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  太極武藝館のブログ、「Blog Tai-ji(ブログタイジィ)」へようこそ。
  このブログは、太極武藝館の創立15周年を記念して平成21年1月より
  開設されたものです。

  Blog Tai-ji では、普段の稽古の様子はもとより、どのような人がここで学び、
  どのように稽古し、太極拳の学習がどのように日常生活と関わっているのか・・・
  それらを中心に、新鮮で盛り沢山な内容を掲載していきたいと思っています。

  私共にとって初めての試みでもあり、至らぬ点は数多いと思いますが、
  お気づきの点などがございましたら、当方までお知らせいただければ幸いです。

  なお、コメントの書き込みにつきましては、現在のところ、小館門人および
  ゲストの方々のみに限らせて頂いておりますが、コメンターとして参加を
  希望される方は、太極武藝館・事務局までご連絡下さい。

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            太極武藝館オフィシャルブログ「Blog Tai-ji」編集室



2020年03月22日

門人随想「今日も稽古で日が暮れる」その47

   「すべて真似する」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



 太極拳の稽古では、示された動きを全て真似をすることが求められます。それは、自分の気になったところや教わって理解できているところだけでなく、自分の考えを挟まずに動きの全てを真似するという、言葉通りの意味です。

 表面だけをなぞって真似することを猿真似と言いますが、先日、おもしろい実験の記事を読みました。
 人間だけでなく、チンパンジーなどの類人猿も他者の行動を模倣する能力を持っているのですが、人間とチンパンジーでは、その真似の仕方がどう違うのか? という実験でした。

 その実験では、箱の中に入ったおやつを研究者が取り出す様子を見せて、チンパンジーと人間の子供が、それぞれどのように箱の開け方を模倣するかを観察していました。
 箱の開け方を示すやり方にはいくつかバリエーションがあったのですが、その中でいくつか、箱を開けるのには必要のない行為(たとえば箱をポンポンと叩く、など)もわざと含んでいるものもありました。

 実験をしてみると、おもしろい結果が得られました。
 箱が透明で、明らかに「箱をポンポンと叩く」ことが開けることに関係がないと分かるとき、チンパンジーは箱を叩くのを省略する傾向があったのに対し、人間の子供はというと、それでも箱を叩くという示された手順を真似する傾向があった、とのことでした。
 一見すると、必要のない手順を省くことのほうが合理的にも思えます。一体、どういうことなのでしょうか? 実は人間よりも、チンパンジーのほうが知的だと…?

 実はこの実験は、人類が繁栄した理由は「何も考えずに他者を模倣する力」を持っていたから、ということを確かめるために行われたものだったそうです。
 自分の考えを挟まずに、他人の行動を注意深く真似することによって技術が伝達し、生き残る確率を上げる。結果として、これだけ人類が繁栄することに繋がったのでは、という考え方です。

 現実の物事は複雑で、全てを人間の知識で理解できると思っているとしたら、それは思い上がりではないかと思います。ではどうすることもできないかというと、そうではなくて、実際に先人たちたが生き残ってきた手法を真似することで生き抜くことができた、そうやって人々は今まで、綿々と生命を受け継いできたのではないかと思います。

 昨今、タピオカがブームとなっていますが、その原料であるキャッサバという芋は毒を持っており、適切に加工しないと食べることができません。
 東南アジアやアフリカなど、世界中で広く食べられているキャッサバですが、彼らが化学の知識を持っていて、正しい理屈を知っているから毒を処理できているかというと、そうではありません。
 経験則として、この調理の仕方なら食べられるようになる、というのを先人のやり方を観て学習していった結果なのです。
 2000年代に入って、気候のせいでアフリカのある地域で食糧不足が発生したそうです。
 それに伴って、その周辺で奇妙な病気が蔓延しはじめたそうです。原因がわからなかった当地の医師たちは、海外から研究者・医者を呼び寄せて原因を究明してもらいました。
 原因は、適切に毒が処理されていないキャッサバを食べたため、ということが判明しました。
 食糧不足により、過酷な環境でも育つキャッサバを、それまで食べていなかった都市部の人間たちが食べはじめたことにより、加熱したキャッサバを水につけて一晩置いて絞る、という、ごく単純な毒抜きの方法を知らずに調理していたことが理由だったようです。

 考えずに全て真似することと、「合理的に」手順を抜き出して真似すること、果たしてどちらが本当の意味で合理的なのでしょうか。
 人間の文化、営みの中には、理由はわからないけれど受け継がれてきて、そうするようになっている文化がたくさんあるかと思います。ところが、近代の合理主義は、それらをバッサリと無用のものとして切り捨てていきました。
 近代の合理主義には、「わからないものをわからないまま受け入れる」ことで、自分には理解の及んでいない部分の可能性が開けるということが、どうにも理解できなかったようです。

 残念なことに、我々現代人は、その近代合理主義の洗礼にどっぷりと浸かって育ってきてしまっています。

 示された太極拳の動きを真似する際、考えずにその動き全てを真似しようとすることは、自分が気づいていない宝物を手に入れる可能性を与えてくれるのだと思います。
 逆に、自分の理解の及んでいる範囲でのみ真似しようとすることは、そこにある大切なものを取りこぼしてしまうばかりか、毒の含まれている食材をそのまま食べてしまうかのような害を自分に及ぼしているといえるのかもしれません。


 太極拳を理解していくには、示されたことを真似するのはもちろんのこと、師父がどのように太極拳に向かっているのかという点をこそ、真似しなければならないのではないかと思います。
 先の例では、キャッサバの調理の仕方を先人から学ぶと書きましたが、では師父がされていることはというと、どうでしょうか。
 ただキャッサバの食べ方を伝えるのではなくて、キャッサバの新しい調理の仕方、ないしはキャッサバに変わる新たな食料をずっと開拓し続けているのではないかと思うのです。
 我々門人が教わることができるのは、もしかしたらそのキャッサバの調理の仕方だけで、それを覚えただけでは、太極拳を理解するには足りないのではないかと思います。

 前回の記事で、「なにを掛けるか」として書かせていただきましたが、自分の調理したキャッサバをまず自分で食べられるか? ということだと思います。
 自分の命が掛かっていれば、手を抜いて調理をすることはないでしょうし、もっと真剣に示されたものを真似しようとするはずです。
 太極拳は武術なので、全く同じことが(むしろもっと直接的に)いえるのだと思うのですが、どうしても、我々にはその感覚が欠如してしまっているのではないかと、自分のこととして特に強く思います。

 そのことが少しばかり感じられて稽古に向かうようになった時から、少しずつ自分が理解できるものも変わってきたように感じました。
 自分の責任で生きるということは、毒がある(かもしれない)料理を平然と他人だけに食べさせるような人間には理解できないことではないかと思います。それは、近代合理主義が生んだ官僚のようなやり方で、彼らほど勇敢さとかけ離れた人類はいないのではないかと思います。
 まずは自分のこととして、しっかりと正面から向かい合う必要があるのだと思います。
 自分では毒を抜いたつもりだったという言い訳は、自分でその料理を食べていないからできるのではないでしょうか。

 自らが責任を負うということは、自らが傷つく覚悟を持って、腹を切る覚悟で物事に臨むことではないでしょうか。人から咎められないように、うまく見えるように稽古をしていくことは、最終的に全てを水の泡に帰すような崩壊が待っているのだと思います。
 それが自然の道理だからです。
 逆に、ネガティブフィードバックを続けていくことは、小さな間違いをずっと見つけていくことでもあります。それはある意味では、うまくいかないことを繰り返すことでもあり、自尊心は傷つくのかもしれません。しかし、自分が本当にしたいこと、目標と照らし合わせたとき、そんなものは傷ついたといえるのでしょうか?
 その目標が明確になっていないときは、小さなエゴを満足させるような稽古をしてしまうのではないかと思います。そうすると、堰き止められたダムに溜まりに溜まった間違いは、ある日、大きな音を立ててドカン! と崩れてしまいます。
 「晴々と立ち向かう」ことは、いつだって自分に成長の種を与えてくれるのではないでしょうか。

