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  太極武藝館のブログ、「Blog Tai-ji(ブログタイジィ)」へようこそ。
  このブログは、太極武藝館の創立15周年を記念して平成21年1月より
  開設されたものです。

  Blog Tai-ji では、普段の稽古の様子はもとより、どのような人がここで学び、
  どのように稽古し、太極拳の学習がどのように日常生活と関わっているのか・・・
  それらを中心に、新鮮で盛り沢山な内容を掲載していきたいと思っています。

  私共にとって初めての試みでもあり、至らぬ点は数多いと思いますが、
  お気づきの点などがございましたら、当方までお知らせいただければ幸いです。

  なお、コメントの書き込みにつきましては、現在のところ、小館門人および
  ゲストの方々のみに限らせて頂いておりますが、コメンターとして参加を
  希望される方は、太極武藝館・事務局までご連絡下さい。

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2017年06月15日

連載小説「龍の道」掲載延期のお知らせ

日頃より、連載小説「龍の道」をご愛読頂き、ありがとうございます。

誠に勝手ながら、本日 6月15日(木)掲載予定の「龍の道・第199回」は、
著者が引き続き大変ご多忙のため、掲載を延期させて頂くことになりました。

掲載を楽しみにして頂いている愛読者の皆さまには大変申し訳ありませんが、
何とぞご諒承くださいますようお願いいたします。


        太極武藝館 Official Blog ブログ・タイジィ 編集室



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2017年06月01日

連載小説「龍の道」掲載延期のお知らせ

日頃より「連載小説・龍の道」をご愛読頂き、誠にありがとうございます。

大変勝手ながら、本日 6月1日(木)掲載予定の「龍の道・第199回」は、
前回に引き続いて著者が大変ご多忙のため、掲載を延期させて頂くことになりました。

掲載を楽しみにお待ち頂いている読者の皆さまには大変申し訳ありませんが、
何とぞご諒承くださいますようお願いいたします。


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2017年05月22日

門人随想 「今日も稽古で日が暮れる」 その31

   「 くう ねる いきる」

                   by 太郎冠者
(拳学研究会所属)



何気ない日常生活を送っていると、ふと気がつくと、自分が生きている実感がほとんど伴っていない、ということがあります。
 
武術とは非日常の世界であり、生き残るための技法である…。
 
そういう気持ちで取り組んでいるはずの、高度な武術の稽古の裏側で、実際に多くの時間を過ごしているのはふだんの生活です。
仕事をし、家に帰り、稽古に行き、また帰ってくる。
もう何年も続いている、日常生活の中で、なぜ生きている実感を感じられない瞬間があるのでしょうか。
 
それは単に寝不足で疲れていたり、なにか悩みがあったりとか、そういった些細なことの積み重ねで、ほんの少しずつ歯車がずれてしまっていると感じている、そういうことでしかないのかもしれません。
 
けど、自分に限らず多くの現代人の生活を見てみると、生きることとは一見無関係にも思えるような仕事に取り組み、生活の糧を得ているはずです。
必要なものがあればコンビニやスーパーで買いそろえ、インターネットで注文すればたいていのものが手に入る時代です。
もちろん、それは否定しません。
ですが自分自身のこととして、生きるために何が必要なのか、そこのところがまったくわからなくなってしまっているようでした。
 
 
今年に入り、研究会では特別稽古として、数回の野外訓練を行いました。
研究会の野外訓練! というと一般門人の方の中には、
「相当特別なすごいことをやっているに違いない…!」
と、内容を聞いてこられた方もいますが、実際には、まだふつうのキャンプを行いながら、野外での活動に慣れるといったことと、それにプラスして少しずつ課題が増やされ、野外での体の使い方を学習していくといったものです。
野外での体の使い方とは、師父から教示される軍隊の訓練に準じたものや、太極武藝館独自の学習体系に沿った訓練などです。
 
野外での訓練といっても、そこは太極武藝館の稽古ですから、食事まで徹底的に抜かりなく、素晴らしいものをいただくことになるわけです。
前回の訓練では、師父お手製の特製カレーをふるまっていただき、おいしく味わわせていただきました。
特別に参加していた一般門人のI(アイ)くんは、
「普段の食事より豪華な物を食べている」「こんな御馳走は味わったことがない」
と言い、何回もおかわりをもらっていました。
本当においしかったです。
 
