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  太極武藝館のブログ、「Blog Tai-ji(ブログタイジィ)」へようこそ。
  このブログは、太極武藝館の創立15周年を記念して平成21年1月より
  開設されたものです。

  Blog Tai-ji では、普段の稽古の様子はもとより、どのような人がここで学び、
  どのように稽古し、太極拳の学習がどのように日常生活と関わっているのか・・・
  それらを中心に、新鮮で盛り沢山な内容を掲載していきたいと思っています。

  私共にとって初めての試みでもあり、至らぬ点は数多いと思いますが、
  お気づきの点などがございましたら、当方までお知らせいただければ幸いです。

  なお、コメントの書き込みにつきましては、現在のところ、小館門人および
  ゲストの方々のみに限らせて頂いておりますが、コメンターとして参加を
  希望される方は、太極武藝館・事務局までご連絡下さい。

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            太極武藝館オフィシャルブログ「Blog Tai-ji」編集室



2021年01月26日

門人随想「今日も稽古で日が暮れる」その52

   『純粋に』

                    by 太郎冠者
(拳学研究会所属)


 先日、稽古の帰りに、門人の I くんがこう言いました。

「僕にとって、太極拳は生き甲斐です」

 人生で、生き甲斐と断言できることに出会えるのは、素晴らしいことだと思います。それは人生を惰性で過ごし消費してしまうものではなく、人生を通して自分を磨いていくことに使える、素晴らしいものだと思います。

 昨年一年間、道場へ稽古に通う傍ら、ブログ記事「今日も稽古で日が暮れる」を書かせていただきました。
 それらの中でも常々触れさせていただきましたが、太極拳を稽古していく中で大事なことは、師父がどのように考え、行動されているのかを理解し、それに合わせていけるかという点ではないかと感じておりました。

 先日、たまたま見かけた科学ニュース記事の中で、ニューヨーク大学の研究について書かれていました。それによると、授業中の教師と生徒の脳は同期しているそうで、さらに、生徒の脳波が教師の脳波に似ていれば似ているほど、授業の理解度が高いことがわかったそうです。
 情報元の論文を当たったわけではないので、詳細はわからないですが、おそらくその通りなのだろうという気はします。
 自分で稽古をしていて、また他の門人が稽古に取り組む様子を見ていても、まさにその通りと思えることが実際に感じられます。
 示された太極拳の技法ひとつひとつが理解されることで上達するというよりは、その示された技法が、どのような理論・背景によって成り立っているのかを理解することが上達につながるのではないかと思います。
 そこで示されたことがそのまま出来なくても、師父が何を言わんとしているのかがなんとなく分かる…それによってのみ上達できるのではないかと思います。

 師父が常々「考え方が大事だ」と仰ってくださることは、そういう意味も含まれているのではないでしょうか。
 考え方が合っているということは、発想の仕方が同じということであり、考えを生み出す脳も同期した状態であると言えるかと思います。その状態で、武術的な動きをしようとした時、そこから導かれる動きは、それもまた師父の考えと同期した動きになる可能性は高く、それによって太極拳の動きが再現され得る、と繋がっていくのは論理的にもあり得るのではないでしょうか。

 師父に指導して頂いている太極拳は、非常に科学的・論理的で、一見すると神秘的な現象に見えるようなことも、きちんと条件が整えば再現性のある現象であると感じます。
 師父が太極拳を教わる時、「一度しか示してもらえなかった」という話をしてくださいました。それに比べて我々は、何度も技を示して頂き、事細かに説明までしていただき、それでも十分には理解しきれないという体たらくで情けない限りです。
 師父のように、一度示されただけで理解していけるよう、心身ともに研ぎ澄ませていかなければいけないと反省と精進をしております。

 技を教示して頂く際、師父や玄花后嗣に何度も何度も技を掛けていただくという機会が自分にはありました。技を掛けられることは非常に幸運なことで、そうやって体で覚えていくのだと、師父に伺ったことがあります。
 そこでふと思ったのですが、世界的に見ても太極拳の真伝が非常に稀な存在である上に、その技を自分のような一門人が何度も体験させていただくということは、これはもう歴史的に見ても稀な出来事なのではないでしょうか…?
 というのも、最近特に感じるようになったことなのですが、稽古中に対練で崩される時、明確なパターンがそこに存在すると認識できるようになってきたからです。
 体が散々崩され続け技を受け続け、その先にようやく頭の理解が追いついてきたという感覚です。
 それは不可思議な現象ではなくて、ある状態ではこちらの体が特定の反応を示していて、それに対して別の変化が加わるとこちらが対処できないというように、極めて論理的な現象だといえます。

 師父はよく、太極拳を「手品」と例えてお話をしてくださいます。手品・マジックにおいては、それがどれだけ不可思議な現象に見えても、必ずタネがあります。
 ある特定のポイントに人の注意を集めておいて、気づかれない裏で別のことをしている。それがある時、表に出てくると、人々は驚きます。
 マジシャンの腕前、見せるトリックの難易度など、様々な要素があるにせよ、見ている人のミスリーディングを誘うというのは、根本的なネタではないかと思います。

 太極拳においても、それと同じ状態が、相対している中で生じているのだと思います。
 もちろんそれは、格闘技のようなフェイントを仕掛けるという話ではありません。人間の生理現象、反応のもっと深いところで起きている繊細な現象を利用しているのだと感じます。

 さて、もし太極拳がそのような、手品のような人の虚をつく現象を利用しているとして、それを理解するにはどうしたらいいかという話になるかと思います。
 そのために、最初の話に戻りますが、考え方を合わせる、脳を同期させるしかないのではないかと思うのです。
 もし本当に太極拳が手品のように人を驚かす技法と共通点があるとして、ではその手品で人を驚かせるにはどうしたらいいでしょうか。
 そのためには、まず自分が、手品で純粋に驚く必要があるのではないかと思います。

 よく、手品やマジックを披露されている時に、手品の出来ない素人で「看破ってやろう」として見ている人がいます。
 そういう人は、拙い手品なら見破れるでしょうが、プロが本気で仕組んだ手品は絶対に見破ることが出来ません。
 問題はその先で、手品を見破ろうとしてきた人は、実は、手品で驚くということがわからないので、手品のトリックは分かっても、それを使って人を驚かせることができません。
 プロのマジシャンというのは、いくつものトリックを使えるからプロなのではなくて、人が「驚くこと」が分かるから、プロとしてやっていけるのではないでしょうか。
 人が何に驚くかが分かれば、そこから新たな仕掛けを考えることが出来るでしょうけれど、その逆ではないのではないかと思います。

 太極拳の稽古中でも、対練において、看破ってやろう、技を効かないようにしようという態度で挑むと、分かるべきことが分からないと体験として感じます。
 一番上達が早い人は、技を技としてきちんと受けられる人で、手品で言えば素直に、ただ純粋に驚くことが出来る人だと思います。
 自分が驚くことが出来るために、驚くということがどういうことか理解でき、それはつまり人を驚かすこともできるということではないかと思います。

 同じものを見て味わっていても、その人間の見方ひとつで物事は変わってしまうのだと思います。では、そこで何を選択するかで、物事も即座に変わるのだと思います。

 自分が何を選んでいるか自覚的になって、生活まで含めて稽古として取り組んでいきたいと思います。

                             (了)




*次回「今日も稽古で日が暮れる/その53」の掲載は、3月22日(月)の予定です

2021年01月01日

謹 賀 新 年

  明けましておめでとうございます
  本年もどうぞよろしくお願いいたします 



日頃よりブログタイジィをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
昨年は、日本玄門の拝師正式弟子の修行階梯が五つに分けられ、指導内容も各階梯ごとに明示されたとのお報せを師父より頂きました。
それは、私たち一般門人にとっても決して無関係ではなく、むしろ道場で真伝継承の指導を受けらておられる正式な継承者の方々を目の当たりにして、大いに刺激を受けることとなりました。

そのような中、さらに新たに2名の門人が「拝師弟子」として認可され、各々の指導階梯に示される高度な拳理拳学の継承と研究が始められています。
そこには、真正な拳理を一点の曇りもなく純粋に習得せんとする揺るぎない決意と、己が人生を懸けてそれに取り組む覚悟が感じられ、非常に頼もしく感じられると同時に、同じ道の何処かを歩む吾々一般門人も是非その姿勢を見習い、学んでいきたいものであると、心からそう思えました。

私たち「ブログタイジィ」も、昨年に得られた事を十分に活かし、歩々是道場、日々是稽古と心得て、今後益々充実させていきたいと思っております。
本年も「ブログタイジィ」を、どうぞよろしくお願いいたします。


      令和3年  元旦

                  太極武藝館オフィシャルブログ
                  「Blog Tai-ji 編集室」スタッフ一同



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2020年11月22日

門人随想「今日も稽古で日が暮れる」その51

  『わかるかな』

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



「…わかるかな」

 あなたは、それが「わかりますか」?…。師父が我々に何かを話してくださる時、いつも発してくださる問いかけです。

 師父が我々に何か指導してくださるとき、師父はそれが「出来るか」と問うことはありません。
 師父に「わかるかな」と問いかけられたとき、私はいつも自分自身の内側と向き合い、自分が何を感じ考えているか、外側をどのように見ているか、ということと直面することを求められているように思います。

