2009年11月

2009年11月28日

連載小説「龍の道」 第34回




 第34回 武 漢 (wu-han)(6)


 背丈は宏隆くらいだが、その男のガッチリとした肢体は、誰が見ても相当に鍛え上げていることが分かる・・・

 そして、その立ち方は、どこか陳中尉とも似ている、と思える。
 いや、初めて陳中尉と基隆の港で出会ったときに感じた、あの王老師にも似た、優れた武術家だけが持つ、独特のエネルギーがこの男にもある・・とさえ思えてくる。

 武術家の立ち姿は、それだけで、その人の力量を表している。
 宏隆は、K先生という、単に武術だけでなく、日本文化の研究や歌道やに於いても優れた師に就いて居合いや柔術を学んできたので、何かに秀でた人がどのような姿で立っているかに、いつも大いに関心があった。王老師と出会ったときにも、自分よりも体格の小さなその人が、まるで高く聳(そび)える霊峰のように思えたものである。

 リングで宗少尉と向かい合ったその男の立ち姿は、まるで何処からか吊り下がって、何処にも偏っていないような、上下に綺麗に弦が張られているような、調和の取れた姿に見える。
 これは、かなり本格的な武術の訓練を積んで来た人であるに違いなかった。


「オォ・・そう、貴方が武漢の “ベスト” だったわね?、えーっと・・
 The Best “Product” of the Year Award(年間最優秀“製品”賞)だったかしら?!」

 リングの中を歩き回りながら、宗少尉が気軽に口にするジョークに、そこで見物している大勢の隊員たちが皆、ドッと笑う・・・宗少尉は、こんな時も魅力的だ。
 
「Yes, sir・・・・」

 ・・・リングに上がったその男は、表情も変えずに静かにそう答えた。
 上官から受けた言葉には、勿論、どんな事にもきちんと応答しなくてはならない。
 しかし、その男はそう答えながらも、すでに宗少尉を上官ではなく、闘いの相手として見ているのか、たとえその瞬間に、少尉から不意の攻撃を受けても対応できるようなエネルギーが感じられる。

「・・あ、さっきのキミも、Best Actor Oscar(主演男優賞)モノねぇ!!
 ん?・・それとも、Best Adapted Screenplay Oscar(最優秀脚色賞)かしら?」

「ハーッハッハッハッハ・・・・・!!」

 今度は、リングの周りから大爆笑が起こった。
 さっき後ろから裸絞めにチョークされた相手も、飛び上がるようにして皆に向かって誇らしげに両手を高く挙げて見せ、爆笑と共に大きな拍手が起こる。

 しかし、いったい、こんな余裕がどこから出てくるのか・・・
 つい先ほどまで、武漢班のナンバー・ツーに見事マウント・ポジションを決められ、首を絞められたばかりだというのに、宗少尉は絶対的にそれよりも強い、ナンバー・ワンの相手を前に、怯むどころか、ひどい冗談さえ言ってのけながら、皆と一緒に笑って楽しんでいるのだ。

「・・・宗さんは、よほど自信があるのでしょうね」

 宗少尉のそんな態度を見て、宏隆が傍らの陳中尉に声を掛ける。

「いや、もちろん自信もあるのでしょうが、本当は気を落ち着かせているんですよ。
 こうしている間に呼吸を整えたり、疲労を回復させることもできるし・・・」

「あ、なるほど・・・・」

「それに、闘いに集中している相手の “気” を乱すことにもなります。
 軍人は戦場に行くために存在するのだから、学ぶべきは “戦略” や “戦術” なのです。
 戦法など、単にそれだけを幾ら工夫しても、それほど戦いの役には立たない・・・」

「スポーツ・カラテの、試合のようなわけには行かないのでしょうね。
 定められたルールで・・・観衆が見守る試合場で・・審判が居て・・・・?」

「そう、試合の為の練習と、実際の戦場に赴くための訓練とは、全く異なるものです。
 たとえ見た目の訓練方法が似ていても、試合の為に行ってきた訓練は、戦場では全く何の役にも立ちません。よくあるフェイントやコンビネーションの技法なども、ほとんど役に立たないと言って良いでしょう。
 私たち兵士の間でも、スポーツ試合のファイターは戦場では簡単に殺されてしまう、などという話がよく出ます。それは私たちが常々、ルールに慣れ、ルールの中で勝利を工夫してしまうことの怖ろしさを厳しく戒めているからです」

「・・では、軍隊の格闘訓練には、ルールは無いのですか?」

「いや、ルールはありますが、それはあくまでも “戦場で闘える訓練” のためのルールなのです」

「戦場で闘える・・訓練のためのルール・・・?」

「そう、試合のための訓練は、当然、試合と同じルールで行われることになりますが、吾々の格闘訓練では、元々、ルールの無い戦いを想定した内容で行われるのです」

「それは、何でもアリで思い切り殴り合う、といった激しい内容なのですか?」

「いや、そうではなく、何をされても、相手がどう出ても、それに対応できるものを養うための訓練を行うのです。
 どこをどんなに強く殴っても良い、顔面もアリ、金的もアリ、といった乱暴な訓練をするのではありません。そんなことをしていたら、訓練だけで兵隊がみんなカタワになってしまいますからね。軍隊には “ルールの無い戦場” に赴くための、きちんとした訓練体系があるのですよ」