 
しかし、研究会のメンバーはただ食事にありつけるということはなく、ちゃんと課題を与えられていました。
それは、カレーは師父の御好意で用意していただけるので、ご飯は自分で炊く、というものでした。
いくつか条件があり、
 
 1、使って良い火は焚火のみ
 
 2、火口(ほくち)は現地調達出来るものだけ
 
 3、着火具はメタルマッチ(ファイヤースターター)で
 
あとから知ったところでは、ウッドストーブ(註:ガスやアルコールなどの燃料を使わず、小枝などを燃やして使うキャンプ用コンロ)は使用可能だったそうですが、自分は持っていなかったので関係がなかったのでした…。
 
とにかく、そういった条件が出揃い、脳裏をよぎったのは数年前に行われた最初の野外訓練での課題でした。
 
雨が降ったあと、新聞紙とマッチだけで焚火をするというものです。
それはもう、いまだに語り草になるほど散々な結果でした…。
条件がそれほど悪かったわけではありません。ただ、自分のスキルのなさが痛感させられたのです。
 
火をおこし、ご飯が炊けなければ食べるものはない。
昔だったら、ごく当たり前の話だったはずです。ただ、現代ではそれ以外の手段がいくらでもとれるため、たったそれだけのことで食事にありつけないということがないわけです。
 
今回のキャンプ事前の天気予報では、その日は雨が降るかもしれない、ということでした。
これは非常にまずいです。慣れた人からすれば「なんだそんなことくらいで」と思うかもしれません。
そうなのです。自分が「なんだそんなことくらい」と思えるようになる為の訓練なのです。その時の自分にとっては、一大事だったのでした。
 
 
幸いにも(不幸にもというべきでしょうか)、キャンプ当日は雨も降らず、焚火を行うためのコンディションは悪くない状態でした。
やらなければならないことは、テント・タープの設営、メインとなる焚火・かまどの設営、そこで使うための薪集め、それから自分用の焚火と薪の用意でした。
 
もたもたしていては日が暮れてしまいます。
効率よく動くためにはどうしたらいいか、自分だけでなくまわりの人の状況もみながら動く必要があります。
何回かキャンプをしてきたぶんは、どうしたらいいかが分かってきているようにも感じました。
反省点はまだまだあるので、次回以降に生かしていきたいと思います。
 
 
焚火をするうえで一番の課題だったのが、一番最初に火をつける火口がないというところでした。麻紐をほぐしたものを試してみよう!とお気楽に考えていた自分が本当に憎らしいものです。
 
道具は現地で調達出来るものだけ、あと頼れるのは自分のみ、です。
落ちていた木を細かく削ってみるものの、先日までの雨で木は湿っており、簡単には火がついてくれません。
そうしているうちにあたりは暗くなり始め、何かを探しに行く時間もなくなっていきます。
どうにかしないとご飯が食べられません。
ささいなことですが、目の前に差し迫った危機のひとつではあります。
 
幸い、杉の木や枝はそこらじゅうに転がっており、おもな燃料として集めてありました。
なので、事前に勉強してあった方法を試してみることにしました。
 
「備えよ常に!」
 
まさにサバイバルとは知識ですね。
知識だけではダメですが、それを使えるようになっていれば、実に役に立つものです。
 
まず、出来るだけ乾いている杉の枝から皮をナイフではぎ取ります。
皮がある程度集まったら、それを手のひらでひたすら揉みます。
しばらく揉んでいると、杉の皮が繊維状にばらばらになり、ふわふわした綿状になってきたら火口の完成です。
試そうと思っていた麻紐ほどではありませんが、それでも十分に使えそうな状態にはなりました。
 
かまどは事前に、石を積み上げて作っておきました。
ご飯を炊き始めたら、火力が調整出来るように動かせる…というふうに作った(つもりの)ものです。
 
そこに薪、小枝、焚き付け、それからいま作った火口を用意し、火をつけます。
 
一発で点火!となったらよかったのですが、なかなかうまくいきません。
「やばーい! 火がつかない!」
などと散々騒いでいた記憶があります。それも野外の楽しみです(?)。
火口の状態がよくなかったようで、新たに作り直します。
手のひらいっぱいくらいの量で、最初よりももっとこまかくほぐします。
最終的に、それでうまくいってくれました。
 