 また稽古中、何かに気づいたとき、それまでに見えなかったものを見たとき、師父は一言、「わかったか」と仰ってくださいます。
 それによって、また自分自身と向き合い、それまでの自分との違い、確かに芽生えた手応えを感じることが出来ます。

 理解することと出来ることには、隔絶の違いがあるのではないかと、自分で稽古をしていても、また、どんどんと理解していく他の門人の取り組み方を見ていても感じます。
 厳密に言えば、理解せずに出来ることはないかと思います。ですが、その時点で要求されている事柄をクリアすることを目標にするのと、何かを理解することを目標にするのでは、大きな違いがあるように思います。

 思い返せば、自分自身を形成するのに非常に大事な幼い頃から、我々は学校で行われる評価のシステムに慣れすぎてしまっているのではないかと思います。
 その中で求められる、「勉強ができる」「良い成績が取れる」ことと、太極拳を「学習していける」「理解できる」ことで稽古していくことは、全く違ったことなのだと、最近は特に強く感じています。

 理解できることは、非常に経験的なことで、体感的、現実的なことなのではないかと思います。
 理解が生じると、頭で「なるほど」と思うだけには収まりきらず、気づいた瞬間には思わず膝を打つような体の動きを伴います。それまで繋がっていなかったことが結びついたかのような、実際的な手触りまで、自分の場合には感じられます。ぼやけていた輪郭がはっきりとした瞬間、確かに自分はそれまでのものとは変わったのだと、体感させられるのです。

 師父はその瞬間を見逃さず、「わかったか」と声をかけてくださります。
 …もしくは、わからずに首を捻る我々に「わかったか?」と問いかけて下さるのです。

 先日も、師父のお話を伺っているとき、「わかるだろうか」という問いかけを聞く度に、自分は嬉しくなってしまっていました。というのも、師父の言動には全て必ず、太極拳の理解につながる要素があると感じているからです。
 その師父からの、「わかるだろうか?」の言葉…。
 それはあたかも、「ここに宝があるのだけど」と示されているかのようにさえ思えるのです。

 学校で誰かに評価され、自分の価値を決められるかのような経験をしてきた我々にとって、わからないことはネガティブな響きを持っており、わからないことは誰かに劣ることであり、自分の居場所さえないのだと言われているかのように感じられる部分もあるのではないでしょうか。
 ですが、師父の「わかるだろうか」という言葉には、そうした後ろ向きなニュアンスは全く含まれていないのではないかと思います。
 「なぜわからないのだ」と我々を責め立てるような意味は微塵もありません。
 わからないのだとしても、その「わからない」自分と向かい合っているだろうか? わからない原因が「わかるだろうか?」 と、いつも自分と向き合うよう、指導してくださっているのだと感じます。

 「わかる」ことと「わからない」こと、こうして書いていると、まるで禅問答のようにも感じられます。
 以前師父が話してくださった、ある禅のマスターの話が強く心に残っています。

 その師匠は、悟りを理解できていない自分の弟子を、ある日、杖で殴りつけて殺してしまいます。
 驚き見開かれた弟子の目が師を捉えた、命を落とすその瞬間、確かに彼は、師の行動を通して何かが「わかった」のだそうです。
 理解、それは一瞬で起き、そして全てを理解した状態で、弟子は命を落とします。
 そして、そうなることもまた、師にはわかっていたのです。

 現代的な解釈で見ようとするには、野蛮に映る話かもしれません。
 ですが、理解する、わかるということはどういうことなのかを、非常に鮮烈に体験させてくれるかのような話ではないでしょうか。

 同時に、わかるためには全てを投げ出す覚悟があるかを、改めて自分に問われる話ではないかと思います。
 その弟子は、悟りを得るために、自分の命さえも投げ出すことを選んだのです。それは師匠の手によってでしたが、これほどまでに強烈で、一瞬で得られる理解、そして命を落とすまでのほんの一瞬の出来事を自ら選んでいたに違いありません。
 そして、その覚悟と行動があったからこそ、師匠と弟子には共通の理解が確かに生じたのではないでしょうか。

 師父の「わかりますか」という問いかけは、極端な話、太極拳がわかるかと問いかけているわけでもないのではないかと思います。
 というのも、先日も稽古で「そんな太極拳みたいな動きはしなくていい」という言葉があったからです。
 太極拳の稽古をしにきているのに…? と、疑問を持つ門人は、おそらくもうその場にはいなかったかと思います。
 むしろその言葉によって、自分の中でどれだけ勝手な太極拳のイメージが出来上がっていたかを、改めて実感したのではないかと思います。少なくとも、自分にとってはそういう経験でした。

 禅のマスターによって命を落とす瞬間、その弟子は何が「わかった」のでしょうか。
 師父は我々に、何が「わかりますか」と尋ねるのでしょうか。

 その問いの妙味、深みを、もっと味わっていきたいと思いました。

                                (了)




*次回「今日も稽古で日が暮れる/その52」の掲載は、2021年1月22日(金)の予定です

2020年09月25日

門人随想「今日も稽古で日が暮れる」その50

  「身につく」ということ

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



 武術において求められるのは、ノートに正しく記述された教えを丸暗記して間違えずに言えることではなくて、実際にその教えによって、体が動けることではないかと思います。
 そのためには、道場で指導していただいたことをただ大切にしまっておくのではなく、それをしっかりと正しく理解し、身につくまで自分で稽古する必要があるかと思います。

 要点だけを抑えて理解した気持ちになる、もしくは、道場で示されていることを聞き、理解したつもりになって実際にはそれが反映されていないということは、普段の稽古をしている中で、気を付けているつもりでも、いくつも出てきてしまうことがあります。

 先日の稽古で、玄花后嗣と自分の他に誰も門人が来ないという珍しい(幸運な!!)日がありました。その為か、師父より「1つだけ教えてあげなさい」と玄花后嗣に指示があったとのことで、特別にひとつだけ見ていただくことが出来ました。

 他の門人の皆さまの反感を買わないように先に言わせていただきますが、そこで教えて頂いたのは、特別な秘伝などでは全くなく、その前の日の一般クラスの稽古でも玄花后嗣が言葉にしており、動きとしても示していただいていたような内容でした。
 唯一違ったのは、それをどのように見て、どのように行うかという、本当に些細な一点だけでした。
 説明をすれば「たったそれだけ」とも感じられるような内容ではないかと思います。しかし、それを意識せずにやるときと、意識してやったときの違いは、自分の体感的にはものすごい違いがあったということだけは言及させていただきます。

 自分=太郎冠者にとって足りないところ、というポイントを絞っていただいたというのも大きかったかと思いますが、これほどまでに違うとは…と、唖然としてしまいました。
 歩くとき、歩法を行うときに捉えたいはずの部分が、少し外れてしまうという自分の問題があったのですが、その些細な捉え方の改善によって、大きな違いが生じました。
 そのことを伝えると、玄花后嗣がにこりと笑いながら、
「お宝はどこにでも転がっている。けど、それと一緒に転がっていてはダメですね」
という師父の言葉をお話してくださり、苦笑いをしてしまいました。

 お宝はどこにでも転がっている…これは本当に嘘ではなくて、道場での稽古の間中、気づいても気づいていなくても、本当に大切な教えはどこにでもあるのではないかと、改めて痛感させられた出来事でした。
 思い返してみると、その日、自分が指導していただいたことは、それまでにも師父や玄花后嗣の動きの中に、しっかりと現れていたことが思い出されます。隠されることなく、それは示していただいていたことだったのです。同様に、それはどのような状態なのかというのも、一般クラスの中でさえ、言葉として示していただいていたのです。ですが、それを正しく結びつけ、理解に至るという部分が足りていなかったのです。
 これは完全に、見ている側の、受け取り側の問題であり、それこそがその修行者…自分の理解の度合いの現れであると言えるのだと思います。

 指導していただいた後、「確かに示していただいていたのに、どうして気づけないんでしょうね」と自分が言うと、
「だから、真伝を正しく理解した指導者が必要なのです」と言っていただき、大いに納得できました。
 ほんの些細な違いで理解がまるで180度も変化してしまうのですから、すごいことでもあり、本当に恐ろしいことでもあると思います。
 わずかな思い込みで生じる理解の不完全さ、ほんの小さなことで、それ以降の伝承が変わってしまう可能性があるのだとしたら、どれだけの精度で勉強をしていかないといけないのかが、それだけで想像ができます。

 師父にずっと言っていただいている、『自分を挟まずに受け取ること』…。
 それこそが本当に大事なことで、そこにあるはずのお宝を、本当にお宝として受け取ることができるか、そうではないかを分ける分岐点になっているのだと思いました。

 この出来事は、自分にとっては教えていただいた内容による自身の変化という点も重要であったものの、何よりも、自分がどのように普段の稽古を見て受け取っているのかを改めて問われるという、大きな出来事であったように感じました。

