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  太極武藝館のブログ、「Blog Tai-ji(ブログタイジィ)」へようこそ。
  このブログは、太極武藝館の創立15周年を記念して平成21年1月より
  開設されたものです。

  Blog Tai-ji では、普段の稽古の様子はもとより、どのような人がここで学び、
  どのように稽古し、太極拳の学習がどのように日常生活と関わっているのか・・・
  それらを中心に、新鮮で盛り沢山な内容を掲載していきたいと思っています。

  私共にとって初めての試みでもあり、至らぬ点は数多いと思いますが、
  お気づきの点などがございましたら、当方までお知らせいただければ幸いです。

  なお、コメントの書き込みにつきましては、現在のところ、小館門人および
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            太極武藝館オフィシャルブログ「Blog Tai-ji」編集室



2016年12月08日

練拳Diary #75「武術的な強さとは その19」

               by 玄門太極后嗣・範士   円 山 玄 花



 『太極拳は、それほど難しい武術ではない』──────────とは、師父が稽古中に度々仰る言葉です。師父が “それほど” と仰るのは、私たちがあまりにも難しいことに向き合っているように見えるからかも知れません。
 確かに、太極拳は簡単かと問われれば、私は難しいと答えます。なぜなら、示される太極拳のメカニズムが、自分が知る範疇を遥かに越えているからです。

 太極拳のメカニズム。それは学習を深めるほどに、日常で見慣れたシステムとはあまりにも掛け離れたものであるように思えますが、しかし科学的に説明できないことはひとつもなく、条件を満たせば誰でもそのメカニズムを実感し、体験することが出来ます。
 太極拳のメカニズムについては、少々タイトルから外れてしまうので、また改めて思うところを書いていきたいと思いますが、今回はその条件を満たすために必要な『自己修正』について考えてみます。

 人が何かを学ぼうとする時というのは、新しい発想や考え方を養いたいときや、自分の知らない技術を身につけたいときだと思いますが、正しいことを身につけるためには必ず修正が必要になるということを、誰もが認識しているはずです。
 そして、人が何かを学ぼうとする行為は、我が身を正しく立てて行きたいという気持ちの表れでもあり、それが潜在的であるか顕在的であるかは取り敢えず置いておいても、人としての成長を望み、向上心を持って自らの人生に向き合おうとしている状態だと言えるのではないでしょうか。
 だからこそ、成長のシステムを知る人たちは、他人に本を読んで世界を広げることや趣味を持つことを勧めるのだと思います。

 何かを学び始めたときには、目の前に広がる未知の世界に感動し、ささやかな発見にも喜びを覚え、更なる勉強意欲が湧いてくるものです。それは、何かを与えられていたのでは分からなかった素晴らしい体験であり、目に映る全てのものが輝いているとさえ思えるような気持ちにさせてくれます。
 しかし、その勢いもそう長くは続かず、行く手を壁に阻まれたと感じられるような、どのようにも進めない時期が訪れます。私はその原因を「物事と自分の都合との相違」と考え、自己修正の時期として取り組むようにしています。

 人間は、物事に対して自分の都合の良いように思い込み、その思い込みをさらに正当化することが出来る生き物です。自分が好きで学びたいと思ったことに対してさえ、そうなのです。ましてや自分の嫌いなことや苦手なことに対しては、思い込みとさえ気がつかないことが山ほどあるに違いありません。
 自分の学びたいことが、趣味の領域を越えて芸術の世界にまで入っているなら、それはとても幸せなことだと言えると思います。なぜなら、壁に行き当たった場合に、それを誤魔化すことも出来なければ、自分の都合を正当化するということも出来ないからです。
 武術の世界ももちろんそうです。なにしろ、自分の命が掛かっているわけです。やられてしまったらどのような言い訳も誤魔化しも意味を成さず、そこでお終いなのです。壁に行き当たったからといって、さっさとやめて次に行けるようなら、残念ながら武術の世界が命懸けの世界だと思えていなかったか、趣味に向かう心構えでも通用すると思い込んでいた可能性が大いに疑われることでしょう。

 そもそも、行き当たった「壁」を何であると捉えているのか、そこが問題です。
 自分の実力が及ばないのか、それともその物事が難しすぎるのか。私はそれについて呆れるくらい悩みましたが、出てきた答えはそのどちらでもなく、先ほども述べた自分の都合との相違であったのです。
 自分の都合とは、簡単に言えば、自分がやりたいことを、やりたいときに、やりたいようにやることです。拳打の場合には、自分が打ちたいタイミングで打ちたいように打つということになりますが、それでは実戦どころか稽古の約束組手でも相手に当てることは難しいでしょう。武術でなくても、例えばただご飯を炊くということでも、自分の都合では上手に炊けないのです。
 最近、研究会の稽古の休憩時間には、各自が持参していたお弁当の代わりにお米とキャンプ用のガスストーブを道場に持ち込み、自分でご飯を炊いて、汁物やおかずを作る光景が見られます。そのご飯も、お米の量と水加減、火加減、そして炊く時間に蒸らす時間と、美味しく炊くためには自分の都合をやめて、それらのこと全てに耳を傾ける必要があります。
 僅かに20分前後の短い時間で結果が出ます。生煮えでもなければ酷い焦げにもならない程度の、ホカホカでふっくらとした美味しいご飯を炊くために、誰でも少しずつ修正を重ねるのです。適確にやっても適当でも、それ相応の結果が出るのです。
 自炊で考えてみると、自己修正とはそれほど大変なことではなく、ひとつの物事を完成させるために必要な、単なる「過程」であることが分かります。
 それでは、ご飯を炊くことに何度失敗しても「壁」とは感じられないのに、練拳など自分が学びたいことに関しては「壁」と感じられるのはなぜでしょうか。

 私の場合には、まず自分の「都合」が分からなかったということが挙げられます。
 例えば、普段歩く時に大腿四頭筋の蹴りを使った方が都合が良いと考えて歩く人がいないように、物事の修得を阻む自分の都合を認識できていなかったのです。その状態で何回その事を指摘されようとも、認識できていないものは修正しようがなく、ただ “できない” ということだけが残ります。
 認識するためには、誰かに指摘してもらう程度ではダメなようで、自分で徹底的に自分のことを追究するしかないと思います。自己認識は簡単ではありませんが、自分勝手を戒め、自分のささやかな考え方をもしっかりとキャッチしていくことで、ずいぶん多くのことが見えてきます。そして、ここが一番肝心なところだと思うのですが、そこで見えてきた自分に対して、自分が嫌になっているかどうかです。「これではいけない!」「このままではダメだ!!」という想いの強さに比例して修正が可能になると、私は思います。
 これが、先ほど述べたように誰かに指摘してもらうだけだと、やはり他人の意見として聞いてしまうのです。所詮は自分のことを分かっていない他人の言葉だと。本当は、他人の言うことに耳を傾ける余裕さえ無くなっているのですが、そのような自分の事さえよく分からなくなってしまうのです。
 こうなると、向上心に満ち溢れていた自分はどこへやら、前向きだった自分はいつしか後ろ向きになり、「壁」と面と向かわないことで心の安定を図ろうとします。そして、一度逃げてしまうと、その一時の心の安寧がクセになり、やがて逃げ癖がついてしまいます。

 きっと、誰でもそのような状況に陥ったことがあるのではないでしょうか。そして、そのような負の連鎖からの脱却方法は、人それぞれに自分で導き出してきたはずです。
 私は、弱い自分、情けない自分がほとほと嫌になったことがあります。もちろん1回ではありませんが、一番最初に心底嫌になったときに、それまでは自分を嫌だと思ったことがなかったことに気がついたのです。なんとも衝撃的な発見だったことを今でも覚えています。
 誰でも、ご飯は美味しい方が嬉しいし、きれいな車に乗りたいと思うことでしょう。けれども、まずいご飯が嫌でなければ美味しいご飯は作れません。汚い車が嫌にならなければ、車を洗う気にはならないのです。それが出来ないどのような立派な理由を持ってきてもダメなのです。自分がそれを選んでいるし、決定しているからです。
 生活の中で様々なことと上手に折り合いをつけているつもりが、いつの間にか自分の都合を優先することとすり替わっていないかどうかが、自己修正の鍵となるでしょうか。人間は簡単に自分を正当化できてしまいます。