 師父はいつだって、そのことを自分に伝えてくださっています。
 言葉はもちろんのこと、言葉以外のあらゆる手段でも、です。

 師父に、太極拳に関して「上達しろ」と言われたことはありません。
 ただ、人間として「一人前になれ」「男になれ」とは何度言われたことかわかりません。

 そうすることでしか、太極拳が本当の意味で上達することはないのだと、ようやく理解出来はじめたように感じています。
「男らしく」なんて死滅した古い言葉かな、と師父が冗談でいわれたこともありましたが、それを死滅させないように、さらに繁栄させていくことこそ、我々…というか、男である自分に求められていることのように感じます。

                                (了)


*次回「今日も稽古で日が暮れる/その48」の掲載は、5月22日(金)の予定です

2020年02月14日

円山洋玄師父 特別寄稿

 「弟子であること 〜Disciplehood〜」

                   日本玄門太極宗師  円 山 洋 玄




 <師弟関係の今むかし>

 日本玄門太極武藝館は昨年の2019年に創立25周年を迎え、正式な後継者である拝師弟子は、札幌支部の新拝師生を加えて総勢九名となり、その後ろからは精良な一名の拝師候補生が時を待って控え、さらに拳学研究会にも、優れた資質を持つ人たちが頼もしく研鑽に励んでくれている。

 昨秋、思うところあって拝師弟子を五つの階梯に分け、各々の弟子がどのレベルに位置するのか、師弟同士や弟子同士で明確に判るようにした。
 その階梯は、吾が国の武術に倣って「初伝」「中伝」「奥伝」「極伝」と呼び、さらに初伝の前に、未だそれにも満たないという意味で「発意」という階梯を加えて全部で五段階とし、中国武術らしく龍の名を冠した呼称も其々に設けた。
 これは真伝継承の順位であり、各階梯には正しくその位置に見合う功夫があるか否かを総合的に観るための厳格な考試審査が定期的に行われ、及第した者はその段階の内容を学ぶことができる。

 敢えてこのようなシステムを設けたのには理由がある。
 その最大の理由は、これまではただ「拝師正式弟子」という、一般弟子とは立場や指導内容を全く異にするひとつの大きな枠があるだけだったが、それ故に、その位置にある者たちが、ともすればその特別な立場に甘え、拝師弟子として自分なりに頑張って稽古さえしていれば、無条件に高度なことを教えて貰えるのだ、といったような安易な考え方が少なからず見られ始めた、という事による。
 人間は万物の霊長などと言われるが、そもそもが自らの脳でさえ数パーセントほどしか使えないような未完成の動物であり、厳選された筈の正式弟子といえども、やはり同じ人の子に過ぎない。“二十過ぎればただの人” の喩えもあるが、当初は輝いていた人間も、ヒトの常として段々と安易な方に流され、ともすればその立場を得たこと自体に高を括り、身勝手な考え方や自分なりの工夫を織り交ぜつつ、ただそこでそれなりの努力をして居さえすれば、この真伝を授けて貰えるのだと、平俗に錯覚をしたがるのである。

 この機会に改めて彼らを詳らかに観察し直してみると、努力家ではあっても身勝手で不遜な性格が隠されていたり、誠実ではあっても傲慢さや脆弱な精神性が潜んでいたり、真面目ではあっても創造性や探究心の欠如が見えたり、突然の環境の変化や何かの切っ掛けによっては、発達障害のような傾向が現れる者まで出てくる始末であった。
 しかし、それでは到底、継承者に相応しい人格を形成して行く事など叶わず、敢えて厳しい階梯を設けることによって、彼ら自身が個々にどの程度の理解と功夫を有するのか、指導する側にも、弟子である本人にも、また彼らを憧憬の目で見守る一般門人にも歴然とそれが判るようにすることで、より理解すべきところ、反省すべきところが明確となり、いま何を遣らなくてはならないか、問題とどのように向かい合わなくてはならないのか、どうすればそれを超えて行けるのか、より成長することが可能となるのか、などといった事が明らかになると思えたのである。

 かつて私は信州の豪雪地帯の山村に十年余りの歳月を過ごし、夏冬の休みに泊り込んで教えを乞う大学生の弟子と稽古しつつ、寝食を共にしたことがあった。まだ太極武藝館が創立される何年か前の話である。
 その中の一人、神奈川県のMという弟子は、東京の大学で凡そ武藝とは方向の違う美術を専攻している学生だったが、ある日、鎌倉の体育館で、ある大学の拳法部の元主将と組手をしている私を見て目を輝かせ、是非にと入門を希望してきた。
 彼はその後、信州に居を移した私を慕って山奧まで追いかけて来た。
 ある時、站椿をやるよう指示を残し、車で30分もかかる最も近い町へ買い出しに出かけたが、彼はただ「はい」と答えて站椿勢を始めた。3時間ほど経って帰って来ると、まだ最初の姿勢のまま、じっと庭の桜の樹の下で立ち尽していた。私は少し驚いて『あれからずっとそうして立っていたのか?』と訊ねると、彼は平然と『やめて良いというご指示がなかったので、続けていました』と答えた。
 Mの武術のセンスは群を抜いて、期待どおりに徐々に本物の功夫を身に付けて行った。あれから30年近くを経た今も、私は文句なしに彼が最も優れた弟子の一人であったと確信している。
 もう一人、信州大学の学生だったNは、現在も正式弟子として東京から通って稽古に励んでいるが、ひと冬で積雪量が15メートルにもなる寒村に降り続く豪雪を相手に、早朝から夕方まで雪かきや道踏みの重労働を共に行い、短い夏には日々痩せた畑を耕し、肥え汲みと肥やし撒きと薪割りに明け暮れ、玄米と有り合わせの野菜を薪ストーブで煮た粗末な雑炊を共に啜り、僅かな時間を使って武術の訓練を行った。屋根の下とは言え、稽古をする冬の土間はストーブを焚いていても零下5〜6度ほどになった。彼は現在でもその頃のことを宝物にしている。

 そのような昔日の師弟関係のように、寝食を共にしながら弟子の資質を見極め、モノになる可能性の高い人間を内弟子に取って本格的に教え鍛える、といった事が今は容易にはできない。
 現在の弟子たちは皆、自分の仕事や家庭を持ち、その中で稽古の時間を捻出して道場に通ってくる。教える側は主に、稽古に来ている時の彼らの状態を観ながら、彼ら自身の資質や可能性を探りつつ指導して行くしかないわけだが、拝師前の一般弟子の期間は無論、候補生としての観察期間を充分に取っていてもなお、いざ拝師して一定期間を過ごさせてみると、格別に何の進歩も成長も起こらない、という事態となってしまい非常に驚かされる。それは「拝師弟子」という、彼らが想うところの金襴の大座布団にドッカリと居座ってしまい、与えられた金色に輝く玄門會バッヂを、この道の到達点のように思い違いしてしまう所為なのかもしれない。

 もちろん皆がそうだというわけではない。正しく学べる弟子は、どのような課題を出そうと、常にそれをきちんと熟(こな)そうとし、たとえそれが十全に出来ない場合にも、そこから逃げたり誤魔化したりせず、それが何であるかという事に最後まで向かい合い、理解して学びながら解決して行こうとする。そしてその結果、本人の実力が確実に伸びて行く。
「龍の子は小さしと雖(いえど)も能く雨を降らす」の喩えどおり、初めに見た光る資質のままに、立派に成長して行ってくれるのである。

 様々な弟子たちの様子を詳しく観ていくと、永く稽古の歳月を経ていながらも、なかなか正しく学べない者、いつまで経っても構造変化のひとつさえロクに修得出来ない、といった者たちが、全くと言って良いほど共通した価値観を有し、似たような考え方や同じようなモノの見方をしているということに気付かされ、たいへん驚かされる。
 では、きちんと学んで、きちんと修得していける人間と、そうでない人間とは、一体何が違うのだろうか─────詳しくそれを探って行くうちに、愚鈍な私にもいろいろと分かってきたことがある。


 <グライダーと飛行機と>

 かつて興味深く読んだ、30年間で200万人に読まれた本に、「グライダー人間」という言葉があった。グライダー人間とは何か─────?

