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  太極武藝館のブログ、「Blog Tai-ji(ブログタイジィ)」へようこそ。
  このブログは、太極武藝館の創立15周年を記念して平成21年1月より
  開設されたものです。

  Blog Tai-ji では、普段の稽古の様子はもとより、どのような人がここで学び、
  どのように稽古し、太極拳の学習がどのように日常生活と関わっているのか・・・
  それらを中心に、新鮮で盛り沢山な内容を掲載していきたいと思っています。

  私共にとって初めての試みでもあり、至らぬ点は数多いと思いますが、
  お気づきの点などがございましたら、当方までお知らせいただければ幸いです。

  なお、コメントの書き込みにつきましては、現在のところ、小館門人および
  ゲストの方々のみに限らせて頂いておりますが、コメンターとして参加を
  希望される方は、太極武藝館・事務局までご連絡下さい。

  また、当ブログを快適にご覧いただくために、
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            太極武藝館オフィシャルブログ「Blog Tai-ji」編集室



2017年04月15日

連載小説「龍の道」 第197回




第197回  P L O T (17)


「もし君の言うように、あの山荘にヘレンが囚われているとしたら、作戦を立てて救出に向かわなくてはならない、だが・・・」

「ボクの見間違えだったら、作戦の意味がありませんから、先ずはあの館をじっくりと探るべきだ、という事ですね?」

「そのとおりだ───────宗少尉、貴女はどう思われますか?」

「こうなったらもう、山荘を探っても仕方がないでしょうね。あれだけの騒ぎを起こして、敵も対策を取っているだろうし、ヘレンが囚われて居たとしても、私なら他所(よそ)に移動させるところね」

「・・なるほど」

「取り敢えずは、ほとぼりが冷めるのを待って再調査し、捜索するしかないですね」

「そういうコトよ」

「ふむ、やはりそれが一番良いだろうな・・では、違う所から調査を始めよう」

「・・では、私たちはこれで帰ることにします。ヒロタカ、行くわよっ!」

「ま、まあ、そんなに慌てなくても。ついさっき激しい襲撃に遭ったばかりだし、色々と今後の打ち合わせなども、じっくりとして行きたいし・・」

「襲撃には慣れているので、大して疲れてもいません、どうぞお気遣いなく。それに、この辺りは敵の土地勘のあるところだから、ヘレンの捜索と救出作戦を立て直すのは、一度戻ってからの方が良いと思います」

「そうか、分かった。だが君たちを襲撃したのは恐らくキャンベル曹長だ。ああ見えて中々執念深そうだから、まだ近くを探し回っているはずだ。いま外へ出るのは危険だよ」

「襲撃は曹長ではなく、ヤンかもしれませんね──────」

「ほう、ヒロタカは何故そう思うのかな?」

「僕たちがあの町に居ると見当を付けられるのは、ヴィルヌーヴ中佐と、土地勘のあるキャンベル曹長くらいでしょうが、曹長にしては少々攻撃が雑に思えます」

「だが、それだけではヤンによるものと特定できないだろう」

「襲撃は計画的でした。おそらく密かに吾々の跡を尾けて、どこに泊まったかを確認し、あのカフェに来るのを予測して、根気よく向かいの森から機を窺っていたのでしょう。ぼくを本気で殺す気が無いキャンベル曹長は、そこまでする必要がないはずです」

「ふむ・・確かにヤンかもしれないな」

「初めに山荘で見つかって一時退散する途中で、セキュリティと思われる男が、首を絞めるための細いワイヤーを手にしたまま、無惨に首を折られて殺されていました。それを発見した直後に、ちょうど近くから車のエンジンが掛かって去って行ったのですが、その時に、それがヤンで、この男も彼奴が殺ったのだと直感したのです」

「キャンベルが君を殺すつもりが無い、と思えるのは?」

「これ迄の経緯を見ても、そこまで深追いするタイプではないでしょう。それに、キャンベル曹長は少々オッチョコチョイのようなところがあるし」

「Scatterbrain(おっちょこちょい)?」

「はい、山荘で、先ほどお話しした ”謎の男” に捕らえられそうになった時に、覆面をしていても声色は使わず、いつもの声のままで、その男の名前を呼んでしまったのです」

「ほう・・」

「だから思わず笑って、それは頭隠して尻隠さず、その男みたいに声色でも使わなきゃ、正体が丸分かりですよ、と言ってやりました」

「・・・・・・」

「曹長はかなり動揺していましたが。その謎の覆面の男のことを何と呼んだか・・・」

「・・・・・・」

「何と呼んだか、中佐は興味がありませんか?」

「もちろん興味はあるさ・・彼は何と呼んだのかな?」

「コンフェラ、と言いました──────」

 宏隆は、じっと中佐の眼を見つめている。
 少しでも変な反応をすれば、謎の男は中佐である確率が高いはずだ。
 宗少尉は黙って聴いているだけに見えるが、もし中佐や部下たちが動く気配を見せたら、あっという間に素早い行動を取るに違いない。

「ほう、何だか変な名前だな、初めて聞くが・・」

 だが、中佐はちょっと首を傾げただけで、動揺しているような気配は全くない。

「暗号名でしょうが、英語の confer は give の類語で、”与える・授ける” といった意味ですから、そんな立場の人間なのかも知れませんし、もとはラテン語のような気もします。
 落ち着いたらじっくり調べてみます、ボクは暗号や謎解きが好きなので、きっと解明してみせますよ」

「そうか・・だが、それよりも今は先ず、これからどうするかを考えなくてはいけないな。日も傾いてきたことだし、取り敢えず、このセーフハウスで良ければ、好きなだけ逗留してもらって構わない」

 腕時計を見ながら、そう言った。季節はまだ冬だが、日照時間が最も短い冬至の頃と比べると日がだんだん伸びてきていて、現在はこの辺りの日没は午後7時くらいだ。アラスカは南に位置するアンカレッジでも、12月の日照時間は一日に5〜6時間しか無い。

「さっきも言いましたが、私たちの事なら大丈夫です。どうぞお構いなく─────」

 宗少尉は鰾膠(にべ)も素っ気もないが、

「わかった。それじゃ歩いて行くわけにもいかないだろうから、せめて送らせてくれ」

 と、親切に言ってくれる。

 だが未だ不安は拭えない。どうしたものかと二人で顔を見合わせるが、すぐに宗少尉が、

「・・あのクルマで、ですか?」

 無数の銃弾の疵痕(きずあと)でボコボコにへこんだ、庭先の黒いバンを見ながらヒョイと肩をすくめた。

「大丈夫、ガレージにもう一台バンがある。防弾性能は少々劣るがね」

「それじゃ、お言葉に甘えてお願いしましょう!・・ね、ヒロタカ」

「え?・・あ、ああ、そうですね・・」

 中佐に送ってもらおうと安易に言うので、果たしてさっき指で合図を送った内容を、宗少尉はちゃんと理解したのだろうかと、宏隆はますます不安になった。
 だが、それを口に出して言うわけには行かず、此処で再び合図を送ることもできない。
成り行きに任せるつもりか、とも思ったが、今は様子を見るしかない。


 部下が出してきたクルマは、色がグレーの、同じような大型のバンだ。
 後部カーゴスペースもほぼ同じ造りで、横向きのベンチシートの片側に並んで乗り込む。宗少尉は座るとすぐに銃の弾倉を外して残りの弾数をチェックし、新しいマガジンに換えた。

 宏隆のベレッタ92は15発、宗少尉のシグ・ザウエルP220は、7.65mmのパラペラム弾なら10発分を装填できる。こういう立場の人間が常に残った弾丸の数を把握しているのは言うまでもないが、いつ何が起こるか分からないので、使った方の弾丸数の少ないマガジンを予備に取って、新しいものと入れ換えたのだ。