 自己認識の作業はずっと終わりがないような気がしますが、私は太極拳という大きな存在があることで、とても役に立っています。太極拳と係わっていると自分勝手にも気儘にも出来ませんが、代わりに、そんなことはほんの一時の表面的な安らぎに過ぎないことを教えてくれました。

 いつだったか、師父が天ぷら職人の話をしてくださいました。
 一流の天ぷら職人は、自分で満足のいく天ぷらを揚げられるのは、年に2回あるかどうかだそうです。それはきっと、それ以外の364日間の修正の結果なのでしょう。


                                 (つづく)


2016年12月01日

連載小説「龍の道」 第189回




第189回  P L O T (9)



「いきなり曹長の部屋に行くよりも、先に執務室へ寄ったほうが近いですよ」

 キャンベル曹長の居室は、いつかヴィルヌーヴ中佐が訪れた時に用意された来客用の部屋がある棟と同じ、学生たちにヴィラ(Villa=郊外や田舎の邸宅・別荘)と呼ばれる、教職員専用の居住棟にある。執務室は職員の棟にあるので、学生棟のヤンの部屋からはほど近いのである。

「それじゃそうしましょう、何処へだって行くわよ・・」

 アッサリそう言う宗少尉は、行く先が何処であろうと、この機会に決着をつける気で居るのが有り有りと見て取れる。宗少尉にしてみれば、この遠く離れたアラスカで、弟のように可愛がっている宏隆を危険な目に遭わせている奴らが、どうあっても許せないのだ。

 これまで宏隆に降り掛かった数々の災難は、宏隆やヘレンの報告から察するには、すべてはこのキャンベル曹長絡みであるに違いないと、宗少尉には思える。

 一番初めは射撃訓練場で、射撃後のターゲットを確認している最中にライフル弾が足許に跳ねた事件であった。無論普通はそんな事は有り得ない。民間射撃場でもターゲット用紙の着け外しをする際にはサイレンを鳴らし、場内全ての人間が銃を置いてブースから離れるというルールがある。その絶対のルールが破られ、ジャミング(弾丸詰まり)を直しながら、あろう事か暴発して宏隆のすぐ足許にその銃弾が飛んで来た。幸い被弾こそしなかったものの、教官を含め居合わせた全員が肝を冷やした。

 二度目は雨の山中行軍訓練のときだ。渡河の下見で、滝口(滝に水が落下し始める所)に立って下を覗いていると、何者かが自分を狙っている気配を感じ、それを最も強く感じた瞬間に、自分の居る所も忘れるほど身体が勝手に反応して飛び跳ね、そのまま滝壺へ30フィート(約9m)も落下した。
 ライフルで狙撃された事を識った宏隆はそのまま水に潜って下流へ行き、対岸の薮に隠れる怪しい二つの人影を見つけた。そしてしばらくの間自分も捜索に加わる振りをしながら、自分をリーと思わせてヤンに鎌を掛けて話をし、ヤンが犯人の一人である事を確信した。
 訓練を終え、宿舎へ帰って早々に、宏隆はヤンを詳しく調査しようとしたが、そこでヘレンと出合い、キャンベル曹長とヤンの会話を盗聴して、彼らの犯行である確信を深めた。

 そして三度目の正直となったのは、今回の雪中オリエンテーリング訓練である。
 凍て付いた 50mも幅がある河を渡っている最中に、鈍い爆発音がして氷が割れ、宏隆とバディのアルバがマイナス20度の冷水に落水し、アルバを助けるために独り氷の下を流されながらも、玄洋會での訓練を活かした落ち着いた行動で九死に一生を得たのである。

 念入りにそれらを仕組んでは宏隆を脅かし続けている敵の真意は未だ分からないが、その度に本人が生命に関わる危機に晒され、放置しておけばますます危険の度合いが高まるはずだ。それに、宏隆に降り掛かっている問題を解決しなければ、ヘレンの誘拐事件の調査も進まないことを、宗少尉は直感していた。


「ここです─────ノックしますよ」

 宏隆は以前、キャンベル曹長に呼ばれてここに来たことがある。
 ”MSG(Master Sergeant=曹長)・CAMPBELL” と刻まれた、よく磨かれた真鍮の名札が掲げられている厚い扉がスーッと開かれた。

「あら、カトーさん、お珍しいですね!」

「ミス・スーザン、お久しぶりです。いつぞやは美味しい紅茶をご馳走さま。キャンベル曹長はまだこちらにいらっしゃいますか?」

「曹長は休暇でご不在です。秘書の私は相変わらず仕事に追われていますが」

「何処に行かれたか、分かるでしょうか?」

「お仲間と狩猟に行くと仰っていましたが、行く先は不明です」

「そうでしたか。それじゃ仕方ないな、また出直します」

「・・おお、やはりソルジャー・カトーだったか!」

 宏隆の声を聞きつけて、見覚えのある教官が奥の部屋から出てきた。

「あ、エヴァンス少尉!、お久しぶりです」

 落水した河から無事に帰還した時に、焚き火で暖を取る宏隆に向かって、皆の前でその勇気と能力を讃えた、教官の Arthur Evans(アーサー・エヴァンス)少尉である。

「カトー、身体の方はもういいのか?」

「サンキュー・サー、お陰さまでこのとおりです。その節はご心配をおかけしました」

「それは良かったな。失礼だが、こちらの女性は?」

「ご紹介します。台湾海軍の宗麗華少尉です。宗少尉、こちらはかつてベトナム戦争で、 ヘリボーン特殊部隊としてAp-Bac(アプバク)の戦闘に赴いた歴戦の勇者、アーサー・エヴァンス少尉です」

「はじめまして」

「ははは、歴戦の勇者は大袈裟だが、ようこそ、アラスカへ。しかし、わざわざ台湾海軍の少尉がお見えとは─────しかもキャンベル君の部屋を訪ねて?」

「はい、少し確かめたいことがあって」

 宗少尉の顔を見ながら、宏隆がそう答えた。

「ふむ、何やら理由(わけ)がありそうだな。実は私もキャンベルの秘書に確認したいことがあって来たのだ。案外同じ目的かも知れない、もし良ければ少し話をしたいが」

「宗少尉、どうしますか?」

「エヴァンス少尉、ぜひお話を伺いたいですわ」

「ここでは話せないので、一階の応接室に行きましょう」
 
 中の声が漏れない分厚い扉の応接室に場所を移し、エヴァンス少尉が言うには───────なぜ氷結した渡河の訓練中に突然ぶ厚い氷が割れたのかを疑問に思い、翌日からその原因を NWTC(Northern Warfare Training Center:米陸軍北方軍事行動訓練センター)で調査をし始めたところ、氷が割れた場所からすぐ近くの河岸に火薬による爆発の痕跡が見つかった。間もなく宏隆からも事情聴取をするところだったという。

「そうでしたか、やはり火薬が・・・」

「やはり、と言うからには、あれが事故ではなく、自分を狙う意図を以て行われた事だと、君も思っているんだな?──────私もあのとき何かが爆発するような鈍い音を聞いた。確信は無かったが、自然に氷が割れたようには思えなかったのだ」

「あれほどの規模で自然に亀裂が起こるなら、もっと不規則に、それなりに時間も掛かって割れそうなものですが、まるで工事現場のように綺麗に一直線に割れていました。水中から聞こえた爆発音のような鈍い音と言い、あまりに不自然です」

「雨の中で行軍中に起こった滝壺への落下についてはどうだ?、君は単に自分の不注意だったと言っているが」

「本当は、突然足もとに銃弾がはじけて、その拍子に落ちてしまったのです」

「やはり、そうだったか・・・」

「差し支えなければ、曹長の秘書に確認した内容を聞かせて頂けませんか?」

「秘書に尋ねたのはキャンベルの細かい行動スケジュールについてだが、曹長の事はこちらから君に聞きたいくらいだ。君はすでにキャンベルが怪しいと思い、さらにある程度その証拠も掴んでいるからこそ、今日ここへ来たのだろう?、それに、失礼ながらこちらの宗少尉も、どう見てもただの台湾海軍の軍人だとは思えないが」

