2009年02月06日

練拳 Diary #7 「ボール乗り・その1」

 武術的な身体を整え、養っていく訓練のひとつに、「ボール乗り」があります。
 これは、ボール・エクササイズやリハビリなどに使われている、直径55〜75センチほどの張りの強い硬めのゴムボールを用いて行われるもので、基礎訓練の補助として稽古します。

 「ボール乗り」と聞くと、いったい太極拳と何の関係があるのだろうか、そもそも伝統太極拳の練功法にそんなモノはない、と思われるかもしれません。
 確かに、昔の陳家溝に大きなゴムのボールがあったとは思えませんし、実際に太極拳の訓練に「ボール乗り」を取り入れたのは、おそらく円山洋玄師父が初めてだと思います。

 「ボール乗り」と言っても、私たちはサーカスのような曲乗りをすることを目的としているわけではありません。この練習の最も重要な目的のひとつは、ボールを用いることによって「非日常」を体験するということ、そして太極拳を習得していく上で必要な、放鬆を始めとする様々な要訣を理解することにあるのです。

 単にボールに立つだけなら、ちょっとバランス感覚の優れた人なら、それほど難しいことではないかもしれません。しかし、それが稽古として行われるからには、我武者羅にボールを制覇するのではなく、正しく太極拳の要求に沿ったものでなければ意味がありません。そうであるからこそ、ボールを用いることによって、太極拳の要求が自分の身体で体験され、理解されていくことになるのです。

 ただし、それはあくまでも「疑似体験」に過ぎない・・と師父に言われました。
 確かに、ボールに立てたからといって放鬆が習得できるわけではなく、虚領頂勁が身につくわけでもありません。それは、ボールの上に立つという非日常的な状況に身を置いたときに、徐々に整えられてくる身体の状態が、放鬆や虚領頂勁などの内容や感覚に類似している、という程度のものに過ぎないのでしょう。
 しかし、同時にそれは、放鬆や虚領頂勁などの要訣がどれほど研究され修練されようとも、
「日常性」という環境の中では決して理解され得る筈もない、ということでもあります。
 武術原理が取りも直さず「非日常性」であるというところから観れば、「ボール乗り」は実に容易に、そのような世界へ私たちを誘う契機となるものに違いありません。


 ・・さて、実際にボールを使った訓練では、いきなりヒョイと飛び乗るようなことはせず、
いくつかの段階に分けて稽古が行われます。

 師父が考案された主な練習段階には、

 (1)ボールに座って足を着けたままバウンディングする
 (2)ボールに座って足を離す(「腰掛け」と呼びます)
 (3)足を離したままバウンディングする
 (4)正座して乗る
 (5)膝立ちで直立して乗る
 (6)膝立ちでバウンディングする
 (7)狛犬(両足裏と両手を着けて乗った形の呼称)で立つ
 (8)狛犬で前足を挙げる(両手を離す)
 (9)ボールに真っ直ぐに立つ
 (10)立ったままスクワットをする
 (11)立ったままバウンディングをする
 (12)手を使わずにボールに立つ
 (13)走ってきてボールに飛び乗る

 ・・などがあります。

 今回の一般クラスの稽古では、ボールに座って足を離す「腰掛け」と、その状態でのバウンディング。そして「正座」と「膝立ち」が行われました。

 初めての人にとっては、ボールに座って足を離すことだけでも、想像よりも難しいものです。
足を離した瞬間に全身に伝わってくる不安定な感覚と、動きを止めようとしても決して止められない非日常的な構造に、初めは誰もが新鮮な驚きを覚えることになります。

 初心者さんは、腰掛けたところからほんの少し床から足を離しては、ボールが動くたびに、すぐに足を床に着けたがる傾向があります。
 また、予め姿勢を整えてパッと足を床から離し、そのままじっと直立不動・・いや、座位不動のままで、ひたすらじっとしていれば何とかなる・・という考え方も見られます。
 ボールは意に反して好き勝手な方に転がっていこうとするので、ボールの上では何もしなければそのまま起上がり小法師の如く倒れるしかないのですが、ダルマさんと違うところは、そのまま戻って来ないことでしょうか。

 初めてボールに乗ろうとする様子を観ていると、不安定な環境に於いては、ヒトが如何に「固定すること」や「安定感」を求めるかということ、また、その中で安定を得るためには「力んで静止する」ことでバランスを保ちたがる、つまり安定する位置にしがみつくような傾向や考え方があることが明らかになってきました。

