Welcome to Blog Tai-ji



  太極武藝館のブログ、「Blog Tai-ji(ブログタイジィ)」へようこそ。
  このブログは、太極武藝館の創立15周年を記念して平成21年1月より
  開設されたものです。

  Blog Tai-ji では、普段の稽古の様子はもとより、どのような人がここで学び、
  どのように稽古し、太極拳の学習がどのように日常生活と関わっているのか・・・
  それらを中心に、新鮮で盛り沢山な内容を掲載していきたいと思っています。

  私共にとって初めての試みでもあり、至らぬ点は数多いと思いますが、
  お気づきの点などがございましたら、当方までお知らせいただければ幸いです。

  なお、コメントの書き込みにつきましては、現在のところ、小館門人および
  ゲストの方々のみに限らせて頂いておりますが、コメンターとして参加を
  希望される方は、太極武藝館・事務局までご連絡下さい。

  また、当ブログを快適にご覧いただくために、
  ウェブ・ブラウザは「Safari」または「Firefox」をお勧めいたします。



            太極武藝館オフィシャルブログ「Blog Tai-ji」編集室



2017年09月01日

連載小説「龍の道」掲載遅延のお詫び

日頃より「龍の道」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。

本年の春ごろより私事による多忙が続き、
中々ブログの掲載予定日に原稿をアップすることが叶わず、
たいへん心苦しく思っております。

前回と同様、本日予定された掲載も行う事が出来なくなってしまいましたが、
来月には何とか「龍の道・第200回」を掲載できるよう精一杯努力いたしますので、
今暫くのご寛容を頂きますよう、お願い申し上げます。


                     春日 敬之 拝

taka_kasuga at 19:36コメント(0) この記事をクリップ!

2017年08月01日

連載小説「龍の道」掲載延期のお知らせ

日頃より「龍の道」をご愛読いただき、ありがとうございます。

本日、8月1日(火)掲載予定の「龍の道・第200回」は、
著者が引き続き大変多忙のため、残念ながら掲載を延期させていただきます。

愛読者の皆さまには誠に申し訳ありませんが、
何とぞご諒承くださいますようお願いいたします。


        太極武藝館 Official Blog ブログ・タイジィ 編集室

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2017年07月27日

練拳Diary #79「武術的な稽古」

               by 玄門太極后嗣・範士   円 山 玄 花



 梅雨が明けて暑さが一段と厳しくなり、照りつける日差しが容赦なく肌を焦がすようになりました。ここ本部道場の稽古では、以前にも増して高度な内容が展開され、消化するのに必死な毎日です。

 さて、今回は稽古の中でも「対練(対人訓練)」に焦点を当てて、思うところを述べたいと思います。

 対練の稽古には幾つかの稽古方法がありますが、主なものには「役割を攻撃と防御に分けたもの」と「役割を分けずに行うもの」があります。
 対練で役割を分けることには、他にも「受け」と「取り」と呼ばれるものがあり、その時々の対練で、師が示された課題を行う側が「取り」で、それに対して「取り」が技法を学べるように、打つ・崩すなどの攻撃を仕掛けて行く側を「受け」と呼びます。正に、相手の技術を受けてあげるわけです。

 対練は、どちらの役割でも太極拳の基本功で学ぶ正しい身体の整え方と使い方が要求されるので、こちらが「受け」の立場でも、決して相手の技や力を受けて、打たれたり崩されたりしてあげるわけではなく、あくまでもこちらの攻撃が相手に対して実際的に有効であることが条件となるわけです。