「恐れ入ります───────」

 そう言って、ニコリと宗少尉が微笑んだ。

「エヴァンス少尉は、どうしてキャンベル曹長が怪しいとお思いなのですか?」

「実は、落水したカトーをヘリで病院に運ぶ途中、パイロットがあの河にほど近いところの訓練区域内に、不審な人影を見かけて基地に報告してきたのです」

「河の近くに、不審な人影が?」

「そうだ、君が落水した河の反対側の山陰に、白いカムフラージュを着た二人組が歩いているのを見つけ、報告を受けて基地からすぐに別のヘリが飛んだ。訓練区域は基地に準じるものとして、一般人の立入を規制している所だからな」

「渡河を始めたとき、誰かに見られているような気がしていたのですが、やはり・・」

「近くの雪原を走る二人乗りのスノーモビルをヘリが発見し、強制停止させ、アイディーを確認すると、乗員はキャンベル曹長と、士官候補生のマイケル・ヤンだった」

「それで、二人はどうなりましたか?」

「どうにもならんさ。キャンベルはただ休暇を利用して、ハンティングがてら生徒に射撃を教えていたと言ったそうだ。訓練区域の表示はうっかり見逃したそうで、スノーモビルには獲物のウサギも積まれていた。何の不審さも証拠も見当たらず、そのまま帰したよ」

「ううむ・・・」

「だが、その時からだ、私たちがキャンベル曹長を調査し始めたのは」

「何か他にも不審な点があったのですか?」

「射撃訓練の時に、ターゲットの所で命中を確認していたら、君の足許に銃弾が飛んで来たことがあっただろう?、私たちの調査では、そのときライフルを手にしていたのはそのマイケル・ヤンだ。ジャミング(弾丸詰まり)になったと言って、ガチャガチャやっているうちに暴発したらしい。その場の指導教官はキャンベルと同期の昔からの友人だった」

「キャンベル曹長の執務室へ呼び出されて、そのときの暴発を謝罪されたことがあります。父がこのUAF(アラスカ大学フェアバンクス校)に多額の寄付をしているので、ぼくに怪我でもさせたら自分の首が飛ぶ、申し訳なかった、と言って笑っていました」

「他に何か言っていなかったか?」

「ライフルの暴発事故を起こした学生の名前を訊ねると、すぐには答えず、ぼくの居た所からは本人の顔が見えなかったかとか、教官の顔は見えたかなどと言って、本人の名前を聞き出して文句を言いに行くのではないだろうな、と散々念を押した上でヤンの名前を明かしました」

「ふむ、なるほど・・」

「ついでに、滝に落ちた行軍訓練の際に、曹長を何処かでお見かけした気がすると言って、その時キャンベル曹長がどこに居たかも訊ねてみました」

「ほう、それは何と答えたのだ?」

「ほとんど三班と共に居た、と言われるので、それはマイケル・ヤンがいる第五班のすぐ前ですねと返すと、露骨に嫌な顔をされました」

「ははは、君もなかなか言うじゃないか!」

「さらに曹長の、かつて右に出る者が居なかったライフルの腕前についても話題にすると、現役以降はロクに射撃訓練をしていないと言うので、最近射撃をしたかどうかを訊ねてみると、少し表情を曇らせて、近ごろはずっと撃っていないと言われました」

「なるほどな、だがそれは明らかなウソだ。キャンベルの狩猟好きは一部の間では有名で、毎週の休みには必ずハンティングに出かけているそうだ。腕に覚えのある者は、滅多にそれを錆びつかせたりはしないものだ。まして何か目的のある者なら尚のこと─────」

(註:これら宏隆とキャンベル曹長の遣り取りは、第166回・BOOT CAMP(15)を参照)


「エヴァンス少尉、これは本来申し上げるのが憚られることですが・・」

「何だね?、この際だ、遠慮なく何なりと言いたまえ」

「曹長とヤンに関することですが、自分だけの問題ではないので、何を聞いても不問にするとお約束頂けますか?」

「ふむ、君ほどの男がそう言うのだ、君を信じて、軍人として約束しよう」

「ありがとうございます──────実は今回、基地の病院から拉致されたヘレンと共に、寮の向かいの丘からヤンの部屋を見張り、観察したことがあるのです」

「ほう、スパイ大作戦(Mission Impossible)というワケだな」

「すると、キャンベル曹長が現れて、とんでもない会話が交わされました」

「会話って・・どうして丘の上からその部屋の会話が聴けるんだ?」

「それは、ちょっと申し上げられません」

「何を聞いても不問にすると約束したんだ、他言はしないから、何でも教えてくれ」

「つまり・・ヘレンが、あらかじめヤンの部屋に盗聴器を仕掛けていたのです」

「な、何だって!────────それで、話の内容は?」

「ぼくが滝に落ちたときの話で、”奴はもう、あれが俺たちの仕業だと気付いている” と言っていました」

「それから・・それ以外には何か言っていなかったか?」

「狙撃に関する重要な事はそれだけですが、僕たちの気配に気付いて、こちらに窓からライフルを向けて狙ってきました」

「ライフルだと?、そんな物がヤンの部屋にあるのか・・いや、それより実際に撃ってきたのか、キャンベルの奴は?」

「いえ、その日は闇夜でしたが、どうも暗視スコープつきの物らしかったので危険を感じ、素早く茂みの陰に伏せて、Gillie Veil(ギリー・ヴェール)を被って遣り過ごし、どうにかその場は難を逃れることができました」

「・・ふう、聞いているだけで冷や汗が出るな。だがこれは大問題だぞ、こんな事が未来の将校たちを育成する大学の構内で有って良いわけがない──────」

「エヴァンス少尉、私たちは・・・」

「いや、言わなくても良い。聞けば私も徹底して詮索したくなる。おそらく君たちは、ただの士官候補生や軍人ではないのだろう。拉致されたヘレンや父親のヴィルヌーブ中佐も同じように、人に知られてはならない立場を併せ持つ人たちなのだと思うが、違うかな?」

「そのとおりです、お心遣いを感謝します」

 宗少尉が丁寧に頭を下げた。

「いいえ宗少尉、言わばこれは、私自身がその立場以上に巻き込まれないための用心です。私に心遣いをしてくれたのはカトーの方ですよ。彼は話の中でも、私が知らない方が良い事には意図的に触れていないはずです。若いのに、大したものだな、カトーは・・」

「恐れ入ります─────」

「さて、今後はどうして行くかな?」

「エヴァンス少尉のお立場からは、どうされますか」

「私はキャンベル曹長を糾明して、きちんと責任を取らせるつもりだ。UAFの教官として有ってはならない行為だからね。もちろん結託したマイケル・ヤンも処罰を与える」

「しかし、証拠は何ひとつありません。ヘレンが盗聴した会話も録音したわけではありませんから。犯罪として立証するには無理があります」

「河を爆破した爆薬なら、ある程度は入手経路を追えるはずだ。定規で線を引いたように氷を割るには、C4(プラスチック爆弾* )やTC4(テープ型のC4)が必要になる。キャンベルなら入手もそう困難ではないだろう」

「Bangalore Torpedo**(バンガロール・トルピードゥ)かも知れませんね」

 宗少尉がそれにつけ加えて言った。

「なるほど、それなら誰でもすぐに造れるし、連結して長くすることもできる・・」

「其処らの竹でも作れますし──────」

「なかなかお詳しいですな、宗少尉は!!」

「そうです、趣味であらゆるウエポン(戦闘器材)に通じていますからね」

「ヒロタカ、よけいなコト言わないの!!」


【註* : プラスチック爆弾】
 第二次大戦以降、軍用爆薬として多用される、ニトロトルエンやテトリル等の爆薬にワックスや油脂などの可塑剤を加えて棒状に加工した物。可塑剤の添加により安定しており、ハンマーで叩いても爆発せず、千切ったり潰して塊にするなど自由に変形でき、爆発には起爆衝撃を起こす点火装置の信管(ヒューズ)が必要となる。1960年代から米軍が使用する Composition-4(C4)は通常白色粘土状の棒状箱型に成形され、プラスチック(ポリエチレン)のカバーで覆われている。全長約28cm、縦横約5cm、重量約1,1kg。