「うーん・・・一時、僕が通っていたカラテの道場では、稽古は基本と組手しかありませんでした。基本の突きや蹴りをひと通りやって、最後はひたすら組手、それも、誰もがだんだんムキになって、強く打つ、強く蹴るで、結局は相手に如何にダメージを与えられるか、というような稽古になっていたと思います」

「ああ、それは一番危険な訓練です。戦場では全く役に立たないという意味でね。
 戦場で何が役に立つのか、その為に何を磨かなくてはならないのかは、実際に戦場を経験してみないと分からない。吾々の学習体系は、戦場での経験を基にして造られているのです」

「陳中尉が指導されているものは、とても高度な訓練のようですね。
 お話を伺っているだけで、とても興味が湧いてきます」

「ヒロタカも、試合用の訓練との違いが、だんだん分かってきますよ。
 もうすぐ、それを実際に体験することになるのですし・・・」

「・・えっ! 僕もその訓練を受けられるのですか?」

「そう! 吾々の家族になるのだから、もちろんそれを学ばなくてはなりません。
 伝統的な中国武術の、陳氏太極拳の、本物の戦闘方法を身に付けるためにね」

「うわぁ、とても楽しみです! ・・で、それは、いつから始めるのですか?」

「はははは・・・よかったら、今日から始めてもいいですよ。
 私はヒロタカに、色々なことを山ほど指導するよう、命令を受けていますから」

「命令・・・?」

「そう、王老師や、張大人からのご命令です。
 ヒロタカが台湾に居る間に学ばなくてはならないことは、山ほどあるのです」

「・・何だか、想像するだけで、身体が震えてきます!」

「あははは・・大いに楽しみにしていて下さい・・・
 さて、この練習試合は、さっきよりも、もっと面白くなりますよ!
 何しろ相手は、武漢班でも、ナンバー・ワンの男ですからね。
 果たして宗少尉も、初めに言っていたようなウォーミング・アップで済むかどうか・・・」


 それまで騒がしかったリングの方が、凪いだ海のように静かになった。
 宗少尉の冗談も終わって、お互いに沈黙したまま相手と向かい合って立ち、陳中尉からの、試合開始の命令を待っているのだ。

「・・さあ! お互いに、用意はいいか・・・?」

 陳中尉のよく通る声が、ホールに響きわたった。

 宗少尉の相手に選ばれた三名の最後の男は、確か “黄(こう)” と呼ばれていた。
 さっき少尉が「武漢班のベスト」と言ったその男は、相変わらずスラリと静かに立って、不気味な感じさえする。

 宗少尉にも、もう先ほどまでの二人に対するような余裕は見られない・・・
 やはり、陳中尉が言ったようにウォーミング・アップどころではないのかもしれなかった。
 この時間を、自分の精神や体力を回復させるために遣っていたのか、ほどよくそれを過ごした今は、身体の張りには一人目と闘ったときと同じ余裕が見られるが、反対に顔つきは先刻(さっき)までよりも真剣になっていて、今向かい合っている男が、決して楽に遇(あしら)えるような並の相手ではないことが分かる。

「・・・よしっ、始めっ!!」

 陳中尉が、リングに向かって声を掛けた。

「あぁっ・・・!!」

 ・・・初めてその男が見せた “戦闘状態の動き” を目にして、宏隆は思わず声を上げそうになった。宗少尉に向かって歩き始めたその男の、こんな構えを・・こんな間合いの取り方を、宏隆はこれまでに見たことがない。

 さらさらと、谷川を流れる水のように・・・
 まるでその男の足が、リングのマットを踏まずに、水の上を浮いて歩いているのではないかとさえ、思えてしまう。
 カラテでもなければ、ボクシングのフットワークでもない。
 かと言って、王老師のような太極拳のようには見えないし、宗少尉が見せる技法とも大きく異なっている。

 その男は、片手を顔の高さほどに挙げ、もう一方の手は鳩尾(みぞおち)の前の辺りに添えている。そして、相手の宗少尉に対しては自分の正面を向けず、身体を少し捻るようにして、挙げた前の手を正面にして、常に斜めに相手に向かっているような恰好なのだ・・・

 不思議なのは、構えや歩き方だけではない・・・
 その、まるで水に浮かんでいるような足が、一歩、二歩と歩くたびに、体(たい)の左右が入れ替わり、また、前と後ろも入れ替わっているような錯覚が起こる。

 その歩き方も、ヒタ、ヒタと、足がわずかに浮いて、滑るように前に送られている。
 普通の歩き方ではない・・・歩いているのに、踵(かかと)の裏があまり見えない、不思議な歩き方なのだ。

 それは、まるで水が流れているように、クルリと渦のように巻いては、また緩やかに真っ直ぐに流れ、また小さく巻いては少し流れ、さらに大きく巻いては流れ・・・という具合に、捉えどころがない。

