2010年03月

2010年03月01日

連載小説「龍の道」 第40回




 第40回 武 漢 (wu-han)(12)



「・・あ、射的ですか、僕だって得意ですよ、よーし、勝負しましょう・・!」

「そんなこと言ってると、後できっと後悔するわよぉ・・!」

「ははは、やっぱり宗さん相手だと、ちょっと自信が失せてくるなぁ・・・
 ・・けど、なぜ銃で撃つ射的を ”神槍手” って言うんですか?」

「うん、いい質問ね・・・拳銃のことを Pistol(ピストル)というでしょ、それはもともとヨーロッパでは ”短剣” という意味だったの。中国では銃が入ってきたときに ”剣” ではなく ”槍” という言葉が充てられた、というワケね。
 だから、拳銃のことは手槍、ライフルは歩槍、短機関銃は衝鋒槍、機関銃は機槍、という具合に、銃器にはすべて”槍”という文字を付けて表されているのよ」

「ははぁ・・・なるほど・・・!」

「だから ”神槍手” というのは、名射撃手、という意味ね」

「僕はてっきり、槍の名手のことかと思いました。
 うーん、同じ漢字の文化とは言え、中国語は難しいなぁ・・」

「実は、中国人である私たちにとっても、それは難しいのよ・・・」

「・・え? 何故ですか」

「そもそも、漢文と話し言葉とは全く無関係だし、漢文には文法など存在していないの。動詞や名詞といった区別もないし、例えば ”歩” という言葉が ”歩く” のか ”踏む” のか、 ”歩く” という動詞なのか、段階や状態、距離などを表す名詞なのか、判別する方法が何もないのよ。現代では ”歩く” ことを ”行” と言うから余計に分かりにくいし、 ”政府の役人” が歩いたことを表現する時には ”歩” という字を好んで使ったりするしね・・・
 その ”行” にも、歩く、通る、行く、行う、有能、などというたくさんの意味があって、中国武術では歩法の練習のことを ”行歩” と言ったりするでしょ・・
 ライフルを "歩槍" と呼ぶのだって、歩兵槍と言えば分かりやすいのに、槍なのか銃なのか、槍をもって歩くんだかチンプンカンプン。歩兵の槍、と解釈するには言語学的にも無理があるわね。

 それに、漢文は同じ動詞でも ”時制” が無いから現在形か過去形かも分からないし、句読点も無いから、どこからどこまでが一文なのかも分からない・・・もっとも、最近はちゃっかり日本語の真似をして、点や丸を使うようになったけれど。
 秦の始皇帝以来、統一してきたのは文字だけ。中国は文字という表面の体裁を整えることだけで二千年以上も過ごしてしまったのよ。
 二十世紀になるまで、漢字は発音記号の無い、ただの表意文字だった・・・
 始皇帝から二千百年も経ってようやく、初めて漢字にルビを振って発音記号を作ったのよ。中華民国は日本のカタカナを真似た ”注音字母” を作り、大陸ではあれほど嫌っていた西洋のローマ字を使ってピンインを作ったの。

 中国四千年とか五千年とか言うけれど、その言い方自体が辛亥革命に始まったナショナリズムの産物で、実際には二千二百年の歴史しかないの。そしてその間、言語学的には何も形が整えられていない、未成熟な体系だと言えるのよ。
 いまだに盛んに簡体字を作って便利さにばかり拘っているけど、台湾や香港、外国在住の華僑はほとんど簡体字が読めないし、逆に大陸の人たちは本来の繁体字が読めなくなってきている。これは、文化としては由々しき問題ね。

 日本語は、昔から表現がとても繊細で、言語文化として世界に誇れるものよ。
 事実、日清戦争以後、清国は毎年八千人から九千人の留学生を日本に送って、日本の文化を吸収しようとしたの。孫文や胡漢民、汪兆銘など、中国の革命派のほとんどは清国から日本への留学生だったし、彼らが夢見たのも日本に倣った ”立憲君主制” だった。
 それらの留学生たちがいちばん驚いたのは、日本には平仮名と片仮名があって、子供でもすぐに漢字を学べて、誰もがすぐに文章を読めるようになる、ということだったの・・・」

「・・うわぁ、宗さん、詳しいんですねー! 言語学を専攻していたんですか?」

「父が歴史家で、言語学者だったの・・それで文化大革命の時に捕えられて・・・・
 残された家族が大陸を抜け出して、この台湾に来たってわけ。
 私は、父が研究している学問には、とても興味があったのだけれど・・・」

