2009年01月05日
連載小説「龍の道」 第2回

第2回 兄 弟(2)
・・その宏隆が、兄に向かって「海老フライ」はもう沢山だというので、
「ハハハ、エビフライか。シェフの休暇はもう少し時間が掛かるだろうから、今晩も女中のハナが作る不味いメシを覚悟しなきゃならんかな・・
しかし、鈴木シェフはフランス料理の修業を兼ねての休暇なんだから、それもまた、戻ってきたときのお楽しみ、ってものじゃないか・・」
隆範(たかのり)は、兄らしく、弟に向かってそう言う。
「・・ヤレヤレ、こんな時位はオリエンタル・ホテルのディナーにしたいもんだね」
「こいつ! 高校生の分際で、えらく生意気を言うなぁ・・
・・ま、しかし、悪くはないな。この週末あたり、父さんにねだってみるか?」
「お、やったぁ! 週末は夜景を眺めながら、久々のフレンチ・ディナーだ!」
「アハハハハ・・・」
「ハハハハ・・・」
・・・しかし、兄弟の笑い声が終わるか終わらないかのうちに、突然、傍らの公園の緑の陰から、ポケットに手を突っ込んだ、いかにもガラの悪そうな顔をした3人組の学生たちがヌウっと出てきて、兄弟の歩く道を遮った。
「・・おい、君たち! そんなところに立たれたら、通行妨害じゃないか!」
血の気の多い弟が、立ちはだかった男たちに向かって、暢気にそう声を掛けた。
「ペッ・・・チビに用はないでぇ、ケガするから、あっちに引っ込んどりぃ!」
大柄な、ボス格の学生が地面に唾を吐き、半ば脅すように弟を睨みつけながら、そう言う。
地元の人間ではない・・
言葉のイントネーションから、大阪の方から来た者だということが分かる。
東京の人間は、関西の言葉は大阪弁と京都弁の区別くらいにしか思っていないが、神戸の人間にとっては、大阪人のアクセントは全く別のものに聞こえるのだ。
この、たっぷりと体の大きな男は、どうやら大阪の出身らしかった。
「チビ?・・へえ、あんたとはそれほど背たけも年齢も違って見えないけどなぁ」
まるで友達と会話するような気楽さで、弟が言葉を返す。
「よせ、宏隆! こいつら・・・ウチの大学の不良どもだ」
「ほう、ご存知なのは光栄やけど・・コイツラとは大きゅう出よったな、コイツラとは。
まあええ、落とし前をつけてもらおか、それとも・・・そのチビの身体で払うか?」
指の骨をバキバキ鳴らしながら、その不良が言った。
「・・お、弟とは関係ないだろう!
だいたい、その・・落とし前とは、何のことだ?」
「ケッ、とぼけるンやないで! 俺の女をたぶらかしやがって!」
「・・オンナ? たぶらかす?・・いったい何のことだ?」
「ほぅ・・シラを切りよるンか。 一年の、智美だよ、マツウラ、ト、モ、ミ。
あれは、やっと射止めた俺のオンナやのに、近ごろはお前に熱をあげてやがる・・・
トモミは、定期入れにお前の写真まで入れて、大事そうに持っとるンや!!」
「トモミ?・・そんな女生徒は知らんな。何かの間違いじゃないのか?」
「・・コラ、コラァ! 色男はん、とぼけたらあかんでェ・・!!」
「何もとぼけちゃおらん・・知らんものは知らんのだ。
だいたい僕は、ヒトの彼女を盗むほど、困っても落ちぶれてもいないが・・」
・・・少し笑みを湛えながら、兄の隆範が言い返す。
たとえどのような状況にあっても、ジョークを言えるような精神の余裕が、
この兄弟には、共通する血液としてあった。
「ほぉ・・この期に及んで、口だけは、よぉ回りよるのぉ、
弟の前やと思うて、エエカッコしよってからに!
とにかく・・・いっぺん、お前の足腰を立たんようにせんと、気が治まらんのや!!」
吐き捨てるようにそう言った途端、不良のボスはいきなり飛びかかって兄を殴りつけてきた。
一発目のパンチは反射的にかざした手持ちのカバンに当たったが、よろけたところに二発目のパンチが来て巧く顔にヒットし、隆範は勢いよく地面に倒された。
「あっ! 何をするっ!・・・」
宏隆は倒された兄の方に行こうとしたが、すぐに傍らに居た二人の子分に両脇を抱えられて制せられ、さらに少しその場から後ろにひきずって離され、ちょっと足をジタバタさせた。
倒れたばかりの兄のところに、さらにボスの蹴りが強く、二度ほど、腹をめがけて入ったのが見えた。
「ウッ!・・ ウウッ・・・」
兄のうめき声が聞こえた・・・
「兄さん!・・・」
「よ・・よせ! 危ないから来るな! お前とは関係ないことだ!」
「ほほぉー、弟思いの、ええ兄貴やなあ、
・・・ほな、せっかくやから、弟の前で、もうちょっと苦しんでもらおか!
見物人がおる方が、ワシも楽しいよってな・・・ワハハハ・・・・・」
ボスは憎らしい笑みを湛えながらこう言い、さらに兄の腹に蹴りを加えようとしたが、その行為よりもわずかに早く、弟の腕を取って制していた子分から、
「グェッ・・・!」
・・と、異様な呻き声がしたので、驚いて振り向いた。

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