ、円卓の席には座ろうともせず、まるで何かを待つように立っている・・・

 ・・・とても、これから美味い広東料理を味わうような雰囲気ではなかった。
それに、何の為に、中華料理屋の奥の間で、客が内側から鍵を掛ける必要があるのだろうか。
 とても奇妙な感じがして訝しかったが、K先生が黙って立っている以上、弟子である宏隆は、師に倣って、ただそうして居るしかなかった。

 ここは滅多に客を通さない部屋らしく、何となく埃っぽく、それに窓のないせいか、少々カビ臭いような気さえする。
 よくこんな所で食事をする気になれるものだなぁ・・と、半ば呆れながらも、暇つぶしに、
壁際の大きな飾り棚に載せられている明朝の古壺や茶碗だの、大きな赤絵の皿だの、翡翠で造られた精巧な彫刻が施された茶器などを眺めていた。

 宏隆は、その若さに似合わず、茶道具や古美術に興味があった。
 母の実家が茶道美術館を営んでいるような影響もあったし、自宅にも待庵(たいあん)を写した二畳台目の茶室があり、小さい頃から楽や織部の茶碗や大徳寺物の書画といったものにも親しむ機会があった所為でもある。
 そして彼の鑑識眼も、本物ばかりを見慣れてきた故か、年齢に似合わず、直感的にその真贋や優劣を見抜ける資質がすでに備わっていた。

 その大きな飾り棚自体も、繊細な彫刻に螺鈿が施された見事なものであったが・・・
よく観れば、そこに置かれている陶器や茶器は、このカビ臭い部屋には不釣り合いな、蒐集者の人柄が偲ばれるような、上品で格調高いものばかりであり、中でも、鳳凰と花が描かれた明朝の呉須赤絵の大皿は、目を奪われるほど美しく、味わい深いものであった。


 それから、10分ほども経っただろうか・・・
 驚いたことに、その大きな飾り棚が、それごと・・・音もなく、ゆっくりと・・・
壁際で、スーッ・・とスライドして動き始めたので、思わず宏隆は後ずさりをした。

 もう、赤絵の皿に感心しているどころではない。
 その異状さに我が目を疑い、すぐにK先生の方を見たが、K先生は、まるでそんなことは初めから承知していたように、ただ黙ってその飾り棚の動きを見守っている・・・

 しかし・・・さらに驚くべきことが起こった。
 その飾り棚の動きが止まった後の、どう見ても壁にしか見えないところが、まるで壁自体に
穴が空いたかのように、ポッカリと、小さな扉の形をして開かれたのである。

 流石の宏隆も、これには「あっ・・」と、思わず声を上げた。

 その小さなドアの向こうからは、まるで東大寺の金剛力士像のような、明らかに鍛え抜いた体と分かる、厳しい目つきをした中国人の男が、窮屈そうにヌウと出てきた。

 そして、何も語らず・・・ジロリと、宏隆の顔を一瞥してから、K先生に向かって慇懃に頭を下げると、その大きな男はまた、自分からその扉の向こうへと入っていく。


 K先生は宏隆を見て、後を追いて来るよう、目で促している・・・

 ドアの向こうには、薄暗い地下へ下りていく、狭くて急な、鉄製の階段があった。
階段の表面には厚手の毛氈のようなものが貼られていて、足音がまったく響かない。

 宏隆は、ふと、子供のころに行った伊賀の忍者屋敷を想い出していた。
 その忍者屋敷には、廊下の角を曲がったところに従者用の小部屋があり、床の間の畳を剥ぐと地下への階段が隠されていて、裏の空井戸の底に抜ける秘密の道があった・・・

 しかし、この時代に、そのようなものが現実に、この南京街の真ん中に在ること自体が不思議であったが、K先生は慣れた様子で、宏隆が後ろから来るのを確認しながら、足取りも軽く、
トントンと先に下りていく。

 その、十数段ほどの階段を下りきろうとした頃、いま潜ってきた秘密の入り口が、パタン、と閉められる音がした。宏隆は、思わず足を止めて振り返り、その真っ暗になった入り口を見上げて、もう二度とそこには戻れないような、ちょっと不安な気持ちになった。

 階段を下りきると、そこは地下室ではなく、何とか大人がすれ違えるほどの狭い通路が、細長く左右に伸びていた。
 通路の天井はそれほど低くはないが、頭上には様々な太さのパイプやら、電気のケーブルのようなものが何本も這わされており、通風ダクトのような四角い管もある。
 まるで客船のように、壁に小さな灯りが点る通路の向こうには、さらに何処かに通じているような分かれ道や、大きさや色が違う鉄製のドアも幾つか見える。
 所々には、その通路自体を区切る扉が備えられてあり、防火扉のように、それを閉めさえすれば、火も、人間も、そこから先には行けないような工夫が為されている。

 ・・これは、忍者屋敷と言うよりは、地下の秘密の要塞のようにも思えた。

 しかし・・・いったい、何のために、南京町の地下にこのような通路があり、
また、何のために、わざわざあのような秘密の入り口を設けているのか・・・

 小さい頃から怖い物知らずのガキ大将ではあっても、所詮は普通の高校生に過ぎない宏隆は、目の前に展開されている、この非現実的な世界を、まったく理解できなかった。

 しかし同時に、久しぶりに、何か心ときめくものも感じられて・・
 何よりも、持ち前の好奇心がうずうずと騒ぎはじめ、得体の知れぬものへの怖れや不安に慄いているよりも、こうなったらトコトン見てやろう、何でも経験してやろう、という気持ちになっていた。



taka_kasuga at 20:41コメント(2)連載小説:龍の道 | *第1回 〜 第10回 

コメント一覧

1. Posted by マルコビッチ   2009年02月22日 12:53
春日敬之様 毎回楽しみに拝読させていただいております。
神戸は数回しか訪れたことがないのですが、
読んでいると、神戸の山の手などの情景がイメージされ、
思わず物語の世界に引きずり込まれてしまいます。

しかし、宏隆はかっこいいですねえ!!
昔の映画に出てきそうで・・恋しちゃうんだけど、なんか
近寄りがたくて、声かけれないって感じですね!
これからどうなっていくのか、ドキドキ、楽しみです。

2. Posted by  春日 敬之   2009年02月23日 00:48
>マルコビッチさん

「龍の道」への初コメント、ありがとうございます。
愛読してくださるファンが居るというのは、本当にありがたいものですね。
このコメントを頂いただけでも、執筆の意欲が3割ほどアップしました!!(笑)

神戸はシドニーと同じく、私の大好きな街のひとつです。
他文化が入り交じる中で人々が楽しくやっているというところが似ていますが、
そういう街では人間に自由と創造性が限りなく出てくるような気がします。

宏隆くんが活躍する時代は、70年代から80年代にかけてですが、
それはちょうど、日本が戦後の復興を成し遂げ、経済成長に気をよくし、
平和と安全が水や空気のように存在するかのように錯覚した時代でもあります。
そんな時代の波に流されず、日本人の魂や日本人としての在り方を忘れず、
中国の偉大な武術文化を学ぶことで人間としての成長を求めていきますが、
それが切っ掛けとなって、平和や安全とは正反対の、波瀾万丈の青春が始まります。

・・と、まあ、そんな主人公の姿を見守ってやっていただければ、
たいへん嬉しく思います。
今後とも、ご愛読&ご声援のほどをよろしくお願いいたしま〜す!!

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