 そして、左右に体(たい)を入れ替えるたびに、前の手を右から左に、左から右にと替えて、だんだん今どちらの手が挙がっているのか、左右どちらに体が開いているのかが分からなくなってくる。挙げた手はずっと相手に向いているのに、体の正面の向きが違うのだ・・・

 これでは、いったい何処から、何をしようとしているのかを計り兼ねてしまう。
 リングの外で見ているだけでこうなのだから、実際に向かい合っている宗少尉の感覚は、如何ばかりのものだろうか・・・

 そう思って見ると、宗少尉は、軽やかにステップを踏みながら相手との間合いを取ろうとしているが、顔つきは真剣そのもので、さっきまで相手に冗談を向けていたゆとりなど、もう何処にも感じられない。
 騰空後旋腿(飛び後ろ回し蹴り)で鮮やかに舞って宙空のリンゴを砕いてしまう、その鋭敏で軽やかな身体は、何故か相手の、その流れるような歩き方に、ちょっと手こずっているように見える。

 現に、その男がわずか一歩を移動する間に、宗少尉は二歩も三歩も歩かされているのである。これは「歩き方」の違い・・・つまり、相手が修得している歩法の構造と、宗少尉が学んだものとの、武術的な「歩法(bu-fa)」の、レベルの違いなのだろうか。


 しかし、いったい、何故そんなことが起こるのか・・・・

 宏隆は、初めて王老師に向かっていったことを思い出した。
 自分がどれほど打ち込んでいっても、どれほど間近に迫っているつもりでも、王老師はほとんど身体を動かさずに、ただ自分が拳(こぶし)を振り回しながら走り回るばかりだった。
 そして宏隆には、躱(かわ)されたという実感がまったく無かった。
 それどころか、王老師の身体がいつ動いたのかさえ、全く分からなかったのである。

「あれは、もしかすると、このような “歩法” の故だったかも知れない・・・」

 朧気ながらに、そんなことを想っていると、

「・・・そう、 “歩き方” に秘密があるのですよ。
 もちろんそれは、身体の “構造” によって、行われているんですけどね・・」

 横に居る陳中尉が、声を掛けてくる。

「・・えっ? ど、どうして僕の考えていることが分かるのですか?」

「ははは・・・ちょっと太極拳の修行を積んでいけば、聴勁(ちょうけい)がはたらくようになるのですよ。ヒロタカは、初めて王老師に向かって行った時のことを思い出していたのでしょう?」

「そのとおりです・・・でも、何故そんなことまで・・・・?」

「いや、そちらで考えていることが、同時に伝わってくるのですよ。
 それに、私も王老師に初めてお会いした時には、こっぴどくやられましたからね!!
 あはははは・・・・」
 
「そう・・そうです、そこが知りたかったのです・・・!!
 その、歩き方の、身体の構造がどうなったら・・・いったい、何をどうすれば、王老師の
 ように相手の攻撃を無効にすることができるのでしょう?」

「・・・それは、ヒロタカが、自分で探して行かなくてはならない事なのですよ。
 ほら、宗少尉も、それを懸命に探そうとしているし、相手の黄(こう)くんも・・・
 それは、まだ完成してはいないけれど、訓練の中でそれを見つけようとして、必死になっ
 ている・・・」

「・・・・・・」

「他人に教わることと、自分が学んで行くこととは、同じではないのです。
 解答を教わっても、それを分かったことにはなりません。教わったことを基(もと)に、
 自分で探して行くからこそ、それが自分のものとしてきちんと身についていく・・・」

「・・・・はい、おっしゃる通りです。
 ちょっと焦ってしまって・・・自分が間違っていました」

 先輩の的確なアドバイスに、宏隆は笑って頭を掻いた。

「ははは・・・先輩ぶって偉そうなことを言ってしまいましたが、きっとヒロタカも、王老師にその洗礼を受けてから、ずっとそれが気になって探し続けているのでしょう。
 でも、正しい訓練を積みながら探し続けていれば、いつか必ず見つかりますよ!」

「・・はい、それが向こうからやって来るぐらいに、稽古します」

「そう、それが正しい・・・それに、ほら! いま、あの二人の動きを見ている方が、私が言葉で教えるよりも、よほど手っ取り早い・・・!!」


 リングの上では、それまで間合いを探り合っていた二人が、新たな動きを見せ始めた。



                                 (つづく)


2009年11月25日

練拳 Diary #24 「腰相撲(こしずもう) その6」

 これまでに、弓歩、馬歩、壁抜け、蹲踞、投げ、と、五種類の代表的な腰相撲について述べてきました。私たちが行っている腰相撲の全ての形は、この五種類の架式を元に変化したバリエーションであり、その架式を離れたものは、ひとつも行われません。
 その5種類の架式にしても、元を辿ればたったひとつの「馬歩=ma-bu」に行き着くことになります。