 ちょっと極端かもしれませんが、料理でたとえれば ”作り手” と ”食べる人” とも表せるでしょうか。
 「取り」を作り手、「受け」を食べる人とすると、食べる方は出された料理をただ「食べられる」とか「美味しい」と言って食べてあげるのではなく、その料理を深く味わい、料理した人のことまで分かるような状態で居ることです。
 余談ですが、私は料理を作る事とそれを食べること、つまり「食事」に於いては、料理が美味しいだけでは不十分ではないかと考えたことがあります。たとえばその料理人と料理とが一流であるならば、それを余すところなく味わい、それが一流であることを見抜けるだけの、食べる側の一流の資質が必要であり、自分が一流を志す姿勢がなければ、作り手と食べる人による「食事」という行為も完結しないような、そんな気がするのです。
 そう考えると、作る側も食べる側も、一期一会の真剣勝負となり、たかが食事といえども武術と何ら変わらないものと言えそうです。

 さて、実際の対練についてです。
 「受け」の攻撃に対して「取り」の動きが優位であった場合には、当然「受け」の攻撃は無効になり、反対に「取り」の反撃が有効になります。
 武術的に考えた時、「受け」は「取り」の反撃に対してもまだ動ける身体の状態が要求されます。
 たとえば、その対練でのみ有効な力みや踏ん張りは、相手の攻撃がナイフなどの武器であった場合には何の効果もなく、それらは非武術的な行為であると言えます。
 正しい稽古の状態として、「取り」が優位であるために「受け」が反撃された場合、あるいは「受け」が反撃を躱して避けることしかできずに優位に立てなかった状況は、稽古中に幾らでも生じてくるのですが、そのような稽古風景の動画を見た外部の方より、『あれは馴れ合いで倒されている、同門同士でなければ通用しない』といった内容の感想を耳にしたことがあります。
 それは、ことさら私たちの道場に限ったことではなく、斯界ではよく話題になることらしいので、この際「馴れ合い」について少し考えてみることにしました。

 馴れ合いとは、既にお互いに動きや力の大小、向かって来る方向などが分かっている状態で、相手の力や技に対して適当に折り合いをつけて、いい加減に受けたり流したりすることである、と言えるでしょうか。
 これを武術的に考えてみると、例えば、お互いにナイフを持っている、または片方だけがナイフや銃を持っているとすると、その途端に馴れ合うことは大変難しくなります。
 なぜなら、いずれも実際に傷つき、怪我をする可能性が出てくるからです。
 稽古ではもちろん本物の銃を持って向かい合うことは出来ませんが、たとえ電動ガンでも弾丸の入った銃口を向けられた時には、お互いに ”馴れ合う” などという気持ちにはとてもなれないものです。
 また、稽古では実際に本物のナイフを持って素手の相手に斬りつけて行くこともありますが、通常ならどう考えても武器を所持している方が有利に思えるところが、実際に大型ナイフを持って相手に向かうと、相手が素手であっても、ある種の緊張感で一杯になります。
 それは、下手な動きをすればナイフを持っている自分も危ういということが、理屈ではなく身体で実感出来るからであり、私の場合は何度行っても、決して有利に立ったとは思えませんでした。
 ナイフは、それ自体が十分な殺傷能力を持つ物です。そして、それを手にして構えたときの緊張感は「危機感」とも言い換えることができるので、武術の稽古中に馴れ合う事が出来る状況とは、「危機感が欠如した状態」であると考えられます。

 それでは、「馴れ合いではない状況」とは、どのようなものなのでしょうか。
 先ほどの検証からも分かる通り、先ずは「危機感が存在する」ということが言えます。そしてそれは、「武術=戦闘」の為の稽古をしている限りは、武器の有無に関係なく、常に持っていなければならない感覚です。
 たとえスポーツの世界でも、試合のための練習で ”馴れ合う” などという事は考えにくいですし、たとえ実際の試合を想定したような練習ではなくても、遊びではなく練習である限りは、馴れ合いの感覚は上達の妨げになると思えます。