「よかったら、そろそろ出発しますが・・?」

 さっきの精悍な顔つきのドライバーが運転席に着いて、後ろに声をかけた。

「OK、ありがとう──────」

 助手席にはヴィルヌーヴ中佐が座っている。

「ところで、どこへお送りするのか、まだ聞いてませんでしたね。燃料はたっぷり入っているけれど、アラスカは広いですから、そう遠くまでは行けません。ははは・・」

「アンカレッジまで、お願いします」

「アンカレッジの、どのあたりですか?」

「5th Avenue Mall(5番街モール)・・」

「ああ、ダウンタウンのショッピングモールですね、今日はウィークデーだから、21時ごろまで開いているけれど、そんな所に行ってどうするつもりですか?」

「規則で、それは言えないわ。送って貰える事にはとても感謝しているけれど」

「はは、水くさいなぁ・・私も同じ玄洋會の一員ですよ」

「いえ、失礼だとは思うけど、ヴィルヌーヴ中佐は玄洋會北米支局の協力員─────つまり Level1または2の要員というワケだから、Level 4、時にはLevel 5 さえ許される私たちとしては、その立場の人に対して、当然それ以上詳しく話せない内容もあるのです」

「そうでした、失礼しました。もう余計なことは訊きません、私たちがアンカレッジまで安全にお届けしましょう」

「ありがとう────────」


 相手は中佐と運転手の二人だけで、こちらも二人、つまり2対2の対等の立場だ。
 そして後部席に居る自分たちから見れば、相手は背中を向けており、万一何かあった時には当然こちらの方が有利なのは分かりきったことで、そのような位置関係を最初から許しているヴィルヌーヴ中佐が、クルマの中で何かを仕掛けてくるとは考えにくいし、本当に敵だとしたら、もっと部下を連れて、後部席に載せていたはずだと思える。

 宏隆は、並んだ宗少尉の左側、つまり進行方向から見て後ろ側に座っているが、隣の宗少尉の腿(あし)に、右手の指でそっと合図を送り始めた。もちろん運転席側からは何をしているか分かるはずもない。
 宗少尉も同じように、指をタップしながら返事を宏隆に返している。


 先ほどもセーフハウスで密かに合図を送ったそのやり方は、勿論モールス信号である。
 英語で Morse Code と呼ばれるモールス信号は、モールス符号という符号化された文字のコードを用いる信号の通信手段で、その名称はアメリカの発明家サミュエル・モールスが現在とは異なる符号で電信の実験を行ったことに因んでいる。

 モールス信号は遠洋航海の船舶間や陸上との通信に常用されていたが、通信衛星の登場によって今日では非常用の通信手段としても基本的に使われなくなり、海上保安庁やNTT、KDDIなどもモールス符号を用いた通信業務を停止している。
 現在でもそれを用いているのは一部の遠洋漁業無線、陸上自衛隊の野戦通信、アマチュア無線などで、陸上自衛隊の教育学校や各地の水産学校では、今もモールス信号の学習訓練が行われている。
 
 日本語での通信はモールス符号の短点を「トン」、長点を「ツー」と表現し、欧文では短点を「dot(dit)」、長点を「dash(dah)」と表現する。その組み合わせで全ての言葉を送信するのである。和文はイロハニホヘトの順に符号が割り振られ、当然ながらアルファベットよりも数が多く、その分だけ覚えるのが大変である。数字は欧文の符号と同じものが使われている。

 よく知られる「SOS」の遭難信号は「トントントン、ツーツーツー、トントントン」で、世界共通である。これは無線に限らず、例えば遭難した場所で地面に石などを置いてその表現をしても、飛行機から見て救難信号と認識することができる。
 因みに、かつて船舶の無線通信室に備えられた時計には、毎時 0・15・30・45分の位置から3分間のところに色が塗られていて、その間は通信を停止し聴取体勢を取らなければならないというルールが二十世紀の終わりまで存在していた。世界中の船舶を呼び出せる通信周波数は500KHzだが、遭難信号や非常通信が通常の通信で掻き消されないよう、その時間帯は世界中の無線局が固唾を呑んで静かに聴取していたのである。

 モールス符号には和文・欧文以外にも、ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語、キリル文字、アラビア文字、中国語、朝鮮語などがある。中国語は信号にするのが大変で、漢字のひと文字に対して四桁の数字が割り当てられ、漢字を数字に、或いは数字を漢字にするためのコードブックが存在する。また朝鮮語もいったんアルファベットに転写し、その後欧文として送信するので非常に手間がかかる。

 余談だが、ソフトバンクの携帯電話に電話をかけると、呼び出し音の前に「プププ」という音が流れる。これは Softbankの「S」を意味するモールス符号の「・・・」である。
 また、朝日放送のニュース速報では、「NEWS」を意味する(ー・・・ーー・・・)」のモールス信号を流したあとでテロップを掲出している。何の為にわざわざそんな事をしているのかは、分からないが。

 モールス符号による通信は無線に限らず、発光信号や音響によるものもあり、この場合の宏隆のように、指で叩くことで相手に伝えることも可能な、大変便利なものと言える。
 

 閑話休題───────


 さて、アンカレッジの行く先まで気にして訊ねてくれる言葉に、ヴィルヌーヴ中佐の親切が感じられて、これまでの疑いも自然と解けて来ざるを得ない。何よりも、敵意が全く感じられないのだ。

 そんな想いが、宏隆たちに生じ始めたのだろう。さっきまでの必死の攻防戦の疲れもあってか、さすがに居眠りはしないものの、少しばかり寛いで、二人とも、いつもよりボンヤリしているように見える。

「いくら歴戦の強者(つわもの)たちでも、ちょっと疲れたでしょう。まあ、ゆっくりして居てください。アンカレッジまでは僅か45マイル(約73km)ほどです。こんな凍った路でも1時間半もあれば着きますよ」

 二人の気持ちを見透かすように、前の席からヴィルヌーヴ中佐が声をかける。

「ありがとうございます」

 宏隆が答えたが、宗少尉はすでに目を瞑(つぶ)っている。


 どれほど走っただろうか───────

 凍てついた雪道は、時間も距離も、感覚が鈍って分かりにくくなる。
 それが少し疲労している時なら、尚さらのこと。

 アンカレッジに向かうアラスカ1号線、グレンハイウェイの途中にあるニック・ブリッジを過ぎたのは、朧気(おぼろげ)ながらに憶えている。
 その先のニック・アームと名付けられた、腕のような形をした細長い湾に沿った、針葉樹林帯の中に幾つか点在する小さな湖の近くを走っていると、突然に車が大きくハンドルを切って、ハイウェイを外れた。
 
「・・どうしました?!」

 眠そうな目をこすりながら、宏隆が中佐に声をかけた。

「追っ手だ、攻撃してくるぞ──────!!」

「え・・ど、どこに・・?!」

 車は、なだらかに下る路を、そのままどんどん森の中へと入って行く。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第198回の掲載は、5月1日(月)の予定です


2017年04月01日

連載小説「龍の道」 第196回




第196回  P L O T (16)



「ドオォォーンッッッ──────────!!」

「うわわぁああっっっ─────!!」

 こんな時にグレネードランチャーで狙われたらアウト、と言ったばかりだが・・
 そのグレネード(擲弾)がすぐ近くで炸裂し、爆風で車の片側がフワリと浮いた。


 グレネード弾には、ここで用いられた40mmの他にも、散弾、催涙弾、発煙弾、照明弾、演習弾などがある。弾丸はいずれも蓋の丸い小型スプレー缶のような形状で、榴弾の場合は爆発によって弾丸の破片が広範囲に飛散するよう設計されている。
 グレネードランチャーは最大有効射程が広域で350m、定点で150m程度。最小安全距離は30〜35mとされている。

 擲弾(グレネード)とは本来、敵に向けて投擲して攻撃する爆弾という意味だが、手で投げるものを手榴弾と呼ぶようになってからは、擲弾は投射器(ランチャー)を用いて遠くまで飛ばす爆弾を指すようになった。

 火薬を陶器や金属の容器に詰めて投げる爆弾は、既に宋の時代に使われていたというが、グレネードという名が用いられたのは17世紀の英国の名誉革命からで、黒色火薬を詰めたクリケットボールくらいの鉄球に導火線を付けて、投げて使っていた。
 また、南北戦争では南軍北軍ともに、着地の衝撃で爆発するタイプの手投げ弾(ハンドグレネード)が用いられている。