「そうでしたか・・・・」

「でも、漢字を発明したのだって、中国人かどうか、分かっていないのよ・・」

「・・え? だって、漢民族に発生したから ”漢字” というのでは・・・?」

「西安の郊外に、碑文が沢山収められた ”碑林” という博物館があって、そこに黄帝の時代に漢字を発明したと言われている ”蒼頡(そうきつ)” という人物が残した碑文があるの。何でも、砂浜を歩いた鳥の足跡を参考にして文字を作ったのだそうよ。
 けれど、中国には未だにその碑文に書かれた文字を誰も読める人が居ない。漢字を発明したのが中国人だったら読めそうなものだけれど、中国ではいまだに謎で、二千年経っても誰も解読できないままでいるの」

「西安は前漢から栄えた古都・長安ですね。そんな碑文があるんですか・・・」

「ところがね、その碑文に書かれている文字は、日本の古代に存在した文字、アイヌ文字や神代文字と、とても似ているのよ!」

「ええっ・・・本当ですか!?」

「父はそんなことも研究していたの。だから共産党に目を付けられたのでしょうけど。
 中国は日本に漢字の文化を与えたような気になっているけれど、古代に遡れば、反対に日本から大陸に文字が渡ってきた可能性もある・・・父はそう言っていたわ。
 日本の学者は、古代日本に漢字以外の文字文化は無かったという前提でものを見ているが、それは間違いだ。日本は余りにも漢字の呪縛を受け過ぎている・・・
 古い歴史は、常に時の権力者の都合によって闇に葬られてきた、司馬遷も ”史記” の執筆中は獄に繋がれていた。学問は真実を究明しなくてはならない・・・
 日本の神話も、大陸と深い繋がりがあるかも知れない・・・・と、言ってね」

「何だかすごい話ですね!、僕も古代史にはとても興味があります。
 もっとも、王老師や張大人には、もっともっと ”近代史” を勉強するように言わたのですけれどね、はははは・・・・」

「ごめんなさい・・・せっかく射的で遊ぼうと言っているのに、こんな話を・・」

「いや、ぜひ今度もっと詳しく、中国の歴史の話を聞かせて下さい!」

「いいわよ、父から聞いた話で良ければ・・・」

「よーし、それじゃぁ、ジャンジャン撃ちまくりましょうか・・!!」


 射的をやろうと誘われたその店をつくづく眺めて見れば、日本の温泉街や縁日に開かれたような射的とは大違いで、コルク弾(だま)を込めてポンと撃つ旧式のライフルではなく、本格的なエアガンが置いてある。

「へぇー、すごいですねー、ベレッタの92やM16ライフル、カラシニコフまで置いてある。
 まるで本格的な射撃場のような趣ですね!!」

「・・とは言っても、狙うのは、壁に並んでいる小さな風船だけどね!」

「あはははは・・・・・」

「・・オホン、どれどれ、神槍手なら、先ず私が見本を示さないとな・・・」

 武漢班のトップである三人の男たちの中から、二番目の実力者と言われる「伏(ふく)」という男が、ちょっと悪戯っぽく微笑みながら、カウンターの、ベレッタというイタリアの拳銃を手にした。宗少尉相手にマウントポジションを取って善戦した、寝技が巧みな、あの男である。

「・・・・ダ、ダ、ダン、ダンッ! ダン、ダン、ダンッッ!!」

 ロクに狙いも定めず、ヒョイと取り上げた拳銃をひと息で六、七発を撃って、あっという間に全弾をそれぞれ違う風船に当てて、見事に割ってのけた・・・

 その店で遊んでいた他の客たちからも、「オォーッ!」と、歓声と拍手が起こる。

「すごい・・・・!!」

「・・ふん、あんなの、普通よ! ベレッタは軍の装備なんだから、中って当たり前。
 銃はこうやって撃つのよ・・・伏曹長!、ちゃんと見てなさい・・!!」

 今度は宗少尉がライフルを取り上げ、ちょっと銃の重さを確認すると、まず一発目を撃ってひとつ目をパーンと割り、一息置いてから、今度は瞬く間に十数個もの風船を立て続けに命中させて、斜めの列や十字の列の方向に割り続ける・・・・
 今度は他の客から歓声も上がらず、呆れたような顔をして宗少尉を見ている。