【註**:Bangalore Torpedo】
 バンガロール・トルピードゥは、戦場で地雷や鉄条網を爆破撤去するため、主として工兵が装備する 1.5mほどの細長い筒状の爆弾。英語圏の軍隊では Banngalore と呼ばれ、日本の自衛隊ではバンガローと称される。旧日本陸軍では破壊筒と呼ばれていた。上海事変では爆弾三勇士の逸話を生み、ノルマンディー上陸作戦でも重用され、プライベート・ライアンなど映画でも多く用いられた。名称はインドのバンガロールに駐留した英陸軍大尉が考案したことに由来する。


「ヘレンの拉致事件からも、キャンベルたちが浮上してくるかも知れない。何か分かったら私にも報せてもらえると嬉しい。もちろん秘密は守る」

「必ずお知らせしますわ、エヴァンス少尉」

「君たちは、これからどうするかな?」

 宏隆と宗少尉は一瞬顔を見合わせたが、

「このままキャンベルとヤンを追います────────」

 何の迷いもなく、宗少尉が言った。

「・・何となく、もうその二人が戻って来ないような気がするので」

「そうか、だが彼らも自分たちが疑われていると薄々気付いているだろう、相手は優れた射撃の腕前もある、十分に気をつけてください」

「ありがとうございます」


                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第190回の掲載は、12月15日(木)の予定です

2016年11月15日

連載小説「龍の道」 第188回




第188回  P L O T (8)


「ヤンのやつ、ぼくが来たと知って、ちゃんとドアを開けるかな・・?」

 ”C棟” と書かれた学生寮のエントランスを入りながら、宏隆が言った。

「さあ、どうかしらね─────ま、成り行きよ!」

「Knock the door instead of me, for he will recognize me.(ボクは面が割れてるから、代わりにノックしてよ)」

「Yeah, I will.(ええ、そのつもりよ)」

「まさか、ノックをしてから、ジョークを云うつもりじゃないでしょね?」

「ジョークって?」

「Knock Knock Joke ってヤツ、知らない?」

「何よ、それ・・?」

「Knock, knock !!(ノック、ノック)・・Who's there ?(どなた?)・・Harry.(ハリーだよ)・・Harry who ?(どこのハリー?)・・Hurry up and open the door !!(いいから早くドアを開けろって!)──────なんていうジョークのこと」

「こっちに来て、そんなアホな英語ばかり勉強してたのね」

「あははは・・」

「Here we are!─────さて、曰く付きの203号室に着いたわよ」

「Knock, knock!(コン、コン、コンッ!)」

「・・・・・・・・・」

「居ないのかな?」

 もう一度、今度はもっと強く、数も多めにノックする。

「応答がないね、気付かれて居留守を決め込んだのかな?」

「開けないのなら、こっちから入るまでのこと」

「ちょ、ちょっと!・・何すんの?!」

 宗少尉がポケットからピッキング(鍵を使わずに他の道具で解錠すること)の道具を取り出したので、思わず声を挙げそうになったが、扉の前に来てからは、二人とも声は出していない。会話を交わす代わりに、ハンドサインと表情で意志を伝え合うのである。

「見てのとおり──────」

 止める間もなく、十秒もかからないうちにドアの鍵を開けた。

 誰かが来ないか、廊下を気にしながら片手に銃を持って、ゆっくりとノブを回し、ドアにチェーンが掛かっていないことを確かめると、スッと、静かにそのドアを押した。

 だが、まだ部屋の中に入らず、何か反応があるかどうか、しばらく様子を見る。

「行くわよ・・・3、2、1、GO!」

 沈黙のまま、そうハンドサインを出して部屋の中に踏み込み、誰かが居そうなポイント毎に正確に銃口を向けてゆく。宏隆も遅れず、素早く中二階のベッドルームへと駆け上がり、同じように確認をする。

「リビング、クリア・・!!」

「ベッドルーム、クリア・・!!」

「バスルーム、クリア・・!!」

 この場合はヤンが銃を持って待ち伏せしている可能性があるので、こうするしかない。
 仲間に余計な心配をさせぬよう、各々がチェックするポイントに問題が無いかどうか、声を出して伝え合うのである。勿論、何かがあれば即時それに対応し報告をする。
 映画にもよくこのようなシーンが出て来るが、宗少尉や宏隆にとっては訓練や実戦によって培われた技能が問われる、リアルな戦闘が想定される状況である。

「つまり、居ないってことか─────」

 すべての部屋をチェックし終えて、宏隆がようやく普通の声を出した。

 Student Dorm(学生寮)というと、普通はこぢんまりした部屋か相部屋などを想像するが、ここは中二階に広々としたベッドルームがあり、バスルームにはシャワールームとトイレがガラスで別々に区切られていて、ちょっとした別荘かコンドミニアムを想わせるような立派な部屋だ。

「学生寮にしては贅沢ね、部屋代も高そうだし。親は何をしてる人かしら?」

「カタギじゃないかもね、如何にもそんな雰囲気の男だけど。それよりヤンが外出中なら、帰ってこないうちに此処を出ないと・・」

「いや、帰って来たら挨拶をするまでよ。折角だから部屋の中を調べて行きましょう」

「FBI じゃあるまいし、そんなことしたら犯罪になりますよ」

「バカね、すでにピッキングで不法侵入してるじゃないの」

「あ、そーか・・・」

「だいたい、自分をライフルで狙った相手に、犯罪もヘチマもあるもんですか」

「ヘチマ?、はは、日本語が上達しましたね。で、何を調べるの?」

「勿論、ヤツらの正体が分かる証拠よ。私はデスクをチェックするから、ヒロタカはベッドルームを調べて─────痕跡が残らないように、気をつけて触るのよ」

「ガッテン、承知の助!!」

「なに云ってんだか、もう・・」

 寝室へ行った宏隆は、いかにもライフルが収納されていそうなクローゼットを真っ先に開けた。だが、そこには衣類以外に何もないように見えたが、その片隅に、衣類に隠されるように重厚な金庫が置かれていた。

「宗少尉、来てください!!」

「・・ん、何か見つけた?」

「これを見て────────」

「へえ、学生寮にはおよそ似つかわしくない、エラそうな金庫ね」

「何が入っているのか・・本体だけでも50kgくらいはあるだろうな。我々のようなコソドロにはとても持ち出せませんね」

「ダイヤル式ね、ちょいとやってみるか・・」

「あれま、金庫破りまでやるの?」

「そこのグラスを取って。そう、その細長いヤツ」

 宗少尉はグラスの口を金庫に当て、その底に耳を付けて聴診器代わりにし、慎重にダイヤルを回し始めた。

「ワオ・・まるで *ザ・イタリアン・ジョブを観てるみたい─────」

(註*:The Italian Job は1969年の英国映画・邦題 ”ミニミニ大作戦”。2003年に同じタイトルでマーク・ウォールバーグ主演のリメイク版が公開。最新型金庫の中にある50億ドルの金塊を奪い、奪われ、奪い返す、というストーリー。三台のミニクーパーが活躍する)

「感心してないで、何かめぼしいモノはないか、見てきて」

「その映画、知ってる?」

「知ってるワよ、**偷天換日、美國犯罪片、てヤツでしょ。言っとくけど、洋画の封切りは日本より台湾の方が全然早いのよ」

(註**:「偷天換日」は中国の諺で密かに事の真相をすり替えて人を欺すこと。兵法三十六計の第二十五計にある、戦術の「偷梁換柱(とうりょうかんちゅう)=梁ヲ偷(ヌス)ミ、柱ニ換フ」と同じ意味)

「たしかに、映画が終わってエンディングプロットを見ながら余韻を楽しんでると、突然プツンとフィルムが止まってパッと明かりが点くのが驚くほど早いよね。観客たちは皆急いで出口に殺到するし。台湾はバイクに限らず何でも早いっ!────あはは」

「ムッ・・・いいから、ヤンが帰ってこないうちに早く仕事しなさいっ!!」

「はいはい、ますますコソドロみたいだね。で、映画の封切りが台湾の方が早いって?・・そんなの別に威張るコトじゃないよ、そりゃ日本の方が儲かるから、宣伝やイベントで盛り上げて時間かけてから公開するんだよね、学生の休みに合わせる必要もあるし、宣伝文句に弱い日本人は、アメリカでどう評価されたかで判断するから遅い方が好都合、アメちゃんも本土の人気具合で配給金額を決めるんだから仕方ないじゃんね、ぶつぶつ・・」