 第一次世界大戦に入ると、スペインやフランスの軍隊がライフルの銃口にグレネードを装着して飛距離を得るライフル・グレネードを盛んに用いるようになったが、実はこれは、日露戦争の旅順港閉塞作戦に於いて、世界で初めて用いられた『小銃擲弾』のコピーで、そのオリジナルは海軍の砲術長である秋沢芳馬が研究開発した日本の新兵器であったとも言われている。


「急げっ!──────モタモタしていると殺(や)られてしまうぞ、早く乗れっ!!」

「どうしますか?、ワナじゃないという保障は無いですよ・・」

 小声で宗少尉に問うが、

「ええい、しょうがないっ!・・取りあえず、乗るわよっ!!」

 取り敢えず腹を決めて、黒いバンに乗り込む。

「よしっ、クルマを出せっ、GO, GO, GO, GO・・次の攻撃が来るぞ!」

「ブォオオ─────ロロッッッ」

「ドドォーンッ・・・・!!」

 たった今、そこに停まっていた所に、2発目のグレネードが炸裂した。
 無数の細かい破片がバンのボディに当たり、突き刺さる音がする。

「M79* か、なかなか派手にやってくれるな・・よし、ここで止めろ!」

【註* M79:主にベトナム戦争で使われた中折れの構造を持つ40mm擲弾銃。
 現在でも暴動鎮圧用にゴム弾を装着して使われることがある】

 少し走ったところで中佐がドライバーに怒鳴った。ちょうど街路樹の陰だ。
 停まるか止まらないかのうちに、スライド式の小窓を開けて素早くライフルを撃つ。

「ダンッ、ダンッ、ダンッッッ──────────!!」

 森の中の、敵が撃ってくる木陰の辺りを目がけて、正確に銃弾が飛び続けるが、

「ダン、ダンッ、ダン、ダン、ダンッッ─────!!」

 敵も負けじと、撃ち返してくる。

「ふむ、腕はそんなに悪くないようだな・・」

 一発がタイヤにヒットしてクルマが揺れたが、なぜかパンクしない。
 完全防弾の戦闘用車両なので、タイヤもエアレスなのだろう。勿論これだけの装備を持つクルマを用意するには個人では難しく、かなりの組織力が要る。

 2016年夏に、500台余りのトヨタのランドクルーザー70やハイラックスがアメリカ特殊部隊に導入されて話題になったが、それは直接の戦闘用ではなく、主に特殊作戦に於ける通信器機を搭載する装甲車両というものであった。
 普通に市街地を走っていても目立たない特殊車両を造るには、莫大な費用と時間、そして細部への工夫が必要なのは言うまでもない。防弾と言っても、単にボディの鉄板を厚くするだけではやたらと重量が増えて走行性能が低下してしまう。防弾ガラスなどは、実は普通の常用車でも注文が可能で、その手の職業の人が多く装着しており、町を走っていても一般市民にはあまり見分けがつかない。


「・・よし、今だ、出せっ!!」

「ダンッ、ダンッ、、ダンッ、ダンッッッ・・・!!」

 再び走り出してからも、さらに中佐が撃ち続ける。
 これでは敵も動けないに違いない。案の定、完全に攻撃が止まった。

「追っては来ませんね。武器はご大層ですが、おそらく敵は単独でしょう」

 数百メートルほど走ったところで、中佐の部下らしい同乗者の一人が言った。

「ああ、そうだな」

「いったい、敵は何者なのでしょうか?」

 宏隆がヴィルヌーヴ中佐の顔を見るが、

「まあ、およその見当はついている。それも後で話そう」


 少し走ると、いつもどおりの閑散としたアラスカの風景が目の前に広がる。ついさっきまで銃撃戦をしていたのが嘘のように思える。

 黒い大きなバンのリアカーゴ(荷室)は、運転席の直ぐ後ろ側に武器庫があり、左右両側がベンチシートで、6〜8人ほどが向かい合って座れるようになっている。そこにはヴィルヌーヴ中佐以外にも二人、普通の市民と変わらぬ服装をした、兵士上がりのような体格の良い男たちが黙って座っている。

 宗少尉は、その男たちとは少し離れて、出口に近い所に腰掛けて、いつでも銃を出せるように身構えているが、ヴィルヌーヴ中佐と二人の男は、全くと言って良いほど殺気を感じさせない。どう見ても味方としか思えないエネルギーしか感じられないのである。


「ヴィルヌーヴ中佐────────」

 宏隆が何かを訊こうとしたが、表情でそれを察して、

「積もる話は後にしよう。先ずは追っ手を撒(ま)いて、ポリスも上手く躱(かわ)さないと。早々にクルマも換える必要があるし、な・・」

 そう言って、慣れた手つきでライフルをケースに仕舞い始めた。

 確かに・・と、宏隆は頷いた。如何に長閑(のどか)なアラスカの田舎とは言え、カフェがライフルで銃撃されて、さらに大通りでこれだけの爆破と銃撃戦が起こって、警察が黙っているわけがない。

 銃弾とグレネードの攻撃でボコボコになったバンは、田舎道を数マイル行ったところの交差点を、さらに寂しい方へと曲がり、森の中の小路(こみち)をどんどん入って行き、やがて鬱蒼とした雑木林の中に佇む、古そうな木造の家の前で停まった。周りには人も建物も、何も見当たらない。

「さあ、着いたぞ─────」

 奥に座っていた二人の男たちが素早くドアを開け、宏隆と宗少尉を外に出るよう促す。


「滅多に使わないので掃除が行き届いていないが・・さあ、宗少尉も、中へどうぞ」

 アラスカでよく見かける、木造平屋建てにペンキを塗った質素な家である。
 庭と言うよりは、単に家の前にクルマが5〜6台駐まれるスペースがあり、母屋の隣には2台は入れそうな大きなガレージが付いている。
 家の裏側はすぐ森で、そのまま北極海まで原野が続いていそうな未開の地だ。


「ここは私たちのセーフハウス(safe house=隠れ家)です。安心して寛いで下さい・・・何か飲み物は?」

 中を見渡している二人に、ヴィルヌーヴ中佐が気を遣うが、

「危ないところをタイミング良く助けてくれた事には感謝するわ。だけど、別に遊びに来たわけじゃないんだから、この際いろいろ説明してもらう必要があるわね」

 宗少尉が立ったままで、やや語気を荒めて、怖い顔を向けた。

「お噂はかねがね伺っていましたが、宗少尉とは初対面ですね。私は玄洋會・北米協力員の Joseph Villeneuve(ジョセフ・ヴィルヌーヴ)です、初めまして・・」

「台湾シェンヤンフイ(Xuanyang Hui=玄洋會)の Zong Lihua(宗麗華)です。先ほどは危ないところを助けて頂き、感謝しています」

 相手が紳士的な態度で接してくるので、宗少尉も言葉を改めてそれに応える。

「ヴィルヌーヴ中佐、伺いたいことが山ほどあります──────」

 宏隆が話の口火を切った。

「オーケー、私からも話したいことがたくさんある」

 宗少尉はそれとなく、この家の間取りや出口の数、ドライバーを含めたヴィルヌーヴ中佐の部下たちがどの位置に居て、今すぐにどう動けるか、武器はどうかを把握しようとしている。

 宏隆にしても、これまでの経緯があるので、中佐を頭からすべて信用しているわけではない。宗少尉と同じように警戒しつつ、取りあえず相手の動向を窺っているが、中佐の三人の部下はかなり訓練を積んだ身体で、動きにも俊敏さが見える。

 バンを運転してきた部下はそのまま外で見張りとして立っているが、あとの二人は中佐と共に家の中に入り、リビングの隅に対角線上に立っている。何か有った時にはこちらが完全に不利なポジションを取られている──────と宏隆は思った。


「まずは座りましょう。立ったままでは、まるで敵同士みたいだから・・ははは」

 中佐が自分から率先して座ったので、宏隆たちも席に就く。

 セーフハウスは、別荘やリゾートマンションと用途が違うのは当り前だが、普段人が住んでいないので如何にも仮住まいらしく感じられる。リビングとは言っても、粗末なソファとテーブルが並んでいるだけで、すぐ向こうには小さなキッチンと、アメリカのどんな家にもあるような、大きな冷蔵庫が見えている。