 実は、これはたいへん重要なことで、ボール乗りの訓練のみならず、まず「立つこと」に対する根本的な考え方が間違っている、ということになります。
 なぜなら、「立つこと」とは「静止すること」ではなく、それとは反対に、非常に繊細な微調整の運動が絶えず行われている「不安定」な状態であるからです。
 訓練を段階的に積んでいけば誰もが次第に体験することですが、ボールに立つためには自由に身体が動けなければ、全く立つことができません。
 ボールのような、極めて不安定なものに限らず、ちょっと高めの台に乗ったときや、レンガの上に立ったときなども同様で、見た目には静止していても、実は身体は、立つために微細な運動を休むことなく精一杯行っているのです。

 そして、そのような体験をした後に、静かに、注意深く、まるでボールの上に乗っているかのように床の上に立ってみると・・・何と、先ほどのボールの上での出来事とまったく同じことが身体に起こっているのがありありと分かります。
 私がこのことを体験したのは、まだ巷にバランスボールという道具が無かった中学生の頃ですが、ものすごく感動したことを覚えています。
 それまで自分は、当然のことのように、二本の足でしっかり立てているような気がしていたのですが、実際には、立つことのために身体中が繊細に動き続けていたのです。そして、そのことが体験される前と後とでは、自分の立つこと、即ち站椿の訓練が、飛躍的に変わったことを記憶しています。
 ボールに腰掛けて足を離すという、単純極まりない訓練は、まず初めにそのことを教えてくれる、たいへん有意義な訓練だと思えます。


 ・・さて、ボールに腰掛けて、足を離す身体の感覚が取れてきたら、次は「正座」をします。
 これがまた、予想以上に味わい深いものでした。

 ボールの上で正座をすると、まず顕著に表れてくるのが「足の蹴り」です。
 スネをボールに乗せ、お尻を足に近づけて正座しようとすると、意に反して立ち上がる方向にチカラが働き、座ろうとしてはピクッと立ち上がる、また座ろうとしては、ピクピクッと足がボールに反発してしまい、ボールは手前に転がろうとします。
 歩法や套路でどれほど正しく身体が使われていたかが、これによって明らかになります。

 基本功で正しく身体が使われていた人は、ボールの上でも至って足が軽く、ヒョイと正座をすることができます。そのような人は、足がピクピク反発したり、立ち上がる方向に入力したりすることが一切なく、身体中がユラユラと柔らかく動き続けている様子が明らかに見られます。
 さらによく見ると、最もよく動いているのはボール自体と、ボールに近い身体の部分、つまり腰の辺りで、頭部などはまるで糸で吊されているように、ほとんど動いていません。


 正座で、楽に感覚が取れるようになったら、次は「膝立ち」にトライします。
実は、この「膝立ち」は、ボールの訓練では最も重要な段階です。

 これが最も重要であるという理由は、この「膝立ち」を行わずに「狛犬」の訓練に入ってしまうと、肝心な「自分の中心とボールの中心が合う感覚」や「足の力みを用いずに身体が動ける状態」などを感じることが疎かになり、「狛犬」になると脚の力でボールを押さえつけたり、身体をガチガチに固めたまま立つことになってしまうからです。

 「膝立ち」での典型的な誤りは、まず、身体が真っ直ぐに立っていないことです。
 ほとんどの人は、ちょうど股関節の辺りで体が少し折れ曲がり、大腿四頭筋や腹筋、背筋などを優位に用いてバランスを取りたがる傾向があります。
 それに対して、正しく立てている人は頭頂部から膝の中心まで身体が真っ直ぐに伸び、さらにその先にボールの中心があり、膝から下は放鬆され、先ほどの「正座」と同様に頭はほとんど動かず、膝とボールが僅かに動いているだけです。

 「狛犬」が比較的楽に出来る人でも、その前段階である「膝立ち」が思うように出来ないという状況がしばしば見られますが、それは単に「狛犬」が四点支持で「膝立ち」が二点支持だというような問題ではなく、いずれも「馬歩」が理解されているかどうかの問題です。

 狛犬までの段階で「馬歩」が理解できていれば、ボールに立つときにも足の踏ん張りや支えを一切必要とせず、たとえ足下が揺れ動いていても、身体にはなんの影響もなく立ち上がることができます。

 今回の稽古でも、既に容易にボールに立つことの出来る上級者たちは、何も指示が無くとも、いきなりボールには立とうとせず、まず「膝立ち」と「狛犬」をじっくりと行ってから、完全に立つ状態までを段階的に訓練していました。

 ボールの訓練を終えた後は、皆さん一様に、身体が一回り大きくなったように見えます。
 最も著しい変化を遂げたと思えるところは、やはり「足」でしょうか。

 正しい練習の後は、誰の目にも、足もとが信じられないほど軽やかで、身体の中心がとても
充実しているように見えるのが不思議ですね。

                                 (了)