 反対に、「馴れ合いであってはならない」と言う場合、一般的にはそれがどのように捉えられるのかも考えてみましたが、それは、お互いに「本気で打ち合う」とか、実際に相手に「ダメージを与えられるようにする」ということになるでしょうか。
 確かにこれだと、相手にやられる危機感もあれば、それを必死に防ぐ工夫もできるのかも知れませんが、やはりそれでは肝心なことが抜けてしまっています。
 それは、本物のナイフを持った時に、お互いに本気で刺し合ったり、相手にダメージを与えることを目的にしていたのでは、全く稽古にならないということです。
 つまり、「実戦のための練習なら殴り合うのが手っ取り早い」という考え方もまた、所詮は危機感の欠如から来るものであり、実際に生命が脅かされないような、「術理の必要性」が無いような稽古は、限りなく ”馴れ合い” に近いと言えます。

 私たちが「武術の稽古」について度々述べる機会を設けるのは、日々の稽古で、まさにここのところが重要だと考えるからです。

『その対練は、お互いに武器を持っていても、同じ考え方で、同じ様に動いていたか?』
  ────────この問い掛けを、稽古中に何度言われたか分かりません。

 危機感の欠如は、私たち現代人が武術を修得しようとする上で、ひとつの大きな問題となって降り掛かってきます。
 相手がナイフを持っていなくても、持っているかのような気持ちで向かい合えること。
そして、お互いにナイフを持って向かい合っても、ただ相手の身体に刃を当てることを目的とせずに、実際に相手に有効な攻撃ができる身体操作の追求を目的とすることで、「武術」としての稽古が可能になり、ただの一本の攻撃が、術理の力を伴った有効な攻撃に変わるのだと思います。
 実際に、稽古で最初から相手の打撃に恐怖を覚えるような状況では、術理としての自分の身体操作や、相手との間合いを充分に心掛けることなども難しくなります。

 『稽古では実戦のように、実戦では稽古のように』とは、拝師弟子や一般門人を問わず、武術を志す者の心構えとして、師から幾度となく指導されてきたことですが、先ほど述べた「危機感の欠如」と同じく、その精神状態が身に付くのは容易なことではありません。

 武術という術理の世界を正しく認識し、正しい稽古を積み重ねていくこと。
 ありきたりのことかも知れませんが、やはりそれしか無いのだと思えます。


                                   (了)


2017年07月15日

連載小説「龍の道」掲載延期のお知らせ

日頃より、連載小説「龍の道」をご愛読いただき、ありがとうございます。

7月1日に掲載の、記事の末尾でもお知らせをいたしましたが、
本日、7月15日(土)掲載予定の「龍の道・第200回」は、
著者がたいへん多忙のため、掲載を延期させていただきます。

楽しみにお待ち頂いている皆さまには誠に申し訳ありませんが、
何とぞご諒承くださいますようお願いいたします。


        太極武藝館 Official Blog ブログ・タイジィ 編集室


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2017年07月01日

連載小説「龍の道」 第199回




第199回  NEW YORK (1)


 ニューヨーク(New York Sity)はアメリカ最大の都市で、都市圏の人口は2,000万人、総生産は六千億ドル(50兆円)で、東京に次ぐ世界第2位の経済都市として知られる。
 1920年代初頭、ニューヨークはロンドンを抜いて世界最大の人口となり、1930年代には人口が1,000万人を超えて、人類史上初のメガシティとなった。

 因みに、ニューヨークの総生産は神戸や大阪とほぼ等しく、東京圏の総生産は1兆5,200億ドル(167兆円)でニューヨークの3倍以上、人口は3,700万人で、カナダの人口よりも多い。国連統計局によれば、1955年(昭和30年)に世界最大であったニューヨークを抜いて以来、60年以上も世界一の経済都市として君臨し続けているが、なぜか日本人にはあまり知られていない。