 自分を挟まずに、教わっていることをどれだけ稽古できているでしょうか。

 稽古中、他の人がどのように稽古をしているかという点にも関心があり、それとなく盗み見たり、何を稽古しているのかをそっとメモしておくということを続けたりしていました。
 最近、メキメキと上達されているAさんなど、僕にとっては本当に大切な盗み見…もとい勉強の対象であるのですが、そのAさんもまた、他の人の様子を僕以上に良く見ており、そして稽古に取り組む姿も、自らが何をしようとしているのか、じっくりと向かい合っている様子が見て取れるように感じます。
 Aさんからは、道場で指導して頂いていることを、余計なことを挟まずに取り組もうとされている様子が見えて、その取り組んでいる様子が自分にとっては本当に勉強になります。
 Aさんと対練で相手をさせていただくと、それまでの稽古で培われてきた動きが、そっくりそのまま現れているのが感じられます。
 何日か経ってまた対練をすると、前にあった動きはそのまま、さらに精度を上げて動きが変わっているのが感じられます。
 これが、稽古が「身につく」ということなのかと、その時に思いました。

 何よりもAさんの身についているのは、勉強の仕方なのではないかと思います。自分を挟まずに、示されていることを見聞きし、それを稽古し、それによって自分の体が動くようになること。そしてまた新たに示されることを勉強していくこと。ごく当たり前のプロセスですが、知っているのと実行できるのでは、隔絶の隔たりがあるかと思います。
 見せていただいているもの、勉強させていただいているものを大切にし、自分はどうなのだろうかと、日々自問する毎日です。

                              (了)



*次回「今日も稽古で日が暮れる/その51」の掲載は、11月22日(日)の予定です

2020年09月17日

円山洋玄師父 特別寄稿(2)

 「弟子であること 〜Disciplehood〜 その2」

                   日本玄門太極宗師  円 山 洋 玄




  「他人よりも優れていることが尊いのではない
     過去の自分よりも優れていることこそが尊いのだ」
                  ───── アーネスト・ヘミングウェイ


 <男らしさ>

 『二つ星の料理人』という、私の好きな映画がある。
 あのクリント・イーストウッド監督の傑作「アメリカンスナイパー」で主役を務めたブラッドリー・クーパーがシェフ姿で演じる、何度見ても飽きない良い映画だ。

 パリで十年間修行に励んで新進気鋭の料理長となり、若くして見事ミシュランの二つ星を獲得した天才料理人が、すっかり舞い上がって天下を取ったような気分になり、調子に乗ってドラッグ三昧で身を持ち崩し、遂には幻覚症状で自分の店にネズミを放って保健所に通報し、全てを無に帰してしまう羽目になった。
 物語は、そんなダメな主人公が、バスの中で自分を回想するところから始まる。
 ルイジアナの港町でバスを降りた彼は、ちっぽけなオイスターバーの裏口でタイムカードを押して狭い厨房に入り、せっせと牡蠣の殻を剥き始める。
 傍らには手帳が置いてあり、中には几帳面に、細かい数字がギッシリと書かれていて、ほとんど数字だけでその手帳は埋めつくされている。

 800,000... 900,000... 996,696... 697... 699.... ...

 彼には、再起をかけて、もう一度やり直そう、という強い決意があった。
 その決意とは、至高の料理の世界に復帰し、自分がシェフとしてまだ成し遂げていない、「三つ星」を獲得すること────

 しかし、彼が起こした行動は、何処かのレストランで雇って貰うことでも無ければ、かつて迷惑をかけた仲間たちに謝罪することでもなく、落ち込んで世を捨て、ホームレスに身をやつす事でもなかった。
 彼がやったことは、唯ひたすらに、牡蠣の殻を剥き続けること。
 それも半端な量ではなく、何と“百万個“の牡蠣の殻を剥くこと───────
 もはや苦行とも言えるその行為を、彼は罰として自分に課していた。

 それをやり遂げるまでは、自分は決して料理人の世界には戻らない。それまでドップリと浸っていたドラッグも、サケも、オンナも、全てをキッパリと絶って、まるで禅の修行僧のように、三年間、来る日もくる日も、自分に課した百万個を達成する日まで、ひたすら牡蠣の殻剥きに専念したのである。
 やってみれば分かるが、牡蠣の殻は十個や二十個剥くのも中々面倒である。それを百個やれと言われたら、素人は唖然とするだろうし、千個だ一万個だと命じられたら逃げ出したくなるに違いない。だから百万個などという数字は、誰が見ても苦行としか言いようのない、とんでもない量だ。
 ここで映画の解説をするつもりはない。キャストも端役まで皆んな適役で、戦場のように厳しく、かつ創造的でデリケートな厨房の世界をよく演じている。
 興味があればぜひ観て頂きたいと思う。


 そして私は、この男の生き様に共感できる。どこか私にも、似たような馬鹿なところがあるからかも知れない。
 彼は散々バカをやらかして輝かしい自分の人生を棒に振ったが、それを取り戻すために、そしてさらに見果てぬ大きな夢を実現するために、とんでもない罰を、自らに課した。
 三年間で百万個の牡蠣を剥くには、一日に九百個以上を捌かなくてはならない。それは普通のシーフードの店の、一日の牡蠣の売り上げを超える量だ。手は傷だらけになり、磯の香りが体に染み込んで、手を洗ってもシャワーを浴びても臭いが落ちなくなる。百万個の牡蠣に埋もれて、もがき苦しむ夢を見てしまいそうだ。

 そして、彼はこれをやった。
 他人から罰せられたのではなく、自分で自分に罰を課したのだ。
 今後の人生をきちんとやり直し、さらに為し得なかった大きな目標に自分を向かわせるために、彼はそれを行ったのである。

 私は、その行為を「男らしい」と思う。
 だが、ふと思った─────────
 そんな事をやってのける正式弟子が、私には何人居るのだろう?
 男っぽい、昔の武士のような、大切なものを護るためには自分の命を懸け、信念のためならいつでも腹を切れるような・・そんな軸を持って、本気で後世への伝承を己のライフワークにできるような者が何人も出て来てくれるのだろうか。

 男らしい、なんて言葉は、もう疾っくの昔に死語になってしまったのかも知れない。
 だが、男が自分の人生を自分らしく歩む為に、男らしい情熱は要らないのか。
 正式弟子になれて、纏絲勁の秘伝を教わって、さて、それでどうするというのだろう?
 最も大切なことは、秘伝の纏絲勁をコレ幸いと教わるコトではなく、それを修得するために、自分がどれほどの情熱をもってそれに関われたのか、そのために自分をどれほど高められたか、ということではないのか。
 すごい物を欲しい、という気持ちは誰にでも有る。けれども、そのスゴいもの自体よりも、それを手に入れるためにどんな苦労も厭わず、精一杯に燃え尽きることができた自分自身の方が、よほどスゴく、尊いものだと、私には思えるのだが。

 そう言えば、この映画の原題は「BURNT」────────
 自分のバカさ加減に身を焦がし、そして、再起をかけた情熱に身を焦がしてゆく男の、美しい物語だ。


 <伝えるべき者>

 どのような伝承であっても、その真正な内容は伝えるべき者に伝えられるべきであり、伝えるべきではない者に、それを伝える事があってはならないのは明らかである。
 ではその「伝えるべき者」とは、どのような人間を指すのか。

 誰もが即座に思い浮かぶように、それは何よりも先ず「信頼できる人間」であるに違いない。だが、ひと口に信頼と言っても余りに漠然としていて、師弟関係に勝手に信頼が生じるわけでもなく、特に真伝の伝承という特殊な状況を想えば、人間性への信頼だけではなく、そこで伝えられる事をトータルに受容できるだけの、ある特別な感性が必要とされるわけであって、武藝修得に必要なそのような感性を併せ持つという事までが確認され、信頼されなくてはならない。
 そして、信頼が生じるには、まずそこに「信用」が存在していなければならない。信用なしには、信頼も生じないからである。
 信用とは、その人の過去の実績や成果への評価をもとに、物理的、実際的に本人の実質を評価する事で得られたものをいう。そしてその信用をもとに、本人の精神性や人間性など、目には見えない、数字にもデータにも表すことの出来ないものが高く評価され、その未来が大いに期待されて、ようやく真の意味での「信頼」となるわけである。