メタルマッチから飛び出した火花が火口につき、そこから火が燃え上がります。
あわてて消してしまわないように、少しずつ小枝から大きな木へと火を移していきます。
火の状態を見ながら対話していきます。稽古と同じです。
 
ようやく焚火が安定してきたら、本題である炊飯へとうつります。
事前に水に浸してあった米を火にかけ、調理開始です。
 
少しアクシデントはあったものの(ふつうのクッカーでは蓋が吹っ飛びました…)、上手に炊き上げることができました。
家でガスの火で試したときよりも上手においしく炊けたのには驚きでした。
 
自分で焚火で炊いたご飯で、師父の手作りカレーをいただく。
なんという贅沢な時間でしょうか。
 
 
翌日の朝食と昼食も、研究会は自分で焚火を起こして調理をしました。
自分は簡単なコンソメスープと、パスタをつくりました。
 
師父のカレーのことを思うと、次回はもう少し、料理のバリエーションを増やさないといけないな、と思いました。何事も勉強です。
 
 
キャンプでは新調した一人用のテントを使ったのですが、もうテント泊はおしまいです。
「一回しか使ってないのに?」
とツッコまれながらも、次はタープ泊だ、とかたく心に決めたのです。
 
男は、つねにワイルドに生きなければならない生き物なのです。
 
そういうわけで、ゴールデンウィーク中の某日、稽古はお休みだったので個人的に、ゲリラキャンプもしくは野営というと聞こえはいいですが、いうなれば野宿へと強行スケジュールで出かけました。
場所は事前に決めてあったダム湖に隣接された公園です。
用意していったのはグリーンシート(ODカラーのブルーシート)とポンチョ(これは簡易タープにもなる便利なものです)、それからシュラフです。
 
休日が取れなかったので、夕方まで仕事をしてから、夜に出掛けるというスケジュールになってしまいました。なので、本当に寝て帰るだけとなりました。
 
バイクで走ること数十分、目的地に到着です。
 
心配していた雨も降りそうになく、最終的にはタープを張る手間もはぶいてしまい、グリーンシートを簡易シェルター代わりにして眠りました。
さえぎるものが何もなく、天上に広がる星が良く見えて綺麗でした。
 
もはやタープ泊でもなんでもありません。
ただ、緑のシートにくるまった人間が寝てるだけです。
気温は暖かく快適に眠れました。
ただ、明け方になると自分から出た水分でシート内が結露し、シュラフが濡れてきてしまいました。改善の余地ありです。
 
夜が明けると即座に片付けをし、簡単な朝食を食べて撤収しました。
 
季節が季節なので、寒くて命を落とすということはないですが、もっと事前に準備をしないといけない、と痛感しました。
 
 
今年になってから特に、野外で宿泊するという機会が増えました。
時間で言えばわずかなものですが、その一回一回が、大きな学びの機会となっているように思います。
 
今も、次にいつキャンプに行こうか、そこでは何をしようか、そのために何が必要か、と着実に準備を行っています。
言ってみれば、ハマってしまったわけですが、それまでの自分には考えられなかったことだと思います。
野外で活動することの楽しさにはまってしまうと、家の中でゆっくりしているのがだんだんともどかしく感じられ、どこでもいいから出掛けたくなってきます。
 
それはおそらく、キャンプでも焚火でもなんでもいいですが、それらがすべて、代わりの利かない本番だからではないか、と思うようになりました。
そしてそれらは、食べること、眠ることなど、生きていくことの本質に直接的に関わってきます。
ただ一晩眠れない、一食食べられないというだけでは、危機は命にまでは及びませんが、自分が不利になることだけは確かです。
ちょっとした判断ミスのひとつ、失敗のひとつが自身の能力をそこなう可能性を秘めているので、そういった気持ちを持って物事に取り組む必要が必然的に出てきます。
 