 現代社会には強い「学校信仰」というべきものがあって、何かの勉強をしたいと思うと、まず学校に行く事を考えてしまう。現役の学生のことではなく、良い歳をした大人が、子供の手が離れると大学の聴講生になりたいと母校を訪れたりする。新しいことを勉強するには学校が一番だと思い、そこへ行って学ぶことこそ正統と信じて止まないのだ。
 学校の生徒は、先生と教科書に “引っ張られて” 勉強する。独力で知識を得るのではなくて、言わばグライダーのように、他の飛行機やウインチなどに引っ張って貰わないと、自力では飛び上がることができない。
 グライダーは飛行機と似ていて、音もなく大空を滑空している姿はむしろ飛行機よりも美しいほどだが、哀しいかな、グライダーは決して自力で飛ぶことはできない。
 学校は「グライダー人間」の訓練所であって「飛行機人間」は造らない。グライダーの練習にエンジンの付いた飛行機が混じっていては迷惑で危険だからだ。
 学校では引っ張られるままに、何処へでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規則違反で厳しくチェックされ、やがて各々がとてもグライダーらしくなって卒業する。
 つまり、優等生たちは「グライダーとして優秀」なのである。『キミ、飛べそうじゃないか、ひとつ自分で飛んでみろ』などと先生に言われても困るのだ。
 そして、勿論例外はあるのだろうが、一般的に学校教育を受けた期間が長ければ長いほど「自力飛行」の能力は低下する。すでにグライダーで上手く飛べるのに、わざわざ危険な飛行機になりたくないのは当り前だ、ということに違いない。

 ──────そんな事が、その本には書かれていた。

 確かに、人間にはグライダー的な能力と、飛行機的な能力があるのだと思う。
 教科書に書かれていることを、そのまま丸ごと受容して憶え、知識を得て成績を取って行くのが「グライダー人間」で、反対に、自力で物事を深く研究し、なにかを発見して行けるタイプが「飛行機人間」だと言える。
 しかし私には、それは本来両方とも必要なことで、人間なら誰もが必ずその二つの性質を内側に持ち合わせているのだと思える。もしグライダーの性質を持てなければ、基礎的な知識や基本の考え方が欠如してしまうだろうし、そのままのノリで飛行機として飛ぼうとすれば大事故になってしまうに違いない。
 そして、ここで本当に問題なのは、私たちの社会には優れたグライダー能力ばかりを圧倒的に持ち合わせていて、飛行機的な能力はまるで無い、というタイプの「優秀なエリート人間」が驚くほどたくさん居て、彼らも「飛行機人間と同じように飛べる」という評価を普通に受けてしまっている、という事にある。
 本当は自分で飛べないにも関わらず、である。

 自己の問題が解決できない為に、稽古の進歩成長が見られない弟子たちも、その例外ではないようだ。
 高校を卒業して大学受験に合格、郷里を離れて大学でそれなりの成績を修め、大学院まで出て、実社会では各分野の専門職として高給を取って活躍しているような、この社会ではいわゆる「立派な人間」と言われる者たちが、自分の大好きな武術を極めようと、あちこち徹底して探し尽した挙げ句、やっとこの道場に辿り着き、本気で学ぶ決意をして入門し、何年も真摯に下積みの基本的な稽古をこなし、ようやく正式弟子に認められはしたが・・さて、その先がどうにもならず、行き詰って殆ど成長しない、という事が起こる。
 つまり、グライダーのところまではそれなりにしっかりと遣れるのだが、そこから先の、いざ『自分で飛んでみろ』という段になると、全くと言って良いほど何もできないのだ。
それどころか、自分で飛べない事の代わりに、見当違いの物を並べて工夫研究としたり、
「示範されていることそのもの」や「示範されているものが指し示していること」をきちんと遣ろうとせずに、そこから手前勝手に見当を付けた、自分なりの本質の追求を正当化しようとしたりする。

 彼らに多く見られる特徴は創造性の欠如であり、自己管理能力のお粗末さである。
 一見、他人よりもキチンとしているように見えても、実は粗雑で適当な性格であったり、傲慢さや頑なさ、軽薄さ、物事を全体的に見られない視野の狭さ、プレッシャーを嫌うマイペース主義などが観られ、物事をシステマティックに捉えられず、自分本位の甘えの構造がその根底に有る。
 まるで勉強というものが、教えてくれる人が居て、教わるための教科書がある、ただそれだけの事なのだから、覚えれば良いのだろう、分からなければ分かるように教えてくれるだろうし、自分なりに分かって行くのも実力のうちだ、などと思い込んでいるかの如くで、とにかく「正しく学ぶこと」ができない。
 彼らの育った家庭環境は多かれ少なかれ、優しく甘やかしてくれる両親が居て、良い学校をきちんと出て、良い職場に就職し、給料をたくさん取れる事こそが優れた人間であり、より良い人生の目的であるかのような、極めて平凡な価値観のもとで育てられたようなタイプの者が多い。そしてそのせいで、彼らの精神状態は呆れるほど平凡なままで、非日常的な考え方と豊かな創造性、高い精神性が要求される高度な武藝の学習体系、その自己成長の修業の道を学ぼうとする際には、どうあっても従いて行けないのだ。

 『学校で優等生だった人が必ずしも社会で成功するとは限らず、満足できる人生を送れるとは限らないのは、どれほどグライダー能力に優れていても、本当の飛翔が出来るワケではないからだ。学校は教師の言うことをよく聞く ”良い子ちゃんグライダー” に好感を持つものであって、勝手な方を向いたり、引っ張られても動こうとしないようなヤツは欠陥のあるキケンな人間、と決めつけるのだ』─────と、先の本には書かれていた。
 つまり、良い子ちゃんの優等生ほど「自分で飛べない」というわけである。

 そもそも「学校」というのは「教科書」と呼ばれる、教えるべき内容を書いたテキストがあって、それを教える役の「教師・先生」がいて、教わる立場の「生徒」がいて成り立っているわけだが、「師弟関係」というものは、それとは全く異なっている。


 <弟子と生徒と>

 それでは「教師と生徒」と「師匠と弟子」とでは、何がどう違うのだろうか。
 「教師と生徒」の関係とは、簡単に言えば、学校で生徒に教育を行う役割の教師と、その人を通じて教えを受ける生徒との関係である。
 教師は普通、個人的な価値観や思想をその教育に持ち込むことは出来ず、教科書という定められたテキストの内容が指導要領に沿って説かれ、大学であれば各校が掲げる教育理念や目的に基づいて自主的に設けたカリキュラムに沿って同様の教育が行われることになる。
 一方、「師匠と弟子」の関係では、長年に渡る経験や修行によって培われた知識、見識、叡智、技藝などを得た師匠(Master)と呼ばれる人が、その内容の修得を希求する者に対して弟子入りを許し、学校とはまったく質の異なる、「道場」「僧伽(そうぎゃ)」「厨房」「工房」「アトリエ」などといった特殊な状況にある場所で、教育ではなく「伝授」が行われる。
 そのシステムは、武藝や禅の弟子でも、茶道や陶芸の内弟子でも、料理人の見習いでも全く同じである。つまり、師匠が弟子を取る目的は「伝授」であって「教育」ではないのだ。

 では、伝授というのは、教育と何が違うのか─────

 伝授というのは実は比較的新しい言葉で、中世までは「伝え受ける」ことを伝授と云い、「伝え授ける」ことを表す言葉は「相伝」と言い表していた。
 相伝とは、ある物事の深奥を実力や才能のある者に授け、何代にもわたって真正な内容を受け継ぎながら伝え続けること、という意味だ。つまり、師匠は自身が体得した技藝の真髄や秘伝などを、その内容を絶やさず後世に遺すために、この者ならば、と思える信頼できる弟子に全てを伝授(相伝)しようとするのである。
 そして、その際に行われるのは、教科書を丸ごと憶えさせるような画一的な詰め込み教育ではなく、ただ師匠の「存在 (being)」そのもの、「姿かたちと在りさま」をトータルに見せて理解を促し、また語られる言葉も具体的直接的なものではなく、指導の重要なところは「これは、まるでこのようなものだ」というアナロジーで説かれてゆく。
 何故なら、相伝されるべき内容は元々「その通りに憶えればよい、やれば良い」というものではなく、同時に「 語られ得ないという特性」を有するものであって、教科書のように徹夜で丸暗記すればテストで何とか及第点が取れるような、誰でもがそこそこ理解できるような、あり来たりの内容ではないからである。