 なぜ「腰相撲」というひとつの練功に対して、様々な種類の架式が用意されているのかと言えば、ひとつには、人が立っている所からそれぞれの架式を取りに行く際の「身体の状態」が非常に重要であるからであると言えます。
 つまり、「馬歩」が正しく理解されていれば、どのような架式を取りに行っても、身体が乱れることはなく、今ある状態から形の異なる架式を取りに行こうとしたときに、原理に則った動きができれば、それは即ち生きた架式、使える架式となり、終には相手と向かい合ったときに、武術的に自在に動けることに繋がるのだと思います。
 そうでなければ、なぜ基本功を中心に、ゆっくりと同じ動作を何回も繰り返し稽古するというのでしょうか。ましてや套路などは、全て架式から架式までの途中に、身体がどのような状態にあるかということだけが問われているようにも思えるほどです。

 実際に、架式の整え方が動きの有利・不利を決定するものなのだと、強烈に感じられたことがありました。
 それは、師父と空手出身の門人が一緒に並んで、前方に突きをしながら歩いていく訓練を行ったときのことです。
 足を肩幅に開いて立っているところから、右足を一歩後ろに引いて弓歩で構え、順突きをしながら前に進んでいくのですが、何回やっても師父の方が速いのです。
 一歩が速いわけでも、出される拳のスピードが速いわけでもなく、むしろ周りで見ている私たちにとっては、一歩ずつが数えられるほどの、ごく普通の動きに見えるのですが、拳が到達するのは絶対的に師父の方が早く、例えばミットなどに打っていけば、到達する早さの違いは、より明らかだったことでしょう。

 体格も、足の長さも、腕の長さもそれほど変わらない二人が、同時に突き始めても到達する時間が大きく異なるという事実は、当時の私にとってかなり大きなショックでした。
 それは同じパンチ力を持っていても早く相手に届いた方が当たりますし、相手のパンチ力が自分より遙かに勝るとしても、やはり早く届いた方が有利であることを意味するからです。
 これが刀だったら、あるいは拳銃であればどうだったかと想像すれば、より分かり易いかも知れません。それが、拳打のスピードやフットワークの素早さに関係なく、早い遅いが決まってしまうのですから、これは大変なことだと思ったのです。

 何が原因でそのような事が起こっているのかを観察してみると、構えた時の姿勢や身体の位置、膝の動きなどには、それほど大きな違いが見られなかったのですが、動き出したときには既に師父が前に居て、その門人は後ろに居る、という具合に、「遅い・早い」が動いた瞬間に決定しているという状態でした。
 ところが、試みに師父がその門人の構えを細かく真似されていくと、そこからの動きは、その門人とピッタリ同じタイミング、同じ早さになってしまうのです。
 そこでようやく、初めに「構え」た時点で、その「架式」に秘密があるのだということに思い至りました。もっと正確に言えば、その「構え」が完成するまでの動きや、身体の状態の違いであり、さらには構えに行く手前の「立ち方」が問題であった、ということが分かったのです。
 
 「腰相撲」の練功で、いちばん初めに用意されている課題は「架式が正しく取れること」です。「正しく」とは、立って動くことが、太極拳の法則から少しも外れないことであり、どのような架式を行うときでも、その意識で修練を続けることで、漸く「太極拳の身体」が手に入るのだと思います。
 それは、基本功や套路、推手や散手などにも、同じように当て嵌めて考えることができます。つまり、基本功の架式の取り方と対練での架式の取り方は同じであり、突きも蹴りも、戦い方も、そこから離れたものは何ひとつ存在しないということになります。
 そのことこそ、師父が常々仰る、「たったひとつのことを学んでいるに過ぎない」というところの、「ひとつ」の意味なのではないかと思えるのです。

 その理解が無いままに、どれほど多くの架式を学ぼうとも、また多くの秘伝や要訣を聞いていても、それらはただの「使えない宝」に過ぎず、陳列棚に並べられた宝など、ただのガラクタ同然で、文字通りの ”宝の持ち腐れ” になってしまいます。
 また、もしその収集した宝物が、実はそれらの宝とは比べものにならないほどの、大いなる叡智に到達するための、単なる「鍵=キーワード」に過ぎないとしたら、その「鍵」を集めて並べておくことや、その「鍵」をピカピカに磨くことなどに、いったい何の意味があるでしょうか。

 私たち修行者は、腰相撲に用意されている架式の種類に囚われることなく、その架式の意味するところを理解するために、それを利用し、使い込むことが求められているのだと思います。
 そうしてようやく、太極拳の学習の中で「腰相撲」という練功を稽古する意味が見えてくるに違いありません。

 腰相撲のシリーズは今回で終わりになりますが、最後に、私たちが行っている腰相撲の様々なバリエーションを、写真にてご紹介したいと思います。

                                  (了)




   【 横からの腰相撲 】

        

   馬歩の姿勢を取り、横からゆっくり肩と腰の二個所を押してもらいます。
  大切なことは、「耐えられること」や「押されないこと」ではなく、架式が理解できる
  ことです。

   ゆっくりと押してもらっても架式と姿勢が乱れず、足に力みが生じなければ相手を返
  すことが出来ますが、まだ架式が充分に取れていない場合には上半身が傾いたり、押さ
  れている方と反対の足に力が増えてきて、そこが支点となり、限界まで来ると押されて
  しまいます。



   【 後ろからの腰相撲 】

        
  