まわりの状況を見て、手元にあるものを最大限使い、自分の出来ることをフルに行わなければなりません。
その上で、十分な休息をとり、また次に備えなければなりません。
一回一回がリハーサルのない本番だからこそ、そこで得られたものは、成功であれ、失敗であれ、確実に次につながっていく糧として、自分の中に残っていきます。
 
生きることと自分の間に余計なことがない。
そのことが、楽しいことなのだと思いますし、そこに充実感があります。
 
野外でシートに包まって一回寝るだけで、屋根のあるところは、たとえテントでも贅沢なのだなと思い知ることが出来ました。本当に大したことではありません。ただどこにでもあるシートと寝袋を引っ張り出して外に出ただけで、そういう経験をすることが出来ました。
次はどうしようか考えるだけで、楽しくてしかたありませんね。
一応、良い子は真似しないでね、と言っておきますが。
 
翻って、それまでの普段の生活のことを考えてみると自分はどうだったでしょうか。
衣食住の心配もなく、それらがあることが当たり前であるという上で、他のことにかかずらって思い悩んでいたように感じます。
 
稽古をしていても、はっとさせられました。
果たして自分がどれだけ、一回の稽古を本番として取り組めていただろうか、ということにです。
毎回毎回真剣に行っていたつもりでも、どこかでは「これは練習だ」と思っていたのではないだろうかと。
稽古を本当の危機だと思えていたかというと、全く自信が持てません。
それほどまでに、感覚が鈍ってしまっていたのだと思います。
 
その点、師父に相手をしていただくと、一回の対練が代用の利かない本番であるという実感がはっきりと感じられます。それは、師父がそのように取り組んでいることの証だと思います。
それを自分はその瞬間、味わわせてもらっているのだと感じます。
 
それは言われて頭で分かるものでなければ、技術や体力をどれだけ向上させても、決して理解できる質のものではないように感じます。
 
 
それが分かっただけでも、自分には大きな収穫です。
 
もちろん、それで全てが一度に変化するわけではないとしても、自分の中に付いた火種は、最初はなかなか燃え上がらなくても、適切に育てていけば、きっと大きな炎になるはずです。
 
それがどうなるかはわかりませんが、自分の中に生まれた感覚を、大切にしていきたいと思います。
 

                                (了)




*次回、「今日も稽古で日が暮れる(その32)」の掲載は、7月22日(土)の予定です


2017年05月15日

連載小説「龍の道」掲載延期のお知らせ

日頃より「龍の道」をご愛読頂き、ありがとうございます。

誠に勝手ながら、本日 5月15日(月)掲載予定の「龍の道・第199回」は、
著者の春日敬之さんが大変多忙のため、掲載を延期させて頂くことになりました。

いつも楽しみにして頂いている愛読者の皆さまには大変申し訳なく思いますが、
何とぞご諒承くださいますようお願いいたします。


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2017年05月01日

連載小説「龍の道」 第198回




第198回  P L O T (18)



 いったい、どこに追っ手が居るというのか────────
 薄暗くなった窓の外をあちこち見渡しても、何も見えない。

「ワナかも知れない。取り敢えず、降りるわよ!」

 疾(と)っくに目を開けてスタンバイしている宗少尉が宏隆に言った。
 もちろん、会話は直接口にせず、指のタップでモールス信号を送り合うので、前の席に気付かれることもない。

「降りるって、今すぐ?」

「そういうコト」

「OK、それじゃ、行きますか・・」

 ドライバーの肩越しに見えるスピードメーターは、ほぼ時速40マイル(約64km)を示している。飛び降りて転がった時に、もし立木か何かにぶつかれば、十数メートルの高さから飛び降りたのと同じ衝撃を喰らう速度だ。

 走行中の車や列車から飛び降りる訓練は、どこの国の特殊部隊でも行われ、技術だけではなく刻々と変化する状況を判断する能力や度胸も要求される。

 無論、ただ度胸を決めて飛び降りれば良いのではない。自動車のドアから外へ飛び降りる場合、進行方向に対して斜め後方に飛ぶ。また荷台や後部ハッチからは、そのまま真っ直ぐ下へと、荷物が落ちるように飛び降りる。
 いずれの場合も、空中に投げ出された身体は、走行している車や列車と同じスピードで動いており、着地と同時に進行方向への強い慣性が働き、激しく転がされることになるので、飛び降りる際は体をできるだけ丸くし、頭部が直接地面にぶつかるのを避け、上手く受身を取る必要がある。