 ニューヨークを最初に発見したのは英国人のヘンリー・ハドソンで、大航海時代にオランダに雇われ、「大西洋からチャイナへ繫がる道」を探し求めて、現在のニューヨーク湾に辿り着いた。1609年9月2日のことである。
 ハドソンはニューヨーク湾を観て、それが千艘の船が安全に停泊できる天然の良港であることを確信し、さらに大きな川を遡って探検をしたが、それはチャイナと繫がっていなかった。後にその川はハドソン川と呼ばれた。

 その後、1614年にはオランダ人が毛皮貿易のために植民地支配を始め、その辺りで暮らしていたインディアンが「マナ・ハタ(丘の島)」と呼ぶ島を約600ドルで買い取った。これが今日のマンハッタン(Manhattan)である。オランダのユダヤ資本家たちは、アムステルダムを「新エルサレム」と呼び慣わす一大商業地へと発展させた勢いで、ユダヤが25%以上を持つ「東インド会社」がマンハッタン地区を買い取ったのだ。

 ハドソンが発見したその良港にオランダ船が戻ってきたのは1624年である。当時、東インド会社を南アジアに展開して巨大企業に成長していたオランダは、その成功を新大陸でも実現したいという想いで「西インド会社」を設立、ニューヨークは西インド会社のアメリカ本社を置く場所として期待された。
 その地は交易場として開かれ、ニュー・アムステルダムと呼ばれたが、やがて1664年にはイギリスの支配が始まり、当時のイングランド王、ヨーク・アルバニーの名にちなんでニューヨークと名を改めた。
 ニューヨークは現在でもユダヤ人(Jew)が多いことから、Jew York(ジュー・ヨーク)などと皮肉られる。


 New York City Never Sleeps──────眠らぬ都市ニューヨークでは、市内の交通機関が24時間運行し、人口密度は高く、人種も多様で170以上の言語が使われ、人口の36%がアメリカ以外に母国を持つ人たちである。
 かつて19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカに渡った何百万人もの移民を出迎えた自由の女神像は変わらずニューヨーク港のリバティ島に立ち、第二次大戦からつい最近まで世界金融の中心地であったウォール街も、地上39階・地下3階建ての国際連合本部ビルも国際政治の中心としてこの町に存在している。

 世界恐慌の時代には、改革派のフィオレロ・ラガーディア(Fiorello LaGuardia)が中産階級のユダヤ系市民の大きな支持を取って市長となり、それまで市政を支配してきた民主党の利権団体・タマニー・ホールは、その80年間に及ぶ政治支配に終わりを告げた。
 この物語に登場するラガーディア空港は、1934年から1945年まで市長を三期務めた彼の名に由来するが、何故かイスラエルのテルアビブには、彼の名前を冠した大通りやホテルまでが存在している。

 ラガーディア空港は国際空港であるが、入国審査と税関検査は行われない。その為、この空港を利用できる国際線は、米国外の出発空港にて事前入国審査が行なわれる15の空港だけに限られている。
 ほとんどの主なフライトは国内線とカナダ線に限られ、騒音問題や環境保護の観点から、一部の例外を除いてボーイング767やエアバスA300等の大型機や、飛行距離が2,400km以上の路線の発着は行わないとされているが、日本の羽田空港やイスラエルのテルアビブ空港からラガーディアへのフライトは、その ”一部の例外” として常に運行されている。

 また、他のニューヨーク都市圏空港である、「ケネディ国際空港」「リバティ国際空港」と共に、その管理、運営、警備の全てはすべて同地域の地域開発公団である『ニューヨーク・ニュージャージー港湾公社(The Port Authority of New York & New Jersey)』によって行われている。

 9.11テロ事件で崩壊した110階建てのWTC(ワールドトレードセンタービル)の建設、経営、管理をしていたのも同じ港湾公社だが、事件のわずか6週間前に突然その所有者が不動産業界の大物ユダヤ人、ラリー・シルバースタインに委譲された。彼はWTCの二つのビルに35億ドルの保険をかけ、事件後は推定90億ドルもの保険金が支払われた。
 このワールド・トレードセンターは、ロックフェラーの一族が理想として掲げているところの、「World Peace through Trade(貿易を通じた世界平和)」から命名され、9.11のテロ事件までは5万人の勤務者と毎日20万人の来館者を誇る、ニューヨーク最大の商業センターであった。