 今年の正月からずっと、拝師弟子たちに多くの課題を出し、長い時間をかけて各自にどの真伝教授のレベルを認可できるかを細かく審査してきたのは、ひとえに真正な伝承者を後世に遺すために、そのような本当の信頼を寄せられる人間を正しく見極めたい、という切実な想いからのことである。
 だが、課題と言ってもそれほど大層なものではない。普段の稽古なども、それ自体が細かな課題の集大成なのだから。そして、それらの課題をきちんとやり遂げることは、弟子として本来当り前のことであるし、それをきちんと熟(こな)すことは勿論大切なことなのだが、むしろそれらをどう捉え、どのように熟して行ったか、その過程に於いて、彼らがそれについてどのように向かい合い、対処したかという、個々の弟子の「在り方」こそが最も重要な事なのであって、そこにこそ、その弟子の本当の人間性や実力が現れてくる。
 ごく当たり前の事を、当たり前にやる事も、非常に重要な課題である。
 稽古が19時の開始なら、その時までには着替えを終え、カバンを整えて、身体をほぐしながら待つ。ギリギリに走ってきて滑り込みセーフ、息を切らしながら慌てて蹲踞の姿勢を取る、なんて事をやると思い切りドヤされ、バーピーを百回やらされる。
 また、礼をする時の姿勢はこう、話を聴く時の姿勢はこう、返答をする時にはこの様に行う。道場通学のバックパックはこの様に整え、研究会門人であれば最低限このような中身を入れ、この様に緩みなく正しく背負う。靴は常にピカピカに手入れをして揃え、靴紐はこのように正しく結ぶ。道場、便所、階段の掃除はこのようにする。月謝はきちんと期日までに納める。メイルが来たらきちんと返信をする・・等々
 こう書き並べると、どれも皆とても容易(たやす)く、当たり前のことに思える。
 ところが、これらを初めからきちんと出来ていた人は殆どいない。簡単な当たり前の事ほど、何故か人はタカを括ってキチンとやろうとしない。やむなく指導者は本人の在り方について厳しく注意を促し、徐々に意識を高めて行くしかない。

 そもそも稽古で同じことを注意され続けたり、同じ誤りを繰り返し、叱られ怒鳴られているような人間は話にならない。
 それは軍隊で言えば 坊主に頭を刈ったばかりの教育訓練中の新兵や、ブートキャンプを卒業したての新米兵士の話であり、軍隊の特殊部隊に匹敵する高度な訓練が行われる玄門の伝承者には、あるレベル以上の人間性と精神性が絶対的に必要とされる。事実、特殊部隊の訓練では、教官に怒鳴られるようなレベルの者は一人も居ないし、それは世界中のどこの部隊でも同じはずである。
 武術的才能がどうの、という話ではない。コツコツと正しい稽古を続けてさえ居れば、武術的なセンスに目覚めてくる者は幾らでも居るが、それ以前に自己管理がきっちりと出来ていて、常に自己の人間性や内省を大切にしている者でなければ、与えられたことを深く理解し、正しく身に付けていく事などは絶対に出来ない。
 だが非常に残念なことに、拝師弟子の中にさえ、与えられた課題を自分なりに解釈して、その範疇で「良い子」にして努力さえしていれば、高度な原理構造を教えてもらえ、理解させて貰えるのだと、本気でそう信じているような者も居る。もしそのような低次元の、自分本位の考え方でそれを掴んで行けるのなら、誰がわざわざ何十年もかけて艱難辛苦の修練に励むだろうか。


 そして、伝承にはさらに、「教外別伝」「不立文字」と呼ばれる、伝えられることの真理を掴む為に、眼には見えず、文字にも表せない、心から心へと伝えられるものを受容できるチカラが必要となる。技藝の体系はもちろん科学的なものであり、よってある程度までは言葉や文字、図などで説明する事も可能となるが、それとは別に、従前の教学体系やドグマなどにも依らない、「以心伝心」で伝えられることが可能となる、師弟間の高度で繊細な関係性が必要となるのである。

 ────『授(じゅ)トハ傳(でん)ナリ、傳トハ覚(かく)ナリ』という言葉がある。
 師から弟子に何かを授け渡す、という事について語られたもので、インドから支那に渡って禅を伝え、かの少林寺を開いたとされる達磨大師の言葉だが、これは一体どういう意味であるのか。

 傳(でん=伝の正字)とは、ニンベンに専(せん)と書く。
 専とは「もっぱら、一筋、独占、専門、専心、専念」などという意味で、これにニンベンが付くのだから、人がそのような状態にあることを表している。
 後半の「傳トハ覚ナリ」というのは、その「傳」が「覚」、すなわち「気付くこと、悟ること、道理を深く知ること」にあることを指している。
 つまり「授け伝えること」とは、その内容に対して一筋に、ひた向きに修行に専念して、それを正しく行った結果、正しい気付きが生じ、その道の何たるかを悟り、道理を知るに到る、という事であり、その過程こそが真の「授=伝え授けること」であると、そのような意味で達磨は語ったのだと思える。
 それでは、その「伝え授けるべき者」を、選ぶ側は一体どのようにして選ぶべきなのだろうか。それを正しく選ばなくては、未来に正統な伝承は遺されて行かない。


 たとえ技法をどれほど綺麗に再現しようと、套路や散手にどれ程の小器用さが観られようと、人間性が貧弱で、傲慢で自己本位な者に、どうして安心して、この類い稀な宝物の未来を託せるだろうか。
 この道の厳しさを知らぬ素人たちから、その技芸や表面的な人柄などをどれほど信頼されようと、そのようなものと、真の伝承者の中身とは何の関係も無い。幾多の武術を渉猟し、度々高名な老師にも就いて学び、どれほど珍しい套路や基本功を習って来ようとも、また、それで得られた功夫が一般の人間に師範として認められるレベルであろうと無かろうと、そんな事は全く、私たちの伝承者として評価の対象にはならない。
 必要なことは、ただひたすら、真正な門に正しく弟子として入門し、「自己という怪物」を相手に、最も苦しい闘いを余儀なくされつつ、それに対して歯を食いしばって自問自答しつつ、不撓不屈に立ち向かいながら、さらなる訓練修行に励む、という状況を師から与えられる環境の中で、それを超えて行くだけの熱意と努力が無ければ、この道の本当の中身は理解できないのである。


後世へと繋いで遺すべき伝承を本気で考えるとき、私はいつも、ある物語を思い出す。
些(いささ)か長くなるが、弟子たちの「考え方」の助けとなるよう、紹介しておきたい。


 ────ある国の王が、自分が引退したときの王位継承者を選ぶために、三人の息子のうちの誰にすれば良いか、とても迷っていた。息子たちは年齢も近く、それぞれが聡明で、とても勇敢だったので、選ぶのに困った王は、国で一番の賢者を呼んで相談をした。
 賢者はしばらく考えていたが、やがてある方法を提案した。
 王はそれを大変気に入り、さっそく三人の息子たちを呼び集めた。
王はまず、幾種類もの花の種が一杯に詰まった大きな袋を三人の息子に与え、おもむろにこう言った。
 『私はこれから数年間、王国の未来を祈念する巡礼の旅に出て王宮を留守にする。お前たち三人は、この袋に入った種を大切にして、旅から帰った時には、この種を無事に私に返さなくてはならない。これは王位を継承するための、私の真の跡継ぎを選ぶためのテストだ。三人のうち、誰が最もこの種を大切に守れるか、それを私は確かめたい。そしてそれを最も適切にできた者を、私は後継者に選ぶことにする────』
 王はそう言い遺して、翌朝から長い巡礼の旅に出た。
 
 長男は、一体どうすれば良いのかと悩みに悩んだが、遂に決心して、その種を袋ごと分厚い金庫に収うとガチャリと鍵をかけた。こうしておけば、父が帰ってきたときに、種は無事に、渡された時のままの形で返すことができる。こんな簡単で良い方法は他に無い。彼はそう信じた。

 次男は、兄がその種を金庫に入れているのを知って、『あんな事をしたら種が死んでしまう』と思った。『父が帰った時には、既にそれはきっと種のミイラになっているだろう。それではもう用を為さない。もっと良い方法があるはずだ。そうだ、これを市場に持って行って売り、お金に換えて取っておき、父が帰ってきたら新しく同じ種を買って、それを返せばいい。これはとても良い考えだ。少なくとも兄の金庫よりは、よっぽど良い考えだぞ!』
彼は市場でその種を売り、幾ばくかの金銭を手に入れて大切に持ち帰った。

 三男は、兄たちのやり方など全く気にも留めずに、早々とある事を思いついた。彼は王宮の庭師に命じて広い庭園を耕やさせ、そこに袋の中のすべての種を躊躇なく播いたのだ。

 数年が経ち、王が巡礼の旅から戻ってきた。
 長男は王に金庫を見せ、自信たっぷりに、『私はここで安全に、大切に保管しました』と言い、取り出して王に渡した。けれどもそれは、すでに異臭を放っていた。王は呆れてこう言った。
 『これはどういう事だ? 種はもう死んでしまっているではないか。私がお前に託した種ではない。生きている種を金庫の中で腐らせてしまうとは! お前の考えはまるで物質主義者のように思える』

 次男は、王が帰ってくると大急ぎで市場に駆けつけ、同じ種を買い求めて王宮に戻り、それを父王に返した。その説明を聞いて王は言った。
 『なるほど、長男よりは少しマシなようだな。だがこれは私が託した種と同じものではない。これは別の種だ。このやり方はまるでマジシャンのやり方のようだ。お前は小賢しい心理学者のように見える』