 学校とは、たとえ最高学府であっても、”教授” つまり「教え授けること」が行われる場であり、故にそこで教える人は「教授」と呼ばれる。だから学校で教えることを「伝授」とは言わない。
 教え授けることは、その内容を把握している人であれば可能だが、物事の深奥を「伝え授ける」には、そのモノゴトの総てを十全にマスターしている人でなくては出来ない。ゆえにその人を「Master」と呼ぶのである。
 さらに、「伝授」というのは、一般的には歴史のあるものや技術を授けるというニュアンスが強いが、重要なことは「言葉では語られ得ないモノ」「カタチでは教授できないコト」という独自のモノゴトを伝え授けられる状態がそこにあるということであって、それこそが真の師弟関係であると言える。

 「学校」は極端な話、学習意欲の無い者でも入れる。そこで勉強することを目的としなくても、たとえその学校を ”出ること” が目的でも、学校は試験に合格すればその人を迎え入れるし、お金さえ払えば入れる学校だって幾らでもある。
 余談ながら、欧米では日本の大学生は余り勉強をしないことで知られている。
それほど勉強をしなくとも、上手く単位さえ取れば卒業できるからだ。その結果、なぜ勉強しなければならないのか、という目的意識が欧米の学生よりもかなり低い。
 就職試験で、あまり大学での成績を重視していないということにも原因がある。もし大学での成績が採用に際して重要な要因となれば、学生の勉強の仕方も、もっと変わるのではないだろうか。
 アメリカの学生は日本の学生より遥かによく勉強する。成績が悪ければ退学せねばならないし、親に学費を出して貰えず、自分の貯金やローンでで勉強する人もかなり多いので、授業態度は真剣そのものだ。日本の学生のような、講義中の雑談や居眠りなどは全くと言って良いほど見られない。目的意識の高さがかなり違って見える。
 また、日本の大学との大きな違いに、学生から教師への質問が圧倒的に多いということがある。だから教師は講義の準備を万全にしておかないと酷い目にあって恥をかく。日本では授業中に学生からの厳しい質問などはまず有り得ないので、これが教師を気楽なサラリーマン的に堕落させてしまうのかもしれない。
 欧米の教育制度には競争原理が取り入れられており、学生の能力を最大限に引き出そうとするシステムだと言える。教師もまたその為に努力し、その努力は昇進や昇給の形で反映される。日本では良い授業の努力をしてもそれ自体が教師の評価とはならず、教育の中身は教師個人の考えに委ねられている。
 日本では最高学府を出たからと言って、名実ともに ”エリート” と呼べる人間が出来上がるわけではないのは、このあたりが問題なのだと思う。

 ──────さて、その「学校」と全く何もかもが異なる「道場」となると、物事は簡単には運ばない。見学の申し込みをして道場にやって来て、明日から入門します、月謝はいくらですか?、ハイどうぞ、と言えばその日から「師弟関係」が成立するわけではない。道場とは本来、釈尊が悟りを開いた菩提樹の下を指す言葉だから、女性は半額、月謝を一年分前納なら二割引、などというものは、そもそも道場とは言い難い。

 「学校」での教え方は、教えることの内容が決まっていて、それをカリキュラムに沿って教えていくわけだが、「道場」ではそうはしない。ではどうするのか?

 実は、真の師弟関係では、師匠は弟子に何もしない。
 「何もしない」などと言うと、現代人は不思議に思って呆れるかも知れない。
 弟子入りしたのに、なぜ何もしてくれないのか、どうして教えて貰えないのか、教わるために入門をしたんじゃないか、入門料や月謝は何のためにあるのか、早くちゃんと教えてくれ、それが弟子の正当な権利だろう、と。
 だが、それは趣味や興味で入門した一般人レベルの話であるし、ウチでは一般門人でも全くそんな人は見かけない。
 

 <ナニゴトノ不思議ナケレド>

 「”売り家”と、唐様で書く三代目」という古い川柳がある。
 初代の創業者が苦労をして財産を築き上げたが、三代目の孫の代になると遊び暮らして使い果たしてしまい、没落して遂には家を売りに出すまでになったが、遊芸の道楽に耽って商いの道を疎かにしてきただけあって、その「売り家(うりいえ)」の札の筆跡だけは、唐様(からよう=風流瀟洒な中国風)で洒落ている、と皮肉ったものである。
 師匠にとって弟子は皆可愛い。この者ならば、と見込んで弟子にするのだから、一人々々が継承の未来を託す希望の星なのであり、愛おしいに決まっている。
 だが、孫を可愛がるように育ててしまうと、三文安いどころでは済まず、川柳の三代目のようになり、流石に套路の見かけだけは綺麗に演じるものの、真伝や武術性の中身はまるでお粗末、単なる基礎に過ぎないような、人を飛ばせる初歩的な技術を ”真の発勁” と称して、大袈裟に他人に切り売りするようになってしまう・・・のかも知れない。

 学校の教育と異なるのは、教える側の「教え方」が違うということだ。
 そこに教科書は存在しない。私たちのところでは、高度な武術としての身体構造はすでに科学的に纏め上げられているし、真正な勁力の修得や戦闘法についても、緻密に練り上げられた学習体系が整っているが、それを教科書にして、さあ見てごらん、一緒にこれをやって行こう、そうすれば出来るようになるから、などとは決して言わない。

 ではどうするのか────────?

 師匠は、ただ黙って「そのもの」を見せるのである。
 ここで弟子に要求されるのは、教科書どおりに憶える力ではなく、
「 ”そのもの” を見せている師匠の ”在り方” の全てを感じ取ること」なのである。

 ただ教科書どおりにやれば良いだけなら、弟子は学校の生徒のように「受動的なイイ子ちゃん」でありさえすれば良いわけだが、感じ取るには「意識的で積極的な受容性」が必要となる。
 受容性とは、そこに在るものを丸ごと、何ひとつ文句を付けず、如何なる自分の意見も先入観も夾まずに、ただ「そこに在るそのもの」を全面的に受け容れることのできる性質である。どのような分野の仕事であれ、一流になれるか成れないかは、正にこのところで決まるのだと思う。「一流」については日頃より話をさせて貰っているが、煩瑣になるので此処では触れず、またの機会にゆっくり説明したいと思う。

 因みに、この「受容性」というのは「服従」とは全く異なる。
 ある日の稽古で「”弟子であること”とは何か?」と居合わせた門人たちに問うたところ、一人の弟子が『服従です』と即座に言ってのけたので、少々驚かされた。
 入門というのは、師匠への絶対服従を誓って艱難辛苦を超え、修行をやり遂げる、というような性質のものではない。
 ある中国拳法の本に、拝師するという事は、ひたすらに師匠の支配や恐怖に対して服従、忍従し、できるだけ早く技法を盗んで自分のものにし、最終的には師匠の技量を超え、終にはその支配から脱却することで修行が完成する云々、などと書かれているものがあったが、これは弟子である人間として大変な心得違いであると思う。
 服従が成り立つのは、支配者と被支配者との関係に於いてのことであり、師匠と弟子は支配と隷属の関係では有り得ない。もしそう思えるのなら、それは自らそのような関係性を定義・設定することで、何らかの精神的利益、自我の満足を得ようとしているのだと思う。

 全面的な服従ではなく、その「トータルな受容性」を促すために、師匠は敢えて弟子に何も教えない。
 「これはこう遣るのだ」と言った途端に、弟子は「そうか、そう遣れば良いのか」と思い込み、創造性も探究心も高い意識も不要になる。それどころか、これは一体どのようなものなのだろう?、という好奇心さえ養われないのである。
 師匠は常に「これはこう ”在る” のだ」ということを見せて示している。それを「これはどう ”遣る” のだろう」と見ていては、何も取れるわけがない。
 出来ない人間ほど、「ただ単純に憶えられること」を求めたがる傾向がある。
 例えば、太極歩のメカニズムとは何か?、站椿の要訣は何か、などと訊ねると、かつて師匠が語った言葉をそのまま一字一句変えずに答えたり、ひどいのになると、そこに勝手な意味合いをくっ付けて胸を張って答えたりする。つまりは、自分の研究で苦労して得られた解答ではなく、「これがマルだ」というものを憶えたり求めたりしていればそれで良し、とする考え方なのである。