「ナ二ぶつぶつ云うてんの?!」

「いえ、何でもありまへん・・」

「もう、うるそうて集中でけへんわ!」

「台湾人の大阪弁か・・やれやれ」

 宗少尉と場所を代わって、デスクを物色する。引き出しにはたくさんのナイフが所狭しとゴロゴロしている。

「特に何も見当たらないな、趣味もナイフの蒐集くらいで、それもシュミが悪いのばっかりだね、つまらん生活してるな、ヤンの奴は・・お、このファイルは何かな?・・写真のアルバムか・・何と、金日成(キム・イルソン)の写真が先頭だ・・あとは家族かな・・」

「ヒロタカ、来て!・・開いたわよ」

 中二階のベッドルームから、宗少尉が小声で呼ぶ。

「へえ、ホントに映画みたいに、聴診器で金庫が開くんだ!」

「そんなことより、金庫の中身を見てごらん」

「ああっ!!」

「これが学生寮に暮らす学生の Safe(金庫)かしら?」

 100ドル紙幣や50ドル紙幣の束が二十個以上も重ねられてある。

「この黒い袋は、何だ?」

 それほど大きくないが金庫の底に分厚い黒革の袋がひとつ置いてあり、持ってみるとズシリと重い。床に置いて、そっと紐を解いてみると、

「金貨だ─────!!」

 眩(まばゆ)いばかりの光を放つ、金貨の山がそこに現れた。

「これは、Krugerrand(クルーガーランド)ね」

「あの、南アフリカが発行する金貨?」

「そう、表面はトランスヴァール共和国の大統領、ポール・クリューガーの肖像、裏面はアンテロープ(大型のカモシカ)の一種であるスプリングポックが描かれ、五千枚が造られたはずよ」

「流石に詳しいね。ざっと見て百枚はある、3キロくらいの重さかな」

「この金貨は1枚が1ozt(トロイオンス)で約31グラム。今の金相場から考えて、日本円で1枚4万円位だから、百枚で約400万円か・・・」

「何でアイツがこんなモノを、こんなにたくさん?」

「まあ、イザという時のための用意でしょうね」

「イザという時って?」

「誰かを雇うとか、逃走するとか、何をやるにも資金が必要でしょ」

「確かに、地獄の沙汰もカネ次第、金貨とドル札束で全部で千五百万円以上か。そりゃこのくらいの金庫が欲しくもなるだろうな」
 (註:当時の1,500万円は、現在の2,700万円ほどに相当する)

「金貨や札束より、もっと興味深いモノがあるかもよ」

 宗少尉は金貨や札束に目もくれず、ゴソゴソと金庫の中にある書類を取り出し、次々に目を通していく。

「こ、これは───────」

「どうしたの?、それは何のファイル?」

 しかしその時、コンコンコンと、入口の扉をノックする音がした。

「ハロー、ハッロゥー!・・おーい、Anybody home?」

「あいにく留守ですよ、って答えとく?」

「シィーッ、黙ってなさい!」

 そう言いながらも、すでに宗少尉は壁際にピタリと身を寄せて立ち、宏隆は床に伏せて、二人とも銃を構えている。声の主が敵かどうか、自分たちを欺そうとしているのかどうか、まだ分からない。

「ヤーン!、お、カギが開いてるのか、入るぞ!・・お〜い、ヤン、居るのかぁ・・?」

「・・・・・・・・・」

「uh・・Is anyone there?(あー、誰かそこに居ますか?)」

 友人か誰かが訪ねて来て、何となく中二階に気配を感じるのだろう。その男が下から見上げて声を掛けてくる。宏隆は宗少尉に Leave it to me.(ボクに任せておいて)と手信号を送り、銃を静かに腰の後ろに戻して起ち上がり、階段を降りて行った。

「やあ、こんばんは!」

「あれ?、キミは、たしか・・?」

「え?・・ああ、君はあの時の・・えーっと、そうだ、キミの名はフランク!」

「よく覚えていてくれたね、そう、Frank Marshal(フランク・マーシャル)だよ。キミはヒロタカ・カトーだね」

「フランク、君の方こそよくボクを覚えていたね」

「カトーはこの学校じゃ有名人だからね。射撃の名手で、教官まで投げ飛ばしてしまう格闘技の猛者でもある。ついこのあいだ、バディを救うために自ら凍った河に身を預けた男らしさも、この学校じゃ知らない者はいないさ!」

「はは・・冷たい河に落ちて有名になったか。君と出会ったのは、まだこの学校に入りたてのとき、ブートキャンプでシゴかれていた頃に、行軍訓練でグッタリしていたキミに食堂で会って、足のマッサージを教えようかと声を掛けたんだっけ?(第153回参照)」

「そうそう。けど、あの時に教わったのはマッサージじゃなくて、僕の好きなフレンチフライによく合う秘伝の ”サムライソース” だった。あれは美味いな、あのとき以来ずっとポテトにはサムライソースだよ!」

「あははは・・!!」

「ははははは・・・」

「どうやら敵じゃぁなさそうね───────」

 宗少尉が階上(うえ)から降りてくる。鍛え上げて引き締まった身体と長い脚、ちょっと以前に台湾の大女優にこんな女(ひと)が居たかもしれないと思えるような、Joey Wong と Tracy Zhou、それに Bianca Bai を足して3で割ったような、少し古風な雰囲気のある美人である。

「こ、これはまた・・ヘレンといい、カトーは美人と縁があるんだなぁ」

 しかし、そのヘレンが拉致されたから此処に来ている、とは言えない。

「ボクの先輩で、Ms. Zong Lihua(ミズ・宗麗華)さんだ」

「どうも、初めまして・・ヤンは留守のようだけど、君たちはここで何をしてたの?」

「べつに何も。訪ねて来たらカギが開いていて、誰も居なかったんだ─────それより、ヤンと君とは友だちなんだね?」

「まあ、友だちっていうか、他の連中と一緒に時々ビールを飲む程度だけど。今日もビールを誘いに来たんだが、留守みたいだね。ヒロタカは遊びに来たのかい?」

「そんなところだ。本人が居ないので、もう帰ろうと思っていたんだよ」

「マーシャルさん、この部屋の主がどこへ行ったか、あなたに見当は付くかしら?」

 蕩けるような優しい笑顔で、宗少尉が訊ねた。

「どうぞフランクと呼んでください。ヤンの行き先は・・もしかするとキャンベル曹長のところかもしれないです」

「キャンベル曹長────?!」

「そう、よく部屋に訪ねて行くみたいで、まるで遠い親戚か何かのようですね」

 宗少尉の目がキラリと光って、宏隆と顔を見合わせた。

「ありがとう、フランク!」

「・・ど、どういたしまして」

 フランクは、宗少尉に見つめられただけで顔を赤くしている。

「それじゃ、僕らはそろそろ行くよ。あ、そうだ、ヤンに会ったら、ちゃんとドアの鍵を掛けた方がいいって・・」

「わかった、言っておくよ・・Ms. Zong(ミズ・宗)、またお会いできたら、とても嬉しいです」

 宗少尉はニッコリと微笑みを返したが、

「あ、フランク、言い遅れたけど、この女(ひと)は台湾海軍の少尉だよ」

「しょ、少尉?!─────し、失礼しましたっ!!」

 フランクは思わず気を付けの姿勢をして敬礼した。

「Cadet Marshal(マーシャル士官候補生)、訓練を頑張ってね!」

「・・サ、サンキュー、サー!!」

「さあ、行くわよ。モタモタしてられないわ」

「キャンベル曹長のところ?」

「そういうこと」

「さっきの金庫は?」

「大丈夫よ、ちゃんと戻しておいたから。指紋も拭いたし」

「まるで本物のドロボーだね。まさか金貨を1、2枚持って来たんじゃ・・?」

「バカね、銃は撃っても、盗みはせず─────」

「敵からも?・・敵国で窮地に陥ってても?」

「まあ、場合によって、よ・・」

「それじゃ、ヤンが敵だってハッキリしたら、あの金貨を頂きに来ましょうか。アラスカ版ミニミニ大作戦、開始っ!」

「敵地から逃亡するような事態になったら、誰だって盗むわよ。無事に帰るためには、ね」

「そうだね、そんなコトになりたくないものだけど・・・」



                     ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第189回の掲載は、12月1日(木)の予定です

2016年11月01日

連載小説「龍の道」 第187回




第187回  P L O T (7)