 2014年に 9.11の跡地に再建された新しいWTC(1−WTC)の土地も同様に、この港湾公社が管理している。”THE TOP OF AMERICA” と呼ばれる、世界第三位の高さを誇るこのビルは、あまり周りのビルとの調和も取れているとは思えず、地元の評判も今ひとつのようで ”不気味なデザイン” と評する人も多い。

 閑話休題───────



「うぅむ・・どこだ、ここは・・・?」

 どれほどの時間が経ったのか。ようやく目が覚めた宏隆の手には、もうプラスチックベルトの手錠は掛けられていない。
 辺りを見回せば、周りの壁も床も、すべて無機的なコンクリートの打ち放しの、ガランとだだっ広い部屋で、天井のライトが煌々として、やけに眩しい。
 ゆっくりと起き上がってみると、そこはベッドではなく、病院や美術館の休憩用に置かれてあるような類いの大きな固いソファだ。部屋にはその長椅子以外には何もない。

 当然の事だが、身体検査をされたのだろう。銃器などの武器はもちろん、装備の入っていたザックや腕時計、帽子やベルトなどもすべて取り上げられ、ご丁寧にブーツまで脱がされている。これでは何をすることも出来ない。

 少し頭痛がする。そう言えば機内で目が覚めた時に水のようなものを飲まされたが、またすぐに眠ってしまったところを見ると、睡眠薬でも入っていたのか。

「いまは昼か、それとも夜だろうか・・?」

 腕時計が無いので、今日が何日で何時なのかも分からない。たとえ時計があっても、敵が日付や時間を変更していれば錯覚をさせられてしまう。

「宗少尉は大丈夫かな───────」

 自分が生きているのだから、宗少尉も取り敢えずは無事なのだろうが、姿が見えないと、やはり安否が気になる。

「よっこらしょ、っと・・」

 起ち上がって、この部屋の様子を探る。
 窓は無く、入口には如何にも頑丈そうな分厚い鉄のドアがひとつ。高い天井には埋め込みのエアコンがあって、監視カメラがひとつ、その天井の隅に取り付けられている。
 試しにソファを動かしてみるが、床に固定されていてピクリともしない。

 宏隆は同じ部屋の中を、できるだけ動き回った。

「よし、腹は減っているが、何とか身体は動かせそうだぞ」

 ガランとした何もない部屋をウロウロして、歩いたりしゃがんだりしているのは、部屋の偵察というよりは、長い時間眠らされて使わずにいた身体を起こし、イザという時にすぐに動けるようにするための、言わば準備運動の意味合いが強い。
 事実、万一敵地に囚われた場合には、体力を落とさないために看守の目を盗んで効率的なトレーニングに励み、脱出は体力の有るうちに、できるだけ早く行わなくてはならないと、宏隆は教えられていた。特にインナーマッスルに関わる運動は、見た目には筋骨隆々にはならず、看守の目を誤魔化せるので推奨されている。

「ふむ、つまり、ただ鉄格子が無いだけの、バカでかい監禁室ってコトだな。ジタバタしても仕方がなさそうだ。これからが本番、というわけか・・」

 ジロリと、宏隆は監視カメラのレンズを見上げてつぶやいた。

 身ぐるみ剥がされ、何もない部屋に監禁され、カメラで監視されているのだから、目を覚ませば誰かがやって来るに決まっている。ならば、今さらジタバタしても始まらないではないか。儘(まま)よ、とばかりに、宏隆は再びソファに寝転がった。