 教えてくれる人は「教師」と呼ばれるが、師弟関係では、師匠からは ”教わる” のではなく、初めは「盗る・奪う」という感覚が近い。そして少々高度な事が分かるようになると、それが徐々に「師匠と共に在る」ということに変わってくる。
 教師から教えられる内容には、もともと何も隠されるべきことなど入っていないが、秘伝(奥義・真伝・本質)というものは、当然ながら、隠され秘められているからこそ、秘伝と呼ばれるのである。
 その隠された秘伝を教えて貰う約束を得た者こそが正式弟子だ、などと思うのは考え違いも甚だしいのである。師匠は全くそんな約束をしていない。と言うより、そんな約束をするような人は師匠とは言えない。それが隠されているからこそ、探求し発掘しようというチカラが当人の必要性として生じるのであり、そのチカラこそが継承者には何よりも求められている。
 ただし、本当にそれを希求していなくては、そのチカラは出てこない。

 かの帝国ホテルの村上信夫シェフが、何処かでこんな話をされていた。

『自分が苦労して覚えた仕事は、決して人には教えません。また、それを盗んでやろうという気がなければ、いつまで経っても仕事は上達しません』

 村上さんも、当然ながら修業時代にはソースの味見など、全くさせて貰えなかった。それどころではない、小学校を卒業後、五軒のレストランで必死に修業を積んだ後、ようやく念願の帝国ホテルに見習いで採用された厨房には、全国津々浦々から腕利きの料理人が集い、村上さんのような下っ端は調理どころか、料理のごく部分的な、人参の皮を剥く、ジャガイモを茹でる、などと言ったささやかな手伝いさえ遣らせてもらえない。
 毎日ただひたすら「ナベ屋」と呼ばれる、洗い場の仕事ばかりを延々とやらされたが、そこでさえ、シェフたちがソース作りに使ったフライパンには、ご丁寧にもあらかじめ石鹸水が入れられて来る。シェフたちが何年もかけて、死に物狂いでようやく自分のものにしたソースの味を誰にも盗まれないようにする為で、使い終えたフライパンさえ「普通には洗わせて貰えない」のである。
 調理場に立ちたい、自分もここで一流のフランス料理を作れるようになりたい、自分はここに皿洗いに来たんじゃない────村上さんは何とかその秘密を盗もうとしたが、実際に味わう以外にソースの本質は分かりそうもない。
そこで村上さんは、洗い場の仕事だけでなく、自主的に休みを返上して厨房内に山ほどある銅やアルミや鉄、ステンレスなど、無数にある全ての鍋やフライパンを三ヶ月かけて新品同様にピカピカに磨き上げた。自分は単なる皿洗いで終わるつもりはない、という意気込みをシェフたちに示したのである。
 やがて、シェフたちの村上さんを見る目が少しずつ変わってきた。
そしてある日、ついに一人のシェフがこう言った。

 『───おい村上、これを洗っておけ!』

 渡されたそのフライパンには、もう石鹸水が入っていなかった。わずかにソースが残されたままのフライパンを、ようやくシェフが「洗え」と言ってくれたのだ。
 これは師匠がお前を認めてやる、という宣言に他ならなかった。
村上さんは涙ながらにフライパンを受け取り、夢にまで見た憧れのソースを初めて指にとって、存分にそれを味わったに違いない。

 また、千利休が創始した茶の湯の世界では、家元のところに住み込みながら修業をする、「業躰(ぎょうてい)」と呼ばれる内弟子制度があり、禅精神が軸となる茶の湯の心を受け継ぎ、正しく後世に伝えて行くというシステムがある。因みに業躰とは裏千家の独自の名称で、それ以外の所では ”内弟子” とか ”玄関” などと呼ばれる。
 業躰とは読んで字の如く「業(修業・家業)を躰(身体)で体得してゆく人」という意味であり、修業は頭で憶えるのではなく身体で体得して行く、という方法がそのまま内弟子の立場の名称となっていることが大変興味深い。
 ある業躰は金沢の名門の窯元に生まれたが、家業の陶芸を継がずに茶の道を志して京都の「裏千家学園茶道専門学校」に入学、先ずは全寮制で三年間を学び、その後は家元のところに住み込みで入庵して六年を過ごした。いわゆる「業躰見習い」である。
 業躰見習いの仕事は内容が全て明かされているわけではないが、たとえば、朝は3時に起床して、丁寧に茶室や茶庭の掃除をし、花を活けて家元のお務め前に全ての準備を整えて待つ。これを毎朝365日欠かさず行う。休日など有るわけがなく、冬も夏もそれを続け、夜も稽古用の茶室で寝る。家の外と障子一枚だけで隔てられた部屋で、京都の冬は寒く、起きたら髪の毛が凍っている事もあったという。文字どおり、茶の湯で何を学ぶべきかを、その業を身体で修得して行くのである。
 茶道で要求される精神性は、禅寺の修行僧や、特殊部隊を志す兵士たちが受ける訓練の中身と多く共通するものがあって非常に驚かされる。精神的に未だに甘い弟子たちを見ていると、茶人と彼らと、一体どちらが本物の武術家であるのか、大変疑問に思えてくる。


 <弟子であること>

 道場では、学校の生徒のように、教えてくれるのを待っている者ほど、成長がなかなか見られない。それは、正式弟子でありながら、まるでここが学校であり、自分が生徒であるような錯覚をしている故なのだと思える。
 学校ではない、グライダー人間の養成所ではない所では、師匠は決して教師のようには教えてくれない。師匠は教師ではなく、弟子は生徒ではないということを強く自覚し、改めて認識し直す必要がある。そうでなくては「弟子であること」の意味は永遠に分からない。

 「弟子であること」とは、文字どおり「弟子としての在り方」を意味していて、弟子として学んで行くための性質や状態を表している。
 英語では Disciplehood と呼ばれるが、disciple(弟子)の語源は、ラテン語の docere
(ドーチェレ=教える、伝える、仕込む、授ける、訓え導く)という語で、「他者の教えを受け容れ、それを広める事を助ける人」という意味である。キリストの最初の追従者の一人を表したり、キリストの弟子そのものという意味もあり、正に古今東西で ”弟子そのもの” を示した言葉であることが分かる。
 因みに discipline(訓練・規律)、docile(従順な・教えやすい)、doctrine(教義・教え込まれたもの)、doctor(博士・医者=教える人)などの言葉も同じ語源から生じた。
 また、接尾辞の hood は、ここではロビンフッドの頭巾や幌などの意味としてではなく、幼少時代(childhood → child+hood=子供時代の境遇)の様に、性質や状態、身分境遇、集団、集合体などを表す。

 生徒と弟子の大きな違いは、生徒が「学校」に「入学」するのに対し、弟子は学校とは全く異なる「非日常的な特別な場」に「入門」するという事である。
 入学とは、文字どおり ”学ぶために入ること” だが、では「入門=門に入る」とは、いったい何のことだろうか。
 入門とは本来、仏門に帰依し、修行者となるということで、この「帰依」の決意を表明することが本来の意味であり、実際に出家剃髪の際には、三宝帰依、即ち仏陀、仏法、僧伽
(そうぎゃ=Sangha=教えを実践する集団)への三つの帰依を表明し仏門に入る。
 つまり帰依というのは、それを依りどころとして、本来在るべきところ(彼岸)に帰着するという意味で、大乗仏教では、優れた仏法に対して自己の心身を帰投して依伏信奉する、などと説明されるように「大いなる受容性=変容」を意味している。「弟子であること」を実践するためには、先ずはこの「変容」が理解されなくてはならない。

 先に帝国ホテルの村上シェフや茶道の業躰さんの例を挙げたが、禅宗の寺もまた、そう簡単には入門させてくれない事でよく知られている。
 ある朝、出家して禅寺で修行せんと覚悟を決めてきた入門希望者がその門を潜り、取りあえず寺院の門は難なく通過できて玄関まで行き、「入門をお願いします」と大声で問うと、奧から「おう!」と裸足のイカツイ修行僧が顔を出してくるが、「生憎ながら、すでに僧室が一杯の為、貴殿を迎える余裕はございません、どうぞお引き取りを」と、慇懃に冷たくあしらわれる。
 けれども、本当に禅門で修業する覚悟でやって来た者は、一度くらい断られたからと言ってスゴスゴ引き下がるわけには行かない。だが、断られたのだからそのまま玄関に居座るわけにも行かず、いったん門の外まで戻って、そこで入門が許されるまで待つことに決める。
 朝来てから夕方までずっと、そのまま門の外に座り続け、托鉢僧たちが行乞に出るのを横目で見送り、一日が経って、やがて彼らが帰ってくるような時間になると、寺の中から例の厳つい修行僧が出てきて、いきなりバケツの水を頭から被せられ、「帰れ、邪魔だ、ここはお前の来るような所ではない!」と怒鳴られる。
 薄い墨染めの衣の格好でバケツの水を浴びせられるのだから、濡れ鼠で震えが来るが、それから雨が降ろうと雪が降ろうと、飲まず食わずのまま、三日間くらいは放っておかれる。
 本気で入門し、自我を捨てて謙虚に道を問い、真の修業をする覚悟があるかどうか、その人間の強い意志と誠実さが問われるのである。
 この方法は21世紀の現在でも未だに変わらず続けられている。入門とは本来このようなものであるのだと、大変分かりやすい例であると思う。