   半馬歩(ban-ma-bu)の姿勢を取り、後ろからゆっくりと押してもらいます。
   充分に押された後に、それを返すこともできます。
  
   相手の手に寄り掛かることなく、半馬歩の姿勢が崩れないようにします。
   半馬歩が難しい場合には、弓歩の姿勢を取り、後ろから押してもらうことも出来ます。

   足を前後に開いた状態で後ろから押してもらうことにより、自分の架式や立っている
  身体の状態がより明確になります。

   例えば、「馬歩」の構造が正しく取れていなければ、たとえ小さな力で押されても、
  身体が居着く状態となりますし、反対に「馬歩」の構造が守られていれば弓歩で前から
  押された時と同様に、どれほど押されても足に大きな負荷が来ることはありません。



   【 片手での引き合い 】

        
  
   向かい合って構え、単塔手の状態から手首同士を掛け、互いに後ろに向かって四正手
  の「リィ」をするように引き合います。
   架式は、半馬歩よりやや広めに取り、相手を引くときには身体を動かしても構いませ
  んが、一方向に等速度で引くようにし、引きながら方向を変えたり、何動作にも分かれ
  ないことが大切です。

   これまでに述べてきた腰相撲と違って、「取り」と「受け」に分かれないため、より
  架式が整っている方が、相手を力むことなく引くことが出来ます。



   【 膝相撲 】

        
  
   お互いに弓歩の架式を取り、脚の内側を向かい合わせて脛を交差させ、そこから双方
  同時に押し合います。グイグイと煽らずに、一動作で押していくようにします。
   これも、弓歩の架式が正しく取れている方が正しく動くことが出来、その結果相手を
  押していくことが出来ます。

   膝相撲では、他に膝の内側を併せてお互いに押し合って崩すものもありますが、何れ
  にしても弓歩が固くて動けないような、不自由なものではないことを現しており、架式
  そのものが ”使えるもの” であるということが分かります。



   【 肩を押す 】

        
  
   床に正座をしているところを、前から肩を押してもらい、返すというものです。
   架式では馬歩の確認となり、正座で足が曲げられていても、無極椿の要求が変わらず
  守られていることが大切です。

   日頃大腿四頭筋を多用していると、軽い力で押されてもアシに負荷が来てしまうため、
  押されると簡単に後ろに転がされてしまいます。



   【 足を伸ばして座り、手を押す 】

        
  
   一方が床に座って足を開いて伸ばし、パートナーは床に座った人の掌を前から後ろに
  倒していくようにゆっくりと押していきます。

   これも架式で言えば馬歩の確認となり、馬歩の理解が正しければ絶対的に不利な体勢
  であるにも拘わらず、相手を返すことが出来ます。
   架式がまだ十分でない場合には、押される力は腕に来やすく、そこから背筋、大腿四
  頭筋へと力みが伝わり、ついには相手に押されてしまいます。

   正座や床に座るものなど、足を使わずに行う対練では、「架式」というものが足の形
  式ではなく、身体全体の問題であるということを示しているように思います。

   足を使わない腰相撲では、この他にも、床に横になって腰や肩を押してもらうもの、
  また、多人数で手足を押さえさせるものなどもあります。



   【 ぶら下がり腰相撲 】

        
  
        

   これも足を使わない腰相撲の一種ですが、今度は上からぶら下がって足の踏み込みや
  蹴りが使えない状態で腰を押してもらい、更にそれを返すというものです。

   初めはカカトを床に着けて行いますが、「立ち方」が理解されてくると完全に足を浮
  かせてぶら下がった状態でも押されることはなく、身体は武術的に機能しているために
  相手を返すことが出来ますが、反対に、立ち方が十分でない場合には、小さな力でゆっ
  くり押されても、まるでサンドバッグを押すように簡単に押されてしまいます。

   一番下の女性演者の写真のように、足が床に着いていない状態では筋力で耐えること
  も出来なければ、脚力で返すことも出来ないため、自ずと「立つこととは何か」という
  ことに行き当たります。
   また、拙力を使えない状態、拙力を使っても意味のない状態を創り出すことによって
  「非拙力の構造」を垣間見ることのできる、優れた練功法であると思います。

2009年11月22日

資料映像#16「陳清萍の忽雷架 その7」

 徐紀老師と王圪壋の忽雷架


      


  これは、1991年秋に、徐紀老師が王圪擋(オオキットウ)の村を訪問した時に、
  陳慶国(陳名標の孫)、楊興靖(楊虎の曾孫)、張満宏(楊興靖の弟子)、
  張随勝(張国棟の曾孫)など、忽雷架の正しい伝承を守り続けている伝人達と
  交流をした際の映像である。

  徐紀氏の学んだ系統は《陳名標ー杜毓澤ー徐紀》であり、
  初めに演じている陳慶国の系統は、《陳名標ー陳丙新ー陳慶国》という、
  祖父の陳名標から、父の陳丙新に伝えられたものを学んでいる。

  陳名標の嫡孫である陳慶国が、陳名標系の忽雷架を学んだ徐紀氏と、
  同じ時に、同じ場所で、同じ系統の忽雷架を演じていることが大変興味深い、
  貴重な資料映像であると言えよう。


tai_ji_office at 23:07コメント(9)資料映像集?この記事をクリップ!