 三男は、では案内しますから此方に来てくださいと、宮殿の外に王を連れて行った。王は二人の兄たちが後継者として相応しいものではなかったので、三男に従(つ)いて歩きながらも、心は大きな期待と怖れに満ちていた。

 『さあ、どうぞこれをご覧ください────』やがて三男が、目の前に広がる庭園を指差して言った。そこには何千という花々が咲き乱れていた。
『おお、これは見事な!・・だがこの花園がどうしたというのだ?』
王が問うと、三男は言った。
 『これは貴方が私に託した種が花開いたものです。わずか数年の間にそれらは多くの種を生み、ご覧のように、この広い庭園を埋め尽くすほど咲き乱れる、立派な花園となりました。私はここから、あなたに預かった種から生まれた、同じ花を咲かせる、溢れるほどの種をお返しすることが出来ます』
 王は目頭を熱くしながら、たいへん喜び、
 『よくやった。私の種は死んでもいないし、異なる種でもない。同じ種が美しく花開き、さらなる幾千万の同じ種を生んだのだ。息子よ、これが私の望んでいたことだ。お前こそは私の真の後継者になるべき人間に違いない。この国の未来と繁栄は、安心してお前に託すことができるだろう』


 如何だっただろうか。本当の伝承とは、このようなものであると言うことを、その意味するところを弟子たちに分かって貰えれば、これほど嬉しいことはない。

 私達の伝承で言えば、種を金庫に蔵(しま)い込んだ長男の行為は、秘伝書や秘伝の覚え書き、身体構造の仕組みや動き方の秘密を全て書き表わし、映像にも出来る限りまとめて、金庫の奥深くに、パソコンの秘密ファイルに大事に保管するようなものだが、それではまるで、売れ残りの骨董品のように、誰の手にも渡らず、埃にまみれて使われず、取り出して研究もされないままで、決して活きた伝承にはなり得ない。
 それは所有する事だけで既に伝承の務めを成し得ているような、気分だけの、ただの自己満足の錯覚に過ぎない。言わば、拝師式を終えれば天下を取ったような気になり、金バッヂを胸に着ければ一般門人よりも偉いような気分になれる、という類いだろうか。

 託された種を市場で売って金銭に替え、王が戻って来たら似たような種を買い求めるという、まるでマジシャンの様だと形容された次男の方法は、真の伝承の習得が余りにも難しいと判断した弟子が、勝手にそれを解りやすく、遣り易いものにアレンジして作り変え、伝承の本質自体を大きく貶めてしまうような内容となった状況と似ている。凡庸なマインドは、自分のやり易いように物事を作り変え、元の姿かたちの意味を深く味わおうとはしない。そこに見えているものは自我の投影であり、その物事自体の本質ではないのである。

 三男のとった行為は王の心を打った。王から託された護るべきものの意味は、「活きた種の存在、種のいのち」であった。そして、種はそれに相応しい土壌に撒かれることで、初めてそこに命を与えられ、活き活きと生き始めることができる。相応しい土壌が無ければ、種はただのちっぽけな粒子に留まるだけで、他との関わりを絶ってそのままにして居れば、やがて腐敗し塵と消えてしまうのだ。
 三男は、その託された種が、どうすれば永遠に生き続けるのかを知って、保存保管する方法ではなく、それ自体が活きて存在し続けられる方法を取った。
 それは最も正しい方法であり、どのような伝承に於いても同じである。それは、常に活きて在る状態、生き生きとした活力に満ち、たとえ厳しい風雨に晒され、日照りに萎(しお)れることがあっても、常に進歩し、成長し、進化し、昇華し続けている状態になくてはならない。


 <スピード>

 研究会の門人たちに、「スピード」という課題を与えて久しい。
 スピードの課題というのは、何も武術として素早く突けとか動けという意味ではなく、簡単に言えば、身の回りに起こるあらゆる物事に対して「後回し」にせず即刻執り行い、何事に対しても決して「延期をしない」姿勢を貫く、ということである。
 たとえば、5日間の提出期限を与えられた課題は、その目安として、全期間の2割に当たる第1日目に提出内容の約8割に当たるものを目途を付けてカタチにしてしまい、翌日の第2日目には見直しを図って残りの2割を加えながら完成させる。
 もしASAP(出来るだけ早く)の指定が無く、素早く提出する必要が無い場合は、残った3日間の時間をたっぷりと使ってその内容の充実にあてる。急ぎの指示があれば、その2日目の時点で提出をする、というものである。
 言ってしまえばただこれだけのことだが、拳学研究会ではその意味の深さを伝えるために5時間に渡ってわざわざ座学を行ったほどで、話は心理学から一流のビジネス現場の例にまで及んだ。

 小学校の頃、夏休みの宿題をギリギリの8月下旬まで放ったらかしにして、土壇場になって大慌てで、それを夜中まで眠い目を擦りながら頑張ることになり、果ては親や兄弟にまで手伝って貰ってなんとか間に合わせた、などという経験のある人も居られる思う。私にもそんな経験があったが、ある時、父から上記のような方法を諭され、ショックを受けて少し考えを改めた。もし初めからその宿題を「スピードの原理」でやっていれば、何を気に病むこともなく、海へ山へ、有り余る時間をたっぷりと夏の遊びに使えたのにと悔やまれる。
 これを様々な場面で、研究会や正式弟子の者たちに与え、現在では大きな成果を上げつつある。

 「後回しにしたい・延期したい」という想いは誰にでもあるが、それは「今すぐそれをやる」 という事から逃れたいという意思の表れに違いない。
 弟子をよく観察していると、両親や祖父母に期待され、大切に育てられ、甘やかされた者ほどその傾向が強いことがよく判る。或いはまた、たとえ若年から苦労し自立し独立独歩でやって来ている者でも、内面に潜む自我を省みず、きちんと内省をして来なかった者は、やはり同じように自分勝手に延期して憚らない。
 彼らは皆一様に、生じた物事をその場ですぐに完結させる事を極端に嫌う。共通するセリフは「今度やってみます」「改めてじっくり考えてみます」「こんど時間のある時に調べてみます」「今日はもう遅いので明日やります」、果ては「昨夜は殆ど寝ていないので、明日お詫びのご連絡をします」などというものまであって、いやはや本当に驚かされるが、精神に染み込んだ「延期グセ」は、指導する側がどれほど躍起になろうと、そう簡単には修正されて行かない。
 自分は滅多に延期などしない、と他人事のように思い込んでいても、何かあるとすぐに馬脚を現してしまう。つまりヒトは、自分の都合を優先したくなるようなストレスを感じたときには、体の良い言い訳をズラリと並べ、それがたとえ非礼を謝罪するメイルでさえ、平気でそれを「まあ明日でもいいか」と都合よく延期してしまえるのである。

 玄門の正式弟子たちは、様々なメイルの返信も、受信後16時間以内、遅くとも24時間以内と定(き)められているが、やはり速い者は何をやっても速いし、遅い者は何をやっても遅い。日常の仕事の多忙さや環境などは「スピード」にあまり関係がなく、仕事がら時間が最も取れそうもない者があっという間にレスポンスして来たり、反対に時間に余裕のありそうな者が、のらりくらりと一番遅かったりする。

 だいぶ前の話だが、かつて掛川道場で、突きの稽古中にある弟子が彼一人だけ他とテンポが合わず、余りにユックリと突いているので、「それでは遅すぎる、もっと速く突くように」と注意をしたところ、「これ以上は速く突けません。これ以上速く突いたら太極拳になりませんから」と真顔で答えられたことがある。
 私はちょっと驚いて、「もし自分で ”太極拳の速さ” を決められるのなら、すぐにでも一流一派を開ける事だろう。それが間違いだと思えるなら、先ずはきちんと指導に従いなさい」と諭した。
 勿論、これは単純な「突きの速度」のことなどではなく、身体構造が導くところの正しい速さという意味だが、いずれにせよ本人の根底には「自分のルールで速さを決めても良い」という手前勝手な考え方が確立されているのが明らかだった。その元になっている原因が何処にあるにせよ、彼は十数年を経た現在もなお、未だにその「自分の問題」に正面からきちんと向かい合えず、それを解決できないまま、注意や処罰を与えられ続けている。