 私たちの所でも、正式弟子に憧れる人は多い。一般門人からは ”雲の上の存在” と言われながらも、それに憧れ、どうせこの道を歩むからには是非そこまで行ってみたい、この深遠な道を踏破したい、と思うのである。
 日本玄門では、正式弟子になるためには先ず拝師候補生に選ばれなくてはならないが、候補生になるためには、先ず拳学研究会に籍を置くことを許された上で、更にその中から候補生に抜擢され、どの様に稽古修練に励むかを一定期間詳しく見極められた上、宗師と后嗣が上級拝師生や顧問や相談役を交えて共に協議を行い、宗師が最終決定をしてようやく拝師入門の可否が決定される。また、無事に拝師入門を遂げてからも、早々に審査を受けて実際の自分の実力の位置を知らされる。
 しかし、せっかく拝師正式弟子に成れたというのに、初めに挙げたような「十年経てばただの人」になってしまう事が起こるのは何故だろうか。それは彼らが、ひたすら ”変容” できないままで居る、と言うことに尽きるのだと思える。

 「変容」と言うと、私はいつも千年の歳月を経た大樹を想う。
 千年杉などと呼ばれる、樹齢千年を超える大樹がある。屋久島に自生する縄文杉の中には推定樹齢が三千年とか、七千年以上などというものまであるという。
 日本の津々浦々にも、樹齢三千年を超えるクスノキや、須佐之男命が植えたと伝わる樹齢数千年の杉などもあり、桜の樹なども、日本全国に樹齢数百年から千年、千五百年という古木が、今なお変わらず春になれば見事な花を咲かせている。
 しかしそれらは皆、元は等しく、小さな小さなひと粒の種であった。その小さな種が土に埋まり、そこから芽が出て、周りの雑草よりも貧弱な細い茎が伸びて、長い長い年月をかけて大樹へと成長を遂げたのである。
 山で植樹する林業の人は、どれほど綺麗に苗を植樹しようと、毎年何度も面倒な下草刈りをしないと周りの雑草に覆われて、苗がすぐに枯れてしまうと言う。
 下草刈りは大変な労力と手間を要するが、人の手を借りずに自らの力で大樹へと成長できた樹々は、気の遠くなるような歳月の中で、自らの意志で、次々と襲い来る様々な困難を乗り超え、打ち勝ってきたのである。
 そして、樹齢何千年という大樹も、元はその小さな小さな一粒の種そのものであり、それ以上でもそれ以下でもない。大樹と種とは、全くもって「同じもの」なのだ。
 けれども、種と樹木は姿も形も違う。その呆れるほどちっぽけなひと粒の種が、如何にして数千年を経て、押しも押されもせぬ大樹にまで成長するのだろうか。

 その小さな一粒の種が大樹へと成長して行けること、そのシステムに気付き、それを全面的に受け容れて実践してゆくことこそが「変容」なのである。
 入門とは、その「種のシステム」に気づくという事であり、拝師して正式弟子になる事とは、そのシステムを信頼して自らが変容する決意を固める事であり、真正な稽古修行とは、ただひたすらに、その変容が起こるための努力を繰り返して行くことに他ならない。
 ひとつぶの種は、種それ自体のままでは、ただのちっぽけな粒でしかない。
 立派な野菜でもないし、幾千万の花が咲き誇る大樹でもない。
 種は地にこぼれ落ち、腐葉土が身を覆うのを赦しながら、じっと好機を待ち続け、やがて春の温もりに芽を吹き、風雪の万難を越えて、ただひたすら気の遠くなるような歳月を、その大いなる変容のために過ごす。それを受け容れたものだけが立派な植物として、大樹としてこの世に姿を残すのである。

 同じように、まだチョウではないサナギは、ただのイモムシに過ぎない。
 あのイモムシの姿形が、あのような美しい蝶になって羽ばたくなど、誰に想像できるだろうか。そして、ただの不恰好なイモムシでしかなかったサナギに、その時いったい何が起こったのか。
 鯉が大河の激流を遡り、最後に最大の難関である急な滝を登りきって、終には龍になるという故事もある。ただの鯉が龍になるという、この「変容」こそが人間の究極の成長の鍵であることを示しているに違いない。

 けれども、ヒトは「変容」に対して大きな抵抗がある。
 それは、自分の意識の深いところで、そんなことを遣ってしまったら自分の人生が何もかも変わってしまう、人生の全てをすっかり変えるようなことが起こってしまったら大変だ、ということにイヤと言うほど気付いているからである。
 変容とは、自己という姿かたちを全面的に変えて、新しく生まれ変わることだ。
 人は生まれ変わることを非常に怖れる。今までの自分と異なる環境、全く違う習慣や考え方、そんな面倒で大変なことは受け容れず全て否定したい。自分でたっぷり投資し続けてきた古くからの人格、古ぼけたアイデンティティを大切に守り、ひたすら平穏無事に、そこに何も特別な変化が無いことを無意識に求めて、安心を生きているのである。

 しかし実際のところ、変容が無くしては、ヒトとしての成長もまた有り得ない。
 鯉が激流を経て滝を昇り龍と化すという故事は、その鯉が決して観賞用の池の鯉では無かったという事に他ならない。池の鯉は変容を求める必要がない。毎朝主人が手を拍つときに寄って行き、エサを貰えさえすれば鯉の生は事足りるのであって、成長することや変容することなど、そもそも眼中に無いのだ。

 成長は単なる「変化」ではない。変化というのは時間の経過とともに自然に変わっていくことを指すが、変容とは「全面的な質的変化」のことである。
 つまり、自分の「人生の質」が変わるようなトータルな変化こそが変容であって、その場その場に合わせて、都合良く安っぽい変化を繰り返すことではない。
 変容は、自分自身から逃げずに正面から向かい合って、目的を達成するための強い意識をもって邁進し続けることによって初めて成される。
 あるいは、何かの切っ掛けで、突然それが起こる場合もある─────知らぬうちに、いつの間にか条件が満たされ、ある朝、自然に花が開くように。


 <照リ極マレバ>

 「弟子であること」とは、端的に言えば「学んで行ける状態」のことである。
 なんだ、そんなことか─────と思うかもしれない。
 しかし、学ぶということ、学べるということ、如何なる場合にも常に学び続けることのできる心の状態でいられること、というのは、実は本当に大変なことなのである。
 学んでゆける人には、やがて全面的な質的変化、つまり「変容」の機会がもたらされる。何故なら、師匠の教えには変容を促すものが多く溢れており、この教育のシステムもまた、変容を余儀なくされるように仕組まれているからである。
 小自我から悟性への変容、傲慢さから謙虚さへの変容、見ることから照らし観ることへの変容、無意識から意識、知識から智慧へ、そして日常性から非日常性、武術性への変容・・
それらはまた、どの分野に於いても、一流の人間を育むための必須条件でもある。

 学んでいけない人には、それが見えないし、それが分からない。
 小さな変化ならたくさん起こるかも知れないが、しかしそれは、あれも遣ってみたい、これはこうしたらどうか、あれはきっとこの延長にあることに違いない、と自分勝手に定義を作ってしまった事なので何の変容も起こらず、必然的に小さな変化ばかりが発生し続けるのである。