2009年11月18日

連載小説「龍の道」 第33回




 第33回 武 漢 (wu-han)(5)


 ジリジリと・・・
 その男は宗少尉に向かって、躙(にじ)るように間合いを詰めていく・・・

 この「間合い」というのは、無論、戦闘にあっては基本中の基本であるが、宏隆が王老師に太極拳を学ぶ中で、最も興味のある事のひとつでもあった。

 間合いとは、単に自己と相手との間にある「距離」を言うのではない。
 字義的にも、「間(ま)」というのは間隔・隔たりのこと、「合い」とは調和や適合があること、一致してひとつになることであるので、間合いとは本来、相手との隔たりの間に生じている調和や一致を指すものであろう。
 そしてその通りに、武術で云う「間合い」は、相手と自分との時空間を如何に“制御”するかということに本題があって、たとえどれ程の筋力や打撃力があろうと、その「間合い」が取れる相手には一方的に制されてしまい、戦いにもならない。

 武術の世界には『間合いを制する者はすべてを制する』などという言葉も存在していて、真の意味に於ける「間合い」が、非常に重要なものだということが分かる。
 宏隆は、かつて王老師に自分の精一杯の攻撃を手ひとつ触れずに悉く無効にされて以来、それを幾度となく夢に見るほど、高度な技藝としての「間合い」が気に掛かり、その秘密を解こうとして躍起であった。
 真の「間合い」を制することが出来れば、必然として相手の攻撃は当たらず、自分の攻撃は当たるのである。力の強さやスピード、タイミング、技のコンビネーションこそが武術の戦闘法だと信じ、それに頼る者は、このような「間合い」に熟達した相手には、実に呆気なく屠られてしまうことになる。


 そして、今このリングで向かい合っている二人は兵士であり、命懸けの戦場では一発たりとも相手にヒットさせるわけにはいかない筈である。それが銃弾であれ、ナイフの切っ先であれ、磨き抜かれた打撃であれ、自分に当たれば致命的であることに変わりはない。
 前戦の兵士として白兵戦の訓練を受ける者は、絶対に相手の攻撃は当たらず、そして自分の攻撃は必ず当たるという原理をこそ、正しく修得しておく必要があるに違いなかった。

 宗少尉に対しているその男は、秘密結社の戦闘部隊の精鋭だけあって、少尉との間合い、つまり、戦闘空間を出来るかぎり自分に優位なように“制御”しようとして必死になっているように思える。
 そしてその証拠に、宗少尉もまた、先ほどまでとは打って変わって真剣な顔つきになり、相手にそのような間合いを“取られまい”として、一定の距離を置きながらリングの中を注意深く動き回っていた。

 ・・・暫くして、互いにほぼリングの中央まで来たのを機に、男が「スゥーッ」と低めのタックルに行った・・・宗少尉は、それまでの動きと同じように軽やかに腰を引き、半歩後ろに下がりながら、そのタックルを滑らかに躱(かわ)す。

 それは、今までの動きでも見られる、少尉が得意とする柔らかい動きだ。
 しかし相手は、タックルを躱された直後に、その低い姿勢から、自分の胸に膝を付けるようにして、さらに宗少尉の顔面を蹴り上げてきた。
 腰を引いてタックルを躱そうとすれば必然的に上体が前に傾くものである。そして相手は躱されたその瞬間を狙って、そのまま下から顔面を蹴り上げてきたのだ。

 その予期せぬ反撃に、宗少尉は、思わず、狙われた顔面を後ろに反らした。
 足蹴りは当たらずに空を切ったが、反射的に顔を後ろに避けた宗少尉の身体は、やや腰が立ち、背中が少し後ろに反ったような状態となった・・・・

「・・あっ、危ないっ!!」

 思わず宏隆がリングの外でそう叫んだが、その時にはもう、すでに遅かった。
 その瞬間(とき)を待っていたかのように、相手の男はフッと前方に身体を抜いて、初めよりも鋭く、素早い動きでタックルに入り、宗少尉の腰を充分に取って、体当たりをするように、コーナー・ポストに激しく押し付けてきた。

「チィィッ・・・・!!」

 悔しそうな声が、宗少尉の口から漏れる。

 すぐさま、タックルで固めている相手を振り解(ほど)こうとして、上から肘打ちしたり、揺さぶって外そうとするが、相手の腰が低く、身体をピタリと密着しながら制されているので、まったく効果がない。
 かと言って、ここで力んでチカラ一杯に反撃をすれば、身体がバランスを失って簡単に倒されてしまうのは目に見えている。

 しばらく、そのままどちらも動かない膠着した状態が続いた後に・・・・
 密着していた相手が、宗少尉の腕(かいな)を返すようにしながら、その低い腰を上げて少し立ち上がり、密着されて身動きが取れなかった身体の間に少し空間が出来た。
 それまで動きを制されていた宗少尉は、相手が立ち上がりながら次の技を仕掛けてくるのだと思い、そうさせない為に、間髪を入れず、空いた相手の脇腹に鋭い右の膝蹴りを放った。