 お茶でも淹れるつもりか、気を利かせて部下の一人が湯を沸かし始めた。


「実は僕たちは、中佐に教えられた山荘に行ってきたのですが─────」

「おお、やはりそうだったか。私はちょうど君たちを探して合流しようとしている最中に、あのカフェが襲撃されているのを見つけ、すぐにピンときて駆けつけたのだ」

「それじゃ、さっきは全く偶然に通りかかったというわけですか?」

「そのとおりだ。山荘のあるワシラの周辺は小さな町が幾つかあるだけだから、どこに居るか、およその見当はつく。居心地の良さそうなパーマーの町なら私も拠点に選ぶし、あのカフェはなかなか珈琲が美味いからね」

「装甲車のような、あのバンでわざわざやって来たのは?」

「ああ、あれは何も特別な物じゃなく、私たちが常用するクルマだよ。商売柄、何があってもおかしくないのでね」

「ヒロタカ、もっとズバリと訊きなさいよ─────」

「ヴィルヌーヴ中佐、実はどうしても疑問に思えることがあって、まず最初にそれを解決したいのですが」

「いいとも、私で分かることなら何なりと尋ねてくれ」

「中佐は昨夜、あの山荘に・・キャンベル曹長の居る、あの館に居られましたか?」

「・・・・・・・」

「きちんと答えて下さい。お返事の内容によっては、吾々も──────」

 返答に詰まった中佐を見て、宗少尉が今にも動き出しそうに腰を浮かせたが、部屋の隅に控えている二人の部下たちは平静で、別に動揺する気配もない。

「ははは、何を訊きたいのかと思えば・・あまりに突拍子もないことを言うので、つい絶句してしまったよ!」

 ヴィルヌーヴ中佐が、高らかに笑い始めた。

「・・え、それじゃ?」

「奴らの調査をしている立場の私が、その山荘に居るわけがないじゃないか。一体どこで私を見かけたと言うんだ?」

「それは、こういうことです────────」

 宏隆は、あの山荘を探ろうとしてキャンベルに発見され、取りあえず逃げ切ったが、再び単独で様子を探ろうとして潜んで行った際に、部屋の中から漏れてくる声がヴィルヌーヴ中佐によく似ており、それを確かめようとして敵に気付かれてしまい、護衛を倒して思い切って部屋に侵入したが、その声の主が覆面をして声色を使ったので、ますます疑念に駆られ、確かめようとしたが、敵の反撃に遭ってやむなく退却した──────という顛末を分かりやすく、手短かに告げた。

「ほう・・そうだったのか、それは大変だったね。二人だけで、よくやったものだ」

「では、あそこに居たのは、中佐ではない、と─────?」

「私はこの前話した別件を追って、昨夜はアンカレッジに居た。どれほど声が似ていたとしても、双子でもない限り、それは不可能というものだ」

「そうでしたか─────宗少尉、やはり僕の勘違いだったのかも知れません」

「・・・・・・・」

「宗少尉・・?」

「いいから、もう少し話を続けて」

 ソファで腕組みしたまま、目を開けているのか瞑っているのか、何かを考えているのか、分からないが─────ともかく憮然とした表情で、また黙ってしまった。

「紅茶です。よろしければ、どうぞ」

 キッチンで湯を沸かしていた部下が紅茶を淹れてきた。
 宏隆たちと、ヴィルヌーヴ中佐にも同じポットからマグカップに入れて出す。

「アラスカは水だけは安心して飲めるね。どこの川の水でもそのまま飲めるような土地は、まず余所では滅多に聞いたことがないが」

「そうですね、それだけ自然が豊かで、汚染が無いということでしょう」

「喉が渇いたでしょう、さあどうぞ。幸い紅茶は缶入りだから、滅多に使わないセーフハウスに置いてあっても、まだまだ香りが良い」

 ヴィルヌーヴ中佐は、まるで宏隆たちを安心させるように、先にマグカップを手にして、美味そうに紅茶を啜った。宏隆はチラリと宗少尉の顔を見たが、中佐が飲んだのを確かめてからカップを取り上げた。

「あの山荘にキャンベル曹長が居たのは間違いありません。やはり奴らの手先として雇われているのでしょう。僕が捕らえられそうになった時には、謎の男と同じように覆面をしていましたが、声色を使っていないので丸分かりでした」

「そうか、やはりキャンベルが・・」

「それから、その部屋に ”大佐” と呼ばれる老人が居ました。覆面の男が特別な扱い方をしていたので、かなり重要な立場の人間らしいことが分かります」

「大佐か・・何か大物が絡んでいるのかも知れないな。この事件は結構奥が深そうだ」

「ところで、これは美味しい紅茶ですね、英国製ですか?」

「さあ、私は気にもしたことがないが」

「いや待てよ、これは、どこかで味わったような香りだ・・・」

「ははは、どうせ誰かが置いていった安物だ、加藤家の御曹司にじっくり味わってもらえるような代物(しろもの)ではないよ」

「いや・・・・」

 宏隆が一瞬、何かを思いついたような顔をしたが、

「・・やはり、そうですね、勘違いのようです──────」

 すぐに普通の顔に戻って、ちょっと深めの呼吸をし、また紅茶を啜った。

「そうだ、大事なことを言い忘れていました」

「何か思い出したかな?」

「あの山荘の窓に、ヘレンの姿が見えたような気がしたのです」

「何だって・・?!」

 思わず中佐が起ち上がった。

「最後の追っ手を躱して退却している時に、窓のところにチラッと見えたような・・」

「・・そ、それは確かか?」

 そう言って、宏隆の言葉に顔をしかめ、如何にも落ち着かない様子で、腕を組んで部屋の中を歩き始めた。

「山荘の部屋の電灯に照らされていただけで、ハッキリとは分かりませんでしたが、あの雰囲気やシルエットはおそらく、ぼくの見間違いでなければ・・・」

「うーむ・・・」

 そんな話をしながら、宏隆がすぐ左側に座っている宗少尉の腿の側面を、上着の裾に隠れた指先でそっとリズミカルに叩き続けていることを、ヴィルヌーヴ中佐も、二人の部下も気付いてはいない。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第197回の掲載は、4月15日(土)の予定です

2017年03月26日

練拳Diary #78「武術的な強さとは その20」

               by 玄門太極后嗣・範士   円 山 玄 花



 「武術的な強さとは」について書き始めてから、もう20回目となります。
 読み返してみると、自分のことについてこんなにも書いたのか?、と驚くほど自分の想いや考え方を率直に、その時々の言葉で綴っていました。
 練拳ダイアリーだから何を書いても良いのでしょうが、今振り返ると少々恥ずかしさを覚えるような拙い表現などもあり、改めて文章として書き残すことの重大性を感じざるを得ません。

 第1回目は約2年前の投稿で、「強さ」とひと言で言っても実際には様々な種類の強さがあり、とりわけ私たちが求める “武術的な強さ” がどのようなものであるのか、一般的にはもちろんのこと、私たち自身も明確に認識してないのではないかという疑問からこのタイトルが生まれました。
 内容としては、試合と実戦の相違点に着目することから始め、勝てる強さではなく負けない強さ、即ち「生き残れること」を軸に様々な角度から光を当てて述べてきましたが、当初自分で考えていたよりも話が広がっていくこととなり、その分新しい発見も多く毎回勉強できたことが大きな実りでした。
 この第20回目を機会に、武術的な強さについて纏めてみたいと思います。


 さて、生き残るためには自分を鍛えなければならず、負けないためにはただ筋力や打撃力を増強するだけでは無意味です。なぜなら、30歳を過ぎれば誰でも実感するように、体力筋力は年々衰え身体の回復が遅くなります。
 太極武藝館に入門してくる格闘技出身の人たちが言うには、現役で動けるのは精々頑張っても30代後半までということで、自分が年を重ねても若い人に負けずに動くことが出来て戦うことも出来る、そういう男になりたいという理由で入門する人が大勢居ました。
 彼らから聞いた話では、普通は何をどのようにして鍛えていくのかが曖昧であったり、その方法に極端に偏りがあるもので、概ね指導者の経験から得られた方法を教わるようです。しかし、もしその結果身体が故障したり、それが武術として使えない身体を造ってしまう原因になってしまっては何にもなりません。