 <明日の命は兎にも角にも>

 「後回しにする事」については、有名な逸話がある。

 千利休の孫である宗旦(そうたん)が三男の宗左(そうさ・現在の表千家不審庵の始祖)に家督を譲って隠居する際、新しく工夫を凝らした一畳台目(いちじょうだいめ/わずか一畳と四分の三畳の広さ)の詫びた茶室を作ったが、その庵の名前を付けて貰おうと、宗旦の禅の師である、大徳寺の高僧、清巌宗渭(せいがん・そうい)を招いて待っていた。
 ところが、清巌は何かの都合で約束の時間を過ぎても全く来る気配がない。そうしているうちに宗旦にも別の急用ができてしまい、仕方なく弟子に「もし清巌和尚が来られたら、明日もう一度来て頂くようお願い申し上げてくれ」と言い遺して外出をした。
 やがて暫くしてやってきた清巌和尚は、弟子から言づてを聞くと、完成したばかりの茶室に入って、腰張り(茶を点てる亭主の後ろの壁の下部に張られた紙)に、
「懈怠比丘不期明日(けだいのびく、みょうにちをごせず/私は怠け者の坊主だから明日の事などわからない)」とサラサラと書き遺し、帰って行った。
 帰宅してこれを見た宗旦は非常に驚き、すぐにその足で大徳寺の清巌のもとに走り、丁寧に非礼を詫び、その場で『今日今日と云いてその日を暮らしぬる、明日の命はとにもかくにも』という歌を詠んで、明日の命も分からぬ人生であるというのに、大切な今日を疎かにしていた自分は誠に愚かでした、と心から反省をして師に詫びた。そして、その教訓を無駄にせぬよう、新しい茶室の名前は「今日庵(こんにちあん)」と名付けられた。
 その茶室こそは、現在でも京都小川通りに存在する裏千家の「今日庵」であり、裏千家自体の正式な呼び名にもなっている。


 延期することについては、もうひとつ有名なエピソードがある。

 ある日、ギリシャの哲学者ディオゲネスが河原の砂の上に寝転んで、気持ちよく日光浴をしていた。そこにかのアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)がやってきた。彼はさらに世界を征服するためにインドに向かう途中だったが、ソクラテスの孫弟子に当たる、ディオゲネスという高名な賢者の噂を聞いて、ひとつ会ってみてやろうと思い、立ち寄ったのである。

 ディオゲネスは数々の奇行で知られ、まるで犬のように酒樽を家代わりにして住み、裸で毎日を過ごしていた。人々は彼を「犬のディオゲネス」と呼んだ。
 ハンバーガーも屋台のホットドッグも無い古代ギリシアで、ある日、ディオゲネスが広場の真ん中で食い物を手にムシャムシャ食べていると、人々が珍しそうに集まってきて、『見ろよ、こんな所で食事をしているぞ、やっぱりアイツは噂どおり狂っているな、まるで犬のようだ!』と言って、嘲笑って騒いだ。
 ディオゲネスは笑って、『なにを言う、人間がメシを喰っている所に群がって、ヤイノヤイノと吠え立てている自分たちこそ、まるでイヌのようだとは思わないのか?』群衆はそれを聞くと、口をつぐんでそそくさと退散して行った。
 ディオゲネスの言動はユーモアに溢れながらも、無意識的で凡俗な人間の営みを辛辣に批判して覚醒を促すものが多く、その生き様はどこか、「風狂」で知られたかの一休禅師と共通したものが感じられる。

 さて、そのディオゲネスを初めて間近に見たアレキサンダーは、世間一般の評判とは全く違う、見るからに閑かで穏やかで純粋な、何事にも囚われずに、ありのままに生きている美しい姿に強く心を打たれ、畏怖の念にかられてこう言った。

 『サー(Sir)・・』

 そもそも、アレキサンダーのような人間は普通、滅多な事で人を「サー」などと尊称で呼ばない。生まれも育ちも文句なしの超一流、16歳までアリストテレスから直接学問を学び、20歳で王位を継承、30歳迄にギリシャから北アフリカ、インド北西部に至る東方遠征で大帝国を築き上げ、いずれの戦いも負け知らずの、今や世界を征服しつつある、名実ともに大王と呼ばれるこの男が、いったい誰をサーと呼ぶ必要があるだろうか。

 しかし、この時ばかりは心からそう呼ばざるを得なかった。この酒樽に住む乞食のような裸の男は、大王であり勇猛な征服者である自分とは、明らかに種類や次元の全く異なった、とんでもなく崇高な輝きを有り余るほど持っている、と直感したのだ。

 『サー、たった今、私は貴方の存在に、その途方もない閑けさと巨きさに心から感銘を受けました。どんな事でも結構です、私は貴方のために、何かできる事をして差し上げたい。何なりとお望みのことを仰ってください。私は大王です、私に出来ない事は何ひとつありません』

 すると、ディオゲネスは寝転んだまま、ニコリと微笑んでこう答えた。
 『ほう、そうか。それじゃ済まないが、もう少しどっちかに移動してくれんか? お前さんがそこに立っていると、せっかくの日光を遮ってしまうんだ』

 アレキサンダー大王は、心の底から驚いた。
 なんという男だろう、自分は小さな国のひとつやふたつ、立派な宮殿を付けて、喜んで与えてやれるというのに、この男は私が日光浴の邪魔をしているから、光を遮っているから、ちょっと退(ど)いてくれないかと言う、それが世界を征服しつつある大王への、唯一の望みだと言うのか?!

 アレキサンダーは感動して、あらためて言った。
 『もし神が私に別の生を与えてくれたなら、アレキサンダーではなく、ディオゲネスになりたいと、今は心からそう思います』

 ディオゲネスは笑ってこう答えた。
 『だったらお前さんも、裸になって日向ぼっこすれば良い。実に簡単な事だ。たった今、ただそうするだけで、お前さんはディオゲネスになれる』

 アレキサンダーは少し深刻そうな顔をしてこう言った。
 『けれども私は、これから世界を征服しに行かなくてはなりません。ですから無事にそれを成し終えて帰国したら、そのとき改めて貴方のような豊かな人生を送ることにします』

 『ははは、私は別に世界を征服などしなくとも、すでにもう豊かな人生を楽しんでいるがね。お前さんは世界が手に入らないとそれが出来ないらしい。それは実に幼稚で馬鹿げたことだ。それに・・』
 ディオゲネスは、ちょっと眉をしかめて言った。
 『それに、お前さんにはきっと、こんな人生は手に入らない』

 『どうしてですか?』と、アレキサンダー。

 『たった今、お前さんの望みがここにあって、しかもそれがすぐに手に入るというのに、お前さんは、世界を征服してからでないとそれが出来ないという。あははは、そんな事はいつまで経ってもやって来ない』

『それは、どうしてでしょうか?』

『分からないかね? 延期してしまった物事は常に、その時、その場で、終わってしまうからだ。延期してしまった物事の中には、もうすでに初めの情熱や内容は存在しない。この世のすべての存在は、“今ここ“だけの、その瞬間、その瞬間だけを生きている。過去も未来も無い、“今ここ“しか無いのだ。そして、それは紛れもない事実だ。だから、今ここでそれを選び、すぐに実行しないのなら、それは二度とやってこない。お前さんは決してディオゲネスにはなれない────』

 しかし、アレキサンダーはその言葉を噛みしめながらも、翌朝、東方へと遠征の旅に発った。そしてディオゲネスの言葉どおり、アレキサンダーはその遠征の途中、メソポタミアのバビロンで原因不明の熱病に冒され、再び自らの大帝国の土を踏むことはなかった。
 因みに、この二人が出会ったエピソードは世界中に語り継がれ、その場面が多くの絵画にも描かれている。また、ラファエロの大作『アテナイの学堂』をはじめ、多くの著名な画家がディオゲネスの生き様を題材にした作品を描き遺している。


 <できる人と、できない人>

 長年指導に携わっていると、面白いことに気づく。それは、「できる人」というのは、最初から「できていくこと」をやっていて、それゆえに段々と出来て行くのだが、「できない人」というのは始めから「できていかないこと」をやり続けているので、いつまで経っても出来ないままで居る、という単純な事実である。
 そこには能力や経験の差などは殆ど感じられない。言ってみれば、目の前の一本の道が二股に分かれていて、片方は「できる道」、もう片方は「できない道」と書かれており、できる人は「できる道」の方を選んだので、どんどん出来てゆく。    
 そして、できない人はなぜか、わざわざ出来ない方の道を選んで歩いて行くので、いつまで経っても何も出来てはゆかない、というわけだ。
 つまりこれは、単なる「選択の問題」なのだと言える。

 では、できる人というのは、なぜそこで「できる方の道」を選んだのか?
 大勢の弟子たちに幾度となく確認をしてきたが、彼らは皆一様に「そうすればできると教えられたからです」とサラリと答える。そして反対に、できない人に同じことを聞いてみると「こうすればできると思えたからです」と答える。
 たったひと言の違いだが、その違いは大きい。
 つまり、できる人というのは、「これをやって行けばできる」と提示された、課題としてやるべき事をごく普通に守ろうとするから出来て行くのであり、反対に、できない人というのは、そもそも示されたことをやるべき課題として尊重せず、「こうすればできると思える事」を自分のイメージで勝手に創り上げて変えてしまい、さらにそれに対して、マイペースで独りよがりの努力をして行くのである。

 稽古では、ひとつの課題を熟(こな)すために、「このような考え方で、このように身体を使って、このように動けるようにしなさい」と示され、さらにそこで必要となる様々な要因を詳しく解きながら指導される。
 「できる人」は、それをその通りにやろうとしつつ、自分のアタマとカラダを調整して修正を続けながら、指示されたとおりの状態に近づけて行こうとするのだが、「できない人」は、まずそれを自分のイメージでやりたいように遣りながら、「もっとこうした方がやり易い、こんな風にやっても出来るはずだ、この方が速いし威力もある、当てられはしても、こんなパンチでは効かない、自分を倒せない相手は自分以上の実力ではない」などと、どんどん自分なりにアレンジや屁理屈を重ねて行き、その結果、提示された状態とは大きくかけ離れて行く。
 やりたいようにやるのは単なるワガママであり、勝手なアレンジは傲慢さなのだから、そもそもそんな人間にマトモなことが出来るわけがない。たかがメイルの返事ひとつまともに出せない人間に、高度な真伝の内容が取れるわけがないではないか。