 しかし・・・それは相手の策略であった。
 相手はそのような行動を予測して腰を上げ、密着した身体をわざと少し離して、宗少尉の膝蹴りを誘ったのである。

「あっ!・・・・」

 後悔したが、しかし、もう遅かった。
 膝蹴りは相手に触れる程度には当たったが、その右膝を反対に内側から抱え上げられ、タックルをされたままの腰は相手の方にグイッと引きつけられ、ほとんど片足で棒立ちのような状態にさせられた途端、宗少尉はそのままリングの中央に向かってドーンと投げ倒され、あっという間に“馬乗り”のマウント・ポジションを取られていた。

「ウォォオオーーーーッ!!」

 ・・どっと、大きな歓声が、見物をしている隊員たちから起こった。
 おそらく、少尉がこれほど劣勢となるような光景は、滅多に見られない事なのだろう。

 宗少尉は、馬乗りをされた状態から何とか逃れようと、海老反りをしながら盛んに身体を動かすが、相手は少尉よりも遙かに体格で勝り、日頃よほどグラウンド・ワーク(寝技)の修練を積んでいるのか、どんなに逃れようとしても、巧みに制されて効果がない。
 それどころか、相手はその安定した馬乗りのポジションから更に顔面を狙って打ってくるので、宗少尉はそこから逃れる動きに専念できず、両肘を顔の前に固めて、必死にそれを避けていなければならなかった。

 今の時代でこそ、グレイシー柔術によって、このようなグラウンド・ワークの戦闘法が広く知られているが、この物語の舞台である1970年代には、そのような技法は日本人が見たことも、聞いたこともない、非常に新鮮なものであった。


「・・Do you give up?・・・Sir?」

 少尉の上に、揺るぎない軸で馬乗りになっている男が、顔面にパンチを打ち続けながら、もうすでに勝ちを収めたかのような、落ち着きはらった声でそう声を掛ける。
 確かに、あの勝ち気な宗少尉が、為す術もなく部下にのし掛かって制され、悔しそうな表情を浮かべながら打撃を浴びている状況を見れば、誰もがもうギブアップするしかないと思えた。

 が、しかし・・・

「・・ふん! それで私に勝てたつもりなの?
 ちゃんと勝ちたいのなら、本当にギブアップさせてごらん!!」

 自分の明らかな劣勢を顧みず、不遜にも、そう大口を叩く少尉に、

「な、何をっ・・・!?」

 やや興奮気味にそう口走りながら、力強く宗少尉の顔面に向けて一撃を放ち、次の瞬間、チョークの技で首を絞めてきた。

「うぅっ・・・!!」

 思わず、宗少尉からうめき声が洩れる。
 馬乗りの状態からチョークで首を絞められれば、逃れようもなく、非常に苦しいものだが、これはただのチョークではない。右肘で少尉の左肩を押さえ、右の前腕をノドに強く当て、左手を自分の右手の甲に重ねるようにして少尉の右肩に押し付け、それを支点にして右肘を下向きに押し、前腕部を喉にグイと押し込んでいるのだ。

 自分を本当にギブアップさせられるかと挑発され、相手も流石にカッと来て、この強烈なチョークを仕掛けたのである。
 そして今度こそ、もう宗少尉がどうすることも出来ないと、そこで見物している誰の顔にも、あきらめの色が出始めたが、しかし、その次の瞬間・・・・

「あっ・・ぅわっ・・・!!」

 あっという間に・・・相手が少尉の腰の上からグルリと転げ落ちたかと思うと、瞬く間に反対に宗少尉が相手の上で馬乗りのマウント・ポジションを取った。

 その見事な逆転劇に、周りからドォーッと拍手と歓声が起こる。

「すごいっ!! あの体勢から、どうしてあんな風に返せるんだ・・・?!」

 宗少尉は、後ろ回し蹴りで空中のリンゴを蹴り砕けるような技だけではなく、あのような完璧と思えるほどの馬乗りさえ、見事に返せてしまうのである。全くと言って良いほど寝技のテクニックを知らない宏隆にとっては、その多彩で繊細な戦闘技術に、ひたすら驚嘆する他はない。

 そこで一瞬のうちに行われたことは・・・
 馬乗りになった相手が首を絞めに来た瞬間、少尉は右手で相手の右肘を押しながら左手で上腕を突き上げ、同時に左脚を相手の右脚にフックして、それを支点にブリッジをしながら左回りに相手を転がし、完全に上下を逆転してしまった。
 その時、相手の足は馬乗りの形のまま少尉の腰に巻き付いていたが、相手が慌てている間にスッと立ち上がり、すぐに左脚を大きく後ろに引いて右膝を相手の股の間に割り込み、腰に巻き付いていた足を外しながら相手の上に乗り、瞬く間にマウント・ポジションを奪ったのである。