 訓練では、初めは時速20km程度から行い、徐々に慣らしていって最終的には60〜70kmにも対応できるようにする。時速70kmの車から飛び降りて何かにぶつかると、その際の衝撃は20mの高さから飛び降りたものに等しく、80km以上になると生命が危ぶまれる。

 着地の訓練は充分に積む必要がある。例えば、低い高度から飛び出し、かつ降下速度も速い軍用パラシュートでは、スポーツダイビングとは異なり、着地の際には2階から飛び降りたほどの衝撃がくる。自衛隊の空挺部隊では「五接地転回法」という方法で身体を回転させて着地の衝撃を緩和させる。
 読者なら興味がお有りだろうから、その順序をご紹介しておこう。
 まず必ず両足先の裏を着地し、次に片方の足の脛の外側、そして同じ足の大腿部外側から臀部、反対側の肩甲骨下部へと、それら五ヶ所を接地させながら転がって行く。
 着地の瞬間には必ず両足が用いられなくてはならない。猫が高いところから飛び降りても怪我をしないのは、必ず四本の足で着地して衝撃を緩和しているからであり、片足で着地すると足を痛めてしまう。



「次のカーブで出るわよ、ドアを開けるから先に飛んで!」

「ラジャッ・・・」

 自動車でも列車でも、走行中の車両から飛び降りる際には、少しでもスピードが落ちるタイミングを見計らって行うことが必要だ。カーブやワインディング、上り坂では必ずスピードが落ちるので好いチャンスとなる。また、着地する場所が少しでも柔らかく、そこが斜面であれば、より衝撃が緩和されることになる。
 例えば、スキーのジャンプ競技で踏み切って飛び出す速度は時速85kmにもなるが、着地が斜面なので衝撃はかなり緩和される。K点から先は着地面の傾斜曲率が低くなり、平地に近くなるほど衝撃が増え、それ以上飛ぶと着地時に危険を伴う事になる。


 ───────前の席に気付かれないよう、ギリギリまで待って、

「3・・2・・1・・・ゴーッ!!」

 カウントを数えて素早く席を立ち、ドアのハンドルに手を掛けたが、

「あっ─────?」

「どうしたの?」

 しかし、開けようとした、スライド式ドアのハンドルが動かない。

「ロックが掛かっていないのに!」

 確かに、ロックボタンは下がっていないが、なぜかドアは開かない。

「ああっ・・・!!」

 同時に、運転席の方を気にして見た宏隆が声をあげた。
 フロントシートと後部座席の間が、いつの間にか透明な分厚いガラスで仕切られ、カーゴスペースに閉じ込められてしまったのだ。

「窓も開かないわ!」

「くっ、まずいっ・・!!」

 宏隆が即座に銃を構え、ドアのロック部分を撃とうとするが、

「撃ってはダメよっ!!」

 宗少尉が怒鳴った。

「宗少尉の言うとおりだ、それはやめた方が良い─────先ほど、このクルマの防弾性能はそれほどでもないと言いましたが、それは外部からの攻撃に対しての事で、内部からの破壊に対しては滅法強く造ってある。防弾装甲車とは用途が違うということです。銃を撃てばそこら中に跳弾して危険極まりない」

 スピーカーから、ヴィルヌーヴ中佐の落ち着いた声が聞こえた。

「ここを開けなさいっ、私たちをどうするつもり?!」

「中佐っ、やっぱり貴方は僕らの敵だったんだな!」

 ヴィルヌーヴ中佐は答えない。仕切られた防弾ガラスを強く叩いても、振り向きもせず、車はひたすら進んで行く。

「そうそう、言い忘れましたが、このクルマは気密性も高い」

 その言葉が終わらないうちに、シューッという噴出音が聞こえ始めた。

「ガ、ガスだっ──────!!」

 後部へ走ってハッチを開けようとするが全く動かず、銃のグリップで手当たり次第に窓ガラスを叩いてもビクともしない。
 二人はバンダナを口に当て、腹這いになって、床の隅に顔を近づけて呼吸をした。
 