 稽古は「課題」の集大成である、と先にに書いた。
 課題というのは「何かを学ぶための方法」として弟子に与えられるわけだが、やはりそれらの課題を尊重してきちんと熟そうとしない者は、どれほど分かり易い課題を与えても、たとえ「ブログ記事のコメントをいつまでに書きなさい」とか「メイルは素早く返信をしなさい」という単純な課題を与えられても、そこからその「何か」を学ぶという事がなかなか起こってこない。
 「できない人」に共通する大きな特徴は、努力や熱意の欠如ではなく、「自己を修正すること」を嫌い、またそれが何よりも苦手である、ということだ。
 彼らは「こうすれば理解できる」と明示された事をコツコツと丁寧にやりたがらない。あくまでも自分の解釈、自分のペース、独りよがりで、自分なりにしかやろうとしない。自分が最もラクな、安心できる精神状態で居られるところを絶対に外さないのだ。
 世の中にはそんな状態で修得できる「マトモなこと」は何ひとつ無いのだが。

 「誰もが容易には出来ないこと」を敢えてやらせてみると、その傾向はすぐに判明する。
 例えばアイススケート、ヨット、カヌー、クルマでサーキットを走る、等々。
 それらにはすべて厳しい「習得のためのルール」があり、それをキチンと守らなければ絶対に正しいカタチにはなって行かない。要領よく部分的なコツを掴んで出来たような気になっていても、結局ひどい目に遭うのは必至だ。
 生まれて初めて立ったスケートリンクで、いきなり颯爽と滑れる人は居ないし、ヨットやカヌーを勝手な思い込みで操作しても、思うように前に進んではくれない。スケートでは立つことさえおぼつかず、歩けば転ぶし、ヨットは巧く風を掴んで走らず、すぐに転覆する。
 カヌーはガムシャラにパドルを漕いでも進まず、濡れ鼠になって大笑いされる。サーキットでは、結構速いと思っているのは自分だけで、趣味で週末に走りに来る、ごく普通のサラリーマンにアッという間に追い抜かされてしまう。独りよがりの「峠のセナ」たちは、コツコツと基本を学び、活かし、日々努力研究を怠らない人には決して太刀打ちできないのである。
 もしそれがパラシュート降下だったら、日ごろ自分勝手な人は一体どうするのだろうか? 流石にそれを独りヨガリで強引にやる人を私は見たことがない。但し、大きな口を叩いておいて、いざ飛び降りるという時に、尻込みしてどうしても飛び出せず、結局飛行機に残ったヤツは何人か居たが。

 私たちの道場でも、同じことを目の当たりにする事ができる。
 かれこれ二十年近く遠方から通って稽古して来た S や、格闘技でそれなりの成績も収め、この道場の技藝に感動して長年稽古してきた M が、なぜか真伝に関わる原理構造を本格的に教え始めた途端、一向に進歩が見られなくなり、競技武術のような単純な動きに留まり、足は重く、身体は固く、秘伝の構造は使えず、基本も歩法もロクに出来なくなってしまった。
 それとは反対に、見た目にも体が虚弱そうで、武術とは全く縁がなかった A は、拳学研究会に席を置いた途端に、高度なシステムをどんどん理解し吸収し始め、ほんのわずかな期間で、先の二人に比べて、習得できる内容レベルが二段階も三段階も違ってきてしまい、真伝の構造さえ見え始めている、という現象が起こっている。まるでウサギとカメの物語そのものである。

 では、進境の著しい A は、S や M とは何が違っているのだろうか?
 先ずは何よりも、物事に対する「考え方」が違っているのが明らかに分かる。
 稽古では必ず「考え方を変えなさい」と門人たちに口を酸っぱくして教え続けてきたが、A はそれを大切にしてきちんと実践している。
 例えば「課題」という物事が生じた時に、S や M はそのモノゴトを「一体コレをどうすれば良いのか」と、まるでカタキでも相手にするように考えてしまうのに対し、A は常に「これはどうなっているのだろう?」という興味から始まっている。

 「ロープワーク」のような課題を与えてみると、それがとてもよく分かる。降下訓練に用いる支点の結び方や、激流で自分が救助される場合にロープを体に巻きつける方法、何にでも使えるフィギュアエイト、もやい結びなど、基本のロープワークをあれこれ教えてみると、S や M はこちらが示した「やり方」を、始めからあまり丁寧に見ようとはせず、「大体こんな感じかな」と言わんばかりに、勝手にいろいろやり始めたがる。
 当然それでは出来ないので、いつまでも悪戦苦闘するわけだが、それでもなお、示されている事をじっくり正しく見て取ろうとはしない。そして間違えると、まるで自分の誤りを黒板消しで一気に消してしまうように、あっという間にロープを解いてしまい、またイチからやり直したがる。
 かたや A は、始めから、こちらが示範している事をイメージしながら、落ち着いてじっくりと観ている。ロープの元と先端は常にどこにあるのか、どちらの手で元を掴み、どちらの手をどのように動かしてそのカタチに持って行くのか、それらの注意事項を大切にし、ロープの有り様をつぶさに観察して、間違えたらその場で手を止めて、どこで間違えたか、なぜ間違えたのか、自分に対してそれらが明確になるようにフィードバックしながら、どうすれば正しく結べるのかをじっくりと丁寧に考えようとしている。

 これは散手をやらせても全く同じことで、S や M はいくら注意を与えても、まるで試合や勝負のように、相手に「当てられたくない」こと、「当てたい」「崩したい」ことを止められず、本来の構造を無視して雑に動いてしまう。相手に「やられないこと」を前提に、散手の技術を取ろうとしたがる訳である。
 一方 A は、それとは反対に、自分が当てられたり、崩されたりすることなど全くお構い無しに、武術的な構造の在りかや、その高度な動きを取ろうとして、ただひたすら柔らかく、基本に忠実に「どう動けるか」「どう取れるか」という事を自分の稽古にして楽しんでいる。自分がどの様な時に動けて、どの様な時にやられてしまうのか、じっくり自分を観察して、修正を重ねて行こうとしているのだ。ここで出てくる差は、とても大きい。

 「できない人」は「自己修正」の習慣がなく、あまりそれを必要とした事がない人、つまり、大人になっても子供染みたワガママが通用してきたり、傲慢さを押し通せてしまってきた人が多い。
 物事を深く理解し修得するには、自己を玉葱のようにひと皮ずつ剥いていく作業が必要となる。ブッダ釈尊は、それを「ネティ、ネティ(否定、否定)」と表現した。自我という“夢“の中で彷徨う自己を否定し、また否定し、さらに否定することを延々と繰り返しながら、モノゴトの核心へと一歩一歩近づいて行くのである。
 これを「ネガティブ・フィードバック」と呼ぶ。
 私たちは普段の稽古でも、ごく普通にそれを指導するが、「修行=自己成長の為に、敢えて自我にとって厳しい環境に身を置き、その方法を受容して修める」という概念が特別なものとして捉えられてしまいがちなこの一般社会では、あまり良い言葉としては受け容れられていない。相手のプライドを頭から否定するような上司のオヤジは、平凡で生っチョロいモヤシ社員には大いにウケが悪いのだろう。そしてワガママで傲慢でプライドの高い人間は、この自己否定フィードバックのシステムを、とても嫌うのである。


 <自尊心と、プライドと>

 日本人は「自尊心」と「プライド」の意味を、明確に分けて使うのが苦手なようだ。どこかでゴッチャになったり、意味の違いを分からないまま、何となく適当に使っていたりしてしまっているように思える。
 確かに、国語辞典を見ても、その二つの言葉の意味が明確に分かれているわけではなく、ほぼ同じ意味として扱われているが、心理学の分野では意味を明確に分けて使われている。

 英語では自尊心は「Self-esteem(自己尊重=自尊感情)」と呼ぶが、自分の存在自体の価値を大切にし、自己への信頼をもとに、自分の長所も短所も両方受け容れ、何事も失敗を気にせず挑戦していける、自分の人格を大切にする肯定的な感情で、本当の「自信」が養われていく精神の状態をいう。
 一方「Pride」は、日本語で言うところの「プライド」と同じく、傲慢、自惚れ、驕りなどという意味で、自尊心の本質が「自信」に基づいているのに対し、プライドは、自己不信の「劣等感」に由来しており、他の人と比較して、他を否定することで自分の方が上だと思い込み、他人より優位に立つことによって自己の人格を確保する。反対に自分が他人より下だと思い込みたがる場合もある。
 また、基本的に自分の欠点を許容できず、常に無意識的にも自分を責めているので、失敗を怖れて防衛的になり、保守的になってどんどん守りを堅くする。
 いわゆる「プライドの高さ」というのは、その人の自信の無さの裏返しであり、自信のなさを他人に隠すための、相手にナメられたくない、自分を大きく見せたい、という自己防衛の感情なのである。それは自己否定や自己嫌悪の裏返しでもある。