 太極武藝館の門人は、入門から1年も経つと例外なく姿勢が良くなり、多くの人が「健康診断で身長が伸びた」と言います。60歳を過ぎた人がそのような報告をしてくるとさすがに驚かされますが、実際に体つきや顔色が変わって動作も機敏になってくるので、練功に対する正しい取り組みの重要性を否応なしに実感させられます。何十年もサラリーマン生活をしてきた70歳を越えようという人が、師父に大きく投げられて綺麗に受身を取って立ち上がる姿は感動ものです。
 何をどのようにして鍛えていくのか。それこそが “秘伝” と呼べるものだと思いますし、それ無しに套路を何種類も覚えたり秘技絶招をどれほど習ったところで、武術的にどのくらい役に立つのかは甚だ疑問です。

 先日、幸運にも軍隊のトレーニングを間近に見る機会がありました。
 一般市民に公開展示するようなイベントではない本物の訓練であり、部隊名やトレーニング内容の詳細を明かすことはできませんが、室内で行われていたそのトレーニングは多くの一般人が想像する軍隊のトレーニングとは全く異なるもので、とりわけ印象的だったのは訓練の最初に行われていたエクササイズです。
 それは床に寝転んだ状態から始められていましたが、驚いたことに太極武藝館のセミナーで行われた内容とほとんど同じものだったのです。まさか、自分が何年も前にセミナーで受講した内容が、そのまま実際の軍隊のトレーニングで行われているなど、まったく想像も及ばぬことでした。
 広い訓練棟で戦闘服に身を包んだ訓練兵士が教官に指導を受けている様子には一切の一般的な戦闘イメージはなく、反対に深く静かに自分自身をみつめて精神的な自己制御のシステムを養っているように見えました。しかも、そこから始められた3つのトレーニングは、私たちが道場で指導されていることやCQC特別講習クラスで教授されていることと、驚くほどピッタリと一致していたのです。
 師父は、道場での稽古指導に於いては、滅多にその練功がどのような種類のものなのか、それを稽古することでどのような成果が出るかを説明されることはありません。そしてそれ故に、私たちは教わる内容を、まるで太極拳の学習としては当たり前の、どこの太極拳でも教授されているものだと考えがちです。
 ところが、そのとき軍隊で教官が説明していたのは、“軍人にとって欠かせない特殊な意識訓練” であること、そして “体力筋力を養うと同時に脳を鍛えること” だったのです。
 もちろん、そこで行われていたトレーニングは静的なものだけではなく徐々に動的なものへと移行し、更には素早い動きの中で複雑な指示を的確にこなしていくというものまで行われていたことを付け加えておきます。

 プロの戦闘要員育成トレーニングが、私たちの稽古内容と一致する。────────それは、激動の時代を生き抜いてきた太極拳の歴史を見れば何の不思議もないことですが、現代太極拳の練習内容を見聞する限り、まるで肝心な “武術的要素” がスッポリ抜け落ちてしまったかのように思えてしまいます。つまり、たとえ勁力などの非日常的なチカラが存在していたとしても、その使用方法となる戦い方は明確に示されていないのです。多くの発勁動画を観てもあまり武術的な脅威を感じないのは、その辺りの理由からかも知れません。
 軍隊で武器(力)を正しく扱える知識と身体を養うように、武術家にも同等の過程が必要なはずで、その過程を経ることによって、ただの強さではない “武術的な強さ” が身に付くのだと思います。

 軍隊式トレーニングが筋力体力を頼みにするものではなく、ましてや単なる格闘訓練や銃火器訓練だけでもなく、もっと根本的な自己統御から行われているということは、彼らのその統率された集団行動や命令系統の確立からも納得できると同時に、武器の有無に関係なく戦うことが出来るし、たとえ最後のひとりとなっても為すべき事を為しながら戦い続けることが出来るという、そのような人間を育成していることがはっきりと分かります。

 研究会の稽古で時々道場を離れて山に入って特別訓練を行うのも、同じ目的であると感じられます。
 特別訓練と言っても、いきなり山中に放り出すような荒っぽいやり方は(今のところは)せずに、まずは非日常の環境に身を置いて寝床を作り、火を熾し、食事を作るという、ごくありふれた野外生活を経験させられます。
 慣れ親しんだ日常から一歩離れた非日常の中では、自分が行ったことが全て自分に還ってきます。その時に自分は何をどのように考え、問題にどのように向き合うのか。また、自分独りなら何とかなったことが、仲間と共に行動しているために一手間も二手間も掛かるように感じられることも多々あって、一致団結のためには誰もが自分から率先して動く必要が出てきます。
 そうして少しずつ、太極拳という武術に向き合う自分自身の根本的な問題──────危機感の欠落、ご都合主義でコンビニエンスな考え方など──────と直面し、大袈裟でなく一個の生命としての活動に目覚め始めるのです。

 常に危険や危機と隣り合わせの状態では、否応なく武術的な強さが希求されます。それは理屈ではなく、頭で考える暇もなく唯々生き残るために全身全霊で求めるのです。
 危険と言っても、たとえば岩がゴロゴロしている川原を歩くということでも充分危険な状況です。そこで正しい考え方と歩き方を教わり様々な変化応用を伴って縦横無尽に行き来する、たったそれだけでも不思議と軸が整った立ち姿に変わり、身体はいつの間にか柔らかくしなやかに動き、足元は自然と軽くなります。
 言い換えれば、人間はそれ程までに “危機” に対して頭も身体も鈍感になっているということです。

 かつてない種類の激動の時代に入っている現代では、誰もが危機に対して敏感になり、どのような危機に対してもきちんと対応してそれを乗り越えられるだけの知識と身体が必要になると思えます。その場合には武術学習の有無は関係なく、誰もが日常生活の中で “武術的な強さ” を求めて生活することで、敵の思うがままにおめおめとは遣られない意識と精神力とが養われるものと思います。
 僅かばかりの油断が悪いとは言いません。そのささやかな油断にさえ意識的に気付ける自分で居られることこそが、「武術的な強さ」を理解するために欠かせない重要なヒントになるはずです。

 20回をかけて述べてきた「武術的な強さとは」については、今回で一応の区切りとすることにします。武術的な強さとは何であるのか、ここに明確な回答が得られたわけではありませんが、それを確実に手繰り寄せて行けるだけの実感が両掌に感じられます。

 この記事が武術を道とする皆様の、また日々を武術性の追究に向けられている方々のささやかなお役に立てて頂ければ望外の幸せです。

                                  (了)


2017年03月15日

連載小説「龍の道」 第195回




第195回  P L O T (15)



「ああ、美味しい──────味オンチのアメリカの、それも最果ての地アラスカの、田舎町のカフェでこんな珈琲が飲めるのは奇跡的な贅沢よねぇ、まるで神戸にいるみたい!」

「ん・・・・」

 宏隆と宗少尉のコンビは敵の追撃を巧みに躱(かわ)し、あの館から無事に逃げ出して、Washilla(ワシラ)からハイウェイで 20kmほど東へ行った、Palmer(パーマー)という小さな田舎町に宿を取り、これまでの状況を振り返りながらひと息ついている。

 パーマーは、デナリの東南にある広大な自然保護区、ネルチナ・パブリックエリアの南を流れるマタヌスカ川の下流に位置する。かつての多くの入植者たちの出身地であったアメリカ中西部の雰囲気が色濃く残る素朴な町で、現在はアンカレッジのベッドタウンとして発展している。
 デナリから南にアンカレッジへと向かって流れるササイトナ川沿いとはまた違った趣きがあり、車で走っていると、まるで北海道の釧路や帯広の辺りかと錯覚するほど、風景がよく似ている。