「無駄ですよ、そこからは逃げられません」

 ヴィルヌーヴ中佐の声が聞こえる。

「く、くそっ・・どうしようか?」

「こんな時に使われるのは、きっと無力化ガスね。そうだとしたら、あと十秒もしないうちに意識がなくなる。こうなったら覚悟を決めるしかないわね」

「そ、そんな・・きっと何か方法が・・!」

「ヒロタカ、落ち着くのよ、訓練どおりにしなさい・・また後で会いましょう・・」

 静かにそう言うと、宗少尉はゴロリと、仰向けに床の上に大の字になった。

「宗少尉─────────」

 だが、宏隆はそれを見て呆れたわけではない。
 宗少尉の行動は意識を失うことが予想される際に、頭部などに被害を受けないための予防であり、意識が戻った際にきちんと物事に対処できるよう、精神を整えておく為でもあるのだと、学んできたことを思い出した。

「・・ええい、儘(まま)よっ!!」

 そう言って、宏隆もそれに倣って同じように寝転がったが、言われたとおり、わずか数秒後に急速に意識が遠のいてきた。


 敵を死に至らせない、いわゆる「非致死性兵器」は化学兵器の類であり、古くから各国で盛んに研究されてきている。
 因みに、ハンカチに湿らせておいたクロロホルムを嗅がせて人質を連れ去る、などというのはドラマだけの話で、決して実際的なものではない。クロロホルム、つまりトリクロロメタンはかつて吸入麻酔薬として用いられていたが、その毒性への懸念から、麻酔剤の主力はジエチルエーテルへ移行した。
 クロロホルムを嗅がせれば、強い刺激臭の為に頭がクラッとして意識を失うかもしれないが、眠るわけではない。効かせるには5〜10分ほど時間が必要で、もし一瞬で眠らせる量を用いれば中毒や死に至る場合もあるので、誘拐には向かない。

 宏隆たちに用いられたのは無力化ガスの一種で、1970年代にレニングラード(現・サンクトペテルブルク)の秘密研究施設で開発された ”KOLOKOL-1”(コールコル・アヂン)という薬物で、エアロゾルにして噴射すると数秒後から効果を発揮し、2〜6時間ほど意識不明にする事ができる。

 2002年10月、チェチェンからのロシア軍撤退を要求して42名の武装勢力が922名の観客を人質にとった『モスクワ劇場占拠事件』では、FSB(ロシア連邦保安庁)のアルファ特殊部隊が突入する際にこのガスを使用し、その名が世界に知られるようになった。
 使用の結果、武装勢力の全員が意識不明で倒れ、短時間で制圧することができたが、当然人質もこのガスを吸って意識不明となり、内129名はガスによる吐瀉物が呼吸器に詰まったために窒息死し、後に訴訟にまで発展した。
 ロシアのアルファ部隊は要員250名、表向きは国内の活動に限られているが、アフガニスタン侵攻の際に大統領官邸を襲撃し、アミーン大統領を殺害したことでも知られる。


 ────────車はさらに森の中を走り、急なT字路を左に折れて、Camp Gorsuch Road. (キャンプ・ゴーサッチ・ロード)と書かれた案内板に従ってしばらくの間走っていたが、やがて小さな池を過ぎて、冬の間は閉鎖されているビジターセンターや幾つかのロッジが立ち並んだ所で、道が行き止まりとなった。
 静まり返って全く人気(ひとけ)が無い。おそらく此処は、夏場はボーイスカウトやスポーツクラブなどが森を歩いたりカヌーをしたりするキャンプ施設なのだろう。だが冬の最中の寒い夜に、わざわざこんな所に来る人間が居るはずも無かった。

 いつから駐まっていたのか、奥からヘッドライトが2度点滅し、黒塗りのステーションワゴンが近づいてきた。ヴィルヌーヴ中佐がドアを開けて降りて行くと、向こうからも革のコートを着た男が降りて来る。傍らには強そうな二人の護衛が従(つ)いている。