 本物の「自尊心」を持つ人は傲慢さとは無縁である。アイデンティティが確立されている人は他人に認められたい為に自分を大きく見せる必要がないので、自己の存在を大切に出来るように、他者や物事も大切にできる。自分は自分以上でも自分以下でもない、その自覚があるから、自然体で全てを学んで行こうとする事ができる。そこには先に定義したプライドが入り込んでくる余地はない。
 「戦友」が、肉親よりも絆が深いと言われるのは、同じ釜の飯を喰いながら、共に厳しい訓練を乗り越えた兵士の一人一人が、最終目的を「戦地」という非日常の場に出て行って、愛する人、愛する民族同朋、愛する国家を命を懸けて護ることに置いているからであって、そこにはそもそも、安っぽいプライドなど存在する余地が無い。
 訓練を積んで死さえ覚悟した兵士たちは、自分の存在とその尊さを認識するのに他者を介する必要がない。「自己の存在の原点」から訓練が始められ、散々自分を見つめざるを得ない状況を体験し、否応なしに自分を見つめることのできる状態、第三者として観照できる状態がとても起こり易いのである。

 自尊心に基づく精神状態は、自己が発展途上であることを受け容れ、完璧ではない自分を許容することができるので、他者にも完璧性を求めたりせず、むしろ欠点のある他者を広い心で受け容れることができる。部下が少々ミスをしたからと言って、すぐに大声で感情的になって怒鳴り散らすような上司や上官は、自尊心がまだ成長しておらず、プライドに浸っている幼稚な精神状態だと言える。
 プライドに基づく精神状態の人は、元々が自分に短所欠点があることに強い劣等感、コンプレックスを感じており、自分の欠点を受け容れられず、その状態の自分を許せていないので、他者から自分の欠点を指摘されると極端に焦りや怖れ、怒りを感じてしまう。完璧ではない自分、何かに対して通用しない自分が許せず、不安で落ちつかず、欠点を隠そうとするために傲慢になる。
 また、自分の欠点に敏感であると同じように他者の欠点にも敏感で、他人にも極端に完璧性を求め、相手の些細なミスを許せず、基準の枠に当て嵌めて矯正しようとする。

 上述したような自尊心に基づく精神性で自分が物事に向かっているか、それともプライドに基づいて処理しようとしているか、まずはそれを自己に問いかけてみると良い。
 傲慢さのボリュームの大きさを自己の成長だと思ったり、それが他人よりも秀でている事と錯覚できたりするのは、弟子としては全く失格である。      
 本物の自尊心を養って行くようにできれば、それまですぐ側にあっても見えなかった、より多くのことが学べるようになり、自分の問題が明確になり、それに対しても真っ直ぐに立ち向かって行けるようになる。

 大切なことは、甘えないこと。自分自身を甘やかさないことだ。
 生き生きと、晴れ晴れと、堂々と物事に立ち向かって行きながら、そこで起こることをきちんと受容する。受容性こそは成長の鍵であり、自らに七難八苦を与え、仇敵のように己を否定し、自己を鍛えてくれるものこそ、何かを極めようとする修行者にとっては己の宝とすべきものなのである。


 < 風 >

 「徒長(とちょう)」という言葉がある。
 農業従事者とまで行かなくとも、家庭菜園を作っている人なら知っているかもしれない。
 早い話が、カイワレ大根やブロッコリースプラウトなど、日頃のサラダやおかずのトッピングでお馴染みの、あのヒョロ長いヤツ、そのヒョロ長く伸びてしまった状態を「徒長」という。つまり、文字通り「徒(いたず)らに長くなったもの」という意味だ。

 では、何が徒らに長いのかというと、本来あるべき茎の長さが違っている。
 ブロッコリーであれば、小さな種から出て来た双葉の芽が1センチほど伸びて、そこからあのブロッコリー独自の形がムクムクと大きくなってくるのが正しいのだが、徒長というのは、茎だけが徒らにグングン伸びてしまった状態で、もうそうなると、決してブロッコリーのカタチに実を結ぶことはない。
 要するにスプラウトというのは、その本来の種子から生じた野菜の姿カタチには絶対に成長することのない、徒長してしまった “出来損ない“ の野菜なのである。

 勿論、私たちの知る市販のスプラウトとは、穀類、豆類、野菜の種子を人為的に発芽させて、“徒らに“ではなく、敢えて茎を長く伸ばし、発芽した芽と茎をサラダや飾りにして食用するための洒落た商品として開発されたものだが、面白いのは、たとえば普通にブロッコリーを作ろうとする時になぜ徒長してしまうのか、どうすれば徒長せずに正しく実を結ぶことができるのか、という事である。

 当たり前のことだが、作物は発芽に適した温度、日光、水の加減、根の付近の水分の状態(乾く時がないとしっかりと根を張らない)、それらの条件がうまく揃わないと、きちんと実を結ばない。
 そしてもう一つ、そこでとても重要になるポイントは「風」であるという。
 信州大学で作物の発芽育成を研究している或る教授は、風はすなわち“振動“であり、その作物が風の抵抗に負けず、しっかり根を張ろうとする為には、その揺さぶられる振動が不可欠の条件であると断言する。風によって起こされる上下左右への不本意な、ランダムな振動という、作物にとっての大きなプレッシャーが無ければ、茎を短く太くしようとする、葉を立派に広げて張ろうとする、しっかり根を下ろして張ろうとする、という作物本来のチカラが非常に弱くなってしまうというのだ。
 病気にも強い、立派な作物が誕生するためには、呆れるほどちっぽけな一粒の種から出てきた、ほんの数ミリの茎でけなげに立っている芽を、可愛がるのではなく、反対に、敢えてそれ自体が倒れてしまうと思えるような「風」を当ててやることで、負けるものかと強い根を張り、立派な太い茎を形成するようになる、と言うのである。

 ヒトの世でも「風当たりが強い」「逆風に晒される」などという言葉があるが、あんなちっぽけなブロッコリーの芽ひとつでさえ、風に晒されず、揺さぶられず、甘やかされたものは、本来あるべきブロッコリーとしてはマトモに実を結ばず、ヒョロヒョロと、日陰のモヤシのような細い一本のスプラウトになってしまうしかない、というところが非常に興味深い。
 この宇宙では、少なくともこの惑星では、ありとあらゆる生命は皆、そのようにして、逆境に晒されてこそ、初めてあたり前に、その存在に与えられた有り様のままに、立派に育って行く事ができる、という法則があるのだと思える。

 では、徒長してしまったら、どうすればよいのか?
 まともな稽古が出来なくなった、もう決して実を結ぶこともない「徒長ブロッコリー」の正式弟子は、歌を忘れたカナリヤのように、後ろの山に捨てるか、背戸の小籔に埋(い)けるか、柳の鞭で打(ぶ)てば良いのか・・いやいや、この不気味な歌はあまりに古いか。


 ────────やるべきことはひとつ。
 もういちど、己という種を大地に撒き、正しく発芽させ、成長させるのである。
 道場とはそれを行うところであり、日に新たに、日々に新たに、また日に新たに、毎瞬毎瞬、油断なく、自分を誤魔化すことなく、正しく向かい合い、繰り返してそれをやって行くのである。
 誰のためでもない、自分自身のために、自分の存在を大切にして成長させるために、それをやるのだ。その結果、そこで得られた精神の基盤によって、このような優れた武術が身につけられるようになり、それをひた向きに追求する事によってさらに大きな自己成長が起こる。
 その「道」を往けば、道自体が「それ」を与えてくれるが、自分のやりたいように勝手に道を外れてしまっていては何も起こらない。
 冒頭のヘミングウエイの言葉のように、他人と比較してではなく、過去の自分と決別し、自己の問題に晴れ晴れと立ち向かって、自己成長を遂げた者こそが、ヒトとして尊いのである。稽古修練、修行とは、正に自分との闘いなのだ。

 その闘うべき「自己」から目を背け、教えて貰えることの安心や、表面的な技巧を身に付ける事ばかりを追いかけていれば、やがて惨めな状態がやってくる。自分自身の問題から逃げずに、晴れ晴れと立ち向かって成長の基盤を養い、この深遠な武藝の道を邁進して頂きたいと思う。
 特に正式弟子諸君は、既にそれを義務として持っているのだから、呑気なことは言っていられない。真伝の修得は大いなる自己成長なしには有り得ず、ましてそれを伝承する事ともなれば、生半可な自分自身への向かい方では絶対に為し得ることなど出来ない。その事を肝に銘じて、あらためて己に厳しく、なお一層の稽古修練に励んでいただきたいと心から願うものである。

                                  (了)

noriko630 at 04:44コメント(15) この記事をクリップ!
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