 夜市の射的は、割れた風船の並び方でポイントが付けられていく。
 たくさんのポイントを獲得すれば、それに応じて景品が渡される。景品の中にはとんでもなく大きなポイントが表示されているものもあるが、それはポイントカードを作ってもらって、何度もその店に通ってポイントを貯めた上で獲得する。


「うわぁ・・・こりゃ、スゴイや!! レベルが違いますね・・・」

「あははは、こりゃぁ、少尉には敵わないな・・・」

 伏さんも、呆れたようにそう言う。

「感心してないで、ヒロタカもやったら?」

「あ、そうですね・・・それじゃ、ひとつ・・・・」

 宏隆はそこらにあった拳銃を取り上げ、狙いを定めて撃ったが・・・

「・・あれ? 当たらなかった?・・・変だなぁ・・・・」

「やれやれ・・・よくそんな腕で ”大武號” で大活躍できたわねぇ・・・」

「うーん、何だか本物のライフルを撃った後だと、ぜんぜん感覚が違って・・・」

「何言ってるの、私たちはいつも実銃で訓練しているのよ・・!」

「あ、そうか・・それじゃ、やっぱり僕が下手なんですね、あはははは・・・・」

「そういうコトね、ははははは・・・・・・」

「・・・おい!、ネェさん・・!!」

 笑っているところへ、いきなり、ちょっと人相の悪そうな、髪の短いずんぐりとした男が宗少尉に近づいて声を掛けた。

「・・ン? 私のこと・・・?」

「そう、アンタのことだよ!」

「・・何のご用かしら?」

「今日はウチのボスが夜市を楽しんでいらっしゃるんだが、射的をしているアンタを向こうから見ていて、とても気に入ったと仰ってるんだ・・・」

 男が指差す方を見れば、少し向こうにある店先でテーブルを囲んで何かを食べたり飲んだりしている一団がある。見かけは、誰が見てもヤクザであった。

「あーら、それは気に入って頂いてありがとう。でも、私は間に合っているから・・って、そのボスさんに伝えてちょうだい!」

「はは・・・ガキの遣いじゃネェんだ、そんなことを伝えたら俺が殴られてしまう」

「それは気の毒に・・・この次はもっと優しくて紳士的な親分を選ぶことね!」

「・・口の減らない女だな、いいから、おとなしくついて来い!」

 ぐいっ、と・・いきなり宗少尉の手首を掴んで、無理に引っ張ろうとしたが、

「何をする・・・・・」

 行く手を遮るように、その男の前に立って、宗少尉を掴んでいる手をそっと押さえながら、宏隆が言った。

「・・何だァ、お前は・・・・日本人か?」

「なんだ、おじさんは日本語が話せるんですね・・・それなら話が早いや!」

「親戚だか弟だか知らねぇが、痛い目に遭いたくなかったら黙ってろ!」

「・・いや、この女(ひと)に何をするのか、と言っているのです」

「向こうでオレの親分が、この女をご所望なんだ、いいからあっちへ行け!」

「ご所望・・?、あはは、屋台の包子(パオズ)じゃあるまいし・・・・」

「生意気なガキだな・・世の中には恐いものがあることを知らんのか!!」

 男はそう言うと、宗少尉を掴んでいた手を放し、宏隆の胸ぐらを掴んで締め上げようとしたが、

「ウウッ・・・・!!」

 あっという間に、その男は手首が逆に取られて、身体ごと、まるで宙に浮かされるようにつま先立ちにさせられた。

「つ・・痛ぅ・・・な、なにをするっ!!」

「こう見えても、怖いものはたくさん知っています・・・
 それに、先に胸ぐらを掴んだのはあなたですよ。あなたこそ、何をするんですか!」

「ははは・・・おじさん、この日本人を甘く見ないほうが良いわよ。
 何しろ、ついさっき、この私と戦って勝ったんだから・・・・」

「オ・・オンナに勝ったからって、何だっていうんだい!」

「オンナ?・・・やれやれ、人を見る目がないというか、何というか・・
 ヒロタカ、私がやるから、そいつを離してやって!」

「・・そうですか? それじゃ、はい、どうぞ・・・・」

 宗少尉に言われるまま、ヒョイと手を放すと、

「こ・・このガキィ、ふざけやがって!!」

 しかし、手を放した途端、その男はすごい形相で、宏隆の顔を目がけて殴ってきた。

「ブンッ・・・!!」

 呻りを上げて拳(こぶし)を振り回したが・・・
 しかし、もうそんなところに宏隆は居ない。