「予定どおり来たという事は、万事上手く行ったと言うことだな」

 男はそう言うと、手にしたシガーを上手そうに吹かしながら、

「良くやった、ご苦労だった─────」

 微笑みながら、そう言った。

「いえ、相手がこの二人ですから、ただ単に運が良かっただけです」

「だが彼らより、君の方が経験は深いはずだ」

「戦闘能力は劣ります。射撃競技なら何とか張り合えても、実戦ではどうなるか・・」

「相変わらずご謙遜だな。だが現に彼らはこうして君の手の内にあるじゃないか」

「こんな方法を取らなくては二人を拘束できませんでした。心情的には卑怯な方法と思えますが、戦術的には彼らの負けです。いつまでも事の全体が見えず、整った戦略を立てられないまま、その場その場で行動する事を余儀なくされた結果でしょう」

「事の全体が見えないように吾々が仕組んだからな。山荘でもわざと深追いはしていない。此方の力がそれほどではないと思えたからこそ、カトーは単身で乗り込んできた。あの時に捕らえられなかったのは誤算だったが」

「宗少尉が戻ってくるとは思いませんでしたが」

「だが結局は、結果的に最後に残った者が勝者なのだ。より緻密な戦略を立てて、それを成功させる為の努力を惜しまず、知的に繊細に修正し対処し続ける。それこそが勝利の秘訣なのだ」

「まさに、そのとおりですね」

「いずれそう遠くない将来に ”吾々の世界” がやって来る──────これ自体は小さな仕事に過ぎないが、その大仕事に向けて世界中で行われている準備の一つだ。疎かにはできない」

「お手伝い出来て、嬉しく思います」

「ははは・・この場所は冷えるから、つい熱く語りたくなるな」

「エドモンズ湖の方から風が吹いてきました。これから一層冷えてくるでしょう、宜しければそろそろ」

「では出発するかな、まずは予定どおり─────」

「イエス、SWDへ向かいます。しかし、あのような目立つ所で良いのですか?」

「堂々と振る舞えば、かえって誰も怪しまないものだ。それに、あそこの係官にはいつもたっぷり謝礼をはずんでいるから、心配は無用だ」

「Money opens all doors. (地獄の沙汰も金次第)ですね」

「A Golden key opens every door. とも言う。世界に通じるその ”黄金の鍵” を、すでにもう吾々は手にし始めているのだ。わはははは────────」

 ほどなく、2台の車はまた森の路を戻って再びハイウェイに出ると、アンカレッジに向かって走り始めた。

 ヴィルヌーヴ中佐が言った「SWD」とは、アンカレッジから南に約120kmほど下った、アラスカ湾に突き出す半島の中ほどに位置する、Seward Airport(スワード空港)の空港コードである。
 スワードは人口2千800人ほどの、漁業を中心とする小さな港町で、アラスカ鉄道の南の終着点としても知られ、人口の72%が白人だが全体の17%を先住民が占める。その地名は、1867年にロシアからアラスカを購入した、ウィリアム・スワード国務長官の名に因む。


 それから2時間半ほどが経ち、すっかり暗くなった小さな空港に、2台の車が滑るように入って来て、ひとつの格納庫の中に入った。格納庫のすぐ前には、真っ白な小型自家用機がすでにエンジンをかけたスタンバイ状態で駐機している。