 常々口にしているように「学ぶ」という言葉は「まねぶ=真似ぶ」という古語に由来し、「真似をする=真に似る=性質や状態が殆どそのものに相応している」という意味である。
 世に溢れる通俗な物が相手なら、それなりに真似ができるかもしれない。
 ディナーのナイフやフォークの使い方、紳士淑女らしい礼儀作法、ちょっと飛ばせる運転の仕方、スマートな収入の稼ぎ方、モダンなネクタイの締め方、それなりの料理の作り方、 中々美味しい珈琲の淹れ方、有名老師風の套路の打ち方、発勁風にチョイと人を飛ばせるリキミ方や、化勁風に見える崩し方・・
 しかしそれは、決して高度なレベルではなく、所詮は誰にでも、ごく普通の人でも工夫次第で真似ができるレベルであって、自分なりの自己満足の域を超えるものではない。

 それでは、秘められたもの、本来隠されて然るべき奥義、真伝、その本質に対しては、いったいどのように「真似」をする事ができるのだろうか。

 それは何よりも先ず、師匠と同じところで、同じように感じてみる、ということから始まる。他より優れて稽古を取れる人たちは、皆このことが自然にできる。
 反対に、いつまで経っても分からない人というのは、師匠がやっていることを、師匠とは違うところから勝手に見てしまっていて、更に自分の見たものに自分で解釈を付けながら、自分の好きなようにやってしまう。結局自分のところでグルグル回っているだけだから、師匠の示すことは何も解らない。その人の弟子としての学び方には、肝心の「師弟関係のシステム」が入っていないのである。

 師匠の「在る」ところで、その同じところで、同じように在ることを感じてみる、という感覚は、それを理解するための切っ掛けになるような事なら、それほど難しくない。
 たとえば海原を行く小さな船の上で、同じ風に帆が孕むチカラを感じて舵を引くような、佳い映画を一緒に観て、同じように泣けるような、醸造家たちが、これこそが自分たちの造りたかった酒だ、と等しく共感できるような、共に別々の楽器を奏でながらも、同じ曲を綺麗に調和して演奏できた時のような、喜びも哀しみも分かち合えるような───────
 それは、難解な秘伝の学習と言うよりは、まるで恋人と心から愛し合えるような状態なのである。

 ところが、エゴはいつもそれを拒んでしまう。
 自我には常にまず始めに ”自己” があり、その自己が思うところを思うように感じ、自己が確信できるところで定義をし、それによって出来たことを自己に示せることが唯一の価値であり、学びの目的のように思えて、最も大切なことを取り逃がし、たとえどれほど陳腐で馬鹿馬鹿しくとも、その場で取れること、自己満足にフィードバックできることだけを価値としてしまう。まるで、金魚すくいの紙が多少破けてもどんどん替えればいい、ともかく金魚さえ掬えれば良いのだからとばかりに、乱暴に自分の器に放り込むようなものである。

 そして、「弟子で在ること」と「弟子で居ること」とは異なる。
 師弟関係に於いては、「弟子でいること」が求められているわけではない。
 弟子がどこに居ようと、何をしていようと、どのような場合や状況に於いても、ただひたすら変わりなく、常に「弟子であること」が各々の弟子たちに貫かれていることが求められているのだ。
 「弟子であること」は、生き生きとした、活きた関係性の中で生じ続けている。
 そこに自分の考えを夾む余地はなく、ただ「そこに在るそのもの」を師と共に受け取り、味わい、そのものに丸ごと呑まれて溺れることを許す状態だけがあるのである。
 そして、その「弟子であること」こそが、師に就いて道を問い、師が見出した同じ大いなる道を、玄門の一笠一杖に身を託し、師弟で共に歩んで行くということに他ならない。


                                  (了)


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2020年01月22日

門人随想「今日も稽古で日が暮れる」その46

   「なにを掛けるか」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



 1月も早くも3週間が過ぎ、すでに何回も道場で稽古をしてきました。
 道場で師父にお会いできないときも、師父はあの時どういうことを言っていただろうか、どう示していただいただろうか、と思いながら稽古をしていると、不思議と師父に稽古を見ていただいているような気持ちになります。
 その場で稽古を見ていただけなかったとしても、師父が一体なにを掛けて稽古に取り組んでいるか、それと比べて自分の稽古への取り組みはどうかを比較していくと、学ばせて頂けることがたくさん出てくるのです。

 太極拳という「システム」を学ぶにあたり、学習に対するアプローチの仕方でどれだけその成果が変わってしまうかということを、痛感させられています。

 師父から示していただいている学習体系は、その要点だけ持ってきて、おいしいところだけ取り出してやろうとしても決してうまく行かないようになっているのではないか、と思うのです。

 太極拳をシステムとしてみた場合、システムの健全化、成長をさせていくためには、何か要素を付け足していくのではなくて、そのシステムを使っていく中で現れてくる不備をやめていく、否定していくことでしか改善されていかないからです。
 すでに人間は自分の体がそこにあり、その構造を使って生きています。その中で、太極拳というシステムに最適化をしていくためには、要素を付け足していくというやり方をしていては、悪い意味で無限の可能性を試していかなくなってしまうからです。
 それとは逆に、間違っていることをやめていくのは、簡単です。
 AとBを比較して違いがわかれば、その違っている要素をやめていく。そうすれば、やめた分はBはAに近くなっていきます。
 BにとってAがどういうものか完全にはわかっていなかったとしても、BはAに近づいていくことができます。システムが否定の道でしか改善しないという、非常にシンプルな説明です。

 今年は元旦から初詣に行くことができました。
 神社の境内の清涼な空気を体に浴びて、昔の日本人から脈々と受け継がれている神道が、なぜ禊と祓を行うのかということに、思いを馳せることができました。
 禊と祓、宗教的な詳しい説明は不勉強なのですが、それは何かを取り除くという行為に他ならないと思います。昔の日本人は、経験的に、何かを健全化させていくには否定していく必要性があることを知っていたのだと思います。それが、特定の形で残されたのが禊と祓なのではないかと思います。

 何かをやめていくということは、ある意味では自分の一部を捨て去ることに繋がるので、行うには勇気が必要になります。
 師父が、臆病ではできないと仰っているところかと思います。

 どれだけそれを取りたいか、そのために何を掛けることができるのか?
 問われているのはそのことで、それがなければ、太極拳を理解することはできない…。

 師父がずっと言われ続けていることなのですが、それこそがまさに、太極拳をどれだけ学習していけるかの本質なのではないか、というように感じるようになりました。
 ただ時間をかけるとか、どれだけ稽古をしているか、と単純に表せるものではないのだと思います。

 魂をかける、命をかける。

 言い方は色々だとは思いますが、自分の考えをやめる、否定することで上達していくとはつまり、自分の一部をやめて、捨て去っていくことで、自分自身が刷新されていくことなのではないでしょうか。そのためには、どれだけの頭があるとか、運動神経があるかではなく、ただどれだけ覚悟を持って取り組んでいるか、その点に尽きるのだと思います。

 ただ努力を積み重ねるだけなら、おそらく多くの人にできることなのではないかと思います。
 システムという点で見ると、それは積み重ねていく方向の努力であって、ある時まではうまくいったとしても、ある時、システムの全体としては不備が起きてしまい、うまくいかなくなる日が来てしまいます。

 師父に示していただいているのは、太極拳という磨かれたシステムです。
 教えていただける要点は、それをそのまま自分のシステムに取り込むのではなくて、それによって自らのシステムを新たに生まれ変わらせることに使わなければならないのだと思います。
 すでにシステムの発展形を示していただけているので、それに向けて自分のシステムを改善していく必要があり、そのためには足し算ではなく引き算をしていかなければならないのではないでしょうか。

 自らの足で立つ、自立した人間であることとは、起きたことの責任を自らで負うことのできる覚悟を持った人間のことなのだと思います。
 自らの身を切る覚悟があり、それのできるところにいる人間でなければ、自分を持たずに手放していくことの意味がわからない、と師父は仰っているのだと思います。
 両者は同じことを示していて、全く矛盾していません。それは、自立しているとして我を貫こうとする種類の人間とは全く異なっています。

 太古の昔から、力を持った為政者とはすなわち、自ら戦争の最前線で死ぬ覚悟を持った人間のことを指していました。
 野蛮だなんだというような話は別として、古代ローマの皇帝は、多くが戦争で命を落としているのです。
 今のように後ろから指示を出し、自分以外の他者を先に死なせる種類の人間では決してありませんでした。自らを犠牲にする覚悟を持ち、実際に最前線に行ける人間こそが力を持つことが許されたのです。