「まあ珈琲でも飲みなさいよ、きっとオツムの回転がよくなるわヨ」

「あ・・・」

「この田舎町には、アラスカ・ステート・フェアという大収穫祭があって、毎年野菜の巨きさを比べて競うコンテストがあるんだって。ここで優勝した野菜は世界最大の野菜としてギネスブックに載るんだそうよ、面白いわね・・わぉっ、去年は何と一個 40kgのキャベツを出品した人が優勝して、2千ドルの償金を手にしたって、このパンフレットに書いてあるわ。
40キロ?!、普通のキャベツって、ひとつ1kg 程度だよね、すっごぉーいっ!!」

「ン・・・・」

「巨大な野菜が採れるのは、日照時間が一日に20時間もある、白夜のおかげでしょうね」

「ム・・・・」

「なーによ、さっきからアーとかウーとか上の空で!・・でも、そんなムツカシイ顔をしてるのは珍しいわね。ま、いいから珈琲でも飲みなさい。ね、美味しいから、ほらっ!」

「・・ん、コーシ?・・んまァ、そこそこ・・飲める」

「だから言ってるでしょ、まるで神戸のカフェみたいだって」

「ははは、台湾人はそう思うのかも知らンが・・味はまあまあだけど、神戸にしむらの豆のクオリティにはほど遠いね。多分ここのオーナーがフランス系の移民か、カナダから来てる人かも知れない」

「ふぅーん、なんでそんなコトが分かるのよ?」

「ま、フランボワーズのドーナツがあるし」

「甘ったるいドーナツなんか、アメリカ中どこにだって有るじゃない」

「カナダ人は甘い物とコーヒーに目がないんだ。フランスの影響なのかもね。フランスじゃプティ・デジュニ(朝食)は絶対に甘い物と決まってるし。カナダだと、そこに気の利いたスープやサンドウィッチが加わればもう最高ってコトになる。だから Tim Houtons(ティム・ホートンズ)が流行るんだろうね」

「あ、聞いたことあるワ、そのお店・・有名なダブル・ダブルってヤツよね!」

「そう、Double Double、砂糖とクリームを2杯ずつ!、カナダ人のお気に入り」

「レギュラー珈琲を注文すると、勝手に砂糖とミルクの入ったのが出てくる・・」

「そうそう、何も入ってないのが欲しかったら、Black Coffee か Black Original Coffee って、ちゃんと頼まなくちゃイケない。僕もつい何度か失敗しちゃった」

「あはは・・・」

「値段がウソみたいに安いのに、珈琲もサンドウィッチも、ティムビッツという小さなドーナツも美味しい。ドリンクにはカナダ産の蜂蜜を入れてもらったり、シュガーとクリームは半杯ずつ細かくオーダーできる。朝食も色々あって、アメリカ人観光客にも大人気」

「そっか、近ごろのアメリカン珈琲は、シアトルの眠れないコーヒーになったモンね」

「それって何よ?」

「コホン、何でもないわ──────それよりヒロタカ、さっきからずっと何を考えてるの?
カナダの話なんかして、拉致されたヘレンが気になって仕方がないんでしょうね」

「いや・・やっぱり変なんだよ・・何かがおかしい・・・」

「おかしいのはアナタでしょ、何がヘンなの?」

「あのとき・・宗少尉との約束どおり、館の外から様子だけ伺って、すぐに引き揚げようと思っていたんだけど」

「ふむ、スナオでよろしい」

「声が聞こえたんだよ、僕がよく知ってる人の声が・・・」

「知ってる人って、誰の声だったの?」

「そ、それが・・・」

「勿体ぶらなくても良いから、言いなさいよ」

「その声を聞いて、自分の耳を疑って、タクティカルミラーで窓の下から室内を覗いて確認しようとしたんだけど」

「どうだったの?」

「うん。部屋の照明に鏡が反射してしまったのか、見る間もなく気付かれて、すぐ護衛が窓を開けて拳銃を向けてきたので、それを叩き落として、そいつを外に放り投げて気絶させ、その勢いで思い切って部屋に飛び込んだんだけど・・」

「やっぱり無茶が始まったのね。それで、その声のヌシは誰だったの?」

「残念ながら、覆面を着けていて、おまけに声色(こわいろ)まで使われて、まったく正体不明のまま・・」

「それは、よっぽどヒロタカに正体を知られたくないってコトね」

「ぼくもそう思う」

「もしそれがヒロタカのよく知る人物だとしたら、作戦を練り直さなくちゃならないわね。声を聞いて、ヒロタカは誰だと思ったの?」

「いや、それを言ってしまって、もし違っていたら、自分たちが誤ったイメージで作戦を立てる事になるから・・」

「その反対もあるわよ。もしその人物を想定しておかなければ、もっとエラいことになるって場合もあるでしょ」

「そうか・・・」

「つまり、その人物だとは決して思えないような相手、ってコトね?」

「まあ、そうだけど・・」

「ふむ。それじゃ、私が当ててあげましょうか、その人の名前を」

「・・え、誰だか分かるの?」

「分かるわよ、その声の主は、おそらく────────」

「お、おそらく・・・」

「恐らくそれは──────────ヴィルヌーヴ中佐よ!!」

「・・ど、どうして・・どうしてそう思うのさ?」

「あの館から待避するときに、窓にヘレンの姿が見えたと言ってたでしょ?」

「そう、確かにヘレンが、あの窓に見えたような気がしたんだ」

「そのコト自体、すごくアヤシイのよ」

「怪しいって、なにが?」

「考えてもご覧なさい、そこに囚われている人間なら、窓から外なんか見せて貰えるワケがないわ・・・捕らえられた人間というのは、地下室や、窓もロクにない奥まった部屋に閉じ込められるのが普通で、明かり取りの窓にさえ鉄格子があって、部屋には監視カメラ、ドアの外には見張りが居て、本人がプロの工作員なら、さらに手足を壁や柱に繋いで拘束されるのが常識でしょ」

「そうだね・・・」

「ヘレンはカミーユ・ダリエというコードネームまで持つ情報員の卵なのよ。父親の助手として、玄洋會の准協力員としても活動をしているわけで、そんな立場の人間が誘拐されて、囚われの身となった所で、窓際から暢気に雪景色を眺めていられるワケがないでしょ!」

「・・た、確かに、そのとおりだ」

「そして父親のヴィルヌーヴ中佐は CIAや王立カナダ公安局の情報員であり、玄洋會の正式な協力員でもある。ヘレンは父親との繋がりで我々の信用を得ている、というわけよね」

「そういうことだね」

「だから、まず見方を変えましょう。つまり、言い換えればヘレンは正式な玄洋會の身内ではないということよ。そもそも准協力員のレベルでは、台湾や神戸の基地に呼ばれても殆どのゾーンに出入りできず、司令室はもちろん、訓練施設にも立ち入ることが許されないという事実を見ても分かるわ」

「でもヘレンは、僕に万一のことが有った場合には、身代わりになってでも護れと命じられている、と言っていた・・」

「それは玄洋會からの命令じゃないわ。たぶん父親からそう言われたんでしょうね」

「なるほど、中佐がヘレンに命じたのか」

「そしてそれは、協力員のヴィルヌーヴ中佐にしたって同じことよ。正式な身内でないということは、彼にしてみれば、命を懸けるほどの忠誠の義務はないと思えるはずだし」

「それじゃ、裏切って反対に我々を利用するような事も有り得ると?」

「そうね。だから、もしあの館に居たのがヴィルヌーヴ中佐だとしたら・・」

「僕らをワナに掛けて、どうにかするつもりだった───────」

「そうなるわね。そもそも、あの館の存在をヒロタカに教えたのはヴィルヌーヴ中佐よ。
 ヘレン拉致の捜査の進捗をヴィルヌーヴ中佐に訊ねたら、軍病院に出入りする廃棄物運搬業者のトラックの運転手を兼ねた一人の作業員が判明し、その男のカネの流れからキャンベル曹長と関わりのある人物が浮かび上がって、その山荘がワシラにあることを掴んだと言った。ヴィルヌーヴ中佐はそこへ向かおうとしていたが、同時に出た有力な情報を先に確認したいと言うので、それではと、私たちが調査に行く事になったのよね」