 案の定、間もなくギィときしむ音を立てて、ぶ厚い扉が開いた。

「そら来た、いよいよ敵さんのご登場だ」

 暢気な顔をして、むくりと起き上がったが、

「ヘ、ヘレン────────!?」

 銃とバトン警棒を装備した、いかにも屈強そうな二人の男が入ってきて、扉の左右に立ったが、まるで彼らに守られるように現れたのは、誘拐されたまま行方が判らなかった、あのヘレンであった。

 予期せぬ出会いに唖然として言葉も出ないが、ヘレンも何も言わない。

「ヘレン、無事だったんだな、ずいぶん心配したんだぞ・・けれど、どうしてここに?」

 ようやく宏隆が口を開くが、

「ごめんなさい・・・」

 ヘレンはただ謝るだけで、俯(うつむ)いて目を潤ませている。

「Wasilla(ワシラ)の山荘を偵察しに行ったときに、窓のところにヘレンの姿を見たような気がしたんだ。あれは君だったのか?」

「ヒロタカ、ごめんなさい。わたし・・」

「そうか。考えたくは無いが、ただ謝るばかりということは、やはり君も中佐と同じ、敵側の人間だったと言うワケなのか?・・親子揃って玄洋會を欺いていたと・・」

「そのとおりだよ──────」

「ヴィルヌーヴ中佐!!」

 後ろから、ヴィルヌーヴ中佐が入って来た。

「まんまと私に欺かれて、身柄を拘束されてこんな所に居る。人生は勝ちか負けしかない。君たちは私に負けたから此処に居るのだ、それが現実だよ」

「くっ・・・」

「それより、気分はどうかね?」

「変なモノを飲まされたらしく、少し頭痛と胸やけがする」

「水分を摂ってもらうために飛行機の中でサービスしたのは、抱水クロラール入りの冷たい紅茶だ。溶けやすくする為にエタノールも少々含ませている。確かにあれは味が悪く、頭痛や胸やけの副作用もある。何よりも、ひどい悪臭を放つので、私はあまり機内では使いたくなかったのだが、薬がそれしか無かったのだ、悪く思わないで欲しい」

「ふん、農薬のDDTが原料の睡眠薬を飲ませたんだな、道理で頭痛がするはずだ。しかし、こんな事になるとは─────あなたを信頼していた僕が馬鹿だった」

「いや、やがて君は私に感謝することだろう、もっと私を信頼するがいい!」

「え・・・?」

 取り方によっては辛辣な皮肉にも聞こえないことはないが、ヴィルヌーヴ中佐の眼はじっと宏隆の瞳を見すえて、言葉には偽りが無いと思える。

 だが、本当は何を言いたいのか─────
 少なくとも、その言葉には、何らかの含みがあるように宏隆には思えた。

「君に新しい提案をしたくて、わざわざこんな手の込んだことをやったのだよ」

「何の事か全く分からない。あなたは誰に雇われているのか・・組織の正体は何だ?・・・
いや、それよりも宗少尉は無事か?、いったい僕たちをどうしようというんだ?!」


 ──────CIAによれば、敵に捕らえられた人間には8種類の性格類型があるという。
 だが、捕虜となった兵士の態度はだいたい決まっていて、笑顔をつくって好意的に敵に取り入ろうとするか、または不機嫌な顔で悪態をつき、敵意を露わにして反抗的な態度を取るか、大抵はそのふたつにひとつであるという。