「申しわけありません───────」

 点滴のチューブに繋がれた宏隆が、ベッドの上で項垂れて、力なくそう言った。
 一夜明けて、ヴィルヌーヴ中佐がノーフォークの海軍基地からヘリで駆けつけ、軍病院の Security Chief(保安責任者)に詳しく事情を聴き、その足で宏隆を病室に見舞ったのである。

「いや、何も謝ることはない、君の所為ではないよ。拉致の手練手管を心得た強かな敵が、君が入院している状況を利用して、娘のヘレンを誘拐するという行為に及んだのだ。
 そんなことより、記憶の新しいうちに君からも事情を聴きたい。いまセキュリティから説明を受けて、およその事は理解したが」

「あの看護婦が疑わしいと思ったときに、きちんと手を打たなかったのが自分の大きな間違いでした。検査のときに点滴を拒否して、あの女が本物の看護婦かどうか、ナースセンターに確かめて居さえすれば、こんな事にはならなかったのです。本当に申し訳ありません」

 宏隆は詳しい経緯を話し、ヴィルヌーヴ中佐はひとつひとつを確かめるように頷いては、丁寧にメモを取った。

「そうか、しかしもう過ぎたことだ。それに誰にでも油断はあるし、間違いもある。何より君は任務中でも訓練中でもない、検査療養中の身だったのだから無理もない。自分を責めたりしないでくれ。むしろ、せめて君が無事で居てくれてよかったよ」

「サンキュー・サー、恐れ入ります・・」

 ヴィルヌーヴ中佐の心優しい言葉に、宏隆は唇を噛んで下を向いた。

「それより具合はどうだ?、体が麻痺する薬物を点滴に注入されたと聞いたが、まだ点滴をする必要があるんだな」

「はい、しかし時間が経てば効果が減退するものらしく、だんだん楽になってきています。やはり筋弛緩剤のようなクスリのようで、いま検査室で分析中です。敵は僕の体の自由を奪うことを目的として薬物の量を加減したようです」

「そうか、鍛えた体だから快復も早いだろう。少し安心したよ」

 そう言って、中佐は笑顔を見せた。

 娘が誘拐されたばかりだというのに、父である中佐は思ったより落ち着いていて、不安気な素振りの欠片も見せない。普通の人間なら取り乱して居ても立っても居られないところだが、軍人も流石に士官ともなれば、ここまで肝が据わっているものなのだろうかと、宏隆は感心をした。

「僕のことなどより、その後ヘレンの捜索はどうなっていますか?」

「残念ながら、未だ何も足取りがつかめていない。警察は無論のこと、基地の名誉にも関わるので、軍の情報部も協力して夜を徹して探してくれているのだが、どこへ消えたか皆目見当が付かない。病院のセキュリティと基地の保安要員の状況分析によると、おそらく掃除婦のクルカという女が、友人である看護婦のジョディ・ミラーが休暇中であることを利用して成り済まし、掃除のカートか、廃棄物用のカートにヘレンを隠して運んだのだろうと言うことだ」

「では、ヘレンは廃棄物のトラックか何かに乗せられて──────」

「──────まんまとこの基地から出て行った、ということだろう。監視カメラには見慣れない運転手の姿は映っていないので、掃除婦の女といい、顔見知りの人間による犯行だと言うことになる。時間的に疑わしいトラックをすべて当たり始めているが、日曜の早朝だから、なかなかスムースに確認は取れないだろうな」

「中佐、ひとつ腑に落ちないことがあるのですが」

「何かな?、手掛かりになりそうな事なら何でも言って欲しい」

「ヘレンを誘拐するのが目的なら、何もわざわざ僕を欺して拘束する必要はなかったと思うのです。僕が邪魔なら、ヘレンが一人になったところを見計らって、上手く拉致すれば良いだけのことです。まして土曜日で、人影も疎(まば)らな病院内なのですから」

「ふむ、なるほど・・」

「僕に掛けた手間を、ヘレンに向ければ済むことなのに、どうしてそんな手の込んだ事をする必要があったのでしょうか?」

「言われてみれば、確かに回りくどい行動だ、ヘレンを掠(さら)っていくのに、何も君を眠らせる必要は無い・・何故そんなことを?」

「犯人のうち白衣を着た男の方は、僕を Kurama と、コードネームで呼びました。そして部屋に入って来たヘレンを注射で眠らせた上で、”取りあえず今日はお前には用がない” と、わざわざ僕に向かって言ったのです。自分は身体が動かず、為す術もありませんでしたが、それは何を意味しているのでしょうか?」

「ますます分からないな。敵は何処のどいつで、何を考えているのか─────」

「そうそう、ヘレンが拉致される直前、キャンベル曹長が病院に来ていたそうです」

「なに、キャンベルが・・?!」

「はい、訓練でバディだったアルバが見舞いに来て、そう言っていました」

「では、奴らが手を回して、この誘拐を企んだということか?」

「タイミングは良すぎますが、必ずしもそうとは限らないでしょう。セキュリティによると確かにキャンベル曹長は昨日この病院を訪れていますが、他の誰かを見舞いに来たようで、わずかな時間だけ居て、すぐフェアバンクスに戻ったようです」

「相変わらず怪しい行動を取るな、あいつは─────」

「それと、掃除婦の女はクルカという名でした。僕の知る限り、クルカはチェコスロバキア周辺に多く、しかもユダヤ系に多い名前です」

「ふむ、ヒロタカは姓名の語源や歴史に詳しいんだったな。それに、ヘレンからも随分と講義を受けたね?」

「はい、入院中の暇つぶしにしては、かなり高度な講義でした」

「君が言いたいことは分かる。チェコスロバキアのプラハはヨーロッパでも最大のユダヤ人街があって、18世紀には彼らが人口の四分の一を占め、ユダヤ秘教であるカバラが本格的に研究され、錬金術をはじめ人造人間をつくる計画さえあって魔都と呼ばれていた。
 また、第二次大戦中はユダヤが人類に向ける陰謀を曝くために、ヒトラーがプラハを徹底的に蹂躙し、ユダヤに関する特別調査機関を設けたほどだった──────だが、今回の事件とユダヤが関係しているかどうかは分からない。あまり先入観を持ち過ぎないことだ」

「そうですね・・それから、これも自分の想像でしかありませんが」

「なにかね?」

「今回の事件の、真のターゲットはヴィルヌーヴ中佐ではないかと思うのです」

「この私が、ターゲットだと?」

「そうです。ヘレンを誘拐したからには、今後は先ず、父親であるヴィルヌーヴ中佐に対して何らかの要求が来るのが普通でしょうし」

「ふむ、しかし彼方此方(あちこち)で雇われエージェントを兼ねる貧乏軍人に、高い身代金など払えるはずもない事は、敵さんも先刻承知と思うが・・」

「身代金ではなく、おそらく中佐が持って居られる ”情報” が目的ではないでしょうか」

「情報、というと─────?」

「ヘレンから聴いたユダヤ関連の歴史や経済、さらにケネディ暗殺に到るまでの話は、内容的に中佐のような立場の人でなければ、普通は知るはずもないことです。
 中佐は海軍でのご活躍は言うに及ばず、CIAではTRIAD(トライアド=中国黒社会最大の秘密結社)の監視を続けられ、カナダでは王立情報局の勤務、加えて台湾国防部情報局からの依頼で、我が玄洋會の Cooperator(協力員)として活躍されているのですから、その筋の人間に目を付けられても何の不思議もありません」

「確かにそれは尤もな話だ。私が持っている情報は、国家機密レベルに関わるものも多い。そして、日々それを追い求めて狙っている者たちは、国家が訓練して送り出すスパイや、彼ら諜報員に選ばれ、高報酬で雇われた裏社会のプロのエージェントたちだ」