 そして、そこからは、さらに見事な、流れるような動きを周りの者に見せつけた。

 まず、その馬乗りの体勢から両手を鷲掴みのように構え、相手の喉を絞めに行くようなポーズを見せた。さっきまで少尉のノドを攻めていた相手は、少尉がその仕返しに来るのだと思い、思わず両手で喉を庇(かば)った。
 しかしそれはフェイントであり、次の瞬間、宗少尉はその庇った手首を捉えながらスルリと相手の首の後ろに手を回し、自分から転がって更に相手の後ろに回り、後ろから左腕を深く喉に巻き付け、相手を仰向けにして、後方からのネイキッド・チョーク(裸絞め)を決めた。
 しかも、少尉の脚は後ろから前に回され、内股がカカトで強く押さえられているので、相手は身動きひとつ出来ない状態となっている。

「うぅ・・ぐ、ぐぁあっっ・・・」

「あハハ、コレは効くわねぇ・・・So, Do you give up?・・Boy?! 」

「ウグ・・・グゥ・・」

「オゥ・・オーケイ! ギブアップしたくないのなら、それでも良いけれど、私のカカトはキミの大事なトコロを蹴って潰すことも出来るし、5秒もあれば、その首を締めて“落とす”こともできるのよ!! ・・・さあ、どちらがお好み?」

「ウグ・・ムムゥ・・・・」

 余りに鮮やかに逆転された事がよほど悔しいのか、相手の男は容易に降参しない。
 何とか首を絞めている腕を解こうとするのだが、自分よりも遙かに細いはずの少尉の腕を、まったく外すことが出来ないのである。

 宗少尉は相手がもがくのを見て、ますますチョークの腕を絞めて気道を圧迫し、脚で下腹部を小突くように蹴りながら、激しく相手に迫る。

「ユー、ギブアップ・・?! ドゥ、ユウ、ギヴアーップ?!」

「・・ヴグッ・・ギ・・Give up・・・アイ・・ギ・・ブア・・ップ・・!」

 苦しそうに、首を絞めている少尉の腕をタップしながら、ついにその相手がそう言った。

「Good・・・!」

 巻き付けた腕を解いて、何もダメージの無い宗少尉はスタッと軽やかに立ち上がったが、相手の男は床に座ったまま喉に手を当て、苦しそうに息をはずませて、なかなか立つことができない。


 見物をしていた隊員たちから盛んな歓声が起こり、拍手が鳴り止まない。
 宏隆もまた、賞賛の拍手を惜しまなかった。

「君のグラウンドの戦いは余り見たことがないが、今のは実に見事な動きだった。
 相手との体重差は30kg 以上もあるのに、大したものだ」

 席を立って拍手をしながら、陳中尉がロープのところまで来て、そう言う。

「Thank you very much, sir・・・でも、さっきはちょっと危なかったです。
 これからは、もっとグラウンドの訓練を増やすことにします。
 でも、今のは、ほとんど彼との訓練から学んだものですが・・・」

 ニコリと微笑みながら、宗少尉はそう答えた。さっきの鮮やかな技法は、たった今、馬乗りで自分の首を絞め上げた相手との訓練中に学んできたものらしい。


「・・OK、Next, Please! 確か、いちばん強い(Best)のが残っていたわね・・・?!」

 すると、それまで宗少尉の戦いぶりを、リングの外からロープにもたれるようにして黙って見ていた男が、そのままフワリと、軽やかにロープを飛び越して、リングに立った。


                                   (つづく)




  【参考写真】

        
        *相手に馬乗りから前腕でチョークされている状態。




                     
                     *馬乗りから逆転して立ち上がり・・・


           
           *さらに膝で割って入って・・・


       
       *反対に馬乗りになってチョークに行くようなポーズを見せると、
        相手は思わず両手で喉を庇ってブロックしようとするが・・・    


               
               *そこで相手の肘と手首を取って・・


                   
                   *胸で相手の肘を押すようにして手を下げて、
                    片手を首の後ろに回し・・・


              
              *スルリと相手の横に回りながら・・・


         
         *自分の手首を掴んで相手を引き上げ・・・


            
            *バックを取り「裸絞め」を極める。



2009年11月14日

資料映像#15「陳清萍の忽雷架 その6」

 陳氏太極拳第15世陳清萍伝
 楊虎系「忽雷架」 徐紀(Adam Hsu Ji)老師


      



  徐紀老師は、1941年・上海生まれ。1949年に家族と共に台湾に移住。
  徐紀氏が主宰する「止戈武塾」の公式ホームページによれば、徐紀氏が就いた中国武術
  の師は八名、学んだ拳種は十数種類にも上る。

  ここでご紹介する忽雷架は、「資料映像#6」の陳慶雷や「資料映像#13」の王晉讓と
  同じ、陳名標の系統を伝承する杜毓澤(と・いくたく)より、徐紀氏が学んだ忽雷架で
  ある。

  杜毓澤へ陳氏太極拳が伝わった経緯は、当時「河南都督府秘書長」であった杜毓澤の父、
  杜厳(と・げん)の要請で、陳家溝の隣村である清化鎮杜府に、当時七十余歳であった
  陳氏第16世・陳延熙(ちん・えんき)が招かれ、息子の杜毓澤に陳氏太極拳老架式を学
  ばせた事によるとされる。

  また、陳延熙が高齢であった為、杜毓澤は後に、陳延熙の甥で楊虎の弟子である陳名標
  に就いて忽雷架を学んだという。

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