 宏隆は、わざとムキになって、相手の反応を見ようとしていた。

「感情的になるのも無理はないが、まあ、落ち着いて話をしよう」

「ふざけるなっ!、父娘(おやこ)で人を欺いておいて、何処だか知らないがこんな所に監禁した挙げ句に、落ち着いて話をしろというのか!!」

「ならば、もっと居心地の悪い狭い部屋で、君の心が落ち着いてその気になるまで、ずっと何日でも過ごして貰うしかないが──────」

「むむ・・・」

「どうするかね?」

「分かった、話を聴こう。だが、先に宗少尉の安否を訊いておきたい」

「心配はいらない。宗少尉は別の部屋で、同じように大切に扱わせてもらっている」

「そうか──────」

「安心したかね。ここに着替えと靴がある。先ずはシャワーを浴びてほしい」

 部屋の外に控えていた部下が前に進み出て、一流ホテルのバトラーのように恭しく着替えと靴を差し出す。宏隆が武器にできないよう、それらは平らな紙の箱に入っている。

「シャワーを?、どこで浴びろというんだ・・」

「そこにバスルームがある」

 入口に立っている部下の一人に合図をすると、奥の壁が開いて、トイレ付のバスルームが出てくる。コンクリートの壁だと思えた所は、実は電動のドアであった。

「勝手にいろいろ動かれては困るので、この部屋の物は目立たないようにしてある」

「まるで陳腐なスパイ映画だな。どうも君たちはつまらない閑人の集団らしい」

「ははは、ある意味ではそうかも知れない。ともかく、旅の汚れを落として、着替えてもらいたい。終わったら迎えを寄越そう」

「シャワーを浴びさせて、迎えをよこして、それから何処へ連れて行くつもりだ?」

「この建物の、もっと景色の良い部屋だよ。君と話をしたい人が、そこで待っている」

「なるほど、やっとボスの登場か。この状況でそれを否定しても意味が無さそうだな・・・それでは礼儀正しく、身だしなみを整えて行くとしようか」

「分かってもらえて嬉しいよ。では、のちほど──────」

「ヒロタカ、私は・・」

 中佐と入れ換えに、後ろに居たヘレンが何か言いたげに近寄ろうとしたが、

「ヘレン、もう行くぞ!─────彼とは、またゆっくり話す機会もある」

「は、はい・・・」

 父親の言葉に、すぐに踵を返して部屋を出た。


 シャワーを済ませると、ほどなく迎えが来た。迎えの男は独りで、よく鍛えられた体に、きちんとダークスーツを着て、ネクタイまで締めている。

 用意された着替えは、長袖のTシャツにスウェットの上下。靴はヒモ無しのスニーカーという格好で、もし脱出できても、戸外(そと)が寒ければ行動が限られてくるはずだ。

「ご案内します、どうぞ──────」

 言葉は丁寧だが、スーツの下には拳銃がスタンバイしているに違いない。
 敵はたった一人なので何とかなるかも知れないが、建物の状況も、敵の様子も分からないまま、こんな所で闘っても仕方がない。ヴィルヌーヴ中佐も宏隆がそう考えると分かって、わざと迎えを一人で寄越したのだろう。

「こちらへ──────」

 男は部屋を出て、長い廊下を先に立ってどんどん歩く。
 廊下には窓もなく、ほかに部屋が無いのか、扉のひとつも見当たらない。

 ひたすら細長い灰色の通路を進んで行くと、突き当たりにエレベーターの扉が見えた。
 階数の表示は無く、しばらくすると壁のランプが点き、扉が開いた。

「どうぞ、こちらへ・・」

 先に中へ入って、宏隆を促す。

 エレベーターの中には、目的フロアを指定する階床ボタンは四つしかない。
 意外と小さなビルだったか、と宏隆は思ったが、男が一番上のボタンを押すと、その小さな空間はすごいスピードで上り始めた。

「む・・長いな、こいつは相当な高さのビルだ」

 気圧の影響があるので、宏隆は耳抜きをした。通常、ビルの1階から30階までは高さにして約100mで、およそ12hPa(ヘクトパスカル)ほどの気圧低下が起こる。
 一般的な住居マンションのエレベーターは分速30〜60mだが、これは明らかにその何倍ものスピードで、これから向かう所がかなりの高層階なのだろうと思えた。


                    ( Stay tuned, to the next episode !! )




  *次回、連載小説「龍の道」 第200回の掲載は、8月1日(火)の予定です



 北朝鮮の拉致を許すな!



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