* 以下は一般クラスでの「ボール乗り」の練習風景です *


     

     

     

     


xuanhua at 16:26コメント(9)練拳 Diary | *#1〜#10 

コメント一覧

1. Posted by のら   2009年02月07日 00:16
今日もまた、ひとりの門人がボールに立つことが出来ましたね〜!!

ご本人は、これまでに狛犬から立ち上がるところが「壁」になっていたようですが、
師父や玄花さんのご指導で、狛犬自体の内容を見直され、見事に綺麗に立つことが
出来ました。

自分が思っていたものとは「狛犬の構造」が全く違っていたと仰っていましたが、
それを見つめ直し、追求して行くことで、遂に完全に立つことが出来たようです。
これは見事な「武術的な立ち方」であると、その場で師父が仰っていました。

ウラヤマシ〜・・

2. Posted by トヨ   2009年02月07日 00:58
今日も今日とてボール相手に四苦八苦、コマ犬ならぬ
コマった犬のようで、なかなか自由には動けませぬ。

自分はエンターテイナー体質(?)なので、
「立て、立つんだ!ジ○ー!」と、
某丹下のおっさんのセリフが飛び出すような見せ場が来れば立てるやも…

いや、余計に立てませんね、きっと。
と、こんなバカなことばかり考えてるから、稽古中に一人で笑い出しそうになるんです、
すいません。

3. Posted by オポルト   2009年02月07日 01:57
◎◎◎さん、おめでとうございます!!
遂に立てましたね。完璧、お見事でした!!
私も早くそんな風に立てるようになりたいものですが、焦って無理矢理立っても、
太極拳として意味がなければ、なんにもなりませんものね。
ここが我慢のしどころかと。

今日の稽古では、どうしても狛犬が上手く出来ずに苦戦していたところ、
玄花さんから「片膝立ちで狛犬をやってみたらどうですか」とアドバイスをいただき、
さっそく試みたところ、これが大正解。

「狛犬の片膝立ち」では、膝を立てている足が力んでしまったらもうダメで、
もう一方の、脛を着けている足も寄り掛かっていてはアッという間にダメになります。
踏めない状態、踏めない構造を求めて、忍者が屋根裏に潜んでいるような体軸?で、
そっとボールに触れるように乗ることで、いつも指導されている「武術的であること」が、
ほんの少し理解できたような気がしました。

これからは「ノーマル狛犬」に徐々に挑戦していきます。

4. Posted by タイ爺   2009年02月07日 11:01
「膝立ち」から「狛犬の片膝立ち」が難しかったです。
ただいまちょっと後戻りして正座を極めてからまた挑戦します。
とにかく脚が力むとだめですね。

5. Posted by 円山 玄花   2009年02月07日 14:16
☆のらさん
コメントをありがとうございます。
その人はホントに綺麗に立てていましたね〜
自分が初めて立てたときは、もっと不格好だったような気がします・・(汗)
ゴム製のボールは、空気をパンパンに入れていても割と軟らかさが残りますから、
要求を守ろうとすると「この構造でしか立てない」というところが、
見えてくるのだと思います。
のらさんも、頑張ってください!

6. Posted by 円山 玄花   2009年02月07日 15:14
☆トヨさん
コメントをありがとうございます。
以前に比べると、ずいぶん軸が整ってきたように見受けられましたが、
まだまだ邪念が邪魔をしているのでしょうか?(笑)
一意専心して頑張ってください。

7. Posted by 円山 玄花   2009年02月07日 15:16
☆オポルトさん
コメントをありがとうございます。
「狛犬」で苦戦されていたときと比べると、「狛犬の片膝立ち」では、
まるで氷の上をスーッと滑り続けているような、安易には近寄り難い感じでしたよ。
ボールに立てたから武術的・・というわけではないのだと、改めて感じられました。

8. Posted by 円山 玄花   2009年02月07日 15:17
☆タイ爺さん
コメントをありがとうございます。
「狛犬の片膝立ち」は、片足をボールに乗せて置き、次に両手を乗せて、
それからもう一方の膝を乗せてくるようすると、分かりやすいと思います。

わたしたちも、ボールの訓練では毎回、脚の使い方を見直されています。
床の上では気がつきにくい身体の状態を教えてもらえるような気がします。
タイ爺さん&守藝観雑技団北海道支部も、頑張ってくださいね! (^^)

9. Posted by タイ爺   2009年02月08日 08:22
アドバイスありがとうございます。
改めて最初から行ってみると「腰」の状態がずいぶんと曖昧であったと反省しております。

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