 ゲートが広く開いた格納庫で待ち構えていた3人の空港職員が、手にした折り畳み式の車椅子を広げ、急いでバンの後ろに付ける。

「降ろして車椅子に乗せるんだ。大事な人間だから、頭部に気をつけて運べ!」

 運転をしてきた、中佐の部下が空港の職員に指示をする。

「ご病気ですか、それとも気を失っているんですか?」

「余計なことは訊かなくてもいい。聞いた為に後悔するのと、仕事をしてたくさん報酬をもらうのと、お前はどっちがいい?」

「イ、イエッサー、失礼しました・・」

「機内へは3人で、そっと担ぎ上げろ、そっとだぞ!」

 入口のハッチまでそれほど高さのない小型飛行機とは言え、気を失っている人間をタラップの上まで運ぶのは、やはり容易ではない。

「ふう・・やっと済んだ」

「よし、それでいい────────」

「この時間は他の飛行機の発着はありません。いつでも飛べるよう準備ができています」

「ご苦労だったな、これは今日の報酬だ、仲良く分けろ。細かい事に目を瞑ってくれた管制官にも忘れずに渡しておけよ」

 封筒に入った分厚い札束を、ポンと無造作に手渡す。

「こんなに?!・・いつもありがとうございます」

「良いさ、取っておけ。また頼むぞ。ただし、見たことはすべて忘れるんだ」

「イエッサー、お約束します。何でもやりますから、いつでも声をかけて下さい」

 彼らにしてみれば、たったひと晩の働きで、ひと月分以上の報酬が手に入る。
 この町には約900世帯/500家族が暮らしているが、半数は夫婦で生活をしている。ほとんどが共稼ぎで、一人当たりの年収は約200万円。人口の10%以上、18歳未満の13%が貧困線(最低限の生活を維持するのに必要な所得水準)以下の生活をしている。
 多少のリスクを犯すことになっても、やはり ”稼ぎ” には換えられない。美味しい話があればつい乗ってしまうような事情があるのだ。


「機長、夜分にご苦労だが、今日も頼むぞ」

「カーネル(Colonel=大佐)、こちらこそ有難うございます。行き先はいつものニューヨークでご変更はありませんか?」

「ああ、それでいい」

「畏まりました。出発までしばらくお待ち下さい。機内に佳いシャンパンが冷えています、どうぞごゆっくり」

「そうか、ありがとう───────」

 アラスカからニューヨークは北アメリカの西と東で、約7時間ものフライトになる。
 機内にはカーネルと呼ばれる男と護衛の男たちが二人、ヴィルヌーヴ中佐と部下のドライバーが乗り込んでいて、中佐はカーネルと共にシャンパンで夕食を摂りながらしばらく談笑していたが、やがて仮眠に入った。
 いちばん後ろの席に座らされた宏隆と宗少尉は、まだグッタリとしたままで、武器は全て外され、手首には近ごろ軍が開発したプラスチックベルトの手錠を掛けられている。


 やがて、東の空が白んできたころ、乗務員の女性が珈琲を持ってきた。

「珈琲をどうぞ、ブルーマウンテンで淹れました。間もなく目的地です」

「良い香りだ、ありがとう」

「ヴィルヌーヴ中佐、今向かっている空港には、初めて降りるかな?」

「はい、ニューヨークではいつも、JFK(ケネディ空港)を利用していましたから」

「もうすぐその上空になる。機長に少し旋回するよう言っておいたから、滑走路と駐機エプロン、そしてターミナルビルが織り成す景色をよく見てごらん」

「何か特別なものでも見えるのですか?」

「ははは、大したことじゃない。ただのイタズラだよ」

「それは楽しみです──────」

「空港と名付くものは、世界に44,000ヶ所もあるのだそうだが、その内15,000ヶ所はこの国に有る。アメリカは世界で最も多くの空港がある国というわけだ」

「そのようですね」

「その中のひとつ、今から降りる LGA(LaGuardia Airport/ラガーディア空港)は、吾々がひと工夫して造ったものなのだ」

「えっ・・空港を、造ったのですか?」

「そのとおり。ニューヨークにある三つの空港は全て吾々が造ったものだ。中でも LGA は規模こそ最も小さいが、空の上から観て偉大な眺めとなるように設計した」

「上空から見て、偉大な眺めに・・?」

「ははは、論より証拠、もう見えてきたぞ」

「ああ、あれですね・・・普通の空港のように見えますが?」

「もっとよく見てみなさい──────」

「あ、ああっ!・・こ、これは・・・?!」

「はははは、気が付いたかね?・・どうかな、この出来映えは」

「ニューヨークのど真ん中に、こんな空港が?」

「そうだ、なかなか面白いだろう?、わはははは・・・」

 多くの利用客の中で、そのことに気付く人が、いったい何人居るだろうか。
 夜が明け始めたニューヨークの、高度700mほどの上空から眺めるラガーディア空港は、まるで三角形の上辺の中に据えられたひとつの眼と、そこから照射される何本かの光の筋のように見えた。



                    ( Stay tuned, to the next episode !! )





  *次回、連載小説「龍の道」 第199回の掲載は、5月15日(月)の予定です



 北朝鮮の拉致を許すな!



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