「それじゃ、中佐が僕らをおびき寄せたということ?」

「これまでの流れから見ると、そうなるわね」

「そうだとすると、ヘレンはあの館に囚われているんじゃなくて・・」

「もしそれがヘレンなら、間違いなく捕囚の身ではなく、父親とそこに滞在しているという事になるわ」

「うーん・・でもやっぱり、僕はそうは考えたくないな」

「ヒロタカ、こんな場合は冷静に、感情抜きでよく物事を見ないと・・」

「もしそうだとして、中佐は僕らを罠に掛けて、どうするつもりだったんだろう?」

「分からないわ。なぜ私たちをおびき寄せようとしたか、本人に訊くしかないわね」

「何だかショックだな。僕は中佐を尊敬していたし、中佐も僕のことを気にかけてくれていたから」

「分かるわよ、その気持ちは・・・」

「パッシィーンッッッ──────!!」

 突然、目の前の大きな窓ガラスが粉々に砕けた。

「危ないぃっっ──────────!!」

 その瞬間、二人はほぼ同時に床に身を投げながら、互いに分かれて左右に転がり、すでにもう部屋の隅で銃を構えている。

 幸い他に客が居ないので混乱はないが、従業員がふたり、オロオロしてカウンターの中で震えている。

「君たち、そこなら大丈夫だ、体を低くして奥のキッチンに行け!・・急ぐんだ!」

 外の様子を伺いながら、宏隆が怒鳴る。

 攻撃に対して、二人が左右の横方向に散らばり、部屋の隅まで転がって逃げたのは、次の攻撃に備えることは無論、跳弾(ちょうだん)を避けるためでもある。

 跳弾とは、発射された弾丸が地面や床などに当たって跳ね返ることを言うが、拳銃弾でもライフル弾でも、着弾面に対して浅い進入角度であるほど跳弾しやすくなる。また、着弾面が硬ければ跳弾しやすいとは限らず、たとえ水面でも進入角度次第で見事に跳弾する。

 この場合はカフェの店内であるから、遠くから狙撃された場合、床に当たれば弾丸の進行方向に跳弾しやすく、テーブルや椅子に当たればあらぬ方向にも跳ねることになる。
 部屋の奧に行けば跳弾を喰らうリスクが大きく、最も安全なのはコンクリートの壁に護られた表側の窓に近い、店の左右の隅ということになる。
 宏隆たちのようなプロは、たとえ一杯の珈琲を飲む時にも、周りの状況を全て把握する。近くの壁やテーブルの材質まで、ごく普通に確認する習慣がついているのである。

 因みに、よく映画やドラマで銃撃された時に咄嗟に床に伏せる、というシーンを見かけるが、実際は床に伏せてじっとするのは大変危険な行為で、狙撃する側にすれば伏せている人間ほど撃ちやすいターゲットは無い。原野など見通しが利く場所なら地面すれすれに伏せた方が命中しにくいが、わざわざそのような狙撃し難い場所で狙われることは珍しい。

 ついでながら、自分を狙ってくる銃弾に対処するには、カバー(Cover)と、コンシールメント(Concealment)の区別をよくわきまえておく必要がある。
 これらは軍事訓練における専門用語で、カバーとは「銃弾が貫通しない遮蔽物」を指し、厚さ2cm以上の鉄板、防弾ガラス、鉄骨、鉄筋コンクリート、打ちっ放しのコンクリート、土嚢、大きな樹の幹、自動車のエンジン、大きな岩などがそれに当たる。
 コンシールメントとは「貫通するが敵の視界から姿を隠せる遮蔽物」を指し、住宅の壁、合板、柱、コンクリートブロック、煉瓦、自動車のドア、タイヤ、家庭用冷蔵庫、洗濯機、ソファ、ベッド、テーブル、書棚、ドラム缶、空調のダクト、コルゲート鋼板コンテナなどが挙げられる。

 実際に銃で交戦する際には「カバー」を利用して敵よりも優位な状況に立つ必要があり、「コンシールメント」で交戦する場合は、敵から撃ち返された時に遮蔽物を貫通するため、敵に位置を悟られてしまうと被弾しやすくなるのは言うまでもない。


「何処だ──────どこから撃った?」

 宗少尉は窓の隅からそっと向こうを覗き、宏隆はバッグから小さな双眼鏡を取りだして敵の位置を確認しようとしている。敵が何処から、どのように攻撃しているかが判らなければ対処のしようがない。

「この威力はライフル弾ね、近くには誰も居ない・・角度からして多分むこうの森よ、距離は約150m・・私が飛び出て注意を引くから、ヒロタカは追いかけるクルマの準備っ!」

「ラジャッ──────!」

 広大なアラスカでは、都市部以外には全くと言って良いほど高いビルを見かけない。このパーマーの町も平屋建てがほとんどで、せいぜいが2階建て止まりである。
 都会のように、向かいのビルの屋上から狙撃するというわけには行かないが、その代わりに、どこも近くまで森が迫っているので、都会よりも狙撃には好都合かも知れない。

「ダンッ、ダンッ、ダンッ───────!!」

「うっ・・なかなか正確に撃ってくるじゃないの」

 一歩外に出た宗少尉に向けて、容赦なく銃弾を浴びせてくる。
 慌てて車の陰に隠れたが、フロントガラスが一瞬で砕け散った。
 宗少尉は急いでドアを開け、後部座席の足もとに体を低くした。

 普通の自動車はエンジン部分以外は銃弾が容易に貫通するので、映画のように車内で頭を低くしていれば助かる、というのは全く有り得ない。自動車を遮蔽物に使うにはエンジンを自分と敵との間に置くしかない。宗少尉は敵との角度を考え、それを守っているのだ。
 
「宗少尉っ、早く乗って────────!」

 宏隆が建物の裏から回してきたブレイザーに素早く乗り込んだが、

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ──────────!」

「くぅっ・・・派手に撃ってくれるなぁ!」

 あっという間にフロントガラスが破壊され、ボディが穴だらけになる。

「パシューッ・・・」

「くそっ、パンクさせられた。ブレイザーのタイヤはデカいから狙いやすいか」

「仕方ない、降りて他のクルマを探すわよ!」

「がってん・・」

「ダンッ、ダンッ、ダンッ・・ダンッ、ダンッ、ダンッ・・!!」

「うおおおぉっっ・・アブ、アブ、アブナイっっ──────!!」

 車の外に出て行くことが難しいほど、素早く連射してくる。

「ヒロタカ、次のリロード(マガジン交換)で、走るわよ!」

「ラジャッ・・・途切れた、今だっ!」

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ──────────!!」

「だめだっ、早いっ!・・かなり手慣れたリロードだ、これじゃ動けないぞ」

「少しでも動けば撃ってくる、絶対に仕留めるつもりね。こんな時にグレネード・ランチャーで狙われたら、それでアウトよ」

「そうだ、後ろの荷室に煙幕弾があったぞ」

「体を起こした途端に撃ってくるわよ、よしなさい!」

「ま、ちとやってみるかな・・」

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ──────────!!」

「うわあああっ・・て、手を出しただけなのに・・」

「ほーら、言わンこっちゃない!」

「むぅ、万事休す、か──────────」


 が、そう思えたとき・・

「ブォロロロロオオォーン・・・キィーッッッ!!」

 野太い排気音が聞こえ、大きな黒塗りのバンが敵の攻撃を遮るように止まった。

「カトー、急げっ、これに乗るんだっ!」

 クルマの中から、誰かがそう叫ぶ。

「ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ・・!!」

 黒いバンはボディに銃弾を受けても貫通せず、窓ガラスも割れない。

「いったい誰が・・タイミング良く、こんなところに?」

「すごいっ、完全防弾装備のクルマ!・・あなたの知り合い?」

「い、いや、まさか・・」

「早く乗れっ! この車もグレネード・ランチャーまでは防げないぞ!」

「ヴィ・・ヴィルヌーヴ中佐・・・?!」

「・・な、なんですって?!」



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )






  *次回、連載小説「龍の道」 第196回の掲載は、4月1日(土)の予定です

2017年03月10日

門人随想 「今日も稽古で日が暮れる」 その30

   「 カガクと技術」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



太極武藝館では、徹底して太極拳を「科学」として捉えた稽古が行われている。
そこには曖昧さは一切なく、奥深い原理が、シンプルかつ論理的な説明で教授されている。

もちろんそこには、矮小化された人間単位だけの解釈ではなく、もっと宇宙全体の活動原理を包括するような、懐の深い世界が広がっているのである。

科学的な解明であるとか、発展という言葉を聞くと、どうしても非人間的なイメージがついてくるかもしれない。
いつか人々は自分の力では何もしなくなり、科学技術という檻に囚われた生活を送り、人間として大切なものを永久に失ってしまうのではないか? という見方だ。

だが個人的には、それは限定的で偏った見方ではないか、と思うのだ。


なんとなしに「科学技術」という言葉を使ったが、厳密にいえば科学と技術は、非常に近い関係ではあるが、実際にはそれぞれ異なった概念を示す言葉であると言える。
この関係性は、太極拳においても同じことが言えるはずだ。


ふつうに思われていることとしては、科学の発展が新たな技術を生み出すというイメージがあるかもしれない。
ところが、本来の関係性としては、これはまったく逆であるらしい。

科学の歴史はまだ浅く、技術の発展こそが科学の発展を助けるものである。
人類は何万年も前から火を使っていたが、科学的に火を理解したのは、近代に至ってからである。

これは実際に歴史を紐解いてみれば簡単に説明がつく。

産業革命の時代、ジェームズ・ワットによって作られた蒸気機関が爆発的に普及した。
それによって、熱力学という新たな科学の分野が切り開かれ、経験則でしか知られていなかった知識が、体系的に説明されるようになった。
当然、ワット以前にも人類は火を使っており、また蒸気機関も存在していたし、熱力学の仕組みそのものは使われていたが、広く学問的に追求されるようになるのは、新たな技術=新型の蒸気機関の普及を待つ必要があったのだ。

ガリレオが天体の運動法則を発見できたのも、彼の熱意と取り組みはもちろんだが、天体望遠鏡を作る技術が世界にあったから、ともいえる。
ガラスを加工しレンズを作る技術、金属を加工する技術、それらの集大成として、天体望遠鏡は生まれた。
それによって、それまで神々の世界のワザとされてきた天体の動きを、人が理解し始めた。
科学の萌芽が芽吹きはじめたのだ。
それは、神々の権威を失墜させる、幕開けでもあったのだが・・・。

このように、科学が技術を生み出したのではなく、技術こそが、科学の母であった。

いずれにせよ、それらの出来事は時代の流れであり、必然であったのだと思う。

特に現代では、コンピュータやインターネットの急速な発展から、世界をとりまく環境の変化がどんどん加速していっている。
技術の発展自体は確かに人類が作り出しているものだが、その法則性を見てみると、時代という機が熟したことによってその技術があらわれてくるのは自然の現象であり、止めることのできない進化の力である、ということらしい。

たとえば、アインシュタインは相対性理論を発見したが、同時代に、彼以外にも相対性理論を発見していた科学者がいる。
電話の発明者はグラハム・ベルだが、エジソンもほぼ同時に電話を発明している。ただ特許を取るのがベルのほうが先だったというだけの話だ。

なぜかというと、それらの技術は、無から突然ぽんと生まれたわけではないからだ。
それぞれのものに、その前段階の積み重ねがあり、その先の一歩として、新たなモノが生まれてくるのだ。


太極拳に当てはめてみれば、おそらく、宇宙の原理なる深遠なものから太極拳を考え始めても机上の空論で終わってしまうのは、そういった進化・発展の本来の方向性からは、反対からアプローチしてしまっているからに違いない。

最初に、戦う必要性があり、戦うための技術が生まれた。

そこから、よりその技術を洗練していくために、体系的な解明、説明が行われるようになった。つまり、科学的解明が始まった。
太極拳が発展した時代の中国においては、その原理を説明するために太極思想や気という概念を用いるのが自然なことだったに違いない。
だがそれも、実際に使える技術がある上で、それを説明するために行われたのだということは間違いないだろう。そうでなければ現代にまで、この技術が残っているはずがないのだから。

だから、もし現代で太極拳を稽古するのであれば、この時代にあった言葉で説明することは不可能ではないし、自然なことなのだと思う。
それゆえに、師父の太極拳に対する取り組み方は、ごく自然なことであるし、また、非常に発展的な示唆を秘めたものだというように感じる。
そのことが太極武藝館を、ただ武術として稀有なチカラを持った太極拳を学習出来る場という限定されたものでなく、もっと人間として成長していける場として、人を引きつける魅力のある場所にしているのだと思う。
武術は個々の研鑽だというのは、否定できない事実だ。
だが、多くの仲間が集まることによって、それまでは気付けなかった可能性が開けるのかもしれない。
人は、そうして進歩してきたのだから。


太極拳も、最初は非常に素朴な拳法だったかもしれない。
そこから、時代の要請、自らの身を守るための必要性や、外部との交流によってどんどん新しい技術を取り込み、また自らが研鑽し、いまある太極拳の技術が形作られた。

その進化発展はいまもまだ続き、師父は「新しい発見があった」と仰り、より洗練された技術がこの世界に現れてくる。

それは太極拳が徹底して「敵にやられないための技術」であるためであり、もしそれがいかに技を魅せるか、採点されるかといった方向にでも向かったものなら、とたんに本質を失ってしまうだろう。
それは太極拳から生まれた、「別の何か」なのだ。

やられないための技術であるからこそ、技術は進歩し、それによって新たな考察を得る。
考察は科学的解明を促し、そして得られた理解は、また技術としての太極拳を進化発展させていく、というサイクルを続ける。
太極拳の本質を伝承していく人々がいる限り、それに終わりはない。


世界に目を向けてみると、近年になって過去に類を見ないほど人々の生活は変化している。
嫌でも技術は進歩し、この世界に起こっている変化は止めようがないが、100ある変化の中で、悪い変化が49だとして、良い変化が51あれば、少しずつであれ、世界は良くなっていくに違いない。

自然の中で、古くからある生活を送っていくことは実に魅力的だが、いまの科学と技術なくして、70億人もの人間が地球で生きていくことはもはや不可能になってしまっている。

古来からの狩猟採集民としての生活を人間がするためには、一人当たり数キロ四方の自然が必要になるという。
そんな余裕はこの地球にはない。もし本当にそれをするとなると、全人類のほとんどは生きていけなくなることになってしまう。
確かに技術の進歩の否定的側面はあるが、それによって世界に生きることが出来る70億人という人々が、いままでには存在しなかったあたらしい何かを生み出せる可能性が生まれているのだ。
それは否定されることではなく、素晴らしいことだと思う。

だがそれは、本来自然環境で生活するための体を持った人間だということを忘れて、現代的な生活のみに浸るということにはならない。
不可避な変化を受け入れながらも、それだけに甘んじることなく、自分で出来ることをやっていく必要があるということだ。
そして、そのための自由もまた、格段に増えているのではないだろうか。

過去の歴史を見てみれば、いまの人々の暮らしは間違いなく豊かになっていると言えるし、生き方を選択する自由も格段に増えている。
それに伴って裏側では、その豊かさの代償として多くの危険が生じてしまっているが、必要なのは、バランスを保って生きていくことなのではないか、と思う。
便利な世の中になったが、何もしなければ能力は衰えていく。
もしそれが嫌なら、自身で何かしらの努力をする必要がある。


情熱は、何もないところから生まれるわけではない。
自分が関わって、行ったことの結果として、熱が生まれ、それが自分の中に情熱として芽生えていくのだと、最近になってようやく知ることが出来た。
情熱があることを追求していくのではなく、自分が追求していくことの中にこそ、情熱が生まれてくるのだ。

そうと知ったからこそ、自分の目の前にいくつもの選択肢があることは、迷いを生み出すもとではなく、むしろ感謝するべきことなのだとわかった。
ただ流されるのではなく、自分で選び、勝ち取っていく。
それが自分の力になっていく。

それが出来ることが、人のもつ素晴らしい力だということを、理解した。
こうした考えが少しでも広まれば、ちょっとずつでも、世界はよくなっていくに違いない。
なによりも、少しずつでも変化していける自分自身を、楽しみ、そうできることの喜びを味わっていきたいと思う。


                                 (了)


 北朝鮮の拉致を許すな!



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