 これは最小化すれば、個人のレベルでも同じことがいえるのだと思います。
 自らが安全なところにいて、本当の意味で力を得ることは出来ないということなのだと思います。
 安心できるところにいるかぎり、太極拳で示している本当の戦い方はわからないのだと、師父はそう示してくださっているのだと思います。

 これはただそういう覚悟なくして出来ないというような、観念的な話ではないのだと思います。
 実際に、システムを改善していくという、科学的なアプローチを行っていく上で必要な状態のことを指し示していて、そのためにもスピリットこそが大事なのだと、師父は仰っているのではないでしょうか。
 このような話が現実的に意味を持つようになるところが、太極武藝館で示されている太極拳を学習していく中で、非常に刺激的で面白いところだと思います。

 だからこそ、ただ太極拳の技術を学ぶのではなく、師の後ろ姿を見て、師がどのように生きているのかを自分も味わなければいけないのだと思います。

 そのためには、言葉で語るのではなくて、実際に行動で示さないといけないのだと思います。


                                 (了)



*次回「今日も稽古で日が暮れる/その47」の掲載は、3月22日(日)の予定です

2020年01月01日

謹 賀 新 年

  明けましておめでとうございます
  本年もどうぞよろしくお願いいたします 



日頃よりブログタイジィをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
昨年は札幌支部より新たに拝師正式弟子が誕生し、太極武藝館の貴重な拳理拳学の確かな伝承準備が、着実に進められていることが感じられます。
また、年末には円山洋玄師父が作詞作曲された「太極武藝館の歌」も披露され、その詩の内容には門人の誰もが心を打たれ、そして自身の稽古を問い直す機会にもなったことと思います。

玄門太極武藝館が正式弟子の皆様を中心に、武術性と人間性、そしてスピリットを際限なく厳しく追求し続けるなか、私ども「ブログタイジィ」も門人の皆さまの成長に遅れをとらないよう、今後益々充実させて行きたいと思っております。
本年も「ブログタイジィ」を、どうぞよろしくお願いいたします。


     令和2年  元旦

                   太極武藝館 オフィシャルブログ
                  「Blog Tai-ji 編集室」スタッフ一同


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2019年11月22日

門人随想「今日も稽古で日が暮れる」その45

   「『選ぶこと』について」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)


 前回、「選択の問題」という記事を書きましたが、ただ記事にして終わりではなくて、毎回の稽古の中で、自分が何を選んでいるかということについて、より意識しながら取り組むことを続けてきました。

 最近の稽古の中で、師父が特殊部隊を例に挙げて話をしてくださったのが、非常に印象に残っています。特殊部隊のような戦闘のプロを目指して訓練をしていく中で、一番大切な要素が、訓練を行う者の精神力である、という話です。
 武術で、科学的に取り組む、構造に関して分析していくというアプローチをとっていくとき、あたかも大切なのは物質的な要素ばかりだと思ってしまいがちですが、本当に大事なのは精神であり、マインド、魂や心なのだと師父はおっしゃいます。

 最近、たくさんの門人が道場で稽古をしている様子を、それとなく観察させてもらう、ということをこっそりと続けていました。
 そうすると、いくつか気づいたことがありました。
 稽古の中で、ここ最近特に上達していく様子が目に見えて感じられる門人の方たちは、まるで「分かることをしっかりと選んでいる」ように見えるのです。

 こう書くと当たり前のことのように思えて伝わりづらいかもしれませんが、おそらく、実際に道場で彼らを含めたみんなの様子を見ていると、納得していただけるのではないかと思います。
 上達するために道場に来ているのだから、誰しも、稽古で理解していけるほうを選んでいるはずではないのか? と思うのは当然の疑問です。
 ですが、自分のことを鑑みても思うのですが、稽古がうまくいっていないときには、まるで自分がうまくいかない方に身を置くような選択を続けているのではないかと思います。

 なぜそんな、不条理な選択を行うのか。その時々、その人によって違いはあるのかもしれませんが、人間とは元来、不条理な生き物で、思っているよりも自分自身のバイアスによって選択は歪められ、思っているよりも合理的な行動はとれていないということなのかもしれません。

 自分が何を選ぶかということは、腕っ節の強さには関係がなく、年齢や体格、どれだけの年月やってきたのかということにも関係がありません。精神の問題であり、心の問題です。
 しかし、実際にそれこそが稽古の成果を決める決定的な要因なのだと感じられたとき、かなりの衝撃に自分は襲われたものです。

 気づいたからには、自分の稽古にそれを生かさない手はありません。
 稽古で上達していっている人を参考にして、自分もある選択をすることにしました。

 非常に単純です。自分も理解していけるほうを選ぶようにする、それだけです。
 もう少し付け加えるなら、「理解していけるほうを選ぶ」ということを選ぶ、というものです。
 たったそれだけの選択をすることにしただけで、多くのことが自分に起きてきたと思います。

 稽古の中では、師父から多くのことを示していただいています。それは太極拳の動きであったり、見せられる姿や立ち振る舞いであったり、まるで太極拳とは関係がなさそうな師父のお話の中であったりと、様々な姿を取って表現されているかと思います。
 その中に、我々が気付くべき太極拳は含まれていて、それに気付くか気づかないかは、やはり我々ひとりひとりに問われているのだと思います。
 たとえばあるひとつの技を同じ形で示されたとしても、理解できる人は理解でき、理解できない人には理解できないのだとしたら、その人がどう受け取ろうとしているかという違い以外に、どこに差異があるといえるのでしょうか。

 そして、すでに書いた通り、理解できていく人は、それを自分で選んでいる人なのだと思います。
 自分を挟まずに真似することの大切さは、たくさん言われ、ブログ等にも書かれているかと思いますが、まず自分がそれを理解する準備ができた上で真似しないことには、ただの模倣にすらならず、理解は生じてこないのだと思います。
 本来は、そこまで含めた意味で「真似をする」と言うのかもしれません。

 「備えよ常に」という言葉は、何かが起きた時に、すぐに動ける状態に準備しておくことなのだと自分は思っていました。
 自分にはそれができていない、師父は常に準備されているように思える…
 そう師父に話したら、師父は「そうではない」とおっしゃったのです。

 「私は物事に備えているのではない。私は、常に『自分に』備えているのだ」と…。

 この言葉を聞いたとき、金槌で頭を殴られたような衝撃を受けました。
 思ってもいなかった衝撃を受けると、否応なく人間は変わってしまうものです。

 自分が準備できていなかったのは、外の物事ではなく、他でもない自分自身に対してだったのです。内と外がぐるっと入れ替わってしまうような経験は、生きている中でもそうそう味わえるものではないです。

 太極拳の理解がおぼつかないのも、外側の事物に問題があるのではなくて、自分の内側の問題に向き合えていないからであり、それをするためには、他でもなく、自分自身できちんと選ばなくてはならないのだと、師父は仰っているのだと思いました。

 常に、自分に対して備えていなければならないのです。
 それは何を選んでいるかを知るということであり、何を選ぶかということではないでしょうか。きちんと選択することができれば、それによって現実は動き、おのずと結果は出てくるものではないかと思います。

 師父から、意識・意志・魂がベースであり、その上に理論や技術が乗ることで物事は発展していく、というお話をしていただきました。
 太極拳を科学的に追求していくということは、ただ技術や技法を学び研鑽していくだけではなく、それを行う人間としても、本物でなくてはならない。だからこそ、現代においても太極拳は価値のあるもので、大切なものなのだ、と。

 自分の中のタガが外れて、まるで壊れたようになったとき、はじめて新しい、見えていなかった物事が見えました。
 そして、それを待っていたかのように、外側からまた新しいことがドンドンと飛び込んできます。それによって、また思ってもみなかった自分の枷が外れていってしまいます。
 そうして新しくなっていくという繰り返しの循環は、一度味わうと病みつきになってしまうものです。

 それに必要な最初のきっかけは、疑問を持ち、自分が何か別のことを選んでいくことから始まるのかもしれません。
 幸いにして、我々には教えをいただける師がいて、現代では稀有な道場、志を同じくした様々な門人たち、という学びの場が与えられています。
 それだけ恵まれた環境を使わないという手はないと思います。

 何より、ささいなことで人間は変わっていくのだということ、これほど面白いものは、この世の中でそうそう無いのではないかと思います。



                                 (了)



*次回「今日も稽古で日が暮れる/その46」の掲載は、2020年1月22日(水)の予定です

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