「・・あ、あれっ、ど、どこへ行きやがった?!」

「ここだよ、おじさん・・・・」

 宏隆は、一瞬のうちにその男の後ろに回り、地べたにしゃがんで居た。
 背中の下の方からポンと尻を叩いたので、その男はビクッとして飛び上がった・・・

「う・・うわっ・・・・!!」

「もう止めましょう・・せっかく夜市を楽しんでるんだから」

「・・て、てめぇ、オトナをからかうにも程があるぞ!」

 そう言うと、上着の内側からキラリとナイフを抜いて、宏隆に向けて構えて見せた。

「ヒロタカ! 危ないから、下がっていて・・・!!」

「宗さんこそ、危ないですから、下がっていてください!」

 その時・・・・・

「ビシッ!、ビシッ、ビシィッッ!!・・・・」

「あっ・・痛ぅぅっ・・・・!!」

 突然、男はそう叫びながら、手にしたナイフを、カラン、と地面に落とした。

「・・おい、そんなものを、滅多にチラつかせるもんじゃないよ。
 さっさとテメエの親分のところに帰りな!」

 射的のカウンターの隅で遊んでいた伏さんが、男の手首を目がけて、ベレッタを撃って命中させたのである。

「・・あら、伏、今のは上手だったわよ!」

「・・てっ、てめぇら、どうなるか、覚えてろよ!!」

 男は慌てて落ちたナイフを拾うと、そう捨てぜりふを残して走っていった。

「ははは・・・・悪いけど、忘れちゃうよ!!」

 伏さんは、男の背中に向かって、笑いながら声を掛ける。

「伏さん、すごい腕前ですね・・!
 あんなに離れたところから、エアガンで撃って手首に命中させるなんて・・・」

 宏隆が、いかにも感心した顔で、そう言う。

「ヒロタカくん、刃物を持った敵には、もっと気をつけないと駄目だよ。
 ほら、日本でも、キチガイに刃物って言うだろ・・?」

「ありがとうございます・・でも、何だかぜんぜん恐くありませんでした」

「その油断がケガの元だよ・・・
 私なんか若い頃から向こう見ずで、身体中、刃物の傷だらけだ」

「傷は男の勲章、なんて聞いたことがありますが・・」

「ハハハ・・それは下手な武術の証しだよ、決して自慢できるような事じゃない。
 ともかく、刃物は気をつけないとね・・・」

「はい、もっときちんと勉強します。
 ・・でも、あの人たち、仕返しに来ないですかね?」

「すぐに来るだろうな・・・奴ら、黒社会の人間だから」

「黒社会・・・?」

「日本でいうヤクザのことだよ、台湾には七百件も黒社会の組織があるんだ。
 夜市のこの辺りを仕切っているのは ”萬国幇(wan-guo-bang)”という 、日本統治時代からの組織で、本省系(台湾籍)の人間がやっている・・・」

「・・・日本が統治していた頃は黒社会にもまだ節操があったけれど、70年代に入ってからは金儲け重視の、経済型の黒社会になってきたのよ。麻薬、賭博、売春、所場代、密航の手引き、殺人、人身売買・・・今の日本と同じね!」

 宗少尉がそう付け加えて話していると、向こうから黒いシャツに黒ズボンを履いた男たちが近づいてきた。

「ご家族でお遊びのところ、ご免なさいよ・・・
 ウチの者が、なんだか皆さんにお世話になったそうで・・・・」

「・・あら、お礼には及ばないわよ。ちょっと公共マナーを教えてあげただけ!」

「やれやれ・・ボスが気に入るのは、いつも向こうっ気の強い女ばかりだ・・・
 まあいい、ちょっとそこまで顔を貸していただこうか・・・」

「いいわよ!、ヒロタカはちょっとここで待っていてね。
 でも、たかが女ひとりに男が五人も居ないと、しょっ引いて行けないのかしら?」

「いや、そのガキも、そこの男も一緒だ・・・世話になった礼をしたい」

「言われなくても、もちろん僕は行きますよ・・・」

「もう・・度胸だけは大人以上なんだから・・・!」

「・・ふん!、まあいい、こっちも話がしたいから、行ってやりましょう。
 それに、ここで何かあると、夜市の客に迷惑が掛かりますし・・・・」

 伏さんがポケットに手を突っ込みながら、ちょっと恐い顔をして言った。


                              (つづく)

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