「日頃から実際にそのような相手から狙われ、危ない目に遭っておられるわけですね?」

「まあ、それが仕事だからね、仕方がないさ、ははは・・」

「では、ヘレンが拉致されたことについて、何かお心当たりは無いのですか?」

「そう言われて考えれば、心当たりが無くもないが──────確信はないな」

「すぐ調査をされますか?」

「もちろんだ、早速それに向けて調査を始めよう」

「少しでも進展があったら、すぐに知らせて下さい」

「そうするよ。私が目当てなら、じきに奴らがコンタクトして来るだろうし」

「僕も、すぐに捜索に加わります」

「それは心強いな。早く身体を治して、一緒にやってくれ。ROTC(予備役将校訓練課程)の方は何とでもなるよう、私から働きかける事もできるし」

「ありがたいですが、父に相談すれば何とかなると思います」

「頼もしいな、君のファミリーは・・それじゃ、私は娘を探しに行くよ」

「貴重なお時間を、ありがとうございました」

「また連絡をする。だが、気をつけてくれよ、この事件から病院もフェアバンクス校でも、セキュリティが厳しくなったのはとても良いことだが」

「大丈夫です、間違っても、二度とこんな事はさせません」

「ははは、君が元気なら、大変な目に遭うのは向こうの方だろうな」

 そう言って、ヴィルヌーヴ中佐は軍病院を出て、迎えに来ていた車で何処かに向かった。
 病室の窓からも、その車がゲートに向かうのが見えたが、もちろん運転している男の顔までは見えない。


 次の水曜日に宏隆は退院した。まだ少し目まいが残っているが、ヘレンの消息が分からないまま、時間だけが過ぎて行くことに耐えられず、半ば無理を押しての退院であった。

 アラスカ大学の宿舎に戻った宏隆は、急いで仕度をして、入院中に借りておいたフェアバンクスの駅に近いアパートメントに荷物を移した。何かが起こったときに、大学やROTCの関係者に迷惑を掛けないようにとの配慮である。

 そして、宏隆がこんな目に遭った上、アラスカでの世話役であるヘレンまで誘拐されたとあっては、秘密結社・玄洋會が、本格的な真相究明に乗り出さないわけは無かった。


「宗少尉──────お久しぶりです!!」

「ヒロタカ、しばらく見ないうちに、ずいぶん逞しくなったわね!」

「いや、カラダだけですよ、アタマも精神も、それほど成長はしてません」

「ハハン、確かにそうみたいね、アタマはカラダ(空だ)ってか?!」

「まったく、久々に会えたというのに、すぐそれなんだから、もう・・」

「あはは、冗談冗談。無事でいてくれて何よりよ、ホント」

 宏隆がアラスカに来て、もう2年にもなる。自分に厳しい訓練を与え、講義を語り、台湾では命懸けで自分を救出しに来てくれた、そんな実の姉のようなこの女(ひと)を見ると、胸が熱くなって、ハグをする目に自然と涙があふれてくる。

「宗少尉が来てくれるなんて、思いも寄りませんでした」

「北米支局から連絡を受けて、とても心配していたのよ。陳中尉も、任務さえ無ければ飛んで行きたいところだ、と言っていたわ」

「陳中尉は、どちらへ?」

「ロシアよ。広いソビエト連邦の、どこか──────」

「ロシアに・・?」

「そう、近ごろの世界はちょっと、色々ゴタゴタしていてね。でも、それは陳中尉の仕事、私たちはこの任務をきちんと片付けなきゃ」

「宗少尉が来てくれたら百人力です」

「4X4(four-by-four=四輪駆動車)や必要な用具は支局の協力ですでに揃えてあるわ。もちろん武器も十分にあるし、あとはプラン次第ね」

「少し考えておきました。点滴のチューブに繋がれている時間が長かったので」

「私が思うには・・まずヘレンが誘拐される前にヒロタカが何度も危ない目に遭ってきた、という事実があるわね。逐次その報告をもらっていたから、ずっと気になっていたのよ。
 それは今回の事件と関係が無いとは言えないかもしれない。手掛かりがありそうな気もするわ。そして相手はROTCの教官と朝鮮人の学生──────彼らが何の目的でそれを行ったのか、それを解くことから始めたらどうかしら?」

「そうだ、それが一番手っ取り早い。よし、キャンベル曹長とヤンを締め上げましょう」

「オーケイ、Now is the time to act.(善は急げ)よ。今からすぐ行きましょう!」

「なるほど、そう言うのか・・♬ It's Now or Never 〜(今しかない)てのもイイけど」

「エルヴィスか、オー・ソレ・ミオをもとにした歌よね」

「オー、ソレ、ミタコトカ、にならないよう、気を引き締めて行きましょう」

「バカね、相変わらず──────」

「ははは、任務にもノリが必要ですからね」

「・・さあ、行くわよ!」

「Roger(了解)!!」


 拉致されたヘレンの行方を探すのに、先ず日ごろから大いに疑惑のあるキャンベル曹長とヤンを問い詰めようというのは、いかにもこの二人らしいやり方である。

 だが一体、どのようにしてそれを行うのか───────
 詳細を検討したわけでもないのに、二人は北米支局が用意した白い四輪駆動車で、直ちに学生寮のヤンの部屋へと向かった。かつて、その部屋が見える丘の木陰からヘレンと偵察をした時、キャンベル曹長が現れ、危うくライフルで撃たれそうになったことのある、あのヤンの部屋である。

「宗少尉、ヤンは部屋にライフルを隠し持っています、気をつけてくださいよ」

 助手席の宏隆が心配して言う。

「了解。だけど隠している銃を出すには時間がかかるわ。こっちは拳銃がスタンバイよ」

 そう言ってポンポンと、ホルスターを下げた腋の膨らみを叩く。

「冬だと上着を着てるので、こういう物を隠すには便利ですね」

「弾丸(たま)は入ってる?」

「もちろんです、予備のマグ(弾倉)は一本ですが、荷台のケースにはもっと・・」

「使わないことを祈るけど、銃もハサミと同じで使い方次第よね」

「確かに───────しかし、いいクルマだなぁ、コイツは・・V8, 5000cc, 3MT, 205hp, スピードメーターは時速100mile(160km)まで?、実際そんなには出ないだろうな。
それでも身は小さくて力持ち。フォード・ブロンコ・レンジャー、Hurrahhh──── !!」

「ヒロタカは4X4(four-by-four=四輪駆動車)も好きなのね」

「装甲車なんかもイイけど、普段使いで乗るわけには行かないし」

「バカね、何を考えてんだか・・」

 ヘレンが誘拐されたというのに、二人で暢気なことを言っているようにも思えるが、本物の軍人やプロはよく任務に赴くときに冗談を言って笑い合う。任務でなくとも、辛い訓練で新米が音を上げているときに、先輩や上級者が冗談を向けてからかうのも、同じである。

「到着しましたよ。そこを曲がって入るとパーキングエリアがあるから駐めて」

「Copy that.(了解)」

 学生寮は、宏隆のアパートメントからわずか数キロの距離である。

「さて、此処からの手筈は如何に──────?」

「手筈も何もないわ、そいつの部屋を訪ねて、吐かせるだけ」

「やれやれ、物騒だなぁ・・お願いだから大暴れだけはやめてくださいね」

「だいたい、ヒロタカがモタモタしてるのがイケナイのよ。敵が自分を狙ってきたらすぐに報復する。コレ、この世界の常識アルよ!」

「あの、ここは戦場じゃなくて大学の寮ですから、どうかお手柔らかに」

「敵が居るところは何処だって戦場よ、常在戦場(ツネニセンジョウニアリ)って言うでしょ、よーく覚えておきなさい!」

「嗚呼、ダメだ、こりゃ・・・」



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )






  *次回、連載小説「龍の道」 第188回の掲載は、11月15日(火)の予定です

2016年10月29日

練拳Diary #74「武術的な強さとは その18」

               by 玄門太極后嗣・範士   円 山 玄 花



 突然ですが、「武術的な強さ」には、“戦いのセンス” が含まれていると思います。
 なぜなら、鍛えられた逞しい身体があっても、兵法を熟知していても、また素晴らしい武器を所有していても、それらを使える頭がなければ持っている実力を十分に発揮できないからです。その「頭」のところに、「センス」と呼ばれるものもあるのではないでしょうか。
 よく、最新のスマートフォンを持っていても、実際に使っている機能は何分の一か?、などと言うことも聞かれます。同様に、ポルシェに乗っても走れないとか、素適な洋服を買っても1年に1回着るかどうかなど、日常生活を省みても、所有することと使えることはまったく別の話だということが分かります。

 「センス(=sense)」とは、日常でも「洋服のセンスが良い」とか「料理のセンスがある」など、よく聞かれる言葉です。
 改めて辞書を引いてみれば、

 『物事の真意を感じとる心のはたらき。感覚。官能。(広辞典)』

 『物事の微妙な感じ或いは意味を悟るはたらき。感覚。思慮。分別。(広辞苑)』

 『物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き。感覚。また、それが具体的に表現されたもの。判断力。思慮。良識。(大辞泉)』

 ・・と、あります。
 なんとも内側に染み込んでくる言葉で、普段自分がセンスという言葉を用いるときにはもっと軽い意味合いで使っていたかも知れない、と思います。
 特に、センスという言葉に「判断力」という意味が含まれる点に於いて、とても腑に落ちるような感覚を覚えました。

 判断力。物事の真意を感じとる心のはたらき。
 こうして見ると、確かに武術的にも重要であると思えますし、日常的にも、特に他人との関係性の中で重要なポイントになるような気がします。
 考えてみれば、武術とは基本的に自分以外の人間との戦いであり、生き残るため、或いは家族や仲間を守るために命の遣り取りをするわけですから、戦う相手との関係は、ある意味 “究極の人間関係” と言えるのではないでしょうか。

 さて、少し武術から離れて「センス」について想いを巡らせてみると、センスが光っている人というのは、やはり魅力的に感じられます。それは単純に服装や話し方が上品だというだけではなく、それらのセンスが光るだけの裏側の努力がある、つまり、“物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き” から滲み出てきた結果の輝きなのではないでしょうか。
 なぜこのような話をするかと言えば、そのことが当然武術にも関係するからです。
 人間は、何をしていてもその人の人間性が表れているわけで、向かう対象によって色々と使い分けられるような器用な生き物ではありません。洋服のセンスにしても、普段よれよれのジャージをなんとなく着ている人が、一流のフランス料理店に行くときだけはビシッと決まるかと言えば、残念ながらそんなことはないのです。
 よれよれのジャージが悪いのではなく、そこに “微妙な点まで悟る働き” がないことが、たとえアルマーニのスーツに着替えても滲み出てしまう、ということなのです。そしてそこにある考え方が、武術的なセンスに影響しないはずがありません。

 先日、人にセンスが育まれていく光景を目の当たりにする機会がありました。それは、太極武藝館の研究会メンバーを中心とした合唱練習中のことです。
 始まりは、札幌稽古会・佐藤会長の御還暦祝賀会にて、何か本部からも余興をひとつ行いたいということからでした。あれこれと意見が出る中、師父のご提案により「師父作詞作曲による、お祝いの歌の合唱」となったのです。
 お祝いの歌?、合唱??、いやいや、師父の作詞作曲ですって?!・・と、稽古直後に発表された私たちには寝耳に水の話でした。

 我こそは歌声に自信あり、という人がひとりも居なかったためか、第1回目の練習から問題が山ほど出てきました。二部合唱でハモるどころの話ではありません。音が取れない、リズムが取れない、歌声がしゃべり声になっている等々、仕方のないこととはいえ正に音楽の素人集団丸出しの状態だったのです。
 音楽を専門にして来たスタッフによると、師父が作曲された曲はリズムや音の取り方が難しい高度な歌だということで、そんな専門家の意見にちょっぴり救われるも、目の前の課題がなくなるわけではありません。平日の稽古が終わる夜の11時過ぎから、師父が今回の合唱のために購入されたヤマハのシンセサイザーとモニタースピーカーをセッティングし、深夜1時、2時まで歌の稽古です。

 お祝いの歌なのに、きれいな歌声が出ていない。それは腹筋が足りないのか、曲のイメージが取れていないのかと、にわか合唱部のように腹筋のトレーニングをしたり、師父による曲の細かく豊かなイメージを取るためのレクチャーを繰り返すことが続きました。
 参加した誰もが、道場で歌の練習が行われることに何の疑問も持たなかったのは、それが稽古以外の何ものでもないことを、最初から肌で感じていたからだと思います。
 それはたとえば、

 決められた音を出すことは、示された形を即座に真似て取ること。
 同じパートの人と合わせることは、推手で相手と合わせられること。
 複数のパートと合わせてハーモニーにすることは、対練で複数の人に対応できること。

 ・・などが挙げられます。
 歌の練習で生じる問題点は、日頃稽古で指摘されている各自の問題点とそっくりそのまま一致するのです。ひとりだけ大きな歌声でも、音痴だからと声を控えめにしても、どちらにしてもハーモニーにはなりません。
 声質も、ボリュームも、リズム感も異なる人たちと合わせて、さらに指揮者を務める師父と合わせてひとつのものを作り上げるにはどうしたら良いのか。全員で師父の曲のイメージを表現し、会長にお祝いの気持ちを届けるにはどうしたら良いのか。
 繰り返される練習の中で見えてきたことは、自分の持っている目盛りでは粗すぎて到底使い物にならないということでした。それこそ、“物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き” が決定的に欠けていたのです。
 私たちが徹底的に行ったこと。それは、繊細な感覚を育んで目盛りを細かくすることでした。誰かに指示されたわけではなく、自分の必要性としてそれを感じてそこにチューニングしていったのです。

 本番が近づいてきた頃、本番同様に伴奏無しで歌を録音してみました。
 iPhoneで録音されたその歌を聴いたときの感想は、全員一致で「汚い!」という惨憺たる結果で、思わず頭を抱え込んだほどでした。
 札幌まで飛行機で駆けつけてお祝いの歌がコレでは、やらない方がマシかも知れない。そんな気持ちが皆の胸中にあったかも知れません。けれど、ここで諦めたら一体何のために今まで頑張ってきたのか。武術家のプロの端くれとして修練を積んできながら、歌一曲まともに歌い上げられないなら、所詮は太極拳もその程度だと言い聞かせる姿が、そこにはありました。

 参加門人に「ある意味普段の一般クラスの稽古よりキツイ」と言わしめた練習の甲斐あって、時々上手に聞こえるようになってきました。それが、出発までもう日がないという本当にギリギリの時です。結局、合計練習回数は19回行われましたが、全員が毎回出席できたわけではないので、フルメンバーで合わせられたのは僅か数回です。
 実らなければ、育ててきた意味がない。なんとか成功させたい。そんな気持ちで出発当日を迎え、飛行場に集まったときには、全員が厳しい稽古を潜り抜けてきたような、あたかも身体も意識もボロボロの様子だけれど、清々しい気持ちで顔を合わせました。

 そして本番。今までで最高の、全員がベストを出し切った歌声が、会場に響いたのです。
 札幌稽古会の皆様からは、大きな大きな拍手を頂きました。何より、お祝いの歌を贈った佐藤会長に喜んで頂き、感動して頂けたことが、私たちの約1ヶ月にわたる努力の結晶のように感じられました。
 本番直前にホテルの一室で音を合わせたときに全く合わずに冷や汗を掻いたことや、自分たちの余興が終わるまでは食欲どころではなく、お酒や料理もあまり進まなかったことなども、本番で大成功に終わった後では笑い話となりました。

 本当に、良い勉強をさせて頂いたと思います。
 普段の稽古だけでは中々知ることができなかった自分の考え方や問題点を、違う角度から見ることが出来ました。また、それを真っ正面から突きつけられることによって、それをどのようにクリアしていったら良いのか、また、本当に人と合わせることは何であるのか。それらのことを、毎回の練習で衝撃を受けながら学んだ気がします。
 参加者ひとりひとりが、「自分はこのように歌いたい」という主張を持って始まった練習は、時間を掛けてじっくりと、協調と調和のハーモニーへと変化していきました。

 師父は仰います。
 『音を合わせる、ハーモニーを奏でるということは、とても内家拳的である。相手ときっちり合わせることで、相手は何をされているのか分からない状態になる。打たれた気がしないのに打たれている、攻撃されたように思えないのに倒れている。それは相手と合っているからだ。それに対して外家拳とは、相手の音と外すことで攻撃が可能になる、という考え方だと言える』と。
 短期間とはいえ、音楽というものに濃密に係わってきた私たちは、その考え方の違いを身を以て実感しました。

 札幌での祝賀会を終えてまだ数日ですが、少しずつ歌の練習の成果が稽古にも表れているような気がします。それは、技術的なことよりも、意識的、感覚的なものかも知れません。
 “物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き” ───────各自の目盛りは、きっとますます細かくなったに違いありません。

                               (つづく)




 北朝鮮の拉致を許すな!


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